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エターナルトラベラー

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番外編 【ヒロアカ編】 その②

 
前書き
ヒロアカ編と言いつつ、番外編【FGO アトランセィス編】を挿入。一つのシリーズとして内容が薄かったのでここに追加しました。 

 
「ミライちゃんは夏休みなにかした?」

とリビングでぐうたらしていたミライに問いかけた。

回りには誰も居ない。

「んー…ちょっと大変なことがあって」

「まぁミライちゃんだものね…」

「だもんねって…」

「それで、どんなことがあったの?」

それでもミライなら何か面白い事に巻き込まれたんではないかと透が聞き耳を立てた。

「そうだなぁ…あれはねぇ…いきなりスポットに異世界に飛ばされてね…苦労して巨大な狼を倒したんだけど…」




……

………

このままでは全滅してしまう。

ここはアトランティス。

漂白された地球に現れた異聞帯、ロストベルト。

この世界はオリュンポスの十二神がその真体を失わず、襲い来るセファールを退けたIFの世界。

その異常性から汎人類史とは認められず刈り取られたはずの世界だ。

そこで汎人類史の英霊であるメドゥーサはペガサスを駆り必死に空を駆けながら味方の英霊達がオリュンポスへとたどり着けるように援護していた。

だが、空からはアルテミスの巨大砲に狙われ、海上からはポセイドンが弾幕の雨を降らせている。

準備不足だった。

英霊や、英霊の身に落とされた自分では真正の神を相手取る事は難しい。

単純に存在の規模が違うのだ。

自分がゴルゴーンの神霊として顕現できていればまだ勝ち筋も見つけられたかもしれないが…

「ここまでですね…これ以上は…」

だが、ここで諦める訳にもいかない。

「気に入りませんが…」

そう言って取り出したのは神々しい流体金属。ナノマシンである。

「アテナ・クリロノミア…本当に気に入りません…ですが…」

それはアテナの権能の一端を封じ込めたナノマシン。

「わたし以上に適任も居ないでしょうね…」

メドゥーサはアテナに呪われて蛇の化け物になったのだ。

アテナとの縁は今現界している英霊の中で自分が一番適性が高い。

それ故、限界いっぱい、いやオーバードーズでその霊核が壊れようとかまわずにアテナ・クリロノミアを摂取する。

「はぁ…はぁ…はぁ…」

霊核を汚染される激痛に耐えつつ魔力を高めていくメドゥーサ。

その時、空から極光が降り注いだ。

それは狙いたがわずメドゥーサを打ち抜いたが…

「一歩、遅かったですね…カウンター召喚。わたしの存在そのものを贄に、必ず神を討つ者を…呼び…」

そこでメドゥーサはその存在を保てなくなって消滅した。



……

………


ザザー

ザザー

砂浜に波の音が響く。

「うっ…く」

砂浜に打ち上げられた漂流者のような誰かが苦悶の声を上げ、ようやく意識を取り戻したようだ。

「気が付いたみたいだ」

「せ、先輩。あまり揺らすのは…」

倒れている人を揺り動かして気付けをする二人の人影。

「ここ…は?」

チャプと砂浜に手を着いて起き上がる。

肌を伝う水に海独特の不快感は無く…

真水?ここは湖…と言う訳じゃなさそうだけど…

後ろを振り向けば青い海が広がっている。

目の前には年若い男女。

軽装の男性に対し、十字の大楯をもつ少女は普通とは言わないだろう。

「よかった。大丈夫ですか、どうしてこんな所で倒れていたか思い出せますか?」

青年が倒れていた誰かに問いかけた。

「えっと…」

少女はええっとと記憶と辿った。

確か二匹の巨狼と戦っていて、どうにか倒した後、気が付いたらこの状況だ。

いや、その後に何かあったような…

「うっ…」

眩暈がして苦悶の声が漏れた。

「大丈夫ですか?わたしはマシュと言います。マシュ・キリエライト。こちらはわたしのマスターで藤丸立香です。あなたのお名前は?」

「星縞…ミライ…」

「ほししまみらい…え?…日本人?」

ミライの言葉に藤丸が反応する。

彼が驚くのも無理はない。

起き上がったミライの手にかかる長い髪の毛は薄い紫色をしていて、またその瞳も薄い紫色をしていた。

浜辺に投げ出されるようにして円盤盾と黄金の剣が波打ち際で異彩を放っている。

「何か覚えている事はありますか。ここまでどうやって来たか、とか」

と立香が言う。

「記憶が…曖昧で…う…」

ぐっと両手で目元を抑え込むミライ。

「どうしたんですかっ!」

ミライの肩に手をかけその顔を覗き込むと放たれた右手から覗くミライの右目が青く輝いていた。

「…せんぱい?」

突如として動かなくなった立香にマシュが近寄る。

「マシュ、邪視だっ、近寄っちゃだめだ!」

突如として空間にホログラフのように現れた美幼女は焦った顔でマシュを止めた。

「これは…魔力パターンからして神霊に近い」

「くっ…」

立香に近寄りたいマシュだが、一番の最悪はミライの邪視に自分も捉えられる事だと大盾でその姿をさえぎった。

「こちらに敵意はないんだ。悪いけれどその魔眼を止めてくれないかい?」

幼女、後でレオナルド・ダ・ヴィンチの英霊だと紹介された彼女がミライに言う。

ミライの持っていた浄眼が何かの要因で派生能力を得たようだ。

「石化の魔眼…いや、これはもはや時間停止だ」

そうダヴィンチちゃんが言う。

ミライは立香から視線を外し呼吸を整えるとその瞳は薄柴の虹彩に戻っていた。

「え、どうしたの?」

再び動き出した立香は心配そうにミライを再び抱き起そうとして…

「先輩こっちへっ!」

「マシュ?」

マシュが問答無用で立香をミライから引き離した。

「それで、君はいったい誰なのかな?」

とダヴィンチちゃん。

「誰と言われても、記憶の一部に曖昧な部分がある感じ」

「記憶喪失って事ですか?」

そうマシュが問いかける。

「自分の名前は分かるよ。直前までなんか大きな狼二匹と戦ってた気もするんだけど…おそらく何者かに召喚(よ)ばれたんだと思うし、何かしなければならないんだと思う。それ以上に帰らなきゃとも思っているよ」

「帰るってどこに?」

そう立香。

「思い出せないけど…」

どこかに帰らなければならない、とは思うがそこがどこか思い出せない。

そもそも自分の容姿に違和感さえ覚える。

服装は黒をベースとしたカジュアルな服装をしていた。

ミライはとりあえず転がっていた帽子をかぶると、濡れていたはずの帽子や服はすっかりと乾いていた。

「霊基の観測結果は神霊のそれに近い。おそらく汎人類史の抑止力によって呼ばれたサーヴァントだと思うけれど、イシュタルの例もあるし断言はできないなぁ」

ダヴィンチちゃんがムムとうなった。

さて、どうしようか。

そもそもここが地球なのかどうかも分からない。

これからの指針を立てようにも記憶があやふやだ。

「とりあえず、一緒に行く?」

「先輩っ!?」

「だって、記憶喪失みたいだし、このままほっとくわけにも」

「それは私も賛成だ。わたし達には一騎でも多くの仲間が必要だ。邪視だけでも彼女の能力の高さが伺える。どうにか彼女を懐柔できないかなぁ」

そう言う事は内緒話でするものだ。

だが…

「わたしも情報は必要ですし、と言うかまずここはどこですか?」

相手の話を総合すると、地球は漂白され滅亡してしまったらしい。

漂白とか言われても意味が分からないが、まぁ滅亡したらしい。

彼らはそんな地球の生き残りで、漂白の原因を探りつつ七つある異聞帯の攻略と空想樹と言われるものの切除をして地球を元の状態に戻したいそうだ。

そして今回が五回目の異聞帯らしい。

異聞帯アトランティス。

ギリシャ神話の神様が生き残った世界らしい。

「あー、なるほど。今回の敵は神様と言う事なんですね」

この異聞帯を支配している神とその尖兵達。

異聞帯のオデュッセウス、神霊ディオスクロイ、神霊カイニスが確認されていて彼らカルデアの戦力では撃破が難しい。

さらに上空には真正の神であるアルテミスが鎮座しているらしい。

神とは言っても巨大な宇宙船が真体らしい。

「え…宇宙船の神様?」

「驚くべきことにね」

「それってただの機械なんじゃ…」

「いや、汎人類史では失われただけで本来宇宙船だったと言う事なんだろうね」

そうダヴィンチちゃんが言う。

「そう言えば少し思い出したことが」

「思い出したこと、ですか」

とマシュ。

「なんか機械のでかいクジラをぶっ倒した気もします」

「でかいクジラ?」

今度は立香が問いかける。

「クジラと言うか潜水艦と言うか。なるほど、あれがじゃあポセイドンだったんですね」

「え」

「え…?」

ハトが豆鉄砲を喰らったような顔をする二人。

「…………もしかしてキミ、ポセイドン…倒しちゃってるのかな?」

いち早く冷静さを取り戻したダヴィンチちゃんがおそるおそる聞いてきた。

「わたし、これでも神殺しの魔王なので」

「………」「………」「………」

「「「はいーーーーー!?」」」



……

………

「な、何か証拠は有るのかな?」

「一応、わたしの体質?で倒した神様の権能を簒奪しちゃったりするんですけど」

「権能を簒奪っ!?」

「ダヴィンチちゃん、そんなに驚く所?」

立香がダヴィンチちゃんにきょとんと問いかけた。

「そりゃ驚くに決まってるでしょうっ!だって言ってることがファンタジーすぎるでしょうっ。だっていち人間が神の権能を奪い取るだなんてっ!」

「奪い取ると言っても、幾つかある権能から一部を自分に合うようにデッドコピーしている感じなんですけどね」

神そのものの権能をフルで使える訳じゃない。

「それでもすごい事じゃないかっ!」

目を輝かせるダヴィンチちゃん。

「それじゃ君は海を嵐で包み込んだりできるって事なのかい?」

「いえ、そううまく行くものでもなくて…今回だとたぶん…」

ちゃぽと海水を両手で掬うと権能を発動。

「何か変った?」

「いえ、分かりません」

立香とマシュが怪訝な顔を浮かべる。

「これじゃ分からないか。じゃぁこれで」

二人が覗き込んだ先で真水に変わっていた海水をぶどうジュースに変える。

「あまい匂い…」

「ほのかにぶどうの香りですね」

「え、海水をぶどうジュースに変えたって事かい」

「うん」

「神様の権能で…?」

「そう」

「……………」

「先輩、ダヴィンチちゃんがムンクの叫びになってますっ!」

「マシュ、それは作者がちがうんじゃ…」

気が付いた時に周りが真水だった原因だろう。

「え…本当にそれがポセイドンの権能なのかい……?」

信じたくないとダヴィンチちゃん。

「どうやらほんとうのようだ。僕の中のトリトンもポセイドンの気配を感じているからね」

通信に割り込んできた誰か。

キャプテン・ネモと紹介された彼は、その存在強度を増すためにネモとトリトンを混ぜ合わせたハイブリットサーヴァントらしい。

トリトンはポセイドンの子供なので、父親の力を感じたと言う事なのだろう。

「権能の簒奪はこんなものだよ。自分に合った性質の発露になる事が多いね」

「それが海水をぶどうジュースに変えるって事…?権能っていったい…」

ショックを隠し切れないダヴィンチちゃん。

「うーん、でもこれで戦えない訳じゃないかな。どんな権能も使い方次第だし。わたし達神殺しは自分の勝ち方を心得ているものだからね」

「どうやってぶどうジュースで神様を倒すって言うのさっ!…いやいや、酒に酔わせて倒すエピソードとかいっぱいあるけどさっ!」

日本で言えばヤマタノオロチ退治が有名だろう。

「まぁ、とりあえずそっちはマスターでしょう。仮契約しようか」

「仮契約?できるの?」

え、と立香。

「一応霊基的にはセイヴァーのクラスと類似しているから。魔力パスをつないでいざとなれば令呪で援護してくれれば戦力になると思うよ」

「じゃ、じゃあ…はい」

立香との魔力パスがつながり本格的に魔力が生成し始めた。

「ふぅ…ようやく息が楽になったかな」

「どう言う事?」

「ちょっと魔力不足で…まぁだからぶどうジュースしか作れなかったのだけれども」

そしてこの権能の本質はぶどうジュースを作り出す能力ではない。

流体を変化させる権能。

きっとその変化に限度は無い。

つまりぶどうジュースなんかではなく、触ったものが流体ならばどんな流体にも作り変えらる。

それはやはり権能の名前にふさわしいだろう。

名前は、そうだな…流体万化(ミダスタッチ)とかかな。

まぁ金には変えられないのだけれど。

「君は先ほど、権能を奪ってきたと言っていたけれど。と言う事はポセイドン以外の権能もあるのかい?」

「そのはずなんですけどね。どうにも記憶があやふやで、どんな権能を持っていたか忘れちゃいました。まぁ戦闘自体は出来るとおもうので問題ないかと」

「こちらは必至だ。権能なんてものがあれば正直当てにしたい所だけど、思い出せないんじゃしかたないか」

残念だとダヴィンチちゃん。

「話もまとまったみたいだし、皆の所に連れて行くよ」

「みんな?」

立香の言葉にミライは聞き返すと、道すがらまだ仲間がいる事を教えてもらった。

皆、汎人類史の英霊で立香に力を貸してくれているらしい。

しかし、ここでミライが居る事で本来とは違った道筋をたどってしまう。

ミライが呼ばれた事により本来呼ばれるはずのオリオンが居ない。

彼らを呼び出す魔力でミライが呼び出されたからだった。

今立香達は現界していたアキレウスを探し出し、汎人類史に味方してくれているヘファイストスの所に戻る途中なのだと言う。

「ヘファイストス…きっと機械なんだろうね」

「はい…きっと驚くと思います」

とマシュ。

大海を渡るのは海賊の英霊は大抵船を宝具にしているので海賊の英霊が召喚されていれば何とかなるものらしい。

立香の運命力とも言うべきか、バーソロミュー・ロバーツとイアソンの二騎が船を持っているようだ。

その船にのってヘファイストスの待つ島へ。

「アキレウス、苦手なの?」

アキレウスから距離を取っている事がバレたらしく甲板で一人で海を見ていたミライに立香が問いかけてきた。

「なんか前世で厄介なことが有った気がして」

「前世って…」

「まぁ、記憶喪失ですし。もしかしたらアキレウスが覚えてるかもだけど」

「ミライちゃんは日本人でしょうに。…まぁ、姿形はギリシャ系の神様と言われた方がしっくりくるけど」

と立香。

「そうですね。わたし達はミライさんと似た英霊に会った事がありますし」

マシュがミライを見ていった。

「似た?」

「メドゥーサだね」

立香も納得の表情を浮かべている。

「メドゥーサ…なんかそう言われると因縁と言うか、いやもっと何かあるはず?まぁ思い出せないや」

ヘファイストスのいる島に到着すし、彼を訪ねる。

「うん、もはやただの人工知能」

大きな部屋に人間の化学力では建造できない機械の中心にクリスタルのような物があり、そこにヘファイストスの意識が有るらしい。

ヘファイストス自身は以前の大戦でゼウス達に負け、その実体を失っているようだ。

アルテミスを討つために必要なのはアキレウスの鎧と盾。

それをヘファイストスが神を討てる宝具に改造するらしい。

「盾は今は無ぇ」

「そんな…」

アキレウスの言葉に一同表情が曇った。

「盾で良いなら俺のなんかどうっスか」

そう発言したのはマンドリカルドと言う英霊。

彼も汎人類史の英霊で立香の仲間だ。

「アキレウスの盾ほどの神性を感じない。矢としては不適合」

「う…そうっスか」

ヘファイストスにダメだしされて凹んでいる。

精神的には強くないのか立香が慰めていた。

「盾と言えばマシュの盾は…」

「これはダメですっ!」

「ごめんて」

ミライはマシュの強い否定に驚きつつ謝った。

「そう言えばミライさんも盾を持っていませんでしたか?」

「あー…えっと…これ?」

そう言って右手に盾を現した。

砂浜に打ち上げられていた時に持っていたものだ。

「てめぇ、それを何で持ってやがる」

アキレウスが険しい表情でミライに詰め寄った。

「なんでって言われても…記憶喪失なんで…」

「そいつは俺の盾だぞ」

「「「え…?」」」

驚く一同。

「そう言えばこれはアキレウスの盾だったかもしれない…でもこれは元々わたしが持っていたものだよ」

「いま僕たちにはそれがどうしても必要なんだ…その盾を譲ってくれないかな」

と切り替えの早い立香がミライに言った。

「うーん…」

「だめ…かな…」

立香達は人理を取り戻すために必死だ。取れる手段は一つたりとも取りこぼしてはいけない状況だろう。

「今はわたしの宝具って事になってるみたいだから、戦力が減るけど」

「それでも、神を討つ手段を無くす訳にはいかない。ミライちゃん…本当に心苦しいのだけどね、それを我々に提供してくれないか」

ダヴィンチちゃんも言う。

「まぁ、使った覚えも無いから別にいいけど…」

「じゃ、じゃあっ」

「あ、ちょっとまって」

ずっこけそうになる立香。

「メティスって居る?」

「メティスって?」

オウム返しのように聞き返す立香。

ヘファイストスやアキレウスは当然知っているだろうが、マシュが簡潔に説明する。

「ギリシャ神話の女神の一柱でゼウスの妻である大地母神です」

「ゼウスの奥さんってヘラじゃなかったっけ?」

「ヘラより先のゼウスの妻で、メティスの身ごもった子供に王位を脅かされると言う予言によりゼウスはメティスを飲み込んだと言う話です」

「飲み込んだって…」

「けれど、その子供はゼウスの中で生きていて、ゼウスの頭から生まれてきます。それが有名なアテナです」

マシュの簡潔な説明だがそんな感じだろう。

「メティスは既に存在していない。だが、メティス・クリロノミアは存在する」

そうヘファイストスが答える。

「クリロノミアって?」

「テオス・クリロノミアは我々がオリハルコンと呼称する、液体金属のナノマシンです」

マシュが教えてくれた。

権能の極小集合体でもあり、神の名前を関したクリロノミアはその神の権能が付随する。

「なるほど、それでか」

「どう言う事だい?」

とダヴィンチちゃん。

「たぶん、この体にはアテナ・クリロノミアが吸収されているはずです。最初に会った時の邪眼はアテナの権能の発露だと思う」

「それは変だ。彼女の逸話に時間を止める、なんてものは無いからね」

「時間停止だけど、石化の魔眼の変質ってかんじかな。神話の変遷で忘れられていくけれど、メティス、アテナ、メドゥーサは同じ起源を持つ大地母神だからね、おそらくこの体に合ったと言う事なのだと思うよ。さっきマシュちゃんも言ってたけどこの体ってメドゥーサの物に似ているんでしょう?」

「はい、メドゥーサさん、アナさん、その中間と言う感じです」

アナが誰かは分からないが…

「それで、結局盾は譲ってくれるのかい?」

とダヴィンチちゃん。

「メティス・クリロノミアと交換なら」

「どうしてまたそんなものを…」

「んー、勘なんだけど、なんとなく必要になりそうだから」

とりあえずアキレウスの盾はヘファイストスに渡し、立香達はヘファイストスに言われてメティス・クリロノミアを探しに行くことに。

だがその前に一つ問題が発生した。

本来居るはずだったオリオンはおらず、パリスも居ない上、アーチャーのクラスが誰も居ないのにヘファイストスが弓矢を作ると言ってのけた。

当然引ける英霊が居るはずもなく。

「それって弓じゃなきゃダメなの?」

「どう言う事だ」

とヘファイストス。

「汎人類史で弓はもう過去の遺物になって久しい。普通に考えたら銃でしょ。銃なら誰でも引き金を引けるし」

「「「確かに…」」」

人類の戦争と言う武器の発展の歴史は存在しないこの異聞帯では武器と言えば剣や槍、弓矢と決まっていたのだろう。

銃の概念をカルデアがヘファイストスに提供し、ヘファイストスは急いで銃と弾丸を作り始めた。

それで、ミライはヘファイストスの所に残り立香達がヘファイストスから聞いたメティス・クリロノミアの在庫の回収に出向いている。

しかし、テオス・クリロノミアね。

「何をしているんだい?」

監視を兼ねているのかダヴィンチちゃんの立体映像の魔術はミライのそばに居た。

「テオス・クリロノミアって流体なんでしょう」

「我々はオリハルコンって呼称しているよ」

「まぁ、名前なんて別に何でもいいけど、流体って所に意味があって」

ミライはカルデアから借りた試験管に海水を汲むと腕を振った。

それは一見薬品を混ぜ合わせているようではあったが、次の瞬間試験管の中身が鈍色に染まる。

「驚いた。それはテオス・クリロノミアかい?」

「そういう事ですね。ポセイドンから奪った権能は一度でも見た事の有る流体に流体を変化出来ると言う能力なんだと思う」

「なんてインチキ…」

ダヴィンチちゃんがひきつった。

「神の権能なんですよ?」

それで、これに…

試験管をそっと握り込むミライ。

ポセイドンの権能をテオス・クリロノミアに込めていく。

「それは…テオス・クリロノミアに権能を込めた…?」

「ポセイドン・クリロノミアって所かな」

「もしかしてミライちゃんは特化クリロノミアを作り出せるって事?それはまさに神の御業だ。少なくとも我々は出来ない」

「権能なんてそんなものです」

大体理論とかを超越するから権能と呼ばれているのだ。

「悪いんだけど、それをボクにもらえるかな」

通信に割り込んできたのはネモだ。

「別に構いませんが…」

「出来ればもう少し大量に」

ですよねー。

「何に使うんです?」

「ノーチラスの強化にどうしても必要なんだ」

「なるほど。まぁ材料は海水なんでね魔力が続けばどれだけでも作れますよ」

「あれば有るほどいい」

貪欲ーーーーーっ!!



立香達が探し出してきたメティス・クリロノミアだが…

「ごめん、これしかなかった…」

そう言って差し出されたのは試験管にちょろっと入った分のメティス・クリロノミア。

「まぁ、廃棄されてだいぶ時間が経ってるだろうしね」

「この量じゃダメ…だよね…」

聞けばメティス・クリロノミアを採取する過程でオデュッセウス達に襲撃され、島事アルテミスに吹き飛ばされたところ何とか逃げてきたそうだ。

「先輩…」

悲しそうな表情を浮かべる立香とマシュ。

「いや、まぁ構わないよ」

「いいのっ!?」

「と言うか忘れてるかもだけど盾は既にほら」

そう言うとすでに大型の銃と弾丸に加工されているアキレウスの鎧と盾。

全身金色の銃身と銀色の弾丸が三発。

それは戦車の砲塔と砲弾のよう。

「アハトアハト(77㎜)とか…人じゃ撃てんて…」

突っ込むミライ。

「そこは撃つのは人じゃなくて英霊だから」

「そりゃそうか」

ダヴィンチちゃんがもっともな事を言った。

実際メティス・クリロノミアを受け取ったが、それ自体はもう必要ない。

一度目にした流体はもう造れる。

立香達の頑張りは分かるので言えなかったが、現物を確認さえできればよかったのだ。

「で、誰が撃つの?」

「悪いが俺はパスだ。霊基がガタがきていてな、正直反動に耐えられそうにない」

アキレウスはこれまでの戦闘で踵を撃ち抜かれていてその不死性、その俊敏性とも無くしてしまっているらしい。

有名な英霊の有名な弱点だが、その弱点を付いたのはこの異聞帯のケイローンであるらしい。

それを聞いた時にミライはアキレウスとあった時と一緒の苦手感に襲われたが今は関係ないだろう。

他の候補としてはマンドリカルドか…

「自分は三流サーヴァントなんで…」

自己評価が低いなぁ…

「マシュは…」

「適正は有るんだけどね、一つ聞きたいんだが」

とダヴィンチちゃん。

「もし、その銃でアルテミスを撃ち抜いたら君の権能は増えるのかい?」

ああ、なるほど。

「それに対してはやってみなければ分からないと答えるしかないかなぁ」

実際増えるか増えないか、確証は得られないのだ。

「でも、増えるかもしれないのだろう。なら君にやってもらいたい」

「まぁ…そうなるかぁ」

アキレウスの盾を無くし戦力はダウンしているのだ。一つ武器が欲しいところだ。

狙撃はアルテミスの真下からと言う手はずであったが、弓を銃に、矢を弾丸に変更したことでアルテミスの防壁を貫通できる可能性が増え射角を得ることに成功した。

弾は三発。最悪二発までで防壁を敗れれば十分だ。

計算上は十分可能と言う結果が出ていた。

立香達がオデュッセウスやアルテミスを惹きつけ、離れた所からミライが狙撃してアルテミスを落とす事に決まった。


立香達の乗る船はもう米粒より小さい。

ミライは適当な島で一人銃口を構えている。

ミライの視界にカルデアからの補助計器類が浮かび射撃に最適な角度を映し出してくれていた。

「アンカーボルト固定」

巨大な砲台からアンカーが地面へと突き刺さりその重量を分散させ、反動を軽減させる。

囮が仕事をきっちりとしてくれているのかミライはノーマクで銃口を構えられていた。

時間停止の魔眼の副次効果の千里眼で上空のアルテミスの弱点であろうと計測されているスフィアへとミリ以下の修正を加えていく。

「まずい、二発目は無理そうだ」

ダヴィンチちゃんからの通信。

「何が?」

「アルテミスがエネルギーのチャージを始めているっ。このままじゃ藤丸くんたちがヤバイ」

なるほど。

とは言え、ミリ以下の精度を求められるエイムを全身の全ての細胞を使って合わせる。

表示されるアルテミスのチャージ完了仮想時間が刻一刻と減っていく。

「これで」

数秒、ミライがトリガーを引く方が速かった。

ブシューと銃身から廃熱。

ミライの魔力で撃ちだされた銃弾は成層圏を越えアルテミス本体へと迫る。

バリアを突き破りアルテミスのスフィアを銃弾が掠めた。

「だめだっ!撃たれるっ」

「問題ない」

こちらがミリ以下の修正が必要だったのだ。相手もその精度を求められる。

なので、ミライの攻撃でその巨体を降らしたアルテミスは…

ドォーーン

アルテミスの砲撃は遥か遠くの海へと着弾。

「今のうちに二射目をっ!」

「必要ないよ」

「どう言う…なんだ、この黒い影は!?」

銀の弾丸の軌跡をなぞる様に黒い影が伸びる。

「これは…狼…?」

その黒い狼は突如として大きな口を開き…

「その狼は月を飲み込む」

土壇場で発現した新しい権能。

「君が倒した狼ってハティの事だったのかい?」

それは月を飲み込むラグナロクの獣。

月の属性を持つ物には必殺の威力を持つ。

瞬く間に伸びた狼の顎は巨大な船であるアルテミスを一飲みして消えていく。

最後はあっけない物だった。

それを見届けたミライはカルデアの母船、ノーチラスへと帰還した。

「他の英霊は?」

そう言うと立香は辛そうな表情を浮かべた。

「そうか」

皆自分の仕事をしたようだ。

マシュを残して他は全滅したのだ。

だが、これでオリュンポスへと入れる。

昔の世界で信じられていたように海が斬り落ちている所を落ちていくノーチラス。

その先に都市を内包した巨大な建造物。

さらにその奥に大きな樹が見えた。

だが、簡単にその建造物へと侵入できる訳もなく。

そこは敵の本拠地。

『堕ちよ』

当然侵入者であるノーチラスには容赦する訳もおなくゼウスの雷がノーチラスを襲っている。

雷はゼウスの権能そのものと言っていい。

流石に主神。ネモが緊急で散布したチャフが致命傷を避けているがいつまでもつだろうか。


それから奇跡の連続のような偶然でどうにかオリュンポス僻地へと不時着。

すぐさま隠ぺいと偽装を施しほっと一息。


立香はマシュともう一基、シャーロック・ホームズを連れてオリュンポスの内情を探りに行くようだ。

と言うか、シャーロック・ホームズって居るんだ…コナン・ドイルの創作だと思ってたよ。

ミライはと言えばダヴィンチちゃんに言われてクリロノミアの量産中。

ミライが居なくなってもクリロノミアは残ると言う算段なのだろう。正しい。

原料は流体なら何でもいいのでその気になれば気体からも変化させれるが、効率的に液体が好ましい。

ふむ、こっそり虹の実の果汁の原液を一瓶置いておこう。

この一瓶で薄めれば一生果実水に困らないだろう。

いたずらだが一応拾ってくれた事への感謝と言う事で。

と言うか、ジュース系の変化はいいなぁ。

心が満たされる。

うん。

モルス油とかも置いておこう。

意外に便利だなぁ、ミダスタッチ(ポセイドンの権能)。

立香達の方は結構修羅場のような感じになっているようだが、新しく宮本武蔵(女)が仲間になったようで、ギリギリでオリュンポスを走り回っていた。

宮本武蔵も女だったかぁ…

なんてどうでもいい感想。

なんてしていたら、いつの間にかデカイ球体の宇宙船が都市部を耕し始めていた。

デメテルの真体。

その権能は分解と再構成。

デメテルは立香達を倒す手段として一度建造物ごと辺り一面を分解している。

後で建物、人間すら再構成するから問題ないとでも言うのだろう。

立香達が応戦しているが有効打を与えられていない。

「ミライちゃんも出てくれるかい?」

そうダヴィンチちゃんから通信が入った。

「もう出てる」

ミライはアキレウスの黄金銃を持ってすでに走っていた。

「10分ちょうだい。射撃位置をごまかさないとノーチラスが見つかる」

「藤丸くん、聞いてた?10分もたせて」

「頑張ってみるよ」

通信越しにダヴィンチちゃんが立香に現状を伝えた。

ズザザーと土埃を上げ急停止して銃口を構える。

「真体のコアに直接たたき込めるラインじゃないよ。有効打になるとは思えない」

とダヴィンチちゃん。

「問題ないっ!」

アハトアハトを構えて弾を込めてロード。

バリアが破れれば問題ないっ!

魔力を込めて引き金を引いた。

ドンと銀の銃弾が撃ちだされた後、放熱。

デメテルのバリアを貫通し、しかし弾はデメテルを大いに削ったが致命傷にはならず。

自身の権能で回復を始めるデメテル。だが…

突如、黒い影がその顎をひらく。

「なっ…これはハティかい?だがデメテルは月の属性は無いはず」

「さっきまではね。でも今は月の属性が付与されている」

「もしかしてそれがアルテミスを倒して奪った権能かい?」

そう言う事。

「銃弾に月の属性を付与させる。またその銃弾を撃ち込まれたものにも感染すると言ったところかな?」

「さすがダヴィンチちゃん。理解が速い」

ハティの黒い影がデメテルを飲み込んでいく。

「普通アルテミスと言えば月と狩猟の女神だ。強力な矢とか強力な弓矢の攻撃とかを思い浮かぶよ。それこそ散々撃たれたアルテミスの矢のように…さすがに弱すぎないかい?」

「だけどそのおかげでデメテルを倒せるんだからね」

今まさにデメテルがハティに飲み込まれて消えた。

「確かにこれ以上無い必殺だけどさぁ。でもねぇ」

どこか納得がいかないのかダヴィンチちゃんの声があきれている。

「って、ミライちゃん?」

「もう無理、誰か回収して」

その場で倒れ込むミライ。

権能の同時使用に今のミライでは魔力量がギリギリだった。

「魔力消費が大きすぎるのもネックだねぇ」

「本来なら令呪が欲しいところ。まぁ、なくてもギリギリ一発は撃てるけどね…回復に時間がかかります」

しばらくはノーチラスでゴロゴロします。

立香達とは合流せずにノーチラスに戻るミライ。

あちらは補足されているだろうしその追跡をどうにか誤魔化したとしてそのためノーチラスに戻ってくるのはリスクが高すぎるだろう。

こちらには非戦闘員が多数いるのだ。


魔力が回復するとゼウスの目が届かない地下を探索するミライ。

廃棄ブロックである地下はハデスの領域であり、冥界だ。

なんでこんな所を探索しているのか。

まぁ、ぶっちゃけ特に理由は無い。

いや、どうやらゼウスの討伐は避けては通れなさそうなのでハデス・クリロノミアとか無いかと思ったのだ。

武器は浜辺に流れ着いた時に持っていた黄金の剣。

盾は無くしてしまったが、もともとあまり盾を使う事が無い。

浅い階層ではほとんど迎撃機のような物は無かったのだが、階層を降るにつれてエネミーが出現し始めた。

「三つ首の犬ってっ!!しかも明らかに地上で立香達が戦ってたのよりも強いしっ!」

ガウガウとその巨大な顎でミライを噛み殺そうとするケルベロス。

なんとかケルベロスを撃破して地下へと進む。

途中何体もの魔獣を蹴散らし最深部へと到達。

扉を開けるとそこはヘファイストスが居た機械仕掛けの部屋だった。

「ここ…がっ…!!!」

ミライが部屋に足を踏み入れた瞬間、不意打ちで二叉の槍がミライを貫いた。

その衝撃でミライは部屋から吹き飛ばされてしまう。

ここが本拠地なら…ここまでの動向は筒抜けだった…くっ…

消えそうになる意識でミライは一本の無針注射器を取り出すと首元に打ち込むとそこで意識を手放した。

「死んだか…ここまで来れるのならばもしやとも思ったのだが」

くぐもった声はこの部屋の主、ハデスのものだろう。

ミライの体から二叉の槍が勝手に宙を浮いて回収されていく。

ハデスが興味を失った、次の瞬間…

ミライの傷が再生されていき髪の色が薄柴から銀色へ変化した。

「これは…まさか…生まれ直し…?」

ハデスの呟き。

「ははは…はははは…面白い。面白いぞ、神殺しとやら」

ピカピカ明滅する部屋の中心からとても面白い物を見ているとハデスが笑っていた。



……

………

「っ……」

あれ、わたし…どうしたんだっけ…

確か最下層の部屋に入ろうとして何か槍のような物に貫かれた気がする。

当然ミライなら避けられる程度の物のはずだった。だが、避けなかった…

「わたし、死んでた?」

なぜならミライはそこで死ぬ必要があったからだ。

目覚めたミライが目にしたものは部屋の惨状と、手に持っているハデス・クリロノミアだけ。

そこにハデスの姿は無かった。

去ったのか、あるいは…

帰り道、魔獣たちに遭遇するもミライが見えていないかのようで、一度も襲われることは無く地上へと戻る。


地上に戻るとダヴィンチちゃんから通信が入る。

「ミライちゃん、どこに行っていたんだい」

すこし緊迫した声色だ。

「何かあった?」

「何かあったか、じゃなくて。君が行方不明になっている間にアフロディーテの破神に成功した。だが…」

どうやらカルデアにはアトラス院が所有する七大兵器の一つであるブラックバレル。そのレプリカを所持していたらしく、それは「天寿」の理の概念武装であるらしい。

相手の寿命に比例した攻撃力を発揮する、一撃必殺の武器のようだ。



アフロディーテを倒して残りはゼウスのみ。

「どう言う状況?」

「藤丸くんがエウロペの処刑を止めるためにゼウスの所に向かっている」

うん。意味わかんねーや。

エウロペって敵じゃなかったっけ?

どうやら結構な時間、気を失っていたらしい。

アフロディーテ、ディオスクロイと撃破し、暴走を始めたゼウスをどうにかすれば後は世界樹を切除して終わり。

あれ?

わたしはなんでそんな事を手伝っているのか。

いや、まぁ帰れないからだが。

おそらく自分をここに呼んだ誰かの願いが叶えば帰れるだろう。

走る、走る、走る。

地下を出て以降調子がいい。

縛り付けていた枷が取っ払われたように体が軽い。

冥界で死を経験してレベルが上がった為だろう。

羽が生えたようにオリュンポスを駆けあがる。

『平服せよ』

ただそう発せられた言葉。

ゼウスの神威による重圧に立香達が屈していた。

「ダイナミックエントリーっ!」

わざわざこちらに注意を向けたうえでの奇襲による飛び蹴りがゼウスのアバターを蹴り飛ばす。

『があっ』

そこで終わらせないのがミライだ。

転がるゼウスに追いついて追撃。

その黄金の剣を振るう。

人間と戦った事なの皆無なのだろう機神にミライの攻撃を避ける手段が無い。

あっという間にその体は無残にも切り刻まれていた。

「え?…ミライさん」

マシュがぽかんと口を開けていた。

「油断しないで。ここからが本番だよ」

『おのれっ』

怒声と共に姿を現したゼウスの真体。

それは巨大な顔のようだった。

「立香達は操られてそうなエウロペをなんとかして」

「ミライちゃんは!?」

「わたしはゼウスを叩く」

『神に対して大口を叩いたものだ。この場で粉みじんにしてくれる』

そう言って今まで封印していた自身の権能を解除していくゼウス。

それは惑星や時空間すら破壊できるほどの物。

「おっと、それはさすがにさせないよ」

ミライが黄金の剣を振り上げた。

「我が名はアテナ。メティスの娘、原初のアテナである」

都市国家を覆うクロノスクラウン。そこから力を得ようとしていたゼウスのプログラムをミライが横から奪い取った。

『お前っ…なぜそのようなことが出来るっ!』

「わざわざ冥界を降って生まれ直したから。ゼウスが生んだ娘ではなく、メティスの娘として」

そう。あの冥界でミライが疑似的な死を再現したのは死と再生によりミライの体を覆っているアテナの存在を、ゼウスから生まれたアテナではなく、メティス・クリロノミアを使いメティスの娘として生まれ変わらせた。

今のミライはメドゥーサでありアテナでありメティスだ。

「なるほど、そういう事か」

「どう言う事なの、ダヴィンチちゃん」

立香がモニター越しに問いかけた。

「ゼウスは父ウラノスと同じように自身の子、この場合メティスの子供に倒されると言う予言を受けていた。だがこれはメティスを飲み込みその子供を自分が生んだと言う事にしてアテナは誕生する。だが、もし」

そう、もしも。

「生まれ直しによってアテナがメティスの子供として生まれてきたなら。それはゼウスを倒す存在だと言える」

本来メティスの権限はゼウスを越える。そこに今ミライはアテナとハデスとポセイドンの権能を持っている。

今このオリュンポスの全ての権限がミライの手元にあった。

『そんな、馬鹿なことがっ!!』

掌握しつつあった権能を逆にミライに取られて焦るゼウス。

空中に上がったミライを包み込むように光の巨神が現れる。

それは右手に黄金の剣、クリューサーオール、左手にアイギスの盾を持つ。

『だからとて、このゼウスの全能に及ぶはずもない』

ゼウスが権能を全開にして雷を降らせてくる。

その雷をミライはアイギスで遮った。

ドーンドーンと絶え間なく降り注ぐ雷撃。

しかしアイギスとは良く言ったもので、その防御力の高さはまさに鉄壁だった。

『ぐっ…おのれっ…』

雷撃の隙間を縫ってミライはアイギスの能力を発動。

それはメドゥーサの石化能力。

『この程度でやられる我ではないわっ!』

巨体故に石化のスピードが遅く、全身を石化させる事は出来ず。彼が持つ全能によりすぐさま回復していく。

『奴は…アテナはっ!』

一瞬でゼウスは今のミライも巨躯だと言うのにその姿を見失っていた。

ミライが時間停止の魔眼で一瞬だけゼウスの時間を止めたのだ。

斬ッ

『何っ!!』

背後から袈裟斬りに振り下ろされたクリューサーオールはゼウスの頭のような全身を鼻下まで斬り裂く。

『だが、これしきの傷…』

「わざと斬り裂かずに止めたんだよ」

ミライがポセイドンの権能(ミダスタッチ)を使うためには流体に直接か、もしくは間接的に接触している必要がある。

『なんだと…』

ミライがポセイドンから簒奪した権能を注ぎ込むと、どろりとゼウスの全身から液体が流れ出る。

『これは…まさか…クリロノミアを…』

「そう。全身のクリロノミアを水に変えた」

人間に例えるならば血液の全てを水と入れ替えられたような物だろうか。

当然機能不全に陥るゼウス。

この瞬間。攻防のバランスは永遠にミライに傾いた。

ゼウスはまず自身の体液を全能により所持している権能で再びゼウス・クリロノミアに変化させなければならないが、機能不全のためにその速度はミライの権能よりも遥かに遅い。

さらに、ミライはそんな隙を与える訳もなく。ゼウスには雷を操る余力も無かった。

『馬鹿なっ…この全知全能たるゼウスが…』

ミライが斬りつける度にダメージと共にゼウスが懸命に回復しているクリロノミアを再び水に変えていく。

「奇跡か天の配剤か、はたまた汎人類史の執念か。その全てか重なった偶然か。お前は今ここで倒れろ」

ミライのクリューサーオールがついに神核を斬り裂く。

『グォオオオオオオオッこのゼウスがぁああ』

最後の一撃は、いつもせつない。

ミライが斬り裂いた神核は二つ。

ゼウスの神核とゼウスが取り込んでいたクロノスの神核だ。


音もなくゼウスのその巨体が崩れ去っていく。

ゼウスは倒れ、エウロペも救出した。

これで大団円かと思ったが…

突如として空が割れた。

「何だ…?」

それは割れた空、異次元から見下ろしてくる巨大な目であった。

それはオリュンポス十二機神をこの世界に送り込んだ、旗艦カオスのその姿だった。

「ダイソン球…」

カオスは地球の地表を削り取り、再び宇宙をさまようための物資を回収しようとしていた。

「このままでは地球が滅びちゃうよ」

地表の30パーセントを削り取ると宣言しているのだ。無事に異聞帯が閉じた所で地球の滅亡は変わらなくなってしまう。

ダイソン球とは恒星を卵の殻のように覆ってその太陽の放つエネルギーの全てを利用可能にした構造体の事を言う。

つまり相手は太陽そのものと言う事だ。

蟻が象に敵わないように、人間がどうこうできる存在ではないのだ。

ミライも太陽そのものを破壊する事は出来ない。

だが、相手が神なら話は別だ。

ミライはアテナの化身を消すとアキレウスの黄金銃を構え、最後の一発となった銀の弾丸を装填。

「ミライちゃん?」

その行動にいち早く気が付いたのは立香だ。

「令呪をよこせっ」

「っ!」

問答無用で立香が令呪を二画切る。

その思い切りの良さがここまで彼を生かしてきたものの一つだろう。

「足りないが…」

「ミライくんは何をしようと言うんだい」

ダヴィンチちゃんが必死に打開策を探しながら問いかけてきた。

「あれが神だと言うのなら、わたしは神殺しの魔王。都合のいい事に神を飲み込んだ神を二柱倒しているっ、後オオカミっ!!」

「観測された権能はゼウスと、ゼウスが隠し持っていたクロノス。あとはもしかして最初に言っていた二匹の狼の内の一匹かい?」

「どう言う事?」

と聞き返す立香にマシュが答えた。

「ゼウスの事は以前にお話ししましたね。クロノスもまたゼウスのように子供を飲み込んでいたと言う神話があるんです。そしてミライさんが倒した狼と言うのはハティとスコールじゃないかと」

「スコール…確か太陽を飲み込む狼っ!」

それならと少し希望を持った表情に戻る立香達。

「………少し足りない…せめて令呪がもう一角あれば…」

立香が持っていた三角の令呪。その一角はアフロディーテ討伐の時に使ってしまっていた。

「藤丸くん。今すぐノーチラスに戻ってきたまえ。予備令呪がある」

「戻るって言っても、どうやって」

そう言った立香の頭上に今まさに飛んできたノーチラスの影が落ちる。

「ダヴィンチちゃん。キャプテンっ!」

偽装して隠れていたはずのノーチラスが彼らの援軍に駆けつけていたのだった。

「お褒めの言葉は後で良いから早く戻るんだ。マシュ、藤丸くんを連れてきてくれたまえ」

「はい。了解しました」

立香がマシュに抱えられてノーチラスへと入っていく。

「さて、それじゃあ…気合を入れないとね」

失敗は許されない。

「でも、令呪をもらったからってその銃弾がカオスに届くとは思えない。計算通りの速度で撃ち出されたとしても到達する間に地球は大ダメージを負ってしまう…それでは…」

それでは地球は救われない。

だが…

「忘れたんですか?わたしは幾柱もの神を倒した神殺しなんですよ。今まで見せてきた権能がすべてじゃぁありません」

昇華魔法を使い、令呪のブーストでスコールの権能を例え二度と使えないとしても限界まで強化して弾丸へと変える。

「なっ!?記憶が戻っていたのかな?」

「火事場でようやく戻ったみたいですけどね」

「な、なら…」

ダヴィンチやんが何かを言う前に立香からの通信。

「追加の令呪、行くよっ!」

気前よくさらに三角の令呪が追加される。

通信の奥で誰かが慌てていたが、そんな事に付き合う暇はミライにはない。

「計器の故障…いや、この反応は…クラスビースト?…まさかっ!!」

ミライの霊基が変質していく。

セイヴァー(覚者)からビースト(神殺しの獣)へと。

「最後だから言っておきたいんだ」

撃てばすべての障害を取り除き、この弾丸はカオスに到達するだろう。だが…

「な、何かな、ミライちゃん」

いつの間にか立香からもちゃん付けで呼ばれている。

「カオスを倒したら、わたし、消えっから」

今持てる自分の全てを使っての一撃。

「え?」

流石に体がもたない。

「さよならって事っ!」

「そんなっ!」

「あなたは多くの出会いと別れを経験してきたでしょう。そこにわたしも加わるだけ」

「うん……うんっ」

「先輩…」

涙ぐむ立香をマシュが支えていた。

別れの挨拶もすんだし、いっちょやりますか。

令呪による後押しによる超長距離射撃。

いや…

「時間や距離の概念を飛び越えて…」

ミライが黄金銃のトリガーを引く。

撃ちだされた銀の弾丸。込められた魔力に耐えきれずアキレウスの黄金銃は破壊されてしまった。

だが、発射された銀の弾丸は次の瞬間にはカオスの直前へ。

「うそ…もうカオスへと到達している…?」

何か人知の至らない恐ろしい物を見たとダヴィンチちゃん。

「すごい…」

それは誰の呟きか。

彼らの目の前で巨大な狼がダイソン球を飲み込んでいる。

「太陽を飲み込む狼…」

太陽を討つと言うミッションに、さすがのミライの体もボロボロだった。

満身創痍だが、ミライの体は充実感に溢れていた。

「まぁ…後は………」

そこでミライの存在がその異聞帯から消失した。



・時間停止の魔眼(パラスキュライド)

アテナ・クリロノミアを大量摂取したメドゥーサを贄にミライを召喚した為に覚醒した新たな瞳術。

千里眼と視界に収めたものの時間を止める。

神や神殺しには一秒止められれば多い方だが、その他に対してであれば時間に制限は無い。


・流体万化(ミダスタッチ)

ポセイドンから簒奪した権能。

ミダス王の黄金の手の逸話から。

ミダス王は関係ない。

流体を既知の流体へと変化させる。

ぶどうジュースからヒュドラの毒、クリロノミアまで流体であれば生成の量に難はあるが物質への上限は無い。


・月を喰らう獣(ルナエクリプス)

ハティから簒奪。

月の属性を持つものを飲み込む獣の影。


・感染(ルナティック)

アルテミスから簒奪した権能。

触れたものに月の属性を付与する。

月属性の為、耐性が低いと発狂してしまう。

本来は狂気を植え付けるの権能だが、ミライは月を喰らう獣とのコンボで二撃必殺の用途に使う方が多い。


・太陽を喰らう獣(ソルエクリプス)

スコールから簒奪。

その顎は太陽すら飲み込む。

しかし令呪の強化があったとは言え恒星丸ごとを飲み込むと言うとんでもない事をやってのけた為、この権能は失われてしまった。


・ハデスの隠れ兜(ミッシング)

ハデスから簒奪した権能。

発動中はどんな状況でも観測されず、また認識もされない。


・星の記憶(メロディズ・オブ・ライフ)

デメテルとクロノスから簒奪した権能。

その星の記憶を読み取り、霊長が過去作り得た物を大地から作り出す。

今いる星を参照する為、アオが世界移動すれば作り出せるものが変わる。

神造兵器は作り出せず、魂のこもった有機体(生物)そのものも作り出せない。

人類が作り上げたものなら魔力があればボールペンからピラミッドまで大きさを問わない。

大地と直接、または間接的につながってないとい行使出来ず、空中や水上でも使用できない。


・混沌の瞳(カオスワールド)

任意で開いた次元の狭間に召喚されたダイソン球からの恩恵を得られる。

恒星そのものの為地上で使えば地球事自分も滅びるであろう権能。

使う機会があるとすればスペースオペラで外宇宙の脅威を一掃する時くらいだろう。


・簒奪者(キング・オブ・ゴッズ)

ゼウスから簒奪した権能。

メティスを飲み込みその知恵を我が物にした逸話から、黒い形のない影のような巨大な口で対象を飲み込んで相手の能力を簒奪する。







夏休みと言えど、この状況で雄英高校ヒーロー科の生徒は夏休みを返上して圧縮訓練をすることになった。

体育館γ。トレーニングの台所ランド。

通称TDL。

最低必殺技を二つは用意しろと言う事らしいのだが、その前に。

「はいこれ」

そう言ってミライは数字の入ったトランクを透に差し出した。

「なに、これ…ヒーローコス?」

そのトランクは申請している自身のコスチュームが入っているはずのもので、その数字は透の出席番号だった。

「コスチューム変更しておいたから」

「ええ?ミライちゃんがっ!?勝手に!?できるのっ!それっ!」

「なになに」「なんですの?」

驚きの声を上げた透に周りの女子たちが近寄って来た。

「透ちゃんのコス、もう着れないでしょう?」

「それは、そうかもしれないけれど…」

前のままでは裸に手袋のみのコスチュームなのだ。

一度更衣室に戻って再び戻って来た透。

「一応着てみたけど…」

とどこか恥ずかしそうな声が上がる。

「うわぁ」「すごいわね」「あたしは結構いいと思う」

女子たちの反応は若干肯定の方に傾いている。

「ちょっとぴっちりしすぎじゃない?」

「まぁ、しょうがないよね。透ちゃんの個性、まだ自身の周り数センチって所だし」

白と黒をベースにしたウィンタースポーツの収縮素材のようなウェア。顔をすっぽりと覆う覆面には虫の複眼のような目明き穴。

首元にはフードが取り付けられていて、シンプルさの中のワンポイントでおしゃれさをアップ。

寮の手首に着けたバックルからは掌に向けて線が伸び、丁度中指と薬指を折り曲げるとタップできる位置に丸いスイッチがあった。

「これも何なんだろ」

そう言った透が掌を上に向けてそのボタンをタップ。

「あぶない」

手首のバックルからしゅっと飛び出る何かをミライは首をふって避ける。

「ぐぅもも」

運悪く、いやもしくは自業自得なのかもしれないが峰田めがけて飛んで行った蜘蛛の糸のような合成繊維が彼を絡めとって地面に縫い付けていた。

「へ、…なにこれ…」

「ウェブシューター。ボタンを押すと粘性の糸が飛び出るサポートアイテムだよ」

「すごーい」

感心するお茶子。

「どうしてかしらね。ちょっと丸呑みしちゃいたい衝動にかられるわ」

と蛙水梅雨ちゃん。

「ちょっ!?」

丸呑みっ!とびくつく透。

「たぶん、蛙水さんが蛙で今の葉隠さんが蜘蛛みたいだからですわね」

なるほど、とヤオモモが答えた。






夏休みの圧縮訓練の後、ヒーロー仮免試験に無事合格したミライ。

我の強い爆豪くんとなぜか士傑高校の生徒に目を付けられてしまった轟くんが不合格で補講と言う事になったのはまぁ…仕方のない事として、二学期からは仮免持ちにはインターン制度が適応されるらしい。

その説明に現れたのは雄英高校三年、そのトップの3人。通称ビッグ3。

天喰環(あまじきたまき)、波動ねじれ、通形(とおがた)ミリオの三人。

天喰と波動の説明は要領をえず、通形に至っては体育館で一戦やろうとの事。

みな体操服に着替えて体育館γへ。

皆が通形と見合う中、ミライは女の子の日を言い訳に壁際にいた相澤先生の横で見学。

「行かなくていいのか?」

と相澤先生。

「本気で言ってます?」

オールマイトと殴り合える人類はそういない。アメリカのスターアンドストライプくらいの物だろう。

「むぅ…」

そのオールマイトと互角以上の試合をしたミライ。その報告は相澤先生も受けていた。

試合内容は透過の個性を持つミリオがクラスメイト達をワンパンで沈めてる。

透ちゃんは善戦したようだけど、当たらないのだから格闘の心得があっても負けは必至。

「強い個性だ」

仮免が無い為参加資格が無いと轟くんも体育館の壁から試合を見ていた。

「初見ならね」

「星縞?」

何を言っている、と轟くん。

「ほう。ならばお前ならばどう戦う」

そう相澤先生の視線がミライをとらえた。

「ヤオモモっ!ガスマスクと催涙弾っ!」

おーいと八百万に声をかけるミライ。

「ミライさんっ…なるほどっ…」

「げっ!ちょまっ…」

いち早く悲鳴を上げたのは透ちゃんだ。

透はミライと一番付き合いが長い。そのため彼女の言葉には絶対に何かあると身構えたのだ。

ヤオモモは一人ガスマスクを作り出し着用すると催涙弾を創造しばらまいた。

「ぎゃぁああっ!」「ぐぁあああっ!」「や、ヤオモモちゃんっ!?」

上がるクラスメイトの悲鳴。

「ははは…これはちょっと…予想がいだねっ」

催涙弾が晴れるとはははと笑っているが、そこには涙を溜めている通形の姿があった。

「通形先輩ならこの方法で10回やって10回封じれるね。先輩の能力ではガスマスクごと透過は出来ないだろうから」

おそらく透過し続ける事は彼には不可能で、透過し続けられる時間も極端に短いだろう。

催涙弾の防御には目元口元を何らかの方法で防護しなければならないが、それならばそこを狙うまで。

「はぁ…参考までに聞くが、お前ならばどうした」

と相澤先生。

「そうですねぇ」

と一拍おいてミライは答える。

「先輩が唯一透過できないものって何か分かりますか?」

「そんなものがあるのか?」

そう轟くんが口をはさんだ。

「ちょっとは考えようね」

「まさか……だが、出来るのか?」

「わたしなら出来ます」

ニヤリとわらうミライ。

そう、通形ミリオが一つだけ透過出来ないもの。

それは『引力』

引力を透過出来ないからこそ地面に沈み、また自身の体を保てている。

「はぁ…お前についてはもう考えるのが馬鹿らしくなるレベルだな…」

相澤先生がため息を吐く。

そんなこんなでインターンの説明も終わり、コネクションが有る人は一年生でもインターンに行っても良いと言う事になった。


インターンなんて自分には関係ない。そう思っていた時もありました。

「はい?」

何を言っているんだこの子は、とミライ。

「お願いします。ナイトアイがどうしても星縞さんをインターンに連れてこいと言っているんですっ」

必死の形相で頭を下げているのは同じクラスの緑谷出久だ。

ナイトアイはオールマイトのサイドキックを務めたヒーロー。

オールマイトマニアの彼ならばインターン先に選びそうな事務所ではある、が…

「えー…なんでわたしが…」

「それが、その…どうしても星縞さんが必要になるってナイトアイが…」

「予知かぁ…」

ミライがナイトアイの近くにいる場合彼の予知の的中率は下がる。だが、それでもミライが居ない場合の最悪の場面が見えたのだろう。

「根回しは…ナイトアイの事だからしてるだろうなぁ…」

緑谷出久に連れられて校舎を出る。

途中でリューキュー事務所にインターンに行っているはずの麗日お茶子、蛙水梅雨。ファットガム事務所にインターンに行っている切島鋭児郎と合流。

合流したわけじゃなく、それぞれ目的地に向かっているだけなのだが、どうやら向かう方向が同じらしい。

目的地のビルの前で雄英高校ビッグ3の通形ミリオ、波動ねじれ、天喰環の三人とも合流。

「ほんと、いったいなんなのよ…」

ビルの中の大会議室。

そこには多くのヒーロー達が居て、どうやらナイトアイ事務所にチームアップミッションで呼ばれているようだ。

「この人数…大がかりの捕り物みたいだね」

ここで一番浮いているのはもしかしなくても自分ではないだろうか。

自分が呼ばれた理由の説明が無いまま始まる会議。

どうやら死穢八斎會(しえはっさいかい)と呼ばれる指定ヴィラン団体の一斉摘発の要望らしい。

話をまとめると、先日天喰先輩が個性消失弾と呼ばれることになる銃弾に撃たれ、一時個性が発動出来なくなる事件があったらしい。

その銃弾の製造元と目を付けたのが死穢八斎會で、先日治崎廻ことオーバーホールとその娘に緑谷くんと通形先輩が遭遇。

エリと呼ばれたその治崎廻の娘は包帯が巻かれていたと言う。

その場で保護が叶わなかったが調べを進めていくうちに最悪の想像に行きつく。

個性消失弾の中身は人の細胞であり、つまりその弾は個性を詰めていると言う事。

治崎廻の個性は分解と再構成であり、その娘ならばその個性を受け継ぎ、他者の個性を破壊できるのではないか、そして娘を切り刻み銃弾を作っているのではないか、と。

その事に当事者である緑谷くんと通形先輩がショックを隠し切れなかったようで、ひどい様相を浮かべている。

呼ばれたヒーロー達は死穢八斎會の関連組織のある街のヒーロー達で組織の監視と、キーパーソンであろうエリちゃんの捜索を協力してほしいらしい。

まぁ確かに個性消失弾製造の重要人物なので露見した建物にはいつまでも居ないだろう。

会議が終わるとヒーロー達は三々五々と帰っていく中ナイトアイに呼ばれたミライ。

彼の周りには相澤先生や数人のヒーロー、警察関係者が居た。

「すまないね、何の説明も無いままに進めてしまった」

とナイトアイ。

「そうですね。それで、わたしをここに呼んだ理由はなんです?」

「理由はこれだ」

そう言ってホワイトボードを指さすナイトアイ。

「ぶはっ…なんですこの子供の落書きは…サーのいつものユーモラスですか」

とナイトアイのサイドキックであるバブルガールが噴出した。

そこには昔の特撮映画に出てきそうな怪獣の姿があった。

「笑いごとじゃ無いのだがね」

ナイトアイがメガネをくぃと上げる。

「あー……はい…確かにわたしが必要ですね。予知にはプライバシーが無いんですか」

はぁとため息を吐く。

「これは何だ」

相澤先生がどういう事だ説明しろと視線を送ったが、それを無視してホワイトボードに近づきペンを取るとグニグニと絵を描いた。

人のシルエットに黒く塗りつぶされた穴。

「その予知にこんな人が出てきませんでしたか?」

「こいつは…」

相澤先生にも誰か分かったらしい。

この間の合宿の顛末は資料で呼んでいるのだろう。

「ああ。最近ザ・スポットと言うヴィラン名で活動している。敵連合(ヴィランれんごう)の一人らしい」

ナイトアイが陰鬱に答えた。

「その裏付けはこちらの方で取っています」

警察がそう言って資料を渡すが、個性、本名共に分かっていない謎の敵らしい。

「とにかく、こいつが最悪です。こいつは人間を確実に殺す兵器なんです」

バンとホワイトボードを叩くナイトアイ。

「確実に殺すとはどういう事じゃ?」

残ったヒーローの一人、年寄だが経験は豊富そうなグラントリノがナイトアイに問いかけた。

「こちらの個性、重火器は一切通じずただ触れただけで人間が黒く、まるで炭化するかのように対消滅していく…この予知を見た私はその場で吐き戻してしまう程おぞましいものでした」

思い出してしまったらしい。いつもの慇懃さは鳴りを潜め本当に不快だと体全体で物語っている。

「だがそれと星縞を呼んだのと何か関係があるのですか」

と相澤先生。

「それは…」

ナイトアイが言いよどんだ。

「まぁ、それ…ノイズを滅ぼせるのはきっとこの世界でわたしだけでしょうしね」

そう言うと皆の視線がミライに向いた。

「どう言う事だ?」

「どうもこうもそのままの意味です。それでわたしを呼んだんですね。わたしが居ない場合は…」

「ヒーロー、警察共に全滅する…」

「ナイトアイ、あなたの予知の個性の説明と違いますが」

「ああ、私の予知の精度は100%外れる事は無い」

「ええ。そう聞いてます」

相澤先生が頷き返す。

「だが、この星縞ミライが関わった事象以外は、と言う事だ。彼女だけが私の予知の外側に居る。彼女だけ未来が複数存在していて確定していない。彼女が関わる事象だけは未来が変化する可能性がある」

「おい星縞」

「そんな目で見つめないでください相澤先生」

照れます、とミライ。

「最悪はこの敵が現れて星縞が居ない、そんな未来です」

「じゃが、それとこの少女しか倒せないと言う理由がわからん」

グラントリノがどういう事じゃとミライを睨む。

「ノーコメント。面倒なのでそういう個性と言う事で」

「はぁ…星縞はこういう生徒なんですよ…」

手に負えない生徒だと相澤先生。

「そういう訳で、一時的に私の事務所のインターンとして受け入れ突入時の戦力として参加してほしいのだが…」

「うーん…」

ミライが断れば全滅もあり得ると皆の視線がミライに向いている。

「一つ確認なんですが」

「なんじゃ」

グラントリノが皆を代表して相槌を返した。

「この作戦の根幹はなんです?」

「………」「………」「………」

押し黙るのは年長のヒーローや警察。

代わりに口を開いたのはバブルガールだ。

「そりゃエリちゃんの奪還と個性消失弾の廃棄でしょう」

当り前じゃないと言う。

個性消失弾が世に出回れば混乱が世界を覆うだろうと言う危惧。

「まぁ、わたしもノイズ関連を知っていて全滅なんて事になるのは心苦しいので断りづらいのですけどね」

と言うよりは断れない。が…

「ええええっ!?断るんですかっ!!あたし死んじゃうっ!?」

「あなたたちは一人を救って百万人を見捨てるんです」

「ミリオ…」

ナイトアイがため息を吐く。

「えええええっ!?意味が分からないんですけどっ!」

と慌てふためくバブルガール。

「死穢八斎會……ヒーローは全てが遅かったんじゃな…これも時代の転換点なのかもしれんのう」

グラントリノが達観したように呟く。

「ど、どういう事ですかっ!」

振り返るバブルガール。

その問いに今まで沈黙を貫いてきたナイトアイのもう一人のサイドキック、センチピーダーが声を震わせた。

「我々は個性消失弾を完成させなければならないと言う事です。もちろん人道的なやり方で、ですが」

「ど、どうしてそうなるんですかっ!そんな事をしたら世界の構造が変わってしまいますっ!」

納得できないとバブルガール。

個性消失弾なんてものが完成したら全人類が個性を手放さなければならなくなるかもしれない。

それは個性社会で成り立っているヒローには最も大きな恐怖だった。

「だけど、その個性で苦しんでいる人が大勢いるんだ。もし個性が無くせればもっと自由に生きれる人が居る」

「あ…」

センチピーダーの言葉に言葉を失うバブルガール。

身近な所ではセンチピーダーにみられるように異形型と呼ばれる個性の人達は都市部を離れれば差別の的になっている。望んで異形になっている訳ではない人たちだ。

あとは常時発動型の個性で苦労している人も居る。

あらゆるものを反射すると言う個性が先天的に与えられれば普通に生きて行くことも出来ない。

個性の強弱でレッテルが張られる世界に反発する人々。

そう言う人たちには個性消失弾はまさに救いなのだ。

「ヒーローは救う存在でなければならない、か。難儀なものじゃな、ヒーローとは」

別に個性消失弾をなかったことにしてしまえば良いのだ。だがそれは救いを求めている人々にさらに苦しめと言っている事と同義。

「ええ、ヒーロー社会…いえ、個性社会の終焉ですね」

「ああ。だがそれで訪れる混乱もある」

ナイトアイと相澤先生がため息を吐いた。

「まぁ、どうするかはそっちで決めてください。隠ぺいする、と言うならそれで良いんじゃないですか?」

とミライ。

「え、いいのっ!?さっきまで100万を見捨てるのかって言ったじゃない」

そうバブルガールがミライに視線を向けた。

「逆に言えば少数を見捨てれば今の社会構造は維持されます。この社会で生きている人にもう一度個性の無い社会に戻れと言うのも酷でしょう。それのきっとどちらも苦しむ人が居るのは変わらないなら、変化を求めないと言うのもアリですよ」

個性ありきで社会が回り、人々は個性を様々な仕事に生かしている。

「でも、なんかそれはそれでイヤだなぁ」

バブルガールが言ったように、心情としては100万の人も見捨てたくはない。だが、全人類を混乱に貶めてまでしなければいけないものだろうか。

お通夜のような雰囲気を抜け出したミライ。

しかし緑谷くんたちと合流した控室もお通夜ムードだった。

まだエリちゃんの事を引きずっているらしい。

しかし、さすがはヒーロー。今度こそは助けると立ち直ったようだ。


時がたち、死穢八斎會の情勢が固まり、エリちゃんの所在も分かりついに作戦の決行日。

秋晴れの過ごしやすい早朝、ミライはヒローコスチュームを着込み突入作戦に参加。

「ミライちゃんも作戦に参加するんだ」

お茶子ちゃんが言う。

「ナイトアイ事務所のインターンになったのね」

そう梅雨ちゃん。

「いやぁ、どうなんだろうね」

いつの間にかそう言う事になっていたミライ。

「それよりあのノイズ?って言う敵、触れたらいかんのやっけ」

「そうみたい。触れたら分解されて死ぬらしいわ」

「怖い個性だね」

二人が問題を再確認。

「本当に触れないでよね。ちょっとでも触れようと思っちゃダメだから。特に緑谷くん」

「えええっ!僕?」

ミライが釘を差す。

「なんか勢いで殴り掛かりそう。ダメと言っても止まらないタイプだから」

「そうだね…デク君」「緑谷ちゃんにはそう言う所はあるわね」

「う…」

女の子三人にたしなめられて言葉に詰まる緑谷くん。

「ノイズは」

「ナイトアイ」

ぬっと現れたナイトアイにミライが答える。

「中には居なそうですね」

白眼で中を透しして確認済みだ。

「そうか…なら」

そう言ってナイトアイは突入の準備を始めた。

「本当、ミライちゃんの個性ってなんなのかしらね」

そうケロケロと呟く蛙水梅雨。

「良い女には秘密が多い物なのよ」

覚えておいて、とミライ。

「そ、そうなんだ…」

「デクくん、ちがうから」

純粋に受け入れた緑谷にお茶子がつっこんだ。

さて、事前通達でノイズが出たら絶対に触れるなとナイトアイが再度通達し死穢八斎會の本宅へと突入する。

ミライはノイズが出ていない以上突入には加わらず待機しつつ白眼で警戒。

ナイトアイを筆頭に突入部隊は屋敷の中へと駆け込み、リューキュウ事務所の面々をはじめとするヒーローの一部は突入を阻止しようとする極道者を無力化する。

「あら、これは大変なことになっているわね」

そして現れる白に黒の斑点の人物。

「スポットっ!」

「せいかーい。そしてさようなら」

空間が突如黒色の円形が無数に現れたかと思うと、そこを通って異形のナニカが現れた。

ノイズだ。

おそらくシンフォギアが有る世界からその能力でパクって来たのだろう。

「ノイズっ!お茶子ちゃん、梅雨ちゃん逃げてっ!」

そして唐突に走り出すノイズ。

触っちゃダメと言われていたのに触ってしまった警官が炭素分解されて消えていく。

「ミライちゃんはっ!?」

お茶子ちゃんに問い返されたミライ。

「わたしはアレを始末する」

ミライは一度深呼吸をして…

「Aeternus Naglfar tron」

皆が逃げる中一人立ち向かうように進み出ると聖詠を口にした。

コスチュームが分解されシンフォギアがミライの体を包み込む。

とは言え、コスチュームをシンフォギアに寄せていた為に一見変化は見られない。

だが…

「うた…?」

呆けるように呟いたのはお茶子だ。

混沌とした戦場に突如として現れた旋律はミライを中心にしているようだ。

「ソングってそういう事なの?」

ケロケロと蛙水梅雨が得心したようにつぶやく。

ミライは歌を口ずさみながらノイズへと近づくと目にもとまらぬ速さでノイズたちを一刀に倒していく。

「な、なんでそれが、あなたがっそこに居るのよっ!」

驚きと焦りの声を上げたのはスポットだ。

ひと際大きな穴が開くと大型のノイズが現れる。

「今さらノイズっ!」

シンフォギアを纏うミライにノイズが敵う訳もなく。

「く…」

「まてっ!」

穴を通って消えるスポット。白眼で近場に出ていないか探すが…

ドゴーン。

「今度は何っ!?」

視線を向ければアスファルトが陥没して地下施設があらわになっていた。

そこから現れたのは巨躯の化け物と幼女をおんぶしながら戦っている緑谷出久だった。

緑谷は彼の個性である超パワーの反動を何らかの手段で無かった事にしながら戦っているようだ。

時間の巻き戻しに…?

それは保護対象の幼女、エリちゃんの個性だろう。

そっちも気になるけれど、それよりもスポットだ。

「しまっ!?」

しかし、ミライの発見は一瞬遅れてしまう。

それは致命的で…

「きゃああああっ!」

「エリちゃん!!くっ…」

絶叫を上げるエリちゃんと、戸惑う緑谷出久。

スポットは小さな穴から腕だけを出し、エリちゃんの角をナイフのような物で切り飛ばし持ち去ってしまった。

急速に失われていくエリちゃんの個性。

しかし、襲ってくる敵の巨腕に緑谷はその身を削って拳を繰り出しどうにか辛勝。

「スポットはっ……居ない、か」

必要のないはずの行動。しかし恐らくそれが目的であったであろう行動。

つまりエリちゃんの角を手に入れたスポットはもうここには現れないだろう。

倒れ込む緑谷のその両腕はボロボロだ。今までエリちゃんの巻き戻しの能力で無理やり戦っていたのに最後はスポットにやられてエリちゃんの能力が無いまま超攻撃をした反動だろう。

再起不可能かもしれないな…

負傷者は救急車で運ばれて行き、軽傷者は手当の後解散。

結局、幼女一人を助け出すために出した被害としては有ってはならないもので、後味の悪い事件だった。

ピピピピピ

携帯電話の呼び出し音が鳴る。

「はい」

通話相手は着信画面で確認している。

「どうかしましたか、オールマイト」

『…………』

しかし返ってくる言葉に逡巡が感じられる息遣いしか聞こえない。

『……助けてくれ』

逡巡の果てのかすれた声。

『もう、君しかすがれる人が居ないんだ…情けない事だがね…だが…どうか…』

ミライが向かったのは重傷者が搬送された大学病院。

その一室。

一つのベッドをオールマイト、バブルガール、センチピーダー、通形先輩が囲んでいる。

その輪のすぐそばには医者だろうか、疲労困憊のまま焦燥を浮かべているのが分かる。

その集中治療室の真ん中で多くのコードで臓器を代用させてどうにか命をつないでいるナイトアイの姿があった。

「ミライちゃん…サーが…サー・ナイトアイが…」

バブルガールが嗚咽を漏らす。

彼女には職場体験でのつながりで駆けつけたのだろうと思ったようだが…

「星縞少女…すまない…ナイトアイを助けてくれ…この通りだ…」

「オールマイトっ!?」

突如土下座をした彼に驚くバブルガールがオールマイトを立たせようと手を伸ばすが…

ゴンッ

更に額を地面に擦り付けるように頭を下げるオールマイト。

ナイトアイを見る。

医者はどうにか最善を尽くしたが、おそらく明日を迎えられるかどうかと言う状況だ。

このままではナイトアイは死ぬ。

そんな状況でオールマイトは自身のケガを治したミライに縋ったのだ。

「もしかしてサーを治せるのですか?」

センチピーダーが静かに問いかけた。

その言葉に驚きと期待を込めた視線がミライに集中する。

「ほ、本当にっ!?」

通形先輩がミライに問いかけた。

個性による超常が認められた社会だ。

重傷人を治せる個性があったとしてもなんら不思議ではない。

「……高いですよ」

ふぅとため息を吐くミライ。

「お金とるのっ!?」

バブルガールがそんなのヒーローじゃないと声を上げた。

「当り前です。これは線引きです」

ヒーローがタダで重傷者を治せば要求に際限が無くなり、恨みを買う。

「お金ならいくらでも払う…だから…」

ゴンと再び地面を抉るような音が響いた。

「…分かりました」

パチンとスナップを聞かせた音が響く。

すると自然とナイトアイにつながれていた管は外れていき傷口は塞がり生気が戻っていく。

「そんな…奇跡だ…」

ぽろっと漏れた言葉は施術した医者だ。

「オール…マイト…?」

「ナイトアイっ!」

ガバとオールマイトがナイトアイに抱き着いた。

「わたし…は…生きている…のか…」

「サーっ」「ナイトアイ」「サー」

通形先輩、バブルガール、センチピーダーも駆け寄った。

「なるほど…これがオールマイトに生気が戻った理由ですか」

とナイトアイが何かを得心したよう。

オールマイトはミライがケガを治療した以来筋骨隆々とはいかないが、トゥルーフォームでもふっくらとしてきていた。

しばらく、無事生還したナイトアイとオールマイト達が言葉を交わしている。

それを見て、もう大丈夫だとミライは踵をかえし…

「まってくれ、星縞少女」

オールマイトに呼び止められた。

「すまない…本当にすまないと思っているが…もう一人、もう一人だけ看てもらえないだろうか」

………

そう言われて移動した病室。

そこには命に別状はないようだが、両腕を包帯を巻きつけられてベッドに寝かされている緑谷出久の姿があった。

「オールマイトっ!」

ミライも居るが目に入っていないようだ。

「寝ていなさいっ」

オールマイトの姿をみとめて上半身を起こそうとして彼に止められる緑谷。

緑谷の両手は包帯で隠されているがそれでも所々歪んでいてこのまま傷がふさがったとしても日常生活も難しいのではないだろうか。

「あ、星縞さんも来てくれたんだ」

ようやくミライを認識したようで、挨拶をしてくる緑谷出久。

「星縞少女」

そう言ってオールマイトはミライを見る。

「緑谷少年の腕も治してもらえないだろうか」

「オールマイト?」

緑谷は何のことだと怪訝な表情を浮かべていた。

「さっきも言いましたが、高いですよ。一般家庭の人がポンと払える額ではありません」

オールマイトを治した時ですらミライは五億と言っていた。

「それは私が払おう…だから」

緑谷出久に対するオールマイトの入れ込みようは異常だ。

「緑谷くんに何があるんですか」

何かがあるはずだ。

オールマイトが彼に執着する何かが。

「それは…」

「オールマイト…いいんですか…?」

緑谷くんが辛そうな表情を浮かべてオールマイトを伺っている。

「実は、だな…」

そうして語られたのは、ワン・フォー・オールと言う個性の話。

オールマイトが保持していた個性。

その個性は特殊で、人から人へ譲渡が出来るらしい。

そしてその継承者こそ緑谷出久であると言う事。

もともと無個性だった人間に後から得た超パワーの個性が体を傷つけると言う事。

「だからと言って値引きはしませんけどね」

同情を誘っても無駄です。

「そこを何とか…」

知りませんし。

「自分を傷つけてもまたわたしが治してくれる、なんて思われても困りますしね」

まぁ、今回はお金をもらう以上治しますけど、と。

そっと緑谷くんの腕を取る。

「あ、あの…」

「思春期ー」

ドギマギと変顔になる緑谷出久。

それを無視してその両手を治す。

「まぁ、こんなものでしょう」

「これは…」

両手の傷は無くなり、つるっとした肌をしているが、筋肉の武骨さは元のままだ。

「どうやって…」

「一度時間を巻き戻してから成長する過程を想定して時間を進めた、って所ですかね」

ただ、とミライ。

「次は今回の倍の金額、その次はさらにその倍の金額をもらいますから」

「えええっ!お金取るんだっ!?」

緑谷くん、聞いてなかったの?

「む、むぅ…」

この事件の顛末は、個性消失弾の製造方法は破棄されていて見つからず、治崎廻は護送中に敵(ヴィラン)連合の襲撃に遭い再起不能。

エリちゃんの個性は角を強引に折られた事で個性因子が傷ついていて研究どころの話では無いらしい。

幸か不幸か個性消失弾はヤミに葬られることになった。

この事件でインターンも一時中断。

九死に一生を得たナイトアイもしばらくの間活動を自粛するらしい。

個性消失弾の完成版が使われ、運の悪い事に通形先輩が被弾し、その個性が破壊されてしまった。

その責任を感じナイトアイも少し時間が欲しいようだ。


事件もひと段落し、日常を取り戻したミライ。

「よっ、ほっ!はぁっ」

ミライの前で透がウェブシューターの練習をしている。

高所に張り付けた糸で振り子のように空中を舞う。

ヒーロー科のクラスはクラブ活動が禁止の代わり、放課後は全て訓練の時間に割り当てられている。

申請すれば様々に用意された訓練場も使用可能だ。

その中で今日は高層ビル群を模した訓練場で透の訓練を見ていた。

「よっ!…うわわわわ…!?」

透が空中を飛び移る際にウェブシューターをひっかけそこねて自由落下。

シュっと再度撃ちだされたウェブシューターが建物に張り付き振り子のように揺れながら地面に着地。

ミライの居るところまで歩き寄ってくる。

「し…死ぬかと思った…」

「全身を個性エネルギーで覆えばそう簡単に死ぬことは無いと思うよ。相当痛いかもだけど」

纏や練のようなものだ。

「うぅ…鬼ぃ…」

涙目の透。

表情が見えるようになった透は結構表情が豊かだった。

「でもでも、このウェブシューターって本当に便利かも。移動や敵(ヴィラン)の捕縛なんかにも使えるし…瀬呂くんには悪いと思うけど…」

瀬呂くんの個性は肘から粘着性のテープを出す個性で、使い方もウェブシューターに似ていた。

「使用方法を限定すれば代用できる個性も多いよ」

炎系の個性は火炎放射器とかでも大体同じ事は出来そうだしね。

「おーい、星縞少女」

「え、星縞さんと葉隠さん」

背後から誰かの声が聞こえて振り返るとそこには健康を取り戻したオールマイトとそれに着いてきている緑谷出久が居た。

「私が星縞少女に聞きたいいことがあって来たー」

「え、オールマイト?今日の訓練ってここでするんですか?」

ドンと胸を張って言うオールマイトとどこか挙動不審な緑谷くん。

「今日の講師は星縞少女にお願いしよう」

「えええ!?」

緑谷くん、驚きたいのはこっちですよ。

オールマイトが言う事には、緑谷くんの持つワン・フォー・オールの超パワーの制御の方法に何かコツは無いかと言う事だった。

まぁ、入学からこれまで体を壊し続けてきているのも見ているし、オールマイトはミライなら何か突破口が見つかると思ったのだろうが。

「あー。個性エネルギーの使い方だね」

ミライにずっと修行を付けられている透が何事もなく言う。

「個性…エネルギー?」

緑谷くんが反復する。

「個性は身体能力と言われているからね」

とミライ。

「緑谷くんはどういうイメージで個性を使っているの?ちょっとやってみて」

「それは…卵の殻が割れないイメージで」

ピリっと空気が震える。

「あー、なるほど…それでオールマイトは膨れている訳ですね。個性エネルギーを体内で膨張させている訳だ」

そして個性で筋繊維を強化している為の巨体なのだ。だが、緑谷くんにはオールマイトほど肉体の変化が無いのは彼には根本的にそう言う使い方が合ってない無いのだろう。

「そりゃ体も壊れるよ。卵は割れるものでしょう?」

「えぇ…」

ミライのダメ出しに緑谷のトーンが落ちる。

「どうにかならないかね」

とオールマイト。

「そうですねぇ」

そう言ったミライはビルに近づくとオーラを体の中、右腕で炸裂させるようにしてビルを殴った。

ドン

崩れて反対側に倒れるビル。

「えぇっ!?ちょっビルが壊れたっ!!」「まぁミライちゃんだし…」「やりすぎじゃないかね」

三者三様なリアクション。だが…

「星縞少女っ!」

オールマイトが声を上げた。

拳を放ったミライの右手はぐしゃぐしゃにつぶれていて、出血し骨がひしゃげている。

超パワーの反動で緑谷出久のように内側からはじけるようにケガをしていたのだ。

「緑谷くんのはこういう事でしょう。超パワーを内側に炸裂させている」

「そ、そんな事よりその腕っ!!」

「緑谷くんに心配されるのはなんだかなぁ。自分も同じような事を平気でするでしょう」

「あ…」

こんなに他人を心配させていたのかと今さらならが反省する緑谷。

「まぁ、いつまでもこのままってのもあれだね」

そう言ったミライの右手はいつの間にか治っていた。

「もう、何でもアリだねミライちゃんって。怪我くらいすぐ治っちゃうかー」

透があきれていた。

「じゃぁ今度は逆に個性エネルギーを外側で留(とど)めて…」

ドンッ

二つ目のビルが倒壊する。

「腕が…」

今度はミライの腕にケガはない。

「今度のは個性エネルギーを全身から放出して留めて纏う事で攻撃力を上げている」

「すごい…」

緑谷出久が驚愕の表情を浮かべてからぎゅっと決意をしたように拳を握った。

「僕にも出来るようになるのかな」

「緑谷くんの個性は願えば叶う類の物だから、その個性とどう向き合うかの方が重要だと思うけどね」

「…?それってどう言う…」

その問いにミライは肩を竦めるだけだった。






雄英も二学期になって、文化祭なんてものもあったが、まぁ、あのメンバーだ。クラスの催し物は派手なものになった。

ミライ自身の問題としてはスポットとリンカーの事だが、彼女の個性はミライの追跡を振り切ってしまえるようで補足できないまま時間が過ぎていく。

一回、グングニルをぶん投げてみたがただ地面に落ちただけだった。

導越の羅針盤が無い事が悔やまれる。

覚えた概念魔法で似たような事も出来るはずだが、ミライの必死さが足りないのかうまく行かなかった。

年が明けるとインターンが再開…どころでは無く、一年生でも全員がどこかのヒーロー事務所にインターンに行くように勧められた。

これは異常な事だ。

絶対裏で何か嫌なことが起こっている。

スポット関連じゃ無ければ良いのだけれど。



春休みもあと少しで進級を控えた3月下旬。

ヒーロー科の全員がインターンに呼ばれた。

これは決戦の合図だった。

敵は敵連合(ヴィランれんごう)と超常解放戦線。

超常解放戦線の主義主張はともかくとして、武力行使に踏み切りそうな所、ヒーローと警察が先手を打って制圧する事にしたらしい。

制圧拠点は二か所。

ノウムと呼ばれる怪人を製造、保管してある拠点である『蛇腔(じゃくう)病院』

敵連合の賛同者が多数潜伏している『群訝(ぐんが)山荘』

事前に潜入調査をして入念に下調べをしたらしい。

しかし、敵連合と一緒に居るはずのスポットは見つけられず。

ノイズの脅威は伝わっていたはずだから、最優先で補足しなければならないのだが…

まぁ、敵連合は個人主義の寄せ集まりみたいなものだったろうし、抜けたか…あるいは…目的を達したか。

全国からヒーローが集まり、そこに各校のヒーロー科の生徒も混じる。

「学徒動員どころの話じゃないね」

ミライがボソリと呟いた。

「すまんな。お前ほどの使い手をみすみす手空きに出来る相手じゃないんだ」

とは隣にいたイレイザーヘッドこと相澤先生だ。

蛇腔病院。

ミライはその突入部隊と肩を並べて作戦開始を待っている。

「学生がこんな所に居ていいのか」

そうNO1ヒーロー、エンデヴァーが個性で纏った炎を揺らし言った。

「逆に考えろよ、こんな所に連れてこれるほどツエー奴だって事だろ」

そうピッチリスーツのバニーガール……ミルコが兎に似合わない肉食獣のような獰猛な笑みを浮かべて言う。

ミライ以外の雄英の生徒たちもそれぞれの持ち場で活動を開始していた。

その殆どは避難誘導や退路の確保と後方に位置していたが…

やっぱりなんでわたしだけ…

愚痴るミライだった。

「行くぞ」

エンデヴァーの掛け声で病院内部へと突入。

途中、確保目標の院長である志賀丸太を確保しようとしたが個性による複製の偽物で、隠し通路の奥から数多くのノウムが現れる始末。

ノウムは動く死体だと結論されている。

つまりは人間では無く、緊急時には破壊も許可されていた。

なので…

「突入前に日本刀を用意しろと言うから用意はしたが…」

とイレイザーヘッド。

「殺意が高すぎんだよっ!オィっ」

プレゼントマイクも絶句…絶句はしてないか。

彼らの目の前でバラバラに切り刻まれているノウム。

脅威の再生能力を備えた者が多いはずのノウムはしかし、その再生能力すら発動せずにただ肉片になっていた。

振り返ったミライが日本刀をまるで血を払うように振る。

しかしその刀身には血のりの一滴もついていなかった。

「まぁ、殺して良いならこんなものでしょう」

イレイザーヘッドは一瞬彼女の薄紫の虹彩が青く輝いて見えたが、次の瞬間には見間違いかと思い直す。

「くっそかっこつかねぇな」

「文句は後だ。行くぞ」

イレイザーヘッドがプレゼントマイクを連れて隠し通路へと突入。

「わたしは…はぁ…行きますか」

ミライは遅れて地下施設へと走る。

通路の先はもはや阿鼻叫喚。

多数のハイエンドノウムと傷だらけのヒーロー。

特に酷いのがミルコだ。

左手は完全にねじ切られ、両足共に使い物にならないほどの大けがを負っている。

「ミルコはソングの所へ連れていけっ!」

ノウムの個性を消失の個性で消しつつイレイザーヘッドが叫ぶ。

「くそっ…このままでは…死ぬなよ」

エンデヴァーが悪態を吐きながらミルコを抱き上げてミライの前にミルコを連れてきて彼女を横たえるとすぐさまノウムの対処へと戻る。

「くっそいってぇ…痛いが…まだ死ねねぇな。オイッ」

だからその表情は兎じゃないってっ!

「治せるならさっさと治せ。イレイザーヘッドがお前の所に行けと言ったからには出来んだろっ」

この兎、もはや猛獣である。

「金は後でミルコからもらえっ!どうせたいして使う事のない金だろ」

イレイザーヘッドがノウムから視線をそらさずに言う。

「ああっ!?金だぁ?そんなもんいくらでもくれてやるよ」

だから、とミルコがさらに凶悪な顔で睨む。

「さっさと治せ」

「はいはい」

ミライは諦めて再生魔法を使いミルコの体を巻き戻す。

一瞬で四肢が元通りになると再び獰猛な笑顔を浮かべるミルコ。

「いいな、これ」

ミルコはグッと拳を握って感触を確認するともうミライは目に入らず。再びノウムへと駆けていく。

「まぁ、後は大丈夫そうだな」

ミライはもう自分のする事は無いと通路を戻る。

彼我の戦力を鑑みればもはや負ける事はないだろう。ノウム達もエンデヴァー達に任せても大丈夫そうだ。

だが、悪夢は唐突に訪れた。

「え…?」

突如として蛇腔病院、その隠し部屋を中心にしてすべての物が崩壊し始めた。

それはまるで悪夢のようで人も物も一切合切分解されていく。

この地下施設の最奥に隠されて調整されていた敵連合のボス、死柄木弔が起きたのだ。

彼の個性は『崩壊』

資料では五指を触れたものを崩壊させると書いてあったが…

それよりも数倍強いっ!間接的に触れた物も崩壊させているっ!

「速く逃げろっ!あれに追いつかれたら終わりだっ!」

逃げるように通路を出てくるイレイザーヘッドとヒーロー達。

崩壊の伝播の規模は街一つを覆う程の威力だ。

一目散に病院を出て崩壊の伝播から離れるようにもがくヒーロー。

崩壊は街へと伝わり、街そのものが崩壊していく。

このままでは多くの人が崩壊に巻き込まれて死んでしまう。

「それは…違うかな…今のわたしはヒーローなのだし」

「おいっ!ソングっ!」

一瞬で楔(カーマ)がミライの全身を覆う。

ミライは崩壊もものともせずに地面に留まると全身にオーラを纏った。

「これでっ!」

ミライが触れた地面。そこから逆再生されるかのように崩壊が押し戻されていく。

人も、物もすべてが元通りだ。


通路の隠し部屋の奥で、その誰かが声を上げる。

「ああ?なんだこれは…崩壊が押し戻された?」

不快気な表情で再び地面に手を着いた死柄木弔は、しかし崩壊は起こらない。

「なんだこれは、いったいどうしたって言うんだ」

グっと四肢に力を入れると死柄木弔は隠し部屋の天井をくりぬいて空へとジャンプ。そのまま街並みを見下ろしていた。


「何が起こったっ!」

ミライの周りに突入組のヒーローが集まる。

「わたしの治療は逆再生の応用なんですよ、だから」

「崩壊を巻き戻した…だと…」

驚愕の表情を浮かべるエンデヴァー。

「それよりも…」

ドゴンッ

「敵が病院の外に出たようですよ」

「くそ、空を飛べるものを中心に俺についてこい。死柄木弔が生きていたっ…これは最悪の状況だ」

すぐさま始まる第二ラウンド。

空を飛べるエンデヴァー。抹消の個性を持つイレイザーヘッドがすぐさま病院の外へと走る。

ミライはさすがにこの都市丸ごと一つの規模の再生魔法の反動で、一息つきたい所だ。

「はぁ…はぁ…」

きっつー

「さて、わたしも行きますか…」

(ミライちゃん助けてっ!お願いっ!)

「透ちゃん?」

あまり使う事のない鳳の化身が仲間の危機を伝えていた。



群訝(ぐんが)山荘の後方。

そこには雄英高校の一年生の一部が拠点から逃げてくるであろう敵を捕縛するべく待機していた。

しかし、そこに事態は一変する。

群訝山荘から二十メートルほどの巨躯の敵が突如暴走し、あらゆるものをなぎ倒しながらどこかへと走って行っている。

その敵…ギガントマキアを止めるべく、後方に詰めていた透達一年生も奮闘したのだが、力及ばず。

今まさに巨躯の腕がクラスメイトに振り下ろされる、そんな時…

「ミライちゃん助けてっ!お願いっ!」

この作戦が始まる前、透は命の危険が迫った時は名前を呼んでくれとミライに言われていた。

必ず助けに行くから、と。

その時はどうやって来るって言うのよと笑っていたのだが…

その時、一陣の風が吹いた。

そして…

「主は仰せられる……咎人に裁きをくだせ。背を砕き、骨、髪、脳髄を抉り出し、血と泥と共に踏みつぶせ」

突如として響く凛とした声。

「ミライちゃん!?」

振り返った透が驚きと安堵の声を上げた。

「え、星縞っ!?」「どうしてここに!?」

峰田やヤオモモも驚いて振り返っていた。

しかしミライの聖句は止まらない。

「鋭く近寄り難き者よ。契約を破りし罪科に鉄槌を下せっ!」

地面に伸びたミライの影、その中から巨大なイノシシが現れる。

グォオオオオオオオオオオオオォォォオオオッ

「なんだ、こいつはっ」

ギガントマキアの戸惑いの声。

その背からも誰かの混乱の声が聞こえる。

猪突猛進とはこの事と、奇声を上げた巨大なイノシシは現れた勢いそのままにギガントマキアへと突進。

それはいつかの世界で暴走する神殺しから奪った権能、『東方の軍神』ウルスラグナの猪の化身の力だった。

「ウオオオオオオオオオオオオオオオオッ」

吼えるギガントマキアは魔猪の突進を正面から受け止め…

しかし一個人としては異常なまでの頑健さと膂力(りょりょく)をもってしても魔猪の突進を止められない。

ギガントマキアを軽々と跳ね飛ばし、その短く見える足にどれだけの脚力があればあの巨体を浮かせられるのかと言う想像を超えたパワーでジャンプしギガントマキアへとのしかかる。

最初の突進でギガントマキアの背中に乗っていた数人も空中に投げ出されていたが、突如として穴が出現し空中で飲み込まれていった。

恐らくスポットの個性だろう。

「ウルトラマンが怪獣に負けているぜ…」

と峰田。

「と言いますか、あの猪はいったい…?」

「てゆーか、どうやってミライちゃんはここに現れたのっ!!」

芦戸がわーわー問い詰めてきたが今はスルー。

ミライが近くで呪力で強化している猪は絶好調にギガントマキアを踏みつけ、弱らせていく。

ウォオオオオオオオオオオッ

完全にギガントマキアが沈黙した後猪が勝利の雄たけびを上げた。

フシューーーーーーーー

と鼻息を吐き出すと影に消えるように猪は姿を消す。

「スゲー……」

「と言うか、えげつねぇな…」

峰田と切島が息をのんでいた。

クラスメイトはミライに問い詰めたい雰囲気を醸し出していたが、状況は予断を許さない許さない。

それに、その後知った悲劇でクラスメイトはミライへの追及を忘れてしまった。

ミッドナイト先生が亡くなっていた。

「ミッナイ先生…」

彼女はクラスメイトへの最後の通信の後敵の攻撃に会い命を散らせたのだ。

「おい、嘘だろ…」「いや…いや…そんな…」

泣き崩れる雄英生徒たち。

敵連合、超常解放戦線とヒーローとの戦いは、少なくない戦死者を出して一応の終息を見せる。

渦中の死柄木は蛇腔病院から逃げ、敵連合らの姿も見つからなかった。

その後、後手を踏んだヒーローと警察は、死柄木弔によって脱出不可能と言われた刑務所、タルタロスを破られ、厳重に収監されていた巨悪、オール・フォー・ワンを逃がしてしまう。

更に悪い事に、収監されていた囚人、また他のいくつかの刑務所も襲われみすみす囚人を逃がしてしまった。

一気に世に解き放たれた犯罪者は次々に我欲を満たすために犯罪を起こし、その対応に追われたヒーローは遅々として死柄木の捜索が進まない。

今、日本中が混乱の渦中にあり、またヒーローの信頼が揺らいでいた。

そんな中、緑谷出久が雄英から出奔してしまった。

彼の個性はワン・フォー・オール。

件の事件のどさくさで報道陣に漏れた死柄木が狙う「ワン・フォー・オール」と言う言葉。それは巨悪オール・フォー・ワンと言う敵に関係があるだろうと勘繰るのは当然で、推察の域を出ないがあの事件でそのワン・フォー・オールがとある雄英生徒と関係があるのではとニュースも大きく取り上げていた。

その逆風もあり雄英高校も苦しい立場のようだ。

しかし根津校長はそんな逆風の中でも市民を、ひいてはヒーロー守る手段として雄英高校や他のヒーロー科の学校と連携し巨額の私費を投じて学校を避難所として作り変えて避難民を受け入れた。

しかし世論はヒーローに厳しく、奇しくもヒーローを振るい落とす結果となった。

ただちやほやされたい自己承認欲求型のヒーローは引退を表明し、今逆風にも負けない気概のある者だけがヒーローであり続けた。

雄英高校のヒーロー科の一年生には離脱者は出ていない。

ミッドナイト先生が殉死したのはショッキングで心に影を落としたが、逆にそれで目指すべきヒーロー像を得たと言う事だろう。

最近、出奔した緑谷出久を連れ戻そうとクラスメイトが話しているのをよく耳にする。

何も言わずに出奔した緑谷がオール・フォー・ワンのターゲットであると言うのはやはり誰もが感じている事だが、それでもクラスメイトだからと言う事だろう。

「英雄症候群」

「え、なんて?」

リビングで呟いたミライの言葉に聞き返す透。

近くにいたクラスメイトも何のことだと耳をそば立てた。

「オーバーホールの調書に出てきた言葉」

そうミライが言う。

「え、なんて?」

問い返したのは峰田だ。

「今の緑谷くんはあまりいい精神状態じゃないって事だよ」

「だから連れ戻すんだろーが、クソが」

汚い口調で怒りを露わにする爆豪くん。

「あのクソナード。殺してでも連れ帰る」

「殺しちゃだめだよっ!」

お茶子ちゃんが爆豪くんを止めていた。

「分かってんだよっ!」

緑谷不在に一番精神が不安定なっているのは爆豪くんだろう。

「そう言えばミライちゃんも最近あんまり学校に居ないね」

そう透ちゃんが言う。

「ちょっとわたしもやることが有ってね。緑谷くん連れ戻し作戦には参加できないかもしれない」

「やる事って?」

「因縁の清算」

「意味が分からないわ」

と梅雨ちゃんが人差し指をした唇に添えながら言った。

「それに、わたしが参加したら緑谷くんなんてワンパンよワンパン」

しゅっしゅと拳が空を切る。

ミライのその言葉に返って来た反応は二種類に分かれた。

信じていないのは蛇腔病院に配属されたクラスメイト。

逆に何か聞きたそうな表情を浮かべているのは群訝山荘に配属されたクラスメイトだった。

「あの、星縞さんは…いいえ、何でもありません」

代表して問おうとしてやめたヤオモモ。結果誰もミライに問う事をしなかった。



……

………

オセオン国、ヒューマライズ本部地下研究所。

そこには普通の人には見ても分からないような機材がずらりと並び、数十人も居る研究者は一斉に何かの研究をしているようだ。

その中の一室。

「ついに完成した…これで…誰だっ!」

誰何の声と共にその誰かは振り返った。

暗くてお互いに顔が見えない。

「ああ、あなたか…でも一歩遅かったようね」

「……………」

「研究データはすでに拡散させてるわ。ここで消去してももう遅い」

「……………」

「ええ、そうよ。わたし個人の事情よ。わたしの身勝手で世界を壊し、作り変える。いや元に戻すと言った方が正解かもしれない」

「……………………」

「わたしを哀れと思うのなら何もしないでちょうだい。わたしは望んでこうなった訳じゃない。世界が醜悪なのがいけないのだから。だから…」

「……………」

訪問した誰かはため息を吐くと姿をくらました。

「君が居た事が最大の障害で誤算だったわ。だけど君は何もしなさすぎたのよ」

既にいない誰かに言葉を返し、沈黙だけが残った。


ミライがスポットを探している間にクラスメイト達は緑谷くんを連れ戻したらしい。

連れ帰った当初は画風が変わったのではないかと思うくらいキャラ変していたようだが、残念ながらミライは見れなかった。

ミライが見たのはすでに浄化された後の緑谷で普段通りの彼だったからだ。


その日、雄英に避難している母さんから久しぶりに会って話がしたいと電話が入った。

同じ敷地内にいるはずだが、避難民の住居と生徒の住居は距離的に離れていて、結構会う事が難しかった。

「かあさん、久しぶり」

雄英高校の中庭辺りで待ち合わせして挨拶を交わす。

「うん、久しぶりねミライちゃん」

「どうしたの。暗い顔をして」

母さんの表情はどことなく暗かった。

「えっと…私の姉さんがね…」

「そう言えば母さんの家族の話ってあまりしたことないね」

父親の事も話題になったことも無いけれど、とミライ。

「あ、うん…その…私の姉さん…キャスリーン・ベイトって言うんだけど」

「へぇ、あれ…どっかで聞いたことがある名前だね」

どこだったか。

「あー。アメリカNO1ヒーローがそんな名前だった。え、姉さん?」

日本政府が外国のヒーローに召集を掛けた際に真っ先に出た名前の一つだ。

「ちょっと前に電話があって…」

「う、うん…」

なんだろ…

「これから日本に来るって…」

「はい?」

「戦闘機に乗ってアメリカを出発したって…」

「えー…」

ミライはどういう表情をすればいいか分からなかった。

「それで、わたし…悪い予感がして…すごく心配で…」

母の個性は『虫の知らせ』だ。『第六感』とも言う。

彼女の悪い予感は予知程正確なものではないが、無視は出来ない。

キャスリーン・ベイト。

ヒーロー名『スターアンドストライプ』

彼女の個性はシークレットとされていて、噂では人類史上類を見ない最強の個性の持ち主だと言う。

彼女の個性を母は知っていた。

『新秩序(ニューオーダー)』

その個性は彼女の手に触れたもの二つまでルールを付与できると言うまさに規格外の能力だ。

そんな彼女がヒーローとして来日し、危機に会う。

資料で読んだオール・フォー・ワンの能力は触れた相手の個性を奪い取る事だ。

ミライの偸盗や強奪に似ている。

つまり…

オール・フォー・ワンは新秩序を手に入れたいんだ。

ミライはすくりと立ち上がると心配する声をだした母を視線で大丈夫だと言って駆ける。

途中、オールマイトに電話を掛けた。

「どうした、星縞少女」

「時間が無いので単刀直入に。スターアンドストライプの来日経路を教えてください」

「いったいどこでそれを…どうして君がキャシーの事を知っているんだ」

「わたしもさっき知ったんですが母がスターの妹らしいです」

「なっ…ファミリーネームが違うから分からなかった。女性だものな…苗字くらい変わるか…」

ミライの母は日本に移り住むにあたり戸籍関係も弄ってある。

ヒーローとして会う機会の多かったキャスリーンと違い面識の薄い母の事はオールマイトも気が付かなかったのだ。

「母の個性は『虫の知らせ』と言うんです…だから」

個性名でおおよその能力を察したオールマイトだが、くぐもった声が続く。

「だが、キャシーは今飛行機でこっちに来ている最中だ、とても今からでは…」

「空くらい自力で飛べますっ!」

問答を押し切ってスターの飛行経路を教えてもらうとミライはギアを纏い空を駆ける。

シンフォギアによる強化とPIC(パッシブイナーシャルキャンセラ―)を頼りに空中を高速で移動する。

その移動速度は音速を越えていたかもしれない。

途中スターを迎えに出ていたエンデヴァーを追い抜いたような気がするが気にしない。

海上を飛んでいるミライの視界の先、巨大な閃光があたりを覆い、その後に爆発の衝撃波がミライを襲う。

「く…間に合って…」

ミライに視線の先に、体の内側から破裂している男性と、今まさに崩れ砂のように崩壊していく女性の姿が見えた。

現着し、PICで急制動。

ミライの手がまさに最後のひとかけらになってしまったスターに触れる。

「魂魄魔法、再生魔法」

次の瞬間、ミライの周りで奇跡が起こる。

それはまるで逆再生したかのようにスターアンドストライプの体が元に戻っていったのだ。

『スターッ!』『奇跡だ』『俺たちは今、奇跡を見ている』

スターアンドストライプに帯同していた戦闘機から声が響いた。

彼女の同僚らしい。その安堵の声にきっと彼女は慕われているのだろうと言う事がうかがえる。

ミライはスターアンドストライプを抱えると近くの戦闘機の背に着地し、近くの空港へと着陸。

スターアンドストライプと戦っていたであろう死柄木弔には逃げられてしまったが、仕方がない事だろう。

ミライはそっとスターアンドストライプを地面に寝かせると次の瞬間にはまるで最初から居なかったかのように姿を消した。


「姉さん」

ミライは母と一緒にスターアンドストライプが運び込まれた病院を訪れていた。

スターは奇跡的に生存しているがいまだに意識を回復していない。

「そもそもこれは奇跡です。あの場にいた誰かの個性が崩壊するはずだった彼女を留めた。その為でしょう」

目覚めるのには少し時間がかかるだろうと言う医者も確証は何もない。

しかし、そう言うほかないのだ。肉体的にはどれだけ検査しようとも問題は無いのだから。

「よかった…生きていてくれて…」

安堵の声と共に涙が床に落ちていた。


今日本が抱えるヴィラン問題の最大の脅威はオール・フォー・ワンと死柄木弔の二人だ。

その片方である死柄木の個性にダメージを与え、復活までの猶予はおよそ一週間と言う見立てなのだそう。

つまりは一週間後、ヴィランの総攻撃が起こるだろうと言う事だ。

オールマイトがクラスメイトの前に立つと、今後の事を説明する。

スターアンドストライプと死柄木弔の戦いで、死柄木は一週間ほど動けないだろうと言う事。

死柄木はノウムのような改造を受けて複数の個性を使えるようになっていたが、新秩序が彼の個性をいくつか削ってくれたようだ。

敵との再戦は恐らく一週間後。

雄英生徒もその時まで少しでも力をつけてほしいらしい。

ヒーローが大量に引退してしまった昨今、学生とは言え貴重な戦力と言う事なのだろう。

仕方のない事だが、嫌な話だ。

嫌な話は重なるもので、クラスメイトである青山くんが敵のスパイだったと判明した。

クラスメイト達はどうにか青山くんをかばっていたが…オール・フォー・ワンと言う巨悪の手ごまにされ、植えつけられた恐怖に抗うのは並大抵の精神力では不可能だ。

だが、相手が一番喜ぶであろうワン・フォー・オールに一番近い内通者が分かったことで逆に攻勢に出れる。

色々な段取りはトップに任せ、現場担当はただ最善を尽くすしかない。

そして一週間が過ぎ、遂に最終決戦の日を向かえる。

作戦の詳細はヒーローと言えどその全てを把握出来ている人は少数だ。

どこで作戦が相手にバレるか分からない以上、信用のおけるヒーローのみが作戦に参加する。

高校生がそこに参加せざるを得ないのは本当に国が崩壊する一歩手前と言う有様だろう。

青山くんを通してオール・フォー・ワンと死柄木をつり出した最終決戦。

ノイズが出るかもしれないと、遊撃の任務を与えられたミライの姿はどこにも無かった。



脱獄と呼ばれる敵に荒廃させられた日本で、どうにか倒壊を免れた高層ビルの屋上。

誰かがそこから崩壊した街並みを見下ろしていた。

「あなたは本当に何もしないのですね」

振り返ったスポットがとらえたのは無言で彼女の背後に現れたミライだ。

「まもなくヒーローもヴィランもこの世界から無くなるわ。この世は混乱し、また逆行する。それでも、あなたは私を止めないのですか?」

そうスポットが問う。

「難しい…」

とミライがポソリと呟いた。

「あなた達がこれからする事が善なのか悪なのか。あなた達が苦しんでいる。それは本当の事だから」

個性社会の負の面。

個性格差による差別。

異形種への差別。

強すぎる個性に日常生活すら送れない人々。

確かにヒーローと言う一面ではとても華やいだ世界がある一方、そこから漏れた人たちの苦渋は存在している。

「薬は完成した。ならば遅かれ早かれ世界は変わる。その流れはもう変えようがない」

「だから何もしない、と?」

「わたしも思う所はあるよ。リンカーとか、この世界で作ったものじゃないでしょ」

「ええ。あなたの世界から持ち込んだものです」

スポットの答えに、はぁとミライはため息を吐いた。

「医療目的だけ、と制限はきっと出来ない」

「私もそう思うわ。ならばと私たちも行動を起こす事にしたのです。行きつく先がそうなると何度シミュレートしても他の回答が無いくらいに」

医療目的だけと留めるにはその薬の効果がもたらす世界への影響は強すぎる。

「本当に何もしないのですね」

再度スポットが問いかけた。

「ただ相手をぶちのめす、と言うのならわたしは絶対に勝つよ。でも、それだけ。これはわたしの負けかな…」

「なるほど。超越者であるあなたも世界には勝てないと言う事ですか」

スポットの言葉にミライは肩を竦める。

「臆病なだけだよ」

そう言ってミライはビルのふちに腰を掛け足を投げ出し眼下を眺めた。

その視線の先はやはり荒廃した日本が映っていた。

「では、新しい夜明けです。特等席でご観覧を」

そう言ってスポットは自身の個性で穴の中に消える。


対ノイズ戦のみの戦力であるミライは、無線機から流れてくる絶望に近い怒号をただ聞いていた。

戦局は混乱を極め、瞬間移動系の個性で敵(ヴィラン)をいくつかのグループに分断し各個撃破を狙ったヒーロー。

しかしその最高戦力であるオール・フォー・ワンが彼らの囲いを抜け、引き離したはずの死柄木弔の元へと飛んで行っているらしい。

彼らの接触は、おそらく最悪の事態だろうとヒーローは警戒しているが、その彼を留め置くことが出来ず。

ビルの屋上に居るミライはただ、迫りくる脅威を眺めていた。

その米粒以下だった飛来物が、なぜかミライの前で止まる。

「どうしてだ、なぜか私の直感が、ここでお前を殺さねばならないと囁いている」

ミライの存在の大きさを感じ取ったのだろうか。

目の前のオール・フォー・ワンは資料のそれと違い随分と若々しい。

「震えている…?この私が恐れを抱いていると言うのか…この矮躯な少女に…」

対するミライの瞳が目まぐるしく輝きを変えていた。

「死が視えない。…これは」

直死の魔眼から桜守神へ。

「存在が巻き戻され続けている…」

道理で死が視えないはずだ。

直死の魔眼は死を見てはいるが、それは究極的には未来視である。

幻術などの精神系の技は意味をなさないだろう。時間が巻き戻っているのだから効果は無いと言っていい。

「そんな事が有って良いはずがない」

OFAの体からいくつもの異形の口が現れミライへと襲い掛かった。

轟音を巻き上げビルごと粉砕する勢いでミライを飲み込もうとする触手を軽やかに避けていく。

死が視えないと言う事は致死の攻撃も意味が無いのだろう。

死ぬようなダメージも時間を逆行させて無かった事にするはずだ。

だが、ミライの万華鏡写輪眼はその弱点も見抜いていた。

「個性が止められないみたいだね。死が視えないと言う事は倒せないと言う事とイコールじゃない」

今もOFAは自身の体を巻き戻し続けている。

巻き戻され続けていると言う事は未来へと続く死は克服されるだろう。しかし…

「ちょこまかとっ」

再び未来を襲うOFAの攻撃。今度は衝撃波のようだ。

オールマイトのそれと違い、圧縮された空気がミライを襲う。

「なにっ」

ゆらりとミライの体が揺らぎ、その空気の塊はミライを通り抜けていた。

いや、実際はミライが超高速で動いただけだ。

「本当は私自身はどうでもいいんだけど。どうやらクラスメイト達を痛めつけてくれたみたいだから」

そう言ってミライは空中で何かを呟き始める。

それは聖なる文言。

「──義なる者たちの守護者を我は招き奉る。義なる者たちの守護者を、我は讃え、願い奉る。天を支え、大地を広げる者よ、勝利を与え、恩寵を与える者たちよ。義なる我に、正しき路と光明を示したまえ」

ウルスラグナの山羊の化身の力。

ミライがその聖句を唱え終わった時、日本全国民からOFAを倒せと大量の呪力がミライへと送られた。

それらは雷雲を伴い空を漆黒に染める。

「なんだ、…これが個性だと言うのか…?」

風を起こす、電気を発生させると部分的な物ではなく、天候そのものを操る規模の能力行使。

一都市を覆う程の雷雲。それほどの規模になったのはテレビによる中継による現状の配信と長年恐怖をばらまいてきたOFAに対する怨嗟が大きい。

ミライは日本国中のOFAに対する悪感情を束ね力に変えているのだ。

「ふざけるなっ!全因解放」

突如としてその体が何十倍も異形の形に膨れ上がり大口径の銃口のようなものを未来へと向ける。

「私はね、魔王なんだよ」

「奇遇だね。わたしも魔王って呼ばれているよ」

OFAから撃ち出された衝撃波にミライは雷光を束ねて撃ちおろす。

ぶつかり合う閃光と雷光。

呪力のこもっていない雷だったらミライが押し負けていたかもしれない。

しかし、十全な呪力で撃ちおろされたそれは力負けすることなくOFAへと降り注いだ。

「ぬぉおおおおおおおおおおお」

幾重と降り注ぐ雷光がその巨躯を削っていく。

常人なら即死もあり得る威力だが、しかしやはり殺し切る事は叶わず。

しかしミライはただ留め置けば良いだけだった。

それと、いくらミライが雷撃を落としてもその威力は減衰していかない。

それほどまでに彼に向けられる怨嗟の声が大きいのだ。

彼への恐怖が大きかった分、燃料は尽きない。

それこそ無尽蔵に雷が落とされ続けていた。

反撃しようにも、雷撃はOFAの思考を鈍らせ、個性の発動を抑制させる。

この雷は個性ではなく権能であり呪力の塊であるため、電気に対する個性でも減衰が難しい。

「なめるなぁあああああああっ!」

だが、そこは魔王の執念か…

OFAが空中へと撃ちだされたありとあらゆる個性の弾丸が雷雲を斬り裂いた。

遂には暗雲は晴れ、東から太陽が昇る。

「はははは…有象無象の羽虫が魔王に勝てると思うなよ。昇る朝日すら私を祝福している」

燦燦と照らされる陽光。

「まて、今は何時だ?東に太陽があるのはおかしいじゃないか…」

そうして見上げたミライは何かを呟いているようだった。

それは先ほどの聖句に似ていて…

「我がもとに来たれ、勝利のために。不死の太陽よ、我がために輝ける駿馬を遣わしたまえ。駿足にして霊妙たる馬よ、汝の主たる光輪を疾く運べ!」

「なにぃっ!?」

山羊が集めた呪力を喰らい、東から昇る第二の太陽から放たれる超熱量の光線はまっすぐにOFAへと奔る。

ウルスラグナの白馬の化身は大罪を犯した者にしか使えないがその分威力は絶大だ。

人間など太陽の前では無力に等しい。

ダメージを受けたOFAは加速度的にその容姿が巻き戻っていく。

遂には幼児を通り越し卵子へと巻き戻り、その存在が消失した。

やがてミライが呼び出した太陽は東の空から陽炎のように消え去った。

「あなたは自分自身が他者へと植え付けた恐怖に負けたんだよ」

皮肉なものだ。

ミライはただ紡いだだけだ。日本中のヒーローを応援する声を。


日本でオール・フォー・ワンとの長きにわたる戦いが終わったその日、ヒューマライズと名乗る原理団体がキュアと言う個性を消失させるガスを散布する装置を世界各国の主要都市で起動した。

声明を発表した同組織の主導者であるフレクト・ターンはその薬の安全性を訴え、自身も服用し、反射の個性を失った事で大粒の涙を流した姿は世界の人々へ向けるメッセージとしては最大の物だった。

異形種の人々も人間本来の姿へと戻れると涙し、個性で苦しんでいる人々からも歓喜の声が聞こえる。

ヒーローの一部などは受け入れがたい現実と反発を見せたが、そんなヒーローが敵と見なされるまで時間は掛からなかった。

最初のテロで個性を失った人々が恐れるのは個性を持っている人間だ。

すぐさま衝突が起こり、結果として個性をいまだ保持している人たちに恐怖した人々がヒューマライズから支給されたキュアを入手し、連日テロのように使われている。

この世界から個性と言うものが無くなるまでに時間は掛からないだろう。

強硬に個性を手放さないヒーロー、敵(ヴィラン)ともそのキュアの前には無力なのだから。

キュアの届かなかった地域では暴動でヒーローや強個性持ちが殺されると言うニュースも世界中で報道されている。

雄英高校は当然廃校に追いやられ、クラスメイトの何人かとはあの事件以降会っていない。


「英雄症候群かぁ」

隣でアイスを舐めるのは葉隠透だった。

初夏、日差しが強く気温上昇に冷たい物を体が欲していた。

「なに、今さら」

とミライが言う。

二人は雄英ではない制服に身を包んでいた。

同じ制服を見るに二人は同じ高校なのだろう。

「そう言うニュースがずっと流れているからさ」

そう言った透はビルに設置された巨大スクリーンに映るニュースを見ていた。

「爆豪くんとか、更生施設に送られたんだって」

「ああ、それで」

英雄症候群。それは一種の精神疾患として広く知られるようになった単語だ。

「社会全体が前世紀に戻った昨今、爆豪くんはただのチンピラだしね」

「ヒーロー全盛社会の弊害かぁ。…まぁわたし達が言えることじゃないけど」

元雄英生でヒーローを目指していたしね、と。

まぁ、と透が続ける。

「悪い事ばかりじゃないけどね。わたしの場合お父さん達の顔、初めて見たし」

個性が消えれば透明化が無くなって普通に映るようになったのだ。

「お父さんなんて、勤め先の人に誰ですか?って不審者と間違われてたんだって」

「それは…まぁ…」

「ぷぷぷ、ほんと笑い話で済んでよかったよ。わたしの家族はね…」

そうじゃない人たちも大勢居る。

個性で利権を得ていた人は没落し、しかし個性で被害を得ていた人は歓喜した。

世界の混乱は必至だったが、どうにか落ち着きを取り戻し、表面上は平和を繕っている。

「ねぇ」

と透がミライへと向いた。

「なに?」

「…うーん、いや。やっぱり何でもない。アイスおいしー。あ、ヤオモモだ、おーい」

透が元クラスメイトを見つけて走っていくのをミライはただ見つめていた。

笑っていた。

やがてミライも歩き出す。

何もしなかった事をミライは後悔はしないだろう。












……

………

ピピピとミライの携帯が鳴った。

そのディスプレイに表示された名前はミライには突拍子もないもので…


形態で呼び出され、連れてこられたのは特殊犯罪者が収容される特殊監房。その中でも生命維持が必要な犯罪者が収容されている医療監房の一角。

「轟くん。そろそろ説明してほしいんだけど」

前を歩く轟焦凍にミライがと追いかけた。

「すまない、俺も分からないんだ。ただ親父が星縞を連れて来いって」

轟くんの髪の毛は左右で赤と白で分かれていたのだが、毛染めが落ちたかのように毛根の根の方からは黒が覗いていた。

キュアの効果で個性がなくなったからだろう。

「どこへ?」

どう考えてもミライには用事がなさそうな所である。

「もう少しだ」

そして自動ドアが左右に開き、薄暗い部屋の中に数人の大人と、見上げるように設置されている容器の中には全身やけどを負い、生きているのが不思議と言うくらいの容態の青年が居る。

「親父、星縞連れてきた」

轟くんの声にミライが視線を向けると、車椅子に座る大柄の男が見える。

四肢の欠損が見え、それ以上にくたびれて見えた。

その車椅子を引いているのは轟くんのお母さんだろうか。しかし、美人であろうその顔に、大きな真新しいやけどの跡が見える。

ミライが視線を容器に移した。

「俺の兄貴だ」

兄と言うのは先の事件で敵連合として戦った荼毘の事で、本名を轟燈矢と言う。

その彼が半死半生で溶液の中でどうにか生きながらえていた。

「その眼は…」

エンデヴァーが呟いた。

その顔に希望と、少しの諦めが映る。

殆どの日本在住の人間が黒目黒髪に戻っている中、ミライの瞳は未だ薄紫色をしていた。

「キュアは…」

ああ、とミライ。

「雄英生ですからね。暴動が一番最初に起こった所です。当然、打たれましたよ。この目は先天性のアルビノです」

しっかりとキュアは打っていて、それでも変化のないミライの瞳はアルビノと言う事になっていた。

ヒーロー科など避難民も多くいた中、一番の脅威だった。

「ああ…」

「あなた…?」

エンデヴァーの絶望が深まる。それを心配そうに見つめる轟くんのお母さん。

「どう言う事だよ、親父」

残った手で自分の頭に触りながらエンデヴァーが言葉を紡ぐ。

「蛇腔病院で…俺は…ミルコの欠損した四肢を治した彼女を見た…」

「なっ……」「ほ、…本当に…?」

エンデヴァーの独白に轟くんとお母さんがミライを振り返った。

「だが……」

轟くんの家庭の事情はかなり重い。

その中で一番重いのはやはり大量殺人の罪を犯した荼毘が轟家の長男だったと言う事だろう。

彼の個性は体に合わず、使うたびに自身の体を焼いていく。

子は親の背を見て育つ。

エンデヴァーの背を見て育った荼毘はしかし、その個性故にヒーローにはなれない。

しかし諦めきれない彼を諦めさせるためにエンデヴァーは逆に半冷半燃と言う最高の個性を持つ轟くんに固執し、彼を完成させることで荼毘の夢をあきらめさせようとしたらしい。

だが、結果は最悪に終わる。

荼毘は自身の個性の制御が効かず、焼死してしまう。

練習場にしていた林は、森林火災で広大な被害をだし、またそんな中にいた荼毘はその遺体も見つけられなかったと言う。

しかし彼はオール・フォー・ワンの手によって助けられていたのだ。

そこからはすれ違ったまま、ただおーに植え付けられた憎悪のままに敵連合に参加し、最終決戦で多大な被害を出しつつ轟くん達に敗北、半死半生のまま機械につながれている。

「彼女なら…燈矢を治せるんじゃないか…なんて…」

涙が止まらないエンデヴァー。

「それは望み過ぎよ…私達は罰を受けなければならないの」

そう母親が言う。

「……ちょっと待て」

顎に手を当てて何やら考え込んでいた轟くんがエンデヴァーと母を見てからミライへと視線を向けた。

「それはおかしい。星縞の個性は『活力操作』だ。どうやっても四肢の欠損を治せるとは思えないが」

似たような個性の使い手であるリカバリーガールの治療を受けた事が有るのだろう。

「う…」

するどい。

「な…?」「え…?」

エンデヴァーとお母さんの視線が再び未来へと向いた。

「もしかしたら星縞は最初から個性なんて使ってなかったんじゃないか?」

轟くんは確信と期待を込めた瞳でみていた。

はぁとため息を吐く。

「降参です」

そう言ってミライは両手を上げた。

「そもそもわたし、魔法使いなんですよね」

超常が日常になって以来使われなくなった言葉だ。

言葉の意味を正確に理解できているかも怪しい世代だ。

分かりやすく、胸の前で差し出すようにした両掌。そこに炎と冷気の二つを顕す。

「な…半冷半燃…?」

驚いたのは轟くんだ。

「魔法です」

そして、とミライ。

「わたしは今まで一度も個性を使ったことが無い」

「な……」

「それじゃぁ…」

「わたしにとって個性とは失われても問題ないもので、そもそもキュアの効果はありません。だから…」

そう言ってミライは一拍置く。

「頑張った子(エンデヴァー)には報酬があるべきです。今回は…わたしから」

パチンと指を鳴らすとまず母の顔の火傷が治り、エンデヴァーの四肢の欠損も再生された。

「これは…」「本当に魔法のようだわ」

個性社会に魔法とは皮肉だ。

「おまけ」

「これは…」

さっと轟くんが自分のケロイド状の皮膚を触れる。

そこにはしっかりとした皮膚が再生されていた。

「さて…」

ミライは巨大な装置に向くと今度は魂魄魔法と再生魔法を使う。

「さすがに犯罪者を犯罪者のまま再生する事は出来ません。だから…」

みるみる荼毘の体が小さく若返り、少年を通り越して赤子にまで巻き戻った。

「赤子に罪は問えないでしょう」

「兄貴…?」

「ああ……」「とう…や…」

エンデヴァーと轟くんのお母さんは涙を流していた。

「記憶はありませんが…魂は彼のものですよ」

大げさな溶液の入った機械から出された赤子を二人が抱く。

それはまさに生まれたての新生児のようだ。

「おおおお…」「とうや…とうや…」

ミライは何も言わずに踵を返す。その背中に声がかかった。

「何故こんなことをしてくれたんだ?」

轟くんだ。

「わたしはね。多分何千万と言う人を不幸にしたよ」

ただスポットの行動を傍観した。しかしそれがもたらした変化で多くの人々が犠牲になった事も事実だ。

「何を言っているんだ?」

意味が分からないと轟くん。

その全てはきっとミライには全く責任は無いのかもしれない。

「だから何億と言う人を助けようと頑張った人にちょっとしたサービス」

ミライは再び出口を目指す。もう振り返らなかった。

轟家がどう言った物語をつづっていくのか。それはこれからの彼らの行動しだいだ。



 
 

 
後書き
ミライの使った権能は東方の軍神。
護堂からパクった権能ですね。使う機会がなかったので今回使わせてみました。
轟家は多少救いがあっても良いだろうとこんな結末に。
今回は話の結末が先に思いついたのでこんな感じになりました。
結局個性の問題って何も解決してませんしね。映画Xメンとかミュータントは治療されたし、本来はこういう風にしたかったんじゃないかなと言う妄想ですね。 
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