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戦国異伝

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第八十五話 瓶割り柴田その二


「よいな。今から好きなだけ飲め」
「しかしそれは」
「宜しいのですか?」
「今それだけふんだんに飲み」
「それでも宜しいのですか」
「わしは言った」
 これが柴田のだ。足軽達への返事だった。
「ならば。わかるな」
「はい、権六殿がそう仰るのなら」
「我等もです」
「飲ませてもらいます」
「そうじゃ。とにかく飲め」
 こうまで言う柴田だった。
「よいな」
「それはわかりましたが」
 奥村は実際に杯に水を入れて飲みはじめた。だがそのうえでだ。柴田に対して問うた。
「今水は」
「残り少ないのう」
「それでもですか」
「そうじゃ。飲め」
 こう言う柴田だった。その言葉は変わらない。
「よいな。飲むのじゃ」
「そうして宜しいのですか」
「皆もじゃ。飲め」
 そしてだった。さらにだ。
「何なら浴びてもよいぞ」
「水を浴びよと」
「そこまで仰るのですか」
「そうじゃ。好きな様にせよ」
 実際にだ。柴田自身も水をおおいに飲みだす。それを見てだ。
 足軽達は誰もが水をたらふく飲む。暑い中では最高の馳走だった。
 だがその馳走を楽しむ中でだ。やはり懸念する声があった。
「このまま飲んでいいものかのう」
「そうじゃな。戦は今日で終わりとは限らぬ」
「それでここで水をたらふく飲んでよいのか」
「後に差支えが出ぬか」
 彼等は後のことを考えていた。そのうえで心配していた。しかしだ。
 慶次は水を飲みながらいつもの明るい笑みでだ。こうその心配する者達に言った。
「ははは、次の戦は考えぬことじゃ」
「慶次殿、それは一体」
「どういうことでしょうか」
「今ここで勝てばよいのじゃ」 
 何でもないといった顔でだ。慶次は言うのだった。
「今日の戦でじゃ。そうすればよいのじゃ」
「今日の戦で、ですか」
「勝てばよい」
「それだけだというのですか」
「そうじゃ。簡単じゃ」
 実際に極めて単純にだ。慶次は言っていく。
「勝てばよいだけじゃ」
「ううむ、しかしです」
「それは容易ではありませぬ」
「六角も一万おります」
「ですから勝つのは」
「そこを勝つのじゃ」
 慶次の今度の言葉は素っ気無いものだった。
「勝てぬ、無理だと思えばじゃ」
「それで終わりですか」
「何もかもがというのですな」
「そうじゃ。勝とうと思うことじゃ」
「今日の戦で」
「そう思うことがよいのですか」
「そういうことじゃ。ではよいな」
 慶次がこう言うとだ。これまでいぶかしんでいた足軽達もだ。
 まだいぶかしんでいた。だがそれでもだった。
 少しは納得する顔になって。こう慶次に答えた。
「では。今はですか」
「我等は水をたらふく飲む」
「そうするべきですか」
「うむ。とにかく飲むのじゃ」
 慶次は言っていく。そうしてだ。
 織田の者達は水を飲んでいく。それで気を取り戻してだ。身体も涼しくなってきた。だが城にも陣にも水はなくなってしまった。奥村が柴田にそのことを言うと。
 彼は意を決したその顔でだ。こう奥村に答えた。
「ではじゃ」
「ではとは」
「瓶を全て割ってしまえ」
「城のものも陣のものもですか」
「そうじゃ」
 柴田の返事は揺るがない。
「よいな。全ての瓶をじゃ」
「割りそのうえで」
「全軍野洲川に向かう」
「そしてそのうえで敵を破りますか」
「今日この戦で破る」
 そうするというのだ。
「よいな。今日じゃ」
「しかしそれは」
「いや、できる」
 柴田は確信していた。今日の戦いで六角を倒せることをだ。 
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