八条学園怪異譚
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第七話 魚の目その五
「儲からないとね」
「生きていられないわよね」
「聖花ちゃんのところもでしょ。やっぱり」
「そうよ。味自体もね」
「同じよね」
「コンスタントに美味しくないとね」
駄目だとだ。聖花も言うのだった。
「朝早く起きてパンを焼いて」
「朝早くでないと駄目っていうのが辛いところね」
割かし低血圧気味で朝が弱い愛実にはそこが辛いところだ。
「お豆腐屋さんと同じで」
「けれど慣れるから」
「朝早いのも?」
「そう、それもね」
慣れるというのだ。
「ずっとだとね」
「ううん、そうなの」
「その分夜もすぐに寝るから」
「早寝早起きなの」
「そう。そうしてるからね」
それ自体は楽だというのだ。
「だからいいのよ」
「ううん、そうなのね」
「そう。まあとにかくね」
「パン屋さんも同じよね」
「町のパン屋さんはねえ。コンスタントに美味しくて」
それに加えてだった。
「儲からないとね」
「そうそう。美味しくてもなのよ」
愛実は肉じゃがの中の人参を食べながら言う。それはシチューのデミグラスソースではなく醤油と味醂の味がした。
その日本の味を楽しみながら聖花に言う。
「儲からないとね」
「お店の位置も大事だし」
「うちはその点大丈夫だけれど」
「うちもよ」
二人共人通りの多い商店街に店がある。商店街も寂れてきている場所が多くなっているが二人の商店街はそれぞれ賑やかなままだ。
それで店の場所についての心配はいらなかった。
「まあこれからどうなるかわからないけれど」
「それでも今のところはね」
「大丈夫だから」
「とりあえずはだけれど」
二人はいいとした。しかし問題はまだあった。
「場所がよくて味が美味しくてもね
「それだけでも駄目だからね」
「値段もあるし」
「それにサービスもね」
「色々な条件が揃ってないと駄目だから」
「お店って厳しいのよね」
「そうそう」
こう店の娘ならではの話をしていく。そうしてだった。
その中でだ。こうも言う二人だった。
「お値段ね。本当に」
「儲けになるかならないか」
「食堂ってそこが難しいのよ」
「パン屋もよ」
二人の考えていることは同じだった。そう話してだった。
愛実はあらためて魚の目を見た。その面はあるがそれでもなかったもう片方のことを思い出して言うのだった。
「奇妙よね」
「確かに。片目だけないのは」
「たまたま落ちたとか?」
愛実は首を少し捻ってから言った。
「そうなったとか?」
「焼き魚で目が落ちる?」
「まずないわね」
愛実はその可能性は否定した。
「それは」
「でしょ?煮たのならともかく」
「焼いたらね。煮たら身が崩れるけれど」
煮過ぎたらそうなる。しかしだった。
「焼いたら身が締まるから」
「だから焼き魚から目が落ちるのは」
「ないわね」
何しろ愛実は食堂の娘だ。煮魚もよく見てきたから話せばわかることだった。そうしたところは専門と言えた。
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