自由気ままにリリカル記
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十一話~噂のあれ~ 3月24日修正
side ~Sirou~
「蒼也君もなのは達と一緒に遊びに行かなくて良かったのかい?」
「……はい。遊ぶよりもゆっくりしたいですし。それにここは温泉です」
「あはは……。変わってるね」
普通の子なら温泉よりもそこに備え付けられた施設に目がいくと思うんだけどね。
卓球とか、マッサージチェア、他にはゲームセンターの機械かな?
……蒼也君は奇妙な程変わった性格をしている。
本当にこの子はなのはたちと同じ歳の子供なのかと思うくらいにね。
今男湯に入っているのは、僕と蒼也君しかいない。
昼だからというのもあるけど、他の子達、なのは達は今頃卓球でもしているだろうに。
……津神君や佛坂君、それに神白君は少し元気が有り余っているだろうから、卓球以外の所でも暴れていそうだなあ。少しなのはが心配だ。
……もし、なのはに手を出したりすればどうしてしまおうか。
子供とはいえ、容赦はしなくていいよね。なんたってうちの自慢の可愛い娘のためなんだから。
「それにしても……体、凄いですね」
蒼也君が僕の上半身を興味深げな表情で見つめながら尋ねてくる。
……多分傷のことを言っているのだろう。
昔していた仕事柄上どうしても、傷が残ることは避けられない。
今は引退して翠屋のマスターをしているけど、怖がらせただろうか。
少し苦笑しながら答える。
「ちょっと昔にやんちゃしちゃってね。その名残なんだよ。怖がらせちゃったかい?」
「いえ、特にそう思いはしませんでした」
だろうね。蒼也君ならそう答えてくると思ってたよ。
言葉では適当な返事をしているが、目は違う。あの目は明らかに僕が隠した大体の理由を悟っている。……まったく。ここまで聡明だと将来どうなるかこわいね。
だけど、絶対に学者にはなりそうにはない。それだけは断言出来る。
この子は雰囲気が大人びているが、明らかに動きも普通じゃない。
我流で鍛えたのか少し足運びが雑だけど、それでももし同級生と本気で喧嘩してしまったら相手の子はただの骨折程度じゃ済まないだろう。
それだけの肉体と動きを蒼也君は持っているのだ。
だけど……うーん。なんだろう。こんな子供を他にも見た気がするけど……。
賢くて、妙に並外れた物腰と動きを身に着けた子供がそこらへんにほいほい居たら、それこそ異常事態に思えるんだけど……。
少し首を捻って考えてみると、意外にもすぐ思い当り、しかもその当の人物はとても身近な存在だった。
そうだ、邦介君だ。
彼とはよく店で話をするが、ある時真面目な顔でこんな事を言ってきた。
「もしかして士郎さんは何か武術をやっていたりするんですか?」
この言葉を聞いた時の僕の心情は、驚きよりもむしろ納得の方が合っていただろう。
なにせ、最初に出会った時の違和感がようやく明確な確信となって表れたのだから。
その後、本人たっての希望で恭也と軽い打ち合いをさせたが驚きの実力だった。
渡された木の小太刀を右手に構えたその体勢を軸に恭也の技を尽くいなしていく。
どうやら邦介君は小太刀くらいの小さい得物を得意にしているようで、素早くステップを踏みながら恭也を翻弄する。
大人顔負けの筋力と、人並み外れた速さを持つ息子の攻撃を、小枝のような小さな子供の腕で動かされる小太刀がまるでそこに何も無く、ただ動かしているだけのように見えるのに易々と攻撃が防がれて、とうとう息子は邦介君の小太刀を軸に、まるで柔道の投げ技でも見ているかのように綺麗に投げられてしまったわけだけど。
姿はまったく逆なのに、まるで兄が弟のお願いを仕方なく聞いているかのような風景だった。
武術なんてものとは無縁の、なっちゃいない構えなのにそこから飛び出るのは思わず見惚れてしまう程に洗練された動作。
そんな、あの歳にしては不自然な程完成された動きを体得している彼だけど、まだ彼を見ていて胸中に渦巻く違和感は消えない。
例えば、何故彼の目はよく見ると奥の方がキラキラと光っているのか。
例えば、偶に左腕がプランプランとなっているのはどういうことなのか。
例えば、恭也との打ち合い中に体がバチバチと鳴っていて、その時は僕らの流派、御神の奥義、神速にすら迫るスピードが出ているのはどういうことなのか。
例えば、突如として邦介君の後ろに現れる小さな黒い穴は無害なものなのか。
……君は本当に人間かい?
たくさん聞いてみたいことはあるけど、本人が話してくれる機会が来るまで待ってみようと思う。
そう僕らがのんびりと温泉に入ってリラックスしていた時のことだった。
「んー? 人は……いないよな? さすがに真昼間に風呂に入る奴なんていないよな?」
丁度僕が先程まで考えていた張本人がやってきたのは。
「……? この声は……っ!?」
「うぇ!? 蒼也いたのか? ……あ、それと士郎さんもこんにちは」
「あ、ああ。邦介君も温泉に入りに来たのかい?」
だが、湯煙から現れた彼の姿を視認すると同時に僕は驚きで一瞬思考が止まった。
蒼也君も普段からあまり変化が無い表情なのに今は目を大きく見開き口もパクパクと開け閉めしている。
あの、常に落ち着いていて何事にも冷静に対処出来る蒼也君が動揺している。
それほど彼の姿は普段とは一線を画していた。
「あれ? どうしたんですか。……って、そうか。そういえばこの体見れば当然か」
不思議そうに手を顎に当て、首を傾げた彼は、自分の全身を見てすぐに納得した。
肋骨の少し下の所を横一文字に……まるで、胴体が真っ二つに両断でもされたかのような痛々しい切り傷の痕が残っていて、足にも大小様々な刺し傷やら猛獣に切り裂かれたような裂傷の痕が存在している。
そして何よりも異彩を放っているのがその左腕。
いや、左腕が在った場所というのが正しいだろうか。
常に左腕を包んでいたと思っていた異様に長い手袋は取られ、
その場所には、肩の辺りにナにかが噛んだような痕を残して、そこから先に存在すべき左腕は無かった。
恐らく何かの事故。交通事故か、それとも鉄骨でも落ちたりしたのだろうか。
「邦介……その姿は一体どういうことだ」
「え? そりゃあまあ……秘密ってことで?」
「駄目だよ邦介君。少し君には高町家伝統のアレを味わってもらう必要があるみたいだね」
「え? え? アレって何? まじ勘弁して? あれ? 俺温泉で疲れを癒しに来ただけなんだけどな……?」
錯乱し始めた邦介君を持ち上げ、僕と蒼也君の間に入るように温泉に入れる。
少し、邦介君とはじっくりと話をする必要がありそうだ。
一人でこんな傷を背負っていた少年には少しお仕置きが必要みたいだね。
後書き
高町式O☆HA☆NA☆SHIの士郎さんverですね。
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