戦国異伝
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第八十五話 瓶割り柴田その一
第八十五話 瓶割り柴田
城の中でだ。慶次は奥村に対して言ってきた。
「のう。それで権六殿じゃが」
「何故動かぬかというのじゃな」
「そろそろだと思うのじゃがな」
慶次郎は自分の見立てを話した。
「しかしそれでもか」
「うむ、まだじゃ」
「ふむ。権六殿といえばじゃ」
ここで慶次は自分から見た柴田を語った。
「とにかくすぐにかかれと言われると思うのじゃがな」
「確かにな。権六殿ならばな」
「御主もそう思うじゃろ」
「うむ。それにそろそろであろう」
奥村は真面目そのものの顔で慶次に答える。飄々とした感じの友も違い彼は真面目な顔である。その顔でその友に対して答えたのである。
「攻めるならばな」
「攻めるのなら権六殿じゃしな」
柴田の攻めの上手さには定評がある。攻めなら彼、退くなら佐久間とだ。信長も認め全幅の信頼を置いているのだ。そしてそれだけにだ。
慶次もだ。少し疑念を抱いた顔で言うのだった。
「わしから見てもそろそろだと思うがのう」
「うむ。わしもそう思う」
「しかし動きはない」
また言う慶次だった。
「何故であろうな」
「既に六角の軍勢は川の向こう側におる」
「野洲川のじゃな」
「そうじゃ。そこにおる」
物見で確めた通りだ。それは間違いなかった。
「紛れもなくのう」
「それではこの城から川まで一気に進む」
「そうするべきじゃがな」
「しかし動かれぬ」
どうしてもだった。柴田はだ。それでだ。
二人はいぶかしんでいた。そのうえで向かいながらだ。話すのだった。
だがここでだ。慶次はこんなことも言った。
「話をするのもよいがじゃ」
「水じゃな」
「うむ、水を飲もうぞ」
二人は汗だくになっていた。この時もだ。
日は高くその光が彼等を照らす。その下でだ。慶次は奥村にこう提案したのである。
「さもなければ倒れてしまうわ」
「そうじゃな。しかしじゃ」
奥村も水を飲むことには同意した。しかしだった。
彼は同意しながらもだ。こう慶次に言った。
「水もじゃ」
「少ないというのじゃな
「この暑さじゃ。皆かなり飲んでしもうた」
「だからか」
「かなり減っておる」
そのだ。水がだというのだ。
「あと少ししかないぞ」
「そうなのか。ではじゃ」
「少しだけにすべきじゃ」
そのだ。水を飲む量はだというのだ。
「そうしてそのうえでじゃ」
「今は我慢すべきか」
「何時権六殿が出陣と言われるかわからんからのう」
奥村は冷静にこう言った。
「だから今は少しにしておこうぞ」
「ううむ。わしは思いきり飲みたいのじゃがな」
「そこは我慢せよ」
駄々っ子を前にした様にやれやれといった笑みでだ。奥村は慶次に話した。
「よいな。戦が終わるまでの辛抱じゃ」
「やれやれ。助右衛門は厳しいのう」
「しかし御主もそれ程飲むつもりはあるまい」
「喉を少し濡らすだけじゃ」
実際にだ。微笑んでこう答えた慶次だった。
「その程度でよい」
「そうじゃな。御主もじゃな」
「それでよい。今はのう」
「そうじゃな。それではじゃ」
「飲みに行こうぞ」
「うむ」
こう話してだ。そのうえでだ。二人は水が入っている瓶のところに向かった。瓶の前には多くの足軽達が集って水を飲もうとしている。しかしだ。
ここで慶次達の姿を見てだ。彼等は一斉に場所を開けた。
「ささ、どうぞ」
「どうぞ先にお飲み下さい」
「いや、構わんぞ」
だが慶次はその彼等に笑ってこう返した。
「御主達が先に飲むのじゃ」
「しかし慶次殿は部将です」
「それでは」
「部将でも何でも順番は順番じゃ」
だからだとだ。慶次はいいというのだった。
「それでじゃ。御主達が先に飲むがよい」
「そうして宜しいのですか」
「水は」
「そうじゃ。わかったのう」
「はい、それではです」
「御言葉に甘えます」
「そうさせてもらいます」
「そうせよ。ではじゃ」
慶次は奥村と共に足軽達の一番後ろに並んだ。そうしてそのうえで水を待つ。だが暫く経ったところでだ。そこにだった。
柴田が来た。彼を見てだ。足軽達は忽ちのうちに姿勢を正したのだった。
柴田は大股に歩く。そして場の中央まで来てだ。こう言うのだった。
「飲むのだ」
「水をですか」
「それをですか」
「そうじゃ、飲め」
命じる様にしてだ。彼は言う。
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