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番外編 【ヒロアカ編】
前書き
年末なので、何とか形になったものを投稿。楽しんでもらえれば幸いです。
【閑話】
…
……
………
小聖杯を持って異世界から戻ってきたアオは、それを持ってどうしようかと眺めていた。
ゴブレットのような金の杯の形をしているが、それは純粋で無色透明な魔力の塊だった。
特に活用方法を思い浮かばないからと、都内のマンションに居を構えたミイタたちを訪ねてみると、やはりテンションの上がった彼らの目はらんらんと輝いていた。
アオが訪問すると言う事でミイタの部屋に団員全員が集まっている。
現代の利器であるクーラーがガンガン効いていて真夏だと言うのに肌寒いくらいだったが、その部屋の温度が彼らの熱意で若干上がっている。
「うぉ…さすがアオさん。ぱねぇな…」
「ああ、普通に小聖杯なんて持ってきて…」
団長やフィアットがボソボソとつぶやく。
「結局これどうするんだ?」
とは月光。
「そうだなぁ…」
ミイタも思案顔で顎に指を添えた。
「あ、そうだ。あれとかどうよ」
団長がひらめいたと腕を打つ。
「アレじゃ分からんが」
「アレ作ったじゃんかアレ。アレだよアレ、ほらっ!」
「アレじゃ分かんねぇよ団長、このくぎゅうが…む…今何か…分かった気がする」
とフィアット。
「お、そうだな…だが…ありかなぁ…?」
月光も気が付いたようで思案する。
「くぎゅうで何を…ってお前らそれは悪魔的だろう?」
ミイタも何か気が付いたらしい。
「おーい、俺だけのけ者にしないでほしいんだけど…」
「これだからオタクパッションの薄れた奴はだめなんだ」
「ちょっ!?薄れてないよっ!!でもちょっと頑張れる環境じゃないだけだよっ!」
団長の言葉をアオが必死に否定する。
「はいはい、リア充爆発しろ」
「ちょっ!」
「と言うわけで」
そう言ってミイタが取り出したのは時計のようなオブジェだった。
光る球体に歯車が巻き付いているて、時計のていをしていない。
「それは?」
「零時迷子…のレプリカだな」
アオはその零時迷子から何かとてつもない効果がありそうな気配をひしひしを感じている。それは権能にも似ている何かのはずだ。
「効果は、一日の損傷や損耗、劣化を午前零時に否定してなかった事にするんだが」
「おい、さすがにそれは権能クラスじゃないか?」
アオが怪訝な表情を浮かべる。
「さすがの俺もこの宝具は二個と作れる気がしないが、まぁこれをね」
「よし、やってしまえ」
「どうなるかは分からんが、成功すればやばいな」
団員たちは期待のまなざしを向けている。
ミイタがおもむろに小聖杯にかざし、自身の神秘の能力を解放。
光に包まれると小聖杯に零時迷子が吸い込まれて消えた。
「ちょっとまてっ!」
アオもたまらずと万華鏡写輪眼、桜守姫で小聖杯を覗いた。
「きれいに融合してないか?」
とアオ。
「アオさんのお墨付きと言う事は成功って事だ。ふぅ…緊張したぜ」
「うぉおおおっ!と言う事はだ」「ああ、と言う事は、だ」
「え、…え…!?もしかして、もしかするのか?」
アオはさらっとミイタから説明された零時迷子の効果を思い出す。
零時迷子の効果は午前零時に損耗を否定する。と言う事は…だ。
いくら汲んでもなくならない力の塊と言う事にならないか?
「そ、それをどうするつもりだ?」
「いや、どうにも。そもそもアオさんのじゃん」
「お…おう…」
この手の物にあまり欲は無い彼らに感嘆するアオ。
「ただ、まぁ、これで宝具作りがはかどるから、しばらくは貸してくれ」
「へ…?」
一日に使える上限は一応存在するが、潤沢で無くならない魔力。方法が分かれば過程を飛ばして効果を得られる聖杯に神秘の能力を持つミイタが加わると今まで以上にヤバイ事になりそうな…
その後、しばらく彼らは宝具作りに邁進し…
「あ、そう言えばアオさん何か神秘の強い鎖とか持ってない?」
「んー、何かあった気がするなぁ…俺自身は覚えがないが」
そう言っていつの間にか勇者の道具袋の中にあった鎖を取り出す。
「え、これってタルタロス?…いや…まさか、ね」
ミイタはその鎖を魔改造。
更にはアオの持つ勇者の道具袋を勝手に検閲し、ボロボロに朽ちた剣を発見するミイタ達。
それは昔『救世の神刀』と呼ばれていたものだ。それを打ち直し王者の剣としてよみがえらせる暴挙までこなして見せた。
「勇者のつるぎ・改と言う所かな。バリバリと雷を降らせる能力とか、状態異常を防ぐ効果までついて最強じゃね?」
とはミイタの談。
そんなこんなで大量の武器防具や一部霊薬なんかを作り上げ…
「ようやくできたぜ…」
「ああ、満足だ…」
「ふ…悔いは、ない…ぜ…」
「おまえらー」
死屍累々の団員達。しかし彼らの顔にはやり切った表情がうかがえる。
「はい、これ」
そしてミイタがアオに手渡したのは何やらリアス式海岸のような幾何学模様に掘られた鍵のような物。
「なに、これ」
「王律鍵バヴ=イル…うーん、この世界風に言えばソロモンの鍵、かな。作った宝具は全部その中に入ってるから。まぁその鍵を作ったは良いけど、複雑すぎでたぶんオレ達じゃ使えないんだよね…」
宝物庫の中身を取り出すのが少し難しいらしい。
「は?」
「よしアオさん、いっちょ俺たちにその成果を見せてくれ」
「うぉおおおっ!」「これの為だけに燃やしたコスモの数々…っ!」
あほだこいつら。
だけど、とアオ。
「まぁ、良いか。それじゃぁ…」
と息を吸う。
「ゲート・オブ・バビロン」
次の瞬間無数の金のゲートがアオの後ろに展開され、中心から数々の武器が穂先を揃えて現れた。
「うぉおおっ!」「俺たちは…俺たちは」「ああ、やり切った…ぜ」
倒れながらも涙を流す団員達。
「そう言えば、小聖杯ともリンクしてるから、小聖杯が中にある限り損耗も否定されるから」
「へ……?」
最後はミイタの爆弾発言で締められた。
…
……
………
「はぁ…はぁ…くそ…」
とアオは吐き捨てる。
そんなアオの前には巨大な狼。全長20メートルはあるであろうか。
「ふはは、面白い、面白いな。やはり、闘争こそ我が本能」
その狼が人語を介しアオに言葉をかけてきた。
回りには争ったのかいくつものクレーターが乱立していた。
クレーターの合間にはいくつの巨狼の死体も散見される。
アオが須佐能乎で切り捨てたのだ。
ここは木ノ葉の里から遠く離れた荒野で、少し前はそれなりに豊かな森だったのだが…
木ノ葉の里は今、命のぬくもりを感じる事は無い。
なぜならこの巨狼の力だろう。皆塩に変わってしまった。
ハナビやイズミをもってしても抗う事が出来なかった。
その呪力を打ち消せたのはアオのみで、それ故にアオは一人でこの巨狼と戦っていたのだ。
「神殺しか…」
息を大きく吸った。
「そういうお前も我が同族であろう」
なぜこんな事になっているのかと言えば、最近現れるようになった他世界へとつながるゲート。その一つから現れたのだ。
最初は年若いオールバックの青年だった彼だが、見張っていた忍たちに触発されたのかすぐさま戦闘行為を開始し、あまつさえ人々を塩に変えて見せた。
皆を塩に変えた術は瞳術であったらしく、戦いの中でアオにも使われたのですでに日像鏡(ひがたのかがみ)でウツシ取ってあるが…
確実に殺しておかないと…被害が拡大するな…
「だが、少々飽きたな。局面を変えよう」
そう言った巨狼は右手を空へと上げた。
「ちぃっ!」
瞬間、アオはイズミが発現した輪廻写輪眼のからウツシ取った能力の内、未来視の瞳術である火遠理命を使いこれから起こる中で最悪な未来を予知し、その未来が来ないように先送りにする。
空から巨大な火の玉が降り注ぎ辺り一面、一国をも焼き尽くす炎を幻視。その未来をピン止めした結果…
「む…」
相手の攻撃が不発に終わり、そしてここに隙が出来た。
「終わりだ」
アオはイズミの輪廻写輪眼の能力の二つ目、天津甕星を使い、過去を見る。
アオの須佐能乎が過去に無数に切り刻んだその斬撃を現在に泡のように浮き上がらせ…
「なにぃ!?」
相手の呪力耐性など関係ない一撃が巨狼を襲う。
それは過去にすでに斬っていると言う結果を浮かび上がらせる防御不可能の攻撃。
これを回避するのは過去に介入するレベルの因果操作が出来なければ不可能だった。
バラバラに引き裂かれる巨狼。
次の瞬間、巨大なドラゴンが体を割いて現れた。
「ふはははは。小僧、私をここまで追い詰めるか」
巨狼の次は巨大なドラゴンに変身したようだ。
「……神殺しが一度殺した程度じゃ死ぬわけないか」
アオもやれやれと肩を落とした。
そうして第二ラウンドが始まった。
「はぁ…はぁ…はぁ…死ぬ…ソルが居ればもう少し楽だったかも知れない…」
死闘を繰り広げた結果、どうにか勝ちを拾ったのはアオの方だった。
直死の魔眼まで使って切り刻んだので、さすがにもう復活はしないだろう。
「けど、一応…」
一応魔眼の能力は写し取っていたが、念のためとアオは昔まつろわぬゼウスを倒して奪い取った権能を使う。
アオの影から巨大な黒い口が現れるとその巨狼の死体を飲み込む。
【無貌なりし影】 (ノーフェイス)
それはまつろわぬゼウスから簒奪した権能で、彼のメティスを丸のみにしてその権能を奪い取ったエピソードに由来する。
つまり取り込んだ相手の能力を簒奪する権能である。
「俺の場合、こうでもしないと小ぢんまりとした能力になるからなぁ」
アオの権能の殆どは奪いとったもの以外はその発現形態は規模の小さい物が殆どなのだ。
先ほどの巨狼のように、巨狼の軍団を呼び出したり、天から風雨雷雪を呼び寄せたり、一国を破壊するような巨大な狼の頭骨や、炎の塊などを降らせる事など覚えた事が無いのだ。
「だけど、これで問題なく塩になった人たちを元に戻せる…後は…」
じっとゲートを睨むアオ。
「この先は、きっと別の自分の問題だろう」
そう言ってアオはそのゲートへと刀を落とした。
………
……
…
賢人会議在籍の日本在住魔術師によるレポート、抜粋。
神崎蒼はカンピオーネである。
しかし…、もしもカンピオーネが生まれ変わっていて、そのうえでもしも前世の権能を持ち合わせていたら、それは神殺しの獣と呼べるのだろうか。
だが、間違うことなかれ。彼は間違いなくカンピオーネである。神を殺し、簒奪した権能を持つが故に。
別紙にて判明している彼の権能の詳細を添付する事にする。
・時間の支配者 (アンティキティラ)
以前何度も検証に上がったように、最初の権能はフレキシブルな効果を発揮する傾向が見れる。
その点を考えてもこの権能がおそらく彼の最初の権能だろう。
その権能は時間を操る。
その手で触れる事で物体の時間を止め、巻き戻し、また早める事が可能。
また、アレクサンドル・ガスコインが堕天使レミエルより簒奪した権能、電光石火のように神速で移動する事も可能なようだ。
未来視や過去視も可能なようで、本人しか知り得ない過去やこれから起こりうる未来を危惧した言葉を残している。
それはまさに時の支配者である。
・だいたい何でも斬れる魔法 (レイルザイゼン)
魔法と書いているが、それはサルバトーレ・ドニが輝く腕のヌアダから簒奪した斬り裂く銀の腕のように刃物を魔剣に変える権能である。
斬撃を衝撃波のように飛ばす事も可能のようで、その衝撃はも切断の権能の効果が及んでいる。
さらに特筆すべきはその切断能力にある。
物体は硬度に関係なく切断され、魔法、霊体、果ては概念までも斬り裂ける。
また、斬りたくないものは剣が通過したとしても斬れる事は無い。
斬るも斬らぬも自在の権能だ。
だいたい何でも斬れると留めたのは全てを斬り裂けると言う確証が無い為である。
・百発百中 (プログノーシス)
撃つ、投げる、放つ、とにかく何かを飛ばす物がある場合、それは軌道も防御も関係なく必ず命中する権能である。
上記二つに比べれば地味な権能だが、狙いを定めれば避けることが出来ない。
おそらく因果逆転現象であろうと思われる。命中すると言う結果が先に有るのだ。
カンピオーネやまつろわぬ神に対しては決定打にはならないだろうが、これを回避するにはよほどの幸運と技量が必要になるだろう。
・ハデスの兜 (ミッシング)
姿、匂いを完全に隠せるだけでなく、情報を完全に忘却させる権能である。
幾度かまつろわぬ神と対面していてもその視界に入っていなかった為、おそらく神を前にしても自身をカンピオーネでは無いと錯覚させることも出来るだろう。
この権能を使われた場合、このレポートがどれほどの意味を残せるのか疑問である。
その他、彼がいくつの権能を持つのかは目下調査中である。
最後に、彼が何柱の神を弑逆したのか、どんな神を倒したのかも不明なため、上記の四つもいくつかの権能が合わさった能力なのかもしれないと愚行する。
………
……
…
ここは火影の執務室。
ハナビが休憩しようと手に持った何かをアオへと投げた。
「アオくん、ここ最近調子悪いんじゃない?修行サボってるから」
ハナビが投げた缶ジュースを取り落としたアオへと苦言を呈する。
「里の復興が忙しいんだから仕方がないだろう」
大筒木カグヤとの戦や十尾の再封印で瞳術を酷使しすぎたせいか最近目がかすむ。
無意識に目をこすっていたためだろう。ハナビが心配そうにのぞき込んだ。
「ねぇ、本当に大丈夫?」
「いや、本当は調子が悪い。缶ジュースを取り落とすくらいにはね」
「理由は分かっているの?」
とハナビ。
「これはアレだ」
そう言って肩を竦めた。
「アレって?」
「イズミのアレに近い」
「イズミのアレって…まさか失明!?」
万華鏡写輪眼は使えば使う程光を失う。
「陰陽のバランスが崩れているんだろう。俺は輪廻眼と直死の魔眼を開眼したが、それで今バランスを崩しているんだ。本来三つでバランスを取るものだろうからね」
輪廻眼、転生眼、直死の魔眼。
一つだけでも強力なのに、二つならバランスを崩すと言う物。
「なるほど、ならば解決方法は単純ね」
「へ?」
「わたしの転生眼を移植すればいいのよ」
ハナビが当然と言ってのける。確かにイズミはそうやって解決したのだ。
「はい?」
それは確かに理にかなった解決方法で…
ハナビは綱手さまを呼んで、アオの目を自分のそれと交換させた。
「ハナビ…それは卑怯だと思うわ」
とはイズミの言葉。
今まで以上に接近戦に隙が無くなってしまったのだ。
「イズミも変わらないじゃないの」
今二人は訓練場で模擬戦をしていたのだが、ハナビは今白眼と万華鏡写輪眼を入れ替えながら戦っていた。
アオと瞳を交換した事で、アオが持っていた万華鏡写輪眼の瞳術がいくつか使えるようになったらしい。
今も桜守姫を使ってイズミと模擬戦をしていた。
「とは言っても輪廻眼と輪廻写輪眼はまだうまく使えないんだけどね」
それよりとハナビ。
「本当に卑怯なのはアオよアオ。何よ、その眼」
「確かにね」
イズミも追従して頷いた。
しかし、そう話を振られた本人は肩を竦めた。
「ま、便利ではある」
輪廻眼、転生眼、直死の魔眼の全てをそろえた事で、アオの瞳術が形を変えていた。
それは瞳孔に三つ巴、そこを車軸をしたような金色の車輪が浮かんでいる。
それは法輪のようで…
「神眼、いや…車輪眼とでも言うべきかね」
古来、戦車は戦いの道具だ。その一番重要な車輪を模している。
「その状態だとすべての瞳術が切り替え無しで使える訳でしょう?卑怯を通り越してチートよね」
ヤレヤレと首を振るハナビ。
「とは言え、それ単体で使うより使用するチャクラが多い訳で、燃費を考えればそう多様は出来なそうかな」
「そもそもあなたのそのチャクラ量もおかしいでしょうが」
「そうよね。ちょっと人間としておかしいわよ」
イズミの言葉にハナビも同意。
「ははは」
それは色々秘密もありますから。とアオは笑ってごまかした。
………
……
…
レポート追記
・魔術王 (ゲーティア)
異界の神であるエヒトを倒して奪った新しい権能であるらしい。
唯一簒奪した神の存在が明確なのは、以前賢人会議に提出された異世界『トータス』召喚事件を参照の事。
全ての魔術は彼の前では効果は無く、すべての魔術を屈服させる。
我々魔術師では他のどのカンピオーネよりも対抗する術を持たない、いやそれが魔術であるという時点で何者も敵わない。
草薙護堂の権能である『黒の剣』もアテナの叡智による魔術行使であるため、発動した瞬間そのコントロールを奪われるだろう。
魔導書の少女 (シルバーソル)
この項目に含めて記すが、おそらく独立した権能である。
その姿は10から12歳ほどの銀の髪を左右に結わえている少女の姿を取ることが多いが、その本体は光り輝く宝石であると言う。
彼女は自分の意志を持ち、自身で考え、主の戦闘を補助する。
一度でも発動を確認した魔術は即座に記録され、使用する事が可能なようだ。
詠唱魔術や東洋の印や符を必要とする呪術もその触媒は必要なく、ほぼノータイムで発動してくる。
恐らく彼女はスーパーコンピュータのような演算する存在なのではと愚考する。
・形無きモノ (イミテーション)
形無き原初の神から簒奪した権能と推察される。
神々の最初の子供は醜く不定形である神話は散見されるが、私は日本神話の神産みの最初の子供である『蛭児(ひるこ)』から簒奪した権能ではないかと愚行する。
能力は相手の権能を一つ模倣する。
まつろわぬ神との戦いは、神が複数の権能を持つ特性上多くは模倣できない。
カンピオーネ同士の戦いにおいても同様で、複数ある内の一つしか模倣できない様だ。
一日に一度、最大一つしか模倣し続けられないようだが、相手に触れる必要もなく得られ、効果としては草薙護堂の『草薙の剣』と類似するだろう。
ただ『草薙の剣』は相手の権能の一部を何度も模倣できると言う点で差異はあるが、脅威程度はこちらが上だと愚行する。
その性質上、草薙護堂が持つ『東方の軍神』も一つの権能と数えられるらしく一回で10の化身その全てを模倣して見せた。
………
……
…
添付ファイル誤送信によるテキストファイル
・王の財宝 (ゲート・オブ・バビロン)
ちくしょう。こんなものが権能ではないなんて俺たち魔術師を馬鹿にしているのか。
彼の背後の金色に波紋を広げる無数の空間から東西世界中のあらゆる武器が無造作に撃ちだされる。
その一つ一つが大騎士に伝えられうる銘剣よりも格が高いなんて何の冗談だ。
無造作に撃ちだされるだけで並みの神獣をいとも簡単に打倒せる上に、真の能力を真名と共に発揮させた攻撃は神をも殺せる物も存在するのではないだろうか。
・仙術
神崎蒼が使う呪力とは別のエネルギーの総称だ。
これは我ら普通の人間にはある意味朗報だろう。
呪力は呪力でかき消される。並の魔術などカンピオーネの前では無力に等しい。
カンピオーネがまつろわぬ神と戦えるのは相手の権能を自身の大きすぎる呪力耐性で弱められる事も大きい。
既に知れ渡っている事だがカンピオーネに魔術を掛けたければ体の内側へ経口摂取で魔術を掛ける他方法が無いが、それも本気で抵抗されればやはり効果は希薄になってしまう。
原理はそう難しい物じゃない。
我々が臍下丹田で練り上げる呪力。その時に外界にある自然エネルギーを混ぜればいいのだ。
そうして練り上げられた仙術チャクラとでも言うべきそれは相手の呪力耐性による減衰を受け付けない。
これの防御は同程度の威力の技で相殺するか防御を固める他に手段が存在しない。
だがしかしこのエネルギーの合成はかなり難しいらしいが、一定レベル以上の…いいや、卓越した世代のほんの一握りの魔術師ならば厳しい修行の上で会得できるだろう。
警告だ。
だからと言って我々が神殺しの獣と戦って勝てると言う夢を見てはいけない。
そもそも相手は神をも殺した豪傑。常識の範囲外の化け物なのだから。
…
……
………
もう何度目かの追加レポート
もう本当に勘弁してほしい。
何故彼はあれほどの権能を所持しているのか。
以下判明したものをまとめる。
・世界樹 (シャングリラ)
本人曰く、百年ごとにガチャをしたと意味の分からない事を言っている。
同一神の複合権能であるらしい。意味が分からない。
豊穣系の神から簒奪した権能で、おそらく使う事は無いだろうと言われている権能である。
彼が植えたトネリコの木を守護する限り国は栄え、人々のモラルの向上を得られ、文明は飛躍的に躍進する。まさにユートピアのようになるらしい。
極度の自然災害すらも跳ねのける最高の守護を国に与えるが、トネリコの木が何かの原因で消滅すれば国が亡ぶほどの災厄に襲われるとの事。
・虫食い穴 (セクタント)
瞬間移動する権能である。
ベースは北欧神話のフリュムから簒奪した権能らしい。
その移動先は多次元世界すら移動でき、異界や目的地がはっきりしていれば時間移動すら可能だと言う。
時空間移動はアイーシャ婦人も似たような権能をお持ちだが、自身の意志で発動できる為、脅威度はこちらが上であろう。
アイーシャ婦人の脅威度については賢人会議の別レポートにて。
・嵐の王 (ワイルドハント)
ヴォヴァン公爵の疾風怒濤のように風雨雷雪を操る権能のようだ。
片手間に蝕を呼び、太陽を隠すことも可能なようで、一つの権能ではこれほどの効果を出すことが出来るのかは不明であるが、彼の所有する権能の中では効果規模が大きい事を考えると後述の彼本来の特性がまざまざと現れる権能のせいであろうと愚行する。
・破滅の劫火 (アルマゲドン)
使うと一国をうっかり滅ぼしかねない断罪と神判の文明破壊の権能だという。
巨狼の首が炎を纏って空中から落下して七日七晩消えない炎で都市を焼き尽くすらしい。
本人も使う事は無いかなと軽い口調で語っていたが、本当に使う事のない事を祈る。
・比較の理 (カルンウェナン)
ジャイアントキリングを可能にする権能で、白き龍の女王から簒奪した権能だと言う。
地力が負けていた場合相手よりも少し強くなる権能であるようだ。
その効果は自身を強化する、相手を弱化すると多様のバリエーションが存在する。
・連理の枝 (グライアイ)
自分と相手の能力を共有する権能である。
昔、まつろわぬグライアイを倒して簒奪したと言う。
面白くない命名ではあるが、グライアイが一番分かりやすいのではないだろうか。
普通の人間であれば彼からの一方通行の加護となるだろう。
この加護が与えられると彼の持つ権能すら一時的に借り受けられる。
グライアイと言う名前の通り、この能力は一つの能力を二人で発動する事は出来ない。
この能力を持ってまつろわぬ神を打倒した場合、権能が増えるのは神崎蒼と言う事になるそうだ。
これは他のカンピオーネでも同様の事態になると思われる。使い魔が倒しても主人の手柄として扱われると言う事だろう。
・簒奪者 (キング・オブ・ゴッズ)
今更レポートに記す事も憚られるが、周知のとおり世界中の神話で、神々の王とは度々下剋上をしてその地位を簒奪し、まつろわせた神の力を我が物と変える物語が散見する。
つまり相手の固有能力、権能すらも奪い取る権能である。
奪い取る方法が一定しない所を見るとこの権能もいくつかの権能が合わさっていると愚行する。
黒い形のない影のような巨大な口で神獣を飲み込んでその能力を簒奪して見せた。本人曰く、ゼウスは倒したことが有るらしい。
これを踏まえると彼の権能の中で規模が大きい権能は他者からの簒奪した権能であるのだろう。
これは神に対しても有効であるらしい。もはや彼は簒奪の円環すら必要ないのだ。
そして、このレポートを読んだ賢人会議の皆々様に懇願する。自国のカンピオーネに神崎蒼と対面させる愚を起こさせてはならないと。
負けるだけならいい。倒されて死ぬのもまだ良い方だろう。
私が真に恐れるのは倒されたカンピオーネの権能が全て彼の物になってしまわないかと言う恐怖だ。
………
……
…
【ヒロアカ編】
その日、スキニル内部に侵入者が現れた。
最先端の警備システムを潜り抜けたその誰かは厳重に保管されてた何かを持って逃走している。
「何が奪われたのっ!」
とミライが通信機越しにエルフナインに問いかけた。
ミライは影分身を増やしつつ、縦横無尽に、それこそ消えては現れる敵を補足しようと駆けていた。
「アンチリンカーです」
「なんでそんなものをっ!」
エルフナインからの返答にミライが通信機を耳で抑えながら走る。
「分かりませんが…盗まれたのはタイプ未来。シェンショウジンの力を宿したアンチリンカーです」
「敵はわたし達を無力化するつもり?恨みでも買ったかな…」
「分かりませんが…使われれば大変なことになりますよ」
「わかってるっ!だから影分身なわけだしっ!」
敵は人間とは言えない見た目をしている。白地の全身タイツのような皮膚に黒い点が流動的に動いていた。
その敵はどう言う原理か黒い穴を作り出し、空間をつなげる能力を持っているようだ。
短距離にしかその出口を作れないのか、一度に移動できる距離は数メートルほどだが、壁すら超えるその能力にミライは四苦八苦していた。
「響たちが出払っているこんな時にっ!」
響たちは少し前に起きたビル倒壊の救援に向かっている。その間を狙われた。
「この先は…まさかギャラルホルン!?」
ギャラルホルンのある部屋でようやくミライはその敵と対峙した。
「あなたっ!」
「見逃してちょうだい、…あなたたちに迷惑は掛からない。私には…いいえ、私達の世界にはこのリンカーが必要なの」
「しゃべったっ!?」
どこが口かも分からないその誰かの声。それは女性的にも聞こえた。
ザ・スポットと呼称する事になる敵と最初で最後の邂逅だった。
「あ、まてっ!」
ギャラルホルンのその前で、スポットは黒い球を広げ、その体を入れ込んでいく。
「くっ!」
一瞬さきにミライの腕がスポットを掴むが…
「きゃあっ」
ミライの影分身事スポットは穴の中へともぐりこむ。
そこは何とも言えない空間が広がっていた。他世界がいくつも隣り合う万華鏡のような世界。
「放してっ!」
力を入れてミライを振り払おうとするスポット。
「くっまだっ…」
ドンドンと蹴りを受けるミライの影分身。
「くっ…なに…?」
知らない何かが頭を駆け抜けていく。
これは…違う世界のわたし…?
「放せーーーーーっ!!」
「あっ!」
怒気と共に放たれたその蹴りはミライの影分身の強度を越え…
スポットが世界を潜り抜けるその瞬間、ミライの影分身は消滅した。
…
……
………
意識が覚醒する。
うつろな意識でぎゅっと手を握りしめた。
ちっちゃい……?
開いた眼で辺りを観察すると、どうやらミライは培養層のような物に入れられているようだった。
ミライの隣にもいくつもの培養層があるが、その中身はどれも異形で、息絶えているようだ。
「くそ、まさか…こんな事になっているとは…」
ミライの入っている培養層に近づいてきた誰かは二十を超えたほどの金髪の女性だ。
筋骨隆々で猛々しく、しかしその表情には苦渋の表情が浮かんでいた。
「ほかはダメか…私が招いたことだ…せめてこの子だけでも…」
そう言ってその女性はミライの培養層の蓋を開いた。
世界に個性と呼ばれることになる超常があふれて一世紀。
すでにその超能力を持っている人間の数が八割を超える現代。
その大きなる力を私利私欲に利用しようとする敵(ヴィラン)が現れるのなら、それを正そうとする英雄(ヒーロー)も現れる。
そんな社会構造に変革して既に半世紀以上。
個性は世代を重ねる度に混ざり合い、強力になっていく。
個性の遺伝が認められる事を覚えた人間はより強い個性の人間を生み出そうとしていた時代もあったが、一応それらは世界的に禁忌とされている。
しかし、どこにもアンダーグランドな組織はあるようで。
アメリカで一番強い個性を持ったヒーローをスターアンドストライプと言う。
本名、キャスリーン・ベイト。
アメリカを守護する彼女の個性は強力だ。
強力過ぎた。
その個性を彼女一代では決して終わらせてはならない。
子供を作る気の薄い彼女を国が説得し、幾つかの卵子を提供してもらっていた。
その研究施設がここで、かなり非道な実験を行っていたことが見て取れる。
内部研究者の告発でスターアンドストライプ本人が動くほどの事件になったのだった。
行われていたのは個性の掛け合わせ。
キャスリーンの卵子にさらに強力になるような個性を持つ精子を掛け合わせて培養を試みていたのだ。
異形や、能力が満たないものは全て殺処分されている。
今のところ納得のいく成功体には達していない。
個性はおおよそ四歳ほどまでに覚醒する。
培養層にいたミライはまだ幼く、様子見段階だったために殺処分されていなかっただけだった。
ぼんやりした頭では時間の経過があいまいで、ただいくつかの言葉が耳を通り過ぎていく。
「姉さん、その子は?」
「私の子だ」
「はいっ!?姉さん、結婚もしてないじゃない。それにっ!一度もおなかが大きくなったところを見たことが無いわっ!」
「理由は話せない。すまない…、この子を連れてアメリカを出てくれないか?」
「何か、面倒事に巻き込まれたのね。はぁ、…まぁいいわ。で、どこに逃げれと?」
「師の居るところが良いだろう」
「日本ね。確かにオールマイトが居るのだもの、治安は良さそうね」
「すまないな。私が出来るのはこれくらいだ」
そう言ってその誰かがミライの頭を撫でた。
良い未来が訪れますようにと日本の言葉でミライと名付けられた彼女はようやく自分の現状を振り返った。
「影分身…だったんだけどなぁ」
しかし、今のミライの現状はしっかりとした肉体を持っている。
「能力は…」
生まれ変わったミライの能力は以前と同等以上、むしろ色々と増えていた。
知らない内にいくつか能力が増える事はアオも何度が経験していた。
覚えた記憶のない呪文や、持ってなかったはずの道具。
今回、その一つが左手に刻まれた◆と、新たに得た瞳術。白眼からの派生と、写輪眼からの派生能力だ。
大きく戸惑うのは前者で、アオも知っていたが持っていなかったもののはずだ。
「遠視と透視はなかなか便利だなぁ」
とミライは呟く。
その他に大きいものは神代魔法だろうか。
人の魂にすら干渉できるほどの強さをもったそれら。その有用性は群を抜いていた。
「こっちはマジやばいわ…あまり使わない方が良いかも?」
特に顕著なのが昇華魔法だろうか。
それを併用すればそのほかの技術が最低一段階引き上げられる。
つまりパワーアップするのだ。
逆に元が影分身だったからか、ソルを持っておらず、リンカーコアは持っているが十全に使いこなせるかと言われれば難しい。
この世界では個性登録と言うものがあり、発現した個性は国に報告する義務を負う。
一応個性が発現しない人も居るのだが、ほとんどの人間が個性を発現するこの世界で無個性の方が個性持ちよりも浮いてしまう。
個性の全容なんてその個性を持っている人間ですらその全てを把握できていない。
ミライは適当に「活力操作」としておいた。
自分の生体エネルギーを様々な事に変換する能力、と言う具合だ。
一人に付き一つの個性、と言うルールが存在しているこの世界で、いくつものバリエーションを持たせようとすればこれが無難だった。
全てが活力を操作した結果、と言う事だ。
響たちと離れてしまったことは寂しいが、実体を得た事でもし帰れたとしても向こうには自分が居るはずと帰る事は諦める。
それと、おそらくミライをこの世界に連れてきたあの敵が居るはずだが、子供の体では見つけられず。
そうして緩やかに時は過ぎていき、10年の月日がたった。
星縞ミライも次の春から高校生になる。
「ミライー。どこの高校受けるか決まった?」
ミライを引き取った母がアイランドキッチンからリビングでテレビを見ているミライに声を掛けた。
トントントンと素材を切る音が聞こえる。
「ヒーロー免許欲しいからどこかのヒーロー科のある学校を適当に」
「あら、あなたヒーローになりたかったの?」
と言う質問にミライは首を振る。
「全然」
「じゃあどうして…?」
と不思議そうに料理の手を止めた母が問いかける。
ヒーローと言う職業がある。
それは個性を使い、暴れる敵(ヴィラン)退治や災害救助を行う人たちの総称である。
「ヒーローって副業認められてるし、単純に公的な場所での個性使用許可が欲しいだけ」
「あんたって子は…」
母が少々あきれ顔。
私的な場所以外での個性の使用は禁止されている。その例外がそもそも守る気のない敵(ヴィラン)と許可を得たヒーローだけなのだ。
たが、ミライにとってはただの個性使用許可証みたいなものだ。
時間は経ってしまったがスポットの事もある。
ミライにはヒーロー免許が必要だった。
「それで、どこを受ける気なの?」
「士傑(しけつ)。近いから」
「近いからって…」
士傑高校ヒーロー科。
歴代の偉大なヒーローの出身と言えば東の雄英(ゆうえい)、西の士傑と言われるほどで、またその入学試験も難しいと聞く。
士傑高校ヒーロー科を受験したミライ。
後日合格通知が届き、春からはミライは士傑高校ヒーロー科へと進学が決定し、準備を進めていたのだが。
「え、…?転勤…?」
「ごめんね。急に決まっちゃって」
家でご飯を食べながら入学要綱を見ていたミライに母が言う。
「ど、どうしよう…今からじゃもう受験も間に合わないよっ!」
「大丈夫よ。編入と言う扱いになるけれど、同じくらいの偏差値の所ならば受け入れてくれるはずだから」
「同じくらいって?」
「雄英よ」
星縞ミライはそうして春から雄英高校ヒーロー科に通う事になる。
「でかい」
ミライは雄英高校一年A組の扉を見上げている。
人類と言う企画を逸脱してもはや一世紀。その多様性に合わせるように巨大な体躯でも教室に入れるようにその扉は大きかった。
「いったいどんな人たちが…」
と中に入ると扉とは裏腹に普通の高校生くらいの生徒しかいなかった。
自分の席を見つけて座るミライ。入学初日な事もあってか、みな探り探りだ。
一部ガラの悪い男子生徒と品行方正ぽいメガネ男子が言い争っているが、どこにでもある普通の教室だ。
しかしヒーローを目指している人たちを集めたクラスの為か、やはり個性的な人たちが多い。
チャイムが鳴り、初めての授業が開始され…
いもむし…?
開いていた教室の扉の外、寝袋を着て横たわっている男性。
え、あれが教師…?さすが雄英。教師もキャラが濃い。
その面白い登場とは裏腹にガラの悪い男性教師を相澤消太といい、ヒーロー名をイレイザーヘッドと言う。
その彼が告げた最初の授業は体操着に着替えてグラウンドで個性把握テストを行うそうだ。
それは個性使用可の体力測定。
しかも八種目あるその競技の最下位は除籍などと爆弾発言を投下する始末。
デモンストレーションと先生にボールを渡された爆豪勝己は手から分泌される汗をニトログリセリンのように爆発させる個性を使い700メートルを超える記録を出していた。
「うーむ。あれが平均…それとも上限?」
適当に真ん中くらいになる様に試験を受ける。
途中、緑谷出久が相澤先生に個性を消されると言うイベント以外は可もなく不可もなく過ぎる。
「しかし…個性消失能力…これはヤバイかな…」
ミライの登録上の個性は活力操作だが、実際は個性によるものではない。
ミライの個性はちゃんと別にあるが、相澤先生の能力で見せかけの活力操作は消すことは出来ないのだ。
「面倒なことにならなきゃいいけど」
最下位除籍は相澤先生が生徒たちを焚き付けるためのウソだったらしく、皆のブーイングで授業は終了。
「星縞、ちょっと来い」
授業終了の合図とともに相澤先生に呼び出されるミライ。
「なんですか?相澤先生」
「お前の個性『活力操作』だが。資料には肉体活性と書かれている」
「そうですね」
「でだ。お前、あまりにも手を抜いていただろう」
平均くらいで記録を出していれば目ざとい人にはバレるか。
「で、気になって、お前の個性を消してみた」
真顔になる相澤先生。
「お前、なんだ?」
「なんだって…先生」
「肉体活性を使ってテストを受けていたなら俺が個性を消した瞬間力が抜けるはずだ。だがお前は何も変化せずに人並み以上の記録を出している」
「あー…」
個性消されてたのね。うーん…
ミライはピッと指を立てる。
「一つ、そもそもわたしの身体能力が常人離れしている。二つ、個性登録に嘘をついている。三つ、個性を消す個性を活力に変えている」
どれでしょうとミライ。
「どれも正解ではないな。長年アングラヒーローなんてしていれば相手の虚飾は大体わかる」
やれやれとミライは肩を竦めた。
「四つ、そもそも個性じゃない」
「星縞…それは…だが…」
相澤先生が言いよどむ。
「特殊能力の事を個性と言うのなら、これは個性です」
「言葉あそびか」
ジロリと相澤先生が睨む。
「まぁ確かに、個性因子の発現を個性と捉えるならばこれは個性じゃありません。ですがその事が重要ですか?」
「なに?」
「力は力ですよ。個性であっても、個性じゃなくても」
相澤先生は深くため息を吐く。
「だがな星縞。ヒーロー免許って言うのは公共の場での個性使用ライセンスなんだ」
「バレなきゃ誰も気にしませんよ。まぁ確かに…うーん…そうですね、うん。わたしも個性はちゃんと持っていますよ」
ここまで来たら言ってしまおう。
「はぁ…どうせ登録個性とは別なんだろう」
「仕方ありませんよ。バレたらヤバめの個性です。わたしの個性は──────────────────…」
「おい、それは何の冗談だ?」
打ち明けられたミライの個性に表情筋が死んでいるのではないかと言うほど無表情の相澤先生もさすがに驚愕の表情を浮かべる。
「いやまて、それを俺に打ち明けてどうする…」
「理由はいくつかありますよ。まぁ一番の理由は事あるごとに追及されることが面倒だと言う事ですかね。わたしの力なら相澤先生の記憶を消すくらい簡単ですから、二度三度同じ説明をするのは面倒です」
「そりゃ、お前の個性なら簡単だろうよ」
半眼で睨む相澤先生。
いや、まぁどうだろうね。
「俺がバラすとは思わないのか?」
「その時は先生は二度と枕を高くして眠れませんよ。個性消失は大きなアドバンテージですが、その個性はわたしにはほとんど無意味ですからね。一般人に毛が生えた程度の身体能力じゃわたしには絶対敵いませんし」
「確かにな…増強型の個性持ちとも戦ったことはあるが、個性を消してやれば互角に持ち込める。そのアドバンテージが無いんじゃな」
はぁと本日何度目かのため息。
「もういいですか?」
「いや、最後にもう一度こいつをやってみろ」
と言って渡されたのは飛距離計測用のボール。
「えー…めんどくさいなぁ」
何の得があるのかとミライは抗議。
「良いからやれ」
「ちぇ…うーん、まぁいいか。そぉ…れっ!」
四肢を念で強化して投げたボールは本日二位の記録を打ち立てた。
高校生活も慣れ始めたころ、ヒーロー科独自のヒーロー基礎学。
その中で今日は戦闘訓練があるらしい。
担当教師は日本NO1ヒーローであるオールマイト。
どう言う気持ちの変化かこの春から雄英で教師をしている彼は筋骨隆々で、その戦績とカリスマから平和の象徴としてあがめられて久しい。
まぁ、30年以上もヒーローのトップを走っているのだから、実は結構なお歳だ。セカンドキャリアを考えてもいい年だろう。
今日のヒーロー基礎学の授業は戦闘訓練。
戦闘服(コスチューム)着用での屋内対人戦闘訓練。
「おお、そっくり」
外注で仕立ててもらったミライのコスチュームはギア展開時にそろえて注文してある。
二人ずつペアを組み、ヒーローと敵(ヴィラン)に分かれての実践訓練だ。
「先生、ペアだと一人あふれてしまうのですが」
シュピと手を上げて質問したのはフルメイルのコスチュームを着た飯田天哉(いいだてんや)だ。
「良い質問だぞ、飯田少年」
ニカリと歯をむき出しにして笑顔を作ったオールマイトがサムズアップして答える、
「敵とヒーローがいつも同数とは限らない。どこかの班が三人になる。逆行を跳ね返してこそヒーロー。気張れよ有精卵ども」
くじ引きで決まった班分けはミライが三人チームのようだ。
今回のシチュエーションはビル内に核爆弾がセットされていて、それを守る敵(ヴィラン)と敵(ヴィラン)の撃破か核爆弾の確保を狙うヒーローに分かれての実習。
「敵(ヴィラン)か」
ミライは今回は核爆弾防衛の方になった。
ハリボテの核爆弾の前に三人頭を突き合わせる。
チームメイトは尾白猿夫と葉隠透の二人。
「まずは個性の確認からだな。俺は見ての通りこの尻尾だ」
尾白はいわゆる異形系の個性で、太く長い尻尾を自在に操っての格闘が主体のようだ。
「わたしはねー、見ての通りっ」
「まぁ、見えないんだけどね」
軽いノリで軽快な表情…(みえないけど)で答えた透に尾白が困った顔で呟いた。
「もうノリ悪いなぁ」
葉隠透の個性は透明化。常時発動している彼女は身に着けている物以外は一切見えず、後ろの景色が映っていた。
今見えているのは靴と手袋だけだ。
「え、全裸少女?」
「見えないから関係ないよ」
そうかな?
「そう言うミライちゃんは?」
「ちゃん…まぁいいけど」
もうちゃんづけ?とため息をついて続ける。
「わたしの個性登録されているのは活力操作」
「えっと…何ができるの?」
と透。
「生体エネルギーを使って大体の事が出来る個性」
「だいたいって何ができるんだい?」
尾白が疑問の表情を浮かべ問いかけた。
「大体何でもできるよ。火を吹いたり突風を起こしたり膂力を底上げしたりね」
「え?それって複数個性持ちって事?」
透が聞き返す。
「じゃあ逆に聞くけど、炎熱系の個性の人が自身が燃えないのはどうして?炎を出すのと自身が燃えにくいのは別じゃないのかな?それは二つの個性って言うんじゃないの?」
「え?…さあ?」
「確かに…これだけの人間が居る中でもし火に燃えにくいと言うだけの個性があるとすれば、それは二つの個性と言う事になるな」
と尾白が指を顎に当てて納得の表情を浮かべた。
「後は目が良い。建物を透視して向こうの動きも見えるよ」
「はい?」
恐らく素っ頓狂な表情を浮かべているであろう透の声をバックにピキピキピキと経絡系が浮き上がりミライの薄紫の眼球に力が入った。
「んな無茶な」
「さすがにそれは複数個性なんじゃ…」
「薄紫の虹彩の人間が居ると思う?これは異形系の身体機能」
「俺、尻尾が個性だけど他は使えないぞ」
すかさず尾白が反論。
「そう思っているだけかもよ、とと」
ミライの視線の先で対戦相手の障子目蔵と轟焦凍が動いた。
「来るよ」
次の瞬間、建物全体が氷付く。
「きゃあっ」
轟焦凍の広範囲凍結攻撃だ。
彼の個性は半冷半燃。右半分から冷気を、左半分から熱気を操る。それこそ二つの個性では?と言いたい。
「尾白も捕まって」
透を抱きかかえ、舞空術で浮き上がるミライと、一瞬言われたとおりにしようとして止まった尾白は足元を凍結されてしまった。
「尾白くんっ!」
なんで、と透。彼の身体能力ならミライに飛び乗れただろう。だが…
「全裸少女…」
「ああ…確かに」
フニフニとミライの抱きかかえた透の素肌を触るかのような感触に尾白が戸惑うのも分かる。
「ちょ、ちょっとミライちゃん、どこさわってるのよー」
「透明人間にどこと言われてもね」
分かるわけがない。いや感触的には…
「轟の個性は強力だね…だから慢心する。不注意に歩いてきているようだよ」
「そうなの?じゃあわたしの出番だっ!」
ミライの拘束を抜け空中で靴を放り投げ全裸で地面に着地する透。
「ひゃっ!」
「そりゃ、素足じゃキツイだろ」
「ううっ…つめたっ!」
悔しがる透。
「我慢、がまんっ!…やっぱむりぃっ」
諦めて靴を履くことにしたらしい。
「透明人間って活躍するところ無いよね」
ボソリとミライがつぶやいた。
「そんな事ないよっ!」
「でもさ、透ちゃんのそれって完全透明になるためには全裸になるしかなんでしょ?」
「そうだけど?」
「素足で瓦礫の上、歩ける?」
大抵の人間は足つぼマッサージですら歩くのが困難になるのだ。
「むり…かな?…え、もしかしてわたしってすごく役立たずなんじゃ…」
固まったまま動かなくなる葉隠透。どうやら自身の個性アイデンテティが崩壊してしまったようだ。
透明な所を抜かせば腕力も普通の女の子程度しかない。身に着けている物は透過しないのであればこの先、敵(ヴィラン)相手のフィジカルや災害救助の人助けなどでは役に立たないだろう。
スパイ活動で真価を発揮する個性だ。
「と言うか、ヒーローとして役に立つ個性じゃないよね…あ…」
言い過ぎた、と思った次の瞬間には遅かった。
「う…うぅ…うわーーーん」
ポロポロと葉隠透の頬を伝う涙が映る。
涙は透過できない様だ。
「なんだ、これ。どういう状況?」
「さあ?」
核爆弾確保に建物内に入って来た轟と障子が見たのは、泣き叫ぶ女の声と、おそらく慰めているであろう体制を取っているミライの姿だった。
「ごめん…ごめんって」
「うぇぇんだって…だってぇ」
「どう言う事だ、尾白」
どうしたら良いのか分からなくなった轟が尾白に尋ねた。
「うん、俺たちのチームは棄権って事で」
諦めたと言う感じで手を上げる尾白に轟と障子は目を合わせた。
「悪かったって。ね?わたしが協力するから、うん。解決策はきっと見つかるから」
どうにか泣き止まないかと透をあやすミライ。
「うゎーーーーん。退学になったら道づれにしてやるーーーー」
しかし慰めれば慰める程透の音量は上がっていくようだ。
「何が何やら…」
障子が意味が分からないと肩を落とし、その隙に一応轟は核爆弾に手を当てて確保。
この瞬間、ミライチームは敗退が決定した。
「うわーーーーん」
後にはただ透の泣き声だけが響いた。
翌日。
「葉隠は親から休みの連絡があった」
そう出席簿を見ながらつぶやいたのは担任の相澤先生。
「何かあったのでしょうか」
クラスの副委員長で同性の八百万(やおよろず)百(もも)が心配そうな声を上げた。
「それは聞いていないが。お前ら何か知っているか?」
と言う相澤先生の言葉にクラスメイトが一斉にミライを向いた。
昨日の事件を詳細までは知らずとも、ミライが何かしたと言う共通認識はあるらしい。
「何か分からないけど、謝った方がいいんじゃないかな」
「わたしもそう思うわ。彼女、透明人間のわりに存在感がある方だから、教室に居ないのはさみしいわ」
麗日お茶子と蛙水梅雨が左右からミライをたしなめた。
「わ、分かった…放課後謝りに行ってくるよ」
放課後、葉隠透の住所を相澤先生に教えてもらったミライは彼女の家を訪ねた。
彼女の家族は全員透明人間のようで、出迎えてくれた母親もエプロンを着ていたためにギリギリ視認できる程度だった。
「むぅ…これはもしかして裸エプロン…」
なんて馬鹿な事を考えながら透の部屋へと案内されたミライ。
コンコンコン
透の部屋のドアを叩くミライ。
「あの、星縞ミライだけど」
「……………」
中からの声は無い。そのまま続けた。
「悪い事言ったかなとは思ってる。でも、今のままじゃヒーローには向かないと思っているのは本当」
「…………」
「自身が透明になるだけの能力じゃきっとこの先ヴィラン退治には向かないし、災害救助も出来ないと思う」
非常な物言い。ミライは謝りに来たはずなのだが。
「透明と言っても視覚的に見えなくなるだけだし、呼吸や匂い、体温なんかは消せないし、わたしのように感知タイプの能力持ちにはそれこそ丸裸だしね」
そう言って振り向いたミライ。
どうやら透は部屋にはおらず、通路で背後からミライをうかがってたのだが、ミライの白眼の視界は広く、またそのオーラが見えていた。
「非力な女子の腕力だけじゃ範囲攻撃してくるタイプの個性持ちにはただ裸で立っているだけダメージがデカイ」
「もう…わかったよ…わかったから…雄英やめる…やめればいいんでしょっ!だけど絶対ミライちゃんは道連れにしてやるーーー。具体的には職員室に忍び込んですべての成績を赤点にしてやるんだからっ!」
「ちょっ!?」
透の悲痛な叫び声だけが聞こえた。
「ごめん、透ちゃん。そうじゃなくて…そういう事が言いたかったんじゃないの…ごめん…」
「う…うぇ…わたしが敵(ヴィラン)になったらミライちゃんのせいだから」
一度ミライは瞬きをしたあと言葉を発した。
「なんか…さすがにわたしも責任…感じちゃうからさ……。だから…まぁ、うーん…ええっと…その……うん、…君を強くしてあげるよっ!」
そうだ、名案だっ!とミライ。
「………ふぇ?」
表情は見えなかったが、きっとぽかんと口を開けていた事だろう。
どうにか透を丸め込んだミライは落ち着きを取り戻した透を部屋のベッドに座らせ、彼女の腕を取った。
「な、何をするの…?」
透が不安そうな声を出した。
「透ちゃんの個性って常時発動型でしょ?」
「う、うん。私自身は異形型って訳じゃないよ」
異形型の個性は常時発動型と類似していて形そのものが個性だった。
「つまり垂れ流し状態って事だよね。だから」
ピキピキピキと経絡系が浮き上がり白眼を使うとその細腕に映る経絡系から点穴をみる。
「ちょ、こわっ!」
浮き上がった経絡系が怖かったのだろう透が若干腕を引いた。
「いいから」
ミライはその細腕の点穴を突いていく。
「なんかくすぐったいよ」
そう笑ってられたのは三か所ほど点穴を突いた所までで、一気に透の表情が…見えないが恐らく…強張った。
「え、なにがっ!?もしかして見えてっ!?」
ポンポンとベッドのスプリングがきしんでいる。おそらく慌てふためいている。
「個性因子の働きを阻害した。これで一時的に個性が使えない状態になった訳」
「も、戻るんだよねっ!?わたしの個性っ!!」
「しばらくすればね。この状態を全身に施すから、offの状態を覚えて、きちんと不発動状態が出来るようになる事が最初」
「うぇええっ!?」
上半身の点穴を突けば、透の慌てふためいている顔が見えてくる。
「かわいいじゃない」
「かわいいって何!?あっ…かがみっ!!」
「そんなのこの部屋には無いじゃないの」
透明人間の部屋に鏡なんて無用の長物だろう。
鏡は無かったのでガラス窓へと飛んでいく。
「映ってる…」
「これは先が思いやられるな…」
これからの計画を思い浮かべつつ、ミライはため息を吐いた。
それからミライは透を連れて数か月分の食糧を買うと山へと籠った。
人の来ないようなキャンプ場からさらに奥に入ったところにある一枚岩の平らな岩の上にミライは何やら魔法陣みたいなものを刻んでいく。
「なにそれ…なんか昔の漫画で見た魔法陣みたい」
個性なんて言う超常が流行って以来、魔法なんて言うフィクションを売りにするサブカルチャーはヒットしなくなり今や風前の灯火だった。
「ま、似たような物よ。この魔法陣の中は時が加速している。そうだね、およそ十倍くらいかな」
「え、なんで?」
「不思議な顔をしない。そりゃ透ちゃんの修行時間が足りないからでしょうが」
「あ、そうか…え、わたしっ!?」
驚いているであろう透の表情はやはり見えない。透明化してしまっているからだ。
「OnOffの切り替えと個性の応用くらいは身につけないとね。時間はいくらあっても足りないよ」
「え、ほんとうに?」
時間が加速していると言われてもはいそうですかと信じられないのは仕方ない。
「まぁ、それは追々わかる事だよ」
さて。
「修行の開始だ。早く覚えないとそれだけ年を取るから気を付けてね。睡眠もしないで良いくらい回復してあげるから、24時間戦えますよ」
「リゲインっ!?」
二コリと笑うミライとは対照的に透には戦慄が走っていた。
どうにか個性のOnOffが出来るようになった透。そうなれば今度はその応用に入る。
「個性因子が放つエネルギーを体内に循環させるイメージで練り上げて、細胞一つ一つから外へ。そしてそれを留まらせる」
「うーーーん…はぁっ!!」
透の体表1センチの所で薄い膜を作り、景色と同化する。
「おーー。ようやくぴっちりしたボディスーツくらいは覆えるようになったかな」
「でもでも…これって普通に透明になるよりも疲れるんですけどっ!!それと持続時間も短いんですけどっ!」
声からも疲れがにじみ出ている。
「まぁ最低三時間くらいは維持できないとね」
何のことも無く地獄の現実を突きつける。
「鬼っ!!服を着なければずっと透明だよっ!?」
透の心が折れかけていた。
「最終的には手に持った武器くらいも一緒に透明化できれば完璧。体だけの永遠よりすべてを消せる三時間の方が戦闘には強いよ」
馬鹿な事を言ってないでがんばれとミライが透をたしなめた。
「ヒーローになるんでしょ?」
「うぅ…わかった…頑張る。ヒーローになるんだからっ!!」
個性伸ばしの訓練の間に少しでも戦闘が出来るようにミライと組手。
「はぁ…はぁ…どうして…そんなに…はぁ…ミライ…ちゃんは強いのよ…」
も、だめと息も絶え絶えに座り込む透。
「鍛えてるから。まぁこれでも十分の一以下なんだけどね」
対するミライは息の乱れは無い。
「ええー…うそだぁ…」
「まぁでも…少しづつ個性因子から生み出されるエネルギーを身体強化に回せるようになってきたね」
「確かに…なんか最近体の動きが違うとは自分でも思ってるけど…これって普通の事?」
個性とは特殊能力で、筋力増強も一つの個性なのではないかと透が言う。
「人間の素の力なんて本来たかが知れている。例えば飯田君のエンジン」
飯田天哉の個性は内燃機関がふくらはぎに現れ、燃焼しトルクを回すことで自身の走りを加速させる。
「うん。足からマフラーが出てすごく速く走れるよね」
「その加速された勢いで敵を蹴り飛ばしたとして、彼の足は無事だろうか」
「え?大丈夫なんじゃない?ヒーロー志望なんだし」
ミライは透の言葉にあきれ顔を表す。
「それは理由にならないでしょ。…瞬時に何トンと言う衝撃が掛かれば普通ならば複雑骨折だ。車のバンパーだってへこんでいるよ。それに彼の個性が足のふくらはぎ周辺だけならば、そもそも彼はそのスピードに上半身が付いていけずに走る事もままならないだろう。ならばどうして彼は走れているのか」
「もしかして、全身を個性で強化しているから?」
「無意識のうちにね。フィジカル的な個性の人は無意識に身体強化を使っているよ。あの爆豪くんとかもね」
「バクゴー」
「オウムか。まぁいい。掌の汗腺からニトロのような液体を生成して爆発させる彼の個性。でもね、そこにはいくつかの爆発以外のプロセスがあるよ」
「と言うと」
正座をして聞き耳を立てている。
「体液の生成。着火。爆発に指向性を持たせて掌よりも前に押し出している」
「うん」
「これを分解して考えると、ニトロ生成の個性、着火の個性、炎熱に対する耐性、指向性の操作と言う念導系の個性に、爆撃を押し出した反動に耐える身体強化の個性と、一見一つの事のようだけど、実はバラバラの個性の組み合わせだ」
「でもそれを含めて一つの個性なんじゃ?」
「見解の相違だね。まぁわたしが言いたいのは個性って言うのは結構あいまいだって事。そう認識すればきっともっと多くの事に使えるようになるよ」
「つまりどういう事?」
透は理解する事を諦めたらしい。
「つまり、休憩は終わりだって事」
「お、おにっ!」
「うん、まだまだ元気だね。後3時間くらはいけそうだ、ファイトっ!」
「いっぱつぅ!?」
藪を突いて蛇じゃなく鬼が出てしまい悲鳴を上げる透であった。
現実世界で二週間と少し、加速時間内では半年みっちりと修行した結果、透は体に身に着けたものと手で触れている物は透明化できるようになっていた。
個性伸ばし訓練もひと段落したことで久しぶりの登校。
「うう…恥ずかしいよ…」
能力強化とは裏腹に、透は普段の透明化の能力を失ってしまっていた。
今まで透明だったために人との距離をフランクに縮めてきていた透。素の自分を見せるのは初めてで、一緒に登校してきたミライに捕まってどうにか教室の前までやって来た。
「そうだっ、今透明になってしまえばっ!」
「はいはい。今はまだ三時間しか維持できないでしょ。それに」
と一拍おくミライ。
「発動型個性になった透ちゃんは公共の場での能力使用の不可に引っかかるから、慣れておかないと」
「わたし、まだ個性登録変更してないしっ!」
「屁理屈だよそれは」
あきれ顔のミライ。
確かに彼女の登録個性は常時発動型の透明化の個性のままだ。
まだ食い下がる透を背後にガラガラと大きな引き戸を開ける。
「星縞、今まで何をしていたんですか」
ミライの存在に気が付いたクラス副委員の八百万百が一番に声をかけてきた。
「それと、そちらの方は…」
「だれだ、あれ」「かわいい」
「うぉー、超美少女じゃねぇか」
八百万の言葉にクラスの皆の視線が透に向く。後半の言葉は男子クラスメイトの叫びだ。
「ほら、覚悟を決めて、透ちゃん」
ぐいとミライは透を引っ張り入れた。
「あっちょっと…まだ…心の準備がぁ」
「え、もしかして葉隠さんですの?」
と八百万。
「え、葉隠さんっ!?」「え、うっそだぁ」「でも、声には聞き覚えがあるわ」
八百万の言葉に今度はお茶子たち女子も声を上げた。
「あ、あの…ひ…久しぶり?…初めまして?…おめでとうございます?」
「緊張して頭のねじがぶっ飛んじゃったか」
ガチガチに固まった透に群がるクラスメイト達。
収拾がつかなくなったクラスを鎮めるのはいつも担任の先生の仕事だろう。
後ろから入って来た包帯をぐるぐると全身に巻き付けてミイラのようになっている相澤先生がすぐさま着席の号令をかける。
彼にいったい何があったのだろうか。
「お前らさっさと席に付けよ。それと、星縞は後で職員室に来い。連絡が付かない葉隠と…誰だ、君は」
そこでようやく見た事のない生徒を認識したようだ。
「は、初めまして?葉隠透です」
ペコリと頭を下げる透。もうめちゃくちゃだ。
「個性制御できたのか。なるほど」
「先生それだけですかっ!」「もっと言う事があるんじゃ」
クラスからガヤが上がる。
「そういう事は後で星縞に聴く。お前らは黙って席に着けホームルームが始められん」
強引にまとめるとようやく朝のホームルームが始まった。
話題は数日後に迫った雄英体育祭の事がほとんどで、この二週間ほど留守にしていた間に起きた事件についてクラスメイトが嬉々として話してくるのを聞いた。
どうやらミライと透が居ないところで学校に敵(ヴィラン)連合と名乗る犯罪者集団がA組の災害救助実習の時間を襲撃してきたらしい。
相手には空間転移系の個性持ちが居て侵入を許してしまったようだ。
誰が何人倒したとか、脳無(ノウム)という怪物がオールマイトを苦しめる程強かったとか、オールマイトはやはりすごく強かったとか、矢継ぎ早に話される。
「へぇ、そんな事があったんだ」
なるほど、その時の戦闘で相澤先生は重症を負ったのだろう。
「それより葉隠さんですわ」
「そうだよ。なにがあったん?」
八百万とお茶子が透に問いかけた。
「個性制御ができるようになったのね。おめでとう。とってもかわいいわ」
と蛙水梅雨が率直に言う。
「地獄の日々があったのよ…」
ふっと透の表情に影を落とし、机の隅を見つめている。
透の不登校の理由は尾白からそれとなくクラスメイト全員の共通認識になっていた。
ミライの不用意な一言でアイデンテティを深く傷つけられたらしいと。
その数日後ミライも来なくなったので、クラスメイトたちはもしかしたら退学しちゃったのかもしれないと思っていたそうだ。
差し迫った学校行事は雄英高校体育祭だ。
これは全国に生中継される一種のお祭り騒ぎで、人間と言う種の形(レギュレーション)が崩壊した今の世界ではオリンピックや球技、競技は廃れてしまった。
それに代わるものがこの雄英体育祭なのだと言う。
個性を使用しての生徒の優劣を競うその大会は学年ごとの開催だが、全国を熱狂させている。
「で、お前何をしていた」
職員室に呼ばれたミライは給湯室で相澤先生と対面している。他の先生方はそれぞれ忙しいらしくまばらでこちらに興味は無い様子。すりガラスの衝立をはさんであるのでそもそも中は見えないが。
「しょうがなかったんですよっ!ほら、透ちゃんが自己のアイデンテティの崩壊しかけてて。これはマズイと。ちょーとテコ入れして個性伸ばし訓練をですね」
包帯で視えないはずの相澤先生の眼が座り始めた。
「そう言うのはこの後カリキュラムに含まれているんだがな」
「ほら、予習は大事でしょう」
問題ないよね、とミライ。
「予習どころの話ではない。お前、どうやったら常時発動型の個性をOffにできる」
抹消の個性で相手の個性を消せる相澤先生も、見ると言う条件があるため見えない葉隠透の個性は消せない。
まぁ、消せれば衆人環視の中マッパの透が現れる訳だが。
「企業秘密です」
「お前…それでこちらが納得すると思うのか」
「ええ?面倒くさいですねぇ…」
追及を反らすにはそれ以上の事で誤魔化すと言うのも手かとミライは指を振った。
「そう言えば、大けがを負ったそうですね。先生の大事な目も完全には元に戻らず後遺症がのこったとか」
「それがどうした。今はそんな事を聞いていないぞ」
ムスとしかめっ面を強ませる相澤先生。
「目、どうですか?」
「そんなの視えて…なに…?」
ミライは新しく手に入れた再生魔法で相澤先生の状態をケガを負う前まで巻き戻したのだ。
「全身のケガもない…?」
「これがわたしの方が貸しが多いと言う事で」
そう言って立ち上がるミライ。
「恩の押し売りは受け付けてはいないのだがな」
座れと相澤先生。
「恩は押し付けるように売るものですよ。次からは有料ですので。億くらいはもらいます」
もうミライは衝立の向こう。
「億は高すぎだろう」
「相澤先生は稼いでそうなので」
ミライはもうこれ以上追及には答えないと職員室を出た。
学校生活に戻ったのは良いが、ミライは準備期間もないままに雄英体育祭を迎えた。
体育祭は学年ごとで、初日は一年だけで、広い競技場には数多くの観客やスカウトするために視察に来ている現役ヒーローが多数見守る中、まずは障害物競争が行われる。
障害物競走とは言っても個性の使用を禁止していないので、おそらく殺伐としたものになるだろう。
競技には雄英高校の一年在籍の生徒たちで、そこはヒーロー科、サポート科、普通科、あとは一応経営科とすべての生徒が参加していた。
普通科の人達はそもそもこの雄英体育祭すら面白くないよう。
そりゃそうだ。個性を使うこの競技は実質ヒーロー科のお祭りなのだ。一般生徒は端からスタートラインが劣っている。
ミライはせめて専攻別にするべきだと思う。
選手宣誓は入試一位だった爆豪くんが行ったのだが…
だらっとぽけっとに手を突っ込んだまま壇上に登る爆豪。
「せんせー…俺が一位になる」
うん、やると思った。
自己主張が激しいのがヒーローの一面だからね
選手宣誓も終わると狭く薄暗い通路の先から全生徒が開始の合図をまつ。
競技開始の合図と共に一斉に走り出す生徒たち。
狭い通路を通るためか、生徒たちが通路にごった返して前に進めない。
そこをどうにか個性を生かして進んでいくのがヒーロー科の生徒たちだ。
ヒーロー科の生徒はここで活躍すれば有名なヒーローからの相棒(サイドキック)のスカウトがもらえるかもしれないと皆必死だった。
まぁ、ヒーロー免許だけが欲しいミライも出る意味は薄い。
行列の最後尾で手を後ろに組んで観戦していると、その後ろから声がかかる。
「お前は行かないのか?」
相澤先生だ。
「わたし、競技系は参加しない事にしてるから」
しょうがないね、とミライ。
「なぜだ」
教師としては斜に構える生徒を導くのも先生の仕事だ。
「だって本気で参加して、自分の実力の全てを出そうと言う人たちに失礼でしょ?」
「慢心じゃないか?そう言うヒーローを多く見てきたが、碌な死にかたをしない」
と相澤先生がヒーローの先輩として、教師としての忠告だ。
「そうですねぇ」
ピキピキと経絡系が浮かぎあがり薄紫の虹彩に力が入る。
遠視と透視をしてみれば、最初の障害は大きいヴィランロボ。二つ目は綱渡り。三つめは地雷原突破のようだ。
「例えば、わたしが、障害物競走に参加してみたとして」
「してないがな」
呆れた表情を浮かべる相澤先生。
「いえ、これは何でしょう」
そう言ったミライの右手には先ほどまでは持ってなかったゴールテープが握られている。
「それがどうした。偽物か?」
「いいえ、もちろん本物ですよ。競技に参加して、ゴールしてからゴールテープを持って戻って来たんですよ」
ミライにはその場所に到達できる可能性があるのならその過程を省略できる権能がある。
彼女の実力の前では巨大ヴィランロボも吊り橋も地雷原も問題なく突破できる事柄だ。それ故その過程を省略出来てしまう。
「ほら」
『おっとー、どういう事だ?ゴールテープが見当たらないぞ。風で飛ばされてしまったか?』
会場の中でプレゼントマイクが実況している声が会場の外まで響いている。
「お前…」
これにはさすがの相澤先生も驚きの表情を隠せない。
「まぁいい…」
と相澤先生は目を閉じて深い溜息を吐く。
最近相澤先生のため息の数が増えた気がする。
「そう言えば、お前に…」
ワーーーーーーーーーーーー
競技場から歓声が聞こえた。どうやら障害物競走の勝利者が決まったらしい。
「どうしました?」
競技場の方を一度見たミライは相澤先生に向き直る。
「いや、いい。今言う事でもないな」
「そうですか」
いったい何を言いかけたのだろうか。
その後、騎馬戦、個性を使用したトーナメントバトルと続いて、どうやら一位は爆豪くんで落ち着いたらしい。
まぁ、その本人は何が気に入らないのか表彰式にはまさかのさるぐつわを噛まされ棒に括り付けられている。
しゃべれば暴言しか出てこない下水を煮詰めたような性格の彼に、テレビクルーが居る事を危惧した学園側の措置だった。
イメージダウンするような発言を全国生放送で発言してもらっては困るのだろう。
雄英体育祭が終わると、次は職場体験実習だそうで、本場のヒーロー事務所にお邪魔して彼らの活躍をその眼で見てこいとの事なのだがその前に。
「名前、ねぇ」
ヒーローとしての活動名を決めろと言う。
相澤先生ではセンスが無いと言うわけでミッドナイト先生が受け持つ時間で皆それぞれ自分で名前を付ける。
「みんないろいろ考えているなぁ…意味わからないのもあるけど」
I can not stop twinklingってなんだよ青山くん…
キラキラが止められないよ☆とか、それでいいの?
他は蛙水梅雨ちゃんはFROPPY、麗日お茶子ちゃんはウラビティとか結構まともで、皆子供のころから考えていたもののようだ。
透はインビシブルガールと。ふむふむ。
「何にするか決まった?」
透がミライのフリップを覗き見た。
「え、何…忍者ヒーロー、ザ・ソング…?意味が分からないんだけど…結局忍者なの?…ソング?、うた?てっきりヒューチャーとかだと思った」
「ミライだから?まぁ、それでも良いけど。名前なんてなんでも」
名前が決まった後は先日の体育祭で指名をもらった生徒はその中から、指名もれした生徒はあらかじめ学校がお願いしていた40のヒーロー事務所から選ぶ事に。
「ミライちゃんはどこに行くの?」
と受け入れ可能の事務所の紙を見ていた透が言った。
ミライは一件だけ来ていた指名を見せる。
「サー・ナイトアイ…?」
職場体験で赴いたのは小規模なビルの一室。
執務室に通された未来は、執務机に座り、書類仕事をしているスーツ姿のサラリーマン風の七三分けの男の前に居る。
「雄英高校、一年、星縞ミライです」
サー・ナイトアイ。
鋭い視線がミライを見返していた。
その隣に相棒(サイドキック)であるバブルガールとムカデの異業種であるセンチピーダーがミライを見つめていた。
「ナイトアイだ。短い間だが、君にも得るものがあるだろう」
そう言うとナイトアイは立ち上がり、ミライのそばによるとその手を差し出した。
「は、はぁ…」
握手を求められたミライは反射的に彼の手を握り返した。
次の瞬間、ナイトアイの左目が変化し瞳術の類だろうか、何かを見ているようだ。
「っ…!!」
瞬間、ミライの瞳も変化する。
輪廻眼・日像鏡(ひがたのかがみ)で一瞬でウツシ取り、万華鏡写輪眼・桜守姫で発動中のナイトアイの瞳術を解析する。
「ひとの未来を覗き見ですか。あまり良い趣味とは言えませんね」
ナイトアイの個性は予知。
他のヒーローとは違い、どちらかと言えば相澤先生タイプで、素の戦闘力は人間の範疇を越えない。
ミライ相手にナイトアイの行動は軽率過ぎだ。
「サーッ!!」
膨れ上がるミライの殺気にセンチピーダーとバブルガールが迫る。
「やめろっ!」
ナイトアイの静止の声。
「すまなかった。少し気になることがあってね。個性を使ってしまった」
とナイトアイが謝った。若干息も上がっているようだ。
「何か面白い物でも見れましたか?」
ドサとナイトアイは椅子にもたれかかりながら座り天井を見上げて手を額に乗せた。
「いいや…」
「サー、何か悪い予知でもしましたか」
とセンチピーダーが心配そうな声を上げた。
「昔から、遠い未来を予知すると君が出てきていた」
ナイトアイが横目でミライを見ていった。
「君を直接見て分かったよ」
ナイトアイの視線はどこか遠くを見ている。
「君の未来は見えない…いや、未来が確定していないと言った方が近いか…他者の未来を見ると言う間接的な予知では君は多くの矛盾があった」
彼の予知の個性。その使用で一番大きな衝撃を与えたのはオールマイトの相棒(サイドキック)時代、彼の未来を予知した時だろうか。
彼の未来は凄惨な死で完結する。そうナイトアイの予知では見えてしまった。
彼の未来予知の確率は100%で外れた事は無い。
オールマイトが凄惨な死を迎えるという予知を見たと言う事は、そう言う未来が必ず訪れると言う事だった。
しかしナイトアイはそんな未来が受け入れられず、何度も予知をするうちにその予知の中でただ一人、行動に一貫性のない人物が見えてきた。
それが星縞ミライであり、彼女をこの事務所に呼んだ理由だった。
実際、センチピーダーやバブルガールでミライを間接的に予知をしても来る来ない、半々ほどだった。
来る未来と来ない未来が混在する。それは未来を変えれるのではないか、と言う一縷の望みだった。
とは言え、ミライが関わらない場合の予知は未だに100%外れた事は無いのだが。
「君は希望だ」
未来が見えるからこその希望。未来を未知へと変化させる因子。
「これならオールマイトも…」
「………オールマイト?」
ナイトアイの呟きはミライには何のことだかチンプンカンプンだった。
それからの一週間。未来の職場体験は職場体験と言う名のナイトアイの実験だった。
どうすればナイトアイの未来予知を覆せるのか、ミライの未来を他者からの多角的な視点で予知をする実験。
「間接的に関わる、またはほとんど関わらない未来は殆ど覆せないが、ミライ本人が関わる場合はその未来予知が不確かになる場合が多い」
「はぁ…」
ミライも未来視は出来るが、自分の行動次第で変わるものと言う認識だった。
だがナイトアイのそれはどうやら違うらしい。
「未来視は大まかに二つあります。予測と測定」
とミライ。
「どう違うの?」
とは今まで実験に付き合ってきたバブルガールの言葉だ。
「予測は未来視と言うよりも現在の状況から予想される想像。未来は変えられる、と言うファンタジーにおける未来視はこちらですね。逆に測定は見る事で起こる未来を限定してしまう。後者は人間には過ぎた力ですが、ナイトアイはどうやらこちらだと自分では思っているようですね」
「違うのか?」
チラとナイトアイがミライを見る。
「いいえ。わたしでは判断が付きませんよ。ただ、後者であれ、ミライと言う人物を測定できなかったと言う事では?」
「自分の事だろう」
あまりにも他人の事を言うように語るミライにセンチピーダーがやれやれと肩をすくませた。
「まぁ、そうですね」
一週間とは早いもので、職業体験はあっという間に終了。
ミライがナイトアイに拘束されていた間にヒーロー殺しなる敵が捕まったらしい。
どうやらその捕り物劇に緑谷、轟、飯田の三人が関わったらしいが、緑谷くんはよく事件に巻き込まれるよね。
一学期の行事は後は期末試験を残すのみだ。
期末試験は例年だと筆記試験の後、ヴィランロボとの実技試験のはずだが、今年は二人一組で教師陣との模擬戦となった。
「で、なんでわたしだけ特別待遇っ!?」
市街地演習場に一人でそう嘆いているのはミライだ。
二人一組での試験なのだが、A組は21人と一人余る。
その余った一人はがミライなのは別に構わないのだが…
ただ、その対戦相手が大変よろしくない。
「私が来たっ!」
キランと歯を輝かせてサムズアップするオールマイト。
「相澤先生から入念に星縞少女の鼻っ柱を折って欲しいと頼まれたので、他の生徒には付けている重りは無しだ。つまりノーハンデと言う事だな」
歯をむき出して笑うオールマイト。
「詐欺だ…」
しょんぼりと肩を落とすミライ。
「本来なら、捕縛用の手錠で私を捕縛するか、出口まで逃げきれれば試験終了だが、相澤先生がそれでは星縞少女には容易だとノックアウトか制限時間いっぱい逃げ切りで試験合格だそうだぞ」
「わたしだけ試験内容難しすぎませんかねっ!?」
横暴だっ!とミライ。
「試験内容は生徒一人ひとりに合わせてある。君は特に目を掛けられていると言う訳さ」
「えっともちろん手加減してくれるんですよね?」
一縷の望みをかけて問いかけるミライ。
「ハハハ、手加減は相澤先生に止められている。もちろん全力でぶちのめすさ。なぜなら今の私は敵(ヴィラン)なのだからね」
顔の彫りに黒い影が増えた気がする。気のせいだけど。
「その設定守らなくてもいいのではっ!?」
しかし無情にも試験が始まる。
「いくぞ、星縞少女」
「くっそはやっ!?」
地面を蹴ったオールマイトはアスファルトをけ破ることなくその巨体ではありえない速度でミライに迫る。
白眼…じゃぁ追いきれないっ!!
「写輪眼っ!」
ミライの両目が真っ赤に染まり、三つ巴の模様が浮かぶ。
「スマッシュっ!」
繰り出すパンチから放たれた衝撃波は爆風を伴いミライを襲った。
が、しかし…
「あ、そう言うのわたしには効かないんで」
「え…?」
オールマイトが間抜け顔でパンチを繰り出した姿勢で突っ立っている。
その衝撃波はミライに届くころにはそよ風になっていた。
「ちょ、ちょっとまって…今の…どうやったのかな?星縞少女の個性かい?」
「説明、要ります?」
「是非」
ミライにはあずかり知らないところだが、オールマイトの個性であるワン・フォー・オールは今は次の世代へと継承されている。
そんな状態だからこそ、まさか自分の攻撃が効かない相手が居るのはものすごく厄介なのだ。ワン・フォー・オール継承者としてはその理由は知っておかなければならない。
「普通に考えて、どれだけ素早いパンチを繰り出しても衝撃波を出すことは出来ません」
「いや、私は出せているのだか…」
「いえ、ですから、厳密にはそれは個性エネルギーを放出しているんです。わたし的に言えば活力を…オーラを放出しているとでも言いますか」
「そ、そうだったの?」
彫りの深い顔でキョトンとしているオールマイト。
「はい。それで、わたしはそう言うエネルギーは大体分解できます」
ミライの爆弾発言。
「ちょ、ちょっと待ってくれ…それじゃあ轟少年の炎や氷なんかは…」
「多分効きませんね。耐性値高めなんで」
「炎はともかく、質量のある氷もかい?」
それは不可思議だとオールマイト。
「いえ、物質としての氷が飛んで来たら避けますよ。当たったら痛いじゃないですか。ですが、轟くんの氷結させる個性は個性エネルギーから生成した物質ですからね。効きませんね。考えてみてください。あの質量の氷が空気中の水分を凍らせているとでも思っているのですか?」
「むぅ…」
プール一杯分の水量の氷を生成したこともある。そんな水分が空気中に氷として発現できるレベルで彼の能力が及ぶ範囲に存在している訳がない。
「八百万少女の創造は?」
「理屈なら分解できるはずですけどね。どうにも彼女の個性はしっかりと創造過程を想像している分、しっかりと物質化しているみたいであやふやなものじゃなくなっているんですよね」
「つまり?」
「消せないんじゃないかな?」
試したことは無いけれど、とミライ。
「なるほど、興味深い事を教えてもらった…だが、今はっ」
今度はオールマイト自身の体ごとミライに踏み出してきた。
地上にあるすべての法則を無視したように加速された体から繰り出されるその右こぶし。
「っ…!!」
しかしその腕はしっかりとミライによっていなされていた。
「それは…!?」
オールマイトの非現実すぎる攻撃速度にびっくりして反射的にミライのカーマが発動。全身に幾何学模様が伸び、アオが修得していた戦闘経験を十全に振るえるように肉体も変化していた。
驚いているオールマイトをしり目に自然エネルギーを取り込み戦闘態勢へ。
返す刀でミライは掌手をたたき込む。
「はっ!」
「ぐぉっ!」
驚いたのはオールマイト。
巨漢である彼の体重と、その肉体的強度を持ってすればミライの細腕の攻撃などいくらのダメージも無いはずだった。しかし…
「なんとぉっ!」
吹き飛ばされた巨体をクルリと回し勢いを殺して着地するオールマイト。
ズザザーと砂埃が舞っている。
「ははは、やるな星縞少女」
次の瞬間には地面を蹴ってミライに肉薄していた。
ドンドンと空気を震わせるほどの拳と拳の応酬。
「ちょちょっとマジで手加減してくださいってばっ!!」
「ははは、何を言う。私の全力をこれほどまでさばけるのは世界でもほとんど居ないのだぞ」
オールマイトの単純増強型の個性から繰り出される凶悪な格闘術にミライは味方につけた自然エネルギーによる攻撃でどうにか五分の戦いをしていた。
「もう、やだぁこのバグ野郎…」
「ハハハ、あまり汚い言葉を使うものではないぞ、星縞少女」
そう言いながらも乱打戦が続いている。
ミライは嘆息する。距離を取って忍術による攻撃も効果があるものは少ないだろう。
そもそもいくら距離を取ったとして、人外のスピードで動きつつもその反動に耐えれる体を持つオールマイトはミライが印を組む時間をくれないだろう。
距離を取った次の瞬間には肉薄されているのがオチだ。そのためミライは写輪眼で視切りながら格闘戦に応じているのだ。
魔法の発動も一呼吸分の時間が欲しい為難しい。
まぁそもそも誤魔化すのが面倒なので魔法を使おうとは思わないが。
万華鏡写輪眼ならばおそらく問題なくオールマイトを倒せるだろう。
オールマイトも人間だ。幻術は効くだろうし、人間である以上酸素は必要なわけで、志那都比古(しなつひこ)などは有用だ。
だがこちらの手札はあまり見せたくない。
見せても問題ない、もしくは理解が出来ない攻撃…となると…
ドンッ
「つぅ…!!」
オールマイトの思い一撃が腹部を襲う。
「おっと、もろに入ってしまったか」
しまったとオールマイト。
あまりにもミライがオールマイトの攻撃をさばくものだから手加減を忘れたようだ。
猿武でもダメージをいなしきれなかったっ!
一瞬、思考した分反応が遅れてしまったのだ。
吹き飛ばされるミライ。
思考すら邪魔っ!!
ズザザーと土煙を立てて着地したミライをオールマイトは追わなかった。
「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…」
「私自身は星縞少女の実力に驚いているよ。だが、まだまだだ」
と肩で息をするミライとは対照的に余裕そうなオールマイト。
「そもそも…はぁ…わたし…は…絡めてを多く使うタイプの戦闘スタイル…なんですよ…格闘戦が主体じゃないんです」
「それはすまなかった」
オールマイトは格闘戦が主体だ。その戦闘はどうしても徒手空手になる。
しかも相澤先生から全力でミライの鼻っ柱を折ってくれと頼まれているオールマイトが術の行使を待ってはくれないだろう。
「ですがっ!…負けっぱなしは悔しいですからね」
ドンとミライから大量の熱量が発せられた。
「これは…?」
ミライの髪の毛は銀色に染まり、写輪眼から白眼に切り替え、変身したミライからは殺気の一つも感じられない。
身勝手の極意。
これはどこかのアオがバグっぽい娘と長年の修行で至った一つの極致。
その経験をカーマを通して引き出しているのだ。
ゴクリとオールマイトが息をのむ。それほど、目の前のミライは異様だった。
「行きます」
そうミライが仕切り直した次の瞬間、ミライの体が消えた。
「くっ!」
オールマイトの至近から繰り出されるミライの右こぶし。それをオールマイトは手をクロスして受けた。
威力、速度、正確性。どれを取っても今までのミライの比ではない攻撃に初めてオールマイトが怯む。
「ぐぉおおおお。まだまだっ!」
しかし、オールマイトは長年日本を支えてきたNO1ヒーロー。すぐさま反撃に転じた。
ドンッドンッと空気が震える音が響く。
「はぁあああああっ!」
「……ふっ」
強い…だけど…
とミライ。
オールマイトのラッシュ。数十を超えるパンチの応酬を最小の力で払いのけ、かわし、反撃に転じるミライ。
さらに苛烈さを増すオールマイトのパンチは、その威力を猿武で衝撃を分散させてダメージを減らし、こちらの攻撃は相手の防御を越える威力に勝手に強化された打撃がオールマイトを襲う。
回避も細胞一つ一つが勝手に判断して最適解を模索する今のミライに、戦いの天秤が傾くまでにそう時間は掛からなかった。
数百を超えるオールマイトとの拳の応酬は、しかし終わってみれば数分で決着がついていた。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
辛そうに息を吐くミライは片膝をつき、カーマは元に戻り、髪の色も黒髪に戻っている。どうやら身勝手の極意が切れたようだ。
ミライのその消耗は見た目以上で、立ってるのも辛そうだ。
「うぐぐ…」
しかし、その片膝をつくミライの目線の下にくぐもった声を出しひれ伏すガリガリの男性が見えた。
全身を見るにとても健康体とは見えず、口からは赤い物が滴っている。もしかしたら吐血しているのかもしれない。
「オールマイト…?」
ミライの言葉は疑問形だ。
なぜなら筋骨隆々なオールマイトとは似ても似つかない肉付きをしているからだ。
ガリガリに痩せ、死ぬ一歩手前の病人とでも言うような体躯。まともに日常生活を送れるだけで奇跡と言って過言ではないだろう。そんな彼を誰がオールマイトだと思うだろう。
しかし、彼は間違いなくオールマイトだ。
なぜならミライの目の前でその姿に変化したのだから。
そんな彼を見下ろしていると、サポートメカにまたがり駆けつけてくるのは養護教諭であるリカバリーガールだ。
かなりのご高齢だが、他者を治癒する個性は貴重なため現役で雄英で働いてもらっているらしい。
「オールマイト…」
「リカバリーガール…すみません、少し無茶をしました」
その骸骨のような体をサポートメカが安静に運び上げると保健室へと駆けていく。
「すまない、少し止まってくれるか」
とオールマイトがサポートメカに命令するとミライの前で止まった。
「ナイスファイトだった。これなら次世代のヒーローは安泰だな…かはっ…」
そう弱弱しくサムズアップするオールマイトは吐血をした後大急ぎで運ばれていった。
実技試験が終わると相澤先生に呼び出されたミライは連れ立って保健室へと歩を進めるその道中。
「この前言いかけていた事なんだが…」
相澤先生が横を歩くミライに視線を向けつつ言葉を発した。
「ああ、体育祭の時の」
ミライが少し思案して思い出した。
「そうだ。あの時聞こうとしていたのはオールマイトの事だ」
「確かに、あの状態では生きているだけで奇跡ですよ」
トゥルーフォームであるあのガリガリの姿は生命力がとても希薄だった。
特に内臓系が半分以上無いのではないだろうか。よくあの状態で戦闘できるものだ。
「率直に聞く」
「なんでしょう」
そうミライは相澤先生の言葉に相槌をうった。
「お前ならオールマイトのケガを治せるか」
「ふむ…」
「あー…リカバリーガールが俺のケガを見た時」
「ああ、わたしが治した時ですね」
「そうだ。その時リカバリーガールに言われた。お前のそれは治癒能力の強化なんて生易しい物じゃなく、もはや時間の巻き戻しに近いとな」
さすがに数多くの患者を診てきたリカバリーガールだ。核心を得ている。
ガラガラと扉を開け保健室へと入室する。カーテンが引かれ、隔離された一角に弱弱しいオールマイトが横たわっていた。
「やぁ、星縞少女。見苦しいところを見せてしまったね」
「いえ」
ミライが否定する。
そこには長年ヒーローの最前線を突っ走って来た男の雄姿が有るだけだ。
病室にはリカバリーガールの姿もある。
「で、どうなんだ、星縞」
「ちょっと相澤くん…ごほっ…唐突すぎやしないかい。心の準備がまだっ」
弱弱しく言いよどむオールマイト。
「オールマイト。この場合事を急いても結果は変わりませんよ。ならば早い方がいい」
そう相澤先生が淡々とオールマイトに答えた。
「大けがを負ったのは?」
とミライ。
「およそ五年前だ。強大な敵(ヴィラン)が居てね。どうにか倒せはしたのだが、私も大けがを負ってしまった」
トツトツとオールマイトが答える。
「ふむ…なるほど」
とミライ。
「分かっていると思いますが。わたしの治療は時間の巻き戻しに近いです。なので…」
「ちょっと待ってくれ」
とオールマイトから静止の声がかかる。
「悪いが相澤くんとリカバリーガールは席を外してくれないか」
「オールマイト?」
「オールマイト、なぜです」
「すまないが、よろしく頼むよ」
リカバリーガールと相澤先生が怪訝な声を上げたが、オールマイトの必死の声に促され一度病室を出た。
「それで、二人に言えない事ですか?」
「あー…まぁ…そうだな」
何か本当に言いづらそうだ。
「例えば…そう…例えばだ…」
あー…とオールマイトが一拍おいた。
「星縞女子が時間を戻して私を治療したとして…二つに分けたものはどうなるんだい?私の切り取った臓器とかね。うん…そう、ほんの興味なんだ、はは」
乾いた笑みを浮かべたオールマイト。しかし何かを考えているようだ。
「時間を戻すんですからね。でも…無い物は因果を操作して作り出しますが、わたしの力が及ぶ範囲に有れば引っ張ってくると思いますよ?その方が簡単ですしね」
切れた腕なんかはそのままくっつくと言うそう言った話だ。
「それは困る」
割と真剣なトーンで返された彼の表情は真剣そのものだ。
「……?」
ミライは意味が分からず怪訝な表情を浮かべて首をかしげる。
「いや、うん…そうだな…あー…何と言えばいいか…」
何か言えない事が有るのだろ。
はぁとミライはため息を吐いた。
「つまり、臓器だけ時間を戻せないかって事ですね」
「そ、そう。そうなんだっ!」
「でも、そうなると疑似臓器が邪魔ですね。ふむ…」
オールマイトの命を維持している人工の臓器。
まぁ、何とかなるかな。
「まぁ五億って所ですね」
「え、出来るのっ!と言うかお金取るの!?」
治せることよりも巨額な請求に驚いているよう。
「当り前じゃないですか。慈善事業はしませんよ。どうしますか?」
「人助けはヒーローの本懐じゃないのかな…?」
「それを言うなら今のヒーロー社会は皆無給じゃないといけませんよね」
実際は多額のお金を貰っている。
危険手当と言えば聞こえはいいが、一流のヒーローは何十人とサイドキックを雇って余りある報酬がある。
「う…うぐぅ…」
ぐうの音しかでない。
ヒーローとて人気商売。その仕事は国から評価され、お金をもらって生活をしているのだ。
結局、オールマイトは五億を払う約束をしてミライの治療を受ける事に。
転生眼を使い、人工臓器に命を吹き込みその形を変える。
「オールマイト、もう良いですか…おい星縞」
入室してきた相澤先生が気絶しているオールマイトを見てミライを呼ぶ。
「無茶な注文をされたので、しばらくは動けないと思いますが、ちゃんと治ってますよ」
「はぁ…お前は本当に…」
「しばらく無茶も出来ません。新しい臓器を無理やりくっつけたとでも思ってください。生命力も回復しきってないんですからリカバリーガールの治療もほどほどが良いと思います」
さて、用は済んだとミライは退出。
試験が終わると、後は夏休みが始まる。
夏休みとはいっても休みは少なく、ヒーロー科には林間合宿が始まった。
期末テストが赤点だったクラスメイトも全員参加らしい。しかし、楽しいだけではなく夜は地獄の補修になるそうだ。
行先も分からないバスに揺られて到着したのはどこかの裾野。眼下にはただ広い森林が映っていた。
「なに、ここ…どこ?楽しい林間合宿は?」
とその絶望的に何もない風景を見た透が呟いた。
そこに現れる謎の人物二人組。
「ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ」
ポージングは決まっているが何か物足りない登場で現れたのは現役ヒーローチームだ。
マンダレイとピクシーボブの二人がA組の前に現れると、個性を使い強引に樹海へと放り投げた。
この樹海の奥にある合宿上へ自力で到達しろと言う。
彼女たちは三時間ほどでこれ無ければ昼飯は抜きになるだろうと言っていた。
「あー…まぁ、ね」
どうやらこの樹海、土でできた魔獣が出てくるようだ。どうやらどちらかのヒーローの個性だろう。
襲ってくる土くれの魔獣。
それにいち早く対応したのが緑谷、爆豪、轟、飯田達だ。
襲ってくる魔獣を蹴散らして樹海を進んでいる。
「どうするの、ミライちゃんは」
とは透だ。
「みんな勝手にしているから、わたしも勝手にする」
「え、ちょっと待ってよっ!うらぎりものーーーーーー!」
食い下がる透を置き去りにしてミライは樹海の木へとジャンプ。さらに枝を蹴って空中を進む。
ヒーロー志望なんだからこれくらいの事は突破できなければ諦めるほかないと、心を鬼にして透を置いて進んだ。
三時間とは言っていたが、一時間もかからずに樹海を走破し合宿場へと到着するミライ。
「うん、誰も居ない」
バサと木ノ葉が舞う音が聞こえ、地面に着地する。
ミライは見渡すが、マンダレイ達すらまだ到着していない様だ。
「勝手にお邪魔しますよっと」
建物の中は合宿場と言う雰囲気が出ていて、寝泊まりする大部屋や講義を聞く教室、大きめの食堂とそつがない。
厨房に人が居ないところを見ると、どうやら最初から昼までに到達する生徒が現れるとは想定していない様だ。
業務用の大きな冷蔵庫の中には多くの食糧が保冷されていたので勝手に材料を取り出し、昼食を作る。
「この材料で簡単に作れるとなるとパスタかな」
ご飯類は炊きあがるまでに時間がかかるので、ここは麺類をチョイス。
「カルボナーラなら時間も手間もかからないし、ね」
材料も特に珍しい物は無い為冷蔵庫の中にそろっていた。
「うん、我ながらおいしい」
昼食を終えると、特にする事が無くなってしまった。
ピクシーボブとマンダレイすらまだ到着していない。
と言うか、魔獣がどちらかの個性ならば、ここに来るまでに彼女達も時間がかかるだろう。
実際、一定の範囲を越えたら魔獣は出なくなっていたし、その為かなり早く付いたと言うのもある。後半は魔獣も出ず、ただの駆けっこだった。
「ふぁ…する事ないし、ちょっとお昼寝」
…
……
………
日も傾き熱さも収まってきた頃、ようやくA組の進行度がピクシーボブの個性範囲内にこの建物が入ったころ合いでようやくプッシーキャッツの二人が到着。
「ちょっと、あなた…」
誰か揺すられて眠りから覚醒するミライ。
「うん…」
「汚れ一つないわよ」
「こんなルーキーが雄英に居るとはね」
ようやくしっかりと意識が覚醒しあたりを見た。
「おはよう。ようやくお目覚め?」「ぐっすり眠っていたわね」
とマンダレイとピクシーボブがやれやれとミライを起こした。
「擦り傷どころか、汚れ一つないわね」
マンダレイがあきれ顔で言った。
「どのくらいで着いたの?」
とピクシーボブ。
「一時間くらいですかね」
「そんなに速くっ!?私達でも3時間はかかるのに…」
マンダレイがマジかと言う表情を浮かべる。
「こんな子がどうして体育祭では目立ってなかったのよ」
やれやれとピクシーボブ。
「出たら目立っちゃうので」
「ヒーローなんて目立ってナンボでしょうが」
何を言っているの、と頭に手を置いた。
「人それぞれですかね」
ミライは免許が欲しいだけでヒーロー活動には毛ほどの興味もなかった。
結局、クラスメイトが到着したのは日がとっぷりと暮れてからだ。
「すげー、デザートまであるぅ」
「疲れた体と心に甘い物が染み渡るわ」
女子生徒にはやはり食後のデザートが人気だった。
「それはわたしが作りました。暇だったので」
「ええっ!?ミライちゃんが!!すごいっ」
「これはお店で出しても売れると思いますわ」
麗日と八百万がミライをほめた。
「まぁ、原材料費ケチらなければ、ね」
お店に出したらチェーン店の三倍の値段で売らないと元が取れそうにない。
「だけど、なんか男子ぃっ!」
半眼で睨みを利かす耳郎響香。
わいわいと夕食を集まって食べている女性陣にぶしつけな視線が先ほどから送られているのに苛立ったからだ。
「しかしミライちゃん、男子たちの視線を独り占めね」
蛙水梅雨がケロケロと率直に言った。
夕食時、一部の男子からの視線がミライに集まっていた。
特に爆豪の視線は人が殺せるんじゃないかと言う程だ。
「率直に聞くわ。ミライちゃんはどのくらいでここに到着したのかしら?あと葉隠さんも」
「わたしはお昼を少し回ったくらいかな」
透は透でミライに死ぬ一歩手前までギリギリを攻めたフィジカル特訓を受けていたため、他の有象無象よりも到着は早かった。
「そんなに早く…」
とは八百万百。自分たちの到着時間とは天と地ほどの差があった。
「で、どうなの?」
念を押す蛙水。
それに対してミライはピっと指を一本立てた。
「まさかお昼にはもう?」
それを時計の短針と思ったのだろう八百万が驚きの声を上げた。
「ちがうわ、ヤオモモ。ミライちゃんのそれは一時間と言う意味よ」
「ええっ!!」「ウソだろ!?」「絶対うぞっ!」
他の女子生徒も束になって否定の声を上げるが…
「ミライちゃんならそのくらい当然だよね…」
ミライにしごかれた透は納得の表情。
「ちっ…やっぱあいつ体育祭は手を抜きやがったのか」
誰かがそう呟いていたが、喧騒に紛れて聞こえなかった。
二日目は朝から個性伸ばしの訓練だった。
クラスメイトはそれぞれ自身の個性を伸ばす訓練をしている。
容量型の個性は使う事で容量の底上げを、異形型の個性はもっと応用範囲を伸ばす訓練だ。
それぞれ相澤先やプッシー・キャッツの方達が指導に当たっていた。
そう言えば、プッシー・キャッツは四人組のようで、遅れて虎とラグドールの二人が合流している。
虎は…うん、このメンバーでよくチームが組めるなと思えるくらいキャラが濃い。
どちらかと言えばオールマイトに近い画風だ。それがニチアサの幼女向けのアニメ主人公のようなかわいい衣装を着ているものだから目を疑う。
ミライはと言えば相澤先生があきれ顔でミライの前に立つ。
「オールマイトを倒してしまえるようなお前を俺には教える事は出来ない。勝手にしていろ。他の生徒の邪魔にならないようにな」
おおぅ…相澤先生に匙を投げられてしまった。
「あ、いたいたミライちゃん」
声を掛けられて振り返ったミライが見たのは葉隠透の姿……見えないが声からして彼女だろう。
「透ちゃん、どうしたの」
「わたしも匙投げられ組だから」
「ああ…」
透はミライとの修行で個性伸ばし訓練を続けて一歩も二歩も先にいる。
ミライの指導での開花なので、逆に教師陣が教えられるものが無いのだ。
「ミライちゃんに訓練見てもらおうかなぁと思って」
「はいはい、まぁ…ちょうどわたしも暇だったしね」
「う…やっぱり少し後悔が…」
地獄の修行を思い出して選択を間違えたかもしれないと透。
「も、だめ…」
ばたんと地面に倒れ込んだ透。透明化も切れて実態が見えている。
「はぁ…はぁ…どうしてミライちゃんは見えてないわたしの攻撃がよけれるのよ」
透明化しつつ、ミライと組手の修行をしていた彼女がそんな事を呟いた。
「そりゃ、目以外の感覚で透ちゃんを感知しているからね」
「それってわたしのアドバンテージは?」
「無いかな。でもそんな事言ったらサーモグラフィカメラには映るんだし、透ちゃんの透明化は視界に対してだけだね」
「ぐはっ…またしてもわたしのアイデンテティを削るのやめて…」
がっくりと肩を落とす。
「そう言えば、透ちゃんの個性は透明化じゃないね」
「はいぃいいいっ!?ちょ、どういう事よっ!!」
ミライの爆弾発言に自身の事なので透も驚きを隠せない。
「言葉で表すならば『屈折』が適当かもしれない」
「屈折…?光の屈折とかそう言うやつ?」
化学の授業かもしくはテレビで見たのか、そういう知識はあるらしい。
「その屈折。透ちゃんの場合、光を屈折させた結果透明化しているんだと思うよ」
「へぇ」
「ほら。個性なんて曖昧だって事」
「あ…」
以前長々とミライが高説していた事を思い出し辟易する透。
「まぁ、重要なのは透ちゃんの個性は屈折だと言う事。何を屈折させることが出来るかは透ちゃん次第って事だね」
「何を屈折させるか…か」
地面に座り考え込む透。何か真剣に考えているよう。
相澤先生が帰った後、ミライは木々の枝にいくつかの的を設置しその◎目掛けて手裏剣を投げていた。
シュルシュル…キィン…ザク
「い、今のどうやったの?」
透が目を見開いてミライに尋ねる。
なぜなら投げた方向とは直角に曲がった所にある的に手裏剣が刺さっているからだ。
「空中で手裏剣に手裏剣を当てて軌道を変えたのよ」
「そんな事普通の人間に出来る訳ないじゃんっ!」
超人全盛期に何を言っているのか。まぁ一人一個性の縛りがあるから常識的に考えてミライの手裏剣は単純に技術と言う事になるが。
「とは言え、本当にただの技術だよ」
確かにミライの手裏剣術はチャクラを使ったものではなく、反復練習によるただの技術だった。
林間合宿三日目。
訓練の合間にレクリエーションも用意されていて、夜には肝試し大会もあると言う。
期末テスト補習組はそういった行事の時間を削り補修に当てられていて、何人かは相澤先生が補講教習へと連行していった。
その残りでくじを引いて二人一組で肝試し。
林の中を歩き、折り返し地点にあるアイテムを持って帰ってくる単純なゲームだ。
今日はB組が脅かす方をやるらしい。
ミライは緑谷とペアで出発は一番最後のようだ。
「よろしく、星縞さん」
「まぁ、適当によろしく」
挨拶を済ませると出発の順番を待つ。
しかし、その楽しいはずの肝試しはミライは出発する事が出来なかった。
なぜなら敵(ヴィラン)の襲撃にあったからだ。
ミライの前に現れたヴィランは二人。
森の近くにいたはずのピクシーボブを引きずっている。
生きはしているようだが、どうやらケガを負って気絶しているようだ。
大柄で、なにやら巨大な磁石のような物を持つ男とトカゲの異業種でいくつもの小剣をバンドでつないだような不格好な大剣を持った男の二人組だ。
対するこちらはプロヒーローであるマンダレイと虎のふたりと雄英生が数人。
当然、マンダレイは生徒に避難指示をだしたが、緑谷はマンダレイに何か二人にしか分からない事を言うと一目散に走り去っていく。
他の生徒は飯田くんが先導してすぐさま避難。
「あなたもっ!」
マンダレイがトカゲの異業種、スピナーと言う男と交戦しながら動こうとしないミライを促した。
「いいえ、ここに敵が現れたと言う事は、森の中はすでに戦場だと言う事じゃないですか」
白眼で森の中を遠視してみれば、ガスにさえぎられて見えない所と炎が燃え上がる所、ピクシーボブはすでに倒され、ラグドールの姿は見えない。
「こんな所でもたついていたらクラスメイトが死んでしまいます。だから、これは自衛ですよ?」
「あなた、何をいって…?」
マンダレイが疑問の声を上げた次の瞬間、ミライの姿がブレた。
「がはっ!!」
ドンと音を立てて地面にひれ伏すスピナー。
「ぬぅ?」
驚いて交戦中だった虎と大柄の男、マグネがミライを見た次の瞬間…
「次っ!」
ドン
再び鈍い音を立てて巨漢の男が地面に伏した。
スピナーなどは、一般人が粋がった程度の戦闘力しかなく、マグネも虎と戦闘中でミライの不意打ちに対応できず昏倒させられてしまった。
「森の中で炎とガスが立ち込めてます」
「あなた、見えているの?」
「マンダレイ。いまはそんな事は重要ではない」
ミライを追求しようとしたマンダレイをたしなめる虎。
「救助に向かいます」
「ダメよっ!あなたはまだヒーローじゃない。戦闘行為は許可されてないのよっ!」
マンダレイがミライに逃げろと言う。
「友達を助けるのにヒーローかヒーローじゃないかが重要ですかっ!」
「わたし達が行くからっ!あなたはこの敵(ヴィラン)達を拘束していて」
「あなたの個性はテレパスでしょうっ!」
有能な個性だが事、戦闘に関しては大きくアドバンテージを取れる個性ではなかった。
スポーツジムに通う女性程度の実力で何ができるとミライの視線は語っている。
「くっ…」
悔しそうに表情を歪めるマンダレイ。
「戦闘向け個性が最低二人以上いるんですよっ」
炎と煙が立ち込めて森林全体を見渡すのは困難になっている。
「マンダレイ。我らにこの娘っ子は止められぬよ」
自分たちが苦戦していた二人の敵をほぼ一撃で仕留めたミライの実力を虎は認めた。
「見なかったことにしてくださいね」
もう問答は必要ない。時は一刻を争う事態だ。
「あなた…」
ミライは焦る心を落ち着かせるように丹田近くで拳を合わせ、両方の親指を合わせて上へ向ける。
瞬間、ミライの顔に隈取のような朱色がさした。
仙人モードだ。
自然エネルギーを取り込み、増えたチャクラと感知能力を動員し森林一帯を探る。
明確な悪意が4…5?少し変な気配もある。
後は焦燥や弱っているのがクラスメイト達だろう。
どうやらまだみんな生きているようだ。
一か所は今決着が着いたようで、敵から二人ほど離れて行っている。
これは緑谷くんかな。
合宿施設の方にもおかしな気配がするが、そっちは相澤先生とブラドキング先生が居る。
炎が上がっている方に生徒の気配は無い。逆に煙の方は大分巻き込まれているようである。
オーラが弱っているところを見ると遅効性の毒ガスか?
何にせよこのままには出来ない。
「ちょっと荒っぽくなるけど…」
「何をするの…?」
ミライは印を組み上げると大きく息を吸い込んだ。
「風遁・大突破っ!」
ゴウと吐き出された突風は森の中を駆け巡り、覆っていた煙を晴らし、炎は逆に勢いを増した。
「行きます!」
ミライは森の中へと駆けていく。
「我も行こう。マンダレイ、ここを頼む」
「ちょっと虎っ!」
生死の声をかけるマンダレイだが…
「って、追いつけぬわっ」
虎が悔しそうにつぶやいた。ミライの姿はもうその視界から消えていた。
森の中を駆けるミライ。
一番生命力が減少している現場へと急いでいた。
途中、マンダレイから相澤先生から交戦可の命令と、敵の狙いが『かっちゃん』らしい事がテレパスで伝えられる。
彼の所には数人のクラスメイトが居るはず、そう簡単にはいかないだろう。
だから今は…透ちゃん。
彼女はくじ引きの結果、ミライより先に肝試しに出発していたために森の奥、ガスの発生時に一番近くで遭遇してしまった為にその毒を多く吸って倒れてしまっていた。
「ガスマスク…ヤオモモちゃんか」
彼女の姿は見えないが、多くを助けようとした結果、透ちゃん達を置いていったのだろう。
彼女らしい判断だ。
あの状況でガスマスク無しの生徒は数分持っただろうか分からないのだから。
透とB組の生徒が数人、ガスマスクを着用されて倒れている。
「これくらいなら…キアリー」
解毒魔法で彼女たちの毒を抜く。
顔色は良くなってきたので命の心配はしなくていいだろう。
「う……ミライ…ちゃん…?」
「大丈夫だから、もう少し寝てて」
「…他の…みんなは?」
透がクラスメイトを心配したように問いかけた。
「戦闘許可もおりてるし、少し本気をだしたわ」
「じゃあ…だいじょうぶだね…」
ミライの言葉に安心したように再び気を失う透。
「炎の個性が少し厄介かもしれないけど、まぁ大丈夫。問題ないわ」
そう言ってミライは白眼で森の中を遠視。
そこにはすべての現場に現れるミライの姿があった。
ドンと粉塵を上げ、地面に倒れ込んでいるのは林間合宿を襲ってきた敵の一人だ。
その敵(ヴィラン)にはもう戦闘を継続させることが不可能なほどダメージを負っている。
「なんだ…!?」
爆豪勝己は自分たちが苦戦していた敵(ヴィラン)が、何者かによって一撃で倒されたその光景にショックを受けていた。
敵は口の中から枝分かれする刃を多数生み出して攻撃してくる強敵で、自分も、そして轟も相手の戦い慣れしたその強さに押されていた。
負けるとは微塵も思っていなかったが、それでもまさか背後から強襲一撃で倒されてしまうとは、しかもそれが自分のクラスメイトだと言う事が彼のプライドを刺激していた。
「てめぇ!」
「星縞か?」
その姿を見て取った爆豪と轟がそれぞれ誰何した。
しかし、その誰かは答えずに現場を去っていった。
ちょうど月が雲に隠れ誰かの表情は暗く、確信は持てなかったようだ。
「星縞のように見えたが…」
「しらねぇよ、クソがっ!」
忌々しそうに爆豪が吼えた。
まぁ、不意打ち気味に背後が取れる森林はわたしに有利だったね。
他の現場も死角から一撃で全ての敵を気絶させ、木遁分身を解く。
一部、敵と間違えて暴走していた常闇くんもぶっ飛ばしたけど、問題無いよね?
一番相性の悪いように見えた炎を操る敵も死角からの初撃をかわせず。仲間も居たが、相手が個性を使う前に気絶させる。
近くの生徒が気絶している敵を拘束し、肝試しのスタート地点へと戻ってくると、ようやく事件も解決の目途が立った。
が、しかし…
「ぬぅ…ラグドールのやつの姿が見えぬわ。お主なら分からぬか」
虎がその巨漢をショックでしぼませながらミライに問いかけた。
「残酷なようですが…彼女の気配を感じません…ですが、殺されたなら死体を隠す必要は無いと思います」
「攫われた…か。彼女の個性故だろうよ」
ラグドールの個性はサーチ。
もし彼女に言う事を聞かせることが出来るのなら、とても有用だろう。
「で、こいつらどうすんだよっ!」
とイライラを隠そうとしない爆豪が誰に言うでもなく吼えた。
こいつらとはひとまとめにされている敵(ヴィラン)達だ。
「もう少しで警察と応援のヒーローが来るわ」
そうマンダレイが答えた次の瞬間…
「なっ!!」
「え…?」
敵たちの足元に黒い穴が広がったかと思うと、自重で落下するように黒い穴に飲まれて消えていく。
「くそ…くんなデクっ!」
「かっちゃんっ!」
緑谷出久が敵の近くにいたために一緒に飲まれていった爆豪を心配して叫んだ。
そして敵が消えたそこに白い全身タイツに黒い模様をちりばめたような風体の人物が立っていた。
「お前はっ!!」
その見覚えのある風貌にミライが叫んだ。
「敵連合(ヴィランれんごう)、ザ・スポットと申します。以後お見知りおきを」
「まてっ!くっ…」
ミライが動き出すよりも早く、その何者かは黒い穴に消えていく。
「かっちゃん…かっちゃーーーんっ!!」
出し抜かれ、言葉を発せない雄英、プッシキャッツの面々の中。緑谷出久の叫び声だけが響いていた。
林間合宿を機にミライの因縁も動き始めていた。
…
……
………
林間合宿の敵の襲撃、また雄英生との拉致といま雄英高校の風向きは厳しい。
クラスメイトの中では毒ガスを受けた生徒が何人か検査入院をしているし、なぜか腕に大けがを負っている緑谷出久は当然ベッドに横たわってリカバリーガールの治療を受け、気絶したように眠っている。
ミライのクラスメイト達の表情は一様に暗い。
クラスメイトの一人である爆豪勝己が敵連合に連れされれたのだ。明るく笑う方がおかしくはあるのだが。
それよりも…
「ザ・スポット…」
彼女はミライの世界からアンチリンカーを盗んでいった侵入者であり、ミライがこの世界に居る一つの原因を作った存在だ。
「能力の扱いがうまくなってる…」
彼女の個性は時空間に穴を開けて他の場所とつなげる能力。その能力は不完全で、完全には扱えてなかったはずだ。
「まぁ、あれから何年も経ってるしね」
ミライと彼女が同じ時間が経過しているかは分からないが、それでも以前よりも強力になっている事は確実だった。
爆豪勝己救出は、現役のヒーローと警察が全力を持ってあたっている。
ミライが救出に向かえばもしかしたら被害を最小限に救出できるかもしれないが、我を通すには事件が大きくなり過ぎた。
今回はヒーローと警察に任せる他ないだろう。
たらればの話になるが、もしミライが爆豪勝己の救出に向かっていたら、どうなったであろうか。
この後、爆豪勝己救出と敵連合殲滅に動いたヒーローと警察は、爆豪勝己こそ救出したものの、敵連合の反撃で大きな被害を出すことになる。
決戦の地である神奈川県横浜市神野区。
そこは今は爆心地のようになっていて、多くのビルは倒壊し、死傷者が多数出てしまっている。
オールマイトを筆頭にヒーローブロードチャートJPのトップに名を連ねるヒーローが多数参加した神野区の事件。
しかし、強力な敵の前に、オールマイトは辛勝。
しかも骸骨のようなトュルーフォームがさらされてしまい、さらに彼の個性はもう限界だと言う事が世間に広まった。
これによりオールマイトは事実上ヒーローを引退。この事件は多くの傷跡と歪を生んだ。
捕まったのはオールマイトと戦った敵が一人だけで、その他あの林間合宿で襲撃して来た敵の一人も捕まえられず取り逃がしてしまったようだ。
この事件を受けて、雄英高校は夏休み明けから全寮制に切り替えることになるらしい。
寮はクラスごとに一棟が割り当てられていて、遠くからはHの文字のような形をして見え、鉄筋コンクリートのマンションのような建物だ。
左右に分かれた建物に男女がそれぞれ一室を割り当てられ、一階部分がリビングや食堂の共用部分だ。
寮の構造は左右シンメトリーになっているが、男女の人数はクラスメイト21人に対して、女子は七人と三分の一しかいないので、部屋はあまり気味だ。
「ふむ…」
引っ越し作業が終わると、唐突に始まるお部屋のお披露目会。
男子から始まり、女子の下階から順にお披露目。
「最後はミライちゃんだね」
そう透がウキウキしながら言う。いったいどんな部屋だろうと言ったところか。
「そう言えば、ミライさんの部屋だけ三階でしたわね」
とヤオモモ。
「えーなにそれズルーい」
芦戸三奈が角を揺らしながらねたんだ。
「でも、その分階段のぼらんといかんのやし」
そう言って麗日お茶子がたしなめた。
「どうでもいいから開けようぜっ!」
鼻息荒く峰田がせかした。
「お前のそう言う所は尊敬するよ」
峰田の後ろで上鳴が肩を竦めていた。
ガチャリと扉が開かれる。
「え?」
その驚きはいったい誰の声だろうか。
扉を開けると、部屋の壁をぶち抜いてワンフロア全部がひと繋ぎになっていて、ホテルのスイートルームのようになっている。
「なにこれチョーすごーい」
テンションの上がった声を上げる芦戸三奈。
「ちょっとこれは豪華すぎるとちゃう?」
麗日お茶子はもうどういう表情を浮かべていいか分からない。
「まぁ、わたしもこうすればよかったのですね」
「ブルジョアがここにもっ!」
その手があったと言うヤオモモとそれに突っ込みをいれた透。
「だが実際アリなのか?」
とは表情の乏しい轟が呟いた。
「無しとは言われてないから。グレーゾーンだけどね」
空間はさえぎるものが少ないつくりでベッドやキッチン、業務用の冷蔵庫、ソファや特大のテレビなどが整然と配置されている。
お部屋披露は満場一致でミライが一位を獲得。
それ以降、女子の集まりは自然とミライの部屋になるのは仕方のない事だった。
後書き
権能の説明で今までの名前と違うのは、レポートを書いている人が勝手に名前を付けているからです。相手からはこう見えると言う事ですね。アオも間接的に知ればいくつかの能力の名前が変わるかもしれません。
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