ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──
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SAO
~絶望と悲哀の小夜曲~
鍛冶屋
その少年が店にやってきたのは、春のうららかな日の午後のことだった。
あたしは昨夜少々無理をしてオーダーメイドの注文を片付けたせいで睡眠不足で、店先のポーチに据えられた大きな揺り椅子に沈没してうたた寝をしていた。
夢を見ていた。小学校のころの夢だ。あたしはマジメでおとなしい子供だった(と思う)けれど、午後一番の授業中にどうにも眠くなってしまうクセがあって、よくうとうとしては隣の席の子にからかわれていた。
その子は、あたしと顔立ちが似ていることも手伝って姉弟と呼ばれていた。
その子もまんざらではなかったのか、よくあたしのことを──
「ねえ、おねーさん」
「ん~、うっさいわねぇー。あと三分……むにゃむにゃ」
「ねえ、起きてよ」
「…ん~むにゃむにゃ……………………ハッ!」
びよーんとバネ仕掛けのように立ち上がったあたしの目の前には、若干ひきつった表情で硬直する男の子がいた。
「あれ……?」
あたしはぼんやりと周囲を見渡す。机が並んだ小学校の教室──ではなかった。
ふんだんに配された街路樹、広い石畳の道を取り囲む水路、芝生の庭。あたしの第二の故郷、リンダースの街だ。
どうやら久々に思い切り寝惚けてしまったらしい。咳払いで気恥ずかしさを押し隠すと、客とおぼしき男の子に挨拶を返す。
「い、いらっしゃいませ。武器をお探しですか?」
「あ、う、うん」
男はの子こくこくと頷いた。
その仕草にどことなく恐怖が見え隠れするのは、気のせいとしておこう。
一見したところ、それほどの高レベルプレイヤーには見えなかった。というか、改めて見るとすごい小柄だ。こんなに幼いプレイヤー、このゲーム始まって以来見てきたプレイヤーの中でぶっちぎりの一位だ。
小柄な体は、少々大きめの紅いフードコートに包まれ、年齢相応のあどけなさの残る顔は漆黒のマフラーに半分が埋もれている。おまけに両手や背中などに武器らしき物は見えない。
「えーと、本日はどんな武器をお探しですか?」
とりあえずあたしがそう訊くと、男の子は何とも庇護欲をかきたてさせる笑顔を浮かべながら首を振った。
「え、じゃあひょっとしてオーダーメイドなんですか?」
そんなことを思い、あたしは心配になった。 特殊素材を用いたオーダー武器の相場は最低でも十万コルを超える。
とても、こんな子供が払えるような金額ではない。
代金を提示してからお客が赤くなったり青くなったりするのはこちらとしても気まずいので、(しかもこの場合、相手は無邪気な子供だし)何とかそんな事態を回避しようと、
「えーと、今ちょっと金属の相場が上がってまして、多少お高くなってしまうかと思うんですが……」
と言ってみたものの、紅衣の少年は涼しい顔で首を振り、想像とまったく違うことを言い返してきた。
「ううん。ちょっと武器の強化を頼みたいんだよ」
「えっ……でも………」
戸惑いの声を出し、あたしは少々不躾ながらも再び目の前の少年の体を眺めた。
サイズが大きめのフードコートの背や腰などには何もない。手は、着物のように広くなっている袖の中に隠れていて見えない。
コートの中に短剣をしまってあるのか、主武器にしているプレイヤーは少ないがチャクラムやブーメランなどの飛び道具なのか。
そう判断したあたしは、
「えっと、どのような品でしょうか?」
そう訊いた。
紅衣の少年は、あたしのその言葉を聞いて初めて気付いたように恥ずかしそうに笑った。
うーん、可愛い。
「あっ、ごめんごめん。まずは見せないとだよね」
そしてその少年はカウンターの上に、袖口から出した不思議な物体を置いた。
それを見た時、あたしの脳裏に浮かんだ言葉は一つだった。
すなわち、はんぺん?と。
少年がカウンターに置いたそれは、まさしく漆黒で若干長方形のはんぺんだった。
縦四センチ、横六センチ、薄さ一センチ弱と言ったところだろうか。色は前述の通りの黒だ。
当然ながらこんな武器は、マスターメイサーのあたしも見たこともない。アイテムかな、と一瞬思うが強化したいと言う少年の言葉を思い出し、その想像を打ち消す。
「…………これ何?」
しまった地の口調が出ちゃったと思うが、幸いその少年は気にした風も無く言う。
「僕の武器だよ?」
……………うーん。
一瞬浮かんだ《店外に放り出す》コマンドを打ち消す。ついでに浮かび上がりかけていた《怒鳴りつける》コマンドも打ち消す。
しかし、このはんぺん(少年が言うところの武器)でどうやって戦うのだ。
投擲系の武器にしては突き刺すべき尖ったところも、斬るべき刃部分も見えない。
「武器って………これでどうやって攻撃すんのよ」
もう地の口調を隠しもせずぼやきながら、あたしはとりあえずその謎の物体を手に取った。
手に取ったそれをためすすがめつしていると、あたしはあることの気付いた。
その物体の一センチ弱の四つの辺。その一つの角っこに穴が開いていたのだ。
それを思わず覗き込んでいたあたしに横合いから幼い声がかけられた。
「あっ、おねーさん。見るのはいいけど、それ絶対に振らないでね」
それを聞いて、いよいよあたしの頭にははてなマークの嵐が吹き荒れた。
振らないでね、と言うことは、これは振ることによって攻撃する武器なのだろうか。当然ながら、あたしの脳内の武器名鑑にはそんな武器はない。
しかもここは《圏内》なのだ。振ったことで何らかの攻撃をこのはんぺんがしたところでHPが減少することはありえない。
まあつまり、人間と言う霊長類ホモ・サピエンスとも言う生物は、禁止されればされるほどしたくなると言う悲しい性があるのだ。
だから、あたしが咄嗟にそれを振ってしまったことはむべ無かることだと信じたい。
とにもかくにも、あたしはその物体をバーテンよろしくシャカシャカ振ってみた。
そして──
ゴットンという音の直後、明らかな破砕音。
「………………………」
ギギギ、と効果音が付きそうな感じであたしは音がした方向へ首を回す。
そこにあったのは、やはりと言うか何と言うか両断された花瓶だった。
「…………………………………………………………はあッ!?」
あたしが半ば呆然として両断されたそれを見ている間にも、花瓶はささやかな光とサウンドエフェクトを振りまいて消失した。
ギギギ、と再びその少年のほうにあたしは振り向いた。
そこには、引きつった笑みをその幼い顔に浮かべた男の子がいた。
――三分後
「ふぅーん。《鋼糸》ねえ」
あたしはその穴から引っ張り出した、幅二ミリほどの糸をつまみためすすがめつしながら言った。こうして見ると、針金を収めた小型のメジャーに見える。
そして、そんなことが些末なことに見えてきそうなことが一つ。
その針金のような《刃》部分に触れているあたしの指の近くに浮かんでいる紫のウインドウ。《破壊不能オブジェクト》の表示。
少年があたしに忠告したのも当然だろう。圏内ではプレイヤーに攻撃判定が下ったとき、HPが減らない代わりに《破壊不能》が記されたウインドウが出てくる仕組みになっている。しかし、それでは武器屋で武器を手に取るたびにウインドウが浮かび上がってしまう、と言う事態が発生してしまう。
そんな事態を防ぐために、SAOでは《破壊不能》ウインドウの表示条件には、かなり細かいルールがある。
例えば、触れるだけではウインドウは出ないということだ。まあこれは、当たり前と言えば当たり前だ。
………目の前にある細っこい糸を除けば。
「まったく、なんなのよ。触れるだけで切れるって」
ぼやくあたし。しかしその理由はもう解かっていた。
《強化》の依頼があった場合、鍛冶屋プレイヤーが取るべき行動が一つある。
それは対象の武器の現状態確認だ。
もしその武器の強化上限回数が一杯だと、待っているのは武器消失という最悪の未来だ。
そう──。それがSAOに於ける武器強化システムの厄介なところなのだ。
この世界では、あらゆる強化可能な装備には、《強化上限数》というプロパティが設定されている。それは《強化可能上限数》ではない。
何回までなら強化を試せますよ、という数字なのだ。
さらにイヤらしいのが、強化の成功率は、ある程度所有者の努力で操作可能な点だ。
腕のいい鍛冶屋を探すのは当然だが、強化に必要な素材アイテムを質的量的に奢れば奢るほど、成功率が上昇するのである。
だが、この点を除けばSAOの武器強化システムは、昨今のMMORPGの中では比較的単純なほうだ。強化パラメータとして《鋭さ》《速さ》《正確さ》《重さ》《丈夫さ》の五種類があり、NPCやプレイヤーの鍛冶職人に依頼することで任意に性能強化を試みることができる。
その際、前述の通り専用の強化素材アイテムを要求され、また一定確立で失敗することは他のタイトルと同じだ。
どれかのパラメータの強化に成功するたび、装備フィギュア上のアイテム名に+1、+2という数字が付与されていくが、その数字の《内訳》は武器を直接タップしてプロパティを開かないと解からない。
そのため、プレイヤー間で武器を取引する際など、いちいち「正確さが+1で重さが+2で………」などと言うのもまどるっこしいので、たとえば+4の内訳が正確さ1重さ2丈夫さ1の場合は、《1A2H1D》と略する慣例となっている。
しかし、どんなプレイヤーであっても大抵はバランスよく強化している。
だから――
「聞いたこと無いわよ。《S180》なんて数字………」
そうなのだ。結局ここに落ち着いてしまう。
この広いアインクラッドのことだ、あたしが知らない武器カテゴリの武器が存在していてもあまり驚かない。
しかしこれには驚かざるを得ない。現在、最前線のモンスターからのドロップやトップクラスの鍛冶屋が鍛え上げることができる武器の《強化上限数》はせいぜい三桁行くか行かないかだ。
事実あたしが三ヶ月ほど前に鍛え上げた渾身の一振りの《強化上限数》は96だ。
はあ、とあたしは大きくため息をついてカウンターに突っ伏す。
それを見てなぜか罪悪感を抱いたような少年の声が、さながら天使のラッパのように降り注いだ。
「え、えーっと………ごめんね?」
疑問系だった。
あたしはうー、とうなりながら言う。
「これは………無理ね」
「やっぱ無理?」
「鋭さって言うのが無理だわー」
この世界で言う武器の《鋭さ》と言うものは、すなわち攻撃力である。
攻撃力が高いと言うことはすなわち、HP、または耐久値を多く削ると言うことである。そして、このとき問題になるのは後者である。
生産系スキルにはそれぞれ、大抵必須道具がある。鍛冶屋であれば《ブラックスミス・ハンマー》である。これは武器の創作、強化、耐久度回復に必ずと言って言いほど必要な物だ。
しかし、今現在の問題点はそこではない。
まったくもってそこではない。
問題はそんな《ブラックスミス・ハンマー》もアイテムであり、立派に耐久値が設定されていることだ。
耐久値があると言うことは、つまり他アイテムでの耐久値減少が可能だと言うことだ。
このことからどのような結果が得られるかと言うと――
ザクッ
こうだ。
あたしの手に握られているのは、立った一撃叩いただけでぼろぼろになったハンマー。叩いた表面に、きれいな傷跡が刻まれている。
その傷跡を少年の鼻先に突きつけながら、あたしは言う。
「ほら!普通のハンマーだったら、まともに叩くこともできないのよ」
……………ん?普通のハンマーだったら?
何かがあたしの頭をよぎった。
あたしは、その尻尾をむぎゅう!と捕まえて、そろそろと手繰り寄せている間にも、血色のフードコートを着た少年は、だよねえー、と漆黒のマフラーの下でため息をつき謝礼を言い、出て行こうとした。
その小さな肩を掴む手があった。他ならぬあたしのだ。
「………待ちなさいよ」
我ながらドスの効いた声が出てしまい、出て行こうとしていた少年の肩がびくりと震える。
いかんいかん。
恐る恐ると言ったような感じでゆっくりと振り返ってきた少年に向かい、あたし――鍛冶屋リズベットは肩を掴んだまま
「もし超強力なハンマーの獲得クエ知ってるって言ったらどうする?」
言った。
後書き
なべさん「始まりました!そーどあーとがき☆おんらいん!!」
レン「いやー、始まったな~。新編!」
なべさん「そうだねえ。リズベット編始まっちまいましたよ!」
レン「うんうん。………でもさ」
なべさん「うん?なんだい?」
レン「いやあ、ふと思ったんだけど。四十話強でやっとリズ編ってヤバくない?」
なべさん「………………………………」
レン「いやさ。比べるのもどうかと思うんだけど、他の作品はさ、五十話行くか行かないかくらいでSAO編終わってるよね?」
なべさん「……………………じ」
レン「じ?」
なべさん「自作キャラや感想を送ってきてくださいね!」
レン「あっ!逃げた」
──To be continued──
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