魔法と桜と獣
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三話 変わる悲劇と恋の蕾
三話
『変わる悲劇と恋の蕾』
物語の開始を告げる桜と雪の舞い散る深夜。
本来なら、ありえない遭遇はここに成立した。仕立ての良いダークスーツと同色のロングコートに身を包んだ肩まで伸びる長い金の髪の少年と、黒と白の簡素な服にミニスカート。さらに、御伽噺に出てくる魔法使いが付けていそうな黒い外套を纏った少女。
本来なら、ありえることのない出会いは今宵、成り立ち世界は変遷していく。
「誰だ?」
勘だけを頼りに森を出ようとした悠二だったが、突然横から姿を現した少女が彼の道を塞いだ。体からは魔力を感じる。故、僅かに警戒心をにじませながら問いかける。
「僕は芳乃さくら。君は?」
だが、少女……さくらはそれに気づいているのか、気付いていないのか、それはわからないが朗らかに笑みすら浮かべて悠二に問いかける。
「――悠二。水無月悠二」
名乗った。一瞬、偽名を名乗ろうかとも考えたがこの世界でこの名が持つ意味などない。しからば、態々偽名を名乗る必要がどこにあろうか?
そもそも、悠二はあまり偽の名前を使うということはあまり好きではなかったのだ。
「―――それで君はなんでここにいるの?」
尋 ねられた内容に、わずかに顔をしかめる。実に答えづらいないようだったからだ。なまじ、真実を話したところでおそらく信じてはくれない。
適当な理由を考えること一瞬。
「―――夜桜の見物」
「うん、嘘だね」
だ が、そんな出鱈目は間髪いれずに否定される。だよな…と内心で彼女の否定に同意する。彼自身、これで凌げたらいいな程度でしか考えてはいないくらいに無茶な理由だった。
「じゃあ、なんで君から魔力を感じるのかな?」
「――」
そこで悠二は自分の失策に気づいて頭を抱えたくなった。
いくら自分の魔術回路がそこまで多くない平凡なものとはいえ、魔力は魔力。しかも今は魔力殺しの類は一切付けていないために少し感知に優れたものが見れば一発でわかってしまう。
気づいて、またやってしまったと嘆くが時すでに遅し。覆水盆に返らずというやつだ。
「―――理由はない、ただ歩いていただけですよ」
「ご両親は?」
「居ない、生憎家族には嫌われてる」
知らず知らずに内に九歳とは思えない憂いを帯びた大人びた表情を浮かべて答える。
ちなみに嘘はいっていない。彼はかつては自分にある異能のせいで生まれて間もない頃に捨てられていた。
だからこその、そんな表情だった。
「そう・・・」
悲しげに表情を揺らすさくら。
「強いて言うなら、霊脈がこっちに集中していたから興味本意?」
「・・・っ」
つぎの悠二の言葉にさくらは息を飲む。
「――君の目的はなに?」
つぎの瞬間には敵意すら滲ませ、さくらは悠二を睨む。普通なら、そんな反応をしたら『はい、そうです』といっているようなものだと気付くだろうが皮肉なことに彼女にそんな余裕はなかった。
(藪蛇だったか……)
興味本位で鎌をかけてみたら本当だったようで、少し後悔する。
「さあ?とりあえず、この先にあるもの」
だが後には引けない。ここまできたなら毒を喰らわば皿までと開き直り、問いかける。
「っ!!ロンギヌス!」
『Ja, Set up《了解、セットアップ》』
彼女のネックレスが電子音声で答え、わずかなタイムラグの後魔方陣に包まれ、服装が変わる。
そして、その手に握られているのは既視感を覚えさせられる黄金に彩られた長い直槍。
ただ存在するだけだというのに、凄まじい威圧感を醸し出していた。
「ごめんね、僕はどうしても桜を守らなくちゃいけないんだ」
自分の背丈ほどもあるその槍の振り回されることなく、扱ってみせると悠二に刃を向ける。そこに乗せられてるのは殺意でも、闘志でもない。もしも、どちらかだった場合、即座に攻撃に移っていた。だが、彼女の黄金の槍に乗せられているのはなにかを守ろうとする悲壮なまでの決意。
それが痛々しいまでに悠二には伝わってしまう。
そして、確信する。この奥に存在するナニカを彼女は命を懸けてまで護りたいのだ。
「―――悪いが、それを聞いては黙っているわけにはいかない。術式解放」
唱える。二度と使うことはないであろうと思っていた術式を。途端、足もとには魔法陣が現れ、ソレが起動する。
使っている悠二でさえ、これの本質がなんなのかはわからないソレを。
「させないよッ!」
突然、発動した術式に気付いたさくらは僅かに体を強張らせる。そして、手にもつ槍に黄金色の魔力が集結し、いつでも一撃を放てるといった気配を出し始めた。
だが、悠二に焦りはない。
さくらの動作より一瞬早く術式の構築は終わり、一時的にそれは片鱗を見せる。
「ぐっ!?」
悠二の足もと。そこに生まれた黒い魔法陣から生み出された碧の鎖がさくらの四肢を絡め捕り、捕縛する。
やられる。そんな刹那に死を覚悟したさくらだったが、いくら待っても死の欠片はおろか、痛みすら襲ってこない。
恐る恐る目を開けてみると、目の前にたった悠二はやれやれといった感じに肩を竦めていた。
「悪いが説明してもらうぞ。お前がそこまでして守りたいその桜とやらを」
「えっ!?」
そして、投げかけられた言葉に思わず目を見開く。
「――ボクを殺さないの?」
「なぜ?」
「――桜を破壊しないの?」
「どうして?」
「「―――」」
悠二はさくらの的外れな質問に、さくらは悠二の予想外すぎる返答にお互い茫然とする。
そんなどこか気の抜けたやり取りに毒気をなくした悠二は腕を振る。するとさくらを縛っていた緑色の鎖は綺麗さっぱり消え去っていく。
「―――とりあえず、案内しろ。約束するよ、それをみてもお前が思っているようなことはしない」
「う、うん」
年齢にそぐわない威圧感に押され、さくらは頷くとおずおずと歩き出すのだった。
*
「―――ここだよ」
さくらが先導し歩くこと数分。二人は桜公園の奥にいた。あれだけあった桜の樹はそこだけすっぽりと空間が空いていた。
そして、その中央に周囲を覆う桜の樹とは比べ物にならない枝垂れ桜の巨木が植えられている。
「―――芳乃、これは・・・」
「うん」
あまりの光景に悠二は目を見開いて驚いている。
当然、この絶景に対しての感動もあるだろう。だが、悠二が驚いているのはそれだけではない。
「マジかよ…」
長年の経験でしみついた癖で解析をかけたところ、幾つかのプロテクトを挟んで桜の正体が把握できた。そして、つい呟いてしまうぐらい驚愕した。
(此奴は、固有結界を生み出しているのか…。いや、むしろ…)
自分の心象風景を具現化させる固有結界を一瞬、想起するが思い直す。そちらより、むしろ近しいものを悠二は知っていた。
そして、隣で義之と話しているさくらに視線を移す。
「芳乃」
「――その様子だとこの桜のことをわかっちゃったみたいだね」
「ああ。粗方調べさせてもらった。しかし…」
「うん」
悠二が二の句を紡ぐ前にさくらは重々しい表情で頷いて悠二の推論が正しいことを証明する。
桜はたしかに理論は正しいし、おそらくこのまま想いをため続ければさくらが願っているような効力は発揮するだろう。
だが、おそらくいつの日か暴走する。
力が強すぎる。その力を樹自体が制御しきれていないところがある。そうなれば、きっと彼女が望んではいないような結果を生むだろう。
「――ふむ」
腕を組んで考える。
理論自体は間違ってないし、そのためのデバイスもちゃんと機能している。どこが間違っているのだ?
たっぷり数十秒。頭をフル回転して考えるがどうにも穴が見つからない。
「悠二くん・・・??」
「―――仕方ないか」
ハアとため息を一つ吐き出すとさくらを方に向き直る。
「――芳乃」
「なに?」
「――悪いが少々、応急処置をさせてもらうぞ。暴走しないようにな」
いますぐに問題をなんとかしようとすることは無理だったが、問題の表面化を先送りにする程度は悠二にもできた。
なぜ見ず知らずの彼女にそんなことをするのか?と自問してみれば返ってきた理由はなんとも自分らしいものだったので苦笑する。
〝もう見捨てたくない〟
それが悠二のいま、さくらを助けようとする理由だった。
「っ!?……そんなことができるの!?」
「肯定だ。だが、あくまでただの応急処置だ。根本的な解決にはなっていない。で、いいのか?」
「――うん」
数秒の逡巡の後、さくらはそう答えた。
あまりの呆気なさ。物わかりの良さに悠二は少しならずも目を丸くした。そして思わざる負えなかった。
『本当にこいつは魔術師か?』
とはいえ、いまは関係ないことなのでそこで思考を止めると桜の前へと近寄る。
「近くで見るとさらに巨大だな。……解析開始」
幹に手を翳して、魔術回路に意識を持っていくと、再び解析の魔術を発動させる。
「―――ッ!?」
瞬間、悠二はすぐに顔をしかめる。
(なんつう、量の人の意識だ…)
桜の樹。その内部へと解析のために、意識を軽く潜らせる。
――それだけだというのに、凄まじいまでの意識の暴風にさらされ、普通の人間なら瞬く間に意識が持っていかれそうになるほど。
それもそのはず、この桜は島中に咲き乱れている桜の花弁。それを媒介に、人の夢を集めている。
そして、それを感じて悠二は自分の推論が正しいことを感じた。
(だが……)
だがと、悠二は笑う。
悠二にとって、この程度の意識の暴風、微風にも等しいものだ。
(これをこうしてっと…)
意識の暴風を物ともせずに、中枢へと辿りついた悠二は、すぐさま解析し、構造を把握しようとする。
だが、悠二はその見積もりが甘かったことを思い知らされる。
(――こいつはまた……)
彼の予想を遥かに上回る構造の複雑さに、思わず呻いてしまう。
しかし、こうなっては後にも引けないと悠二は必死に解析を続け、体感時間で三十分ほどだろうか?
それぐらいたった頃に、ようやく概要を把握することに成功した。
(――ふう)
内心で、安堵の溜息を漏らしつつ、回路の一部を弄り、回路を書き換えていく。
慎重に、慎重に。余計な回路を一つでも弄れば、この樹は暴走を始めてしまう。そうなっては、どうしようもない。
(――よし)
糸を針に通すような凄まじい集中力で一連の作業を終了させると、意識を肉体へと戻していく。
「―――凄い…」
完全に、肉体に意識が戻ったとき、さくらが信じられないものを見るような顔をしていた。それをみて、悠二はまるで悪巧みが成功したような幼稚な達成感に満たされた子供のような顔で笑う。
「どうだ?」
ニヤニヤと人の悪そうな笑みを隠そうともしない悠二がさくらに尋ねた。
「う、うん。大丈夫だよ」
「それはよかった」
僅かにどもりながら答えるさくらの声を聞いて、悠二は自然とその笑みを深める。まるで、『してやったり』とばかりに。
そんなとき、ふと、さくらはとあることに気づいた。
「悠二君っ!?その目はどうしたの!?」
目の前の少年の青かった瞳には赤く巴模様が浮かんでいることに。
「――ん」
さくらに言われて気づいた悠二が視界に手をかざしてみると、肉体がレントゲンのように透けてみえる。そして、その中に見えるのは青いエネルギーの奔流。
そして、その奔流はおそらく体内に流れている魔力だろうと辺りをつける。
(ああ。これがそうか)
そこでようやく気付いた。これが結衣に押し付けらえた力だということに。とりあえず追々性能の検証はしていくとして、今は目に送っている魔力を封鎖して目を閉じる。
そして、開くと悠二の瞳は本来の青へと戻っていた。
「――魔眼の類?」
「まあ、そうだな」
さくらだって、それぐらいの知識はある。魔眼とは外界からの情報を得る為の物である眼球を、外界に働きかける事が出来るように作り変えた物だ
写輪眼は厳密に言えば魔眼とは違うかもしれないが本当のことを話しても信じてはもらえないだろうと思い、それで誤魔化す。
「写輪眼、僕はそう呼んでいる」
「先天的な魔眼なんて、珍しいね」
「――良いことなんてないがな」
自嘲気味な笑みを浮かべた悠二をみて、さくらは地雷を踏んだ・・・と思った。
「ごめんね、悠二君はその目のせいで……?」
「まあ、な。まあ、この目だけのせいじゃないがな」
誤魔化すのに少々良心が咎めるのか、顔をそむけつつ答える。
そして、話題を変えるためにわざとらしくコホンと咳払いを一つすると
「――とりあえず、俺がこの桜に取り付けたのは出力制限《リミッター》だ。一定以上の出力が出ないようにな。もちろん、この桜の術式の効果範囲は小さくなってしまうが、暴走するデメリットも抑えられる」
「うん」
「だが、それでも応急処置だ。その内、このリミッターだって壊れる時が来る。その時までに解決策を考えるようにしないと末路は変わらん」
「解決策…」
なにか思いつめたような表情を浮かべるさくらに悠二は再びやれやれと肩を竦める。総じて、そんな表情を浮かべる人間のすることは碌でもないと経験的にしっていたからだ。
「おいおい。そんなに思いつめなくても大丈夫だよ、僕の見積もりじゃあと十年くらいは持つ。それだけの処置はしたつもりだ」
「――うん。ありがとう、悠二君」
「どう致しましてだな」
そういって、悠二は自分のしたことに達成感を覚えながら笑うのだった。
後書き
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