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SAO─戦士達の物語

作者:鳩麦
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SAO編
  四十二話 語らう(彼女)

「じゃ、ちゃんと買って来てね?」
「キリト君。買う物忘れちゃだめだよ?」
 空も夕暮れ時になった頃、そんな声が二十四層南端の森で聴こえた。
小さなログハウスの前で、玄関まで出て来たサチとアスナが、リョウとキリトに注意を飛ばす。
 結局、あの後波長が合ったサチとアスナの料理トークはとどまる所を知らず、完全に「イミワカンネー」状態になっていた男二人を話題の彼方に置き去りにしたままキッチンへと移行、アスナがサチの作った調味料に感心したり、近しい調味料でも微妙に味が違う(キリトとリョウにはよく分からない)互いの調味料を味見して材料に付いて話し合ったりを繰り返した後、共同で相談して夕飯を作る事になった。
飯と聞いて色めき立つ男性陣であったがところがどっこい、デザートの材料の買い出しをアスナに命じられ、現在はそのために二十四層主街区のコラルの村へと出かける所である。

「分かってら、て言うか、こんだけするからには旨いもん頼むぞ」
「一応、確認のために後でメッセ送るな」
 そう言って出かけて行った男二人を見送りつつ、二人の少女は互いに顔を見合わせて微笑む。

「よーし、じゃ始めよ!」
「うん!」
 アスナとサチ。この世界でもトップクラスの実力を誇るであろう二人の料理が、始まった。
────

「サチ、これは?」
「え?あ、えーっと、先にそっちのスパイスで下味付けて、その後もう少し濃い目の味付けにするから……あ、そうそれ」
 テキパキと互いに言葉を交わし合いながら調理は進む。
お互いの動きをみて、常に先読みをするかのように準備や下ごしらえを行い、焼いたり煮たりといった作業(まぁシステムが管制するのだがに移る。
手の動きは全くと言って良いほど止まる様子を見せず、二人の眼は、両者ともボスモンスターの動きを観察するがごとく隙が無かった。
まぁ…………

「これ……レルナの実とパンプラの実と干しカルルと……何が入ってるの?」
「えーっと……ピストリネの実とディープ・スネークの骨だね」
「ディープ・スネーク!?」
 《ディープ・スネーク》は、「常闇の国」とも言われる、常に薄暗く視界が悪い事で有名な二十七層のフィールドに稀に出現する身体の長い蛇型モンスターで、仮に居たとしても体表が黒い鱗に覆われているため視認するのすら難しい。故に倒すのも容易ではなく、その食材は《ラグー・ラビット》と同じくS級レア食材に規定されている。
正直、その骨を使ったスパイスなどアスナも見るのは初めてだった。

「前にリョウが偶然って言って取って来てくれたの。肉とかは量も少なかったしもう食べちゃったけど、骨は沢山あったからスパイスにって思って」
「私食べた事も無いよ……味ってどんな感じ?」
「ピリッとするけど唯辛いよりは甘辛い感じかな。それに、臭みのある肉にも有効なんだよ?ボンブの肉でも効果あるし」
「へぇ~~~……」
 この様な感じで、ちょくちょく料理談義を挟みつつ、二人の料理は続くのだった。

────

三十五分後……
 あらかたの調理は済み、後は時間のかかる煮込み料理と今リョウ達に材料を買って来て貰っているデザートのみになったため、サチとアスナは待ち時間をテーブルの椅子に座って待つ事にする。ちなみにサチお手製クッキーとお茶付きだ。

「疲れたねー」
「うん、あんなに本気になって料理したの久しぶりかも。ありがとね、サチ」
「ううん、私も楽しかったもん。お礼を言うのはこっちだよ」
 アスナは元々社交性が高いし、共通の話題が見つかればサチの人見知りも何処へやらと消え、他愛ない話をしながら談笑は進む。
しかし……

「でも知らなかったなぁ……」
 アスナの次の発言により、状況は一気に変わる事となる。

「リョウが結婚してたなんて」
「ッ!?!??!!??ンッ!!~~~~~ッ!!?」
「さ、サチ!?」
 アスナの地雷原に歩兵を突撃させる様な発言により、サチは飲みかけた紅茶を噴き出す……のをギリギリでこらえ、飲みこ……もうとして出来たてのその熱さに悶絶する。

「エホッ、ケホ……アズナ、勘違いしでるよぉ」
「へ?」
 涙目で咳き込み、少々濁った発音でサチは何とか言いたい事を絞り出す。それに対してアスナは何が?と言って視線を向け、サチは言葉を続ける。

「私とリョウは……ケホッ……結婚はしてないの」
「え?でも同居人って……」
 成程、確かに、通常男女が此処の様な田舎で同居していると聞いたら、殆ど人はそれを結婚しているからかギルドメンバーだと考えるだろう。此処に越してきてからあまり人とそう言う事を話す機会がサチにはあまりなかったため、気がつかなかった。

「あの……本当に唯の同居人なんだ。特にそれ以外に何かある訳じゃないの」
 去年の年明けの日だった。黒猫団の事件があってから本格的にモンスターが怖くなってしまいフィールドに出られなくなったため、宿屋で暮らしていたサチに、突然リョウが『お前だけ一人で置いとくのは不安だから』と言って、同居を提案して来たのだ。
一人で暮らす事に寂しさを抱いていたサチには断る理由など有る訳も無く、そのままリョウが見付けたこの家に越してきて今に至る。と言う訳だ。

「そっか。じゃあまだまだ結婚は先なんだねー」
「うん。ほんとは……え?」
 ようやく自身の発言に少し気が付いたサチが前に視線を向けてみた物は、楽しそうな顔でしてやったりと言った顔をしたアスナだった。

「ち、違うの!今のは……!」
「駄目だよ?サチ。もう聞いちゃったし、取り消し禁止~」
 ニコニコと光輝く笑顔で自分に告げて来るアスナに対して、サチは己の負けを悟り、ガックリと肩を落とす。

「アスナって意外と意地悪だね……」
「あはは……リズのが移ったのかも」
 アスナはこの手の話題好きの友人を思い出して、苦笑しつつも話を進める。

「ちなみに、リョウは知ら……ないよね?」
「うん。多分気付いて無いと思う……」
 サチがそう言ってから、女子二人は「「……はぁ」」と同時に溜息を付く。
全くそろいもそろって手強い相手に恋心を持ってしまったせいか、二人の間には妙な仲間意識が芽生え始めていた。
とは言え。

「そう言えば……アスナはどうしたの?」
 サチはともかく、アスナは既にその手強い相手に気持ちを伝え、報われている訳である。
昨日の夜思った事を唐突に思いだしたサチは、思い切ってその旨をアスナに問うてみる事にした。
即ち、アスナの半年間の記憶をである。

「え?あ……うーん、私はきっかけが昼寝だったから……」
「昼寝?」
「うん。あのね……」
 アスナの恋愛記録は、流石に相手がキリトと言うべきか。普通のそれとは少々毛色の違うものだった。

────

 二人の出会いは、先ずキリトが昼寝していた所から始まる。それをアスナは注意したが、しかしキリトはそれに従う事は無く、それどころか、アスナにも昼寝をするように勧めたのだそうだ。
 当時のアスナは悪夢による不眠症に悩まされており、一日に二、三時間しか眠れぬ日々を送っていた。しかしその時は……キリトの隣の日溜まりで眠ったその時は、本当に何の悪夢も見ることも無く、久方ぶりに、ぐっすりと眠れた。
その時アスナは知ったのだ。ただ脱出だけを目指して心を「殺す」道では無く、この世界の中で「生きる」と言う道を。
 それまで彼女にとっては「活動」でしかなかったこの世界での日常が、「生活」に変わった瞬間。

 サチはアスナに極近い経験をしていたので、アスナのその経験がキリトへの恋心へとつながる事はとても自然に理解する事が出来た。

 それからの話は聞いていて楽しかった。その後直ぐに起こった事件でキリトと協力する所から始まり、キリトと連絡を取りたくて同時期に知り合ったリョウに頼ったり、メッセージをちょくちょくと送ったり、お茶に誘ってみたり、ボス攻略会議で積極的に話しかけてみたり。キリトが危ない事をしたと聞けば飛んで行って注意をしたりもしたそうだ。
とにかく、小さな努力の積み重ねをして行った。結果、半年の時を経てついにここまで辿り着いたのだ。
 彼女の思いは、報われた。

────

「って言う感じ……かな?」
「…………」
 頬を若干赤らめて話し終わったアスナの眼前に座るサチは、放心状態になっているように見えた。全く動かず、呆けたように口が少しだけ開いている。

「さ、サチ?」
「へ!?あ、ごめん……!」
「えっと……つまらなかったかな?」
「う、ううん!そんな事無いよ!」
 サチの呆けていた理由はそこでは無い。
むしろ逆。彼女の歩んだ道が余りにも真っ直ぐで、一途で、そして何より綺麗だったから、その物語の様な話の中に完全に意識が引き込まれてしまっていたのだ。

 リョウがキリトとアスナの結婚を知った日に帰って来た時、嬉しそうにしていた気持ちも今ならば分かる。
アスナの話によれば、リョウはアスナとキリトの中間に立ち、二人の距離を縮めるための協力を、本当によくやって居たらしい。
今話を聞いた自分ですら、このハッピーエンドな物語の主役である二人を心から祝福したい気持ちでいっぱいなのだ。ずっとみて来たリョウはさぞかし感慨深く、そして嬉しかっただろう。

 サチは今、心の底からキリトとアスナの結婚を喜んでいた。
しかし同時に、サチの中で少しだけ嫉妬と言う感情が芽生える。
 サチは自分の人に旨く感情を伝えられない内行的な性格を、自分から公言する訳では無いもののある程度自覚している。故に、直球な手段を次々に打つ事の出来るアスナの行動力が、少しばかり羨ましかったからだ。
というか……

『そんなに他人(ひと)のに気付けるなら自分のにも気づいてくれたって……』
 そこである。まぁ、今思っても仕方のない事なのだが。

 その後、ひとしきりの祝福の言葉をサチはアスナに送った。
アスナが少し涙目になりながらそれを受け取った後、今度は彼女の方から質問が投げかけられる。

「そう言えば、サチは?」
「え?何が?」
 紅茶を飲み負けていた手を止め、サチはアスナの方を見る。
するとそこには、目に興味を爛々と輝かせる、一人の女子の姿があった。
サチは瞬間的に|身の危険(さむけ)を感じ取ったが、遅かった。

「サチがリョウを好きになった理由!」
「う……」
 しまった。と、サチは直ぐに自分の失敗を悟る。この話はアスナの話が終わった時点で切り上げるべきだったのだ。アスナに話させた以上すぐに自分の番が回って切る事は分かっていたのに……迂闊だ。
しかし聞かれてしまった以上、此処で離さないのはフェアでは無い。
サチは若干……否、多大な小恥ずかしさを覚えながらも、ゆっくりと口を開いた。

────

 サチとリョウが初対面をしたのは五歳時、リョウがサチの家だったアパートの隣の部屋に引っ越して来た時だ。
サチの父親はサチが三歳の頃に家から出て行っていたので、女手一人で自分を育ててくれていた母親の帰りは仕事で殆ど毎日遅かった。
アパートの住人には子供を預かるほど余裕のある人はいなかったため、サチはアパートの向かい、近所でも気の良いと評判の老人夫婦のもとで老人夫婦の孫と日中を過ごしていた。
そんなある日、リョウが引っ越してきた。
 越して来た初日に挨拶に来たリョウの母親と、境遇が近いせいか直ぐに意気投合したサチの母親はその事をリョウの母親にも話し、リョウの母親が駄目もとで老人夫婦に頼んでみると、夫婦は「子供が二人増える程度対して変わらない」と大胆にもこれを受諾。結局、老人夫婦の家には老人の孫+サチ+リョウ+リョウの姉と言う、四人の子供が預かられる事になった。

 正直な所、あの頃の事はごちゃごちゃとしていてよく覚えていない。
皆がお婆ちゃん(とはいっても年の割にに若かったが)と呼んでいた育ての母のような人と子供四人の生活。
子供四人にしては、案外と静かだった様に思う。しーちゃんと呼ばれていたお婆ちゃんの孫やリョウの姉はは殆ど悪さをしなかったし、サチも基本的におとなしい子供だったため怒られることは少なかった。
その二人に無かったやんちゃさを吸収したように暴れまわっていたのは、リョウだ。
基本的にはゲーム等をしているくせに、時々思い出したように悪戯をしたり外に出て行ったりする。
お婆ちゃんはけして甘い人間では無かったため、悪さをすれば即座に叱られるのだが、サチのおぼろげな記憶にある限り、確かリョウは懲りずに同じような事を繰り返していたように思う。

 唯、周囲に近い歳の女子二人と言う環境で育ったからか、それともお婆ちゃんや母親の教育の成果か、そんなリョウでも、基本的に自分より年下の人間や女子に手を出す事はしなかった。
 と言うか、むしろ女子に対しては優しかった事が多かったと思う。帰り道で野良犬が怖いと言えば追っ払ってくれたし。下級生をいじめるのが趣味だった性格の悪い五年生帰り道で絡まれた時は、三年生だったにもかかわらず体格差を砂やら石やら噛みつきまで使って覆して撃退し、自分はボロボロになりながらも怖くて泣いていたサチ怪我一つさせずにで手を引いてお婆ちゃんの家まで連れて帰ったし。転んで泣いていた時におぶわれた記憶すらある。SAOに来てからも…………
 いわばサチにとって、リョウは困った時に駆けつけてくれるヒーローのような存在だった。

 そう、結局は、そこである。
ずっと自分を守り、助けてくれた幼馴染にいつの間にか抱いていた思い。それが、サチの恋心の正体だ。
ありきたりではあり、自然発生とも言うべき、そんな普遍的な理由。
まだ届いてはいない。しかし……いつかは。

────

「……そっか」
 全て話し終わってから、アスナはため息を漏らすようにそう呟いた。サチはと言うと、改めて話して恥ずかしくなったらしい。
頬を染めて紅茶をちびちびと飲んでいる。
それを見たアスナは、自分の中で、一つの決意をする事にした。

「サチ」
「ん……うん……?」
 ゆっくりとサチが顔を上げる。まだ頬はうっすらと朱いが、だいぶ落ち着いたようだ。
その顔を見ながらSAOの家が防音のを良い事に、本気の声量で宣言する。

「私、応援するから!頑張ってね!?」
「ぅえ!?え……あの……」
 軽くパニックを起こしたようにサチはうろたえるが、構わずアスナは続ける。

「リョウには色々手伝ってもらったんだもん!うん!私もリョウとサチが幸せになれるように協力する!」
 実を言うと、これはキリトと結婚する事が決まった時から決めていた事だ。

《リョウが幸せになれるように全力で努力する》

 恩返しと言う訳ではない。もしもリョウにこんな事を言えば、「柄じゃない」「いらんいらん」と突っぱねられることは確実だ。どちらかと言えばおせっかいである。それでも、アスナはリョウを幸せにしたい。恐らくキリトもそう思っている。
 だから、勝手にやるのだ。そこにリョウの意見など考慮しないし、仮に迷惑だと言われても勝手にやる。
で、立った今その標的に、サチも入れた。

 自己満足など知った事ではない。《結城明日菜/アスナは、リョウとサチに幸せになって欲しい》これは、絶対なのだ。

 ようやくアスナの言う所を理解したらしいサチは……

「うん……ありがとう」
 小さく、しかしとても嬉しそうに、頷いた。
 
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