SAO─戦士達の物語
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GGO編
百五話 観戦者達の不安
前書き
はい、どうもです!
今回は一休み。戦場にはいない、けれども戦う少女たちのお話です。
あ、一人男もいますがw
では、どうぞ!!
「お兄ちゃん、なかなかうつらないねー」
長い金髪のポニーテールを揺らしながら、リーファが言った。
隣に腰かけ、膝の上にピナを乗せたシリカが、ライトブラウンの左右に結った髪を揺らしつつ、クスクスと笑って応じる。ちなみにその手にはサチの作ったチーズクッキーが有り、先程からサクサクとかじっている。ピナの上に欠片が落ちないようにいしているのは、彼女的には当然の配慮と言ったところだろう。
「リョウさんはもうガンガン出てますけどねぇ」
彼女の言う通り、リョウは、と言うかリョウとみられるアバターは今までに何度も画面に出ていた。初めこそ皆明らかに女性っぽいリョウのアバターに大爆笑したものだが、つい先ほどまで映っていた銀色の髪の少女と繰り広げられたナイフ対ライトセーバーのようなブレードの近接戦闘には、近しい物を感じる事もあり、皆大いに沸いた物だ。残念な事に途中で画面が切り替わってしまい、最後まで見る事はかなわなかったが……
「ヤロウらしいけどな。彼奴が隠れてコソコソやってられるとも思えねぇ」
「いやー、案外彼奴、不意打ちするときはしっかりやったりするじゃない?えげつない事もしそうな気はするわね~」
クラインとリズが、リョウの戦闘法に付いて議論を交わしている。まぁ本人が聞こうものなら間違いなく「お前らは俺を何だと思ってんだ」と言われる事請け合いだが。
「キリトは、隠れてるのかな?」
と、リズの隣、アスナの、更に隣に座っていたサチが画面を見ながら首をかしげてアスナに問う。
「うーん、どうだろ……キリト君も結構、戦闘マニアな所有るからなぁ……」
「パパならきっと、画面に映らないほど一瞬で不意打ちしまくりです!!」
アスナの唸る声にユイが中々的確な予想を打ち建てる。その言葉に、リズが笑った。
「あっはは!それはあるかも。しかも銃メインの世界でさっきの女の子みたいに剣使ったりしてね」
「てかさっきのリョウとお嬢ちゃんの戦闘、まんまこっちだっただろ」
笑いながら言ったクラインの言葉に続いて、皆が朗らかに笑う。眠っているピナの耳がぴくぴくと小刻みに動いた。
確かに、先程画面に映っていたリョウとアイリの戦闘は、高速の超近接戦闘で有り、最早これはGGOでは無くALOの何処かで起きている強者同士の戦闘を映しているのだと言われた方がしっくりくるようなものだった。見ていて、クラインが思わず「いや、お前ら銃使えよ」と突っ込んだ程である。
さて、このように久々に集まった七人と一匹だが、彼らが現在いる場所は現実世界では無い。あえて言うべくもあるまいが、此処はVRMMORPG、ALO(アルヴヘルム・オンライン)の中だ。
場所は世界の中心、世界樹の上部。以前は到達することが出来ず、そもそも存在すらしていなかった空中都市、《ユグドラシルシティ》、通称《イグシティ》の、キリトとアスナが借りている部屋だ。流石に月二千ユルドの金を払って借りている部屋なだけあって、広い。
南向きの壁一面がガラス張りのこの部屋からはいつでもイグシティの壮麗な姿を眼下に眺める事が出来(まぁ今はモニターを兼ねているその窓一杯にBoBの試合映像を流しているので夜景を眺める事は出来ないが)、その正面には大きめのソファセット。反対側の壁には軽いバーカウンターまでしつらえてある。ちなみに、カウンターの向こうにある酒達はクラインがアルヴヘルムと、ヨツンヘイムまで回って集めてきたもので、物によっては相当美味い一品もあるそうだ。まぁ未成年の彼女達にその価値はよく分からないのだが。
ちなみに、リョウに関しては別である。
「しっかし、アイツらもなんでまたALOからコンバートしてまでこの大会に出ようと思ったのかしら」
首をかしげたリズは、問うような視線をアスナに、正確にはアスナとサチに向ける。
ちなみに今回、キリトとリョウコウが総務省の菊岡から依頼を受け、コンバートした事を知っているのはアスナとサチ、ユイ、リーファだけだ。この場に居る後の三人は事情を知らない。
アスナは一瞬リーファに目を向けたが、彼女の視線から任せる風の雰囲気を感じて口を開く。
「うーん……なんかね、おかしなバイトを引きうけたらしくて……VRMMO……って言うか、《ザ・シード連結体》全体の現状をリサーチ。みたいな。GGOは唯一その中で、通貨還元システムが導入されてるから、選ばれたんだって」
その説明は、先日キリトから受けた説明の受け売りだ。
とはいってもアスナ自身、事情は聞いてもキリトから聞いたことで全てだろうとも思っては居なかった。おそらくは彼が“あえて”口にしなかった部分はあるだろう。彼から事情を聞かされた際、その態度でそれくらいは分かった。
そしてアスナもその部分を“あえて”追求するような事はしなかったのだ。彼がそう言った事をする場合は基本的にしっかり事情が有るし、それが自分を裏切るような物では無い事を、アスナは堅く信じている。
「ふぅん……リョウはなんて?」
「え?うーん……」
と、リズの質問がサチにも飛び、相変わらずの黒髪を揺らして彼女は思い出すように考える仕草を見せる。
とはいっても、サチが受けたリョウの今回の依頼に関する説明と言うと、つい二日ほど前に来た電話一本だけだ。
────
『あぁ、そだ美幸、俺ALOから一回抜けるわ。ちょっと用事あるんでな。コンバートする』
『あ、うん……えぇ!?』
『まぁ、二、三日すりゃもどっから。永久退場する訳じゃねぇってことで、居なくなっても騒いだりすんなよ?』
『え、うん……あの、でもなんで?』
『ん?あー、総務省のお役人から依頼でな。《ネクサス》全体の現状を調査するんで、通貨還元システムが組み込まれてるGGOの調査して来いとよ。バイト代良いんで引きうけた』
『へー……うん、分かった。頑張ってね』
『おう。サンキュ』
────
とまぁ、電話口での会話はこんな感じだ。
凄まじく簡潔かつ見ようによってはそっけない会話だが、しかしリョウとサチの間ではそれほど珍しくも無いような会話であったりする。
元来、SAOの時代からリョウはサチに必要以上に自分の行く場所等の情報を伝える事が少ない。寧ろ、さしたることでも無いかのように、適当な様子で話を伝えて来る事の方が当然だったりする。余裕そうに、当然のように家から出て行き、そして当然のように帰ってくるのだ。
家に帰って来た時も必要以上に真剣な表情をしたり、考え込んだ表情を見せる事も無く、あくまでリラックスした様子でくつろぐ。彼が家の外で、敢えて言うならば命がけの舞台で戦って、感じた事や、考えた事に置いて、サチが知っている事は少ない。時折話を聞くと、その日の冒険や戦いの事を面白おかしく、まるでおとぎ話のように語ってくれる事はあっても、感じたであろう辛さや、苦悩を口にする事は無く、ただ何時ものように、当然のようにそこに居る。
サチ自身、そこにどういった意図が有るのか、うっすらとだが察していた。
だからこそ、サチはリョウが家で本当の意味で安らげるよう最大限努力をしていたのだが……
『慣れちゃ、駄目なのかな……』
隣に居るアスナから、形の無い不安のような雰囲気を感じる。きっと彼女も、自分と同じものを感じているのだろう。
リョウやキリトに対する不信では無い。何かが起きようとしているような……あるいはもうすでに起きているかのような、じりじりとにじり寄ってくるような不安の渦……
それはサチにとって、ある意味慣れた物では有る。無性に胸の奥に不安が渦巻き、一刻も早く帰って来て欲しくなる。すぐにでも自分に無事な姿を見せてほしくなる。そんな、言いようの無い、根拠の無い不安感。
それをサチは、押し込める方法を知っている。だが、今、何となくそれに疑問を持つようになってしまっている。
待つだけの期間が少しずつ、苦しくなってきている。
それが良い事なのか、それとも悪い事なのか……彼女自身には分からなかったが……どちらにせよ今ここでそれをさらけ出すのは愚だろう。
「リョウも、そう言ってたよ?キリトと同じ。アルバイトだって」
「ふぅん、バイト……ねぇ……」
リズはどこか曖昧な顔でうなづくと、「ま、どんなゲームでもたちまちコツつかむ彼奴らなら確かに適任なんだろうけど」といって、手に持ったエメラルド色のワインを一口煽った。と、再びクラインが声を発する。
「けどよ、ならなんで二人揃ってPvPの大会に出場してんだ?リサーチってんなら、街で他のプレイヤーに話し聞くとかじゃねぇの?」
その言葉に、全員が一斉に首をかしげた。そう言えばそうである。
と、シリカが自信無さげに口を開く。
「もしかすると……てっとり早く大金を稼いで、それを実際に通貨還元してみる……ってことでしょうか?たしか、還元できる最低額がかなり高いって聞いた事有ります……」
シリカの言葉に対して、即座に反応したのはユイだ。
「公式サイトにレートの記載が在るわけでは在りませんが、ネット上の情報によれば還元の最低額はGGOなゲーム内通貨で十万クレジット。対JPY(日本円)のレートは百分の一ですから千円からとなります。登録されているプレイヤーのメールアドレスに電子マネーのチャージ済みコードが送信される形式のようですね……このバレッド・オブ・バレッツと言う大会の優勝賞金は三百万クレジットとなっています。全額還元をした場合、三万円ですね」
サラサラと答えたこの情報。何故そんなに詳しいのかと問いたくなる程詳しい説明だが、簡単な話だ。今調べたのである。超高性能AIたるユイには、このように膨大なネットの海の中に埋もれた情報を高速で検索し、纏め、正確な日本語として言語化出来る能力がある。恐らくその手の能力において、現時点でユイを上回れる人間はまずいない。アスナ達もちょくちょく宿題のレポート作成等を手伝って貰うのだが、それもまたむべなるかなと言った所だろう。
礼を言いながら指先で軽くユイを撫でてやるアスナを横目に微笑みつつ、サチが言った。
「でもその還元システムは、あんまり珍しい物じゃない……よね」
サチの言葉に、リズが頷く。
「電子マネーをコード化して受け渡すとかなら、あたし達も良くやるしね。……お金と言えば……シリカ、あんたこないだ奢ったたい焼き代、早く返しなさいよ」
「ふぐっ……!」
急に話題を振られたシリカが、クッキーをかじった体勢でつんのめるようになる。
「は、はい……」
髪の中から覗く獣耳と、クッキーのせいか先程まで左右にブンブン振られていた尻尾がシュンと下がるのを見て一同が苦笑する。
と、其処にアスナが一言。
「でも、この手のバトルロイヤル形式PvP大会だと普通、一カ所に隠れたままで上位入賞狙いなんて通用しないよね。ALOの中にもそう言う大会は在るけど、ハイドして何分か経つと看破魔法が寄ってきて居所が分かっちゃう仕様になってるし」
「……それに、りょう兄ちゃんはともかく、お兄ちゃんが他人の戦闘音聞いてじっとしてられるとも思えません……そう言う意味でも、違和感あります」
リーファの一言に残る六人中五人がが納得したようにうーむと唸り、サチが苦笑した。言われてみれば確かにその通りなのだ。まぁ、それをキリトに言えば「俺を何だと(ry」と言われること請け合いだが。
と、アスナ達がうんうん唸っている間にも、画面上で起こる戦闘は次々に進行していく。
大会が始まって既に三十分が経つが、十六分割されだ画面の中にキリトはまだ一度も出てきて居ない。画面は戦闘中の状況しか写さないようなので、つまりキリトはまだ一度も戦闘を行っていないと言うことだ。リーファの言うとおり、確かに違和感がある。これだけのイベントに出て居るにもかかわらず、バトルマニアことキリトが何のアクションも起こさず逃げ隠れ続けていると言うのは釈然としない……
「……つまり、大会で活躍するよりも、大事な目的があるって事……?」
「…………」
アスナが小さな声でそう呟く横で、サチも同じように考え込むような顔で軽く握った手を胸元に持って行く。
事態は、その時起きた。
十六分割された画面の中央辺りに表示されていた戦闘。画面中央に出ていたダインと言う名のプレイヤーが、赤茶色の鉄橋を渡って来る青い迷彩服のプレイヤーに、マシンガンの弾をバラまいているのだが、青いプレイヤーは素晴らしい身軽さで橋を縦横に跳び回り、たちまち接近すると、よく映画等で見る。太いシルエットの……所謂ショットガンと呼ばれる類の物であろう銃を立て続けにぶっ放し、あっと言う間にダインを倒してしまった。
アスナの隣で、感嘆したように高めの口笛が鳴る。
「っはー、強いわねあの人……何かああして見ると銃も結構面白そうかなぁ、自分で作れたりするのかな……」
SAOでは鍛冶師。ALOでは鍛冶妖精と言う、彼女らしい発言だ。その発言に、アスナが顔を綻ばせながら言う。
「ちょっと、リズまでGGOにコンバートするとか言い出さないでよ?」
「そーですよリズさん!もうすぐ、やっと二十層台解放のアップデートがあるんですから」
シリカにも突っ込まれ、リズは両手を上げてぷらぷらと振り、「分かってるわよ〜」と呟く。
実際二十層台には少々ハードな戦闘の予定が在るので、貴重な鍛冶師の彼女に居なくなられては困るのだ。
「あっ、見て」
と、再び画面に目を戻したサチが声を上げた。画面の中で、先程ダインを倒したばかりの青いプレイヤーが、ばったりと倒れたのだ。
ただし一撃死したわけではなく、何やら身体に突き刺さった弾丸から細かい電流が走り、動きを封じているようだった。
「まるで、風魔法の《封雷網(サンダーウェーブ》みたい……」
リーファがそう言った。確かに、エフェクトとしては近いものが在るように思う。
暫くクラインとリズが魔法抵抗スキル系統を取る取らないでギャーギャーと言っていたがそれに苦笑しつつアスナが指先を動かし、その画面をアップにする。
画面中央に写った青いプレイヤー……ペイルライダーが拡大され、他の画面が周囲に押しやられた。
実はこの時、画面の右端ではリョウとアイリが軽機関銃使いと戦っている姿が写されていたのだが、それには誰も気が付かない。
さて、麻痺転倒から十秒以上が経過しても、フレームには誰の姿も入って来なかった。が、リズがそんな様子に首を捻った……その時。
ばさっ
マントがはためくような音をたてて、誰かが画面内に割り込んで来た。徐々にカメラがズームアウトし、乱入者の全体像を映し出す。
「……ゴースト……?」
誰かが言った。
そう言いたくなる気持ちも、分からなくは無い外見だった。ボロボロの黒いフード付きのマントに、両眼の赤く光るスカルフェイスマスク。その姿は、かつてSAOの内部でアスナやシリカを(精神的な意味で)散々苦しませた、ゴースト系。アストラル系と呼ばれるモンスター達に、酷似したものだったのだ。
しかし、しっかりと見れば当然、其処にいるのは一人のプレイヤーだと分かった。二本足で地面に立っているし、左肩には大型の猟銃じみた銃を下げている。十中八九彼がペイルライダーを麻痺させた本人だろう。 遠距離から魔法の類で相手の動きを封じ、接近して物理でとどめ。こういった戦術はALOに置いてもごく一般的な物だ。
案の定、ぼろマントは懐に手を入れると……そこから小型の黒い拳銃を取り出した。だがそれは、どちらかと言うと彼が背中に釣っている大型のライフルと比べ威力が高いようには見えず、余り“強そう”と言うイメージに当てはまる物とは言えない。背中の銃では何か不味いのだろうか?そんな事を考えていた時だった。
「っ……」
息を詰まらせるように、サチが声を詰める。ぼろマントが懐から取り出した拳銃。それを見た瞬間、胸の奥底で何かが心臓を軽く締め付けるような感覚に襲われたからだ。と、同時に、背筋に冷たい空気を入れられたような感覚がして、彼女は胸に当てていた手を先程までよりも強めに握る。
『これって……』
彼女自身、その感覚が何なのかすぐには理解できなかった。しかし時間が一秒、また一秒と過ぎて行くにつれ、自分の中で顔を出したそれが、以前に経験した事の有る物だと言う事を彼女は自覚し始める。
画面の中では、ぼろマントがどういう訳か人差し指と中指を、額から胸へ、左肩から右肩へと、素早く動かしていた。所謂「十字を切る」動作だ。しかしその動作からは祈りや純真さは微塵も感じられず、寧ろ……寧ろ底知れぬ悪意を、サチはその動作から感じ取る。
同時に、胸の奥の動悸が増していく。間違いない。この感覚を自分は知っている。そう思った時、撃鉄を上げた状態の拳銃を麻痺した状態のペイルライダーに向けていたぼろマントが、突然体を大きく後ろにそらした。
「あっ……!?」
「っ!」
サチ以外の全員の口から、驚きの声が漏れる。
次の瞬間、つい先ほどまでぼろマントの心臓が有った部分を、オレンジ色の光弾が貫き、一瞬で画面外へと消えた。おそらくは誰かが彼の事を狙い撃とうとしたのだろうが、弾丸は左背後から飛んできたように見えた。そんな位置からあのスピードで飛んでくる弾丸を交わすとは、凄まじい技量の持ち主だ。
そうしてぼろマントは何事も無かったかのように上体を戻すと、今度こそペイルライダーに向けて拳銃をまっすぐに向ける。
「っ、駄目っ……!」
「えっ!?」
何故そんな言葉が口から出たのか、サチ自身にも分からなかった。しかし彼女はその時には既に、自分の中で沸き起こっている感情が何なのか、はっきりと自覚していたのだ。
心臓を締め付けられ、背筋を凍えさせるような、この感覚の正体は……恐怖だ。
SAOの中で、自分が何度となく体験した感覚。モンスターを、フィールドを、ダンジョンを前にした時、必ず沸き起こったこれを、彼女ははっきりと覚えている。
『怖い……』
あるいは、単に臆病なだけとも言えるその動物的本能。
サチのそれに、あの男がはっきりと触れている。
しかしサチの声をあざ笑うかのように、引き金を引いたぼろマントの拳銃から、弾丸が発射される。
銃声が響き、小さなオレンジ色のライトエフェクトと共に真鍮色の空薬莢が飛び出し、地面に転がる。しかしそれはどう見ても残りのHPを全て削りきるような大威力の攻撃には見えない。実際に、撃たれたペイルライダーは直後麻痺から回復し、が張りと起き上がってぼろマントめがけてショットガンを向けた。
「うわ。大逆転」
そう言ったのは、リズだろうか?
しかし……銃声は響かず、また、引き金を引く音すら、その場に居ただれの耳にも届く事は無かった。ただ、ペイルライダーの手から銃が零れ落ちた、どさりと言う重い音が彼等の耳に響く。それに続けて、ペイルライダー本人の体もまた横倒しになる。それはまるで、リアリティの有る映画で誰かが銃に撃たれた際、何の抵抗も無しに倒れるそれに、酷似していた。
ヘルメットに付いたシールドの向こうで、鋭さの有る顔の瞳が突如、目一杯に見開かれた。彼が今何を思っているのか、その場に居る誰もが、言われずとも分かった。それは明らかな、驚愕と恐怖の表情だったからだ。
「な、何……?」
リーファが声を上げたその時、突然、細かく震えていたペイルライダーの体がまるで一時停止ボタンを押したかのように堅く硬直すると……白いノイズエフェクトがそのからだに走り、直後、跡形も無く消滅した。そのエフェクト光は数秒空中に留まると、凝縮して一つの文字を形作る。
《DISCONNECTION》
回線切断を意味するその言葉を黒いブーツが踏みつける。一歩前に出たぼろマントが、カメラに向かって大きく手を上げた。
その手には、先程の黒い拳銃が握られている。まるで、ネット回線や画面と言う境界線を越えて此方に向けられているかのようなその銃口に、サチの動悸がますます加速する。
紅い光点の目を点滅させながら、恐らくはボイスエフェクトがかかっているのだろう途切れ途切れの機械的な声で、彼は言った。
「……俺と、この銃の、真の名は、《死銃》……《デス・ガン》」
心音が、ますます速くなる。再び、声。
「俺は、いつか、貴様等の、前にも、現れる。そして、この銃で、本物の、死を、もたらす……俺には、その、力が有る」
小さな金属音がした。画面に向けられているその銃が鳴いた音だと、サチには分かった。
視線を、銃から、画面の向こうの男から外すことが出来ない。動悸がおさまらない。
あの男は危険だと、自分の本能が言っている……
「忘れるな、まだ、終って居ない。何も、終って、居ない…………“イッツ・ショウ・タイム”」
言葉が途切れた。と、サチはようやく、自分がいつの間にか呼吸をしていなかった事に気づき、大きく息を吸った。
「あ、あの、サチさん、大丈夫ですか?」
「あ……」
リーファの心配そうな声が聞こえて、サチは咄嗟にそちらを向く。眼が合うと、彼女の眼が何処か不安に揺れているのが分かった。
「う、うん。大丈夫──[ガシャァン!!]っ!?!?」
なんとか微笑んで見せたが、直後に響いた硬質な物が割れるような音によって、サチは飛び上がる。見ると、クラインが画面に目をくぎ付けにされたまま、唖然とした様子で手に持ったそれなりに高いアイテムのグラスを落としたおとだった。
「う……嘘だろ……彼奴……まさか……」
クラインの低くしわがれた声に最も早く反応したのは、アスナだった勢いよく立ちあがると、彼に向き直る。サチもまた、クラインの言葉を一言たりとも聞き逃すまいと耳を立てた。
「く、クライン知ってるの!?彼奴が誰なのか!?」
「い、いや、昔の名前までは……けど間違いねぇ。これだけは断言できる……」
クライン自身まだ自分の言う事を信じられない……否。“信じたくない”ようだった。しかしはっきりと、その言葉は紡がれる。
「ヤロウは、ラフコフのメンバーだ」
「「「「………………!!」」」」
その言葉に、SAO組全員が息をのんだ。
クラインの語った所によれば、先程ぼろマントが言った「イッツ・ショウ・タイム」と言う言葉は、ラフィンコフィンのリーダーであった『Poh』の決め台詞だったのだそうだ。当然、それを口に出来た以上、彼がかなりPohに近い、幹部級のプレイヤーであろうとも、クラインは言った。
「あの……ラフコフって?」
と、この中で唯一ラフィン・コフィンを知らないリーファが訪ね、慌てたようにシリカがかの殺人ギルドの猛威と消滅についてを簡略化して説明する。
話しを聞き終わった後、リーファは真剣な表情で一瞬強く唇を噛むと、アスナとサチをまっすぐに見て、言った。
「アスナさん、サチさん、多分お兄ちゃん達、知ってたんだと思います……GGOにさっきの人がいる事」
「えっ!?」
「…………!」
アスナが驚いたような声を上げ、しかしサチは再び胸の前で強く拳を握っただけだった。
もしかしたら。クラインの話を聞きながら、直感的にそう感じていたからだ。
「夕べ遅くに帰って来てから、二人とも、なんか様子がおかしかったんです……もしかすると、昔の因縁に決着を付けるためにGGOに……」
その言葉に、サチは俯き、地面に視線をを移す。
記憶の中で、ラフコフ討伐作戦の出発前に、彼の言っていた事がよみがえった。
────
『ね、ねぇ。こんな遅くに出かけるって……何か有ったの?』
『ん?んー、別に?唯ちっと面倒な討伐作戦でよ。ま、心配すんなって。何時も通り、適当にやって適当に帰ってくっからよ』
『う、うん……気を付けてね?』
『おう。サンキュ』
────
あの日彼は、何でも無いかのように出かけて行って、そうして次の日、何事も無いかのように返ってきた。
しかしその作戦で犠牲になった人数と、その死亡数に対してのリョウの関わり方に関する噂は、しっかりとサチの耳にも届いて居る。
「リョウ……」
渦を巻く心を押さえながら、サチは小さくその名を呼んだ。
Forth story 《轟き重なる銃声》 完
後書き
はい!いかがでしたか!?
というわけで、サチやアスナの不安が渦を巻き、行動が開始される序章となるお話でした!
GGO編はそれまでのヒロイン達を全然目立たせてあげられない御話なので、今後もこの手の機会にガンガン彼女たちの心情なんかを書いていこうと思っています!
特にサチとアスナの心情の違いに気をつけて……
ではっ!
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