魔法と桜と獣
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二話 桜とさくら
二章
『桜とさくら』
――少女は孤独だった。
あの日、兄と慕う彼や彼を愛する少女達と別れて、アメリカに渡った彼女は己が理想のために、一人奔走した、走って、走って、走り抜けた。だから、彼女はいつも一人だった。一人で研究室にこもり、パソコンとにらめっこする毎日。
そんなある日、一通の絵ハガキが届いた。そして知った。彼女の旧友達は大切な人と結ばれ温かい家庭を作っていたことを。そのことを純粋に祝福しながらも、彼女の中では黒い感情が生まれつつあった。
『自分はいつまで一人でいなくてはいけないんだろうか…?』
そう考えると彼女の目の前は真っ黒になっていくのを感じた。いままでたっていた足場が屑えれ堕ち奈落の底へ転落するようなそんな底知れない不安に襲われた。
そして、その不安は少女に一つの過ちを起こさせるには充分だった。
少女はそれを過ちと知りながらあるものをこの場所に埋め込んだ。それは彼女の理想の雛形。願望器のプロタイプ。そして、願った。
“もしかしたら在ったかも知れないもう1つの可能性を見せてください”
その願いは、渇望は誰よりも真摯で、誰よりも誠実だった。そして、ソレは彼女の願いをを叶え、一人の少年を産み出した。
彼の者は闘った世界の平行世界に当たる世界の日本。大まかな地理は変わってはいないが、少なからず変化したところがあった。それが一番顕著なのが四国付近に存在する三日月型の奇妙な形をした島…初音島である。
彼の世界には存在しないこの島は季節を問わずに桜が咲き乱れることで有名であった。そして、その中心付近あり、一種の観光名所ともとなっている大きな公園。正式な名前はなく、近くの住民からは『桜公園』と呼ばれている公園。
そこには一人の少女が佇んでいた。無数の桜の樹に囲まれた一つの枝垂れ桜の巨木の前に一つの人影があった。
「―――」
くすみの一つない綺麗な金色の髪をツーサイドアップに整えた黒と白の服の上から同色のローブを羽織ったその少女が幹に手を当てて、そこに立っていた。
いや、彼女だけではない。気付けば彼女の横には黒い髪の幼い少年が茫然と立っていた。彼こそが、彼女の生み出した願いの形に他ならない。
「初めまして」
無理やり取り繕ったような、なにかを覆い隠すための笑み。それをまるで能面のように浮かべて少女は言った。
そして、なにかに気づき、しばしなにか考えるように「う~ん」と顎に手を当てて、唸り始める。それを少年は不思議そうに見上げる。
たっぷり数秒の間をおいて少女は何かがひらめいたらしく顔を輝かせてそれを告げた。
「桜内、義之」
果たして、それは名前であった。まるで母親が我が子に名づけるように慈しみの表情をもって少女は少年にそう告げた。
そして、突然なんの前置きもなく、そのことを言われて困惑する少年。そんな彼に少女はどこか嬉しそうに笑みを浮かべていう。
「君の名前だよ♪」
「・・うん」
言われてやっとわかったのか少年…義之は咀嚼するようにしっかりと頷いた。
その笑顔を見て、少女の胸が暖かくなるのを感じて、さらに笑みを深めた。
(ああ、やっとボクにも……」
自分にも待っていてくれる家族ができた。そんな喜びにいつしか少女の表情には本物の笑みが浮かんでいた。
だが、同時にそれは喪失の恐怖を少女の中に否応なく刻み込んでいた。
「っ!?」
突然、少女の神経にザラザラと不快感に満ちた感覚が走る。そして、その意味を感じ取った少女は驚愕を顔に浮かべ、辺りを見回す。だが、それらしき姿はない。
「ごめんね、ちょっと待っててね」
「うん」
すぐに頷いてくれた義之に対して笑みを浮かべていうと、すぐさまその人影のところへと向かう。
距離的にはそこまで遠くない。走ればすぐの位置だ。
「たしか、この辺・・・っ!?」
そして、少女は見つけた。それと同時に驚きを隠せなかった。
「子供!?」
そう、そこにいたのはコートを来た少年だったのだから。身長は140㎝くらいで黒いダークスーツとロングコートを着ている金色の髪をした男の子。
ビクッと反応すると、見失うほどの速度で振り向く。そして、懐からなにかを取り出そうとするが
「ッ!?」
そのまま、まるで彼の周りの時間が止まってしまったかのように固まってしまった。
「……」
そして、対する少女も自分と同じ青い彼の瞳と目があった瞬間、まるで引き込まれるような錯覚を覚えてしまう。
そしてそれと同時に思った。
(なんで、そんな寂しそうな瞳をしているんだろう……)
*
それから、少し時は遡る。
少女がいた場所から数メートル離れた桜の森の中に彼は居た。
樹にもたれ掛り、眠っているかのようだったが
「どこだ…、ここは…」
すぐに目を開けて状況を把握しようと辺りを見渡す。
「桜?」
そして、一番初めに目に入ったのは目に入るのは自分の身長を超えるほどに大きく、花を満開に咲かせた桜の樹。しかも、一つではなく複数。
こんな桃源郷とでも形容されそうな場所は彼の人生の中で一度足りとてない。どうやらここが彼女の言っていた転生先の世界ということらしいと辺りをつけてたちあがると違和感を感じる。
「――嫌に目線が小さいな」
感じた違和感の正体は目線。いまの目線が明らかに違っていたからだ。次いで、自分の体を見るとその原因がはっきりした。
「―――これじゃ小学生ぐらいだな。ったく、どうりで桜が大きく見えるわけだ」
体が縮んでいた、しかも大幅に。それはたしかに視線も低くなろうというモノだ。転生する前、彼の身長は決して大きくはないが少なくとも170はあったはずなのにいまは135㎝に届くか届かないかというほどしかない。
彼の言うとおり、どう見ても背伸びをした小学生の少年にしか見えないだろう。
しかも、ご丁寧に来ていた黒いスーツまでサイズを図ったかのようにピッチリといまの体に合っている。
「――どう考えてもアイツの仕業だよな……」
自分に転生しろとほざいた少女のような神を思い出して呟く。
だが、普通なら二度目の人生など無い身、それを与えてくれた彼女に礼こそ言えても、文句などありはしない。
「――まあ、念のためにとりあえず、体の状態だけは見とくか。同調(トレース)開始(オン)」
水無月悠二は普通の人間ではない。魔術師。少々、いやかなり異端と呼ばれる存在だったが、広義的にはそう呼ばれる人間の類であった。その証拠に悠二の体内には魔術を扱うための擬似神経『魔術回路』が数は特筆して多くないまでもしっかりと存在している。それは転生したいまも変わらない。
かつてのようにそれを起動させると回路が正常に起動し魔力を生み始めたことを知らせるように体に鈍い痛みが走り始める。これは生成した魔力に人の肉体が反発している為である。
――肉体異常なし
――内臓系異常なし
――神経系異常なし
結果は健康そのもの。内蔵から血管の一本に渡るまで健全で何の問題も存在しない。筋力は低下していたもののそれは肉体年齢の退行の所為だとして捨て置く。これからいくらでも鍛えられる。
続いて、別方面の視点から体を解析する。
――魔術回路52本正常稼働中
――聖遺物とのリンク正常
――術式『活動位階』で現状維持に問題なし
――魔術刻印 異常なし
――リンカーコア 異常なし
――写輪眼 使用可能
こちらの結果も優良。魔術回路、礼装、刻印共に異常なし。そのことには心から安堵したようにため息を吐き出す。
魔術回路が正常なのも当然、助かるがそのあとの二つが正常なのもうれしかった。これなら、凄腕に代行者にでも囲まれない限りこの未成熟な体でも生き残ることができる。
だが、最後の2つ項目は真新しく見覚えがないものだった。
「リンカーコア・・・?どこかで聞いた気がするな」
しかし、思い出せる気がしない。だが、どこかのアニメで見た気がするが、随分前のようで欠片すら出てくる気配がない。
「やれやれ、こんなお粗末な記憶力だったかな……。まあ、それよりもだ」
リンカーコアの項のことは一旦、頭から切り離すと次の最期の項目『写輪眼』には聞き覚えがある。
「――過剰にも程があるぞ」
どこか嬉しそうにVサインを出している女神を思い浮かべて、先ほどとは違い思わず顔を右手で覆って、疲労感に満ちたため息を吐き出す。肉体年齢九歳の子供が、まるで疲れたサラリーマンのような溜息を吐きしているのは非常にシュールな光景だ。
「――こんな能力。間違っても頼んではいないぞ。結衣……」
そんな文句を呟いてもなくなるわけでもないし、あって困るものでもない。ありがたいと思って使うしかないと頭を切り替える。
続いて視界になにやら金色の物が入っていることに気づく。
まさかと思いつつ、ためしに自分の髪の毛を一本抜いてみると、驚いた。
「マジか…」
見慣れた真っ黒な毛はそこにはなく、そこにあったのは金色の毛髪。染めたようなくすんだ金色などではなく、純粋な黄金色であった。
「はあ、この十分足らずで何回驚けばいいのやら……。まあいい」
流石にもう慣れたのかもう一回、ため息をは吐き出すと諦観と共に頭を切りかえて、次は装備品の確認に入る。
装備品の状態によって今後の行動が左右されるわけではないだろうが、確認を怠るのは不味い。
手始めにレッグホルスターから悠二愛用の拳銃『ジグザウェルP250』を取り出すと、弾倉を出したり、スライドを引いたりして異常がないか調べる。
「ジグは問題なしか」
ハンドガンをホルスターに戻すと懐に手を入れて、中に入れてある武器を確認する。手に感じる感じは間違えることなく使い慣れた仕事道具。
現状の確認を終えて、意識を外へと向ける。
「――さて、これからどうするかね?」
なにも情報がなく放りだされているわけだからとりあえず情報を得ることが先決だろうと考える。その手段としては使い魔を放つのが一番、手っ取り早いのだが今現在では、使い魔を作る材料がないためそれはできないため、却下。
すると、残った案は一つしかなくなる。
「やれやれ。昔ながらの方法で行くしかないか」
渋々といった様子で歩き出す。地面に落ちた薄ピンク色の桜の花弁を踏みしめて、桜の森を進んでいく。渡り鳥並みなどとは言わないまでも悠二は多少は方向感覚に自信があった。
その方向感覚だけを頼りに悠二は森の中を歩いていく。
「しかし、不気味なくらいに満開な桜だな」
道中。前後左右、すべてを満開の桜に覆われていることに少し眉をひそめる。仮にいまが四月の真っ盛りだとしてもここまで桜が満開になるものなのか?
少なくとも、悠二の記憶の中にはこういった完全な桜。しかも、複数の其れを見たことはなかった。
むしろ、人工的なモノだといったほうが納得できる。
(魔術師かね……)
この桜は魔術によるもの、そしてその裏にある目的や魔術師のことを考えて、知らず知らずの内に思考の海へと沈んでいく。
「子供ッ!?」
だからだろう周囲の索敵を怠っていたせいか、少女の接近に気付けなかった。
「ッ!?」
だが、その声を聴いた瞬間、条件反射のように体は動いていた。右腕を懐へと差し込み、コートの裏側に縫い付けてあるホルスターから其れを抜き取ると魔力を流し込む。
そうしようとするが
「……ッ」
背後に現れたのが少女だとわかり、すぐにそれを取りやめる。
よく気付けば害意は感じられない。
「誰だ……」
それが水無月悠二と彼女との初めての出会いだった。
後書き
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