戦国異伝
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第八十五話 瓶割り柴田その十一
「もっとも最初はどうしたものかと思うたがのう」
「御主と新五郎はそうじゃったな」
「殿は一見しただけではわからぬ方じゃ」
傾いているが故にだ。信長はわかりにくいところがあるのだ。
それ故にだ。柴田もだったのである。
「幼い頃の殿はまことにやんちゃな方じゃったからのう」
「いや、それは今もでは?」
「そう思いますが」
前田と佐々が言ってきた。
「傾くことをやんちゃと言えばですが」
「殿は今や天下一のやんちゃですぞ」
「ははは、そうじゃな」
その通りだとだ。返す柴田だった。
「殿はまさに天下一のやんちゃじゃ」
「まあやんちゃといえば」
ここでだ。川尻はだ。
ちらりと慶次を見た。そのうえでこう言うのであった。
「御主も大概じゃがのう」
「おお、それがしまさにやんちゃを貫きますぞ」
慶次自身もそれは言う。楽しげに笑ってだ。
「流石に殿までやんちゃにはなれませぬが」
「御主はまた違うやんちゃじゃな」
楽しげに笑う慶次の横からだ。可児が笑って言ってきた。確かに慶次と信長ではそれぞれ傾奇が違う。傾くといってもそれぞれ違うのである。
だからだ。可児はこう慶次に言うのだった。
「ふべん者じゃな。御主の言うところのな」
「そうじゃ。殿が天下一のやんちゃならばじゃ」
「御主は天下一のふべん者か」
「政はせぬ。ただ槍で生きてふべんを貫くぞ」
「御主はちょっとは政を学ぶのじゃ」
柴田はここでも口煩かった。特に慶次に対しては。
「全く。御主はやればできる。だからじゃ」
「政をせよというのですか」
「そうじゃ。これからさらに忙しくなるというのにじゃ」
「茶を飲んで槍を操ってばかりでは駄目でございますか」
「駄目に決まっておるわ。人手が足らぬというのにじゃ」
「いやあ、わしは政には興味がありませぬので」
柴田に言われてもだ。慶次はこんな調子だった。
にこにことしてだ。こんなことを言う始末だった。
「このままいきまする」
「やれやれじゃ。御主だけは」
柴田はそんな慶次の言葉にその口をへの字にもしてみせる。
「まあ御主が政をする姿も想像できぬわ」
「左様ですか」
「御主程らしくないことが合わぬ者もない」
「では天下一のふべん者として遊び通しますぞ」
「その代わり戦の場では働くのじゃ」
「そうしましょうぞ。ではこれから風呂でも如何でござろうか」
慶次がこう言うとだ。すぐにだ。
そこにいる誰もが眉を顰めさせてだ。こう彼に言った。
「御主の風呂なぞ誰が入るか」
「冬に氷の風呂とくればじゃ」
「夏は熱湯じゃな」
「そうしてくるに決まっておるわ」
「おやおや、わかっていますか」
全く悪びれずにだ。笑って返す慶次だった。
「やはり暑い時には思いきり汗をかくのがよいですから」
「どんな我慢大会じゃ」
慶次にだ。叔父の前田が言ってきた。
「そんなものはいらぬわ」
「いりませぬか」
「少なくとも今暑い話はいらんわ」
そう言いながらだ。前田はあるものを出してきた。それは。
緑と黒の縦縞の丸いものだった。それこそはだ。
「ほれ、これでも食って涼め」
「むっ、西瓜か」
「それを食うのか」
「そうじゃ。皆で食おうぞ」
その西瓜を前にしてだ。前田は佐々と川尻にも述べた。
「暑い時は何といってもこれじゃ。どうじゃ」
「よし、ではわしが切る」
柴田がだ。満面の笑みで言ってきた。
「そのうえで皆で食おうぞ」
「はい、それでは」
「今より」
こうしてだ。野洲川での戦いに勝った織田家の者達は今は涼む宴を楽しんでいた。そうしてそのうえでだった。勝利で手に入れるものを待つのだった。
伊賀は程なくして林兄弟の話を受けた六角が降ったことで織田家のものになった。こうして柴田達は己の務めを果たしだ。意気揚々と都に戻るのだった。
第八十五話 完
2012・3・31
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