渦巻く滄海 紅き空 【下】
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九十一 似て非なるモノ
光の無い、全くの闇だった。
あの時、あの瞬間、あの場所で。
二人の立ち位置が違っていたら。
両者の些細な言動が一つでも変わっていたら。
君と俺の立場は逆だったのかもしれない。
俺の見る光景が君の瞳に映っていたかもしれない。
そうしたら。
俺の居場所に君がいて、君の世界に俺が生きていた。
こちら側に君が生きて、あちら側に俺が立っていた。
そう考えたところで。
今は詮無き事。
「オモイ!カルイ!」
雲隠れの使者として、火影を名乗るダンゾウとの対談を終えてきたサムイは、共に木ノ葉の里を訪れた自分の部下ふたりの名を呼ぶと同時に、この場の空気に顔を顰める。
人気のない小屋。木ノ葉の忍びらしき金髪のくノ一と、似た相貌の青年。
彼らと相対するオモイ・カルイへ交互に見遣ったサムイは、妙な雰囲気を感じ取って最終的には一番疑わしき相手へ視線を投げた。
「なにか問題でも起こしたんじゃないでしょうね」
気まずそうにカルイは顔をそむける。
問題を起こしたと言わんばかりの彼女をサムイは非難染みた視線でねめつけた。
「別里同士の諍いはご法度と知ってのことでしょ」
「ただ、道を聞かれただけですよ」
部下へ説教しようと口を開きかけたサムイは、当たり障りのない穏やかな発言でこの場を取り成そうとする青年に毒気を抜かれた。
決して大きくはない静かな声だったが、その場の誰もかもを、或いは何もかもをねじ伏せるほどの抗えない、凛とした声音だった。
そうなのか?と疑惑の目を向けてくるサムイに、カルイとオモイは青年の言葉に便乗して、こくこくと頷く。
はぐらかされたと理解しつつも、あえて納得したとばかりにサムイは肩を竦めてみせた。
そうして、なんでもないように微笑む青年の容姿をまじまじと見遣る。
細身ではあるが、純白の衣で隠れているにもかかわらず、鍛えられているようで、しなやかな身体つきであることが窺える。
理知的な双眸は澄んでいるように見えて、滄海の底よりも深く淀んでいるような蒼。
柔らかな面立ちは整っており、凛々しさと爽やかさが穏やかな物腰の中で見え隠れしており、その容姿に魅せられてつい気を許してしまいそうになる。
現に、気が強いカルイもどこか上の空だ。
「むちゃくちゃイケてる面をしている男だからって、いきなりしおらしくなるなよカルイ!」
「そこイケ面でいいだろ!」
ぼうっと見惚れていたカルイは、オモイのツッコミに我に返ると、顔を赤くしてビシッと指差した。
そうして、件の青年に会話を聞かれていたと気づくと取り繕うように、カルイは慌てて目つきを鋭くさせる。
波風ナルを再び詰め寄ろうとする彼女の行為を阻止するかのように、青年がナルとカルイの間にさりげなく身体を滑り込ませた。
穏やかな物腰だが決して寄せ付けないその佇まいに、先ほどまでの勢いはどこへやら、戸惑って立ち竦むカルイを見兼ねて、代わりにオモイがぶっきらぼうに詰め寄る。
「そこをどいてくれ。俺達はそいつに話がある」
「俺が話を聞くよ」
有無を言わさぬ微笑みだった。
オモイの威圧感を柳に風と受け流し、いやそれどころか、此方の方が逆に気圧されている。
その事実に尻込みしつつもオモイはわざと声を荒立て責め立てた。
「部外者のおまえには関係ないだろーが!それともなにか?『暁』に攫われた師匠の居場所でも教えてくれるってのか!?」
捲し立てながら、オモイは青年の胸倉を勢いで掴みかかろうとした。
が、その真っ直ぐな眼光の鋭さに射抜かれ、その手は空振りする。
何も掴めなかった拳を握りしめ、オモイはギリギリと歯噛みしながら青年を睨みつけた。
「その師匠というのは雲隠れの里の…」
「キラービー様だ」
「ちょっとカルイ…!」
口を滑らせたカルイを諫めたサムイは、青年の発言に息を呑む。
「あまりこういう表現は好きではないが『暁』は人柱力を必ず生け捕りにする」
「「「!?」」」
「それに八尾は『暁』から上手く逃げおおせたという話を聞いた。里に帰ってきていないということは、自ら死を装っている可能性もあると思うよ」
淡々と答える青年の発言はでまかせにしては嘘だと完全に否定はできない。
キラービーの性格から、カルイとサムイは視線を泳がせた。
「いやそれは…」
「あり得るわね…」
「キラービー様に限って…っ」と一瞬弁護したオモイも徐々に語気が弱くなってゆく。
「だ、だから言っただろ!」と気を取り直して、カルイはオモイを小突いた。
「あの人がそんな簡単にくたばる訳ねーんだ」
「そ、そうだ…キラービー様が生きてるならすぐに捜しに行こう!まずは『暁』のアジトを探索しまくって…」
すぐさま提案する部下ふたりを隊長らしく、冷静にサムイは諫める。
「それでどうする?逃げおおせた可能性があるとしてもキラービー様を一度は捕らえるような奴らに、私達だけで?それも幾つあるかわからない『暁』のアジトを虱潰しに?」
正論に口を噤んだオモイとカルイへ、サムイは畳みかける。
「まずは情報収集と分析!幸い、うちはサスケと『暁』の情報の閲覧許可を得たところよ。書き写すのに時間がかかるから、お前達にも手伝ってもらう。そちらのほうが先決よ」
その為にカルイとオモイを捜しに来たサムイは当初の目的を口にすると、部下を促す。
若干波風ナルに対して罪悪感を覚えていたカルイは、彼女のほうへチラッと視線を向けたが、青年と眼が合うと慌てて顔を逸らした。
同じく多少申し訳なさそうな面差しでナルを見たオモイは、青年へ視線を向けようとしたが、途中で思い留まると地面を蹴る。
さっさと無遠慮にこの場を立ち去った部下に溜息をつくと、サムイは失礼なふたりに代わって口早に礼を述べた。
何故、彼が『暁』の情報を知っているのか。
何故、八尾の人柱力であるキラービーの人物像を知り得ているのか。
その謎をサムイは直感で、見て見ぬふりをした。
優しそうな雰囲気ではあるが、その佇まいは一切油断のならない忍びのもの。
値踏みするようなサムイの視線に物怖じしないところからも、ただの忍びではなかろう。
けれどこれ以上踏み込むつもりはサムイには毛頭なかった。いや、勇気がなかったのだ。
特に他里であるこの場では厄介事は勘弁願いたい。
だから穏便に済ませようとしてくれる青年の意向を酌んでこの場を早々に立ち去るのが得策だとサムイは感じ取る。
最後に、青年と瓜二つでありながら、どこか茫然自失で立ち竦む少女を一瞥する。
サムイ自身も情報収集していた為、木ノ葉の里で噂されていた人物の名を把握していた。
木ノ葉の里を『暁』のリーダーであるペインから救った英雄。
彼女が木ノ葉の皆が噂していた波風ナルだと察したサムイは、それではこの少女と似ている青年は誰なのだろうと当然の疑問を抱きながらも、それ以上は追究しなかった。
というのも早くこの青年から離れたいのが本音だった。
早く離れないとカルイのように囚われてしまいそうだったから。
抗い難い何かに。
「情報感謝する」
サムイを始め、オモイ・カルイが立ち去った小屋では暫し沈黙が広がっていた。
混乱して何も言えずに立ち竦んでいた波風ナルは、やがて、自分の兄だと名乗った青年が口を開いた途端に、ビクリと肩を跳ね上げる。
その過剰な反応に苦笑しながら、ナルトは当たり障りのない話題を振った。
「お花…」
「え?」
「いや。勝手に見舞いのお花を送って申し訳なかったと思ってね」
かつて、波風ナルとナルトはふたりきりで会ったことがある。
木ノ葉崩しが起きる前。
中忍本試験が開始する前にナルが“口寄せの術”を取得しようと四苦八苦していた際。
ナルトは彼女にさりげなく近づき、助言していた。
中忍試験に参加したライバルだというのに、彼はナルに対して親身に接してくれたし、ナルも彼を悪い人間だとは思えなかった。
それどころか、一緒に一楽のラーメンを食べに行く約束までしていた。
その後、“口寄せの術”を見事取得し、チャクラ切れで木ノ葉病院に入院したナルは、眼が覚めた時には、見覚えのない花に囲まれていた。
つい先ほどまで、雲隠れの忍びに襲われる前まで、ヒナタとその花について話していたからこそ、すぐに思い至ったナルは、はたと青年の顔をまじまじと見遣った。
あの色とりどりの花の贈り主が目の前にいる。
その事実に思い当ってお礼を述べようと口を開いたが、それよりも自分の兄だと名乗った彼の衝撃的発言が気になって、彼女は上手く言葉を紡げなかった。
けれどようやく、花の贈り主にお礼が言える。
それだけはきちんと言わねば、とナルは視線を泳がせるも、やがて意を決してナルトの眼をまっすぐ見据えると、ぺこりと頭を下げた。
「あの…お花、ありがとだってばよ。その…ちゃんと鉢に植え替えて全部大切に育ててるってばよ」
もちろん忙しいのでナルがお世話できない場合が多い。
その時は花屋であり花のプロフェッショナルである山中いのや、ヒナタが手伝ってくれている。
そのことを身振り手振りで付け足しながら説明するナルの話を、微笑ましげにナルトは耳を傾けていた。
きちんと話を聞いてくれる彼に少しばかり緊張を緩める。
そうしてようやっと、ナルは本題に入ろうと身を乗り出した。
「あ、あの…っ、ほ、本当だってば?あんたがオレの、」
「…────ナルッ!!」
その瞬間、シカマルの声で、波風ナルはハッと我に返る。肩と共に、ツインテールの長く綺麗な金髪が大きく跳ねた。
遠くから駆け付けてきた同期の仲間が自分を呼んでいる。
切羽詰まったように叫んでいる。
自分以外の全員が警戒態勢を取っている。
それが何故なのか、彼女には、波風ナルには今の段階ではわからなかった。
雲隠れの忍びに襲われ、カルイとオモイに連れられて行ったナルの安否を案じていたヒナタは、すぐにこの状況を打破できる人物を捜しに向かったのだ。
カカシはダンゾウと火影の件で直談判しに行っていたのであいにく手が離せない状況だったが、ダンゾウが六代目火影になったという重要な情報を知らせに来てくれたキバも、そしてなによりシカマルを始めとした同期のメンバーを、彼女はその特殊な“白眼”で見つけ出す。
即座に状況を説明し、急ぎ、ナルの許へ向かったヒナタは“白眼”で遠くの小屋にいる彼女の様子を、シカマル達に細かく告げていた。
だから気づけたのだ。
ヒナタもまた、かつて中忍本試験前に、ナルトに出会っている。
ナルとの大事な思い出の品であるたんぽぽの栞を、探し出してくれたナルトのことを好印象に想っていた。
同様に、シカマルも憶えている。
ただしこちらは要注意人物としてだが、うずまきナルトのことを知っているし、警戒していた。
だからこそ、ナルの傍に突如現れたナルトの装いをヒナタから事細かに聞いて、血相を変えたのだ。
その純白の羽織。
外套とは対照的な漆黒の裏地に紡がれた象徴を知って。
だからシカマルは懸命に足を動かしながら、彼女の許へ向かう。
ナルの許へ駆けつけ、彼女に注意を促す。
残酷で冷酷な真実を。
されど、その事実は、他でもない張本人が口にした。
ナルと似た眩いばかりの金の髪。
ナルと似た相貌に、頬の三本の髭のような跡。
ナルと似た青く碧く蒼い、けれどどこか違う双眸。
波風ナルと似て非なる存在そのものが。
…───約束、したよな。
一緒に、ラーメン食いに行こうって。
四苦八苦していた【口寄せの術】に助言をしてくれたり、誰かに頼ってもいいんだと思わせてくれたり、見舞いに花をくれたり。
そうして、いつか一緒に一楽のラーメンを食べに行こうって約束した相手。
中忍試験に共に参加した間柄だけだったのが、いつの間にか、大きな存在になっていた。
だから、信じられない。
同期の仲間が自分を呼んでいる。切羽詰まったように叫んでいる。自分以外の全員が警戒態勢を取っている。
それが何故なのか、彼女はわからなかった。
不意に、大きな雲がその場の面々に影を落とす。
雲は、大樹の枝上に佇む彼にも例外なく、頭上を覆い被さってゆく。周囲から敵意を向けられている張本人は、涼しげな顔で彼女を見つめ返した。
雲の影と、そして頭上の葉陰で暗くなっても、その眼差しだけは妙に美しく輝いていた。
「…──ナルッ!!」
シカマルの声で、波風ナルはハッと我に返る。肩と共に、ツインテールの長く綺麗な金髪が大きく跳ねた。
何度も自分を呼んでいたらしいシカマルが、同期が、木ノ葉の仲間達がナルに呼びかけている。その声が彼女には何処か遠くから聞こえた。
けれど、先ほどからずっとナルの足は固まっていた。直立不動のまま、ある一点だけを見つめていた。
「そいつから離れろ!そいつは、うずまきナルトは──」
周囲からの視線を一身に集めている彼の服が、ふわり、風で舞い上がる。
純白の外套とは対照的な黒い裏地。
その端に、見覚えのある忌まわしき紋様が垣間見えた。
赤い雲。
「…───『暁』だ…ッ!!」
自分の中の九尾をつけ狙う犯罪組織。その象徴が瞳に飛び込んでくる。
空のように純粋な青を、信じられないとばかりに大きく見開いて、ナルは呆然と彼を仰いだ。
雲間から覗く太陽の光が、波風ナルとよく似た髪の色を煌めかせる。
「………そうだね」
忍び達に完全に包囲されながらも、ナルの視線を受け止めた彼は、滄海の如く深い青の瞳をゆぅるりと細めた。
「改めて自己紹介といこうか」
敵意と困惑と殺意が渦巻くその中心で、彼は───うずまきナルトは悠然と微笑んでみせる。
「俺は“暁”のひとりであり、波風ナルの双子の兄であり、」
波風ナルを見つめるその瞳の青は、その場の誰にも真意を悟らせない、徹底的な謎を秘めていた。
「─────君たちの敵だ」
後書き
本当はもっと踏み込みたかったけど、キリがいいのでここらで一回区切ります。
短くてすみません、次回が本番です。
次回は皆さまが見たいようで見たくなかった展開…
ようやっと疾風伝冒頭の展開になりました。ここまで長かった…
気になる方は1話の【暁の静けさ】へ。
1話の冒頭の一場面は、今後の展開の一部を先取りしたものでしたが、ようやくここまできました。
次回、ナルトVS木ノ葉
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