八条学園怪異譚
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第二話 嫉妬その二十
「おまけに守備はね」
「それもだったの」
「肝心なところでエラーしてね」
そちらもだったのだ。
「で、負け続けてたのよ」
「暗かったのね」
「ソフトバンクも弱かった時期長かったわよね」
「そうみたいね」
これは愛実はおおよそしか知らないことだった。話に聞いているだけだ。
「一回最下位になったけれど」
「それでもよね」
「クライマックスシリーズには負け続けたわ」
「でも凄く強いわよね」
「うん、調子の悪い時もあったけれど」
だがそれでもだというのだ。ソフトバンクについては。
「そんなに弱かった記憶ないから」
「それでもソフトバンクも弱い時期が長かったわよね」
「私よく知らないけれど」
「けれど南海の末期から王監督になって暫くはね」
「弱かったのね」
「一時の阪神みたいにね」
そうだったというのだ。
「そうした時期ってあるのよ。大抵の球団にね」
「巨人がそうなればいいのにね」
「それは思うわ」
愛子は切実な顔で今の妹の言葉に頷いた。
「あんなチームはね。それこそ一万年はね」
「最下位になって欲しいわよね」
「そうよ。巨人は悪よ」
日本人として正しい言葉だ。
「悪の球団よ。日本の北朝鮮よ」
「あっ、そういえばそっくりよね」
愛実も姉の今の言葉に頷く。言われてみればだった。
「巨人って北朝鮮そっくりだわ」
「そう思うでしょ、愛実ちゃんも」
「独裁者がいて」
これが巨人の最大の問題点だ。
「無茶苦茶やってて」
「しかも拉致までするでしょ」
「お金を積んでだけれど」
「無法の限りで」
「本当に北朝鮮そっくりよおね」
二人で話す。話しているうちにだ。
愛実はその顔に憎しみを浮かべた。これは彼女が今まで誰にも殆ど見せたことのないものだった。だがそれでもだったのだ。
姉にその顔を見せてだ。こう言ったのである。
「優勝の度に選手獲られてるわ」
「お金でね」
「潰されかけたこともあったから」
球界再編の時だ。その巨人の独裁者が私利私欲の為にそれを為そうとしたのだ。
「大嫌いよ、本当に」
「そうね。けれど」
「?どうしたの?」
「今の愛実ちゃんって何か」
野球のこととはいえ愛実がそうなった彼女の今の顔を見てだ。愛子は驚きを隠せない顔でこう言ったのである。
「いつもと違うみたい」
「違うって?私が?」
「ええ。怖い顔になってるわよ」
その憎しみがある顔を見ての言葉だ。
「何かね」
「怖い顔って?」
「鬼みたいな。それもね」
鬼といっても色々だ。今の鬼は。
「心がそうなってるみたいな」
「心の鬼?」
「能だったかしら。狂言だったかしら」
愛子はまだこの二つの差をはっきりとわからなかった。それで今の言葉はどうしても曖昧になってしまうのだった。
「ほら、鬼のお面ね」
「般若だったわよね」
「そう。それ」
「あの鬼のお面みたいな顔になってるの?今の私」
「何か。怖い顔よ」
愛子は愛実のその顔を見て言うのだった。
「そんな顔はね。よくないから」
「私。そうした顔になってるの」
「人の好き嫌いはどうしてもあるけれど憎んだり妬んだりしたらよくないから」
切実な顔でだ。愛子は語る。ここでも切実な顔だった。
「それが顔に出るとね」
「今の私の顔になるの」
「今は元の顔に戻ってるわ」
「そう、よかった」
「本当に気をつけてね。自分の顔は鏡でないと見られないの」
人の顔はいつも見ることができる。しかし自分の顔はいつも見られるという訳ではない。まさに鏡がなければなのだ。
「鏡はいつも見られるものじゃないわよね」
「うん、そうよね」
「けれど人はいつも見てるの」
愛子はこのことを愛実に強く話す。
「顔をね」
「私がいつも見てるみたいに」
「そうよ。人はいつも見ていてね」
「自分自身ではいつも見られないのね」
「そう。だから余計に気をつけてね」
愛実は強く話す。くどいまでに。
「そして嫌な顔は嫌な心を余計に増やすから」
「そうなの?」
「そう。嫌な心が嫌な顔に出て」
心はそのまま顔に出るというのだ。人間は四十になれば生き方が顔に出るというがそれは心が出るからだ。
「そしてその顔の嫌なものが心に戻るのよ」
「どうして戻るの?」
「それはお姉ちゃんにもまだよくわからないけれど」
だがそれでもだというのだ。
「戻るのよ。嫌な心はね」
「そうなの」
「だから何度も言うけれど気をつけて」
そう妹に言ってだ。そのうえでだった。
愛子は愛実にあらためて言った。
「何はともあれね。おめでとう」
「高校入学ね」
「この三年間を幸せなものにするのは愛実ちゃんよ」
「私自身がそうするのね」
「そうよ。だから頑張ってね」
「うん。そうするね」
笑顔で頷く愛実だった。そうした話をしてだ。
愛実はその高校生活をはじめた。心の中に様々な感情を抱いたままその一歩を踏み出したのである。いいものも悪いものも含めて抱いた心で。
第二話 完
2012・7・19
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