ソードアートオンライン VIRUS
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副官からのSOS
前書き
最近忙しいな~
「ミナ、パンひとつ取って!」
「おい、よそ見してるとこぼすぞ!」
「あーっ、ゲツガ兄!ジンがオムライス取った!!」
「変わりに卵とご飯とトマトやったろー!!」
「おい、アイテムを退化させてんじゃねえよ!ほら、俺の分やるから返してやれ!」
ゲツガ君が子供たちの世話をしながらご飯を食べていた。
「これは……すごいな……」
「そうだね……」
アスナはキリトと目の前の戦場さながらの朝食風景に呆然とつぶやきを交わす。
教会の広間は巨大な長机に所狭しと並べられた大皿のサラダ、スクランブルエッグ、少し多きめのパンに一人前のオムライスを二十数人の子供たちが盛大に騒ぎながらぱくついている。
「でも、楽しそうだね」
「ああ」
「ここの子供たち、いつもはこれより少しおとなしいけどゲツガ君が来るといつもこうなんだ」
少し離れた丸テーブルにキリト、ユキ、ユイ、サーシャと一緒に座るアスナは微笑しながらお茶の入ったカップを口に運ぶ。
「そうですね、いつもならこのくらいじゃないんですけどゲツガさんとユキさんが来ると絶対こうなるんですよ」
そういいながら子供たちを見るサーシャの目は心底いとしそうに細められていた。
「子供、好きなんですね」
アスナがそう言うとサーシャさんは照れたように笑う。
「向こうでは、大学で教職課程とってたんです。ほら、学級崩壊とか長いこと問題になってたじゃないですか。子供たちを私が導いてあげるんだーって、燃えてて。でもここに来て、あの子たちと暮らし始めたら何もかも見ると聞くとは大違いで……。むしろ私が頼って支えられている部分が大きいと思います。でも、それでいいって言うか……。それが自然なことに思えるんです」
「何となく分かります」
「私も」
そう言ってアスナとユキはユイの頭を撫でる。ユイによって持たされた温かさは驚くほどのものだ。キリトと触れ合っているときとはまた違った安らぎを感じる。
昨日の謎の発作、ユイとゲツガに走った謎のノイズ。
ユイちゃんのは分からなかったけど、ゲツガに起きたノイズはユキとキリトは、何か知っていたかのようなことを言っていた。
ユイは数分で目覚めたが、ゲツガが目覚めなかったためサーシャに教会の空き部屋を一晩借りた。
ユイとゲツガも調子がいいようなのでアスナとキリトとユキは、とりあえず一安心した。ユイの戻った記憶によるとここにはいなかったし、保護者と暮らしてた様子も無い。となるため、記憶障害などといった症状の原因もまるで不明だし、これ以上何をしていいのか分からない。
だがアスナはこころの奥底で気持ちを固めていた。
これから、ユイの記憶が戻るまでは一緒に暮らす。休暇が終わっても前線に戻る時が来ても何か方法があるはず。
ユイの頭をなでながら物思いに耽っていると、ゲツガが子供たちから離れてこちらに来た。
そして、キリトがゲツガが椅子に座るのを確認すると話し始める。
「サーシャさん……」
「はい?」
「……軍のことなんですが。俺の知っている限りじゃ、あの連中は専横が過ぎることがあっても治安維持に熱心だった。でも昨日見た奴らはゲツガの言った通り犯罪者と変わらなかった……。いつから、ああなんです?」
その質問をまずゲツガが答える。
「キリト、軍には二つの派閥があるって知ってるよな?」
「ああ」
「一つがシンカーという男をリーダーとしたもの、もう一つはサボテン頭、キバオウがリーダーのもの。キバオウのことは、アスナやキリトは知ってるだろ?ユキはまだ攻略組入ってない頃だから分からないと思うけど」
ゲツガはそう言って話を続ける。
「多分、シンカーをリーダーとした穏便派のほうがどうかなって、過激派のキバオウが実権を握ってんだろう。そのせいで、昨日見たいなことがよくあるんだと思うぞ」
「そうなんですか?ゲツガさんすごいですね。そんなことを知ってんですか」
サーシャはゲツガの話を聞いて感嘆する。
「サーシャさん、多分こいつ、そこまで知らないと思いますよ。こいつ結構頭の回転とかが速いからこういう事に関しては大体自分の予想を言っただけですよ。でも、まあ、こいつが言ったことは大体当たるけど」
「ゲツガ君ってやっぱりすごいね」
「それだから圏内事件でもすぐに分かったんだ」
アスナたちがそう言ったあと、苦笑した。
「でも、俺の予想なんかを当てにするよりも奴に聞いたほうが早いんだがな」
ゲツガが奴と嫌そうな響きで言う。それが誰か分かった三人は苦笑しながら言う。
「確かにあいつは知ってるな」
「団長は意外と軍の動向にも詳しいからね。でも団長、軍には無関心だと思うよ。ね、アスナ」
「うん。入りたてのときはよく、ゲツガ君やキリト君のことを聞かれたりレッドの討伐戦の時なんて、任せる、の一言だったし」
「まあ、奴らしいな……。となるとこの状態を俺たちで収拾するにもたかが知れてるな」
そう言って、ゲツガはお茶を啜った。そしてそのあと、すぐに目を教会の入り口に見やった。キリトも同じように入り口を見ていた。
「どうしたの二人とも」
ユキがそう言うとキリトが答える。
「誰か来るぞ。一人……」
「え……またお客様かしら……」
サーシャの言葉と同時に館内にノックの音が響いた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
腰に短剣をつるしたサーシャと念のために付いていったキリトに伴われて入ってきたのは銀髪の長身の女性プレイヤーだった。
入ってきた女性プレイヤーの装備を見て、短剣を握る。ケープの間から見える服は軍のユニフォームだったからだ。女性の装備を認識した子供たちも目には警戒の色が出る。サーシャは子供たちに笑いかけて、安心させるように言う。
「みんな、この方は大丈夫よ。食事を続けなさい」
サーシャがそう言うと、ホッと息を吐いて再び先ほどまでの喧騒さに戻った。そのプレイヤーは俺らのいる丸テーブルに近づいてきた。そしてサーシャが女性プレイヤーに席を勧める。女性プレイヤーは一礼してして席に着いた。事情の分からない俺とアスナとユキは互いに目を見合わせる。三人でキリトにアイコンタクトを送る。
「ええと、この人はユリエールさん。どうやら俺たちに話があるらしい」
ユリエールという女性プレイヤーは俺たちに頭を下げて口を開いた。
「はじめまして、ユリエールです。ギルドのALFに所属しています」
「「ALF?」」
アスナとユキが首をかしげる。なので教える。
「Aincrad Leave Forcesの略称だよ。俺らは普段、軍って言ってるから聞き覚えが無いんだよ」
「よく知っていますね。呼称ばかり言われて知ってる人なんていないと思っていたのに」
「まあな。そういえば自己紹介がまだだったな。俺はゲツガ。こっちがキリト。その隣がユキ、その隣の子供がユイ、で最後にアスナ。ユイ以外全員Kobに所属している」
そういった瞬間、ユリエールは目を見張った。
「Kob……。道理で連中が軽くあしらわれたわけですか……。それと一つ聞きたいんですが……何であの連中が飛んで帰ってきたわけが知りたいんですが……」
アスナ、キリト、ユキは顔を見合わせている。飛ばした本人は苦笑していた。しばらくしてキリトが話す。
「それはこいつがやったことです。こいつの馬鹿げた筋力値なんで、投げ飛ばしたり斬り飛ばしたりしたんですよ」
「つまり、そのことで抗議にきた、ってことですか」
「いやいや、とんでもない。その逆です。よくやったとお礼を言いたいくらい」
「……?」
事情の掴めず、沈黙しているゲツガたちに向かってユリエールは言った。
「今日はあなた方にお願いがあってきたのです」
「お願いですか……?」
ユキが代表して聞くと、ユリエールは頷いて話し始める。
「はい。最初から説明します。軍というのは、昔からそんな名前だったわけではありません」
「確か、MTD。MMOトゥデイの略称だったな」
「そうです。今の名前になったのはかつてのサブリーダーで現在の実質的支配者、キバオウという男が実権を握ってからです」
その言葉を聞いた瞬間、ユキがゲツガ君の言ったこと大体当たってると呟く。ユリエールはそれに反応して聞いてきた。
「ゲツガさん、さっきユキさんが言ったのは本当ですか?」
「ん?ああ、予想だけどな。少しの手がかりがあれば大体のことは予想できる」
「そうなんですか。それじゃあ、大体の状況は理解してるんですね?」
「ああ、今、キバオウが実権を握ってることは、前のリーダーのシンカーになんかあった、そういうことだな」
「そうです。三日前にキバオウの罠でダンジョンに閉じ込められました」
「「み、三日前!?」」
アスナとユキはそう聞いて叫ぶ。
「そ、それでシンカーさんは……」
アスナが訊ねるとユリエールは小さく頷き答える。
「《生命の碑》の彼の名前はまだ無事なので、どうやら安全地帯までは辿り着けたようです。
ただ、場所がかなりハイレベルなダンジョンなので身動きが取れないらしく……メッセージを飛ばしたいもののダンジョンなので送れません。ダンジョン内ではギルドストレージにアクセスできないので転移結晶を届けることもできません」
出口を死地に設定させたポータルPKというのはメジャーな手法でシンカーも知っていたはずだ。しかし、キバオウがそこまでしないだろうと思っていたのだろう。あるいは思いたくなかった。そして、ユリエールは話を続ける。
「……ギルドリーダーの証である《約定のスクロール》操れるのはシンカーとキバオウだけ、このままシンカーが戻らなければ、ギルドの人事や会計まで全てキバオウのいいようにされてしまいます。シンカーが罠に落ちるのを防げなかったのはかれの副官である私の責任、私は彼を救出しなければなりません。でも、彼の幽閉されたダンジョンはとても私のレベルでは突破できませんし、《軍》のメンバーの助力も当てに出来ません」
ユリエールは唇を噛んでからまっすぐこちらを見てくる。
「そんなところに馬鹿げた強さの男が現れたと聞いたので、いてもたってもいられずにこうしてお願いしに来た次第です。皆さん」
テーブルに額が着きそうなほど頭を下げたユリエールは言った。
「お会いしたばかりで厚顔きわまるとお思いでしょうが、どうか、私と一緒にシンカーを助けに言ってもらえないでしょうか」
頭を上げ口を閉じたユリエールは、まっすぐとこちらを見据える。助けに行きたいのは山々だがSAO内では話を簡単に信用してはならない。おびき出して圏外でPKもありえるからだ。
キリトたちと目を見交わしてゲツガは重々しく口を開く。
「俺たちに出来ることなら今すぐにでも協力したいけど、こっちが最低限の事を調べて、ある程度裏づけをしなきゃいけない。このゲームでそういう手口があるから仕方のないことだが」
「そうですよね……」
ユリエールはわずかに俯く。
「無理なお願いだってことは、私も解っています。でも黒鉄球、生命の碑に彼の名前の部分に横線が刻まれるかと思うとおかしくなりそうで……」
ユリエールの瞳が潤む。信じてあげたいのだが、感傷だけで動くのは危険と警鐘が鳴っている。ユキを見るとユキもこちらを向いていた。その目には、ゲツガと同じように気持ちが揺れていた。その時、今まで黙っていたユイがカップから顔を上げ、言った。
「ママ、パパ、お姉ちゃん、……お兄ちゃん。その人、うそついてないよ」
ゲツガたちは呆気に取られる。いきなりの発言の内容もさることながら、昨日までの話し方が嘘のような立派な日本語であった。そしてユイは、俺のほうを見て恐る恐るに聞く。
「お兄ちゃんって呼んでいい……ですか?」
「そんなかしこまらなくていいぞ。好きなように呼んでいいって。それよりもユイ、ユリエールさんの話、嘘じゃないってほんとか?」
「うん。うまく……いえないけど、わかる」
その言葉を聞いてキリトは、ユイの頭をくしゃくしゃと撫で、ニヤッと笑う。
「うたがって後悔するより信じて後悔しようぜ。行こう、きっと何とかなるさ」
「そうだな。キリトの言う通りだな」
「二人とものんきだな」
「ほんと、のんきな人たちだね」
アスナはユイの頭に手を伸ばし撫でてユイにゴメンネと言う。そしてアスナはユリエールの方を向いて微笑む。
「微力ながら、お手伝いさせていただきます。大事な人を助けたい気持ち、私にもよく解りますから……」
ユリエールは空色の瞳に一杯に涙をながら深々と頭を下げる。
「ありがとうございます。……本当にありがとうございます」
「それはシンカーさんを助けてからにしましょう」
ユキが笑いかけて今まで黙っていたサーシャがポンと両手を合わせる。
「そういうことならしっかり食べていってくださいね!」
「それなら追加を作らないといけないな」
ゲツガはそう言って、席を立ち上がった。アスナとユキも立ち上がる。
「どうした二人とも?」
「ゲツガ君一人じゃ悪いと思ってね」
「そうそう」
「ありがとな、二人とも」
そしてご飯を食べ終わったらユリエールとともにダンジョンへと出発した。
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