ソードアート・オンライン 夢の軌跡
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一家団欒
小学三年生の夏休みになった。
あれから二年ほどしか経っていないが、何度か作ったアプリが予想以上に売れたので、かなりの金額が集まっている。
更に評判もいいので、知る人ぞ知る便利アプリ製作者、といった程度の知名度を得た。
嬉しいことに、沢山の感想も頂いた。
また僕は小学校であまり注目されないような振る舞いをしている。
例えば体育の時間は手加減をしているし、勉強に関しても当てられれば答え、テストも平均点の少し上を取るだけだ。
それだけでなく現在も友達が一人もいないから、学校に行くことは本当につまらなくて大変だ。
それと、未だに朝田さんと一緒のクラスになったことはない。
てっきりお爺さんのことだから、結構な頻度で同じクラスにしてくるのではないかと思っていたのだが、そんなことはなかった。
そんな学校生活はさておき、今は一年生の夏休みの時から通わせてもらっている道場の練習中だ。
玲音に道場に通うことを勧められたので、親に頼んだのだ。
そうして道場に通い出してからも何度か玲音と試合をしたのだが、やはり全然追い付けそうになかった。
本当に強い。
一度だけ本気を出してもらったことがあるが、数回剣を打ち合わせただけで負けてしまった。
その時に僕が落ち込んでいると、周囲にいた門下生が、その年で玲音と数回打ち合えるだけで凄い、などと言って励ましてくれた。
なのでお礼を言って、いつか必ず勝ってみせると意気込んだら、皆が苦笑をした。
なぜだろうか?
まあ今はわからないことを考えても仕方がないので、練習に打ち込もうと思う。
それに最近の玲音は高校受験のための勉強をしているため、あまり時間が取れないらしく、追い付くには絶好の機会だ。
だから少し寂しいのも、我慢しよう。
という訳で玲音はいないが、今日は父さんと母さんの仕事がなかったので、見学するために道場に来ている。
なので僕も普段より気合が入っているのだ。
また、玲音の自主練習に参加していた時から変わらず、能力に頼らなくても勝てるようになるために、【あらゆる問いに答えることができる能力】を封印している。
……のだが、またしても【高い学習能力と記憶力】の影響で強くなる速度がとても早く、周りの人が結構驚いていた。
そういえば【丈夫で健康な体】を願ったからなのか風邪も殆ど引かないし、剣術の訓練をしていても予想よりも怪我が少なくて、ありがたかった。
それはさておき、これから師範代の人と練習試合をするために、三メートルほど離れたところで向き合っている。
武器は僕が二振りの大型の短剣を用いた双剣で、相手が一メートルを優に越える両刃の両手剣を使う。
とはいっても、もちろんどの武器も木刀なのだが。
僕はそこまでで思考を断ち切り、戦闘方面に全神経を切り替えて一礼をした。
試合、開始だ。
「はっ」
そう小さく息を吐いて全速力で相手の右側に踏み込んだ。そして少し体を捻り、右手の剣を首元目掛けて左から一閃。相手の剣に弾かれるが、その直後に左の剣を右下から胴目掛けて斜めに一閃。
しかしその攻撃は鋭いステップで回避されて、その流れのまま気合の籠った声と共に横薙ぎの一撃。
「せい!」
相手の一撃を斜め後ろに跳びながら、素早く戻した両手の剣で受ける。
「くっ」
後ろに跳ぶことで威力を軽減したのにも拘わらず、少し手が痺れた。
だがその力に逆らわず、相手の剣の威力も利用して大きく距離をとった。
まだ僅かに動き出しが遅い。そんな風に自己分析をしながらも、相手から目を逸らさない。
一瞬、視線が交差した。
僕は即座に思考を振り払い、大きく息を吐いて思い切り地を蹴った。
「はっ!」
こちらの切り下ろしに、相手は回避を選択。僕はすぐにもう一方の剣も振って相手に攻めさせない。
それからもこちらはスピードと手数を重視して、動き回りながら相手に攻撃させる隙を与えないように立ち回り、相手は攻撃を全て避けたり弾いたりして、一撃の威力を重視した僅かな隙を衝くカウンターを多用した。
集中力がどんどん上がっていき、感覚が研ぎ澄まされていく。それによって剣を振る速度が更に上がる。
──絶対に、勝つ!
そう心の中で決意して、より一層強く、速く剣を振るう。
こちらが微かに圧されてはいるが、一進一退といっていい攻防が五分以上も続いた。すると決着の時が来た。
右の剣を相手の脇腹目掛けて右に一閃。相手は少し下がって避けるが、僕はもう一歩踏み込み、体の捻りも加えた左の剣を相手の額目掛けて右上から全力で斜めに振り下ろした。
「はあっ!」
「ふん!」
その攻撃に対して、相手は剣を少しだけ大きく振って弾いた。
相手にできたごく僅かな、しかし無視できない隙。
──ここだっ!!
その一瞬に全てを掛けて右手の剣を一閃。
しかし相手の剣も自然な流れで振り抜かれた。
その隙が罠だったと気づいたときには遅かったが、それでも僕は諦めずに右腕を振った。
そして……。
僕の剣は相手の首元に、相手の剣は僕の左の脇腹に当たる寸前で止められていた。
「「……」」
お互いに無言で剣を引いて定位置に戻り、再び一礼をした。
「「ありがとうございました」」
試合が終わった。
休憩に入ってから、師範代の高嶺恭介さんと先ほどの試合についての話を始めた。
「恭介さん。お疲れさまです」
「ああ、お疲れ」
「それで、僕の動きはどうでしたか?」
「そうだな。速さはかなりのものになっているな。それに状況の判断もできているし、最後の一連の動きは特によかったと思うぞ。欲を言えば、力がもう少しあればなあ」
純粋に誉めるだけではない点が、恭介さんのいいところだ。
「そうですか。やっぱり力が少し足りませんかね?」
「ああ。もう少し力があればいいとは思うが、今の体格ならその力でも十分だと思うぞ。それに相当な速さを持っているんだから、あまり気にしなくても大丈夫だと俺は思うぞ」
これからも筋力トレーニングは続けていくが、やはり本格的には成長してから考えるべきなのだろう。
「わかりました」
「それじゃあ今回はこのくらいにしておくか。翔夜、親御さんも来てるんだからちゃんと話してこいよ?」
気を遣われてしまったようだが、僕は言葉に甘えることにした。
「はい。行ってきます」
頭を下げてから両親のところに向かった。
そして近くの壁際に座っている父さんと母さんに声を掛けた。
「父さん、母さん。どうだった?」
「うん。凄いね、翔夜。こんなに強くなってるなんて思ってなかったよ。相手は師範代の人だったんでしょう? 引き分けるなんてね」
「いつの間にかこんなに強くなっていたんですね。少し驚いちゃいました」
二人とも立ち上がって誉めてくれて、とても嬉しかった。
「今日は調子がよかっただけだよ。それにまだまだ玲音には全然追い付けすらしてないしね。本当に、もっと強くなりたいよ」
「そうですね。玲音君が凄く強いということは私も何度か聞いていますよ。なんでも師範の人以外には殆ど負けないみたいですからね」
母さんは玲音の強さのことを知っていたようだ。
父さんは母さんの言葉に興味深そうに相槌を打った。
「へえ、そうなの?」
「はい。何度か兄さんが自慢してましたから。玲音は俺の誇りだ、って言って」
「なるほど。笑顔の健太さんが目に浮かぶよ。でも翔夜はそんな玲音君が目標なんだろう? だったらより一層頑張らないといけないね。けど、大きな怪我はしないように注意すること。わかっているよね?」
「わかってるよ。怪我をしないように最大限注意しながら努力をすること、でしょ? それにしても、伯父さんは玲音のことをそんな風に言ってたんだ」
僕が伯父さんと呼んでいる、母さんのお兄さんで玲音のお父さんでもある春野健太さんは、普段は落ち着いていてしっかりものだという印象が強い人だ。だから玲音の自慢をしていたとは思っていなかった。
「意外でしたか?」
母さんの問いに素直に頷いた。
「親は誰でも子供が活躍したりすると嬉しいものなんですよ。ね?」
「当たり前じゃないか。だから翔夜も頑張ってね」
その言葉と共に、父さんが軽く僕の頭に手を置いた。
そんな父さんに僕は笑顔で返した。
「うん。わかったよ。絶対に玲音に勝って驚かせてみせるからね」
「期待してるよ」
僕たちはなんとなく可笑しくなり、三人で少し笑い合った。
それから二、三の言葉を交わして、僕は言った。
「じゃあもう僕は練習に戻るね」
「そうですか。なら私たちはそろそろ帰りますね」
「うん」
「早く追い付けるといいね」
そう僕を励ましてから、父さんと母さんは帰った。
それを見送って僕は稽古に戻った。その後、対戦相手を変えた練習試合を何度も繰り返して、今日の稽古は終わった。
***
その日の夜。
僕たち家族は全員で夕飯を作っている。
なぜ一緒に作っているかというと、僕が小学生になってから家事を手伝っていて、今日は料理を手伝う日だからだ。また一ヶ月に一回は僕が一人で料理を作らせてもらうこともある。
今回のメニューはカレーで、これからカレー粉を入れるところだ。
僕はまな板を洗っている父さんに声を掛けた。
「父さん、そこのカレー粉取って」
「はい。牛乳もいるか?」
「うん。ありがとう」
牛乳は我が家のカレーの隠し味だ。たまにチョコレートを使うこともある。
「悠人さん、翔夜。そろそろできそうですか?」
「うん。今カレー粉を溶かし始めたから、もう少しで完成だよ」
そこで洗い物を終わらせた父さんが、手を拭きながら訊ねた。
「美香。食器とスプーンの用意は終わってる?」
「今からしますよ」
「じゃあ僕も手伝うよ。翔夜。カレーの仕上げ、しっかりな」
「もちろん。任せてよ」
僕は自信を持って胸を叩いた。さあ、最後まで油断せずにしっかりと味を整えよう。
しっかりとカレー粉を溶かして牛乳を適量注いで混ぜれば、完成。
「できたっ!」
「できたか。……うん、美味しそうだね」
「美味しそうじゃなくて、美味しいんだよ?」
「そうだったね」
父さんは笑みを溢した。
「ふふふっ。そろそろ装いますか」
「うん」
「そうしよう」
母さんがご飯を、僕がルウを装い、それを父さんがテーブルに運んだ。
すぐに食欲を誘う匂いが辺りに漂う。もう待てそうにない。
「皆座ったね。それじゃあ」
「「「いただきます」」」
僕たちは一口食べた。
「やっぱり美味しいよ」
「美味しいだけじゃなく、全員で作れば楽しくもありますよ。悠人さん」
「そうだね」
このまま放っておくと、年甲斐もなく二人だけの空間に入っていってしまうので、僕はそれを阻止するために口を開いた。
「それじゃあ今度は何を作ろうか? 父さん、母さん」
「そうですねえ。揚げ物作りに挑戦してほしいから……かき揚げなんてどうでしょうか?」
「うん。それは楽しみだね」
「ならかき揚げ丼に決定だね」
なんとか家族の会話に戻すことに成功したようだ。
時々父さんと母さんが、このように二人だけの空間を作り出してしまうが、我が家はいつも仲よしだ。
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