八条学園怪異譚
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第四話 ターニングポイントその六
「それでどんな幽霊なの?その兵隊さんの幽霊って」
「うん、何か黒い詰襟の服でね」
「制帽被っててね」
「腰には短剣下げてるらしいわ」
「若い男の人の幽霊らしいわ」
クラスメイト達はその軍人の幽霊のことを愛実に話した。彼女達の知っていることをだ。愛実はその幽霊のことを部活でも聞いた。
するとかるたの休憩時間中に先輩の一人がこう話してきた。
「それ聞いたことあるわ」
「そうなんですか?」
「ええ。水産科の校舎に出て来るのよね」
「水産科のお話だったんですか」
「そうみたい。何でも戦争が終わった直後にね」
その先輩も自分が知っていることを話す。
「切腹したらしいのよ」
「切腹ですか」
「そう。戦争が負けたのを聞いてね」
そうしてだというのだ。終戦直後に自害して全てを終えた軍人は多い。そこには多くの想いが込められている。
「そうしたらしいわ」
「それでなんですか」
「そう。それで夜の十二時になったらね」
幽霊やその類が出る時間としては常の時間だ。
「出て来るらしいのよ」
「化けてですか」
「そうみたいね。ただ出て来るだけで」
「何もしてこないんですか?」
「そういう話は聞いたことがないわ」
先輩も頭の中でこの話について細かいところまで思いだしながら話す。
「襲われたとか。そうしたことはね」
「そうですか」
「だから。特にね」
また言う先輩だった。
「害はないみたいね」
「その短剣で攻撃してはこないんですね」
「それができると思うけれど」
紛れもない武器だ。それならばだった。
「けれどね」
「それでもですか」
「そうした話はないわね。特に祟るってこともないみたいだし」
このことも否定された。
「悪い幽霊じゃないみたいね」
「ならいいですね」
「けれど。見たっていう人は」
今度は目撃談だった。
「あまりね」
「いないんですか」
「具体的に見たっていう人は知らないわ」
怪談の常だ。目撃者は友人の友人の友人だったりする。これでは信憑性も疑わしいと言わざるを得ない。
「私もね」
「文化祭とかで学校に寝泊りする時に見た人は」
「それもないわね」
この場合でもなかったというのだ。
「特にね」
「そうですか」
「ないことばかりよ」
これが結論だった。
「実際のところね」
「何かよくわからないんですね」
「怪談なんてそんなものでしょ。とにかくね」
ここでまた話す先輩だった。
「実際にそうした幽霊がいるかどうかはね」
「はっきり言えないですね」
「いるらしいってことよ」
この辺りが曖昧だった。
「言えるのはそれだけよ」
「ですか」
「まあ。その目で見て確かめたいのなら」
「十二時に水産科ですね」
「夜のね」
ただの十二時ではなかった。
「その時に水産科よ」
「わかりました。それじゃあ」
先輩とこうした話をした。愛実はかなり真剣にその幽霊のことを考えだしていた。それは下校の時も同じだった。
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