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エターナルトラベラー

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エイプリルフール番外編 【Fate/Apocrypha編】

 
前書き
エイプリルフールなので、放置していたものを何とか形にしたものです。おそらく年単位で放置していたもので、時系列的にはシンフォギアを終わらせた当たりで書いてたものとおもいます。後半は急ぎ足で終わらせてしまったものですが、楽しんでいただければ幸いです。 

 
起動したギャラルホルンは一度起動するとしばらくゲートを維持し続ける。

繋がった世界は響合い、影響を互いに及ぼす。

ノイズが現れる程度ならまだ可愛い物だが、何も無いと言うのはそれはそれで不気味ではある。

しかも今回のこのギャラルホルンのゲートを潜れたのはアオ一人であった事も問題だ。

ゲートの先はフランスの片田舎。

体よくミッションスクールの寮へと滑り込んだのだが、まぁ女子寮なのだ。

直前まではミライが主人格であったはずなのだが、ギャラルホルンの影響か突如として入れ替わってしまった。

得られた情報は数少ない…と言うかほぼ無い。どうしてこんな所に繋がったのかも分からないままだ。

「それじゃあレティお休み」

「はい、おやすみなさい。ミライさん」

同室のレティシアに挨拶をして就寝。今日も一日何の進展もなかった。

本当に大丈夫なのだろうか。そろそろ一度戻った方が良いのかも。ゲートも自然に閉じてしまってたりして…

就寝後間もなく、レティシアがアオを起こすと言葉を発した。

「しばらく旅に出る事になりました」

と。

「は?」

この娘、いきなり何を言っているのだろう。

さっきお休みを言ったばかりでおはようまではまだ時間があるにもかかわらずに、だ。

雰囲気の変わった彼女はどうしてもルーマニアへと行かなければならないらしい。

その事を誠心誠意カリスマ的な力を使って説得して来る。

が、しかしアオにそんなものは通用しない。

突如おかしくなったこの娘が今回の異変に関係が有ると直感が告げていた。

「で、どうしてそんなにルーマニアに行きたいの?」

「それは…ですから…えぇっと」

この雰囲気の変わった彼女は本当の事を言ってもどうせ信じないと高をくくり話し始めた。

「私は、ルーマニアの地で行われるとある事件を平定しなければならないのです」

聞けばルーマニアで聖杯戦争…いや、聖杯大戦と言う儀式が行われているらしい。

それは過去の偉人…英霊と魔術師による殺し合い。本来は七組による戦争のはずだが、しかし今回のそれは7対7の大戦なのだと言う。

ルーラーたる自分はその平定に行かなければならないから行かせてほしいと言う。

まぁ、そんなのいちいち説明せんでも行けばいいのだろうが、存外律儀な性格なようだ。

「へぇ、そうなんだ。召喚の呪文とかあるの?」

「はい、有りますよ」

「教えてよー」

「ええ、まぁ…」

一般人であると思い込んでいる彼女は戯れに教えてくれた。

だから…

「─告げる…汝の身は我が下に、我が運命は汝の剣に…聖杯のよるべに従い、この意この理に従うのなら……我に従え…ならばこの命運、汝が旗に預けよう…」

とすっと右手を差し出した。

「ルーラーの名のもとに誓いを受ける。私の旗は貴女と共に…」

ゴウッと魔力が渦を巻いた。

「え…えぇっ!?」

驚くルーラー。

アオの右手の甲には三つ巴の令呪が刻まれていた。

「なっ!?なんでっ!?」

「いやぁ…昔取った杵柄で」

「き…杵柄っ!?」

「ルーラーも用心が足りない。だから足元を掬われる」

「魔術師…なのですか?」

「いや…魔術師ではないよ。でもオレはちょっと訳ありでね。魔術師では無いけど、聖杯戦争には縁があったから色々知ってる。こんな無茶が出来るくらいにはね」

「オレ…男口調になってますよ」

「男だからね」

「なっ!?」

ここは女子寮で、女の子同士の相部屋のはずで…しかし目の前の彼は男だと言う。

「ほ、本当に…?」

「今は女の体だけどね。男に戻ろうか?」

ブンブンブンと全力でルーラーは首を振った。

「ルーラーをサーヴァントにして…貴女は何を企んでいるのですか?」

「いや、別に?聖杯大戦に参加して聖杯が欲しいと言う訳じゃ無いよ?」

「聖杯を望まない?では何を…?」

「そうだなぁ…今のオレの状況を説明すれば、うーん…守護者が一番近いかな?」

かいつまんで説明する。

「ええっと…アオさん…くん?」

「どっちでもいいよ」

「じゃあアオくんと…で、アオくんは平行世界の人間で、聖遺物であるギャラルホルンの影響でこの世界に来ている、と?それを信じろと言うのですか?」

「まぁ、ね。それで、ギャラルホルンは繋がった世界の事変を解決しないでいるとオレ達の世界にも影響してしまうと言う厄介な面があるのですよ…はぁ…本来はオレはそう言うの向かないのだけど…今回ばかりは、ね…」

響達が来れなかったのだから仕方ない。いや、別に連れてくる分にはアオがゲートを開けば良いのだが、ギャラルホルンの謎の選定がある。アオだけで充分、もしくは適任と言う事なのだろう。

「だけど、それも少し分かって来た。なるほど、聖杯戦争か」

「今回は聖杯大戦ですけどね」

とルーラー。

「しかし、ルーラーとは聞かないクラスだな」

「はい。通常の聖杯戦争では呼ばれないクラスですから」

存在しない聖杯戦争の方が多いのではないでしょうか、とルーラー。

ルーラーは規模が大きくなったり、何かしらのルール違反などが行われようとしているときに召喚されるクラスであると言う。

ルーラーは審判者としての権限を各サーヴァントに二画ずつの令呪として与えられている。

ひん剥いた彼女の背中に有る羽の様な令呪がそれらしい。

「恥ずかしいのですが…」

「女の子同士だし、ノーカン」

「あなたは男なのでしょうっ!」

あら、覚えてたのね。

「ルーラーは聖杯大戦の調停。オレはここで起こる問題の解決。ただ、その問題解決がまさかフランスじゃなくてルーマニアだとはね…」

「違うとは思わないのですか?」

「まさか。たまたまオレがここに居て、そこにルーラーが召喚された、なんてどんな偶然だ?これは必然と言うんだ」

ああ、そう言えばとアオ。

「レティはどうなっているんだ?」

「彼女は私のすべてを受け入れて眠っています。…大丈夫です、聖杯大戦が終われば傷一つなくこのフランスへと戻るでしょう」

「それはルーラーが死んだとしても?」

「彼女の生体バックアップは保存済みですので」

それは…魂の物質化なのではないだろうか?

「そっか…それじゃ最後に…君の真名は?」

「ルーラーたる自分に隠すべき真名は有りません。ジャンヌ・ダルク。それが私の真名です」


次の日、アオとジャンヌは寮から国際空港へと移動しルーマニアへと空路で入国する。

「知識としては分かってましたが、まさか本当に鉄の塊が空を飛ぶとは…」

ルーラーが青い顔をしている。

「人間の進歩はすさまじいものが有るからね」

ルーマニアへと降り立ったアオとルーラー。

「そう言えば、ルーラーって文字書けたのね」

ジャンヌは史実では非識字者であったと言う。

また、サーヴァントは召喚に際し現代知識を得ると言うが、それは召喚者の母国語、または開催地の言語程度のものである。

流暢とまではいかなくともよどみのない英語を話すジャンヌには少し微妙な印象を得た。

「私の場合レティシアの記憶もありますから」

なるほど。

「それよりもあなたです。あなたはいくつの言語を習得しているのですか?」

方言などの細かいニュアンスも問題なく聞き取り話せるアオの特技に舌を巻くルーラー。

「オレは言葉には不自由しない能力を持っているからね。…まぁ本当に昔は苦労したものだけども」

日本人的には他の言語を覚えるのは本当に苦労したものだ。

目的地であるトゥリファスへは直通のバスは無く、トラックの荷台を借りてゆっくりと移動していった。

太陽は稜線へと沈み、夜の帳が下りて来た頃、ルーラーがピクリと何かを感じ取ったように動き出す。

トラックを運転していたおじさんを言葉巧みに夜が明けるまで車を動かさない事を約束させるとルーラーは駆け出して行った。

…アオも置いて。

「おーい…」

いくら魔術師とは言えサーヴァントの走力に敵う道理はない。ないが…

「なっ!?ちょっとーーっ!?」

驚くルーラー。それも仕方ない。

進んだその先にアオが待っていたのだから。

「ど、どう言う事なのですかっ!!」

「うーん…東洋でいう縮地、みたいな?」

「言ってる言葉の意味が分かりません…」

「分からないように言ってるから」

日本語はインストールされていないらしい。

さらにそこから並走するように走る。

「サーヴァントに追走出来るなんて…あなた…」

と、そこで会話は途切れる。

何故なら顧みられることのない電柱の上にスゥと一人の英霊…サーヴァントが現れたからだ。

「赤のランサーですか」

今回の聖杯大戦はチーム戦。故にチームカラーを付けてクラス名を名乗るらしい。

現れたのは赤の陣営のランサーのサーヴァントと言う事になる。

「槍も出していないのに分かるのか。流石はルーラーと呼ぶべきか」

「ええ、あなたの真名も分かっていますよ。これもルーラーの特権の一つです。インドの大英雄」

「ほう…」

少し赤のランサーに鋭さが増した。

この聖杯大戦の裁定者であるルーラーの前に立ちはだかる赤のランサーの目的はルーラーの排除。

赤の陣営はルール違反をしたいのか、それともしているのかルーラーを排除したいらしい。

「そちらは?」

「彼女は…えぇっと…」

「裁定者たるあなたが口ごもるのか?」

「…ったー…です」

「なんと?」

「私のマスターですと申し上げたのですっ!」

とても言いにくかったのだろう。最後はやけくそ気味だ。

「…それは裁定者としてどうなのだ?」

「そもそも、私がイレギュラー召喚された事こそ問題視しなくてはならないのです。ええ、ええ、わざわざフランスになんて召喚されるとか、おかしくないですか?」

「そうなのか…?」

「そうなのです。それと誤解の無いように言っておきますけれど、彼女は聖杯に興味は無いらしいですよ」

「なるほど。現世に望みの無いサーヴァントと聖杯に興味のないマスターか…それならば良いのか…?」

さて、赤のランサーはこの後いくつかルーラーと言葉を交わしたが、ルーラーを排除するとの一点張り。

うーむ、マスターからの命令に忠実であり、なかなか融通が利かないサーヴァントらしい。

槍を取り出し、まさに突きかかろうとする赤のランサー。しかし…

「やれ、セイバーっ!」

横合いから何者かが赤のランサー目がけて斬りかかった。

長身で鍛えられた筋肉。無駄な脂肪が一切無いと言うのにボディビルダーのような筋肉の付き方はしておらず、どちらかと言えば痩せ型体系。

手には剣を持ち赤のランサーをけん制している。

「黒のセイバーですか」

ルーラーの呟き。

赤陣営の敵対陣営である黒の陣営。黒のセイバーがルーラーの窮地に駆けつけた…と言う訳では無いらしい。

喚き散らすメタボリックな体型の中年男性…黒のセイバーのマスターの言葉を聞くにルーラーを自陣営に引き込みに来たらしい。

助けに来たのだから赤のランサー討伐への助力も得られるものと勝手に思っていたようだが、裁定者たるルーラーはどちらの陣営にも肩入れしない。

きっぱりと断っていた。

すげなく断られた黒のセイバーのマスターは何を血迷ったのか、この場で唯一の一般人であると思われるオレを人質にしようとしたようだが、黒のセイバーは戦闘中。ルーラーであるジャンヌは戦闘に参加していない為に諦めたようだ。

ぶつかり合う槍と剣。

「黒のセイバーの傷が浅いな…うーむ。これは不死系の伝承があるのだろう」

「なっ!?」

驚いたのは黒のセイバーのマスターだが、そんなに驚く事だろうか?

赤のランサーは必殺の威力を込めて槍を振るっているのだ。それをかすり傷程度で済んでいるのだからそう言う能力があるとすぐに分かるものだろう。

先ほどルーラーが赤のランサーをインドの英雄と言っていた。

インドの英雄と言えばラーマーヤナとマハーバーラタに出てくる人間離れした英雄たち。あの人知を超えた槍を見ればそのどちらかの伝承の英雄であろう。そんな彼らの攻撃をもってしてかすり傷程度なのだから防御能力に秀でた英霊であるとすぐに分かろうもの。

「不死の伝承を持つセイバー…有名所から考えればジーク…」

「セイバー、あの女の口を閉じさせろっ!」

「くっ…」

赤のランサーから距離を取っていた黒のセイバーが苦い顔をして斬りかかってくる。

「む…そちらに行くか。ならばこの隙に俺も本来の目的を果たそう」

赤のランサーはルーラーへとその槍を向けた。

「なっ…逃げっ…くぅ」

ルーラーの助言などこの間合いでは何の意味もない上に自身は赤のランサーの攻撃を防がねばならなかった。

キィンキィン

その金属音はルーラーが赤のランサーの槍を旗で受け止めた音…ではなく…

「なっ…!」

寡黙な黒のセイバーの驚きの声を上げるのも仕方がない。

「アオくんっ無事なのですかっ!?」

何故ならサーヴァントの一撃をただの魔術師が受け止めていたのだから。

右手に握る機械的ギミックが付いた日本刀。それが火花を散らしつつ黒のセイバーの騎士剣を受け止めていた。

「別にオレは戦う気は無いのだけれど…そもそも有名過ぎて推察しやすいのだから逆に言わせておけば良い物を。ジークフリート、君のマスターは我慢が足りない」

「何故それをっ!」

「…マスターが肯定してはダメだろう」

もう遅いが。

「くぅ…セイバー、その女を殺せっ!絶対に生きて帰すなっ」

ググッと込める力が強まったジークフリートの剣を刀身を滑らせて身をひるがえす。

ドンっと地面を切り裂くジークフリートの騎士剣…バルムンク。

ジークフリートの逸話は有名だ。彼の弱点は世界中に知れ渡っているほど。つまり竜の血を浴びれなかった背中だが…

「ふっ…」

斬りかかったアオの刀は、しかし体の向きを直し背中を隠したセイバーの胴を薙ぐ。

「……」

「………」

ダメージは浅い。薄皮一枚切った程度だろう。

黒のセイバーから油断が消えていた。

もはや語る言葉は無く、互いに振るう剣がぶつかり合う音だけが響く。

「君のマスターは本当に人間か?」

「そのはずですが…」

赤のランサーの言葉に自信なさげに返すルーラー。

サーヴァントは良い。英霊は人間より昇華された存在だ。しかしそれと互角に打ち合えているあの魔術師は本当に人間なのだろうか?

戦士であるランサーと裁定者たるルーラー。ジャンヌは生前、戦争を経験したし、前線に立ってもいただろう。しかし、サーヴァントとなった今でも彼女は戦士ではない。ジャンヌは戦場でいつもで旗を振っていたのだ。

戦いの天秤が傾くのに時間は掛からなかった。

「きゃっ…!」

「これで終わりだっ!」

「くっ…」

迫るランサーの槍。

この一撃は確実にルーラーの霊核を射抜くだろう。

「令呪を…」

「遅いっ!」

令呪による遅延もこの一撃を免れる事は出来ないだろう。そんな一撃を…

キィンっ

「なっ!」
「え…!?」

横から何かが割って入って受け止めていた。

「貴様はっ!?」

「アオくんっ!?」

「ルーラーが思ったよりも戦えない外れサーヴァントだと分かったよ…ルーラーはどうでも良いけど、レティに何かあると困る」

「むっ!」

膨れるなよ。事実だ。

「どうやった…?」

「さて、ね」

視界の外れでセイバーと戦闘していたこの魔術師は、どう言う事か一瞬でランサーの前に現れたのだ。

対象を失ったセイバーの剣は思いっきり空を切りアスファルトを捲り上げている。

「ルーラー、邪魔だから下がってて」

「それは私のセリフではっ!?」

「今まさに絶体絶命だったやつのセリフじゃないな」

さてと、ソルちょっとごめん。流石に神造の槍と日本刀では相性ってものが有る。

ソルはピコピコと不満そうに点滅したが、了解したと返答。

ギィン

ひと際大きく槍を弾くと距離を取り日本刀を手放した。

「武器を手放すか…だが」

一足で距離を詰めてくる赤のランサー。

キィン

「なっ…!」

ランサーの槍を弾いたのはアオが空中から取り出した槍であった。

「刀ほどに得意ではないけれど。その槍に対抗できるのは中々なくて…ねっ!」

力を込めて槍を掃う。

一合、二合と切り結ぶ。黒のセイバーは入ってこない。騎士道と言うよりもこのレベルの戦いに横から入るのは難しいのだ。

そして黒のセイバーはルーラーの確保で有って抹殺ではない。

が、アオと赤のランサーの死闘に体を震わせていた。目の前でここまでの戦いを見せられてどうやら戦士として血がたぎっているのだろう。

「この槍と打ち合えるほどの業物…それも神造兵器か」

「伝承保菌者だとっ!?」

ランサーの言葉に一番驚いているのは黒のセイバーのマスター…ゴルドだ。

「このレベルの物でなければその槍はキツ過ぎる」

突き、薙ぎ払い、打ち付け合いながらの会話。

「しかし…なるほど。サーヴァントとして現界するとそう言う事も有るのだな」

「そう言う事、とは?」

「その槍はその鎧と引き換えに得たものではなかったのか?」

「ほう…」

ルーラーのインドの英雄と言う言葉。神造の槍。神ですら壊す事のできない黄金の鎧。

「そもそもルーラーのマスターたるお前に真名を隠すのは不可能と言うものか」

「いや、あれはあれで公平だ。いくらマスターとは言え真名の開示はするまい。だが、君の伝承はあまりにも有名だろう。施しの英雄」

「施しの…まさかインドの大英雄、カルナ…だとっ!?」

ゴルドは自身が呼び出した英霊が絶対の強者であると言う自信があった。

それもそうだろう。邪竜ファフニールを倒し、その血を浴びたジークフリートはまさに無敵の肉体を持つ。

実際彼の宝具はBランクまでのダメージを減衰させる効果を発揮させている。

だが、伝承通りであるとすればカルナの黄金の鎧も極上だ。それは神すら破壊を諦めるほどの逸品。

不死身の肉体、最強の鎧と似た属性の英霊が二騎ぶつかった事になる。

両者の戦いは既に神話の領域。常人にはその姿すら追う事を敵わず。

ランサーのサーヴァントは最速の者が選ばれると言う。

両者は速度を上げていき、ついには神速へと至る。

それはもうぶつかり合う槍の衝撃で辺りの草が薙ぎ倒されるほどだ。

最強の槍と最強の鎧の持ち主に、アオも東方の猿の英雄の権能を使い防御力を上げていた。

「お前も、黒のセイバーと同等の能力をもっているのか」

「さてねっ!」

ぶつかり合った槍と槍。そのまま押し返し、スっと距離を取ると丁度黒のセイバーと三すくみの状態。…ではなかった。

「すまんな、マスター」

寡黙だった黒のセイバーがここに来て声を発した。

「俺ではあの魔術師には敵わない」

「なんだとっ!?それでもお前は最優と謳われるセイバーのサーヴァントかっ!」

「セイバーとかそう言う事じゃない。ジークフリートである自分ではあの槍には敵わないのだよ」

「どう言う事かっ!」

「マスター、バルムンクの由来を知っているか?」

「ああ?私をバカにしているのかっ!お前の父親がオーディンから与えられ、オーディン自らが手折った物を打ち直したものであろうっ!」

「そうだ。事実がどうであれ、この剣はそう言うものだ。故に私ではあの魔術師に勝てないのだよ」

「ほう…それほどの逸品か」

感心する赤のランサー、カルナ。

「だからっ!……まて、そう言う事…なのか?…バカな…バカなバカなバカなっ!!」

ゴルドの表情が激高から驚愕、焦燥へと変わっていく。

「…まさか…アオくんのその槍は真実、神槍…グングニルだと言うのですかっ!?まさか…そんなものがこの世界に有るはずが…」

驚きの声は後ろからも聞こえた。ルーラーも驚愕の声を上げたのだ。

「ルーラー。君にはオレの事を説明したはずだよね」

「あ…」

彼はこの世界の人間ではない。と言う事はあの神の槍もこの世界の物ではないのだろう。どういった経緯で彼があのような物を持っているのかは分からないが…

「だが、グングニルであると言う事実は変わらない。その伝承を再現するのには不足は無い。打ち直されたグラムだとしても再び手折る事は造作もないだろうよ。特にこの世界では」

概念の存在であるサーヴァントの宝具。ならばこそ概念には弱い。

「とは言え、オレも…そしてルーラーも聖杯そのものには興味はないんだ。君たちが争い手に入れるであろう聖杯。それ自体はどうでも良い」

「ならば…なぜ…?」

「ルーラーはその職務故に。オレは…うーん…世界的な危機を止めに?」

「そんなあやふやなっ!」

ゴルドの憤り。

「だが因果は結ばれた。オレがここに居る。ならばそう言う事なのだろう」

「意味が分からない…」

だろうよ。オレも自分で言っておいて分からないからな。

「さて、聖杯戦争自体は止めようとは思ってないんだ。ここは一度矛を収めないか?でなければ…」

ゴウゥとグングニルに魔力が集約されて行くと空気が律動し魔力が可視化できてしまうほどに濃密になっていくのがわかる。

「二騎ともここで退場するか…?」

アオの魔力の集束速度は並みのサーヴァントを超えていた。

今から宝具の発動に移ろうとももはや相殺には程遠い威力となるだろう。

「グングニル…伝承には放てば必ず敵を討つ必中の槍とも…」

ルーラーが呟いた。

「引くぞ、セイバー」

一触即発の雰囲気の中、冷汗を流しながらゴルドが撤退の意を告げ、セイバーがこくりと頷く。

「夜も白み始めた。じきに朝が来よう。この勝負、預けるぞルーラーのマスターよ」

カルナも聖杯戦争は一目に付かないように行うものと言う基本的なルールに乗っ取り撤退していく。

「ふぅ…穏便に撤退してくれてよかったよ」

「穏便とは言い難いような…」

「ルーラー?」

「い、いえ…なんでも」

「まあいいか。それよりさっさとここを去ろう。周りがこんなじゃあらぬ疑いを掛けられる」

「…そうですね」

辺り一面のクレーター。アスファルトは捲れ上利瓦礫が転がっている。

サーヴァントどうしがぶつかればこのような惨状当たり前なのだが…ルーラーにしてみればしょっぱなから頭が痛い事だろう。

「と言うかですね…私、あなたがサーヴァントと戦えるほどの存在だとは知りませんでしたよ」

「オレは君がこれほど戦えないサーヴァントだとは…いや、分かってた」

「ぐはっ…」

ジャンヌ・ダルクで有る以上、いくらサーヴァントになったと言ってもカルナやジークフリトのような戦士には遠く及ばないだろう。

「取り合えず、早く次の街へと入ってしまおう」

「そ、そうですね」

いそいそと武装を解除すると朝もやの中を街へと急いだ。


街へはたどり着けたのだが、もともと観光に力を入れていないこのトゥリファスの街、それも聖杯大戦中とあっては宿など取れず。

「の、…野宿ですかね」

それは嫌です、とルーラー。

「…仕方ない…今回は…これにしようか」

勇者の道具袋から対の宝具を取り出した。

「…何かしたのですか?」

「こっちへ」

と目に見えない階(きざはし)を上るとアオの姿が一瞬でルーラーの前から消える。

「えっ!…えぇっ!?どこにっ!?」

一瞬後、慌てて追いかけて来たのだろう。ルーラーの姿も地上から消えていた。

「ここ…は…!?」

そこは陽光冴えわたる光の宮殿。

「友人が作り上げたんだが、持ち運べないと譲られてね」

…まぁその友人たちは現代日本をエンジョイ中であるのだが。

「宝具…なのですか…?」

「まぁ似たような物だろう」

「あなたは…いえ、理解することを諦めました」

「ルーラー…」

だめだコイツ…

「しばらくここを拠点にしようか。この城は現実世界に有るけれど、ステルス性能は高いからね」

「それで、あの…ごはん…は?」

「………」



目の前に用意した料理がみるみると消えていく。

「太るよ?」

「うぐっ…!!」

息を詰まらせるルーラー。

ルーラーが太る分には別に構わないのだが…

「私の場合、召喚が特殊で霊体化は出来ませんし、ベースが人間なので生理的な生命活動は必要不可欠なのです」

「…なるほど」

仕方ないと保存しておいた食材で夜食兼朝食を作るとルーラーの前へと並べていくが、その端から料理が消えて行く。

このジャンヌ…田舎娘のくせにすごい健啖家です。

「それにしてもすごいです。アオくん…あなた、料理上手なのですね」

「そりゃね。オレが何年生きていると思っている」

「え…?それは…16・7歳ですよね」

「いやぁ?ゼロが二つ三つ足りないね」

「流石に嘘ですよね?」

「例えば…そう吸血鬼なら数千年を生きれるだろう?」

「あなた…」

「いや、吸血鬼ではないのだけれど」

ズコーとずっこけるルーラー。

「まぁ、気にするな」

「気になりますっ!」

ダンとテーブルをフォークを持った手で叩く。

フォークに刺した卵焼きを始末してから憤ってくれないか。

「そう言えば、ルーラーの宝具って?」

「おしえませんっ!」

「ほっほう…」

すっと右手を持ち上げ令呪を見せる。

「令呪を使うならご随意に。宝具の内容であなたの令呪が削られるなら安い物です」

もともとルーラーの召喚にマスターは必要とされていない。今回の様な状況の方がイレギュラーなのだ。

「言わないのならオレはこれを顔を真っ赤にして恥辱に震え、許してくださいと懇願するような命令に使う」

「なっ…!?いえ、私は火あぶりすら受け入れた身。たとえどのような凌辱であろうと耐え抜いて見せますっ」

「ふむ、それでは令呪をもって命令する。この聖杯大戦中、ルーラーはすべての言葉の語尾に『ニャっ!』をつけ…」

「わーわーわーっ!!」

「猫の物まねをしつつ……何?」

「他のっ!他の命令にしましょうっ!」

すべての語尾にニャを付けていてはこれから裁定者として赴いても威厳がまったく感じられないだろう。

「……それじゃあ…」



……

………

「しくしく…辱められた。…生前でもこれほどの辱めを受けた事は無いのに」

泣くなよ。何も令呪で命令してないだろう。

命令されそうになるろくでもない令呪をどうにか止め、結局ルーラーは宝具を打ち明けた。

彼女の宝具は二つ。

リュミノジテ・エテルネッル(我が神はここにありて)とラ・ピュセル(紅蓮の聖女)。

「令呪をもって命じる。ルーラー、ラ・ピュセルはオレの許可なく使用を禁ずる」

グンッと魔力が渦を巻き、令呪の一角が使用される。

「なっ!?」

余りにも自然だったためにルーラーも止めそこなったようだ。

「君が裁定者であるのなら、君は最後まで生き残らなけらばならない。いくら強力だと言っても自爆宝具など愚かにもほどがある」

「ですが、使わなければならない場面が有るかもしれません」

「有ったとしても、ルーラーが退場してしまっては誰がこの聖杯大戦のルールを遵守させると言うの?」

「それは…」

「そもそも。君の最大威力の宝具よりも俺の神具の方が強力だろう。必要なら俺を呼べ」

「ですが…」

「わかった?」

「…はい」

不承不承ながらも了承しましたとルーラー。

「さて、少し休憩しよう。夜までは時間が有るだろう」

「そうですね…ですが、少しこの宮殿は明るすぎる気が…」

「そりゃこっちは陽光の宮殿だからね。夜の帳が降りる宮のは別にある」

「は?」

こっちだと案内すれば、ルーラーはやはり驚きを隠せないでいた。






───その男は、筋肉(マッスル)だった。

鍛え抜かれた筋肉の塊。

現代では到底有り得ないほどの筋肉(マッスル)だった。

その彼…赤のバーサーカーは昼夜を問わず黒の陣営の本拠地であるミレニア城塞へと歩を進めていた。

「止めなくて良いの?」

「い、いえ…今の所一般人に実害は出ていませんのでっ!」

古代ローマのグラディウスのような恰好とでも言えばいいのだろうか…端的に言えばプロレスラーの一般的な恰好…つまりは多少の拘束具は身に着けているものの…ほとんどパンツ一丁である。

恰好だけでも現代にはなじまない彼は、さらには終始笑顔を浮かべて歩いているのだ。

その巨体も相まってかなり怖い。一般人などは出会った瞬間に逃亡して三日は悪夢にうなされるだろう。

ルーラーはその異様な存在を関わりたくないように見送った。

まぁ彼の目的地は黒の陣営で間違いないだろうし、事実彼は一般人の眼には止まっているが殺すなどの行為には至っていない。

聖杯大戦においてサーヴァントどうし、陣営間の戦いは推奨されている。人目に付いているが実害は無いと言うことで止める必要はなかった…と、ルーラーは自分に言い聞かせていた。

見送った筋肉の塊の後ろから追跡して来るサーヴァントが二騎。

殺気も何もなく、ただ風切り音だけが響いて…

「え…アオ…くん?」

ルーラーが声を上げる。

ヒュンと風を切り裂いて飛来したのは一本の矢だ。その矢は正確にアオの眉間を貫いていた。

ザッと言う音がして地面に着地する音が二つ。

「存外弱かったな。ランサーの誇張であったか」

そう言ったのは獣の耳を生やした女性。手に弓矢を持っている所を見るとアーチャーのサーヴァントだろうか。

「姐(あね)さん、躊躇いなさすぎだろ」

後ろから遅れて現れたのは槍を持っているが、赤のライダーである。

この二騎は暴走した赤のバーサーカーを追って来ていたのだ。

「赤のアーチャー、赤のライダー…どうして…どうしてアオくんを…」

「愚問だな。赤の陣営はルーラー、お前の排除を決めたのだ。だったらまずはマスターらしき人物を狙うは定石。それで消えればよかったが…」

単独行動スキルを持っていないルーラーはしかし消えるそぶりもない。

「まぁ、まて。ルーラー。どうやらお前のマスターは生きているみたいだぜ?」

とライダーが言う。

「アオくんっ!?」

視線を向ければ倒れたはずのアオはどう言う訳か丸太に変わり、それに矢が刺さっている。

「変わり身だと…」

「ああ、そして危ねぇっ!姐さんっ!」

槍が空中を駆ける。

キィンと言う音がして今まさに背後から振り下ろされていた日本刀とライダーの持つ槍がぶつかった。

「らぁっ!」

力任せに振りぬいて吹き飛ばすライダー。

ザザッと土煙を開けてアオは着地する。

「生きて…たの…?」

とルーラー。

「何とかな」

流石に円を使っていてよかったと思うアオだった。

五メートルの距離で展開していた円に矢が触れた瞬間、変わり身の術を発動。倒木を身代わりにして一旦身を潜め赤のアーチャーを強襲したが、赤のライダーに止められてしまった。

「ルーラー、君は中立なのにどうして狙われるかね」

「知りませんよ。ルーラーの特権が邪魔なのでしょうか。私はどちらかの陣営に肩入れはしないと言うのに」

はぁとため息をつくルーラー。

中立公正でなければルーラーとは呼べないだろう。

ルーラーの特権の大きな二つはサーヴァントに二画づつ対応する令呪と相手の真名を見抜く真名看破。

どちらも強力な特権だろう。

「見逃しては…」

「やれねぇなっ!」

だよね。

「姐(あね)さんはルーラーを頼む」

「おい…」

「俺はコイツとっ!」

そう言うなり駆け出してくるライダー。

「ライダーの癖に騎馬もなしかっ!」

「別になめてる訳じゃ無いがなっ!」

ぶつかり合う刀と槍。

ぐぅ…このライダー、騎乗してなくても強いっ!

その武技は超一流。速度はランサーをも超えている。

「本当にライダーかっ!」

「応よ、お前は本当に現代の人間かっ?」

互いにすでに数十もの応酬を繰り返して決着は着かず。

素早いライダーの身のこなし、しかしアオも然る者。すべてを防がれている訳じゃ無いのだが…

「不死系の伝承のオンパレードかよ…」

ジークフリート、カルナとも異常なほどの防御力を誇っていた。

しかし全く刃が通らない。薄皮一枚すら切れないとなるとあのジークフリートすら上回る守りなのではないだろうか。

「そう言うお前もなっ!」

そりゃそうだ。このレベルの戦いは流石に火眼金睛の権能を使わなければとっくに致命傷を喰らっている。

相手は防御を捨てたカウンターすら可能で、こちらの攻撃が通らないのだからせめて同じ舞台に上がらなければならない。

キィンキィンと金属がこすれる音が響く。

神速の領域での戦闘。

「速い、速えぇなっ!おいっ!」

「ここまでとなるとかなり有名な英霊だろう…不死系の伝承でここまでの知名度補正。そしてライダークラス…」

写輪眼、火眼金睛と使ってまだ互角。この相手を打倒すにはさらに何かが必要なようだ。

シルバーアーム・ザ・リッパーでさえ切り裂けなければ打つ手がないぞ、と思った瞬間…

「しまっ!?」

ソルを弾かれてしまった。

火眼金睛とて無敵ではなく、ダメージを無効化するのにも相応のオーラを使う。攻撃を受け続けるのは戦闘時間を大きく削ってしまう愚策だ。

すぐに取り出せる武器としてグングニルで迎え撃つ。

「それが神の槍かっ!」

カルナから聞いたのだろうか。

キィンキィンと互いの槍がぶつかり、捌ききれなかった刃先がライダーを掠める。

ライダーは受け止めず首をひねってかわしたが、一筋血が滴っていた。

「…む?」

流石にグングニルの攻撃は通じるらしい。

「…まさか君のその宝具(ぼうぎょ)は神性付与されていないと突破できないのか」

「あんたのそれは相応の魔力を食うらしいな」

双方にやはり欠点はあるのだ。無敵と言う訳では無いらしい。

だが、この局面はアオが有利だ。

なぜならアオの持っている槍は必中の神槍。放てば必ず相手を貫く必殺の槍だ。

アオは落ち着いて印を組むと、ゾワリと分裂するようにもう一人のアオが現れる。

「木遁・木分身の術」

「分身だぁ!?多芸なヤツだなっ!」

分身した自分を盾に距離を取り、グングニルへとオーラを込める。

「なっ!うおっ!?」

木分身はチャージの時間だけ稼ぐと、その容を崩しライダーを蔓で拘束。

「グングニルっ!」

四肢を強化し、全力で跳躍。全身をバネの様に反らすと全力で投げ放つ神槍。

「俺をなめるんじゃねぇっ!」

いつの間にか赤のライダーの目の前に大きな盾が現れていた。その全面に渡ってすさまじいまでに精緻な意匠が施されているその盾の名前は…

「アキレウス・コスモスっ!(蒼天囲みし小世界)」

「なっ!?」

真名の解放と共にその能力が発揮される。

女神テティスが息子のアキレウスの為にヘパイストスに作らせた神造の盾。アキレウスが生きた世界そのものであり、展開すれば盾に刻まれた極小ながらも世界そのものを展開させる結界宝具。

ぶつかり合う盾と槍。

ある意味矛盾の実演となるその攻防。

「なんだっ」

「きゃっ」

赤のアーチャーとルーラーも戦闘を中断せざるを得ないほどの衝撃に辺りの木々が薙ぎ倒されて行く。

クルクルクルと神槍が空中を回転してアオの手に戻ってくが、赤のライダー…アキレウスに傷は無い。

極小でも世界そのものであるあの盾をいくら神の槍とはいえ貫けなかったらしい。

矛盾の再現は盾に軍配が上がったようだ。槍は盾を貫けずに戻ってきてしまった。

あれは対界宝具クラスでないと貫けないだろう。

が、しかし…

ゴウゥッ

周囲の魔力が喰らいつくされて行く。

一戦目は盾が勝利した。恐らくこの槍でアキレウスの盾は貫けないのかもしれない。

「おいおい…まさかこの威力で連発出来るのかよっ」

宝具の発動には相応の魔力を消費する。さて、アキレウスはどこまで魔力が持つだろうか?

「宝具レベルでの矛盾の勝負は意外に単純だぞ。魔力の多い方が勝つ」

幸い、グングニルは不壊属性が付いている。壊れる事はない。

「くっそっ!」

放つ二撃目もアキレウスは盾で凌ぎ切る。

クルクルと戻ってくるグングニル。続けざまに三度目の投擲。

「ぐぅ…魔力がもたねぇ…」

四度目で恐らく魔力が尽きる。ただの盾としても決して引けを取らないだろうが、威力の相殺にはやはり真名の解放が必要だった。

そして…四撃目。

「くっ…」

足をアオの木遁で地面に縫い付けられ、両手は大盾を持っていて逃げる事すらできない。

その時、グングニルの投槍よりも時間を早くして穿たれた二本の矢が虚空から現れアキレウスの足元の樹木を粉砕した。

「姐さん、助かるっ!」

両足に力を入れると、アキレウスは発動したアキレウス・コスモスを地面に突きさし、極限まで耐えた後誰よりも速いと謳われたその足で逃走する。

後には地面に刺さった盾だけが残っていた。

「逃げられましたね」

とルーラー。彼女の感知能力で、二騎のサーヴァントが遠ざかっていくのを確認している。

「もう少し早く援護が欲しかったのだけれど?」

「なっ!?ええ、ええ、そうでしょうとも。私はあの赤のアーチャーの相手で忙しい所を、あなた達のバカげた威力の宝具の衝撃を街の方向へと向けさせないように守っていたと言う努力も分かってくれないのですね、あなたはっ!」

「あー、何か…ごめん」

「いえ、良いのですよ…どうせルーラーである私の役目なんてそれくらいですよね…マスターの方がサーヴァントより強いのですものね…私の存在意義っていったい…ああ、主よ…お許しを…」

何故か祈り始めたルーラーをとりあえず放置して盾に近づくアオ。

「何をするのです?」

放置したままになっているそれも所有権はアキレウスにある。魔力が霧散すれば霞と消えアキレウスの元に戻るだろう。

「オレがどうやってこの槍を手に入れたか、分かる?」

「…いえ」

「こうやったのさ。アキレウス・コスモス(蒼天囲みし小世界)」

掴み上げた盾を侵食するアオのオーラ。

「なっ…まさか、他人の宝具を奪えるのですかっ!?」

「幾つか細かい条件は有るから無条件とはいかないけどね」

自分のものとなったアキレウスの盾を消す。

「本当に、あなたは本当人間ですか…」



……

………

「本当にアイツは人間なのか?」

森の中を走り撤退中の赤のアーチャーと赤のライダー。

「姐さん、人間かどうかはこの際どうでもいいのさ。要は俺達があいつにケンカを売っちまったと言う事の方が重要だろう」

「勝てるか?」

「さてな。盾が返ってこない。これは奪われちまったかもな」

そう言った能力持ちなのだろう、とアキレウス。

「それはヤバいのではないか?」

「ヤバいな。俺の盾は対界宝具未満はすべて防げるんだが…まさかあんな決着になるとはな…まいった、魔力比べでは勝てる気がしない」

あの盾がアオに負けた訳じゃ無い。サーヴァントとして現界した英霊はその魔力を自身のマスターからの供給で賄っている。

正確にはマスターから供給された魔力で自身の魔術回路を回して魔力を賄っているのだが、マスターの魔力は消費すれば消耗するために優秀な魔術師でなければサーヴァントは真価を発揮しえない。

とは言え、曲がりなりにも魔術協会のエリートだ、魔力供給量に不足が有った訳では無い。

「あのルーラーのマスターが規格外の化け物と言う事だな。俺は決めたぜ姐さん」

「何をだ?」

「アイツを倒すのは俺だ」

「…はぁ…精々倒されぬようにな」

「おうよっ!次は勝っアキレウスの名に懸けてな」

アキレウスは再戦に意欲を燃やしていた。



……

………

「で、赤のバーサーカーは?」

赤のアーチャーと赤のライダーに足止めされていたルーラーとアオ。

本来の監視対象である赤のバーサーカーは既に黒の陣営に接触していた。

「消滅はしていません。しかし…」

居場所はミレニア城塞から動いていないらしい。

「捕まっているか…あるいは…」

「陣営替えか」

そっちの可能性の方が大きいだろうな。

アレはバーサーカー。拿捕しておけば爆弾のような使い方も出来るだろう。

「で?今日はこれからどうする?」

オレ、疲れたんだけど。

「私はこのままミレニア城塞へと赴きます。問いただしたい事も有りますし。あなたは…別に来なくても構いませんよ」

ルーラーの塩対応に泣きそう。

「まぁ実際オレが行くのはヤバそうだが…それを言えばルーラー1人の方が心配だ」

はぁとため息。

「それは……そうかも…しれま…せんが」

「んー…そうだなぁ…」

と言う訳で、今俺は猫に変化した上で気配遮断を使ってルーラーの後ろを歩いている。

ルーラーはミレニア城塞に着くと出迎えられるように中へと入る。

ルーラーは幾つかユグドミレニア…黒の陣営に質問していた。

答えるのは黒のランサー事ブラド三世とそのマスターであるダーニック・プレストーン・ユグドミレニアの二人。

うん。黒のランサー、自分で名乗っちゃってるけど…まぁ、彼は一度魔術協会相手に宝具を見せている。

宝具の真名開放は分からなかったにしろ、地面から無数の杭が現れればこの地がルーマニアで有る事を考えて一目瞭然。隠し通せるものでもないだろう。

ルーラー達の質問をまとめると、赤のバーサーカーの大取ものの後、黒のセイバーがホムンクルスに自身の心臓を与えて自決したらしい。

その事がルーラーは引っかかっているようだ。

「そもそも、ルーラーにマスターが居るとゴルドから聞いているのだが、いったいどう言う事だろうか」

と言うブラドの質問。それに内心うっ…とつぶやいてルーラーは返す。

「こ、今回の召喚はイレギュラーですので。それにマスターも聖杯に掛ける願いが無いものが選ばれます」

言いきったぞ、このルーラー。

願いは無いとは言ったがそう言った設定は無い。

ルーラーは裁定者と言う立場を利用し中立の構え。ユグドミレニア側としてはどうにか自陣に引き込みたいのだろうが、梃として動かず。

ブラドとの会談の後ルーラーは地下牢へと足を向けるらしい。どうやらそこにまだ聞いておきたい人物が居るようだ。

オレはどうしようか。

気配遮断とは便利なものだ。さらに猫の矮躯では人間やホムンクルスの視線からは映りにくい。

ちょっと自由行動をしよう。聖杯戦争の黒の陣営の本拠地を堂々と動き回る。

城の中庭で月光の中花を摘む機械的なパーツが目立つ純白の装いの少女が見える。

サーヴァントだな。

「おや、こんな所に猫ですか」

穏やかな声が後ろから掛けられ抱き上げられた。

気配遮断はしているが、視覚的に完全に消えている訳では無い。見つかる事も有るだろう、だが…

「しかし、この城塞に猫などいるかな?」

モゾリと男性の腕の中から抜け出して着地すると同時に変化を解く。

「魔術師…ではありませんね」

現代魔術師が自分自身の質量を変化させるような魔術は使えないだろうと男性。

この男性もサーヴァントだろう。

「ルーラーのマスターだよ」

一応ね、と返す。

「へぇ。存外素直なのですね」

「黙っていてもしょうがないだろうし、察しは付いているのだろう?」

「ええ。
赤のアーチャーです。ルーラーのマスターに真名を秘匿するのは意味が無いと思いますが黙する事をお許しください」

「ああ、いや。あのルーラー…彼女はその辺公平ですよ。マスターとは言え真名を教えてはくれません。だけど…」

注意深く赤のアーチャーを観察する。

古めかしい古代の鎧を着こみ腰からひと房の尻尾のような物ば垂れている。それは馬の尻尾のようで…

「古い伝承で出てくる半獣人。パピルサグは半人半馬、そして蠍の尻尾だったと言う。そこから変遷してケンタウロス、サテュロスと半馬の獣人が伝承に現れる。魔術刻印を受け継いでいるような魔術師ならば聖杯戦争のルール、サーヴァントの特性は熟知しているだろう。知名度補正はバカにならない。知名度でワンランクパラメーターが上がる何てこともザラだ。黒の陣営が呼んだブラド三世のように、ね」

で、あるなら…

「アーチャーと言うクラス名は逆に真名に近づけるヒントだ。半馬と言う割にほとんど人間である事に驚いているが、知名度が高い方から考えるならケイローンと言った所だろうね。違う?」

「たったこれだけで我が真名にたどり着けますか」

「それだけ君が有名と言う事だね。まぁほとんど直感だけど、直感はバカにならない」

特にカンピオーネは戦闘に関係する事柄は強い。

「しかし参りました。これでは私の弱点があなたにはバレてしまった」

ケイローンはヘラクレスが誤射した弓に当たってしまい、塗られていたヒュドラの毒に苦しみ、ついには不死を譲って毒の苦しみから解放されたのだ。

「心配しなくてもヒュドラの毒なんて持ってない。現代でヒュドラの毒を手に入れる事は難しい。そもそも、ヒュドラの毒なんてものが有ればどの英霊でも死ぬだろう?」

そう言えば昔デビル大蛇の毒を手に入れていたような…まぁいいか。

「違いありません」

とくすくす笑うケイローン。

「では、彼女は?」

と窓の外、月光の下で花を摘むサーヴァントを指すケイローンにアオは肩を竦めた。

「さて、ね。後頭部を貫通するようなプラグに頭部を貫く角のような物体。体は華奢だが整った顔立ち。こんな英霊は知らないよ」

だけど…

「造られた存在である方が自然。と言う事は古代ウルクのエルキドゥなんかが候補に挙がるが、多分違うね。神ならもっと人間に近づけるのは造作もない事だ。…さて、英霊とは時として実体とはかけ離れた伝承として伝わる事もある。彼の騎士王、アーサー王が女性だったり、とかね」

「アーサー王が女性、なのですか…?見たことがある、と」

「まぁね。まぁそれは今は良いだろう。しかし、性別や美醜が反転して伝わっていたとしたら…人造の醜悪な怪物であると現代で知られているのだとしたら…」

今日で有名なそんな怪物は一人しかいない。

「名前のない怪物。それが彼女の正体じゃないかな。それでも今日で彼女の名前であると知られているそれで呼称するなら…フランケンシュタイン、と。クラスは伝承どおりならバーサーカー、かな」

「驚きました。素晴らしい慧眼をお持ちだ」

「今回の英霊は有名な奴ばっかりだよ」

はぁ、とため息を付くアオ。

「そうですか。赤のランサー、赤のライダー、赤のアーチャーなんかとも戦ったのですよね?」

「ルーラー陣営のはずなのだけど、もしかして両陣営の戦闘より多い?」

「はい」

「えー…なに、…それ」

「どのような方でしたか?」

「出来ればもう戦いたくないよ。不死の伝説のオンパレード。戦いづらいったら有りはしない」

「貴女が戦ったのですか?」

「そりゃあ…ケイローン…」

「いえいえ、報告は聞いています。ただ信じられなかったもので直接問い質してみたかっただけです」

とにこやかに答えるケイローン。

「赤のアーチャーと赤のライダーはどうでしたか?」

赤のランサーの正体は黒のセイバーの正体はバレたが、ゴルドが持ち帰っている。

「それをオレが言うのはルール違反だろう」

「対価を頂けないのでしたら、無事にこの城から出れる保証はないとだけ」

「うわー…ケイローン、君いい性格しているわ」

はぁとため息一つ。

「赤のアーチャーは分からないよ。獣人のようだったけれど、キャットピープルに有名な英雄が居たかと言われれば分からないし神霊はサーヴァントとして現界出来ない。ただ赤のライダーは…ケイローンの方がオレなんかよりも詳しいだろうね」

「それは会えば分かる、と?同じ時代の英霊ですか」

「ケイローンの時代は多くの英雄が生まれた時代だからね」

アルゴー号に乗って偉業を達成した者達など多数だ。

「対価は払ったと言う事にしておくよ」

と言うとアオは再び猫に変身すると城内の探索へと戻って行った。

「やれやれ、真に警戒すべきは彼、ですかね」

ケイローンは眼光鋭くアオを見送ったのだった。

ミレニア城塞は多数のホムンクルスとゴーレムによって守られていた。

とは言え、どちらも単体ではサーヴァントに敵いようも無いが、数は脅威であり力だ。ゴーレムの数をそろえられればサーヴァントを倒せなくても抑える事くらいはできるだろう。

地下室に向かったルーラーは戻ってくるなり向かう場所が有ると出て行ってしまった。

仕方がないのでアオは一人トゥリファスの街へと戻っていく。

「霧が出てる?」

決して霧が出る事自体は珍しい話ではないのかもしれないが…ここまで魔力を纏っているとなると魔術かあるいは…

「宝具…か?」

高い建物の上から街全体を見渡せば、赤雷が迸っているのが見える。サーヴァントが戦っているようだ。

しばらくすると霧が晴れていく。

どうやらこの霧を発生していた何者かはやられたか立ち去ったかしたのだろう。

霧が晴れた先を見れば騎士甲冑のサーヴァントとそのマスターらしき魔術師が見えた。

騎士剣らしき物が見えるので、恐らくセイバー。残っているのは赤のセイバーと言う事なのだろう。

その赤のセイバーだが、どうやら鬼の形相で誰かを見ていた。

その視線を辿れば…先ほど言葉を交わした黒のアーチャー、ケイローン。

双方これから戦い合うらしい。

アーチャーの戦いは狙撃がメイン、弓を放つ事だろう。

対するセイバーは近接戦にて剣を振る戦い方である。

つまり距離が十分に開いている場合、近接されるまではアーチャーに軍配が上がるが、接近されては途端にセイバーが有利となる。

ケイローンの弓術は正確無比で素早く次弾を発射しているが、赤のセイバーは魔力放出を使い自身を弾丸の様に打ち出すと高速でケイローンへと接近して行っている。

接近されてもケイローンは弓にこだわらず、体術にてセイバーを押しとどめていた。

多少負傷したもののケイローンは戦場を移動し…

「…こっちに近づいてきてないか?」

そしてケイローンは弓を二射。

「おいおいマジかよ」

一発は高所にいたアオの足元を射抜き、二発目はアオの逃げ道を塞いでいる。

つまり跳躍による離脱を不可能にしていたのだ。

崩れる建物と一緒に地面へと落下するアオ。

「なんだぁっ!?」

それはタイミングよくケイローンと赤のセイバーを分断する形になり赤のセイバーが憤る。

「ち、魔術師かよ」

つまらなそうに赤のセイバーは剣を振る。

現代魔術師ではどうやってもかわせない一撃はしかし、アオの右手に現れた日本刀で受け止められていた。

「てめぇ…」

受け止められた事がどうやら大いに気に障った様子のセイバー。

「ちっ…」

動きが止まればケイローンによる射撃が放たれる。

…一応アオに気は使っているようでギリギリで当たらない所を射ているようだが、いい気はしない。

アオから飛びのき矢を迎撃するセイバー。

すぐさまケイローンの追撃に向かいたいだろうが、ケイローンは弓を討つ位置を一刻と変え、かならず射線上にアオを挟むように射てくる。

そうすると赤のセイバーとしてはアオを蹴散らしたいのだが、それも容易にいかず。

「なんなんだよ、お前はっ!」

苛立つセイバー。

「まてまて、オレはお前と戦う気はこれっぽっちも無いのだが」

「ああん、ならなぜオレ様の邪魔をするっ!」

「性悪な黒のアーチャーがオレを巻き込んだからだろうっ!誰だって死にたくは無いさっ」

キィンキィンと騎士剣を打ち払う。

堪らず銀の鎧を着こんだアオ。

「オメェ…サーヴァント…な訳ねぇな。そんな感じはしねぇ、だが…」

キィンキィン

打ち合う威力が増していた。

両者が膠着したその瞬間、黒のアーチャーは諸共に殲滅せんと矢を放った。

「なっ!」

「ちっ…」

両者、武器を弾いて距離を取り矢をかわす。

ほう…オレ諸共に攻撃してきたか、ケイローン。

ただ巻き込まれた側としてふつふつと怒りが湧いてくるが、目の前のセイバーが邪魔で対処出来ない。

「赤のセイバーだけなら対処は難しくないのだがな…赤のランサー、赤のライダーより明らかに格が低い戦い方をしてくる」

「何だとっ!オメェオレを侮辱してんのかっ!」

「事実だが?」

赤のランサー、赤のライダー共に武芸百般を極めた強者であるのに比べて目の前のセイバーは一応騎士の剣術に倣っているが粗暴で有り対人戦を多く経験したとは言い辛い剣筋をしている。

生前、圧倒的な暴力で相手を叩き斬って来たような戦い方だ。一騎当千と言えば恰好は良いのかもしれないが、雑兵をいくら斬って来たとしてもカルナやアキレウスのような英雄には程遠い。

挑発すればすぐに乗ってくる所なんかは騎士としてもダメだろう。

直情的な攻撃をアオは避けるとアスファルトを削り粉塵を巻き上げるセイバー。

粉塵に紛れて印を組む。

「オラァっ!」

「ちっ」

構わずと突っ込んでくるセイバー。

二合三合と打ち合いが続く。

「戦い方は山猿の如きだが、その剣、その太刀筋には覚えがある。どこだったかな…」

うーん、と…

「なんだとっ!?お前如きが知る訳ねぇだろっ!」

「いや、確かにある。あれは確か…」

挑発の次は嫌がらせでもしてみるか。

ソルをしまうと勇者の道具袋からミイタから譲り受けた騎士剣を抜き放つ。

キィンとひと際甲高い音が響き両者鍔迫り合いを講じる。

「なっ!?その剣はっ…まさか、…そんな…」

ビンゴか。

再び激突、双方吹き飛ばされアスファルトを蹴ると再度ぶつかり合う。

「テメェがどうしてその剣を…父上の剣を持ってやがるっ!」

ガシャンと外れた兜から覗いた激高と憎悪の染まった顔。

「これはレプリカだ。だが、この剣の持ち主にも会った事があるぞ?」

「くっ…父上とそっくりの剣技…てめぇっ!」

繰り出される剣技は互いに似ていた。

打ち合うたびに赤のセイバーの動揺が伺える。

一瞬、銀の鎧が発光するとそれは青のドレスのプレートメイルへと変化し、髪を結い上げられていた。

「これでもっとそれらしいか?」

わざとらしくニヤリと笑って挑発。

「テメェ…ぜってー殺す。この場から逃げられると思うなよっ!」

赤のセイバーの剣技はさらに魔力が迸り、マスターの魔力を湯水のように使い魔力放出で一撃一撃の重みを必殺まで上げてくる。

剣と剣をぶつけ合いながら、少しずつ市街地を移動し、人気の少ない所へと移動する。

まぁ、その間もアスファルトは捲れ、信号機や電信柱などはなぎ倒されてるのだが、奇跡的に人的被害はゼロだった。

この剣、この姿にそれほどまでに苛烈な激情を向ける英霊で父上と呼ぶ英霊は一人だ。

「アーサー王が女性と言う事でも驚くと言うのに、まさかモードレッドまでもが女性だとはなっ…似ている」

仮面の下の現れた素顔。それはかの騎士王とそっくりだった。

「お前、父上とどこで会ったっ」

ギィンとさらに踏み込んでの一撃を両者ともに受け止める。

「どこで、か…これだけ聖杯戦争が行われている世界だ。アーサー王を呼んだ聖杯戦争もあるだろう?」

この世界では亜種聖杯戦争が頻繁に行われているらしい。

「父上が聖杯をっ!?」

「何を驚いている。彼…いや彼女は生前、聖杯探索の任務を円卓の部下に命じているだろうっ」

アーサー王の聖杯探索は有名な話だが、手に入れたとは言われていない。

激昂していた赤のセイバー、モードレッドだが、ここまで膠着しては落ち着きを取り戻してくる。

いったいどうなってやがる。コイツの剣技父上そのものじゃねぇか!

(おーい、セイバーこいつは何の冗談だ?相手はサーヴァントではないのだろう?)

とセイバーのマスター、獅子劫界離からの念話がモードレッドへと入る。

(ああ。黒のセイバーだとすれば黒のアーチャーがこいつを巻き込む必要はねぇ。しかもマスター権限で相手の能力値が見れないとなればサーヴァントな訳は無ぇ)

(だなぁ…とっあぶねぇっ!)

キィンとアオの剣をいなすセイバー。

獅子劫界離も遠くから見ていたのだろう。黒のアーチャーに狙われているのはモードレッドだけではないらしい、と。

(あー…モードレッド、怒らねぇで聞いてくれねえか?)

(ああ、怒らせるようなことなのかよ)

(お前ぇさんも分かっているだろうが。…で、率直に聞くが…勝てるか?)

(…ちっ)

苛立った返答が返ってくる。

(しょうがねぇ、いっちょ宝具で勝負してみるか?)

(なんだ、マスター、良いのかよ?)

(誘い出されたようで癪だが、ここは郊外。宝具をぶっ放しても問題ないだろう)

(だがよ、このレベルの相手となると宝具を打つ隙がみあたらねぇぞ)

(確かにな、だからその隙は俺が作ってやるよ)

(なるほど、乗ったぜマスター)

モードレッドの声に調子が戻って来た。

念話の後、モードレッドはアオを弾き飛ばし距離を取ると、そこへ投げ入れられた何か。

それは心臓のように脈打つ臓器の様な形をしていたが、そんな物がこの場に投げ入れられる時点で何かの魔術であることは明白だった。

斬り捨てる。いや、恐らくダメだ。

ならば防御。抗サーヴァントで例えるならば魔力A以上であり、事実上現代の魔術師の攻撃ではアオは傷つかない。

だが、不気味だ。

アオは距離を取ろうとして…勢いよく噴き出す煙に視界を塞たれてしまった。

「なっ…ぐぅ…」

感じたのは久しく感じた事のない強烈な痛みだ。

それは肌を焼き、鼻腔から体内に取り込まれ荒れ狂う。

「ぐぅ…毒…か…」

著名な英雄でも抗う事の出来ないものの1つ。古今東西多くの英雄を死に至らしめたそれは防ぐことの難しい攻撃の1つだろう。

衝撃に備え、体を硬化させていたとしても結果は変わらなかったであろう。

獅子劫界離が投げ入れたそれは彼の虎の子中の虎の子。

この聖杯大戦に参加するに至って拝借したヒュドラの幼体、その毒だ。

ヒュドラの毒はケイローンを殺し、ヘラクレスすら殺した神話上の英雄殺しの猛毒である。

「これは…ヤバイ…な」

さらにモードレッドを見れば騎士剣には赤雷が迸り、宝具のチャージを始めていた。

すぐさまアオは全身のエクリプスウィルスを活性化。

更に自身の権能を使いトライ&エラーでエクリプスウィルスがヒュドラの毒に対する抗体を作り出す結果を引き寄せると手に持った騎士剣…エクスカリバーⅡを構えなおした。先ほどの戦いで手に入れたアキレウスの盾を取り出す暇すら惜しいと思ったからだ。

「おいおい…まさかヒュドラの毒の抗体を作っちまった…とかじゃねぇよな?」

二人の戦いを距離を置き、息を潜めて見ていたはずの獅子劫界離は一瞬後に立ち直ったアオを見て茫然と呟いた。

「へっ!そう来なくっちゃなっ!」

だがモードレッドの魔力は充足し、宝具は既に解放されるのを待っている。

致命的であったこの一瞬を獅子劫界離は確かにアシストしたのだ。

「だったら、オレが負けるわけにはいかねぇだろっ」

モードレッドの持つ騎士剣、クラレントが変形し解放の時を待つ。

「クラレント…」

アオも急ぎ魔力を剣に込めると真名を解放する。

ミィタ、お前の真価が問われるぞ。威力負けしたら後で酷いからなっ!

「エクス…」

そして二人は距離を置いたまま互いの剣を振り下ろした。

「…ブラッドアーサーっ!」
「…カリバーッ!」

互いの剣先から放たれる極光は寸分たがわずにぶつかり合いしのぎを削っている。

黄金の輝きと赤雷は互いに相殺し、周囲に突風を吹き荒れさせ消失。

そこには剣を振り下ろした相応に魔力は消費したのだろうが、二騎共無傷で立っていた。

「ふっ…」

「はっ!」

互いに距離を詰めると再び剣戟が始まる。



……

互いに打ち出した宝具の極光を高所から見ているサーヴァントが一騎。

途中からタイミングを見計らっていた黒のアーチャー、ケイローンである。

その手には弓は持っておらず、人差し指を頭上へと天高く振り上げていた。

「赤のセイバー…いえ、出来ればルーラーのマスターこそ討ち取りたいものですね」

そして振り下ろされる腕の先。頭上より極光が煌めいた。



……

頭上から閃光が迫る。

その様を分身を通じてしったアオはすぐさま防御の手段を講じるか逃げるか考える。

その極光はアオとモードレッドを一網に狙った一撃だ。

恐らくケイローンの宝具だろう。

オレは逃げられるが、モードレッドは無理そうだな。

別にオレはオレを巻き込んだケイローンでは無いし、このモードレッドに私怨が有る訳じゃ無い。聖杯大戦と言う舞台で…冬木の聖杯を使った聖杯大戦でサーヴァントを減らして良いものかどうか迷う。

結果…

先ほど強奪したアキレウスの盾を構えていた。

「なっ…おいっ!!」

そのまま体術でモードレッドを押し倒す。

「て、てめっ…なっ…なにぃにょしにゃがるっ!?」

初心なのか少し顔を朱に染めるモードレッド。

直後頭上から極光が降り注いだ。

次いで爆音。

盾を構え衝撃を四肢で抑え込む事数秒、頭上からの閃光は消失した。

砂埃を払いつつモードレッドからどいて立ち上がる。

「…まだやる?黒のアーチャーは撤退したようだぞ」

「盛大な置き土産だったな、あのヤロウ…」

決闘に水を差されて起こるモードレッド。

ケイローンの気配は既にない。宝具の解放と共に撤退したのだろう。

そもそもモードレッドとケイローンの戦いのはずだったのですけどねぇ?

「やめだ、帰る」

「そうか」

戦い終わればさっぱりとしたもの。

「次に会う時までにその首よく洗って待っていろよ。あ、それとその剣についても聞かせてもらうからなっ」

じゃーなと言ってオードレッドは霊体化して消えて行った。

「オレさ、サーヴァントでも無いのにもしかして一番戦ってないか?」

なんて呟いてみてもこの場に言葉を返してくれる存在は無かった。



……

………

拠点である天道宮に戻るとなぜかルーラーの他にホムンクルスが一人増えていた。

「で、ルーラー。そのお客人は?」

「ええと、そのぉ…」

それは怒られた生徒の様。

「ルーラーを怒らないでやってくれないか。俺が勝手にルーラーに着いて来たんだ」

そう言うホムンクルスの少年はルーラーを庇う。

「ご、ごめんなさい。でも見捨てる事は出来なかったのです」

「いや、別に怒っているわけじゃないのだけどね」

ダイニングにはアオの作り置きの食べ物があったはずだが、そのほとんどが無くなっていた。

アオは少年に向き直ると名を尋ねる事にした。

「名前は?」

「ジーク。俺が自分自身で決めて彼の英雄からもらった名前だ」

聞けばジークは黒のセイバー、ジークフリートの心臓を受け継いでいるらしい。

その為に体は頑丈になり急拵えのホムンクルス故に短命であった寿命も人並みに伸びているのではないかとの事。

だが…

「そんな訳あるかっ!」

「あうぅっ!」

ルーラーにデコピン一発。その後ジークに向き直る。

「る…ルーラーっ!?」

「今の状態がすでに奇跡だ。その身に宿る奇跡(しんぞう)を一度でも使えばあとは転がるだけ。ホムンクルスにも人間にもなれないだろうよ」

「…分かっている」

神妙に頷くジーク。

「そうか」

場の人間がしんみりする。

「そ、そうですっアオくんはあの後どうしたのです?」

空気を換えたのはルーラーの質問。

「街を見て回っていたらケイローンと赤のセイバー、モードレッドとの戦闘に巻き込まれてね。…訂正、ケイローンがオレを巻き込んでね」

「巻き込まれつつちゃんと生きて帰って来たのですね…あなたは」

あはは…

「アオくん。そろそろ貴女の真の目的を教えてください」

とルーラーは真剣な顔でアオを問いただす。

その真剣な眼差しにアオは観念したように言葉をもらし始めたその言葉を傾聴するルーラー達。

「聖杯戦争と言う儀式にオレは結構縁が有ってね」

「以前にも亜種聖杯戦争に参加していたと?」

と言う言葉に首を振る。

「違うのですか?」

「オレが参加したのは冬木と言う日本の都市で行われた聖杯戦争だ。あれは確か…四回目と五回目だったか」

「…それはおかしい」

とルーラー。

どうして?とアオが視線で問う。

「この聖杯は冬木のものです。そして聖杯戦争は今回で四度目」

「なるほどね、冬木の聖杯であると。であれば尚更オレは見届ける事にしよう」

さて、と。

「そもそも聖杯戦争とは何か」

「英霊同士が競い合って最後に聖杯を得る戦いではないのか?」

とジーク。

「オレが知っている聖杯戦争…特に冬木のそれは違う」

「どう違うと言うのです?」

ジャンヌの表情も真剣身をおびる。

「霊脈から吸い上げた魔力で七騎のサーヴァントを現界させ、競い合わせ脱落させる。敗者の魂を一時保管するのが小聖杯。確かにここに六騎分の英霊の魂…魔力が有れば何でも願いが叶うと言う聖杯としては申し分のない働きをするだろう」

「違うのですか?」

「そもそもこれは魔術師による儀式だ。となれば…」

「えっと…」

魔術には疎いジャンヌに説明をする。

「魔術師の目的は根源への到達。まぁ、この聖杯の製作者の本来の目的は違ったのだけれどね…まあいい。この儀式はサーヴァントの魂が座に還るのを利用して世界に孔を開ける儀式なのさ」

「なっ!?」

これにはジャンヌも、そしてジークビックリしていた。

「それじゃぁ、わたし達サーヴァントは…」

「贄、さ。世界に孔をあけるには七騎分必要なのだから、最後の令呪は自身のサーヴァントを自害させることに使うんだ」

「そうですか」

ジャンヌは悲しそうに顔を歪めた。

「そんな事が許されるのか?」

とはジークだ。

「許される、許されないではなく。そもそもその為の儀式なのだから順番が逆なのだろうね」

「ルール違反では…」

「無いよ。勝ち抜いたマスターがただの小聖杯として使うのなら、幾らかの願いは叶えられるのだから。ただ他の使い道の方が魔術師としては本来の目的と言う事」

根源への到達が魔術師の最終目標なのだから。

「待ってください。今の話では小聖杯と言っていましたね。と言う事は大聖杯なるものも」

「当然あるさ。黒の陣営が持っている事は確実だろう。それは長い年月をかけて霊脈から魔力を吸い上げサーヴァントを呼びマスターに令呪を与える。だけど、当然これもその機能の一部であり本来の目的ではない」

「小聖杯だけでも我々英霊を騙しているようなものだと言うのに、まだあるのですか?」

そうルーラーが問いかける。

「そもそも大聖杯とは第三魔法を行使するためだけに作られたものだ。願望機や根源への道など後付けも良い所だろうね」

「第三魔法?」

「魂の物質化、ヘブンズフィールだが…オレにしてみればそれもどうでも良い」

「では?」

「オレの知る冬木の大聖杯は壊れていてね、願いを破壊という形でしか行使できない。まぁそれでも根源には至れるだろうし、第三魔法ももしかしたら問題ないのかもしれない」

「なっ!?」

「そんなっ…」

「とは言え、それはオレが知るここではない冬木の大聖杯の話だ。この聖杯大戦の大聖杯がそうとは限らないが、サーヴァントが脱落して起動してしまっては取り返しが事態に陥るかもしれない」

それは流石に、とアオ。

「大聖杯を見定めるまではサーヴァントを一騎とて脱落させてはならない、と?」

「そこまでじゃないさ。小聖杯が降霊可能でなければ良いだけだからね。本当はこの間ミレニア城塞で探りを入れようとしたのだけれど黒のアーチャーに邪魔をされてね」

と肩を竦める。

「なるほど、あなたも裁定者であると言う事ですか」

ほぅと息を吐くルーラー。

「それで、あなたが聖杯が壊れていると判じた場合どうするのですか?またその逆も」

「破壊すしかないだろう。でなければ最悪の災厄、人類悪が顕現する。聖杯の魔力はそれこそ膨大だからね、どうなるかも想像つかない。壊れてないのだとしたら勝利者の好きにすれば良いのではないか?」

「分かりました。ではもう一度ユグドミレニアと話をしてくるとしましょう」

こうして指針は決まった。

ジークの事はルーラーに丸投げしておく。彼女が拾って来たのだから責任は取ってもらいたいところだ。

だがその問には少し時間が足りなかったようだ。

今夜両陣営はぶつかり合ったのだから。


夜の帳が降り、聖杯戦争が再開される。

居城として守備力の高い城塞を本拠地と構えた黒の陣営に、赤の陣営はまさか拠点を飛ばして攻めてくると誰が想像できただろうか。

赤のアサシンの宝具、ハンキングガーデンズ・オブ・バビロン(虚栄の空中庭園)

それは正に巨大な浮遊要塞そのもの。

赤のアサシンであるセミラミスが生前作り上げた伝えられている空中庭園であり、要塞の防御力と攻撃力に移動能力さえも備えた正に正気を疑うほどに強力な宝具だ。

決戦場は草原。

そこに両陣営の先兵どうしが激突する。

黒の陣営は多数いるゴーレムとホムンクルス。赤の陣営はこれまた大量の竜牙兵だ。

それはまさに中世の戦争の如く平原でぶつかりその数を減らしていく。

ルーラーと、どう言う訳かジークはすでにアオの傍には居ない。

火中の栗を拾いに行ったのだろうか。

「どうしてこのタイミングで本拠地事総突撃なのだろうな」

目立つことこの上ない。

「さて、と。どうしようかね」

戦場は所かしこで爆音と閃光をまき散らしている。

轟音と共にあ眩く光ったぶつかり合いは宝具のせめぎ合いだろうか。

と、そんな時。ルーラーから念話が入る。

(あ、あのっ!アオくんっ…た、…たすけてくださーいっ)

ルーラの懇願に空を飛んで駆けつけると、眼下にはに醜く膨れ上がった異形のサーヴァントが居た。

(どう言う状況?)

(赤のアーチャーにスパルタクスを擦り付けられました。彼の宝具は傷を魔力へと変換しているらしく…)

狂化ランクの高いバーサーカーほど理性的な行動からはかけ離れる。

さらにスパルタクスの持っている宝具の効果が凶悪であった。

クライング・ウォーモンガー(疵獣の咆吼)

傷を負えば追うほどに魔力へと変換し貯め込む。その魔力を使い即座に再生されるが、貯め込んだ魔力量に比例してだんだん人の形を取れなくなっていくらしい。

(まぁこれだけ魔力が貯め込まれているのなら、最後はバンっだな)

(ひぃっ…そんな…まさか、ですよね?)

(………)

(な、何とか言ってくださいっ)

今も懸命にルーラーはスパルタクスをいなしているらしい。

(ルーラー、近くに誰か倒れているようだが)

(な、これは黒のライダーと…ジークくんっ!?)

気配を辿ったのだろう、すぐにルーラーから焦った声が返された。

背後にかばう様に戦うルーラーの後ろには気絶したジークと手負いの黒のライダー。

(どうしようか…倒してしまっても良い?)

(それは、…ルーラーとしてサーヴァントを倒すのは…)

(あー、だからオレが、ね。…それに時間もなさそうだしね)

どんどん膨れ上がるスパルタクス。

(ですが、ダメージを負えば負うほど爆発が近づくのでは?)

(うーん…とりあえず燃やしてみるか)

(…は?)

突如として燃え上がるスパルタクス。

「おお、圧制者よっ!火責めとは卑怯なっ」

黒炎に燃え上がりながらも苦悶の表情を浮かべつに笑顔なのが恐ろしい。

「アオくんっ!スパルタクスにダメージを与えては……って、あれ?」

黒炎に包まれてどんどん萎んでいくスパルタクス。

「うおおおおおおぅおおおおおおおっのおおおおおおれえええええええぇぇぇえ!!!」

もがき苦しむ様に地面を転がるスパルタクス。

「アオ…くん…何を…やったの…かな?と言うか飛んでた?今飛んでた?、ねえっ!」

アオはスタっと空から着地する。

「天照の炎は存在するのなら水すら燃やす。魔力を燃やす事くらい出来るさ」

と万華鏡を覗かせた瞳でさらにスパルタクスを睨みつけるとさらに炎上する黒炎。

「スパルタクスの抗魔力低くて助かったー。セイバークラスとかだとかなり減衰するだろうしね」

「で、鎮火は?」

「おおうっ!?」

気が付けばスパルタクスは光の粒子となって消えていた。

「……オレは何も見てない、何も知らない」

「それより、ジークくんっ!」

それよりって…いいけど。

気を失っているジーク。

「なんだ、お前らっ!」

子供を守るジャッカルのようにジークに覆いかぶさるのは黒のライダー。

ヒロインですね、分かります。

気を失っているジークは全身の魔術回路が酷使されたかの様に熱を持っていた。

「黒のセイバーの心臓を使ったな」

「どうにかなりませんか」

「ルーラー…オレを何だと…」

「え、何とか出来るのっ!だったらすぐにやってっ!ねぇ、良いでしょうっ、ねえったらねぇっ!」

「ライダー、変わり身早っ!」

「ちょっと黒のライダーっ!」

「あ、ボクの名前はアストルフォっ!真名も預けたんだからっ、彼の事診てくれなきゃ嫌だよ」

自分で言っただけだろとは思わなくもないが…

「セイバーはサーヴァント、ゴーストライナーだ。そんな奴の心臓が機能するとなるとすでに霊的に融合していると言う事。使わなければ融合も停滞してただろうが…」

はぁとため息一つ。

「こう言うのは苦手なんだ…」

それでもアオはジークの上着を剥くと自身の人差し指を切り念字を刻んでいく。

「うっ…くぅ…」

耳なし芳一のように全身念字で埋め尽くされるとアオは印を組むと念字が心臓のあたりに吸い込まれて行くように消えて行った。

「あっ…はぁ…はぁ…」

ジークの息も落ち着いたようだ。

「これで大丈夫なの?ねぇ、ねぇっ」

「ライダー。話はそんな簡単じゃないよ。心臓からの浸食は抑えたけれど、結局この子、ジークの意思を元にしているのだから使えなくした訳じゃない」

「えー、それって意味あるの?」

「さあ?」

「さあって、ちょっとー」

使えば人ではなくなると言ったうえで使ったのだから、後は知らないよ。

それはジークの選択だろうしね。

なんて事をしていると突如として爆音が響き巨大な魔力が辺りを満たした。

いや、満たしたと言うのは語弊がある。ただ漏れ出た、それだけだ。

「何がっ!?」

いつの間にかミレニア城塞が半壊している。先ほどの炎がカルナの宝具か何かだろう。

半壊したミレニア城塞へと空中の庭園から何かが伸び、そして地中に埋められていたソレが姿を現した。

「…大聖杯」

「まさか、そのものを奪おうとはね」

「アオくんっ!」

すぐさま万華鏡写輪眼・桜守姫で観察すればそれは間違いなくシミ一つない無色透明の魔力の塊。

「問題ないな。あれは正しく大聖杯だ。オレの知るそれとは違い機能に不備を抱えていない」

「それではっ」

「だからと言って君がそうと感じるように、オレがここに居るように問題が無いと言う事はないのだろう」

世界的な危機だからこそギャラルホルンはここにアオを送り込んだのだから。

「黒のライダー、ジークくんを任せます」

「それはもちろん良いけど、ルーラーは?」

「私はあそこへ」

そう言うとルーラーは空中庭園へと駆けて行った。

「オレは…はぁ…行くか」

ため息を付いてルーラーを追いかけるのだった。

妄執。

黒い感情に乗り移られた黒のランサーがサーヴァントと言う枠組みからも離れて聖杯を求めて暴走している所へようやくたどり着いたルーラーとアオ。

空中庭園内、頭上にはユグドミレニアからかすめ取られた聖杯が浮いている。

黒のランサー、ブラド三世であったであろう何者かは妄執に突き動かされるように単騎で聖杯へと駆けていく。

「吸血鬼…?」

それは伝説に語られる吸血鬼として遜色のないものだった。

霧へ変じる能力、その不死性、吸血による感染。

ブラド三世が後世のフィクションによって植え付けられた吸血鬼としてのイメージの具現だ。

そんな者が聖杯へと至ればどうなるか。

アオ自身も一騎倒してしまっているが、ここに来るまでに三騎のサーヴァントが脱落している。

小規模の願いをかなえるのなら十分なのかもしれない。

そこへあの妄執をもって黒のランサーが触れればどうなるか。想像もしたくない。

「ブラド三世を聖杯へとたどり着かせる訳には行きませんっ裁定者の権限にて…え、アオくん!?」

令呪の使用をやめろとルーラーに念話を送ると急ぎ印を組む。

「木遁秘術・樹界降誕」

「なっ!?」

それは誰の驚きの声だっただろうか。それはここに居るサーヴァントすべての声だったかもしれない。

それはこの空中庭園に根を張り乱立する巨木が宮殿内部をことごとくを埋め尽くし大聖杯を飲み込もうと迫る。

「カルナ、令呪を持って命じます。全力で聖杯を守りなさい」

「くっ」

突如響く第三者の声。しかし令呪を持って命令されればサーヴァントは従いざるを得ない。

カルナはその神槍に炎を纏わせて迫る樹木を薙ぎ払っている。

「アサシン」

「やっておる。しかしダメージがでかい。誰がこの宮殿自体を崩壊させられるものがあると考えるっ!どうにかしたければ令呪を使え!あやつ、聖杯を破壊する片手間にこの宮殿ごと壊し始めているぞ」

赤のアサシンの宝具がこの空中庭園なのだろう。

しかしアオの木遁が庭園の基礎部分、地面を無数の樹木の根を這わせて割った事で制御がおぼつかなくなっているようだ。

「では令呪を持って命じます。アサシン、庭園の維持に全力を注ぎなさい。アーチャー、ライダーは全力でルーラーのマスターの排除を。ブラド三世は私が」

突如現れた青年が令呪を続けざまに使うとブラドを相手取り始めた。

「な、アオくん逃げて」

逃げてもいいけど…

「また会ったなぁっ!ルーラーのマスターっ!」

嬉々として乗り出してくるのは赤のライダーだ。さらにその後ろで弓を引き絞る赤のアーチャー。

木遁は攻防一体だが、令呪のバックアップを受ける分ライダーとアーチャーの攻撃が鋭い。

しかしこの狭い空間内ではライダーの騎馬が召喚出来ないのが救いだ。逆に空間ずべてを埋め尽くせる範囲攻撃に手をこまねいているアーチャーとライダー。

吸血鬼となったブラド三世は、その信仰から聖職者には弱かった。

現れた青年が聖句を謳いながらブラド三世を滅ぼす。

「何故あなたがここに居るのですか…ルーラーのサーヴァント…いえ、天草四郎時貞っ!」

真名看破で相手の真名を見破り詰問するジャンヌ。

「初めまして、今回のルーラー。私は今回召喚されたサーヴァントではではありませんよ。前回召喚されたルーラーです」

「ばかなっ!」

なるほど。

六十年前。アンリマユは召喚されず、代わりに目の前の少年が召喚されたのだろう。

だから聖杯は汚染されず別の結末を辿りこのルーマニアへと隠蔽されていた。

どうして前回のルーラーが未だ存在するのか。どうして今回の聖杯戦争に参加しているのか、疑問が多いが…

「何が目的ですかっ!」

「全人類の救済だよ、ジャンヌ」

「救済…ですって」

ああ、なるほど。だからオレが呼ばれたのか。

木遁の制御を手放し、ライダーの槍を受ける。アーチャーの弓は鋭いが、それだけで脅威度は低い。俺の火眼金睛の守りを抜くには弱い。

「化け物め…」

「赤のアーチャー、それはアキレウスも一緒だろう」

「私は神秘の薄いこの時代でこれほどまでに神に愛されているお前が恐ろしい」

「なるほど…確かに神の権能ではあるが…これは簒奪したものだ」

「なっ!?」

「なるほど、それがお前の能力か、道理で俺の盾が戻ってこねぇわけだっ」

アタランテが驚きの声を上げ、アキレウスは得心したようだ。



「全人類の救済…それは」

「ルーラーっ」

「は、はいっ!」

黙考し始めたルーラーに声を掛ける。

「救済など、世界最悪の戯言だ。耳を貸すな」

「なっアオくん!?」

「私の救済が戯言ですか」

アオの反論に天草四郎は涼しい顔で問い返した。

「他者からもたらされる救済は一方通行の通貨みたいなものだ。使えば消費されるだけの代物だ。この世界は誰かを助けるならば誰かを助けないと言う選択しか出来ないんだよ。全人類の救済など…」

「出来ます、その為の聖杯戦争。その為の大聖杯です」

割って入ったのは天草四郎。

「ではお前はどのように人類を救済するつもりなのか。その聖杯は過程を飛ばして結果を得るものでしかないのだぞ」

「…あなたは、確かに聖杯への造詣が深いようだ。ならば知っているのではないですか?」

「何を?」

天草四郎と問答を繰り返している内もライダーと槍を合わせている。

「私は第三魔法を持って全人類を救済する。その手立ては我が腕にすでに有る」

「第三魔法…?ヘブンズフィール…確かアオくんは何と言っていましたか」

「魂の物質化か…それを全人類に施すと?」

「ええ、真の不老不死による全人類の救済。それが私の願いです」

「くっ…」

力任せにライダーと距離を取る。

「アオ、くん…?」

「あっはっはっはっ」

急に笑い出したアオにそこに居たサーヴァント達の動きが止まった。

「これは可笑しい。第三魔法による全人類の救済か」

「何がおかしいのです?」

むっとした表情で天草四郎が問い変えす。

「世界を殺そうとしているヤツは考える事が違う、とね。君はもっと世界の事を勉強するべきだ」

「マスター、敵の戯言など聞く耳をもつなっ」

突如赤のアサシンの声が響き渡ったかと思うと庭園の底をパージさせ、アオとジャンヌを空中へと落としにかかった。

「おっと…」

バラバラと巨石が落ち、その土豪に押し流されてしまうアオとジャンヌ。

「きゃあっ!?」

下はすでに市街地を出ていたようで落下物の被害は最小に押させられるだろうが…

「落ちる…っ!落ちてますっ!」

彼女はサーヴァント、飛べないまでも死ぬ事は…無い……無いよね?

「きゃーーーーーっ」

ため息一つ。聖杯を追う事を諦めてジャンヌを回収へと空を翔けた。

「きゃっ!…アオくん、もっと丁寧に」

ガクンと襟首をつかめばサーヴァントでもなければ悲鳴だけでは済まなかっただろう。

「もう一度落としてやろうか?」

「ご、ごめんなさい…」

なんてやっている内に庭園は遠ざかっていく。

「追えますか?」

と言うジャンヌに首を振る。追いつく事は出来るが…赤のサーヴァントたちは令呪によって強化されている。

「令呪が効いている内は近寄らない方が良い。それに…」

庭園から巨大なレーザーが放たれた。

「なっ!?宝具をっ…きゃっ」

グンとGが掛かりジャンヌの可愛い悲鳴が木霊する。

「近寄らせてはくれないようだぞ」

Aランク相当の魔力砲が断続的に飛んで来る。的が小さく、また距離もある為に当てるのは難しいのが幸いして避けるのは容易いが…

「一度状況を整理しよう」

「では、ユグドミレニアの城へと行きましょう。黒の陣営も詳しい事情を知りたいでしょう」

と言うルーラーの声に従い一路ユグドミレニアへ。

空から見てもその戦闘の激しさをものがったっているようにあちこち壊れているのが見て取れた。

ユグドミレニアの長であるダーニックはルーラーの話によるとランサーと融合していたらしく、滅ぼされてしまったらしい。

大聖杯も奪取された今、緊急事態と言う事でアオ達は招かれる形で入城していく。

途中気になったのは黒のライダー…アストルフォがかいがいしくジークにまとわりついていた事だが、なるほど。彼はライダーのマスターになったらしい。

どうしてそうなったのかは不明だが、前マスターは死にはぐれサーヴァントになっていたアストルフォと再契約を結んだと言う事なのだろう。

ジークフリートの心臓が励起されて以降ジークの腕には令呪が刻まれていた。それを用いたと言う事なのだと思う。


被害の少なかった客間に通されて一通り話し合う。とは言っても現状の確認が精いっぱいだ。

ユグドミレニアの陣営で残っているサーヴァントはフィオレの従える黒のアーチャーのみ。

ジークもマスターとして同席しているが、彼と契約した黒のライダーはユグドミレニアのサーヴァントと言う訳では無くなり、また黒のキャスターはあの空中庭園で天草四郎の甘言を聞いて戻ってこない所を見ると陣営替えに同意したのだろうと言う事になった。

「全人類の救済。そんな事が可能なのでしょうか」

とフィオレ。

「出来る、と天草四郎は思っているようです。その方法もすでにある、と」

そうルーラーが答えた。

「その方法とは?」

フィオレの双子の弟…バーサーカーのマスターであったカウレスが問う。

「…アオくん」

俺が説明するのね…

「君たちは聖杯がどう言うものか知っているか?」

「バカにしてるのかっ!」

怒声を上げたのはゴルド。そのだらしない腹が怒気で揺れていた。

「60年かけて龍脈から魔力を吸い上げ貯蔵し、魔術師に英霊を与え競わせ、聖杯と言う奇跡を勝者に与えるものでは?」

と黒のアーチャー、ケイローン。

ちらりと魔術師達を見ればバツが悪そうな表情を浮かべていた。

「表向きはな。その裏に召喚したサーヴァントをすべて力へと還元し根源へと至る孔を開けると言うのも有るが、それよりももっと大聖杯の根源的な部分だ」

「根源的?」

「ああ。あれはもともと第三魔法、ヘブンズフィールの再現の為に用意されたものだ」

「なっ!?」

アオの独白にユグドミレニアの面々は驚きの声を上げていた。

「第三魔法だとっ!?」

「あの、第三魔法とは?」

何だろうか、とジーク。

「第三魔法。魂の物質化ですか…天草四郎はそれを全人類に施すと」

コクリとフィオレの問いの頷いたルーラー。

「それならはもしかしたら本当に人類は救われるのではないか?もちろん出来ればの話だが」

とカウレス。

「勿論、一時的には人類は救われ幸福を享受できるだろうさ」

アオが言う。

「一時的…?人間はその状態になっても争いをやめない愚かな生き物だと言うのですか?」

そうフィオレがアオに問う。

「いや、誰も死なないんだ。幸福のまま生きられるのかもしれない、だが」

「…?なんです」

それは一つの人類救済。だけど、…でも。

「この宇宙は可能性を広げない世界にエネルギーを割く事をしない」

何の事だろうと皆が見つめ返していた。

「幸福なる世界。進化無き世界。停滞する世界。それらは編纂事象から外れ剪定事象となり…」

一拍置いて語る。

「世界そのものが刈り取られる」

「…刈り取られる…とは…?」

「世界そのものが無くなるんだよ。伸びすぎた枝葉を刈り取る様に、他の枝に光を当てるように邪魔な枝を切り落とすのさ」

「バカなっ!?戯言をっ!」

ゴルドの怒声が飛ぶ。

「さて、…この世界でそれを証明できるのは彼の宝石爺だけだろう」

「宝石爺…キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグ…?まさか第二のっ…」

少なからずショックを受けた様子のルーラー。

「つまり、このまま天草四郎が願いを叶えると世界がヤバイって事?」

アストルフォは気負いのない声で要点だけを纏めて見せた。

「どうにかしなければなりません。ルーラーのマスターが言う事が本当であれ嘘であれ、このままあれを放置する事はユグドミレニアの魔術師として出来ません」

「それで良いさ。深刻な話をしたが、要は勝てばいい。敵の人類救済を止めれればその手段は俺は問わない」

「アオ君っ」

咎めるルーラの声に肩を竦めた。

さて、これからどうするかと皆が考え始めた所で遠くから…

ドーン……ドーン……

何か大きなものが地面を揺るがす音が微かに聞こえ、カラカラとシャンデリアが音を立てて揺れている。

「なんだ…?」

と言ったジークの言葉に皆が窓の外へと視線を向けた。

「何かが来るな。それもかなり大きい」

心当たりは、とユグドミレニアの魔術師へと視線を向けるアオ。

「キャスターが帰ってきていない。恐らく裏切ったのではないかと…」

「赤のキャスターの宝具は完成されていなかった為か、完成体としては持ち込めなかったようで、召喚されてから制作されていました。彼の真名はアヴィケブロン。その宝具は巨大なゴーレムと聞きます」

「しかし、それを起動させるための炉心が無かった。彼はあなたを炉心に使う計画を立てていたようです」

ケイローンは今は亡き当主のダーニックの許可は出ていたと語る。

「なんだとっ!そんなバカなっ!」

憤るゴルドだが…

「まて、それじゃあどうやって起動した?おそらく良質な魔術回路を持つ魔術師が炉心なのだろう?」

「ロシェが居ません。おそらく彼が炉心でしょう」

フィオレが神妙な面持ちで答える。

「ロシェ?」

「黒のキャスターのマスターです。…いえ、元マスター、ですか」

裏切ったアヴィケブロンに宝具の炉心にされてしまったのだろうが、どうして契約が切れたサーヴァントの呼び出しについて行ったのか。

「彼はとても黒のキャスターに懐いていましたから」

とフィオレ。

「出ます。いいですね、フィオレ」

「勿論です、ケイローン。皆さんは…」

「俺は行く」

名乗りを上げたのはジークだ。彼はユグドミレニアが鋳造したホムンクルスだが、すでにそのくびきからは逃れた。しかし彼の同族はまだこの城で消費され続けている。

それを何とかしようとこの城まで来て、しかしまだ解決はしていない。途中であった。

「マスターが行くなら当然ボクも行くよっ!」

ハイハーイと手を上げて立ち上がる黒のライダー。

「ちょっと、ジーク君っ!私も行きますからっ」

ケイローン、ジャンヌ、ジーク、アストルフォと駆けて行った。

仕方ない、俺も行くかね。

城のエントランスから外に出ると既に戦闘は始まっているようだ。

巨大なゴーレムの攻撃をルーラーがしのぎ、黒のアーチャーは狙撃に徹し、遊撃としてライダーがヒポグリフに乗って突撃しているのだが…

「ダメージが思ったほど無いな…」

と言うより、追わせるダメージより回復の方が上回っているらしい。

「いや、これは再生と言うより…」

ゴーレム・ケテルマルクトが一歩踏みしめるごとに地面からは草花が成長し、生命溢れる世界へと置換していく。

「これはもう固有結界のレベルか…」

ケテルマルクトは原初の人間、アダムの模倣。存在するだけで周囲を楽園へと書き換え続けて、完成してしまえば完全なる不死となるだろう。

「俺も変身する」

余りの事態にジークはジークフリートの力を使う事にしたらしい。

「待ってください、ジークフリートの力をかりてもまだ足りない」

とケイローン。

「あのゴーレムは地面に足を付いている限り倒す手段は存在しません。あの巨体を空中に浮かせた状態で頭と心臓その両方を同時に破壊しなくては。そしておそらくチャンスは一度。それを逃せばあれは完成してしまう」

完全な不死へと変貌すると言う事だ。

「此処にはもう一騎、サーヴァントが居るでしょう。呼んでください、ルーラー」

「く、アオくんはサーヴァントでは…仕方ありません。アオくんっ!」

ルーラーのあれはケテルマルクトの攻撃を受けて苦渋の顔をしたと思いたい。

「はいはい…呼べと言った手前仕方ないか」

ふわりとルーラーの後方へと着地。

「見てないで、助けてくださいっ!」

とは言っても…木遁は効果が無いばかりか相手の強化につながりそうだし、対魔力も高そうでどうしたものか。

ぐんと押しのけてケテルマルクトの巨腕を払いのけたルーラー。しかしその拳はアオを標的に変えたようだ。

「しまっ…」

ルーラーの悲鳴。

ドゥン…

土煙がルーラーの視界を奪っている。

「アオくんっ!」

ケテルマルクトの拳はどうやらアオに届く前に何かに遮られるように止まっているようだ。

ルーラーが晴れた視界にとらえたのは巨大な盾だった。

「アオ…くん…?」

次いで巨大なドクロの上半身がその眼に焼き付く。

そして最後に見えたのは巨大な剣だった。

ドクロの右手に現れた巨大な剣が横薙ぎに一閃されるとケテルマルクトの巨体が真っ二つに裂る。

「相変わらず出鱈目な…」

驚きを通り過ぎてため息いを漏らすルーラー。

「ダメか…」

「はっ!」

アオの言葉に振り返るルーラーが見たものは真っ二つに切り裂かれてなお再生する巨人の姿だった。

「ダメージそのものが無かった事になっているのか…面倒な」

「あのゴーレムは地面に足を付いている限り無敵です」

とケイローン。

「しかし、勝ち筋が見えました。ルーラーこの場に居るもう一騎のサーヴァントを呼んでください」

ルーラーの感知能力によれば確かに近くにもう一騎サーヴァントが存在していた。

「ルーラーの権限で招集します。赤のセイバーよこちらへ」

バシュっと赤雷を纏って現れたのはアオとは決着つかずで分かれた赤のセイバーだ。

「来てやったぞ、ルーラー」

挨拶もそこそこにジロリとアオを睨む赤のセイバー。よほど気に入られたようだ。

「ケイローン。戦力は足りていますね?」

「ルーラーのマスターが参戦してくれたのです。十分でしょう」

コクリと頷くとルーラーはジークに向かって声を掛けた。

「ジーク君はさがってっ」

「ルーラー、だが…俺も戦えるっ」

「今はあなたの力が必要な場面ではありません。あなたは黒のライダーへの魔力供給を途切れさせないようにお願いします」

「くっ…」

ジークが悔しそうに歯噛みするが、ルーラーがきつく言い聞かせたためかしぶしぶ下がった。

「作戦は?」

「私があのゴーレムの足を地面から切り離します。その瞬間を狙ってください」

「なるほど、空中に転ばしたところをオレとそこのルーラーのマスターの宝具で殲滅させるのか。悪くねぇな」

「出来れば、お早めにお願いしますっ!耐久力には自信がありますが…きゃぁっ!」

「あ…ごめん」

吹き飛ばしてからはルーラーに任せっきりだった。

「オラ、用意しろっ!父上の剣だっ」

赤のセイバーがクラレント片手に脅してくる。

仕方ない、か。

蒼いドレスのような甲冑を着込み、髪を結いあげるとその手に一振りの聖剣が現れた。

「相変わらずだな」

「何度も言うが、レプリカだぞ?」

「は、そうかよ」

チャンスは恐らく一度きり。

「合わせられるか?」

「誰に物を言っているっ」

我が強そうな貴女にだけども…まあいい。こんな性質でもやるときはやるだろう。

「アオくーん…そろそろっ!いろいろとっ…げん…かい…なのですがっ!」

「…………」

ルーラーっ…

「お願いします、助けてくださいっ!」

「行くか…」

「ああ、しっかりついて来いよっ!」

「そっちがなっ!」

赤雷が掛け、駄賃とばかりにゴーレムの右腕を斬り捨てている。

「へ、どんなもんよっ!」

「油断…」

左腕が空中に躍り出たセイバーを掴みにかかる。

斬っ

遅れて掛けたアオがその聖剣で両断。

「再生するか…」

「本当に不死身ってか?」

「このままならそうなる」

完成されてしまえば倒す手段がほとんど無くなってしまい、周囲の被害がとんでもない事になるだろう。

スタっと両者が地面に足を突くと黒のアーチャーの強烈な狙撃。

ヒュンっ

その矢は確かにケテルマルクトの両足を切断したが…

「再生が早いな」

「セイバー、ここは信じて必殺に備える所だよ」

「へっ、分かってんよっ!」

アオと赤のセイバー…モードレッドの持つ騎士剣がそれぞれ剣先を天空に向けると魔力をチャージし始めると、アオの持つ騎士剣には金の粒子が収束し、モードレッドのそれは赤雷をまき散らし始めている。

だが、本当に再生が早い。このタイミングでは両足を空中に滑らせる事は難しいのではないだろうか?

と考えていた所、空中から幻獣ヒポグリフに乗ったライダーが馬上槍を構えて突撃。

「いっけーっ!」

見事ケテルマルクトを空中へと転ばせる。

威力のわりに効果が高い。あの槍の宝具の効果なのだろう。

「セイバーっ!」

「分かってるっ!」

しかし千載一遇のチャンスは巡って来た。これを外せばケテルマルクトは完成してしまい固有結界により周囲を原初のエデンへと変貌させてしまうだろう。

キンッと甲高い音が聞こえるくらい魔力を収束させ振り上げる。

行けるか?とセイバーに視線で問えば、誰に言っていると鋭い眼光が訴えていた。

互いに振り上げた騎士剣を真名の解放と共に振り下ろす。

「エクス…」
「クラレント…」

「カリバーーーっ!」
「ブラッドアーサーーーーっ!」

二つの振り下ろされた騎士剣から極光が放たれる。

収束された魔力が一気に解き放たれ空中に投げ出されていたケテルマルクトの二つの核を寸分たがわず撃ち抜いた。

ドゴーンッ

爆音とともにゴーレムは粉砕され跡形もなく霧散し、固有結界による浸食は停止された。

「へっ、見たか木偶の坊がっ」

赤のセイバーが勝鬨をあげている。

世界の危機は結構ありふれている。今回のこのゴーレムも放っておけば世界を侵食する災害であった。

まぁ、最大威力の攻撃を惜しげもなく全力でぶつけると言う単純なものだったのだが…世界が滅ぶかもしれない瀬戸際に手段に拘泥するものでもないだろう。


その後、赤のセイバーとそのマスターもユグドミレニアの城へと招待し、作戦会議の続きだ。

裏切った黒のキャスターは宝具に吸収されていたらしく、消滅したために残りの問題は奪われた大聖杯の追跡と…

「これを見てください」

と出されたのは数日分の新聞。

「現代によみがえるシリアルキラー…ねぇ」

そこには同じような手口の殺され方をしている複数の事件の記事があった。

「切り裂きジャック…ですか」

そうルーラー。

この連続殺人事件を新聞記事は現代に蘇った切り裂きジャックなどと銘打って大きく取り上げているようだ。

「これはサーヴァントの仕業か?」

ジークが新聞に目を通して呟いた。

「恐らく。黒のアサシンでしょう」

と、フィオレ。

「黒の陣営のサーヴァントが好き勝手に暴れているのか?」

「黒のアサシンの召喚を試みたユグドミレニアの魔術師とは連絡が取れません。恐らくですが…」

召喚してからサーヴァントを奪われるようなイレギュラーにあったのではないか、と。

そして黒のアサシンが聖杯を求めてこの地までやって来たのではないかとも。

ユグドミレニアとしては後顧の憂いを無くすためにも討伐したい。赤のセイバーのマスターは様子見。

ジークとルーラーはユグドミレニアの言葉に頷いていた。

「アオくんは…?」

「放っておけば?」

「アオくんっ!」

ルーラー、この人でなしとでも言いたそうな目で見つめないでくれるかな。

「どうしてでしょう…」

そう言ったフィオレの質問に答える。

「新聞の連続殺人、心臓をくりぬかれて殺されていると言う事は、黒のアサシンのマスターにサーヴァントを現界させるだけの魔力がないと言う事なのだろう。自前で賄えないから他者から奪っている。さて、フィオレ」

「は、はいっ」

突然呼ばれてびっくりしているフィオレに質問を返す。

「聖杯戦争に置けるサーヴァントの現界には聖杯からの補助を受けているのだろう?」

「え、ええ」

肯定。

「なら、聖杯戦争さえ終わらせれば維持できずに消えてしまうはずだ。いくら他者から魔力を奪っていても限界はある」

「ですが、それではっ」

ルーラーがアオに食って掛かった。無辜の民が死んでしまう、と。

「世界と少数の人間を比較すればどちらが最善かな」

「…アサシンを倒して世界も守ると言う事は出来ないのか?」

「ジークくん…」

ジークの言葉に我が意を得たりとルーラーは同意したいようだ。

「ああ、それが出来れば最善だ。しかし、失敗すればこの中の誰か、または全員が脱落してしまうだろう」

幸い、多少破壊されているとしてもこの城は魔術師の工房も兼ねている。守りは固い。

最終決定はユグドミレニアの当主を代行しているフィオレに任せる。

「………アサシンを討伐します」



……

………

ルーラー、ジーク、アストルフォ、カウレス、ケイローンは街へとアサシン、ジャック・ザ・リッパーの捜索へと赴いている。

獅子劫と赤のセイバーのコンビはやる事があると出て行った。

そんな訳でユグドミレニアの城に残ったマスターはフィオレ一人だ。

アオはアサシン捜索に加わるでもなく、城で時間を潰していた。

「…霧?」

突如城全体を囲う規模で霧が発生し、勤めていたホムンクルスが倒れ始めた。

「魔術か…はたまた誰かの宝具か…」

毒性も持っているらしいその黒い霧。まあ、黒のアサシンだろう。

霧はまだ城の中までは入ってきていないが、それも時間の問題だ。

アオは円を広げると両目にチャクラを込めて目を閉じ、再び開いた双眸が真っ赤に染まっていた。

万華鏡写輪眼、シナツヒコで風を操り、城の周りから霧を吹き飛ばして散らす。さらに自身のチャクラを練り込んだ風を循環させて新たな霧を抑制、排除する事で被害を抑えていたが、抑えているだけで最初の霧の侵入で倒れたホムンクルスたちは苦しそうにうずくまっている。

…元凶を排除しなければ。

いくら円を広げているとは言え、相手は気配遮断スキルを持つアサシンのサーヴァントが相手だ。この霧が無くても初撃までは気配を漏らさない敵をどう排除するか。

目的はなんだ?

「……普通に考えればマスターの排除か」

魔術的な守りがあるこの城にどうやって入って来たのかはこの際置いておく。だが、その目的はマスターの排除だろう。

となれば…円を頼りに今この城の中にいる唯一のマスターであるフィオレ、その場所へと走る。

……

移動を車イスに頼っているフィオレなど、アサシンのサーヴァントにとっては這いずり回る芋虫の如く殺されてしまうだろう。

間に合うか?

今、ケイローンに退場してもらっては困る。

赤のライダー…アキレウスにダメージを与えられるのは自分とケイローンくらいなものだからだ。

掛ける速度を上げる。

……

………

いたっ!

しかし目の前の光景は絶望的。黒のアサシンは追い詰めたフィオレに留めとばかりにナイフを振り下ろそうとしている。

「きゃぁっ!?」

「む?」

寸前。…本当にフィオレにアサシンのナイフが振り下ろされた瞬間ギリギリそのナイフを振り下ろしたソルを叩きつけ軌道をそらすことに成功した。

攻撃が失敗した事ですぐさま距離を空けるアサシン。アオは飛針を飛ばし攻撃するが、その両手のナイフで弾き飛ばされてしまった。

「お前、どうして…」

サーヴァントである自分の攻撃を、しかもその初撃までその気配を感じられずに攻撃できたのか。

「た、助かりました…ですが…」

状況は悪いとフィオレ。

アサシンは健在でここにはマスターが二人だけ。

そう思うならば令呪でアーチャーを呼んで欲しいものなのだが…いや、彼女はアオの実力を知っている。

「…任せても?」

と言うフィオレの言葉に肩をすかした後石畳の床を蹴った。

「へぇ、やるんだ」

「オレが頑張らないと君、フィオレ殺しちゃうでしょ?」

「そりゃね。一騎でも多くサーヴァントを蹴落とすのが聖杯戦争のルールでしょ?」

などと会話をしながら斬り結ぶ二者。

「だけど、計算違いだったよ。サーヴァントより強いニンゲンが居るなんてね」

「ならばここで倒れろ」

「やーだよ。ママが待っているし今日は帰るね」

瞬間、アサシンの姿が霧に包まれる。

城の外を覆っている物と同種のものだろう。

「逃がさないよ」

閃光が走る。

必中の権能を付加した一撃は確かにアサシンの肉を断ったが…

「…まぁ霊核は斬った。長くはもたないだろう」

しばらくしてルーラー達がアサシンを討ち取って帰って来たのを見て最終決戦の準備が始まった。


敵の居城は浮いているとは言え、アオが半壊させているので移動速度は当初の物よりも格段に落ちている。

風に流されて飛ぶ風船よりも遅い速度でマケドニアを出ようとしているようだ。

アサシンを討伐して後顧の憂いをなくした黒の陣営と赤のセイバーとそのマスターは再びアオとルーラーの前に揃っている。

「聖杯による願いの成就には聖杯の完成が必要なはずだ」

とアオが言う。

「だがこの数日、大聖杯を奪取した彼らはこのルーマニアから離れるばかりでこちらを攻めようとしてこない」

「それはいったいどういう事でしょう」

険しい顔のルーラーがアオに視線を送った。

「天草四郎の願いに必要なのは大聖杯であり、聖杯戦争の勝利が目的ではない、と?」

ケイローンが腕を組みながら天草四郎の目的を推察する。

「えっと、どういう事?」

アストルフォは理解できていない様だ。

「ばかなっ!」

吼えるゴルド。

「しかし、状況がその推察を裏付けていますわ、ゴルドおじさま」

フィオレが険しい顔で言った。

聖杯の完成が目的ならば距離を取る事には意味があるが、逃げる事には意味が無い。

「聖杯戦争はすでに破綻していると言う訳ですか」

ヤレヤレとケイローン。

「おいどうすんだよっ、なぁ、マスター」

「セイバー…だが、まぁ…大方の所でケイローンの言い分は正しい」

モードレッドに獅子劫界離はタバコをふかしながら天草四郎に盤面をひっくり返された事を肩を竦めて認めた。

それはこのままでは誰の願いも叶わないと言う事だ。

相手はこのまま逃げ続け、大聖杯を聖杯戦争のうたい文句以外の方法で使用する。

使用されれば、人類は皆魂の存在へと昇華され、一時的には幸福を得られるだろうが結果、アオの言葉が正しければ世界そのものが無くなってしまう。

「じゃあオレの願いはどうなんだよっ」

モードレットが吼える。

彼ら英霊は多かれ少なかれ聖杯に願いが有るから召喚に応えている存在だ。

「それにはまず、大聖杯を取り戻さなければなりません」

フィオレが神妙な面持ちで答える。

「ち、結局はそこに戻んのかよ」

頭をかいて悪態を吐くモードレッド。しかしそれ以上は口をつぐんだ。

「とは言え、横紙破りには懲罰が必要かな」

そうアオが言う。

「懲罰だぁ?」

不満そうな声を上げるモードレッド。そんな事が出来るのかとでも言いたそうだ。

「とりあえず、赤のアサシンには退場してもらおう」

「はい?」




ユグドミレニアの城塞の中にアオが何やら魔法陣を描いていく。

「あの、これはいったい…」

不安そうな声を上げるルーラーは、その魔法陣の真ん中に立っていた。

その周りを黒の陣営と獅子劫とモードレッドが囲んでいる。

「おい、マスター。ルーラーのマスターが何しているか分かるか?」

「悪いなセイバー。さっぱり分からん」

モードレッドに言われて魔法陣を眺めてみるが、アオが何をしているか分からない。

そもそも、彼の専門は死霊魔術ネクロマンサーだ。

専門から外れれば予測は出来ても理解はできないだろう。

「ち、使えねーな。マスター」

「おいおい、それは酷い言われようだ。まぁ、おそらく令呪を強化する補助術式のように思えるが…」

「それが何の意味があるんだよ」

「いや、まて…まさか…」

何かに気が付いた獅子劫界離。

「お前達に令呪の本来の使い道を教えてやろう。その結果、どう思うかはそれぞれのマスターとサーヴァントとの信頼度しだいだな」

「アオくん、何を言っているのですか?」

いぶかしむルーラーを無視してアオは魔力を込めて告げる。

「令呪に告げる、その全ての令呪を持って……」

アオの持つ二画の令呪が光り出した…

………

…………

……………


バビロンの空中庭園にて…

天草四郎が大聖杯の掌握の為、その中に入ってしばらくの時間がたつ。

アサシン、セミラミスは階段の上にある玉座に座り肩肘をついていた。

マスターの望みを叶えるため、今は時間が経つのをただ待つだけだ。

その玉座の間には面白くなさそうに寝そべっているライダー、アキレウス。鬼のような形相を浮かべているアタランテが居た。

後は諦めずに追ってくるであろう黒の陣営、ルーラー、赤のセイバーとの最終決戦を待つばかり。そのはずだった…だが…

「馬鹿なっ!?」

彼らにとってこの聖杯戦争で一番注意しなければいけない事は何であろうか。

敵への防衛戦力?

間違っていないだろう、だが一番はルーラーの令呪による縛りだ。

ルーラーはその職務故に各サーヴァントに対応する令呪を二画ずつ持っている。

令呪に抗うには並大抵の抗魔力では抗えず、その為ルーラーの排除を優先した。

しかしもし排除に失敗したとしても、このバビロンの空中庭園に居る限り自分の宝具であるバビロンの空中庭園内ではその効果を発揮できないはずだった。

しかし…

「なんだ?」「どうした?」

セミラミスの声に振り向いたアキレウスとアタランテが見た物は、巨大な蛇のアギトで食いちぎられるセミラミスの姿。

「なっ!?」「姐さん、ここを出るぞっ!ぐぅ…」

次いで溢れかえるのは対ケイローンの為に用意していたであろうヒュドラの毒の霧。

「毒か…くそ……」

焼けるような痛みがアキレウスとアタランテを襲う。

最悪だったのは、セミラミスが消滅に抗ったことだろう。

その時間だけヒュドラの毒はアタランテとアキレウスをむしばみ続けたのだから。

ヒュドラの毒はケイローンやヘラクレスと言った名高い英雄を死に追いやったギリシャ神話における英雄殺しの毒だ。

そして運の悪い事にアタランテとヘラクレスはギリシャ神話の英霊だった。

「ふむ…」

カルナは崩れながら落下する空中庭園を見ながらこの千載一遇のチャンスに走り出していた。

そして、これはアオは意図して居なことだ。

もしかしたら、世界の存続を願う人類の集合無意識…抑止力がそうさせたのかもしれない。

それほどまでにアオのタイミングが神掛かっていた。

「もうすこし、もう少しだ。もう少しで人類は救われる」

そして相手に対しては実にタイミングの悪い事に、天草四郎は大聖杯の中に入り大聖杯を掌握しようとしている最中であった。

暗い暗い。天草四郎を否定しようと移り変わる風景の中、彼は歩を緩める事なく進む。

あと少し、ほんの少し早ければ結果は変わっていたかもしれない。

だがしかし、令呪によって強制的に自害を命じられたセミラミスの毒が空中庭園中を包み込み、大聖杯すら犯し始めた。

「ごはっ…」

歩を進める天草四郎が突如として吐血した。

「これ…は…?」

恐らく空中庭園が崩壊し、地上に落下したとしても、神秘の強さから大聖杯は無傷だっただろう。

しかし、大聖杯は作られて高々300年。神秘の強度ではセミラミスの毒の方が上であった。

「どく…ですね…アサシン…なぜ…」

その毒は大聖杯の外郭をむしばみ、崩れ落ちた後に中に入っていた天草四郎をも犯した。

「あとちょっと…あと少しなのに…またも…わたし…は…届かない…のか」

そうして天草四郎の意識は暗転する。



アオは三画すべての令呪でルーラーをブーストし、セミラミスに対応するルーラーの特権令呪の二画、それと他の令呪を全てリソースに回しセミラミスに抗う事の出来ない令呪での命令を行使する。

「……全ての令呪を持って赤のアサシンを自害させろ」

どうせこれ以降、アオもルーラーも令呪を使うタイミングは無いだろうと彼は大盤振る舞いだ。

「なっ!?」

反発するルーラー。しかし令呪での強制命令と魔法陣の後押しに抗えず。

更には強大なアオの魔力も相まって令呪の縛りが強力になってルーラーを抑え込む。

「くぅ………令呪を…持って命じます。赤のアサシン、自害しなさい」

次の瞬間、ルーラーの背中にあるはずの羽のような令呪が全て消滅する。

たった一つの命令にすべての令呪が消費された証拠だ。

「これが令呪の本当の使い方だってかっ、ああ!?」

モードレッドがアオに凄んだ。

「どうなんだっ!」

モードレッドが他のマスターにも視線を向けた。

獅子劫界離はなるほどと言う顔をしていて、他の魔術師は顔をそむけた。

知っているからだ。

「そうだ。本来聖杯にくべられるべき英霊の魂には欠けは許されない。ならばどうするか」

「令呪で強制的に退場させる、か…よくできているシステムだな」

合理的過ぎて悪態を吐く獅子劫界離。

「マスター、テメーまでっ」

「まてまて、セイバー。俺も騙されていたんだ。だが、魔術師としては理解は出来る」

「くそっ!」

獅子劫は本当に知らなかったのだとセイバーを宥めた。

夜陰に紛れて墜落した空中庭園へと乗り込む黒の陣営達。

サーヴァント達は複雑そうだが、少ない時間の中で築いた信頼関係からか平静を保っていた。

事ここに至り、本来の計画の中心であったはずのダーニックは脱落しているのだから彼の目的に沿う必要はない。

それに、聖杯戦争を続けるにしてもまず大聖杯の確保が必須だった。

赤の陣営のサーヴァントの気配はルーラーが消えた事を確認している。

だが、どうしてそうなったのかは確認し、大聖杯は確保しなければならなかった。

「ひでー有様だな、こりゃ」

モードレッドが言うように無人の瓦礫の山は凄惨と言う言葉が合っている。

「大聖杯は…こりゃ使い物にならんかもな」

「ああん?なんだこりゃ、壊れてんのか?」

セミラミスの毒に侵された大聖杯はその原型をほとんど残していなかった。

「これでは聖杯戦争を続ける意味がありませんね」

とはケイローン。

「はぁ…しゃーねぇ…おい、マスター。なんかうまいもんでも食いに行くぞっ」

「はぁ?おまえ、まだ限界し続ける気かっ!俺が干からびるだろうが」

聖杯の補助もなしにセイバーを現界させ続けるのは獅子劫では少し辛いようだ。

「当然だろっ!ここまでしてただ働きでした、なんて結末は認めねぇ。お前の残りの人生分くらいはオレに付き合ってもらうぜ」

「マジかよ…まぁ、それもいいかもしれんな」

「さっさと行くぞ、マスター」

そう言って去る獅子劫界離とモードレッド。

「私たちも帰りましょうか。フィオレ」

「よろしいのですか?わたし達はあなたを騙していたのに…」

逆にアーチャーのクラスは単独行動スキルを持っている。魔力の消費は少なくて済みそうだ。

「せっかくの現界です。新しく弟子を取るのも良いでしょう」

フィオレとケイローンはユグドミレニア城塞へと戻っていった。

「じゃあじゃあ、ボクたちもこの辺で。ほらほら、マスター早く乗って」

「ちょっとライダー。これからどうするんだ?」

「それはこれから考えるんだよ。人生はまだまだこれから長いんだから」

アストルフォとジークもグリフォンにまたがって空へ。

「ジャンヌはどうする」

瓦礫を呆然と眺めている一人の女性。

「どうやら彼女は寝っているようです。アオさんのせいですよ」

応えたのは別の女性だった。

「レティか」

「はい」

「寝てるって、どうして?」

「裁定者であるはずのルーラーが聖杯戦を壊してしまった事に衝撃を受けたんだと思います」

アオが肩を竦めた。

令呪によって命令したのはアオなので、彼を責めれば良いのだろうに。

「退去してしまえば忘れるだろう。記憶は記録になる。英霊とはそういう物だ」

「そんな悲しい事を言わないでください。例え記録としてしか残らないにしても、楽しい出来事として記録してほしい。そう思います」

レティシアがほぅと息を吐いた。

「まぁ実際、ジャンヌがレティの中に残ってもらってよかったと思っているよ」

「どうしてですか?」

「君は聖杯の奇跡があったとしてもその身に英霊を宿していた。それはまっとうな魔術師たちには例えジャンヌが退去していたとしても利用価値は高い。最悪切り刻まれることも覚悟しなければならないほどだ」

根源へのアプローチに使えると、色々な実験をされてしまう事だろう。

まっとうな魔術師に人道など皆無なのだ。

「ええっ!?」

「だが、ジャンヌがその身に居る限り、その対魔力は現代の魔術師の魔術では傷一つ付けられず、神秘や魔力のこもってない攻撃では薄皮一枚傷つかない。例え銃弾を浴びても無傷だろうよ」

ただ、それでもレティシアが完全に安全と言うわけではないが、後の人生は彼女自身が頑張るだろう。

「えええっ!?」

「さて。オレ達もお別れだな」

「アオさんも帰るんですか?…その、元の世界に」

「聖杯は破壊されて、世界の危機も救った。これ以上オレがこの世界にいる必要もないさ」

「そうですか。…少し寂しいですね」

「人の別れとはそういう物だ」

「またどこかで会えますか?」

少し寂しそうな表情でレティシアが言う。

「未来は不確定なものだからね。因果の交差路でまた」

そう言ってアオは去る。

「これはお土産にもらっていくよ」

アオの手にはきらりと光る杯。

「ちょっとアオくん、それはなんですか?」

レティシアから静止の声がかかる。

「ん?小聖杯。ユグドミレニアに隠されていた。おそらく第三次の時にダーニックが回収したやつだろう。あとは、ほら昔取った杵柄で」

聖杯として完成させた、とアオが言う。

「それを返しなさいっ!アオくんっ!」

「はははははっ!まぁ、悪用はしないよ、…たぶん」

「こらー、まちなさーいっ!」

そうして、アオも元の世界へと戻った。 
 

 
後書き
何度も書き直したり、アオの立場を変えて書き直したりした結果、形になったものを掲載。半端な最期になってしまいましたが、楽しんでいただけたのなら幸いです。 
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