蒼き夢の果てに
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第3章 白き浮遊島(うきしま)
第25話 余計な決闘立会人
前書き
第25話を更新します。
しかし、何回手直しを行っても、表現が決まらない部分が出て来る。
ルイズ様御一行を送り出し、その襲撃の渓谷に残るのは俺、タバサ、そしてジョルジュくんの三人と成りました。
時刻は大体夜の七時。ほんの少しだけずれた二重の月が地上を見下ろし、辺りは多くの松明によって照らされている非常に明るい空間と成っていた。
尚、キュルケには俺達の泊まる宿の部屋の手配だけをお願いして置きました。
ただ、そんな必要など無かったとは思いますけどね。キュルケも、わざわざ自分一人がルイズ達に同行させられる理由は即時に理解出来たと思いますから。もっとも、俺達と離れている間に、キュルケがどの程度の情報を収集出来るかは判りませんし、彼女に対して、ルイズがこの任務の目的を話してくれるとは思えないのですが。
キュルケが貴族ならば、ルイズも貴族。そして、二人の間には、国境線が引かれて居る事を、二人は嫌と言うほど認識して居るはずですから。
そして、ルイズ様御一行にはハルファスが監視役として付いて行っているので、彼女達が泊まる宿は直ぐに判るとは思います。ですが、流石に同じ宿に泊まる事が確実に出来るとは限りませんから。
まして、夜遅くに成ってからの宿探しは流石に面倒ですし、それに、ルイズ達一行の護衛と言う観点から言っても、宿が離れてしまうと色々と不都合な事も起きて来る可能性も有ります。
もっとも、あの連中が泊まる宿ですから、この世界的にはトップレベルの宿屋のはずです。故に、宿泊料金などの関係で平民が泊まる宿とは一線を画するはずですから、空き室がないなどと言う状況にはならないとも思うのですけどね。
この時代、中世ヨーロッパの宿屋と言うのは、男女が別々の部屋に成るとは限りません。まして、ベッドにしても、ノミやシラミなどの虫が当たり前に存在していますし、宿が混雑していたのなら、一人にひとつずつベッドが用意される訳でも有りませんから。
それドコロか、見も知らない他人との相部屋さえも当たり前のはずです。
まして、貴族であるルイズたちは二,三日に一度の入浴を行いますが、平民に果たしてそのような習慣が有るかと言うと……。
このような状況ですから、おそらく貴族。それも、公爵家の姫君と、このトリステインの大貴族のお坊ちゃまギーシュくんの二人を含む一行ですから、あのラ・ロシェールの街で一番良い宿に泊まるとは思うのですけどね、俺は。
一応、これも、転ばぬ先の杖、と言う事ですよ。
さてと。そうしたら、これから兵士たちがここに遣って来るまでの間に、山賊たちから聞き出した情報をジョルジュくんから聞く必要が有りますか。ジョルジュくんの能力を使用したら、魔法に対する耐性がかなり高くない限り、知っている限りの情報をぶちまける事と成るはずです。これは、かなり信頼度の高い情報が得られているはずですよ。
おっと、その前に。
シルフに音声結界で山賊たちを包み込んで置く。もっとも、ジョルジュの魔法で完全に眠らされているはずなので、このままでも問題ないとは思いますが、それでも念の為の処置としては当然でしょう。
時空結界は、流石に、ジョルジュくん相手とは言え、知られる訳には行かない技能ですから。
「それで。山賊たちの目的は、単なる物取りやったのか?
それとも……」
先ず、質問はここから開始すべきですか。そう考え、最初の問いを口にする。
可能性としては、大きな隊商でも襲えるほどの戦力を擁した上に、兵の配置が三次元的に配置されていた以上、単なる物取りとも思えないのですが……。
ただ、それにしては、あの連中は魔法を使用して来る事は有りませんでした。
確かに崖の上から弓で狙える位置に陣を張り、更に地上に伏兵を配していましたから、それなりの戦闘経験は有るのかも知れませんが、上空からは、その陣構え自体が丸見えでした。
魔法と言う攻撃力は持たない。それに、上空から接近して来る存在からは丸見えの陣構えでは、この世界の常識から推測すると、あまり戦闘集団としては上等な部類ではないと思うのですが。
「彼らは単なる山賊などではなく、傭兵でした。今日の昼、何者かに雇われた」
ジョルジュが、大地に蔦で縛り上げられた状態で転がされて居る山賊を見つめながらそう答える。
成るほど、傭兵崩れの山賊などではなく、現在進行形の傭兵だったと言う事ですか。
そして、傭兵で有ると言う事は、彼らを何らかの理由で雇った存在が居る。そう言う事か。
「それで、その山賊を装った傭兵たちの目的は、一体何やったんや?」
そうしたら、次はこの質問の番でしょう。
もっとも、この山賊を装った傭兵どもが、タバサや俺達を狙って兵を伏せていたとは思えない、と考えながら、なのですが。
その理由については、タバサを無傷で捕らえようとして放たれた白い仮面を被った連中は、明らかにあの山賊を装った傭兵連中よりは能力が高い存在でしたから。あの黒ずくめの暗殺者達でもどうにもならなかった相手に対して、人海戦術で対処する、と言うのは悪い方向では無いとは思いますが、それにしては、同時に投入する人数が少な過ぎるとも思います。
……だとすると、彼らの目的は。
「ミス・ヴァリエールが持っているはずの密書を奪う事が目的だったようです」
ほぼ俺の想定通りの答えを返して来るジョルジュ。
成るほど、矢張りそう成りますか。ただ、ラ・ロシェールを通る以外にもアルビオンに渡るルートが有る場合は、そちらの方にも手を打っているか、それともこのルートだけをピンポイントで狙って来たかによって状況が変わって来ますね。
それにしても、ルイズはアンリエッタ王女に何を依頼されたのか。
傭兵を数十人規模で雇う事までして奪う必要の有る密書って、一体……。
ただ、少し眉根を寄せ、そう考える俺。
そう、ただ、矢張り不思議なのは、山賊たちの配置が上空に対して無防備な配置でしか無かった事。ルイズ達一行にはグリフォンが存在して居ますから、俺達と同じように、結構、簡単に伏兵を発見出来たハズ……なのだが。
もっとも、一行の到着が黄昏時から夜に掛けての時間帯ならば、ヤツラの発見は俺達の場合よりも多少難しく成りますか。
もし、発見できなかった場合、完全に奇襲攻撃と成って、最初にグリフォンが無力化されたら、流石のルイズ達でも、かなりキツイ状態に成った可能性は高い……とは思う。
……のだが、矢張り引っ掛かる。
「成るほど。これは、つまり、アンリエッタ王女の命令が何か判らないけど、その情報が何者かに簡単に洩れていると言う事なんやな」
これまでに得た情報から推測出来るのは、先ずはこの辺りですか。
もっとも、昨夜の今日で即座に手が打てると言う事にかなり疑問が残るのですが。
これは、アンリエッタの周りに密偵が居て、夜の間に準備が可能だったと言う事なのか、それとも、ルイズの元に存在しているのか。
もしくは、そもそも、前々からルイズにアンリエッタ王女直々の命令が下される事が決まっていて、王女の周りではその事が周知の事実だったのか。
それに、三銃士に置けるワルド伯爵と、この世界のワルド子爵の名前の関連も有ります。
まして、アルビオン……つまり、イギリスに用事が有る、と言う事はそのワルド子爵の迂闊なひと言で判明しています。
もし、アンリエッタ王女がルイズに依頼した内容が、三銃士のアンヌ王妃の目的と同じような物。つまり、自身の恋心を表現するような物の回収ならば、ワルド子爵の存在は、敵方の人間が送り込んで来た存在の可能性も有ると言う事です。
「それで、その密書を奪う事を依頼した相手はどんな相手なんや?」
それでも、情報不足の内容をウダウダと考えていても仕方が有りませんか。それに、傭兵なら彼らを雇った存在が居るはずです。そいつの方から、この事件の裏を探る事が可能かも知れません。
「何でも、常に白い仮面を被っていた、かなり長身の左腕のない男性だと言う程度しか判りませんでした」
直ぐ其処にまで迫って来た松明の列を横目に見ながら、おそらくは、これが最後の質問となるで有ろう問いの答えを返して来るジョルジュ。
しかし、成るほどね。常に白い仮面を被っていたのでは、顔が判らなくても仕方がないでしょう。それに、危険な仕事……非合法な仕事の依頼の場合、本当に仕事を依頼する本人ではない代理の人間が仲介役を行う事も有りますから、もしも、その長身の仮面の男を特定出来たとしても、確実に事件の黒幕にまで到達出来るとは限りませんか。まして、身長が高い人間が低く見せるのは難しいのですが、低い人間が有る程度の身長だと見せる事は可能。
さりとて、左腕が無いと言う部分の特徴も、無いように見せ掛ける事は可能だと思いますね。
これでは、情報としては、大して重要な手がかりとは言えません。
それに、白い仮面の男と言うのは、別の連中の事も思い出すのですが……。
但し、その点に関しても未だ情報不足ですか。
成るほどね。……と言う事は、この山賊たちへの尋問から判った事と言うと、
「ルイズ達が狙われています。と言う事が判っただけか」
後は、確実ではないけど、俺達の傍に情報を、そのルイズの持っている密書とやらを狙っている連中に流している人間が存在する可能性が有る、と言う事ぐらいですか。
もっとも、この部分に関してもネズミや小魔などの使い魔が放たれていた場合は、情報が簡単に漏洩していたとしても不思議では有りません。
何故ならば、魔法の世界独特の諜報システムも存在しているはずですからね。
最初にキュルケが言ったように、視覚や聴覚の共有を行えるタイプの使い魔は、このハルケギニア世界でも結構、存在しているはずだと思いますから。
流石に、屋根裏に居る使い魔のネズミに対して気を配る人間は早々居ませんから。
俺の知って居る範囲内では、この世界には、音声を遮断する以外の情報漏洩を防ぐ結界系の魔法は存在しませんからね。
「これは、アルビオンにまで同行する必要が有ると言う事なのか」
近付いて来る松明の炎の赤を見つめながら、ひとつため息を吐く俺。
しかし、どう考えても、ルイズ達と同じ飛行船でアルビオンに向かう訳には行かないと思うのですよね、これが。
何故かと言うと、内戦状態のアルビオンに、俺達が渡る理由と言うのが思い付かないのですよ……。今の俺には。
☆★☆★☆
結局、兵士たちに実は傭兵の山賊を引き渡して、彼らと共にラ・ロシェールの街に辿り着いた時間は、俺の腕時計の時刻で午後の九時を過ぎる時間と成っていました。
尚、兵士達に、山賊を装った傭兵どもを引き渡した後に、何故、その移送を見守るようなマネをしたのかと言うと、夜陰に紛れて、仲間の奪還に逃げ去った傭兵たちがやって来ないとも限りませんし、その白い仮面の男が、何かを仕掛けて来ないとも限らないと思ったから。
山賊や海賊は大抵の場合、重い刑罰が加えられる事が多いので、この山賊どもが、実は自分達は傭兵で、何者かにルイズ一行を襲って彼らの持つ密書を奪おうとした、と証言されるとマズイ事になる人達によって、彼らの口が封じられる可能性が、多少は存在していると思ったのですが。
もっとも、その事に関しては俺の杞憂に過ぎず、護送中には何のアクシデントも無く、ラ・ロシェール所属の兵士たちに因り、感謝の言葉を告げられると言う結果となっただけでしたが。
まぁ、年若いとは言え、40人近い山賊をあっと言う間に制圧して仕舞った魔法使い達と共に、夜の街道を、捕らえた山賊たちを連れて自らの詰所に戻ると言う危険な任務を行い、実際に帰り道に山賊の残党に襲われる事も無かったのですから、この程度の感謝の言葉は当然ですか。
それに、義侠心から山賊を退治して仕舞うような青い連中ですから、感謝の言葉だけで満足して帰って行くと判断された可能性も有りますし。
どう見たって、俺達はバウンティハンターには見えませんからね。
それに、良く考えてみると、あの山賊連中から得られる情報程度なら、敵の方も大して重要な情報だとは思っていないはずですから、見捨てられたとしても不思議では有りませんでしたか。
えっと、それで、ハルファスからの【連絡】によると、ルイズ達一行が宿を取った『女神の杵』亭にキュルケが宿を確保して置いてくれているみたいです。
……と言っても、俺は未だこの世界の文字が読めないので、そう言う名前の宿屋だと言う風に教えられただけなので、看板を見ただけでは何処の宿屋なのかさっぱり判らないのですが……。
「へえ。意外と綺麗なモンやな」
意外に綺麗な店内の状態に、感心した俺の呟き。
女神の杵亭の一階部分……大体、この手の中世、と言うか、ファンタジーな世界の宿屋ではお約束な配置の、一階部分が酒場に成っている宿屋なのですが、その酒場部分についても、かなり綺麗に磨き上げられた一枚岩から作られたテーブルが並んでいて、カウンター席や、果てはリュート……と言う楽器だとは思いますが、リュートを手にして、恋の歌を歌っているロマ系の歌姫が立っている舞台も、全て同じ岩から削り出された材料で造り上げられた宿屋でした。
何故に、其処まで石造りに拘るのか理由が判りませんが。
「遅かったわね」
ルイズ一行と共に、ラ・ロシェールの街に入って宿を確保して置いてくれたキュルケが、たった一人で、俺達……と言うか、おそらくタバサを待っていてくれました。
才人は俺の事は無視ですか。
「部屋はふたつ確保して置いたけど、あたしとタバサ。シノブとジョルジュの相部屋で良いかしら?」
キュルケが部屋の番号を記した鍵を、磨き抜かれたテーブルに指し出しながら、そう告げる。
確かに、普通に考えたら、その配置が正しいでしょう。但し、俺に取っては、この宿の防御能力は判らないので、その配置には問題が有ります。
「いや。俺には、毛布だけ用意して貰えたらええ。そうしたら、タバサとキュルケの部屋の外で扉を背にして眠るから、俺にはベッドや部屋は必要ない」
窓の方は俺の式神のサラマンダーに任せるしかないか。流石に、ハルファスをこれ以上、酷使する訳にも行かない。それに、ダンダリオンは諜報が専門で戦闘はそれほど得意ではないし、ハゲンチはもっと戦闘に向いていない。
まして、タバサと同じ室内に居る訳ではないので、彼女の泊まる部屋自体を完全に、結界で包み込む訳には行かない。
その方法では、緊急時の【念話】での連絡も結界に因って阻まれて仕舞いますから。
「……って、タバサ。シノブは毎晩、そんな眠り方をしているの?」
かなり呆れたような雰囲気で、そう自らの親友と呼ぶ蒼い少女に聞くキュルケ。
……って言うか、貴女が異国の騎士とかって、俺の事を言ったんじゃ無かったですか。俺は素直に、騎士らしい騎士の模範的な行動を行っているだけだと思っているのですが。
えっと、何と言うか微妙な雰囲気を発しながら、タバサが首肯く。もっとも、この微妙な雰囲気は一体、何を意味するか良く判らないのですが……。
まぁ、そんな細かい事はどうでも良い事ですか。それに、彼女と契約時の約束は、俺が彼女の使い魔に成る、なのですから、彼女のガードはちゃんとする必要が有りますし、俺には、遠くに離れた彼女の身に迫る危険を察知する能力は有りません。
それに、俺が何処で寝ようが、ほっといて下さい、と言う気分でも有るのですけどね。
そう思いながら、キュルケの隣の空席の椅子を軽く引いて、タバサに座り易いようにしてやる俺。その椅子に、自然な雰囲気ですっと腰を下ろすタバサ。
この辺りの呼吸は、かなり阿吽の呼吸と言うヤツが取れて来たと思います。
もっとも、戦闘時にはまったく意味の無い技能なのですが。
ついでに、その様子をかなり呆れたような視線で見つめるキュルケと、何が面白いのか、少しの笑みを浮かべた表情で見つめるジョルジュも、少しずつでは有りますが、普段の風景と成りつつ有ります。
但し、それぞれが別々のタイミングで行動を共にして来たふたりでは有ったのですが。
キュルケは、学院での平穏な時に。
ジョルジュの方は、異常事態が発生した時に。
そして、店の従業員を呼んで、適当な夕食用の料理を注文するキュルケ。尚、この店に関してジョルジュの説明に因ると、基本的には貴族を相手にする、この街で一番高い宿屋らしいですから、食事に関してもそれなりの物を用意してくれると思います。
但し、魔法学院の食事すら口に合わない俺の口に合うかどうかは微妙なのですが。
☆★☆★☆
ハルケギニア世界に来てから、こちらの世界の食事を取る度に、現代日本に対する強い望郷の念が湧いて来るのですが、何故なんでしょうかね。
それに、胡椒や味噌、醤油などが、俺が食べていた料理に取って、とても重要な物で有る事が改めて思い知らされますし……。
もっとも、そんな無い物ねだりを続けても、意味は無いですか。
そうしたら次は……。
【シルフ。音声結界を施してくれるか】
腕時計のベルトの飾りに使用されている翠玉に封じられしシルフに、音声結界を施す事を依頼して置く。
ここから先は、多少の機密性を要する内容となる可能性が有りますから。
「山賊たちの尋問の結果を、キュルケはジョルジュから聞いているかいな」
多分ですが、あのルイズ達御一行様がやって来るまでには、少しの時間が有ったと推測出来ますから、ジョルジュより、キュルケは説明を受けていると思っての、この質問なのですが。
「あの山賊が実は傭兵で、ルイズが持っている密書を、彼女達を殺して奪う心算だった、と言う話なら聞いているわ」
キュルケがほぼ予想通りの答えを返して来る。
そうして、確かに、山賊たちの証言はそうなのですが……。
「その割には、少し戦力が不足していたように思いますね」
自らが尋問したはずなのですが、その内容について少し否定的な言葉を口にするジョルジュ。但し、彼の尋問は、普通に言葉を使うだけの物ではなく、魔法に因る尋問となるので、相手が魔法に掛かった振りをして虚偽の申告を行わない限り、偽の情報を掴まされる可能性は非常に低いのですが。
そのジョルジュの言葉を、タバサが首肯く事によって肯定する。そして、
「ルイズ達の目的地が判っていて、その上での待ち伏せとするなら、上空に対する攻撃力が不足し過ぎている」
……と続けた。普段は一言主命状態の彼女なのですが、今日は少し饒舌ですな。
それに、俺も、少しその部分に対しての引っ掛かりが有るのも事実です。
ただ、もしかすると、グリフォンがルイズ一行に存在すると言う情報が無くて、あのような形の待ち伏せとなって現れた可能性も有るのですが。
但し、それならば、馬で二日掛かる行程を一日で辿って来ていたルイズ達一行に待ち伏せを行うには、少し兵の展開が早過ぎる、と言う疑問も残っているのですが……。
「確かに、その部分は妙よね。昨夜、急に決まった任務の割には、いきなり待ち伏せをさせるようなマネが出来るのに、あの戦力では上空からの魔法には脆すぎたような気もするわね」
確かに、多少の疑問が残るのは事実なのですが、あの山賊どもは所詮、末端。汚れ仕事をやらせる為に雇われた使い捨ての存在。そんな連中が大した情報を持っている訳は有りません。
まして、急場の苦し紛れに打った策ならば、少々、粗が有ったとしても仕方がないでしょう。
確かに、ワルド子爵には多少の疑問が有るのですが、それが三銃士のワルド伯爵と言う登場人物に関係する疑惑では、単に俺の思い込みだけの可能性は有りますから。
「成るほど。これ以上はここで話をしていても無意味か。そうしたら、ルイズ達は明日の朝一番の便でアルビオンに向かうのか?」
それならば、過去を見ずに未来を見ますか。
まして、このルイズを狙っている連中が、小説の三銃士の通り自国、つまり、トリステインの連中なら、アルビオンに渡ってからルイズ達に危険が迫る可能性は低くなります。ダルタニアンは海を渡ってからは、彼には直接危険は迫らなかったと記憶しています。
逆に、アルビオン・サイドからの策謀の場合、向こう岸に渡ってからの方が本番、危険度が跳ね上がるのですが……。
「明日はアルビオン行きの便は出ないみたいよ。つまり、ルイズ達は明後日の便でアルビオンに向かう事になったわ」
キュルケがそう答える。それに対して、
「アルビオンはスヴェルの夜の翌朝に、ラ・ロシェールに最も近づく」
そうタバサが補足説明をしてくれた。
成るほど。確かに、少しでも近い方が辿り着く為の燃料も少なくて済むはずですから、理には適っているとは思いますね。
もっとも、本当ならば、近づいて来るアルビオンに対して飛行船を飛ばした方が、少し燃料の消費が少なくて済むとも思うのですが。
逆に最接近してから後の出航では、以後は離れて行く一方なので、少しでも出航が遅れたら、その分、余計に燃料を消費するようになるはずです。
「そうしたら、キュルケは当然、明日にはアルビオン行きの便に乗船予約を入れる心算なんやろう?」
一応、この質問は行って置くべきでしょう。
但し、ここまで来て、更にルイズ達に危険が迫っている可能性が有る以上、キュルケが簡単に引き下がる訳はないとは思いますが。
「当然ね」
至極当然のような雰囲気でそう答えるキュルケ。
まぁ、それは仕方ないですか。但し、その場合、ルイズには、もう正直に理由の説明を行うしかないでしょう。それで無かったら、俺達の方が怪しまれる事に成りますから。
その理由は、内戦状態のアルビオンに魔法学院の生徒が渡る理由がないから。後は、渡る理由として、ルイズ達が帯びている密命の内容に関わる可能性が有り、同時に、キュルケ、タバサ、ジョルジュの三人は、すべて留学生で有るから。
もし、トリステインの王女の秘密を掴む為に、それぞれの本国から何らかの指示を受けて行動しているのでは、とルイズ達に勘ぐられた場合、必要のない軋轢を生む事と成って仕舞いますからね。
「それやったら、俺の明日は、その長身で左腕の無い仮面の男について聞き込みでもしてみますか」
☆★☆★☆
結局、タバサとキュルケの部屋の前で床に毛布を敷いて、もう一枚の毛布を被って眠る事に成った俺。
【シノブ。彼、ワルド子爵はルイズの婚約者らしいのです】
ふ~ん。成るほどね。そら、ルイズは16歳ですし、貴族のお姫様ですから婚約者ぐらい居て当然でしょう。
大体、時代区分で中世辺りに分類される時代なら、10代半ばでの結婚と言う事も珍しくなかったはずです。例えば、ルイ13世の妃アンヌ・ドードリッシュは14歳でフランス王家に嫁いで来ているし、マリー・アントワネットも同じだったはずですから。
ルイズ達の監視……と言うか、ワルド子爵の監視を頼んでいたダンダリオンからそう言う【念話】での報告が為された。
【それに、サイトの正体が伝説の使い魔らしい、と言う話が出ているのです】
伝説の使い魔?
確かに、他の使い魔とは才人は毛色が違っていますし、ルイズも普通の魔法使いとはかなり雰囲気が違いますから、伝説の系統と言うか、特殊な魔法の系統なんだとは思いますけど。
【なんでも、始祖ブリミルに付き従ったガンダールヴと呼ばれている使い魔なのです】
ガンダールヴ。記憶の端っこには有る名前ですね。確か、散文のエッダの中の、巫女の予言にそんな名前のドヴェルグ……つまり、ドワーフの名前の記載が有ったとは思うけど、有名でもないし、名前しか記述のない存在ではなかったかな。
スキュラやバジリスクの方がずっと有名ですし、俺の世界では神話的な力を持っていたと思います。そんな連中が使い魔として召喚される世界ですから、ドワーフぐらい召喚されるでしょうが。
まして、原初の巨人ブリミルも北欧神話に登場する巨人なのですから、其処に、同じ北欧神話出身のドヴェルクの名前を持つ使い魔が召喚されたとしても、何ら不思議ではないでしょう。
それに、闇のアールヴのドヴェルグは、原初の巨人ユミル(=ブリミル)がオーディンによって倒された死体から生まれたはずですから、微妙に神話的にも有っているような気もしますしね。
ただ……北欧神話で、更に伝説が絡んでいるとなると、次にやって来る可能性が有るのが、ラグナロクなのですが……。
あれは、発生した理由がさっぱり判らないんですよね。
確かに神話なんですから、曖昧な理由になるのは仕方がないのでしょうが、いきなり登場する謎の破壊神スルトなども存在して居ますしね。何と言うか、予言だから成就するのは仕方がないと言うような感じなのですが。
もっとも、ラグナロクの時に太陽と月が同時に飲み込まれているから、あれは何らかの隕石落下による核の冬の到来を伝説として表現しているのだとは思うのですが……。
太陽と月が同時に上空から失われると言う事は、白夜や極夜を示しているとは思えませんから。
それに、似たような伝承なら、ラゴウ星や天津香香背男命などの例も有りますし。……いや、香香背男は金星の事だと言う説も有ったか。でも、それじゃあ、ルシファーと一緒になって仕舞いますけど。
まぁ、どちらにしても、オスマンのお爺ちゃんが言っていた何かが起きつつ有る、と言う言葉が、この伝説の使い魔と言う部分に掛かって来るのでしょうか。
【ルイズのアルビオン行きの目的が判っただけでも良いとしますか】
そう、ダンダリオンに【念話】で答えて置く俺。
もっとも、ラグナロクに関しては、情報不足の為に少し保留です。ただ、あれは選ばれた民が生き残る系の、ヘブライのハルマゲドンと同じような内容の伝承になったはずです。
つまり、ラグナロクを起こそうとして、伝説の使い魔や伝説の魔法使いを復活させた存在が居る可能性も有ると言う事なのですが……。
ただ、それでも、才人やルイズがそんな危険な選民思想に傾くとも思えないですし、今のトコロ問題はないでしょう。
尚、それで、どうやらルイズ達一行の目的と言うのが、アルビオンの皇太子に宛てた手紙の回収任務らしいのですが。
確かに、それがラブレターの類なら、後に多少の問題に成る可能性は有りますけど、どんなもんですかね。わざわざ、ルイズ達を送り込んで回収する必要が有るほどの物とも、俺には思えないのですが。
その理由は、そんな書簡が後に出て来たトコロで、無視したら済むだけの事だと思いますから。アンリエッタ王女に多少のスキャンダルが有るとしても、そんな物は無視する事で問題は無くなると思いますよ、俺は。
王家の人間と結婚する人間が、そんな細かい事に表面上頓着するとも思えないですし、確か魔法人形などでその人間を完全に真似る事が出来る以上、そんな書簡が後に出て来たとしても、反体制派のネガティブ・キャンペーンだと簡単に切って捨てる事が可能だと思うのですが。
……とするなら、このルイズ達の任務の本当の目的は、その手紙の回収を表の理由にして、ルイズの手の中に有る密書とやらを運ぶ事の方が主な任務と言う事ですか。
おそらくは、内戦状態のアルビオンから、そのアンリエッタ王女と恋仲の皇太子の亡命を進めると言う程度の任務に成るのでしょう。
それに、普通に王家の人間なら、その誘いには乗るはずです。
捲土重来を期す為には、生き残っている事が大前提です。それに、戦には勝敗は付き物。そして、当然のように百戦百勝の将軍などは存在していません。仮に、ここで敗れたとしても、生き残って居さえすれば負けを取り返す事も出来ますから。
【そうしたら、ダンダリオンはそのままワルド子爵の監視をお願いする】
何か、悪趣味な依頼をしているみたいですけど、これは仕方がないですか。実際、ワルド子爵に多少の疑惑が残っているのは確かなのですから。
ダンダリオンから了承を示す【念話】が返される。これで、こちらに関しては終了。
後はギーシュくんの方なのですが、彼は完全にお休み中です。この状態からむっくりと起き上がって何らかのアクションを行う事は無理でしょう、と言う事が判るレベルの深い睡眠中。
この状況なら、彼に関しては、今夜はマークをする必要はないと思います。
それにしても……。
……やれやれ。そのアルビオンの皇太子がバッキンガム公爵で、アンリエッタ王女がアンヌ王妃。その手紙。おそらくはラブレターがダイヤの首飾りと言う事ですか。
しかし、それでは既に、ラブレターが奪われている可能性もゼロでは無く成りますね。
確か、首飾りのダイヤはふたつばかり、ミレディによって奪われていたような気もしますしから。
そうしたら、後は、夜が明けてから、と言う事ですか……。
☆★☆★☆
人が接近して来る気配を感じて、意識が一気に覚醒する。
まぁ、今日は平時ではないですから、これも仕方がないけど、このアルビオン行きが決着したら、少し完全な休息を取るべきですか。
意識は覚醒しましたが、一応、眠った振りを続ける俺。
その理由は、わざわざ反応する意味を感じなかったのと、少々、鈍いヤツ程度に思わせて置いた方が、後々、その近付いて来ている存在が敵だった場合に、その認識が俺に取って有利に働く可能性が有ると判断したからなのですが。
俺の方に視線を送る雰囲気を感じながら、俺は引き続きタヌキ寝入りを決め込む。
しばらく、そうしていた長身の男が、俺が目を覚まさない事に呆れたのか、それとも、そもそも、別の目的のついでに俺の傍を通ったのかは判らないのですが、俺を見下ろす事を止め先に進んで行く。
いや、トリステイン王国グリフォン隊々長でルイズの婚約者らしいワルド子爵。
もっとも、立ち去った事から考えると、別に、俺やタバサ達に用が有ったと言う訳では無かったと言う事ですかね。
ならば、ここから奥の部屋と言うと、可能性が有るのは才人とギーシュの泊まっている部屋の方ですか。
多分、才人に用でしょう。確かに、才人は伝説の使い魔らしいですし、更に、ワルド子爵自身がルイズの婚約者らしいですから、色々な意味で気になっても仕方がない相手のはずですから。
しばらく経った後、才人を伴って帰って来るワルド子爵。そして、先ほどと同じように俺の前で立ち止まる。
そして……。
「起きて貰えるかな、使い魔くん。君にも付き合って貰いたい所が有るのだが」
☆★☆★☆
結局、俺のタヌキ寝入りなど何の役にも立たずに、ワルド子爵と才人に叩き起こされてしまう俺。
そうして連れて来られたのは、樽や空き箱が積み上げられた物置場と言う感じの場所なのですが、その床は、この街特有の石畳と成っている妙な広い空間でした。
「……って言うか、騎士様。私は何故に叩き起こされて、このような場所に連れて来られたのでしょうか?」
本当は、寝起きで非常に不機嫌ですし、サラマンダーに護衛を任せているとは言っても、タバサの傍をあまり離れていたくはないのですが。
それに、そもそも、俺はワルド子爵とは何の接点もないと思いますし。
確かに才人くんは、貴方からしてみたら、婚約者と同じ部屋で暮らしている男性ですから少し気になる相手の可能性は有りますが、俺は関係ないでしょう。
「君はルイズの使い魔くんと仲が良いみたいだから、彼の方の立会人として来て貰ったのだよ」
ワルド子爵が気負う事なくそう言った。
……って言うか、立会人?
「立会人って言う事は、ワルド子爵と才人くんが決闘でも行うと言う事なのでしょうか?」
……って、おいおい。これは、穏やかではない事態ですよ。
それに多分、程度の低い話に巻き込まれたと言う事でも有ると思います。所謂、嫉妬と言うヤツでしょう。
「昨日の行いからワルド子爵は、この国に並ぶもの無き、志の高い騎士様とお見受けいたしました」
まぁ、良いか。こんなショウもない事で才人がケガをしても意味がない。
まして、これが、もしワルドの才人への嫉妬から始まった決闘騒ぎならば、才人が無傷で終わる可能性は薄い。
才人自身がこの状況の危険度について認識している……雰囲気はないように見えるのですが。
あのレンのクモは、攻撃的な魔法を使って来ない相手だったから何とかなったけど、今度の相手は魔法使いだと言う事を理解しているのでしょうかね、才人くんは。
「確かに、僕はそう有りたいと願ってはいる」
ワルド子爵がそう答えた。良し。言質を取った瞬間ですね、ここが。
多分、この時代は騎士道が華やかなりし時代ではないとは思います。但し、コイツはその騎士道を追い求めている雰囲気が有ります。
表面上は。
ならば、その騎士道の基本によって、この決闘騒ぎは回避出来る可能性は有ると言う事です。
尚、現実にそんな事が有ったとは、俺は思っていないけどね。
何故ならば、この時代は……貞操帯が発達し、かなりの頻度で使用された時代のはずでしたから。
最初にも言った通り、騎士道など夢物語。
但し、現実にはない。もしくは、かなり少ない事例しか存在しなかった為、人は騎士道と言う物に憧れを抱くのかも知れませんね。
「ならば、才人の立場は、騎士道で言うトコロの騎士見習いで有り、貴婦人であるルイズと騎士見習いで有る才人との間に存在する精神的な結びつき……使い魔契約と言う結び付きによる宮廷的な愛に、正式な騎士で有る貴方が気付いたとしても、見て見ぬ振りをする事こそが、真の騎士道と言う物では無いのでしょうか?」
俺は、俺の知っている地球世界の騎士道を引用してワルドの目的を阻止しようとする。
尚、こう言われたなら、本当の騎士道を志す者ならば普通は引きます。
もし引かなければ、コイツの騎士としての名誉は地に落ちますから。
コイツの嫉妬心が勝つか、名誉を重んじる騎士としての矜持が勝つか。
どちらにしても、現状でもこのワルド子爵と言う人物の、騎士としての品位は下がる一方なんですけどね。
何故ならば、自らの婚約者に因り無理矢理異世界から召喚された、社会的弱者で有る平賀才人と言う少年に、謂れなき暴力を振るおうとした段階で、騎士としては恥ずべき行為となるはずですから。
「シノブの言う通りね」
建物の影。宿屋の方から現れたルイズが、何時もと同じように、自らの首を飾る銀の十字架に指を当てながら、俺の傍に歩み寄り、そう言った。
……やれやれ。これで、このショウもない決闘騒ぎも終わり、と言う事ですか。
「ワルドもくだらない決闘騒ぎなど起こさないで。
サイトもそう。これから、いくらでも腕を試すチャンスはあるわ。
ワルドが、わざわざシノブ達に説明して上げたように、私たちは賊徒によって荒らされつつあるアルビオンに渡らなければならないのよ」
……矢張り、あの時にルイズは気付いていたか。そんな雰囲気は発していたけどね。
それにしても、この娘も結構、厳しい任務を任されて、気分的にはギリギリのトコロで居るはずなのに、その周りを囲んでいる男どもがこのレベルでは頭が痛いでしょうね。
どう考えても、この二人の間に流れている雰囲気は、味方と言う雰囲気ではないですよ。
「そんな心配はないぜ、シノブ。俺は強いからな。
相手が騎士であろうと、魔法使いであろうと、早々負けはしない」
しかし、才人がかなり自信満々の雰囲気で俺とルイズが作ろうとした、決闘回避への流れをへし折って仕舞いました。
これは、才人自身も、自らが伝説の使い魔で有ると言う事を知っていると言う事ですか。
「確かに才人は強いな。光を避ける事も可能やったからな」
俺が、少し揶揄するように、才人にそう言った。
そもそも、相手の実力も判らないのに、どうやって勝つ心算なんですか、貴方は。
光を避けるのは、時間を操る能力が無ければ無理でしょうね。当然、そんな事は俺には出来ません。もしかすると、伝説の使い魔の才人になら出来るかも知れないけど、普通に考えたら、流石にそれは無理でしょう。
もっとも、俺の場合は避けると言うよりは反射する事の方が多いのですが。
俺の言葉に、才人の顔色が変わり、そして、表面上は平静を装っているワルド子爵から、それまでの彼から発せられた事のない雰囲気が発せられた。
……これは、もしかすると本当に光の速さの攻撃を操る事が出来たのかも知れないな。
レーザー光線などの魔法が表向きは、ない事に成っているはずです、この世界には。但し、電撃系に関しては、このハルケギニア世界の系統魔法の中にも存在していたはずですから。
今のタバサは、電撃系の仙術を得意としています。つまり、電撃に関して、彼女は容易くイメージする事が出来ると言う事です。
つまり、彼女が操っている電撃系の魔法が彼女のオリジナル魔法でない限り、この世界にも電撃系の魔法が当たり前のように存在している、と言う事に成りますから。
「才人、落ち着け。オマエさんの役目はルイズを護る事で有って、ここでワルド子爵にオマエさん単独で戦って勝ったトコロで大して意味は無いで。
使い魔と魔法使いは常に共に有るモンやろうが」
ここは、漫画や小説の中の世界では有りません。このワルド子爵の考えが判らないから、はっきりした事は判らないけど、俺の予想通りならコイツ……ワルド子爵と言う人物は下衆。
おそらく、決闘の形を取って、ルイズの前でオマエさんを痛めつけるのが目的。
ヘタをすると殺しても構わないと言う感覚で居る可能性も有ります。
所詮、相手は伝説の使い魔とは言え、貴族では無く、偶然、伝説に選ばれて仕舞った平民なのですから。
重要なのは、伝説の魔法の系統を操るルイズの方で有って、才人の方ではないはずです。
実際、決闘中に死亡した例が、地球世界の中世にも腐るほど有ったはずですから。
才人の傍に近寄って、耳元で囁くように告げる。彼にだけに聞こえるように……。
「漫画や小説なら、相手が悪役だろうと、なんだろうと、何故か主人公に止めは刺さない。せやけど、ここは現実世界やと言う事を忘れるな」
オマエさんの戦いはコンティニューの効かない現実の戦いでしょうが。
確かに、敗戦から得るものも有ります。ですが、その敗戦の際に一番大切な物を失ったら、そこから再戦にこぎ着ける事は、普通は出来ません。
戦に負けた武士の家系がどうなったか、知らない訳はないでしょうが。
男子は全て殺されるのが普通の世界ですよ、ここは。
もっとも、これは自分にとっても縛めの言葉。これを忘れたら、強烈なしっぺ返しを食う可能性が有りますから。
「判ったらサイト。さっさと宿に帰るわよ」
完全に毒気を抜かれた才人の耳を引っ張りながら、何故か、俺の方を、嫌な気の籠った視線で睨み付けているワルドを無視して、ルイズが宿の方に歩を進める。
尚、耳を引っ張られた勇敢な……ある意味無謀な伝説の使い魔が何か騒いでいますが、彼女はそれをあっさり無視して仕舞いました。
まぁ、良かったじゃないですか、才人くん。この雰囲気ならば、ルイズは、ワルドの事を好いている様子はないと思いますよ。
少なくとも、ワルドはルイズのその部分に気付いて、こんな決闘騒ぎを起こしたはずでしょうからね。
やや足早にこの場から去ろうとするルイズ。そして、俺の横を通り過ぎる時に、
「閃光のワルド。それが彼の二つ名よ」
……と、短く告げて行ったのでした。
後書き
最初に。今回のあとがきも、かなりのネタバレを含む事に成ります。
本来、このワルドと才人の決闘のシーンに主人公が介入させる心算は無かったのですが、ワルドの立場を詳しくシミュレートした際に、主人公が巻き込まれる方が正当と判断した結果、こう言う判定と成りました。
物語的に言うと、あのワルドとの戦いに於ける敗戦は、才人の成長に取っては非常に重要な部分と成ると思います。ですから、事情を知らない。原作知識を持たない主人公に介入させるべきシーンでは有りません。
つまりこれは、別に主人公が冷静なキャラです、と言う部分を強調する為に行った原作小説への介入と言う訳では有りません。
ワルドに取っては、才人が神の左手ならば、同じように人間体で召喚された主人公が、ブリミルが使役した伝説の使い魔の可能性を疑った為に、この結果と成ったのです。
但し、舌先八寸で丸め込まれて仕舞った為に、主人公の能力に関して、伝説の神の頭脳なのか、それとも違う存在なのかは判りませんでしたが。
そう。つまり、ワルドが、自らの目的地がアルビオンで有る、と口を滑らせた理由も、その後にタバサを先にラ・ロシェールの街に連れて行こうとした理由も、すべて彼女が人型の使い魔を召喚した事に端を発している、と言う事です。
この部分の記載についても、本来ならば、物語を読む楽しみを奪う行為だと言う事は重々承知して居ります。しかし、記載しないばかりに謂れの無い中傷を受けたくは有りませんでしたので、こう言う細かなネタは公開するようにした次第で有ります。
それでは、次回タイトルは『猟犬』です。
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