蒼き夢の果てに
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第3章 白き浮遊島(うきしま)
第24話 ラ・ロシェールへ
前書き
第24話を更新します。
少し朝靄の残る中、俺が最初に召喚された草原には、俺とタバサとキュルケ。そして何故か、ジョルジュ・ド・モーリエンヌまでが居たのですが……。
「……って言うか、何故に、オマエさんまでが居るんや?」
何故か、当たり前のような顔をして、俺の蒼き御主人様の隣に立って居るイケメンくんにそう聞く俺なのですが……。
もっとも、コイツの任務がタバサの護衛で有る以上、ここに現れたとしても不思議では有りませんか。但し、本人は、その事については否定も肯定もしていないのですから、全て俺の推測でしかないのですが。
「朝早くから貴方たちが動いて居ましたから、何事かと思って来てみたまでですよ」
涼しい顔をして、そう答えるジョルジュくん。もっとも、この答えだけでは、俺の質問に対する答えとしては半分も答えていないと思うのですが。
但し、こう言う答えが返って来る事はある意味、仕方がない事ですかね。タバサの監視をしていました。……と言う正直な答えを返す訳は有りませんから。
少なくとも、キュルケの居るこの場では。
朝早くに寮から出て、何処に行くのかと思って付いて来たら、俺とタバサが向かった先は春の使い魔召喚の儀が行われる草原。そこで、何やら怪しげな事を行っているのですから、近づいて来たとしても不思議では無いでしょう。
一応、俺としては大地に、これから召喚する魔物を封じる為の陣を画いていただけなのですが。
流石に、魔物を封じる陣を用意せずに、初めて呼び寄せる魔物の召喚作業を行えるほどの命知らずでは有りませんから、俺はね。
俺の行う召喚作業と言うのは本来、非常に繊細な儀式であり、異世界から精霊や悪魔、神霊などの召喚を行う事から判るように、本来は無から有を創り出す作業でも有ります。つまり、何が起きるか判らない儀式。
流石に、慎重に事を運ぶのが当然でしょう。
「そんな事より、早く召喚を行わないと、ルイズ達が何処に行くか判らなくなるんじゃないの?」
普段通りの口調でそう言って来るキュルケ、……なのですが、同時に、多少、焦っているかのような雰囲気も発していますね。
ただ、ルイズ達が未だ動き出した雰囲気は無いですし、動き出したとしても、彼女らに張りついているハルファスからの【念話による連絡】が入るので、俺としては何の問題も無いのですが。
それでも何時までもこんなトコロに居ても意味はないですか。それに、どうも相手にはグリフォンが居るみたいですから、一気に離され過ぎると追いつくのに時間が掛かる可能性もゼロでは有りませんし。
そう思い、フェニックスの再生の儀式の時に得たワイバーンの印を写し取ったカードを取り出し、その印を空中に映し出す。
そうして……。
「我は祈り願う。雄々しき翼を広げ、古より飛び続ける悠久の旅人よ。我、武神忍の名と血に於いて汝を召喚する。翼有る竜ワイバーン」
空中に映し出されたワイバーンを示す印……納章に集まる風の精霊。そして、その精霊が俺の知っているワイバーンの存在する魔界への扉を開く。
刹那、轟と風が舞った。そう。これは魔界からの風。
一瞬、その突風に瞳を閉じて仕舞った俺でしたが、再びその瞳を開いた時、その場に現れていたのは……。
「驚いた。本当に、風竜を呼び出せるのね」
キュルケが本当に驚いたような雰囲気でそう言った。
……って言うか、これは俺の自己申告ではなくてタバサの口から出て来た情報ですから、少しぐらい信用してくれても良いとは思うんですけどね。俺に対する信用度は未だ低いとしても、自分の親友の言う事ぐらい信用して下さいよ。
それに、最初の自己紹介の時に、式神使いだと言って有ると思うのですが……。
「ワイバーン。俺の事が判るか?」
ただ、今はキュルケのツッコミに対して、ボケを返して居られるような暇な状況でないのも事実ですか。ならば、キュルケに対する愚痴は何処か遠くに放り出して、
そして、ワイバーンに対して正対し、そう問い掛けてみる俺。ただ、流石にこの場で俺の正体を名乗る訳には行かないので、こう言う曖昧な会話となるのですが。
ワイバーンがひとつ、大きな声を上げる。但し、その声は威嚇を与える物ではない。
まぁ、世の東西。更に次元の壁を隔てた世界での召喚なのですが、このワイバーン自身も異界からアストラル・ボディで召喚され、俺の霊力を肉に変えて受肉した翼ある竜です。俺の正体の事も判っていて当然でしょう。
それで、このワイバーンは三本指の龍。片や俺は五本指の龍。東洋産の龍の例で言うのなら、俺の言う事を、このワイバーンは聞かないはずは有りません。
俺は、東洋の例で言うなら、龍神クラスの格を持っている存在ですから。
中国の皇帝が着る服に描かれるのは、五本指の龍です。
「そうしたら、俺と契約を交わして、以後、俺の頼みを聞いてくれるやろうか。
報酬は、その仕事の度合いによって支払う事になるから」
その俺の言葉に、再び大きな声で答えるワイバーン。これは、同意の鳴き声。
尚、俺の式神契約は、すべて対価を払うシステムです。故に、これは仕方ない事なのですが、この世界の使い魔契約と比べると似て非なる物、と言う感じに成りますね。えっと、俺の式神契約が対等な雇用契約とするなら、この世界の使い魔契約は、もっと別の魂に刻まれるタイプの契約と言う感じですか。
どう考えても、タバサ達の使い魔契約の方が、召喚士に取っては都合の良い契約システムですね。……って言うか、より魔的な契約と言うべきですか。対価の部分に差が有り過ぎて、俺から見ると、かなり羨ましいシステムなのは間違いないですよ。
……いや、別に、俺はケチと言う訳ではないですよ。今までも、ケチと言われて、後ろ指を指された事は有りませんから。
多分……。
「さて、こちらの準備は整ったから、後はルイズ達一行が出発したら、その後を気付かれないように付いて行って彼らの目的が判ったら良いんやな」
見事、ワイバーン召喚及び契約を果たした俺が、改めて確認するかのような口調で、キュルケに対して問いかけた。
もっとも、本当の目的はそんな事ではなく、ルイズ達の事を心配したキュルケの発案によるルイズ一行の護衛なのですが……。それに、どうも、そんな必要は無さそうな雰囲気になったのですが。
何故ならば、グリフォンに乗った騎士が向こうの一行に帯同しているみたいですから。
但し、故に、俺が考えていた以上に危険な任務の可能性も出て来たのですが。
この任務に就くのが、ルイズと才人とギーシュだけなら、王女と言うよりは、幼馴染みの頼みを、自由に行動出来る友人達が聞くと言う程度の内容に成るとは思うのですが、正式な……軍に所属する騎士が同行するとなると、そんな単純な任務ではない可能性が、更に大きくなったと言う事ですから。
俺の問い掛けに、キュルケが首肯く事によって、今回の任務の始まりが告げられたので有った。
☆★☆★☆
ルイズ達一行は、大体三キロメートルほど前方を飛行中。但し、グリフォンの飛行能力から考えると、もう少しスピードを上げても大丈夫なのではないかとも思いますし、それに、わざわざ街道に沿って曲がりくねったルートを辿っているので、少し余計な時間を掛けているような気もしますね。
それにグリフォンを駆る騎士の方が、何故か後ろを顧みる事のない感じで、前ばかり見て進んで居ます。ですから、もう少し近付いても大丈夫なのではないかとも思いますが、この部分に関しては別の選択肢の方を後で、タバサなり、キュルケなりに聞いてみる必要が有ると思いますね。
まして、グリフォンの方は未だしも、ギーシュと才人の乗っている馬に関しては、こんなハイペースでの移動を行っていたら、少し可哀そうな気もします。
……と言う事は、この任務は、それほど、時間的に急を要する任務と言う事なのでしょうか。
それで、こちらについては、ワイバーンに俺とタバサとキュルケと、そして、ジョルジュも乗っての飛行なのですが、ワイバーンの飛翔能力にはもう少し余裕が有るような感じがします。
いや、むしろ馬の移動速度に合わせた低速での移動の方が、余計な負担が掛かるような雰囲気なんですよね。実際の話。
「なぁ、タバサ。あの一行、妙に急いでいるように感じるんやけど、この先には何が有るんや?」
俺の問いに少し考える仕草のタバサ。そして、
「ラ・ロシェールの港町が有る」
……と、普段通りの表情及び口調で淡々と答えた。
うん? ラ・ロシェール?
「ラ・ロシェルではないんか? 俺が知っているイギリス……俺の住む世界でアルビオンに相当する国に渡るには、こう言う名前の街から渡るルートも有ったと思うけど」
記憶の片隅に有る地名を引っ張り出すように、タバサにそう聞き返す俺。
そう。確かラ・ロシェルは、ユグノー戦争でプロテスタントとカトリックが争っていた地域の名前だったような記憶が有ります。
それでも、あれはフランスの地名でしたよね。少なくとも、オランダやベルギーには無かったはずです。
但し、所詮は俺の曖昧な記憶が出所なのですが。
それで確か、フランス内のカトリックとプロテスタントの争いに、イギリスが艦隊を送り込んで来て、それが小説三銃士の最初の段階の戦争部分として描かれる地域じゃなかったかな。
もっとも、俺が三銃士を読んだのは小学生の頃の話なので……。
……ん? ラ・ロシェル? それに、三銃士?
「えっと、なぁ。あのルイズ達に同行している貴族の名前なんやけど、ワルド伯爵と言う名前やないかいな?」
今度は、明確に相手を選ぶ事無く疑問を口にする俺。確か、記憶に有る三銃士内に登場する悪役のワルドは伯爵位を持っていたと記憶しています。
もっとも、ルイズ達に同行している騎士は、伯爵とは名乗っていなかったとは思うのですが、俺の聞き間違いの可能性も有りますから。
……それにしても、彼は実在の人物だったかな、ロシュフォール伯爵の従兄弟のワルド伯爵と言う人物は。確か彼は、ダルタニアンとの決闘で左腕を失うのでは無かったかな。
「あら、良く知っているわね。でも彼は伯爵じゃなくて、子爵。ワルド子爵よ。トリステインの魔法衛士隊、グリフォン隊々長ワルド子爵」
少し感心したように、キュルケが答えてくれた。そして、彼女の答えを聞いた俺が、少し眉根を寄せる。
まさか、三銃士のネタがそのまま再現されるなどと言う事は無いとは思いますけど……。
記憶の片隅に有る小説のワンシーンを思い出す俺。ワルドとダルタニアンの戦いの地は、ラ・ロシェルでしたかね。もう大分前に読んだ本ですから、記憶がかなり曖昧に成っているのですが……。
いや、カレーの港町だったかな。
それにしても、どうも気付かない内に、厄介な事件に巻き込まれて仕舞ったような気もするのですが……。
ただ、今のトコロは、これもかなり曖昧な予想でしかないですか。ならば、ミレディー役に当たる怪しげな美女が現れたら、警戒すべきかも知れませんね。
それに、それよりも、この質問を行った理由の解決を先に行うべきでしょう。
「なぁ、タバサ。このまま街道沿いを飛んで、彼らの後を付いて行くのと、俺達だけがそのラ・ロシェールの港町とやらに先回りするのとでは、どちらが早いんや?」
☆★☆★☆
結局、俺達だけが先にその港町に辿り着く方が早いと判断して、ルイズ達一行の追尾はハルファスに任せて、俺達は、その港町ラ・ロシェールに先回りする事に成りました。
まして、グリフォンや、馬の移動速度に合わせてワイバーンが飛ぶ事自体、かなり問題が有ったんですよね。
それに、その港町の立地にも問題が有りましたから。
「それで、何故に、山の中に港町が有るのですか?」
峡谷に挟まれるようにして存在する街を上空から見下ろしながら、俺がそう聞いた。
現在は夕刻に近付く時間帯。ルイズ一行は、街道沿いを進みながらこの街を目指して来ているのは確実。
ハルファスが彼女らの後ろに張り付いていますし、ダンダリオンに見張らせていますから、何事かが有れば即座に対応可能です。
俺には風の精霊シルフの転移魔法が有りますからね。
「浮遊島のアルビオンは一定の周期でこの辺りを周回して居る。その通り道に当たるのが、この街の上空」
そうタバサが答えた。……って言うか、普段はこう言う解説は、キュルケや他の人間が居る時には、彼女以外の人間が行う事の方が多かったと思うのですが。
まぁ、偶には彼女が説明キャラになって見たいと思ったとしても別に不思議では有りませんか。
それに、確かに浮遊島に向かう定期船……飛行船みたいなものだと思いますけど、それが発着する港なら、少しでも天空に近い方が消費される燃料が少なくて済むから経済的にも良い事ですか。ならば、山に港が作られるのは理に適っていますね。
そう考えてから、その視線を自らの主から、ルイズ一行の目的地らしきラ・ロシェールの港町に移す俺。
その西日を受けるラ・ロシェールの街なのですが、何と言うか、細い山道を挟み込むようにしてそそり立つ崖の一枚岩から削り出したような街ですね。どうも、石窟寺院と言うか、鉱石を掘り尽くした坑道後をそのまま家屋と使用した街と言うか……。
少なくとも、日本ではあまり見る事のない街並みです。
ふと気付くと、タバサが俺の方を、何か問いたげな雰囲気でじっと見つめている。
毎度毎度思うのですが、俺としては、じっと見つめられるのは。
そう思った俺の思考をまるで読んだかのような雰囲気で、俺を見つめていた、その晴れ渡った冬の氷空を思わせる瞳を俺から外して、何処か別の方向に向けて仕舞う。
そのタバサの視線の先。峡谷を作り上げている街道を見下ろす崖の上に、20人ばかりの人間が動いているのが判るのですが……。
ただ、どう見ても真っ当な連中には見えませんね、彼らは。
「武装していますね。おそらくは傭兵崩れの山賊が、街道を通過する隊商などを襲う為にああやって待ち伏せして居るのでしょう。
アルビオンは現在内戦中で、王党派と貴族派。そのどちらの軍も糧食や武器を欲して居ますから、危険を承知で一山当てようとする商人も少なく有りませんから」
そう、ジョルジュが、俺とタバサの視線の先を見つめてから、自らの推測を述べた。
成るほど。筋は通っていますな。ならば、地上……つまり、渓谷の街道側にもそれなりの戦力が配置されているはずですか。
「シノブ。これは危険だから、ラ・ロシェールの守備隊に通報した方が良いんじゃない?」
キュルケも同じ一団を見つめた後、彼女の雰囲気やこれまでの行動からすると意外に思える、冷静な意見を口にしました。
確かに普通に考えると、彼女が言うように俺達だけで対処するのは危険なのですが……。
「時間帯が問題。もう直ぐ日が落ちる」
タバサが淡々とそう答えた。
そう。流石に正規の軍隊とは言え、夜の山に潜む山賊を相手にしてくれる訳はないでしょう。おそらく、今から訴えに向かって受理してくれたとしても、兵を出してくれるのは明日の朝以降となる可能性が高いと思います。
……とすると、正規の軍隊が対処してくれるまでの間に、どれぐらいの被害者が出るか判らないと思います。この街道を辿って来る隊商に。
確かに、街や街道の治安を守るのは俺達の仕事ではないのですが、能力を持っている者には、それなりの責任と言う物が有ると思いますから、ここで無視をする訳には行かないでしょう。
まして、ルイズ達一行がこの街道を通って、ラ・ロシェールの街に向かうのは確実だと思いますから。
影から彼女達を護る為について来た以上は、ここで、あの山賊どもに対処する必要が有ると言う事ですか。
「前後を挟み込むように、10人前後の伏兵が、街道脇の繁みと森の部分に配置されて居ますね」
俺の思考を読んだのか、上空から兵の配置を確認したジョルジュがそう話し掛けて来た。
成るほど。都合、三か所。大体、50人程度ですか。これは、かなり大きな戦力ですな。
俺が、そう思った正にその瞬間。
上空で旋回を繰り返すワイバーンの姿を認めたのか、崖の上にいる山賊たちから弓が放たれ、地上に向かっては、何やら仕切りに笛らしき物を鳴らし始めた。
ちっ。気付かれたか。
短い悪態の間も続けられる大弓の攻撃。但し、弓が放たれるだけで、魔法が行使される事は有りません。つまり、相手は武装をしてはいますが、魔法使いではない、と言う事なのでしょう。
尚、その弓に因る攻撃は、威嚇の類ではないとは思います。
何故ならば、明確な殺意を感じましたから。その弓矢が放たれたその時に。
それに、この攻撃に因って、多少の迷いのような物は吹き飛びましたしね。
「ジョルジュ。どっちの相手がしたい。街道の入り口側か、それとも、街の方か?」
流石に、200メートル以上離れた地点に届く弓は存在していないのか、ここまで矢が届く事は有りませんでしたが、それでもヤツラが問答無用で攻撃を行う類の危険な連中で有る事は判りました。
それならば、こちらも自衛の為に武器を取ったとしても文句を言われる筋合いはないでしょう。
少し距離を取り、完全に安全圏へと退避する間に、思考を纏める俺。
おそらく山賊たちの配置から考えて、伏兵の方は直接戦闘主体。崖の上の方は、間接戦闘主体の編成だと思いますね。ならば、伏兵の方を俺とジョルジュで制圧して、崖の上の方はタバサとキュルケの魔法で制圧すれば何とか成りますか。
確かに、全ての山賊を無力化する事が出来ないとしても、ある程度の打撃を与えて置いて、捕まえた山賊どもを守備隊に引き渡せば、守備隊の方が残った山賊どもに対して何らかの処置をしてくれるでしょう。
もっとも、仲間が捕らえられた段階で、大半の山賊どもは逃げ出すとは思うのですが。
「では、私は街道の入り口の方を」
かなり簡単な事のようにあっさりとそう答えるジョルジュ。その手には、愛用の軍杖……いや、刺突剣が握られている。
そうしたら、
「俺とジョルジュは伏兵の方に上空から強襲。タバサとキュルケは崖の上の山賊を魔法で攻撃。どちらも、相手を無力化するだけで充分やから」
短く、作戦と言うには、かなり大ざっぱな指示なのですが、そう伝える。
それに、これは相手を殺す必要などない戦い。おそらく山賊どもも、こちらに牙が有る事が判れば、早々に逃げ腰に成ります。
何故なら、命あっての物種ですから。
少なくとも、もし、運良くこの戦いに生き残ったとしても、衛士たちに引き渡された後に、山賊が辿る道はひとつしかないはずですから。
「そうしたら、ワイバーンはタバサの言う事を聞いて行動してくれるか?」
その俺の問いに、ワイバーンが同意を示すように一声、大きな鳴き声を上げた。
そして、その鳴き声が、この山賊強襲作戦の開始の笛となったので有った。
☆★☆★☆
アガレスの能力を発動させて、ワイバーンの背から俺が大空に飛び出したのは、大体上空300メートルの地点と言う感じか。
風を切る音を耳に感じる。そして、このままの落下速度を維持しながら、生来の能力の発動。
刹那、轟音と目も眩むような白光と共に、目標の地点の周辺に撃ち付けられる雷の束。
この間、約三秒。
残り二秒で体勢を立て直し、一秒後に重力の軛から完全に自らを解き放ち、着地。
その瞬間、再び、裂帛の気合いの元に呼び寄せられる雷公。
振り下ろされる雷公の腕に草花が舞い、大木が無残に裂ける。
落雷の直撃を受けた大木よりどう、とばかりに落ちて来る男達。その数は三。
大地に転がりし山賊は四。都合、七名の山賊の無力化に成功する俺。
残りの山賊は五人。
風を切るような音を立て、空中に漂う枯葉を斬り裂きながら俺に振り下ろされる大剣。
斬ると言うよりは、叩き潰すと言った雰囲気のその剣を、右足を半歩右斜め前に踏み込む事により、俺を斬り裂くはずであった大剣を、代わりに大地を斬り裂かせる事に成功。
そして、俺の目の前に晒されている無防備な大男の左首筋に電撃を与えて失神させる。
刹那、俺に向かって放たれる複数の銀光。
ひとつ、ふたつと交わした瞬間、左目の視界の端に映る人影と、背後に感じる気配。
ダガーを突き掛かって来る小柄な男の、更にその懐に潜り込み、その突き出して来る右腕を取って、そのまま、腰を使って俺の背後に向かって跳ね上げる。
刹那、赤い飛沫と、くぐもった悲鳴。そして、鉄の臭いに似た臭気が俺の周辺を包む。
見事に一本背負いの形になった小柄な山賊を、味方の刃が斬りつけたのだ。
そのままの勢いで、傷付いた山賊を、背後から俺を襲おうとして、不幸にも味方を斬りつけて仕舞った山賊に叩きつける俺。
そして、今まさにナイフを投擲しよう振りかぶった最後の男を、落雷により無力化。
以上、俺の方に居た全ての山賊を無力化するのに、二分と掛からなかったと言う事ですか。
そうしたら、他のトコロは……。
もっとも、上空に陣取ったワイバーンを駆るタバサとキュルケを弓如きでどうにか出来る訳もないですし、ジョルジュくんに到っては、俺よりもスペックが上の可能性もある存在ですから、まったく問題がないと思うのですが。
そう思いながら上空に目を遣る。
案の定、もう既に崖の上は制圧完了と言う雰囲気ですね。崖の上からの攻撃は既に存在していませんし、崖の下の街道に、倒れ込んで気絶して居たり、酷いケガを負って動けなく成って居たりする山賊たちの姿が存在しているだけでしたから。
おそらく、最初の風と炎の一撃で崖の上から吹き飛ばされた連中が転がって居るのでしょうが……。死亡したヤツがいない事を願うばかりです。まして、風の精霊の加護を得た翼有る竜に対して、普通の弓矢の攻撃が命中する訳はないでしょうが。
弓自体に何らかの加護か、魔法が籠められていない限りは。
そして、もう一人の方は……。
既にこちらに向けて歩を進めて来ていますか。
尚、足元に転がって居る山賊たちは、全て首まで大地に埋まって……眠っているように見えます。
何故か、異様にシュールな光景を見ているような気もしますが、確かにこの方法ならば、簡単に無力化出来ますし、例え目が覚めたとしても即座に敵対的な行動が行える訳もないですか。
それに、土行とは、確か眠りに作用する行でも有りましたね。その上、夜魔の王の基本能力も、幻術や催眠術などの厄介な特殊能力がオンパレードだったような記憶も有りますし。
十人程度の山賊の無力化など赤子の手を捻るような物ですか。彼に取っては。
その首まで土に埋まった山賊たちを見つけた瞬間、制圧作業の仕上げを忘れていた事に気付く俺。
そして、
「木行を以て捕縄と為せ」
俺は、そう口訣を唱え、導引を結ぶ。
すると、突如森から、そして街道の地下から伸びて来る蔦。そして、その蔦が無力化された山賊たちに絡み付き、見ている目の前で縛めと成って行く。
これは本来なら攻撃用の仙術なのですが、別に拘束する為に使用してマズイ訳では有りません。むしろ、逃げ回らない相手を拘束する分、成功する可能性が高くなる仙術でも有ります。
武器を取り上げて置けば、拘束する事は更に容易く成りますからね。
地上に転がされた山賊たちを全て拘束し終えた俺の傍に、崖の上で無力化された山賊たちが、かなりぞんざいな扱いで投げ出された。もっとも、山賊たちの方に不満の声を上げる余裕を持った人間など存在してはいなかったのですが。
これは、タバサとキュルケの魔法による物なのですが……。それにしても、捕虜の扱いとしても、少し物扱いに過ぎるとも思うのですが。
ただ、コイツらが傭兵崩れの山賊なら、それなりの悪行を重ねて来ているでしょうし、いきなり攻撃を仕掛けて来たのもコイツらの方ですから、この処置は仕方がないですか。
何故なら、あの弓による攻撃でこちらが死亡する可能性も有ったのですから。
「そうしたら、次の問題は、ラ・ロシェールの守備隊の方に誰が報せに行くかやな」
☆★☆★☆
結局、俺とタバサで守備隊の方に連絡に行き、かなり心配しながら、再び戻って来た時には既に夜へと時間が移行していました。
そして、山の夜。周囲を闇に包まれた世界の中で淡く光る松明の明かり。
そう、其処、俺とタバサが帰って来た盗賊と戦った渓谷……つまり、キュルケとジョルジュの元では、山賊たちが用意したであろう複数の松明に炎を灯し、真昼、とは言わないまでも、周囲をかなり明るく照らしていました。
確かに、少しでも明るくして置くのは当たり前の処置ですか。それに、ライトなどの魔法を使用していたら、もしも、捕虜奪還を意図した山賊どもに襲われた時に、ジョルジュは未だしも、キュルケは攻撃魔法で対処出来なく成りますから。
そう思い、彼らの元にワイバーンを着陸させる俺。但し、せっかく点されている松明の明かりを、ワイバーンの巻き起こす風で消して仕舞う訳にも行きませんので、彼らからは少し離れた地点を選んで着陸したのですが。
……ん、それにしても、キュルケとジョルジュしかいないはずの襲撃の渓谷には、その他の登場人物が何人か増えているように思うのですが。
「よぉ、忍。ここで、山賊退治をしたんだってな」
一日中馬に乗って移動して来たにしては元気な様子の才人が、着陸したワイバーンの背に乗る俺の姿を確認して、最初に声を掛けて来た。
そう。つまり、何時の間にか、才人やルイズ達も、このラ・ロシェールの街の入り口に当たるこの場所まで到着して来ていたと言う事なのでしょう。
軽く右手を上げて、才人の言葉に対して挨拶を返す俺。しかし、頭の中では、その才人に対しての答えをどのような形で返そうか、考えていたのですが。
そして、最初にキュルケの方を確認するかのように見つめる俺。ルイズ達の事を影から護る為に、貴方達に俺の式神を見張りに付けた状態で先回りをしていた、と言う事を、キュルケ自らが話していたら良いのですが、偶然、ここに来て山賊との戦闘になったと説明して有った場合は、少々面倒な事に成りますから。
尚、当のキュルケの対応は……。
ワルド子爵の右腕を取り、自らの見事な双丘を彼に押し付けるようにしながら色目を使って居ますね。そして、ルイズとギーシュがジョルジュと共に、山賊に何か話を聞いています。
……自らの判断で行動せよ、との御命令ですか。
「……才人。何処まで話しを聞いているか判らないけど、これは、キュルケがオマエさんらの事を心配して影から護る為に仕組んだ事や。キュルケがどう言う説明したか判らないけど、ここに俺達が現れたのは偶然やない」
それならば、才人に伝えるぐらいは問題ないでしょう。
そう思い、それでも一応は、声を潜めて、才人にだけ聞こえるようなレベルで話す俺。それに、最悪ルイズにさえ聞かれなければ問題はないでしょう。
……って言うか、この場にキュルケや俺達が居る理由を、その当のルイズが気付いていない可能性も低いとは思いますけど。
「……心配して、影から護るって。キュルケのヤツ。もっと、素直になったら良いのに」
才人の方も同じように声を潜めてそう答えた。まぁ、何と言うか、この平賀才人と言う名の少年は、少し素直じゃない人間に好かれる性質の人間みたいですな。
もっとも、今は何故か、当のキュルケはワルドに色目を使っていますし、才人の御主人様は、ギーシュやジョルジュと共に、山賊の尋問中なのですが。
……ルイズとギーシュの雰囲気は、表面上は平静を装っているけど、精神的にはギリギリの雰囲気に感じますね。これは、割と重要な秘密任務の途中と言う事かも知れません。
「さぁ、ルイズ。彼女らの同行者が戻って来たし、どうやらラ・ロシェールの守備隊から盗賊を収容する為の兵もここに向かって来ている」
ワルド子爵と言う名前の騎士が、ラ・ロシェールから続く街道に複数の松明がこちらに向かって来ているのを確認しながらそう言った。
えっと、そのワルド子爵の様子はと言うと、中世の騎士の物語に登場するような羽の帽子を少し傾けて頭に被り、口には長い口髭。ただ、雰囲気から察すると、見た目ほどの年齢ではないとは思います。年齢以上に威厳を付ける為の口髭と考えるなら、グリフォン隊の隊長職を遂行する為には必要なアイテムなのかも知れません。
そして、その黒いマントの両肩の部分には、それぞれグリフォンを象る刺繍が施されています。これは、おそらくグリフォン隊のトレード・マークと言うトコロですか。
「私たちは先を急ぐ必要が有る。今日の所はラ・ロシェールに宿を取って、明日の朝一番の便でアルビオンに渡ろう」
ワルドは、彼の一行に対してそう告げる。
同時に、俺の同行者。タバサ、キュルケ、そして、ジョルジュの間に、少し驚いたような雰囲気が発せられた。いや、後一人、ルイズからも同じような気が発せられたな。
……成るほど。今の一言で、コイツは見た目ほどの切れ者でない事だけは判りました。
それと同時に、俺の同行者たちは、このワルド子爵と言う人物の程度を知ったと言う事でも有ります。俺としては頼もしい限りなのですが、同時に敵に回した時に厄介な連中と成る事も表現していますね。
何故ならば、少なくとも俺ならば、部外者の居る前で、明日の目的を同行者に語る事は有りません。これで、コイツらの目的がアルビオンに有る事は丸わかりでしょう。
確かに、ここからなら、今夜はラ・ロシェール泊まりになるのは簡単に想像が付きます。しかし、明日、そこから確実にアルビオンに渡るとは限りません。
ここが街道に繋がっている宿場町なら、其処から先にも街道は繋がっていると言う事ですからね。わざわざ、アルビオン行きをこんなトコロで発表する必要はないでしょう。
確かに、ルイズ達に取って俺達は友人ですが、彼から見ると初見の相手。まして、アンリエッタ王女から命じられた任務遂行には全く関係ない部外者ですから。
俺達は。
残念ながら、アンリエッタ王女の人選は間違っていた、と言う事ですか。それに、この程度の人物がグリフォン隊を指揮していたのでは、いざ戦争となった時に、隊員に死亡者が続出する可能性も有るので、早い段階で本当に指揮能力を持った人間を隊長に据えるか、有能な参謀を付けてやるべきだと思いますね。
「急ぎの旅の途中にも関わらず、我が主の御友人方を護衛して頂き、真に有難うございます。魔法衛士隊の騎士様」
恭しく。但し、見ようによっては、慇懃無礼に挨拶を行いながら、御礼の言葉を告げる俺。
但し、彼らの道行きを『旅』と表現して置く事も忘れずに。
その理由については、現在内戦中のアルビオンに観光目的で魔法衛士隊の騎士が赴く訳がないでしょうが。そんな事は、彼らの目的地が判った段階で瞬時に判断が出来ますから。それを、わざわざ『旅』と表現したのは、相手。主にワルドがどう取るか反応を見たかったから。
気付かないか。気付かない振りをして、俺の事を警戒するか。
「いや。苦難に遭遇している人間に手を貸すのは正しい騎士の在り様。改めての礼など不要だ。
しかし、ラ・ロシェールより兵士が派遣され、こちらに近付いている以上、これ以上、我々にはここに留まる理由はないと思うから、先を急ぐ旅ゆえ、失礼させて頂く事は許して頂きたい」
ワルドはそう答えた。丁寧な言葉使いで、ある程度の好感は持てる雰囲気。
ただ、俺に対する……と言うか、俺達に対する警戒心のような物は感じます。
それに、ウカツに名乗るようなマネは流石にしませんでした。一応、王女に依頼された極秘任務中みたいですからね。
もっとも、それならば、そのド派手な衣装も変えた方が良いとは思うのですが。そのマントを見ただけで、おそらくは大半の人間が魔法衛士隊所属の騎士。それも、グリフォン隊所属だと判ると思いますからね。
しかし、自らが、何らかの任務中で有ると簡単に公言するのに、俺やタバサ達に対する妙な警戒感。これは、一体、何を意味するのでしょうか。
「いえ。ですが、騎士様を騎士の中の騎士と見込んで、少し不躾では有りますが、御頼みしたき事柄が有るのですが、お聞き届け頂けないでしょうか」
まぁ、細かい事については良いでしょう。それに、どうせ俺達もラ・ロシェール泊まりになるのは確実。
ならば……。
「我が主の親友のミス・ツェルプストーを同行させては貰えないでしょうか。我々は兵士たちの到着後に、彼らに証言を行わなければ成りませんが、ミス・ツェルプストーは女性ですし、朝からずっと風竜での旅でお疲れです。出来るだけ早く宿で休ませて上げたいのです」
俺は、ワルドの傍に立つキュルケの方を見つめてから、そう言う。
もっとも、キュルケがこの程度の事でダウンするとも思えません。要は、ルイズ一行にキュルケを同行させて、同じ宿にタバサ達の部屋を確保して貰いたいだけなのですが。
尚、当のキュルケの方は、俺の意図に気付いたのか、何も口を挟もうとはしませんでした。
このキュルケと言う少女も、かなり頭の回転が速いようですね。ここで、俺の言葉を簡単に否定されて、タバサと一緒に居る、などと言う空気の読めない台詞を言われたらどうしようかと思っていましたけど、そんな心配は無用だったと言う事です。
ワルドが俺の方を見る。そして、それからタバサの方に視線を移した後に、
「判りました。ミス・ツェルプストーは我らと同じ宿にお連れ致しましょう。ですが、そちらのお嬢さんはどうなされるのですか」
……と、聞いて来た。騎士に相応しい弱者を守ると言う態度と、何事についても平等な態度で臨むと言う雰囲気を発しながら。
但し、俺の気分は、
タバサをオマエさんに預ける? 御冗談でしょう。
……と言う気分なのですが。
何故ならば、彼女は現在、何者かに狙われている可能性が高い人間です。まして、ルイズ達一行も、王女から何らかの密命を受けて行動中。どちらに同行するにしたとしても同じぐらいの危険が有ります。そして、もし、俺の知らない場所で彼女に何かが有ったとしたら、俺は悔やんでも悔やみ切れない事と成ります。
彼女に関しては、全責任は俺が負う。これは絶対に変える事の出来ない条件。
「わたしは、彼らと共に、ラ・ロシェールからの兵士の到着を待つ」
タバサが自らの意志を自らの言葉で告げた。おそらく、キュルケをルイズ達一行に付ける理由が判ったからこう言ったのだと思います。
それに、ジョルジュが山賊たちから聞き出した情報を、早い段階で聞きたいと言う事も有るのかも知れませんね。
「それでは、ミス・ツェルプストーは我々が責任を持ってラ・ロシェールにお連れ致しましょう」
後書き
それではここで、かなりのレベルのネタバレをひとつ。
今回の文章の中に有る、ワルドの台詞。
「……明日の朝一番の便でアルビオンに渡ろう」の台詞の意味。
この部分に対する主人公の予想は外れて居ます。
これは、自らの任務の行く先がアルビオンに有る事を、タバサや主人公たちに伝える為に、わざと行った情報漏洩です。
その理由は……。次回以降の『あとがき』にて記します。
少なくとも、ワルドも無能では有りません。それでなければ、グリフォン隊の隊長に任命される事はないと思いましたから。
本来はこの部分も書くべきではないのですが、貴族無能、アンチトリスタンだ、と取られかねない内容ですから、ここに在る程度の理由を記して置きます。
それでは、次回タイトルは、『余計な決闘立会人』です。
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