戦国異伝
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第九十四話 尾張の味その二
「ふむ」
「どうでしょうか」
「やはり都の味じゃな」
食べてからだ。信長は料理人に対して述べた。
「水っぽいわ」
「左様ですか」
「わしの口には合わぬ」
ぴしゃりとしてだ。また言う信長だった。
そして箸を置いた。もうようということだった。その動作を見せてから彼はまた料理人に告げた。
「後で褒美をやる。大義であった」
「いえ、お言葉ですが」
料理人にも誇りがあった。言うまでもなく料理人としてのだ。
そしてその誇りからだ。彼はこう言うのだった。
「まだです」
「何じゃ。わしにもう一度御主の料理を食って欲しいというのか」
「その通りでございます」
料理人は平伏しながら、だが誇りを以て信長に言うのである。
「そうして頂けるでしょうか」
「褒美はいらんのか」
「いりませぬ」
誇りの前にはそれは実に小さいというのだ。
「ですから。宜しいでしょうか」
「言うのう。ではじゃ」
料理人の心を見た。それならばだった。
信長は料理人に対してだ。不敵な笑みを浮べてこう告げた。
「御主のその心受け取った」
「心をですか」
「うむ、受け取ったぞ」
こう言うのだった。
「では翌朝じゃ。翌朝また作ってみよ」
「畏まりました」
「その時美味ければよい。しかしじゃ」
「まずければその時は」
「今やるつもりじゃった褒美はやらん」
褒美だけでなく誇りも傷つくというのだ。彼の。
「そうなる。それでもよいのじゃな」
「無論。そのつもりです」
「言うのう。では翌朝わしに朝飯を出せ、よいな」
「ではその様に」
こう話してだ。そのうえでだった。
料理人は信長の前から退いた。そのうえで夕飯のことは終わった。だが彼は小姓達にこう言うのだった。
「明日は美味いものが食えるな」
「そうですか」
「翌朝はですか」
「食える。楽しみじゃな」
「といいますとあの料理人は一体」
「どういったものを出してくるのでしょうか」
小姓達は信長の言葉に今一つわからずそれでだ。
首を捻る。だが信長はその彼等に確かな笑みで言うのだった。
「ははは、それは翌朝の楽しみじゃ」
「しかし美味いものが出てくるのですか」
「それは間違いないですか」
「うむ、絶対にのう」
信長は翌朝のことを既に読んでいる様だった。だがそのことは今はあえて多くは言わないのだった。
そのうえで翌朝はいつも通り早く起きすぐに本能寺の庭で刀や槍を振った。それで心地よい汗をかいた後でだ。彼の前に小姓の一人が来てこう伝えてきた。
「朝の用意ができました」
「ふむ。できたか」
汗を手拭いで拭きながらだ。信長はいよいよという笑みで応えた。
「ではじゃ。今からじゃ」
「朝飯を、ですな」
「食うとしよう。ではな」
信長は風呂に入るよりもまずはだった。朝飯を食うことにした。
そしてその膳を見てだ。己の前に控える料理人にこう言ったのだった。
「夜と全く同じ品じゃな」
「はい」
まさにその通りだとだ。料理人も答える。
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