ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
SAO
~絶望と悲哀の小夜曲~
圏内事件~殺戮へのチケット~
「久し振りだね。おじさん」
ピリピリとした空気を纏いつつ、《冥界の覇王》が発したのはそんな呑気な言葉だった。
「………ああ、久し振りだな。boy」
僅かに目を細めたPoHが、そう返す。同時に二人の手下どもが、何が面白いのか、吹き出したように笑う。
「こんなところで何をしてるんだ?boy……子供は帰って寝る時間だぜ?」
「う~ん。たまには夜の散歩ってゆー感じに洒落混みたかったんだけどね──」
そこで、レンは口を閉じ、じろりと初めて殺人者達に敵意のある表情を見せた。
「────どーやら、おじさん達のせいで面白くなくなっちゃったよ」
「クックックック、そりゃあ悪りィことしちまったな。別にいいんだぜ?今から帰っても」
「まさか」
「だろォーなァ」
とてもここが死地とは思えない会話。
──と、ここで呑気な会話をする二人に堪えきれなくなったのか、じりっとザザとジョニーが半歩、いやたったの数センチほど足を動かした。
だが、たったそれだけの動作でも、《冥王》は赦さなかった。
ゴッ!!という、風音なのか衝撃音なのかよく判らない音が轟き、二人組の足元に深い傷痕が刻まれた。
「「……………っ!」」
「動くなよ」
思わず固まった二人にレンが放った言葉は、先程からののんびりとした語気は消え失せ、冷たく研ぎ澄まされた氷の刃のようだった。
「何ならここでおじさん達を殺しても、僕は一向に構わないんだけどね」
最早、人間としての感情がまったく感じられなくなり、人形のようにのっぺりとした声を発したレンを前にさすがに二人もその足を止める。
そんな中、ただ唯一PoHだけがのんきな声を発した。
「wow………流石だなァ《冥界の覇王》殿?」
「まあね。………かつてここに居たおじさんとしては、なかなかに複雑な心境じゃあない?えーっと、なんだっけ………ああ、《鬼神》のPoH様?」
ぴくりとフードの奥にあるPoHの表情が一瞬歪んだように思われたが、その後に紡がれた声はこれまで通りの異質な何かが張りついている艶やかな美声だった。
「………ああ、じゃあ俺の抜けた後の第三席に収まったのは、テメェだったってわけか。boy」
その言葉にレンは、ひょいっと肩をすくめる。
特に返事は返さないが、この場ではそれは肯定の意と同義である。
アインクラッド最高のプレイヤー達にして、攻略組の象徴たる《六王》は、大手のギルドなどで用いられている実力制を採用されている。これは単純な理由で、《六王》に採用される際の条件は多々あるのだが、それをいちいち説明するのは面倒なので要約すると、実力主義なのだ。つまるところ、アインクラッド最強を名乗りたいのなら、なんにしてもまず第一に試されるのは、やはり力であり頭脳などのいわばその他の部分は就任してから問われるため、あまり問題視されない。
そして、《六王》内には席というものがあり、第一席から第六席までがある。現在、《六王》第一席───つまりアインクラッド内で最強の座に君臨しているのは、まあ言うまでも無く《白銀の戦神》ヴォルティスであり、次席である第二席に収まっているのが《神聖剣》ヒースクリフである。
この二席に関しては、《六王》発足時から不動である。
逆説的に言えば、その二席を除いた四席は細かい変動があったわけだが。
その中でもレンが居座っている第三席は、前任者、今任者と二期続いて殺人者プレイヤーが収まったことと、それ以前の就任者達が変死したり犯罪に走ったりでまーとにかく良いことがひとつも無かったのだ。
そんなことを踏まえたうえで、大衆のプレイヤー達はその第三席にある二つ名を謙譲したのだ。
その名もズバリ《呪われし席》である。
まあ、ひねりも何もない名だが、反面、これほどはまる二つ名もないなと感心したこともある。
「……それで?さすがにここで帰ってくれって言ったって、おじさん達帰ってくれないんでしょ?」
「そりゃあ、まァ──」
な、とPoHと言おうとした瞬間、それはもう起こっていた。
レンの手───これまで無防備にだらんと下げていたそれが煙るほどの速度で閃き、空中に不可視の致死の斬撃を展開する。
そしてそれは、会話中という日常生活の上で生じやすい絶対的な隙を有しているPoHに圧倒的な速度を持って降り注ぐ。
──勝った!
レンの脳裏にそう表示される。だが───
がっきいいィィィィーん!!!
と脳を揺さぶるような金属音が鳴り響き、そこからレンのしようとしていた全ての動作を封じた。
レンの致死の斬撃は防がれたのではない。それならばまだ納得できる。
レンの武器のワイヤーは、クラスで言えば魔剣クラスに近いものがあるが、実質的には本物の魔剣である友切包丁には劣る。しかもレンの手が動くのを視認してから防御するのは、《六王》クラスのプレイヤーならば平気でやってのける。
そう、防御するならば。
PoHは防御なんてしていなかった。
ただ回避した。それだけ。
文字にしてみると、たったこれだけのことがレンに与えた衝撃は大きかった。回避というものは、当然ながら防御より難易度は高い。理由は、軌道を読み、その地点で待っていれば良いだけの防御と違い、回避は視認してからの避けるという動作が必要になってくる。
やるべき段階が一段階多い回避が、防御よりも難易度が高いのは当然といえば当然であり、それでレンの動作が一瞬にせよ止まってしまったのは必然といえば必然であった。
さらに、レンが放った斬撃は超高速であった、ということも忘れないでおきたい。
速い、ということはすなわち眼で目視してから対処するまでの時間が、限りなく少なかったということなのだ。
実際、この時のレンの斬撃は瞬きしたらそれで終わりと言う次元のものだった。
《化け物》と言う単語が脳裏に浮かぶ。
そして、PoHはレンのその一瞬の空白を逃しはしなかった。
タンッ!という軽やかな、しかし戦慄するような音とともに約十数メートルの空間の壁というものを軽々と超え、跳び掛ってきた。
友切包丁は肩に担ぐように構えている。
異様にぎらつくその刀身の先はあまりに正確に、固まっているレンに向かって垂直に構えられているため、まるで一本の線に見える。
「くッ………おあァッ!」
一瞬対処が遅れてこそ、レンもやはり《六王》の一人だった。
急所判定である頭、しかも眉間をまっすぐ狙っていた凶刃を首をひねることでどうにかかわし、右肩にかすりながら後方に抜けていく感触を嫌と言うほどに味わいながら、素早く距離を取る。
その場でゆらりとポンチョを揺らしながら静止したPoHを目視したところでようやくレンは詰めていた息を吐き出した。
さて何を話したものか、とレンの小柄な体から一瞬力が抜けた。
その瞬間───
右肩から灼熱した焼きごてでも押し当てられたかのような痛みが押し寄せてきた。
「………い…………ぎ……ッ!」
堪え切れず片膝を地面につける。右腕が力を失い、だらんと垂れる。
左手をその痛みの源にやると、妙な感覚が帰ってきた。ぴちゃりと液体を触ったような手応え。
左手を思わず引き戻す。目の前の左手から垂れていたのは───
血だった。
「………ッ!」
SAOで言うところの《傷》と言うものは果てしなく簡略化されている。モンスターであれ、プレイヤーであれ斬られた傷や刺し傷は剣や槍がダメージを与えた箇所に赤い線や点が付く、というだけなのだ。
しかも、その傷にしても与えられてから数秒すると消えてしまう。
だから今現在SAOで血液と言うものを見ることは不可能なのだ。
だが、今レンの眼前で垂れているのは、まぎれもなく血液以外の何物でもなかった。
それを見た直後、レンの心を支配したのは恐怖でも、畏怖の感情ではなかった。
それは───ただ単純に動揺、である。
なぜなら、レンはこの仕組み、いや現象を知っていたからである。
「これは……《心意》」
一瞬眼を見開いた後、レンは突っ立ったままのPoHを睨みつける。
「おじさん、この力をどこで知ったの!?」
勢い込んで放った疑問は、さも当然のようにスルーされた。場にそぐわないのんきな声が返ってくる。
「ほォー、これ《心意》ッてのか」
よく見れば、PoHがしげしげと眺めている友切包丁には、漆黒の煙のようなものが張り付いている。
そう、《六王》が名付けた、《過剰光》という物が。
しばらくその過剰光を纏った己の愛剣を眺めていたPoHだったが、飽きたのかなおも睨みつけているレンを見る。
言い募ろうとするレンを片手で制し、もう片方の手の人差し指を唇と思われる顔の位置のところまで持ってくる。
《少し黙れ》のジェスチャー。
むっ、と不満そうに黙ったレンの耳が夜風に含まれる、かすかなリズミカルな音を捉える。
ぱからっ、ぱからっ、という聞き慣れはしないものの、解かりやすいこの音は──
「………馬?」
アインクラッドには、所持アイテムとしての騎乗動物は存在しない。
しかし一部の村や街には、牧場や厩舎があり、そこで騎乗用の馬やストレージに収まりきれない大量の荷物を運搬するための牛などを借りることが出来る。
だが、料金がバカ高いし、乗りこなすのに相当の技術が要るため、わざわざ金まで払ってまでそんなことを練習するヤツは───
──まさか援軍!?
とレンは思い、隣の三人衆にちらりと視線を向けるが、彼らも当惑したように互いに視線を見交わしている。
もしやチャンスか、とレンが一歩踏み出すより早く
「boy、──────に来い。決着をつけてやる」
唐突にPoHが放った言葉に、全思考能力が停止した。
日時はそっちが勝手に決めろ、と言う声が謎の馬の蹄のBGMに乗って聴こえてくる。
続いて、ほとんど聞き取れないほどの転移発声。
レンの思考能力が回復したのは、数十秒後に馬に跨ったキリトが到着した頃だった。
後書き
なべさん「始まりました!そーどあーとがき☆おんらいん!!」
レン「やっと終わった!圏内事件!!!」
なべさん「テンション高いねぇー」
レン「だってホント超長かったんだもん」
なべさん「あー確かに。何話ぐらい続いたっけ?」
レン「えーっと、ひぃーふーみー……14話も続いちゃってるよ!」
なべさん「げっ!……あーあ、最初は軽く流すつもりだったのに……」
レン「ドンマイ。というか、完璧自業自得」
なべさん「うぅ……」
レン「はい、お便り、感想を送ってきてくださいねー♪」
──To be continued──
ページ上へ戻る