魔法と桜と獣
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四話 名前と家族
四話
『名前と家族』
街灯が照らす中、三人の少年少女は歩いていた。
1人は、黒と白の簡素な服装にミニスカート。そして、魔法使いがつけているような黒い外套を纏った少女…芳乃さくら
そして、彼女と並ぶように歩いている黒いシャツに身を包んだ瞳も髪も黒い六歳ほどの少年は桜内義之。
最後に、二人と少し距離を寄るようにして歩いている黒いコートを着ている金髪の少年…水無月悠二。
「ねえ、悠二君」
「どうした?」
物珍しげに周囲の風景を見ていると不意に、器用に歩きながら後ろを向いたさくらが悠二に声をかけた。
どこか恥ずかしげで、照れているようにも思えるような表情でさくらは悠二に尋ねた。
「――悠くんって、呼んでもいい?」
「藪から棒に突然なんだ?そりゃ」
さくらの奇妙な提案に、すこし顔をかしげる。
「だって、悠二君じゃなんか余所余所しい感じがするんだもん♪」
語尾に音符をつけて、外見相応な笑みを浮かべて言う。
実際はそうでもないが、彼女の心境だろうか?
特に、気にすることも無い悠二は『やれやれ』といった感じに肩を竦めると
「好きにしろ」
「うん、ありがとう。悠君」
そういって、了承するとさくらは嬉しそうに笑う。
――名前を呼ぶ。それだけなのにな
そう内心で目の前の少女に対する同情を禁じ得ない。
「やれやれ…どうしてこんなことになったのやら」
自分の前で楽しそうに話しながら歩いているさくらと義之をみて、独白する。
――数分前
桜公園の奥にある枯れない桜のある広場で桜への処置を終えて、去ろうとした悠二にさくらは声をかけたことが切っ掛けだった。
「あれ、悠二くん。どこ行くの?」
「決まってんだろ?今晩の宿探しだ」
「こんな時間に?」
さっと腕時計を見るとすでに時間は午後九時を回っている。どう考えても子供が保護者なしに出歩いていい時間ではない。
それがわかっているようでわずかに悠二の表情が曇る。
「―――まあ、なんとまるだろう」
バツが悪そうにさっと顔をそらして言い訳をするかのようにボソリと答える。その様子には先ほどまでの自身は露も感じられない。
最悪、奥の手を使えばいいと考えている矢先―――
「まさか、魔眼での暗示でなんとかしようなんて思ってないよね?」
モノの見事にさくらに言い当てられ、思わず硬直する。まさに悠二のいう奥の手とはそれだったからだ。
「はあ、図星みたいだね・・・」
その様子をみて、さくらはやれやれと言った感じに肩を竦めた。
「その様子だと、止まるところなんてないみたいだけど、どうするの?」
腕を手をやって、まるで母親が子供を心配するように悠二に言葉をかける。
「どうするって、野宿しかないだろうが」
「野宿って……」
悠二の答えに呆れるしかないさくら。
「――だったら、家にこない? 悠二くん」
「……それは助かる。だが、いいのか?見知らぬ人間を家にあげても。僕がなにかしないとも限らんぞ」
「じゃあ、何かするの?」
「それは…」
「フフフ……」
答えづらそうに言いよどむ悠二をみて、さくらは嬉しそうに微笑む。
「それに、ボクだけ助けてもらうなんて悪いでしょ?だから、Give&Takeだよ。悠二くん♪」
「――わかった」
そう言われては了承するしかなかった。
前世での成人した姿ならいざ知らず、いまのこの未成熟な体での無理は禁物だからだ。
「そうそう、子供は甘えるのが仕事だよ♪」
渋々といった様子だがしっかりと頷いた悠二のようすにさくらは満足そうに笑った。対して悠二はさくらの手のなかで転がされているかのように覚え、つまらなそうに鼻を鳴らすのだった。
*
そんなやり取りのあと、さくらの家に向かうとのことで一緒に桜公園を出て、今現在の道を歩いているのだった。
「――しかし、不思議な島だ」
周囲に爛々と咲き誇る桜を見て、ひとり呟く。
「綺麗でしょ?桜」
「――そうだな」
いつのまにか、後ろを歩いていたはずの悠二の隣にはさくらと彼女に手を繋がれた義之がいた。
「だが、四季がないというのもいまいちつまらん」
「――悠くんってホントに子供?」
四季折々の変化をそれなりに好んでいた悠二としては普遍の桜というのはあまり好みではないのだった。
そして、言われたほうは言っていることがとても九歳時のものとは思えず歳を疑ってしまう。
その疑問にわずかに不満と諦観を混ぜた苦笑を浮かべて悠二は答える。
「――ああ、残念ながらな」
「残念ながらって、ほんとに悠二くんって子供っぽくないね。まるでお兄ちゃんと話しているみたい」
「お兄ちゃん?」
「僕のお兄ちゃん。といっても、実際に血がつながっているわけじゃなくてボクがそう呼んでるだけなんだけどね」
そう、寂しさと僅かながらの思慕を感じさせるもの悲しげな声音でさくらは言った。
「――そうか」
少々、追求したいところもあったが、悠二はそこで言葉を閉じた。他人の自分が踏み込んではいけない領域。それを感じたから。
そして、数秒の沈黙が二人の間を流れていく中、シリアスな空気を切り裂くようにぐ~と気の抜けた音が周囲に響く。
「あう……」
音の発生源である義之は恥ずかしそうに赤くなった顔を俯かせる。
「あはは、お腹すいた?もうすぐだからね」
それをみて、さくらが幸せそうに笑う。
「えっと、あの、その……」
なにかを思い出せないのかしどろもどろになってしまう義之。
「さくらだよ。芳乃さくら」
さくらは義之の顔をまっすぐに、そしてじっと覗き込む。
けれど、よしゆきは恥ずかしさのあまりに目を反らしてしまう。でも、その数秒の間をおいて
「……さくらさん」
気恥ずかしさもたぶんにあったろうに・・でも、義之はしっかりとした言葉でそういった。けっして、大きな声とはいえない。
けれども
「うん♪」
笑顔がはじけた。さっきまでの不安そうな表情はどこへやら、満開の桜の如く人を魅了する笑みを浮かべて、義之の言葉に答えた。
「ほら、悠くんも!」
そして、悠二にも同じように促す。
「僕もか?」
「うん!」
「やれやれ…。芳乃」
「ぶ~」
仕方ないといった様子で呼ぶが、先ほどとは打って変わり不満丸出しと言った感じのさくら。
「――僕にどうしろと?」
「名前で呼んで」
「――」
頭をかいてやれやれと嘆息する。そして、仕方ないと割り切ると
「――さくら。これでいいだろ?」
「うん! よろしくね、悠くん♪」
喜色満面の表情で頷くさくらにまたやれやれと肩を竦める。
――名前を呼んだだけで。
(まったく、どこまで自分殺せば気が済むんですかね…)
と、隣を歩く少女の想いを考えると、ため息が出るのを止めることはできなかった。
*
それからさらに数分ほど歩き続けた先にさくらのいう家はあった。片方は一般的な白い外装の一軒家。そして、もう一方は古風な印象を受ける標準より大きめの木製と思われる家。
「ここが義之君の御家だよ」
さくらはそういって前者の家のインターホンを押してなにやら一言、二言話すと中からパタパタという階段を下りるおとがして――
「じいーーー」
「……え、あ、えっと。」
ガチャリと僅かに開いた扉から少女が二人に視線を注ぐ。悠二は平然としているが、義之は突然のことに動揺してしまっているようだ。
「…………」
「じー」
「え、あ、えっと」
「じーーーーー」
「あ、あの」
「じーーーーーーーーーー」
「さ、さくらさん?・・・お兄ちゃん!?」
注ぐ視線に我慢できなくなったのか、隣の悠二とさくらに助けを乞うが
「にゃはは、こんばんは由夢ちゃん」
「こんばんは」
さくらは知らん振りを決め込み、少女・・・由夢へと挨拶する。由夢もさくらに挨拶こそ返したものの、視線は義之に固定されたまま、動いていない。
「この子が義之くん。この前お話した子ね、でこの子が悠二君」
「うん」
さくらが二人のことを紹介すると由夢は嬉しそうな笑顔でうなずく。
続いてさくらは由夢の後ろへと目を向けると
「音姫ちゃんもおいで」
そう、声をかけた。
「…………」
小さく漏れる息と共に、ドアの隙間からもうひとつの顔が飛び出す。由夢とよく似た、顔立ちの少女でこれまたよく似た茶色の髪を大きな桜色のリボンでポニーテールに結った可愛らしい少女だった。
「ほら、由夢。ちゃんと外にでて」
「はーい」
音姫のほうがお姉さんのようで、由夢にいうと可愛らしい返事と一緒にひょこひょころ出てくる。小さな方は少し恥ずかしそうに、大きな方は少しぶすっとしながら。
そんな様子に、自然と悠二は笑みがこぼれる。
「ボクはお兄ちゃんに話があるから、後は適当にやってね。ちゃーんと仲良くするんだよー♪」
肝心のさくらは笑顔で、そんなことを宣うとさっさと家の奥に入っていってしまう。どうやら、完全に二人に放り投げるつもりのようだ。
結果、取り残された少年少女4人
義之は相変わらずどうしたらいいのかわかりかねている様子だが、悠二は一歩、前に出ると
「とりあえず、僕は水無月悠二・・よろしくな」
「「う、うん」
二人とも、悠二の笑顔に見とれて顔を赤くする。
「桜内義之です。よろしく」
そして手を差し出すが・・
…………。
でも、その手に触れるものはなく、ぶらぶらと宙に浮いたまま。
「あ、あはははは」
そして、渇いた笑みを貼り付けた義之が諦めて、手を戻そうとした時、ぎゅっと暖かい感触が義之の手を包んだ。
「あ・・・」
「ゆめ」
それは嬉しそうな笑顔を浮かべた由夢の手だった。
「へ?」
突然、由夢からかけられた言葉に鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする義之。突然のことでそれが何を意味しているのか、測り兼ねたのだろう。
「朝倉由夢」
「え~っと、名前?」
そういって、由夢はにーっと子供らしい純粋な笑顔を浮かべて言った。
そこで、ようやく、名前だと気付く義之。そして、確認すると
「うん」
肯定と共に笑顔でうなずいてくれた。
「そっか、由夢って言うんだ」
噛み締めるように呟く義之。
「そう、よろしくね……お……」
恥ずかしそうに顔を赤らめ、由夢は言葉を続ける。
「お?」
「お……おにいちゃん達」
恥ずかしさで、顔を真っ赤にしながら由夢は言った。
「音姫」
ポツリと一言。
妹とは対照的にまるで二人を歓迎していないかのようにそれだけ言うと、少女・・・音姫は家へと入っていってしまう。
「僕、もしかして迷惑だった?」
「んー、そんなことないよ。」
義之が心配になって聞いてみるが、由夢は僅かに考え込んでそれを否定する。
「でも…」
「大丈夫だよ。お爺ちゃんも、お母さんも大歓迎って言ってたもん。お姉ちゃん、最近怒ってばっかりだから。気にしなくていいと思うよ。・・・・・・わ、わたしもいやじゃないし。おにいちゃんたちがおにいちゃんになるの」
顔をわずかに赤くしながらも、どこか嬉しそうに由夢は言った。
「そ、それよりも、はやく中に入ろう?かぜひいちゃうよ」
そして、それを誤魔化すように義之の手を引っ張ると由夢は家の中へと入っていく。
「ほら、お兄ちゃんも早く!」
「あいよ」
由夢に急かされ、扉を潜って家に入ると温かい空気、そしておいしそうな匂いが漂ってきた
そんなごく普通である感覚に、悠二は不意に涙ぐみそうにすらなる。
(これじゃ、さくらを笑えんな)
先ほどはさくらを同乗していたが、自分も大して変わらないことを思い出して、内心苦笑する。
「あ、え、えっと、おじゃまします」
「ちがうよ」
由夢が義之の言った言葉を否定する。
「え?」
「ただいま」
「ん?」
「だから、ただいま、だよ」
由夢が屈託のない純粋な笑みで言う
「今日からおにいちゃんのおうちだもん」
「うん・・・」
由夢につられて、義之も笑みを浮かべた。
(家族・・・か)
そんな思いを抱きながら、悠二も二人に続く。掃除の行き届いた綺麗なフローリングの床を音姫に無愛想に渡されたスリッパに履き替えて歩いていく。
由夢が扉を開けると
「いらっしゃい、二人とも」
「ようこそ、朝倉家へ」
居間ではクリーム色のベストを着た壮齢の男性と黒い髪の優しげな表情が印象的な綺麗な女性が二人を待ち受けていた
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