SAO─戦士達の物語
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SAO編
四十一話 HOME
キリトとアスナがめでたくのろけ……もとい。ゴールインした事を知った日の翌日。その日から、俺は暫くの休暇に入る事にした。
キリトとアスナも、この結婚を期に長期の休暇を取るらしい。差し詰め新婚生活をのんびり、と言った所か。
で、以前言ったきっかけというか。あの二人も、10%位はレベル調整の意図あって前線を離れるのだろうし、タイミングを合わせて俺も休む事にしたわけである。
────
「……でお前は何個目だ?そのマフィン」
「むぐ?」
「きゅる?」
俺の目線の先で、一人の少女と一匹のモンスターが同時に食べていたマフィン(モンスターはナッツ)から顔を上げ、殆ど同じ場所にマフィンとナッツのカスを付けたまま、シンクロ率100%な動きで首を傾げる。
何だこいつ等、変に可愛らしい動きしやがって。
少女の方は、亜麻色の髪の左右を赤い玉の突いた髪飾りで結んだ同年代の子供たちと比較すればおおよそ可愛らしいと言えるであろう容貌の少女。
以前俺と協力して自身の使い魔モンスターを生き返らせるため奮闘した、モンスターテイマーこと、シリカだ。
ナッツに何気にがっついているモンスターの方は、その時救ったシリカの相棒。小型ドラゴン種、フェザーリドラのピナである。
こいつ等、昼飯を食うと言う時になって急に訪ねて来たのだ。
と言うのは実は俺だけの認識で、どうもサチが昼飯に誘ったらしい。
何時の間にフレンド登録していたのかと聞いたら、初めて俺が連れて来た時に既にしていたのだろ言う。同じ部屋に居たはずなのに気がつかなかった……
で、今は食事を食べ終わって、デザートタイムである。
「ん、む」
「飲み込め」
「ん……(ゴクン)えっと……サチさんのマフィンって美味しくて……つい沢山食べちゃうんですですよね~」
「あはは……」と苦笑しつつ返答したサチに対し、俺は眉間にシワを寄せて二つ目の質問。
ちなみにピナは相変わらず夢中でナッツにがっついている。破片が飛びそうだ。
「ってことは何か?今までも俺の知らん間に此処来て菓子食ってたって事か?」
「は、はい……」
「けしからん」
別に家に居るのは構わない。しかし、新しいケーキやなんかを、俺より先にこいつが食ったと言うのがほんの少しだが気に食わん。
「またそんな事言って……意地が悪いよ?リョウ」
「むぅ……」
新しいケーキを持ってきたサチに注意され、やむなく腕を組み唸る。
「はいどうぞ」
「わぁ……!」
サチが二つ目に持ってきたのは、ロールケーキだった。薄黄色のスポンジで真っ白なクリームを巻いたシンプルな物だが、やはりこの手の洋生菓子と言うのは見た目だけでも楽しめる分、食欲をそそる物が有る。
と、シリカがケーキに手を付ける事無く、遠慮がちに此方をチラチラと伺っているのが目に入った。ったく……
「かまわんぞ、別に食っても」
そもそも許可を出すなら俺ではなくサチだ。
さっきのは半分は冗談のつもりだったのだが、本気にさせてしまったらしい。
まぁそんな事を説明するより先に、許可を出されたシリカは目を輝かせながらケーキを解体に掛かったが。
「あんまりがっつくなよ~」
「ふふふ……」
俺は苦笑しながら注意を飛ばし、サチも微笑みながらその様子を見つめている。
まぁケーキとナッツに夢中になっている一人と一匹にはまるで聴こえていないようだが。と思ったらピナはナッツを食べ終えたようだ。食後の運動のつもりなのか、ふわりと浮きあがって部屋の中をうろうろし始める。やがて……
「きゅるっ!」
「んぐ、あむ……っておい、ピナ、俺今食ってるんだけど……」
何故か俺の頭の上に乗った。
以前からなのだが、ピナは偶に俺に会うと、やたら俺の頭の上に乗りたがる。
とは言えずっと乗せる訳ではない。幾ら小型とはいえ、それなりの重さがあるので長時間やってると首が疲れるからだ。まぁ此奴の体表を覆うふわふわした羽は非常に気持ちいいので、±ゼロと言ったところ……いや、むしろプラスか。
ちなみにサチなんかは結構動物好きなので、この状況になると羨ましそうな目で俺を見る。
なお、シリカ曰く、彼女以外でピナが自分から誰かの上に乗るのは俺だけなのだそうだ。
使い魔モンスターの自由行動のパターンは本来ランダムのはずなのだが……此奴だけ他と違う高性能なAIでも宿ってるんじゃなかろうな?
仕方なく俺は姿勢を正して、ピナを頭に乗せたままロールケーキを食べ進める。
うむ。実にシュール。
と、先程の餌をねだる仔猫みたいな表情が嘘であったかのように、ロールケーキをもぐもぐとしては「んん~~~」とか言って輝く様な笑顔を浮かべている女子に目が行った。
「なぁ、ピナ」
「きゅる?」
何だ?と言うように首を下にして視線をやや上に向けた俺を見下ろしたピナが返してくる。
てか言葉分かるのか?此奴。
「彼奴って何時も飯あんな感じなのか?」
「きゅる」
多分肯定。小さく首縦に振った様に見えたし。
ちなみに言っておくが、今は一応正午である。
「あんながっつく様な食い方してたら太るよな?」
「きゅる。きゅるる」
「はぁ?そうなのか?」
「きゅるる、くる、きゅ」
「ありゃりゃ、マジか。お前も苦労人、いや苦労竜だなぁ」
「きゅるぅ……」
「って、何の話してるんですかっ!」
シリカが怒鳴った。珍しい。
────
「ごちそうさまでした」
「きゅるる」
昼過ぎ。
ケーキを食った後シリカとサチと俺とで軽い雑談を重ねていると、シリカにメッセージが届いた。何やらどこぞのプレイヤーショップに用が出来たらしく、今は見送りだ。
「おう。またその内な」
「何時でも来て良いからね?」
「ありがとうございますっ!」
「きゅるっ!」
シリカは礼儀正しく。ピナは元気に返事をする。
ていうかホントにピナは唯の使い魔なのだろうか?真面目に疑問になって来た。
「あ、そう言えばリョウさん」
「ん?どうした?」
「キリトさんのご結婚、おめでとうございます」
「ああ、どうも……ってなんでお前が知ってんだ」
「お邪魔しました~」
答えずに帰っていくシリカは、何故かしたり顔だった。
大方、リズ辺りにでも聞いたのだろう。
リズとシリカは妙な所で波長が合うようで、以前シリカから武具の事で相談を受けた時俺が紹介してから、ちょくちょくガールズトークをしているらしい。
唯俺からすると二人の会話を見ていると姉妹にしか思えなくなってくるから不思議だ。
「さ、中入ろ?段々寒くなってきちゃった」
「ん、そうだな。もう十一月だしなぁ……」
────
その日二度目の客人が現れたのは、それから二時間くらい経った頃のことである。
突然の休暇で会ったため、優先的にやる事がすぐに思い浮かばなかったリョウは、取りあえず一日家で暇を持て余す事にしてソファに座り込んでいた。
と、唐突に玄関に付けられているはずのノック用の金具の音が家の中に鳴り響き、来訪者の訪れを告げる。
「お?」
「珍しいね、一日に二人なんて……」
「だなぁ……あ、いいぞ、俺出るから」
編み物をしていた手を止めたサチを片手で制し、リョウはソファから立ち上がる。
元々、リョウの家は余り人目には付きにくい場所にあるため、来客自体が珍しいのだが、どうやらその珍しさが重なる日もあるらしい。
「はいはい。どちらさまですかっと……」
小走りに玄関の扉へ近付き、外側に開ける。
と、丁寧な口調の凛とした美声と共に、リョウの視界の中で《栗色の髪》が揺れた。
「はじめまして、隣に越して来た者です。何かとご迷惑おかけするかもしれません……が?」
続いて、《黒い服》の男が
「どうしたアス……ナ?」
いきなりの事にリョウ自身も直ぐに反応できない。
両者ともに、たっぷり数秒間フリーズ。
「どうしたのリョ……へ?」
不審に思ったのだろう。追いかけてきたサチも同じくフリーズ。
「あー、why?」
そうして、一番早くフリーズから回復(?)したリョウが、やっと口に出来た第一声は、それだった。
そう。
此処は、第二十二層。
中央の湖の南岸にある、主街区コラルの村から更に南。小さな林の中にある、《二軒》のログハウスのうちの右側。
リョウの自宅で有り、キリトとアスナがこれから暮らす新居の……お隣さんである。
────
「ってこたぁなにか。お前らこれからウチの隣で新婚生活か?」
「あぁ。今更新しい家を買う金なんか無いし……」
「ごめんね。まさかリョウの家が此処だなんて思って無かったから……」
リョウの問いに、キリトは居心地悪そうに、アスナは申し訳なさそうに答えた。
事前に何処へ越すのか聞いておくか、自分の家の所在を面倒くさがらずに教えておくべきだったと、リョウは後悔する。と言うか……
『俺はなぜキリトにすら教えて無かったんだ……?』
今更とは知りつつも、疑問に思わずには居られなかった。
「ま、いいさ。元々少ししたらお前等の家には行くつもりだったしな」
リョウが休みを取った理由は一応は休息が主だが、キリトとアスナの新居に赴き、二人をからかうというのも勿論入っている。
新婚生活に水をささないなどと言う気の効いた常識は、リョウの前には完全に無視されるべき常識である。
「なんだろう……わたし、何か自分の心配した方が良い気がしてきたよキリト君」
「アスナ、同感だ」
「何だ二人して人聞きの悪い」
口を尖らせて返すと、後ろから少し呆れ気味の、しかしどこか楽しんで居るような声が聞こえた。サチだ。
「日頃の行いのせいでしょ?わたしもキリト達が正しいと思うし」
そう言って、恐らく中身は特性の紅茶であろうティーセットと、先程も食べたロールケーキの残りを、「余り物ですけど……」と申し訳無さそうな顔(主にアスナに)をしてテーブルの上に置く。
アスナの顔が輝いたが、見なかった事にした。
サチが席に着いた所で、今度はアスナの方から疑問が投げられる。
「…………」
「えっと、その人は……?」
「あ、そうか……」
「あぁ……」
リョウとキリトがやっとと言った風に気が付く。
以前過去に関する話をした時に、すっかり説明した気になってしまっていたのだ。
「えーっと、んじゃまぁ紹介する。前に話したギルドの元メンバー、サチだ。一応俺の同居人」
「よ、よろしくお願いします」
ぎこちなく、ぺこりと頭を下げたサチを、リョウは「何緊張してんだ?」とひじで小突く。
サチからは小さな声で、「だって……」とだけ帰って来た。
続いてキリトがアスナの紹介をする。
「えっと次こっちか……こちらはKoBの副団長殿で、攻略組の戦闘指揮責任者でもあらせられる、アスナ。俺の……妻だ」
前半のやたらと大仰な説明で、リョウは笑いかけ、サチは苦笑し、アスナは唇を尖らせたが、最後の台詞で、アスナは照れ臭そうに、他二人は柔らかく笑った。
少し頬を紅く染めながらも、元々社交性の高いアスナが、二コリと笑って、サチには頭を下げる。
「はじめまして。お隣さんだし、仲良くしようね?サチ」
「は、はい!」
「そう思うんなら先ずはその敬語やめろサチ」
「う……」
突っ込まれた事で、サチは耳まで赤くなりながら力なく俯いてしまった。
朗らかな笑い声が響き、サチはほんのちょっとリョウに恨めしそうな目を向けた後、はにかむような笑顔を浮かべた。
────
「凄い……とっても美味しいよこのケーキ!これ、サチが作ったの!?」
「へ!?あ、うん。材料とか持って来てくれたのはリョウが多いけど……」
アスナが賛辞を送っているのは、サチの作ったロールケーキの余りの美味しさに際してのことだった。
アスナ自身も菓子を作る事はちょくちょくあるが、此処までの物を作れた事は無い。
しっとりとしたスポンジの食感はシステムに規定されてるから良い。問題なのは味だ。
スポンジはそれ自体に柑橘系に近い爽やかな甘みが含まれており、優しい印象を受ける食感の中にアクセントとなっている。白いクリームの方は少し濃いめで、濃厚な甘みが有るが、そのそれぞれが、互いの味を邪魔していないのだ。
独立しつつも調和するように二つの甘みが独特のハーモニーを醸し出すこのロールケーキに、アスナはサチと同じ|料理スキル完全習得者として、とても深い感銘を受けた。
「このクリーム、何の素材で出来てるの?」
「えーっと、クロロ竹とアグル水と……メトゥルの乳かな」
「メトゥル!?インスタルじゃなくて!?」
インスタルとは、二十四層等の平野部に生息する、牛とバッファローを足して二で割った様なモンスターだ。
現実で言う牛乳に似たコクのある乳を出してくれる上に性格もおとなしいため、乳の搾取が容易で、バターや生クリームに近い料理を作りたい時に重宝する。
しかし今サチが言ったメトゥルと言うのは、五十三層に生息する真っ黒な山羊にトナカイの角を付けてついでに好戦的な性格を付け足した様なモンスターだ。
確かに乳が取られる事は知られているものの、乳を取るには一度壁に向かって突進させ、岩壁に角を突きささせると言う荒技で動きを止めた後、限られた時間で取らなくてはいけない上に、インスタルと大して乳の味は変わらないと言う事で、あまりメジャーでは無い素材である。
その手間のかかるメトゥルの乳を、相当量の乳系アイテムが必要なクリームに使うなど聞いたことが無い。
「メトゥルの乳はね、確かに、普通に飲んでもインスタルと大して違わないように感じるんだけど、クリームとか、バター系の食材を生成するのに使うとインスタルで作った時よりも味が濃厚になるの。しかも、ブダルガの粉とピィビスの卵で作った生地にクロロ竹とパフマの実で味付けした生地と組み合わせると、とっても良く合うんだ。」
「そっか、これはパフマの実なのね……」
パフマの実はたしか六十六層のフィールドに生える木から取れる。
確かに爽やか甘さが特徴なのは知っていたが、甘さ同士で組わせてしまうと他の素材の甘みに負けやすいため、アスナは余り多様した事は無かった。
アスナは確信する。今目の前に居る少女は、自分とはこの世界での料理に置いて経験が違う……!
「え、えと?アスナ?」
「なぁ兄貴、話の内容分かるか?」
「取って来た食材の事だけならな、それ以外は意味分からん」
黙ってしまったアスナの対応に困るサチをよそに、食材には興味の無い男二人は女性二人の意味不明な会話をどうしようかと相談を始める。
まさか此処まで料理の話でアスナがヒートアップするとは、此処の二人は勿論知らなかったし、キリトも料理に真剣なアスナと言うのを実際に見るのは初めてらしく、予想していなかったため対処法が分からない。
そんな中、再びアスナが口を開いた。
「うん、決めたっ!」
「あ?」
「?」
「アスナ?」
突然椅子から立ち上がり、何かを決意したようにガッツポーズをするアスナに、三人は妙な物を見る様な視線を向ける。
「サチ、今日一日料理教えて!」
「へ!?」
いきなりの発言にサチは眼を見開く。
「いや、お前既に完全習得《マスター》してんだろうが」
何を今更、と言った風に呆れ顔をするリョウに対して、アスナは即座に首を横に振った。
「マスターしただけじゃこの世界で料理スキルを極めたとは言えないのよ?リョウ」
その先を、次はサチが引き継ぐように……
「うん、この世界の食材の味覚パラメータって言うのは、とっても複雑で奥深い物なの」
またアスナ。
「一つ一つの味は固定でも、一定の組み合わせによっては想像もつかない変化が起きたり」
サチ
「微妙な味の変化だって表現できるんだから!」
そしてまるで示し合わせたように二人で。
「「この深さは完全習得《マスター》してからこそ、本当に分かる物なの!」」
「お、おう」
普段何気なく男性陣が作って貰っている食べ物には、彼女たちの地道な研究の成果が詰まっている。否応なしにそう理解せざるを得なかった。
リョウは二人の迫力に圧されたように首を縦に振る。
実際、NPCレストランで食べる料理よりも、料理スキルの持ち主が作ったメイド品の方が美味いと言うのは定評だし、明らかなのだ。
ちなみにキリトはその正面の椅子で……
「俺、今度からはもっと感謝して醤油使おう……」
勝手にそんな事を誓っていた。
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