| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

蒼き夢の果てに

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第3章 白き浮遊島(うきしま)
  第23話 ルイズに王命?

 
前書き
 第23話更新します。
 本日、2月15日は多忙に付き、夜中の更新は難しいかも知れません。
 

 
「それで、この国の王女さまがやって来ると言う事ですか」

 妙な熱気に包まれた雑多な気が混じり合う空間の中で、誰に問うでもなく、そう独り言のように呟く俺。
 奇しくも、タバサの正体が元大公家の姫君だと判った時に考えた通りの状態に成りましたね。
 但し、あの時は、単なる冗談の心算だったのですが……。

 もっとも、現れたのがこの国の王女様で有ろうとも、王様で有ろうとも、俺にはまったく関係ない事ですけどね。

 それに、俺の右横では、俺の蒼き御主人様も芝生に腰を下ろして、既に読書タイムへと移行していらっしゃいます。彼女に関係がない事ならば、使い魔の俺にも関係のない事でしょう。


 それで……。あのふたりの魔法学院の教師に取っては悲劇。生徒達に取っては喜劇の授業風景の最後の部分で受けた説明に因ると、何でもトリステイン王家からこの国のお姫様が、急遽この魔法学院の視察にやって来る事に成ったらしいです。

 それで生徒全員、正装で王女様をお出迎えしろと言う事で無理矢理引っ張り出されて、見栄えや、身分の高い家出身の方々が前面に。そして、俺の御主人様やキュルケのような留学生達や身分の低い方々は脇の方に集められて、王女様御一行の到着を待っているトコロ、……と言うのが現在の状況ですか。

 それならば、モノのついでですから、王女様御一行が到着した時に、七色の紙吹雪と五色のテープでも舞わしてさし上げましょうかね、本当に。

 おっと、イカン。ついつい身分の高い人間が相手ですと、妙な悪態を吐くクセが有りますね。まるで反骨を気取っているみたいな雰囲気にはなるけど、その王女様だって別に王家に産まれたくて産まれた訳ではないですし、人間的には優しい、善良な人間の可能性も高いですか。
 思い込みだけで判断するのは問題が有ると言う事ですか。これは素直に反省すべき事柄です。

 王女の一行の馬車が学院の正門をくぐって現れた時に、整列した生徒達が一斉に魔法使いの杖を掲げた。
 尚、その時、一斉に発せられた小気味良い音が、この学院の生徒達の教育のレベルの高さを物語っていると思います。

 少なくとも、学級崩壊を起こして居るようなクラスでは出来る芸当ではないとは思いますから。

 それで、正門を潜った先……。本塔の玄関先で王女様御一行を出迎えようとしているのは、学院長のオスマン(オジイチャン)じゃないですか。しかし、あのお爺ちゃんで大丈夫なのでしょうか。俺の見た感じで言わせて貰うなら、もう大分、来かかっていたように思うのですが。

 ……と、まぁ、冗談はさて置き。

 そのトリステインの王女様を乗せているので有ろう、先頭を行く白い馬車を引いている四頭の白馬に視線を移す俺。尚、その四頭の白馬には、普通の馬には付いているはずのないパーツが、その鼻先を飾っている。
 成るほど。一角獣、つまり、ユニコーンと言う事ですか。俺は、やや感心したかのようにそう呟く。但し、俺の知って居るユニコーンと同じ種類の幻獣ならば、あの生命体は、普通の馬に比べて非常に扱いの難しい馬に馬車を引かせて居ると言う事に成るのですが。
 もっとも、そのユニコーンを操る御者に関しても、ユニコーンに合わせたのか若い女性が務めているので、大丈夫な可能性の方が高いですか。

 何故ならば、あの角を持つ白馬が、俺の知っているユニコーンと同じ種類の聖獣と仮定するならば、並みの馬よりもずっと高い能力は持っていますし、治癒魔法も行使可能。更に御者が若い女性ならば、おそらく、彼女の言う事は確実に聞くように契約を交わしていると思いますから、王女専用の馬車としては、これ以上の物は早々存在していないと思いますし。
 普通の馬では、全速力で走り出したユニコーンに追いつく事は難しいと思いますから。

 やがて、金と銀に彩られたそのトリステインの王女専用の馬車が止まると、学院所属ではない、王室の方から先に派遣されて来ていた召使たちが素早く駆け寄り、学院玄関から馬車の扉までの道のりを所謂、レッド・カーペットと言うヤツで敷き詰めて行きました。

 ……流石に王族と言う事ですか。こう言う習慣と言うのは、次元の壁を越えて移動させられた世界でも、そう変わる物でもないみたいです。

 そして、大体五分以内に全ての準備が整えた後、一際響く衛士の男声(こえ)が、王女の登場を高らかに告げたのでした。

 はてさて。小なりと雖も、一国の王女。馬車の中から登場するのは、一体、どんな女性ですかね。

 ……などと、とてもではないですけど、一国の王女に対して抱くべきではない不敬極まりない思考の元、興味津々と言う雰囲気で事の成り行きを見守っていた俺の目の前に、御付きの召使たちによって馬車の扉が外側から開かれ……。

 一人の西洋風の僧服に身を包んだオジサンが現れた。

 ズコッ。これは、流石に力が抜けましたよ。

 衣装は灰色のローブに丸い緋色の帽子。髪は帽子に隠されては居ますが……おっと。ツッコミは少し問題が有りますか。まぁ、コルベール先生の同族の方と思えば間違いないですね。但し、馬車の中から現れたオジサンの方は、異常に広いおでこが存在するだけで、両端には枯葉色の細いやせた髪の毛が肩に掛かる程度まで伸ばされていたりします。

 帽子は、矢張り太陽光の反射を防ぐ意味が有るのでしょうか? ……などと言うボケは何処か他所に放り投げて。
 あの帽子はおそらく、聖職者が頭に被る帽子。詳しい名称は忘れましたが、あの色で彼の身分が判ったはずです。

 王女が登場すると言う緊張に包まれていた場の空気が、一気に冷却される。それに、よくよく考えてみたら、エスコート役が馬車の傍に存在しない現状なら、馬車の中から王女をエスコートすべき人物が現れたとしても不思議では無いですか。

 そんな俺の想像通りに、その馬車の中から現れたオジサンが、そのまま馬車の横に留まり、続いて登場した王女様の手を取る。
 同時に、学院生徒達から歓声が上がった。

 成るほど。少なくとも、このトリステイン王家と言うのは、貴族に不人気な王家と言う訳では無いようです。ここで発生している王女に対する雰囲気は、惰性や追従に満ちた陰気に属する物では無く、むしろ陽の気に分類される物。
 但し、為政者に対して向けられる物と言うよりは、アイドルか何かに対して向けられるそれに似ているのは間違いないのですが……。

 もっとも、昨今の何処かの国の政治家も似たような物ですか。選挙が人気投票の代わりのようになって……。
 おっと、これはまったく意味の無い思考ですし、さっき、反骨を気取って居るみたいに見えるだけだと反省したばかりでしたか。

 ここも素直に反省です。

 王女がにっこりとあでやかに微笑んでから、優雅にその繊手を学院生徒達に向かって振った。

 尚、ここからでは少し遠いので、シルフを起動させ、遠くの物体を見えるようにする俺。矢張り、少しは興味と言う物も有りますからね。魔法の国の御姫様、と言う存在に関しては。
 その一瞬後、輪郭や、姿形程度しか判らなかった王女さまの顔の造作や、服装の細かな点などが確認出来るようになった。

 ………………。

 ふむ、成るほど。流石に一国のお姫様。着ている物や、その身を飾りたてている装飾品の数々もかなりの値打ち物に見えますね。
 先ず、あの王女様が本日御召しに成っているドレスは、アフタヌーン・ドレスと言う種類のドレスに分類されると思います。白を基調とした優雅で清楚な雰囲気の光沢のないシックな七分袖、膝丈のドレスです。後は、魔術師の証のローブは淡い紫。もしかすると、この世界でも紫は高貴な者を表す色なのかも知れませんか。そして、そのローブを止めるタイピンはサファイアなのでしょう。おそらくは王女の身分を示すティアラにも、同じような大粒のサファイアが使用されています。

 ……但し、サファイアの質なら、俺がタバサに最初に渡したサファイアだって負けないはずです。何故ならば、あれには、水の乙女が封じられていますから。
 つまり、完全に魔力の籠められた宝石と言う事。見る人によっては、どんなに大金を積んだとして惜しくは無い種類の宝石に成っていますから。

 もっとも、タバサ以外の人間が身に着けると、間違いなく不幸を引き寄せる呪いの宝石と成るのは確実なのですが……。本来の持ち主、タバサが認めた相手以外なら。

「あれがトリステインの王女? あたしの方が美人じゃないの」

 留学生だと言う理由で脇に追いやられた事が余程お気に召さないのか、キュルケが本当につまらなそうにそう呟く。
 尚、流石は大公家の姫君。ルイズと、その使い魔の少年平賀才人くんは、王女様をお迎えする為に整列させられた学院生徒達の中に含まれていて、ここには来てはいません。
 当然のように、才人に着けられていた首輪と、それに繋がる鎖も既に取り外されています。

「ねぇ、シノブ。貴方もそう思うでしょう?」

 流石に、ここにはキュルケの取り巻きの男子生徒も、そして、からかうべき対象のルイズや才人も居ないので、彼らの役割が俺に振られた見たいなのですが……。

 ……って、そんな話を俺に振られても、俺に女性の美醜を論じられるほどの経験もないですし、俺が絶世の美少年と言う存在なら、その言葉に有る程度の信も置けるようになるかも知れないけど、俺って、所詮は平均値の外見しか持っていませんよ?

「う~む。そうやな。先ず肌は雪白、髪の毛はブロンド。瞳は淡いブルー。これだけが、美人の定義とは違うやろう?」

 王女一行から、キュルケの方に視線を移してそう答えて置く俺。……ただ、その台詞に関してなんですけど、俺の知っている女の子で、この定義に割と当て嵌まる女の子がいたような気がするのですが。
 少し、そばかすが目立つけど、モンモランシーがこの定義にぴったり当て嵌まるのではないでしょうか。彼女の場合、性格的にも控えめで、こちらの世界に来てから出会った女の子の中ではシエスタと彼女が双璧で典型的なヒロインと言うタイプだと思います。

 見た目的には少女漫画のライバル役なのですが。

 そうして、そのパターンで分類するのならば、俺の御主人様は、何を考えているのか判らない、寡黙でメガネ装備読書家タイプの不思議ちゃんですから、脇を固めるタイプの登場人物と言う配役ですか。
 そして、この目の前のキュルケは巨乳担当。

 ……う~む。ただ、この表現では非常に問題が有りますか。

「あの王女様がどんな女性かは知らないけど、キュルケの魅力は見た目だけですか? キュルケの周りに集まって来ている男子生徒は、その見た目だけや無しに、アンタと話していると楽しいから、集まって来ているんやないですかね。洒脱で、軽妙な会話に楽しみを感じているから、集まって来ているんやと思いますよ、俺は」

 一応、その巨乳担当などと言う不謹慎な思考は何処か遠くに放り出して、そう真っ当な答えを返して置く俺。

 もっとも、俺が見る限り、彼女の周りに集まって来ているのは、各貴族の坊ちゃんの中でも、次男、三男が多いように思います。これは、長子がそれぞれの家を継ぐ可能性が高いと思うから、次男以降は、単なるごく潰しと成る可能性が高い。ですから、そうならない為に、自らの未来を切り開く為の礎を築こうとしている事も背景に有るのではないかとも思っているのですが……。

 但し、それぐらいは当たり前でしょう。その見事な双丘にだけ引かれて人が集まって来る訳が有りませんから。ここはアニメや漫画、小説などの虚構の世界などでは無く、現実の(リアルな)世界なのですから。

 故に、本名も明かさない、出自もはっきりしない。更に、ガリアからの留学生らしいタバサの周囲に、彼女の見た目に釣られた男子生徒の影が見えないのだとも思うのですが。

 まさか、ジョルジュくんが、そんなトコロにまで、影からガードしていたとも思えないですしね。

 キュルケが少し不思議そうな……。いや、違うな。何か判らないけど微妙な雰囲気を発しながら俺を見つめ返す。
 ……俺、何か変な事でも言ったでしょうか。

「シノブ。貴方、私の周りに集まって来ている連中が、本当に私と話していて楽しいから集まって来ていると思っているの?」

 少し、普段と雰囲気を異にするキュルケがそう聞き返して来た。

 ……やれやれ。愛の狩人を自称するなら、そんな雰囲気は問題が有るでしょうが。アンタが演じている仮面は、オシャレで洒脱なイメージの有る奔放な女性で、素顔の部分は俺になど見せる必要はないと思うのですが。

「例え、その仮面の裏に何が隠れていたとしても、キュルケがそれに気付いていたのなら問題はないと思うぞ。
 まして、その仮面も、ずっと被り続けて居られるのなら、それは最早仮面では無くて、自らの素顔と言うヤツになると俺は思っているから」

 本当の、有りのままの自分をさらけ出して生きて行ける人間が存在しているかどうか、俺には判りません。まして俺は、キュルケの前では、人間としての俺の面しか見せていませんから。

 そして当然、キュルケの仮面の裏に、どんな彼女が潜んでいるのかも俺には判らないのですが。
 まぁ、人間と言うのは複雑で、巨乳担当や、メガネ装備の不思議ちゃんなどと言う括りだけでは表現し切れないと言うだけの事ですからね。

 それは当然、キュルケの周りに集まって来ている信奉者たちにも当て嵌まりますか。

 キュルケからの実際の言葉にしての答えは無く、代わりに少しの笑顔だけで答えてくれた。
 そして、それは普段の人を食ったような嗤いなどではなく、ごく普通の少女が発するそれのような気もしたのですが……。
 もっとも、先ほどの彼女の笑いと、普段の彼女の嗤いが具体的にどれぐらい違うのか、と言う説明など出来はしないのですが。

 その理由は、俺自身が、女性のその時々に因って魅せる微笑みの違いを見分けられるほど、世慣れている訳では有りませんからね。

 女性とは、世界の半数の人間に取っては、永遠の謎となるべき生命体です。
 故に近付きたくなる存在で有るのも事実なのですが……。

 それに、俺は彼女の周りに居る男子生徒達から、かなり嫌われているみたいですから、出来る事なら近付きたくはないんですよ、キュルケにはね。

 どうも、彼女の周りには、嫌な視線や雰囲気が充満していますから。

 ……恋愛関係の気と言うのは上手い事行っている間は良いのですが、ひとつ歯車が狂うと悪い流れに進んで行く物なのです。
 まして、彼女の周りに渦巻いているのは、嫉妬とねたみと、そして欲望。どれを取っても、俺に取っては、良い感情とは言い難い物ばかりですから。

 まぁ、キュルケ本人がそんなに危険な雰囲気を発している訳ではないので、彼女自身にはあまり問題がないとは思いますけどね。
 ただ、彼女に関しては、多少の引っ掛かりを感じているのも事実なのですが……。

 おっと、ショウもない事を考えている内に何時の間にか、王女様は学院本塔内に入って行ったみたいですな。
 それでしたら、この王女様の御出迎えの式典は終了。本日は残りの時間の授業はお休みと言う事。

 ならばタバサ御付きのセバスチャンと致しましては、昼食の準備と、午後のお茶の事を考えて置く必要が出て来たと言う事ですね。
 もっとも、王女様がいらしたから、今晩の食事はまた、パーティの可能性も有るとは思うのですが……。

 本当に、この学院、何時勉強をしているのでしょうかね。

 尚、パーティは……。確かに、山海の珍味と言う料理が用意されるのですが、俺の口には合わない料理の方が多いですから、出来る事なら、御辞退させて頂きたいのですが。
 そんな、今晩の夕飯に対して既に意識を飛ばしながら、瞳では、現在、俺の右隣で読書中の蒼き姫を探す。

 しかし、読書中と思われた御主人様は、何故か俺の方をじっと見つめて……。
 何でしょうか。さし当たって、彼女から言われるような事に、何も思い当たるモノがないのですけど。

「えっと、何か用が有るんかいな」

 どうも、じっと見つめられるのは苦手。それに、彼女自身が何か物言いたげな雰囲気では有ります。
 それに、見つめられる理由が判らないのなら、単に理由を問えば良いだけの事ですか。

【貴方はキュルケの事を嫌っているのかと思っていた】

 しかし、タバサは首をふるふると横に振った後、視線をそれまでに目を通していた本に戻した。但し、【念話】の方で、その仕草とは若干違う内容の問い掛けを行って来たのだった。

 ……俺がキュルケを嫌って居る?
 そんな事はないとは思うけど。
 それに、正確に表現するのなら嫌っているでは無く、警戒している。もっとも、この部分に関しては、俺の考え過ぎだと思いますが。

【嫌ってなどいないで。ただ、あのキュルケの信奉者からの視線や、彼らから感じる雰囲気が苦手なだけで、キュルケに対しては別にどうと言う感情はないな】

 そう当たり障りのない返事を返す俺。それに、これは事実ですし、彼女単独ならば問題はない相手だと思いますから。
 ……表向きは。
 問題は、その取り巻き連中と言うだけの事です。ただ、キュルケとあの信奉者たちは、今のトコロはセットで行動する事が多いですから、少し苦手な相手、と言う雰囲気が勝ち過ぎるのも仕方がない事なのですが。

 俺は気を集める生命体で、気を読む生命体でも有りますから。

「そうしたら、昼食の準備をするけど、何か食べたい物は有るかいな」

 一応、使い魔モードから、平時モードのセバスチャン仕様の俺に移行する。
 その俺と、タバサの間、清々しい五月(ウルのつき)に相応しい風が吹き抜けて行った。


☆★☆★☆


 夜。流石に強制参加させられるパーティなど開かれる訳もなく、本日は、希望者のみを募ったパーティが開かれる事と成りました。

 もっとも、トリステインの貴族に取っては殆んど強制参加に等しいパーティだったのですが、ガリアからの留学生であるタバサに関しては任意での参加と成りましたので、結局、こうやって、タバサの部屋で取る夕食と成っている次第で有ります。

 それに、そもそも、出自のはっきりしないタバサがトリステインの王女の参加する晩餐会に参加するのは問題が有りますし、学院の側にも多少の迷惑を掛ける可能性も有りますから、表面上はこちらの方から辞退した形を取った訳なんですけどね。

 もっとも、俺とタバサが夕食を取っている時間帯は、王女を交えての会食の時間などとっくに終わっている時間帯なんですけど。

 これは当然の事なのですが、俺とタバサは遊んでばかりいる訳では無く、ある程度の鍛錬は行って置く必要が有ります。まして、俺の学んでいた洞は、剣を学んで身体を鍛え、学問を修めて智を貴ぶと言う洞に繋がる仙人の教えを実践する洞ですから、面倒でも日頃の鍛錬は欠かせない物なのです。

 そう言う点で言うと、タバサが主人で良かったのかも知れませんね。彼女も、自らの目的の為には、鍛錬は欠かせないですし、今までも個人での鍛錬は欠かさなかったみたいなので、ちょうど授業が終わった夕刻からはその鍛錬に充てる時間と為しているのです。

 但し、普段は夕食の準備も俺のその鍛錬の内に入るのですが、今晩は王女様との会食の為に厨房の片隅すらも借りる事が出来なかったので、残念ながら今晩はハルファスに調達して貰った晩御飯となって仕舞ったのですが。

 夕食の準備。つまり、これは仙丹……薬を作る為の修行です。もっとも、偉そうな事を言ったトコロで現在の俺のレベルは、残念ながら大きな事が為せるレベルなどではなく、精々が師匠の食事の準備程度の事しか出来なかったのですが。まぁ、何にせよ、表面上からは判り辛いのですが、タバサが俺を使い魔にしてから一番良かったと思っている点は、彼女の食事の内容が劇的に変わった点だと感じているのは間違いないのですが。

 食事の時の彼女の雰囲気は、かなり高揚していて、明るく楽しげな気が発せられて居ますから。

「シノブくん。ドアの外に、キュルケ嬢が来ているみたいなのだが、どうする。入れてやるか?」

 お箸で、タバサの視線の先に有った鶏の南蛮漬けを取って彼女の口元に運んでいた俺に対して、この部屋を結界で包んでいるハルファスがそう聞いて来る。

 尚、俺の式神達は、先ず、俺の方に情報を上げて来ます。これは、当然と言えばそれまでなのですが。しかし、どうせこの報告の後に、俺の方から、この部屋の主のタバサにお伺いを立てる為に問い掛けるのですから、俺と言う間をすっ飛ばして、直接、タバサに聞いてくれた方が早いとは思うのですが……。

「……と言う事やけど、タバサ、どうする?」

 一応、お箸を置いて、タバサの判断を仰ぐ俺。もっとも、この程度の事ならば、わざわざ彼女の答えを聞かずとも、答えは判っていると言う程度の事なのですが。
 しかし、これもケジメと言うヤツですから。この部屋の主はタバサ。使い魔としての俺の主もタバサ。ならば、答えが判っているからと言って、俺の判断だけで先々に話しを進めて行って良い訳はないですから。

 本来の主が、すべてを支配しなければ、主客が逆転して仕舞います。もっとも、その論法で行くのならば、この室内の精霊は、本来、タバサがすべてを支配するべきなのですが、現状ではすべて俺が支配している状態なのですが……。
 流石に、精霊に好かれている龍種()と、嫌われている元系統魔法使い(タバサ)では、精霊を友にする能力に違いが有り過ぎて、この部分を修正する事は、今のトコロ出来てはいません。

 それに、現状では、大した不都合は生じていませんからね。まして、部屋の主で有るタバサよりも、室内の環境を整えているのはセバスチャン()で有る以上、この空間内の精霊も俺が支配した方が、住環境を整えやすいのも事実なのです。

「良い」

 タバサより、短い肯定の言葉が告げられる。当然、そう答えられる事は判っていたのですが。

「……と言う事やから、ハルファス、キュルケを入れてやってくれるか?」

 またもや、これも手続き上の問題なのですが、タバサの肯定を受けて、俺から命令する事によって初めて、ハルファスはこの部屋のドアを開ける事に同意する。
 これも当然の事と言えば当然の事ですね。俺の命令も無い内から、ハルファスが自らの判断でドアを開けるのは、かなり差し迫った脅威が接近して居り、俺の命令を聞く暇すら惜しいような場面に限定されますから。

 俺の言葉にひとつ首肯いてから、結界を解除するハルファス。その直後、ドアを蹴破りかねない勢いで室内に突撃して来る赤い影。
 ……って言うか、これは壊れたな。このドア。

 そして、そのままの勢いでハルファスに体当たりを食らわせる赤い影、だったのですが、流石は魔界の大伯爵。所詮は人間の女の子に過ぎないキュルケの突撃をやんわりと受け止め、そのまま俺とタバサの方に向かって、そっと押し出す。

 押しても引いても開かなかったドアが突然開いて、室内に侵入出来た事に、かなり驚いたような雰囲気のキュルケでは有ったのですが、そこはそれ。あっと言う間に精神を立て直して、直ぐに普段の調子を取り戻す。
 そして、

「部屋に強力なロックを施して何をしているのかと思ったら、ふたりで仲良く食事をしていたって言う事なのね」

 ……と、そう問いかけて来ました。普段通りの少し人を食った笑みを口の端に浮かべて。
 ……って言うか、その台詞の中から、少しからかうような雰囲気が発せられているのですが、この意味は良く判らないですね。

 何故ならば、この部屋の住人はタバサで俺が居候。そして俺とタバサ以外の住人は、基本的に食事の必要とはしない式神達。
 そこで、今晩のように食堂で食事を取らなかった場合は、タバサの部屋で差し向かいになって食事を取っていたとしても不思議ではないと思うのですが。

 ましてこれが、俺がタバサの口元におかずを運んでやっている最中に踏み込まれた状況ならば、タバサは平静だったとしても、俺の方が慌てて仕舞い、致命的なミスをやらかす可能性は有ったとは思いますけど、俺も、そしてタバサも箸を置いていたから、そんな心配も有りませんでしたから。

 そんな俺の考えなど知らないキュルケが、机の上に用意されたおかずの内の鶏のから揚げをひとつ摘まみ、そして、自らの口にあっさりと放り込んだ。
 立ったままで、それも指で摘まんで食べるって、かなり御行儀が悪い行為だとは思うのですが、そのような仕草が妙に似合う少女でも有りますか、彼女は。

 むしろ、ルイズにしろ、このキュルケにしろ、本当に、貴族のお姫様なのでしょうか、と言う疑問すら感じますから。言葉の使い方からして、シエスタなどの町娘と何ら変わりがないようですし、立ち居振る舞いの中に、ほんの少しだけ育ちの良さを感じるだけで、それ以外の部分では、俺が10日ほど前まで暮らしていた世界の女性達とそんなに変わらないような気がするのですが。

「あら、美味しい」

 そう、少し感心したように言ってくれるキュルケ。もっとも、この誉め言葉は、俺が作った料理で無い以上、ハルファスの魔法に対する誉め言葉となるのですが。
 うむ。今度は、俺の作った料理を、そう誉めて貰えるように……。
 ……って、これでは俺はタバサ専用の料理人みたいな存在に成りつつ有るじゃないですか。以後はセバスチャンと周りからも、そしてタバサ本人からも呼ばれる存在に。

「えっと、キュルケさん。もしかして、食事が未だなんやったら、準備をするけど……」

 まぁ、俺がセバスチャンだろうが、ロッテンマイヤーだろうが、何と呼ばれようが問題はないのですが、キュルケは一体、何の用事が有って乱入して来たのでしょうか。

 但し、何をしに来たんや、ワレ。では、流石に問題が有るので、一応、そう聞いてみただけなのですが。
 こう問えば、キュルケの方からこの部屋に突撃して来た理由を語り出すと思いましたから、水を向ける意味からそう言ったのですが。

 まして、本来なら訪問の理由を聞くべき俺の蒼き御主人様は何を問う訳でも無く、ただ、俺とキュルケのやり取りを見つめるだけでしたからね。

「そんな事はどうだって良いのよ」

 その俺の一言で、ようやくこの部屋を訪れた理由を思い出したのか、キュルケは少し強い感じでそう答えた。……但し、突如部屋の中に飛び込んで来て、其処に有った夕食のおかずを摘まみ食いしたのは、貴女の方だと思うのですが。
 もっとも、俺が問うべき内容でも有りませんか、この辺りについては。

「タバサ。明日から出掛けるわよ」

 そして、そう、突然の話題変換を行うキュルケ。しかし、イチイチ、話の前振りと言うモンを行わない女性ですね。これでは話の前後の脈絡がなさ過ぎて、答えの出しようがないでしょうが。

「何故?」

 そう、短くタバサが答える。あまり興味の無さそうな雰囲気で。

 これは、普段の彼女なら当然の反応ですか。それでなくてもタバサはフェニックスの再生の儀式に関わっていたから、一週間は確実に魔法学院の授業に出ていません。流石にガリアの騎士の仕事をこなしている事は、学院の方が知っていてくれるから大きな問題はないと思いますけど、それ以外の理由であまり授業をサボるのは……。

 おそらくですが、相手がキュルケでしたから、理由を問い返してくれただけで、俺がこの台詞を口にしたのなら、そんな返答は為してくれなかったでしょう。

「しばらく前に、ルイズの部屋に真っ黒な頭巾で顔を隠した女性らしき影が入って行ったんだけど、誰だと思う?」

 意味有り気な笑みを浮かべて、そう台詞を続けるキュルケ。
 しかし、誰だと思う、と言われても、キュルケさん。貴女、タバサの親友を自称しているのですから、タバサがそんな事に興味が有る訳がないと言う事ぐらい知っているでしょうが。

 案の定、まったく興味が無さそうな雰囲気で、首を横に振るタバサ。

 但し、その仕草を見てから、何故か満足そうに首肯くキュルケ。
 何か、メチャクチャ自分に都合の良い勘違いをしているような雰囲気が有るのですが。

「それで、少し気になって聞き耳を立てていたら、なんと、その女性は、この国のアンリエッタ王女だったのよ」

 何故か、一人空回りするかのような雰囲気で、そう続けるキュルケ。
 しかし、一人で妙にハイ・テンションに成っているキュルケには申し訳ないのですが、それは別に不思議な事でもないと、俺は思うのですが。

 知っての通り、ルイズはこのトリステインの公爵家の御息女ですから。王女の遊び相手としては、同じ年頃で、身分も高貴な生まれですから、幼い頃に引き合わせられていたとしても不思議ではないと思うのですが。
 王家とルイズの実家が仲違いをしていない限りは。

「其処で、何かの命令を受けて、何処かに行くと言う話になったのよ。もっとも、そこにあたしと同じようにドアの外で盗み聞きをしていたギーシュも加わっているから、大した任務じゃないとは思うけど」

 更に、妙にハイ・テンションなキュルケの説明が続く。

 ……王命を受けての任務?
 その部分を聞いた時に、俺と、そしてタバサからも、少しの違和感に似た何かが発せられた。

 そう。それは、アンリエッタ王女の行動が、あまりにもウカツな行動だったから。

 確かに、聞き耳を立てていたキュルケに詳しい内容までは伝わっていないようなのですが、それでも、王女が、ルイズに何かの命令を下した事は聞き耳程度で簡単に聞き取れたようです。
 更に、その任務は、王命と言う方法ではなく、幼馴染に頼むような方法で行う依頼。

 その内容如何にも因り簡単な仕事の可能性も有るのですが、王女が人目を忍んでルイズの元を訪れている以上、少々危険な任務の可能性も有るとは思うのですが……。

 例えば、簡単で危険が少なく、有りふれた些細な依頼ならば、トリステインの騎士、もしくは自分付きのメイドにでも命令すれば良いだけの事。
 それが出来ないと言う事は、この任務は王女のごく私的な用事で、それでいて、友人にしか頼む事の出来ない類の仕事の可能性が有ると言う事。

 外に任務の内容が漏れるとマズイ話の可能性が有ると思うのですが……。

「そこで、あたし達も、面白そうだから、こっそりとふたりの後を追って、その王女様が御忍びでルイズに命じた命令と言うヤツを確認しない?」

 本当に面白い事を見つけた、と言う口調でそう続けるキュルケ。
 そのキュルケの問い掛けに、少し否定的な雰囲気を発しているタバサ。

 これは、少しマズイかも知れないな。もしかすると、タバサはこの道行きを否定して仕舞う可能性も有ります。
 ……って言うか、このキュルケと言う名前の少女も素直じゃない少女みたいです。

【えっとな、タバサ。キュルケは本心から興味本位で言っている訳では無さそうやで】

 一応、タバサにそう【念話】にて伝えて置く。

 そう。口では適当な事を言っているキュルケなのですが、それは、ルイズの事を心配していると言う事を気取られない為の照れ隠しのような物と、今までで、自らが作り上げて来た表面上に現れているキュルケ・ツェルプストーと言う個性(ペルソナ)の維持の為に、そう言う物言いをして仕舞っているだけのような雰囲気を、俺には今のキュルケから感じる事が出来たのです。

 具体的に心配しているような雰囲気がしているから、そう思っただけなのですが。

 それに、これは心配していると言う点を好意的に捉えているだけで、その心配している相手が、ルイズなのか、それとも才人の方なのかは、実は判っていないと言うのが本当のトコロなのですが。

 タバサはひとつ首肯く。……って、これでは、俺の【念話】に肯定を示したのか、キュルケの提案に肯定を示したのか判断が付かないのですが。

「やっぱり、持つべきものは親友よね」

 キュルケがそう言いながら、タバサに抱き着く。満面の笑顔のキュルケと、その胸に抱かれながらも、まったく表情を変えていないタバサと言う、妙にシュールな光景が目の前で繰り広げられていた。

 もっとも、これはこれで良いですか。俺の【念話】を肯定すれば、キュルケの提案を受け入れると言う結果しか生まないと思いますから。
 それに、危険だから俺とタバサのふたりだけで、その一行を影から見守るから、キュルケは学院の方で大人しくお留守番していて下さい、と言っても、通じるような相手ではないと思いますから。

 聞くところに因ると、キュルケの魔法の能力はかなり高いらしい。そして、自ら持ち込んで来た厄介事をタバサに押し付けて、自分は安全なトコロから結果の報告を受けるだけ、……と言うのは、彼女のショウには合わないと思いますからね。

 ルイズも。そして、タバサも無事に帰って来れば良い。ですが、どちらか片方でも帰って来なかったら、彼女は自らが同行しなかった事を一生後悔し続ける事に成る可能性も有ります。

 おそらく、その事はキュルケ本人も判っていると思いますから、今回のこの話には、彼女は間違いなしに付いて来る心算なのでしょう。

 何故ならば、彼女はタバサの抱えている厄介事について薄々感づいていて、その力になってくれと、俺に頼んで来たのですから。
 俺の能力を試すようなマネをした後に。

 そのレベルの洞察力を持っている人間が、お忍びで訪れた王に因る王命の危険度を類推する事は可能でしょう。
 それに、その王命自体が、友誼による依頼と言う形を取っている事についての異常さについても。

「じゃあ、馬を用意して置くから、明日の朝から、ルイズたち一行を追いかけましょう」

 キュルケが当たり前の事のようにそう言う。
 ……って言うか、馬になんて俺は乗れませんよ。

 確かに、この世界は中世レベルの科学力しかないですから、移動手段と言うと一般的なのは自らのアンヨ。次がお馬。そして、キュルケとタバサは貴族のお姫様とは言っても、キュルケは令嬢然としたお姫様と言う雰囲気ではないですし、タバサはガリアの騎士。馬を操る事が出来たとしても不思議では有りません。

 それに比べると、俺はつい最近まで現代日本で暮らして来た人間ですから、馬に乗った経験は一度。それも、観光地で横に飼育員のオジサンが手綱を引いている状態の馬に乗って、ヤケに高い視線の位置に少しおっかなびっくりだった程度の経験が幼い頃に有るだけ。
 こんなの乗った内に入らないでしょう。

 しかし、タバサはそう言ったキュルケの胸の中で、首を横に振る。但し、これは多分、キュルケには見えては居ません。
 そして、その事に気付いた、と言う訳でもないのでしょうが、その後に、こう続けた。

「必要ない。わたしには、彼が居る」

 
 

 
後書き
 それでは、次回タイトルは『ラ・ロシェールへ』です。

 追記。マザリーニ枢機卿のイメージは、原作小説版のマザリーニ枢機卿などではなく、史実上の、ジュール・マザランをイメージしています。
 まぁ、コルベールが居て、フーケが居るのですから、ジュール・マザランが居ても不思議では有りませんしね。

 はてさて。私がここで、ジュール・マザランに言及した意味を少し考えてみて下さい。
                                              
 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧