ソードアート・オンライン 夢の軌跡
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『僕』の今日この頃
目覚まし時計の音が、僕に朝を告げる。
カーテンを開けると、転生してからも全く変わらない青空が覗く。
僕の意識が三歳の誕生日の時に明確になってから、既に三年半ほどが経過した。
今では二回目となる、小学生としての生活を送っている。
因みに僕の名前は羽月翔夜で、少し外国人の血が混じっている。まあクォーターなので目立った違いはないのだが、瞳の色だけは琥珀色だ。
もっとわかりやすく示すと、『英雄伝説 空の軌跡』のヨシュアにそっくり、ということである。
お爺さんが言っていたゲームのキャラクターと同じ容姿というのは、このことだと思われる。
母さんがハーフなのだが、然程外国人の血がはっきりとは現れていないので、隔世遺伝というものだろう。
そんなことを考えながらパジャマから着替えて、自分の部屋を出て階段を下りると、ダイニングで母さんが笑顔で迎えてくれた。
「おはよう、翔夜」
「おはよう、母さん」
「もう朝ご飯ができてるから、座りなさい」
「うん。あ、父さんは?」
「すぐ来ますよ」
そう話していると、足音が聞こえてきた。
「噂をすれば影、といったところですかね」
僕が思わず笑うと、丁度父さんが声を掛けた。
「翔夜、おはよう。って、どうかしたの?」
「父さん、おはよう。別になんでもないよ」
僕がそう言うと、今度は母さんに訊ねた。
「美香、なんの話?」
「気にするほどのことではないですよ。それよりも、早くご飯を食べましょう」
父さんはそんな僕たちを見て少々首を傾げたが、すぐに自分の席についた。
「よし。それじゃあ」
「「「いただきます」」」
こうして家族仲よくご飯を食べ始めた。
食事中はゆっくりと会話をする家族団欒の時間だから、毎日朝食と夕食はできるだけ一緒に摂るようにしている。
因みに僕は一人っ子だ。
そうしてご飯を食べ終えたあとは、ランドセルを背負ってから父さんと一緒に家を出る。途中まで同じ道だから、いつも話しながら歩いているのだ。
「父さん、準備できた?」
「できたぞ。じゃあ行こうか」
すると普段通り、母さんが見送りに来た。
「今日も頑張ってくださいね。悠人さん、翔夜」
「美香もね。いってきます」
「いってきます」
「いってらっしゃい」
こうして家を出てから、三分ほどで父さんと別れる。父さんと歩いていると三分はあっという間だ。
父さんの背中を少し眺めてから、僕は再び歩き出した。学校はここから更に五分くらい歩いたところにある。
学校に入学した直後は、僕の瞳の色が珍しいということで、無用な注目を浴びた。しかし休み時間の度に机に座って本を読んでいたり、ノートに様々なことを書いていると、周りも興味をなくしたようで一安心した。
そのかわり教室でも、挨拶する程度で一緒に遊ぶような友達が全然いない、という状態に陥ったのだが。
そのことに遅まきながら気づいた時に、少々取り乱してしまったことは早急に忘れてしまいたいが、全く忘れられない。記憶力がよすぎるのも考えものだと感じた瞬間だ。
なので、学校ではあまりやることがなくて退屈なのだ。
そんな思考に耽っていると、すぐに教室に着いてしまう。
軽くクラスメートと挨拶を交わしてから自分の席に座り、ランドセルから筆箱とノートを取り出した。
ノートに何を書いているのかを簡潔にいうと、パソコンの便利なアプリの計画書などだ。そして実は既にその計画書のいくつかは実行済みだ。
実行した理由は、そろそろ資金がほしくなってきたことと、将来《ナーヴギア》や《ソードアート・オンライン》の製作に関わるために、茅場晶彦に接触しやすくするためだ。
だから親のパソコンをこっそり使い、自分でサイトを立ち上げて、便利なアプリを作って有料で売り出している。
どうやって口座を開いたのかは秘密だが、アプリを売って稼いだお金はゆっくりと集まり始めている。
こういうことは信頼を勝ち取ることが大切なので、焦らずじっくりとやっていくことに決めている。
こうしてノートに計画書などを書き連ねていると、先生が来た。
授業は毎日退屈だが、父さんと母さんに心配を掛けたくないから、今日も頑張ろう。
***
面白味のない授業を受け終わると、いつも通り荷物をまとめて家に帰った。
ただ最近は必要なものを持って、体を鍛えるためにすぐに外出している。
なぜ体を鍛えているのかを説明すると、僕が生まれた場所が郵便局拳銃強盗事件が起こり、朝田さんが人を殺してしまうことになる町だからだ。
また僕は前世で、朝田さんがもっと幸せだったらいいのに、と何度も考えたことがあったし、お爺さんのお願いのこともあるので、絶対に救うことを決意した。
そんな訳で僕は体を鍛えているのだ。
体を鍛える方法は、お爺さんにもらった【あらゆる問いに答えることができる能力】で、どうすれば効率よく鍛えられるのかを知って、それを実行するというものだ。
しかもその上、【高い学習能力と記憶力】の影響もあり、自分でも異常だと感じるような成長速度になっている。神様って本当に凄いんだなあ、と感じた瞬間だ。
そういえば、同じ小学校の隣のクラスに朝田さんがいることを確認した。まあもちろん、自分から会いに行くようなことはしないのだが。
そんなことや今日やることなどを考えながら走ると、目的の場所に着いた。
そこで休憩を挟みながら鍛練を一時間以上続けていると、声を掛けられた。
「随分頑張っているな」
「あ、玲音。いつもより少し遅かったね」
「日直の仕事があったからな」
今来たのは春野玲音といって、僕の従兄弟だ。
容姿はアッシュブロンドの髪と紫色の瞳で、『英雄伝説 空の軌跡』のレーヴェにそっくりなのだ。
だから、初めて会った時にしばらく放心してしまったが、そんな僕を誰が責められようか。
その後、僕は酷く緊張して話し掛けるのを躊躇っていたのだが、そんな僕を見た玲音は『そんなにおどおどしなくてもいい。俺のことは気軽に玲音と呼んでくれ』と言ってくれた。そのことが今でも心に残っているし、玲音の優しさにとても感動したものだ。
あの時はお寺を訪れて、お爺さんに届くように何度もお礼をした。だからきっと届いていると思う。
そのことを切っ掛けとして、僕が積極的に玲音と呼んで慕うようになった。周りから見ても仲のよい兄弟のように思われている筈だ。
また、玲音もハーフだ。
というよりむしろ、日本人の血の方が少ないくらいで、その容貌は本当に人の目をよく引くし、町の中でも有名だ。
僕はまだそこまで有名ではないのだが、その内玲音のようになってしまう可能性が高いので、少し憂鬱だ。
そんな玲音がなぜここに来たのかというと、僕が剣術を習っている玲音の自主練習に参加しているからだ。
玲音は最近、師範代の人に勝つくらい強いのだ。
ただ最初は玲音も『翔夜にはまだ早すぎる』などと言って、僕が練習に参加することを渋っていた。だけど、僕が諦めずに何度も頼み込むと、最後は根負けして許してくれた。
まあ、絶対に無茶はしないように、と釘をさされたのだが、心配していることが本当に伝わってきたので、僕は真剣に頷いてお礼を言った。すると玲音は軽く笑って頭を撫でてくれた。
こうして玲音と一緒に練習をするようになると、大きな力の差を感じて、より一層鍛練に打ち込むことができ、とてもいい訓練になる。
「さて、では今日も始めるか?」
「うん。もちろんだよ」
「よし、じゃあまずは柔軟からだな」
「そうだね」
こうして更に約一時間の練習が始まった。
最初に十分くらいの時間を掛けてしっかりと体を伸ばし、次に自分にあった筋力トレーニングをする。しかも筋肉に十分な負荷を掛けるものなので、毎回筋肉痛になり、成長が実感できる。
そして休憩を挟んだら実践練習だ。段々と鋭くなる玲音の木刀を、拾った丈夫そうな木の枝で防いだり逸らしたり、時には避けていく。
この時僕は能力に頼らなくても勝てるようになるために、【あらゆる問いに答えることができる能力】を封印している。
だからいつも手加減している玲音に勝てず、木刀を寸止めされて終わってしまうのだが、それがとても悔しい。
今回も普段と同様に、二分ほどで僕が負けた。
これでも最初より終わるまでの時間が延びているので、強くなっているのだろうが、あまり実感は湧かないものだ。
それからも間に休憩を挟んで、何度か実践練習を繰り返した。
「ふう、やはり一人でやるよりも捗るな」
「玲音……毎回思うけど……強すぎ……」
僕は息も絶え絶えになっているのに、玲音はけろりとしている。
やはり玲音には全然追い付けそうにない。まあ、だからこそ余計に頑張れるというものだ。
「そう簡単に追い付ける訳がないだろ。それより、しっかりとクールダウンをするぞ」
「わかってるよ」
それからクールダウンを済ませて、今日の練習が終わった。
「ふう。お疲れ」
「ああ、お疲れ。それで、翔夜。今日はあれ、持ってきているのか?」
「え? ああ、うん。もちろん。聴いてくれるんだよね?」
「当たり前だ。そのつもりで来たからな」
「わかった」
僕は笑顔を浮かべて、荷物の中から『ハーモニカ』を取り出した。
このハーモニカは六歳の誕生日の時に買ってもらったもので、僕の今の最大の趣味だ。
何度も練習をして、様々な曲を演奏できるようになったが、『星の在り処』を吹けた時は物凄い感動を覚えた。
このことは、お爺さんからもらった能力が、今までで最も役に立ったと感じたことの一つだ。
「曲目は?」
「お任せで」
「了解。それじゃあ、始めるよ」
そう言って吹き始めた曲は『琥珀の愛』のハーモニカアレンジバージョン。
ハーモニカで吹きやすいように自分でアレンジした曲だ。
約一分の短い曲だが、結構気に入っている。
失敗もなく演奏を終えると、玲音が拍手を送ってくれた。
「いい曲だな」
「ありがとう」
玲音はお世辞を言わないから、誉められると凄く嬉しい。
「さて、翔夜のハーモニカも聴いたことだし、帰るか」
「うん。家に帰ろう」
そうして二人で帰路についた。まあお互いの家が反対方向だから、玲音とは舗装された道に出た時に別れたのだが。
夕焼けの中を一人で歩いていると、なんとなく過去を振り返ってしまう。
それは転生した直後の、とても仲のよかった元の家族や、どうでもいいようなことを真面目に話していた友達のことを思い出して、悲しんだりしていた頃のことだ。
しかし今はそんなことを思い浮かべながらも、転生して本当によかったと思っている。
なぜなら、僕は転生してからいつも幸せだったからだ。
温かい家族に優しい従兄弟、友達は……まあ、その内考えることにするが、こんなに素晴らしい人に囲まれて、自分のやりたいことができているのだ。
きっとお爺さんのおかげなのだろう。感謝してもしきれない。
そんな風に考えながら歩いていたら、すぐに自分の家に着いた。
だから僕は笑顔で玄関の扉を開き、言った。
「ただいま!」
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