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渦巻く滄海 紅き空 【下】

作者:日月
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九十二 VS木ノ葉

果たして混乱を極めるこの場で、冷静さを保っていた者はいるだろうか。
唯一と言っていいのは、場をもっとも掻き乱した張本人であることは間違いなかった。

最初は逆光で見えなかったが、徐々に露わになるその相貌は息を呑むほど波風ナルとそっくりで。
ただ違うと言えば、似ているようで違う青い蒼い碧い双眸。

波風ナルの瞳が澄み渡った青空ならば、彼の眼は何者をも寄せ付けない深く昏い海の底を思わせる。
困惑・戸惑い・疑惑・懸念。
様々な感情を一身に受ける存在は、平然とその場に降臨していた。


「────うずまき、ナルト……」

今や木ノ葉の英雄となった波風ナルとそっくりの面差しの彼は、勢揃いした木ノ葉の忍び達に取り囲まれても笑顔を絶やさない。それどころか余裕そのもののその態度が気に食わなくて、犬塚キバは吼えた。


「へっ、随分余裕だな。たったひとりでこの人数に勝てるとでも思ってんのかよ」
「その通りだ。飛んで火にいる夏の虫とはこのこと」


キバに賛同した油女シノが頷く。

犬塚キバ,油女シノ,日向ヒナタの第八班。
日向ネジ,テンテン,ロック・リーの第三班。
山中いの,奈良シカマル,秋道チョウジの第十班。
そして、もはや一人しか存在しないが、第七班の波風ナル。

木ノ葉の忍び総勢十人。
それもただの忍びではなくそれぞれが特技と特殊な秘伝の術を受け継いでいる、選りすぐりの集まりだ。
故に孤立無援の相手を捕縛するなど、普通ならば造作もないこと。

たったひとりを十人で取り囲む。
四面楚歌であるこの状況は、見るからに此方に有利で、彼方には不利だ。
それどころか、絶体絶命であるはずなのに。


(……だというのに、この胸騒ぎはなんだ)

シカマルは油断せず、ナルの双子の兄だと名乗った人物を見据える。
彼は多勢に無勢でありながら焦燥感を微塵も感じていない。
依然として微笑むその姿勢が逆に不気味で、木ノ葉勢は手を出しづらく、膠着状態が暫し続いていた。

そんな、張り詰めた緊張の糸を、澄んだ声が断ち切る。

「……増援はもう、呼ばなくていいのかな?」


朗らかに、まるで今日の天気を訊ねるかのような物言いで、ナルトが軽く小首を傾げる。
月の光が地上へ降り注ぐような明朗さでありながら、明らかに扇動する口調だった。


「まぁ、どちらにしても犠牲者が増えるだけだけど」

それが引き金だった。




「…ッ、言ってくれるじゃねェか」


無意識か、無自覚か、或いは意図的か。
煽るようなその一言に、元々沸点が低いキバが口角を吊り上げた。
口の端から覗く犬歯が鋭く光り、同時にキバの相棒である赤丸が主人に従って、キバそっくりに変化する。

「すぐにその減らず口利けなくしてやんよ…ッ、【牙通牙】!」
「…っ、待てキバ!」


シカマルの制止の声を振り切って、キバが赤丸と共に攻撃を仕掛ける。
回転しながら敵を破壊し尽くす【牙通牙】。

破壊力抜群の猛攻がナルト目掛けて突撃する。
白煙が立ち上った。

回転しながら最初の立ち位置に戻ったキバは「へっ、ざまぁねェな」と得意げに嗤い、そのまま相棒である赤丸へ同意を求めようとして、はたと気づく。



「探し物はこの子かな?」

白煙の向こう側。
朦々と立ち上る煙に映る人影が、ゆらり、と揺らめいたかと思うと、次の瞬間には、キバの隣に立っていた。

呆然と立ち竦むキバの視線が動くより前に、その腕に慣れ親しんだぬくもりが手渡される。
昔と違って今や大型犬である赤丸をまるで重さを感じないように軽々と。
すれ違い様に赤丸をキバの腕に返したナルトへ、今度はリーが踵落としを決めにかかった。


「赤丸…!」
「だ、だいじょうぶ…気絶してるだけ、みたい…」


急いで相棒の様子を窺うキバに、【白眼】を発動させたヒナタが安心させるように告げる。
外傷もない。
ただ、意識を失っているだけである赤丸にほっと安堵するキバの背景では、リーとナルトの激しい体術戦が繰り広げられていた。


完全に不意打ちだったリーの踵落としを、軽く首を巡らせてナルトが回避する。
暴風を思わせる鋭い蹴りを立て続けにリーが放つ。
胴体を狙ったが、それを見越してナルトは後方へ軽く身を退けることで、その蹴りを避けた。
リーはくるっと勢いよく回りながら地に手をついて、今度はナルトの顎先を狙って蹴りを入れる。
その爪先が掠める直前で顎を引き、身を仰け反ってリーの攻撃範囲からひらりと逃げたナルトは、ふわりと花の蕾が開花するかのように微笑んだ。



「…以前の君は、もっと動きにスピードと切れがあったけど」

気のせいだったかな? とわざとらしく小首を傾げられ、リーは苦笑を返した。


「……よく言ってくれます…」



中忍予選試合。
うずまきナルトとロック・リーは第二回戦でぶつかった。

その際、ナルトは幻術でリーを戦闘不能にし、彼を昏睡状態に陥らせたのである。
だから永い間、眠っていたリーは目覚めた後、かなりの期間、リハビリを余儀なくされた。
故に。

「恨んでいるワケじゃありませんが…キミのお陰で少々大変な目にあいましたよ」


【八門遁甲】の後遺症且つ、精神的打撃を受け、暫く目覚めなかったリーは医療忍術のスペシャリストである綱手によって眼を覚ました…と思われてはいるが、本当は綱手が医療忍術を施す前に、ナルトが手を施してリーの目覚めを促していた。


しかしながら、そうとは悟られず、「…そうか」とナルトは微かに笑ってみせる。
それを肯定と見て取って、聊か怪訝な顔つきになったリーの両隣から日向一族の二名が飛び出す。



片や日向一族の宗家たる日向ヒナタ。
片や分家でありながら『日向家始まって以来の天才』といわれる日向ネジ。

「「柔拳法【八卦・六十四掌】!!」」




双方から同時に繰り出される日向一族の特異体術『柔拳』。
まるで合わせ鏡のように至近距離で忙しく動く二人の身のこなしは瓜二つで、更に繰り出される【八卦・六十四掌】の領域内から逃れるすべはない。
経絡系上にあるチャクラ穴である『点穴』を六十四箇所をも突く奥義を、ひとりだけでも厄介なのに、ふたりなのだ。


コツコツとネジに【八卦・六十四掌】の教えを秘かに乞うていたヒナタは今回が初の【八卦・六十四掌】のお披露目である。
ネジと共に繰り出される苛烈な突きは二倍どころか二乗の威力がある。

その隙の無い八卦の領域内に囚われたナルトは、両者から繰り出される突きを、一身に受け続けている。
日向一族でなくとも素人から見ても、ネジとヒナタの怒涛の突きは完璧なものだった。



八卦の円の中心。
標的であったナルトはネジとヒナタの【八卦・六十四掌】を受けて完全にチャクラの流れを止められている。

今が好機だ、と意識を取り戻した赤丸と共に再びキバが空中で回転しながら突撃。
キバに倣ってチョウジが倍加の術で胴体を巨大化させる。

左から【牙通牙】、右から【肉弾戦車】。

左右からの猛攻に、間に挟まれた者は堪ったものではない。
圧死させる気満々の双方からの攻撃は、チャクラの流れを止められたナルトへ容赦なく圧し潰さんと迫りくる。






しかし、次の瞬間。





パンッ






何かが弾けるような音がその場に響く。
そしてその音と共に一瞬でキバ・赤丸、そしてチョウジの体は吹き飛ばされた。

「ガハッ」
「ぐぇ…っ」
「キャン…ッ」


吹き飛ばされ、背中をしこたま打った三者は痛みに呻くが、それよりも戸惑いのほうが大きかった。
同様に、その場の面々も今の一瞬の出来事に、皆言葉が出てこない。


何が起こったのか全くわからなかった。
ナルトはただ静かに立っているだけで何もしていない様子だ。
更に彼はネジとヒナタの【八卦・六十四掌】を受け、チャクラは扱えないはず。

それにも拘らずキバ・赤丸・チョウジは吹き飛ばされた。

冷静に見えて内心動揺しながら、ネジはピキキ…と白眼を見開く。
百m先を見通し、体内のチャクラでさえも見切るその特殊な眼を持つ彼はナルトを凝視した。


(この展開…どこかで、)

既視感。

どこかで見た光景だった。
どこかで感じた違和感だった。
その正体を見極めようと眼を凝らしながら、ネジは一歩、足を前へ踏み出す。

「チャクラを…使えないはずだ…」


何故、チャクラを使える?
何故、キバとチョウジは吹き飛ばされた?
何故、なぜ、ナゼ?


尽きない疑問の答えは、当の本人があっさり教えた。


「どうしてチャクラを扱えるのか、という顔をしているね」

ネジの視線に込められた疑惑を汲んで、ナルトは静かに言葉を紡ぐ。

「事前に把握していれば、どうということはない」



それはつまり。最初から知っていたということ。

どの点穴をネジが放つのか。
どの位置をヒナタが突くのか。

最初からどの場所を狙われるのか、前以て全ての攻撃を見切っていなければならない。
【八卦・六十四掌】で高速に放たれる攻撃を、それも二乗にも増えている突きが来るのを、完全完璧に見極める。
来るべき突きを僅かにズラし、攻撃を未然に防ぐ。
そんな芸当ができるはずがない。

だが現に、目の前の存在はやってのけている。
それどころか、左右からの攻撃を弾き飛ばしている。


一方でシカマルもネジと同じく、既視感を覚えていた。
ずっとナルトの影を捉えようと印を構えながら隙を窺っていた彼は、左右からの攻撃を弾き飛ばすナルトの術を、どこかで見た気がしたのだ。
それも、つい最近。

(…似ている)

そう。木ノ葉の里を壊滅させた、あのペイン六道。
その内のひとりであったペイン天道の術に。

そうだ、あの術。
斥力を操り、対象を弾き飛ばす────【神羅天征】。

あの術に似ていることにシカマルが思い至ると同時に、ネジも既視感の正体を思い出す。


かつて中忍試験にて、巻物争奪戦を死の森で繰り広げた時。
木ノ葉の第七班が音忍と対峙している最中、割り込んできた多由也とサスケが交戦した。
その戦いを止めたナルトに突っかかり、攻撃を仕掛けたサスケがいきなり吹き飛ばされる。
それと今の光景が重なって見えたのだ。


「…もう、終わりかな?」

ナルトを中心に、彼を取り囲む木ノ葉の忍び達。
誰もが躊躇する中、意を決して、いのが拳を地面に叩きつける。

五代目火影である綱手譲りの怪力。弟子であるいのの怪力が炸裂して、地が割れる。
地割れ。

ナルトの足元目掛けて奔る地面の割れ目。
地面の裂け目に足をとられる前に跳躍したナルトへ、今度はテンテンがクナイを投げつける。
巻き物に収集されている数多のクナイが一斉に槍の如く降り注ぐ。

投擲された数多の刃は空中では回避は難しい。
クナイが接触する直前、僅かに身を引いたナルトが全ての刃の軌跡の合間に身を投じる。

「うそっ!?」

武器の扱いに自信のあるテンテンの素っ頓狂な声が驚嘆を交えてその場に響く。
数多の刃の斜線を読み取るなどあり得ない。
それも自由に身動き出来ない空中で。

「【心転身の術】を使わなかったのは正解だったね」


カカカッ、とクナイが地面に突き刺さる。それ以外の武器は周囲の木々の幹に深く刺さった。

いのの怪力で割れた地面の裂け目や、罅割れずに済んだ地にも突き刺さる刃の雨。
針鼠の如く、地面にクナイが刺さるその様はまるで、数多の人間の墓標のようだ。

墓標の中心にいたはずのナルトの声が、耳元で聞こえて、いのは弾かれるように振り返った。

「地獄を見ずに済んだ」

すれ違い様に囁かれた言葉の意味を問う暇もない。
むしろ、心を覗く隙さえ与えない相手にどうしろというのか。


途方に暮れるいのを奮い立たせるように、シノが腕を前へ掲げる。
大きな袖口から溢れるようにして、ざわざわと小刻みに波打つ黒い蟲の群れが湧いてくる。

皮膚を破って後から後から湧いて出て来る【奇壊蟲】。
シノの一族が、この世に生を受けた瞬間から己の身に寄生させ、チャクラを与える代わりに戦闘に用いる、まさに一心同体で生きることを宿命づけられている蟲のことだ。

集団で獲物を襲い、チャクラを喰らう蟲の大群が波となってナルトへ襲い掛かる。
しつこくナルトを追い回す蟲の群れを操っていたシノの表情が、サングラスで目元を隠しているにもかかわらず、徐々に険しくなってゆく。

蟲の数が減っている。
代わりに、どこから迷い込んだのか、黒と白の蝶が蟲の群れの中に紛れ込んでいた。

当初少なかった蝶はやがて、シノの操る奇壊蟲よりも数を増やしてゆく。
ひらひらと優雅に舞っているだけのようだが、次から次へと奇壊蟲がボトボト、と地面へ落下してゆく。
妙な現象に常にポーカーフェイスであるシノも流石に眉を顰めたが、彼は一族の誇りを胸に勝利を確信する。


「俺の前で蝶を操るとは…良い度胸だ。なぜなら、」

油女一族は虫全般に強い。それは奇壊蟲を操るからではない。
虫の類ならば己の支配下に置いてしまうからだ。

「我々油女一族の前では無意味だからだ」

蟲を操る一族故に他の虫も支配下に置いてコントロールする。
つまりは、敵の得物である虫を己の駒へ変えて逆に襲わせることも可能である。

故に、虫である蝶々をシノが手駒にすることは造作もない。
そう、揺るがぬ自信がシノにはあったし、操れるという自負もあった。

しかし────。








「残念ながら、虫ではないよ」



【黒白翩翩・耀従之術(こくびゃくへんぺん・ようしょうのじゅつ)】

それは生を持たぬ、ましてや動くことなどできぬ黒白の百合の花弁。
黒き蝶と白き蝶に見えるそれは、二枚の花弁が重なり合っているだけだ。
呼吸するようにひらひらと踊るように飛ぶことで、蝶に見えるだけである。


ナルトを遠巻きにして取り囲んでいた木ノ葉の忍び達は、そこでようやっと思い知った。


あまりにも遠い。
彼への道のりが。彼との強さの差が。
足りない。
どうしようもなく。彼がいる高みへ上り詰めるだけの力が。

届かない。
途方もないほどに。彼と我々の間にある乗り越えられない壁が。


隔たりを実感する。
埋められない差を知る。
眼に見えない壁を目の当たりにする。

確かにこれは援軍を呼んでも無意味だ。
あの、はたけカカシでさえ、木ノ葉の忍びが全員束になっても敵わない。
そう思わせるだけの力を目の前の存在は持っている。


孤高の存在。高みに坐する人物。
それに対抗できる英雄はこの場にはひとりしか、いない。


波風ナル。仙術を扱える彼女ならば、或いは…。

しかし、今の彼女は。



(……こう言ってはなんだが、使い物にはならない、な…)

視界の端に捉えたナルの様子を見ながら、ネジは眉間に皺を寄せる。
仕方のないことだとは理解できる。
何故ならば、彼女は今しがた、衝撃的な事実を告げられたばかりだ。


うずまきナルトの双子だ、と。
彼の実の妹だと。
そしてナルの命を、彼女に宿る九尾を狙ってきた『暁』のメンバーのひとり、だと。


つい先ほど、ナルト本人の口から伝えられたばかりだ。
怒涛の展開と真実を聞かされ、茫然自失になっている彼女を誰が責められようか。

ならばやはり、我々でどうにかするしかない。





────だが、どうやって?





リーの息をもつかせぬ体術にも。
高速の突きを繰り出す【八卦・六十四掌】にも。
左右からの凄まじい猛攻にも。
地面を割り足場を崩す怪力の威力にも。
数多の隙の無い刃の雨にも。
おぞましいほどの波打つ蟲の大群にも。


全てを悉く凌駕する相手に成すすべはない。
ネジの眼を以てしても、そう思わせる力がナルトにはあった。






なにが天才だ。なにが『日向家始まって以来の天才』だ。
天才を通り越し鬼才すら足元に及ばない。

自分はこんなに弱かったのか。
己の無力さを思い知る。
諦めてしまう。












けれど。




「────今だっ」


最初からずっと、諦めていない者がいた。















シカマルの号令で、気絶するふりをしていたキバと赤丸、チョウジが手に巻いた何かを引っ張る。
同時にテンテンもまた、地面に突き刺さった武器を手繰り寄せるように引っ張った。

すると、いのの怪力で割れた地面の地中から、武器に結わえられていたソレが露わになる。
透明なそれはチョウジとキバも握っており、更には周囲の木々の幹に突き刺さったクナイにも結わえられている。


鎖だ。
光の加減で見えにくいよう細工されている。

いのの怪力で割れた地面の影を利用し、シカマルが秘かに地中へ影を操って仕込み、テンテンの武器のひとつひとつに結び付けていたのだ。
ナルトの影を捉えようとしているふりをして、その実、テンテンから渡された鎖を秘かに、いのの怪力で割れた地中へ秘かに忍ばせ、更には気を失っているふりをチョウジやキバにさせ、彼らにも鎖の先を持たせた。


そして合図とともに引っ張る。
すると────。

「ほお?」


そこで初めて、感心めいた声をナルトがあげた。




地中から露わになった鎖。
それらがいつの間にか、ナルトの両手首、両足首にジャラララ…、と巻き付いている。

鎖の先は周囲の木々の幹に深く突き刺さるクナイや、力を持つチョウジやキバ、赤丸、そしていのが引っ張っており、まるで巨大な蜘蛛の巣だ。

空中に描かれた蜘蛛の巣の中心に囚われたナルトを前に、ようやっと構えていた印をシカマルは解いた。
ずっと最初からナルトを捕縛する為の布石を打ち、影に繊細な動きをさせ、ようやっとこうしてナルトを身動きできぬ状態にまで追い込んだ。


どれほど実力差があろうと、見えない壁があろうと、どうしようもない隔たりがあろうと。
その差を頭脳で埋め尽くし、壁をぶち破り、隔たりを近道で強引に届かせる。


そうやってなんとか鎖の蜘蛛の巣に閉じ込めたナルトを見上げる。
チャクラを使い過ぎて、これ以上の戦闘は無理だが、それでもシカマルはしっかり、とナルトの眼を真っすぐに力強く見据えた。


いつも太陽のように眩しく、青空の如く澄み渡る瞳の青を曇らせる波風ナルの代わりに。
そうして彼は、静かに。




「────これで、王手だな」









幕引きの宣言を冷静に告げた。



















「────いいや?」





























「チェックメイトにはまだ早い」





























幕は上がってもいない。
そう、ナルトは笑った。


蜘蛛の巣の中心で。
鎖で両手足雁字搦めにされている状態で。

悠然と微笑んだナルトは、直後、鎖の尖った先に親指を勢いよく叩きつける。
親指の腹が裂け、皮膚から垂れた血が一筋、鎖をつたってゆく。



次の瞬間。
白煙が立ち上った。




「…ッ、なんだ!?」

視界を埋めるほどの煙がナルトと木ノ葉勢の間に立ち込める。
けれど逃がすものか、と鎖の先をしっかと握りしめていたキバは、煙が晴れゆくにつれて見えてきたソレに、呆れたように唇の端を歪めた。



「ばーかっ!いくらそんなの【口寄せ】したって、逃げられるわけが…」
「……ッ、待て、そいつは…」

キバの言う通り、木ノ葉の忍び達の視線の先に現れたのは、ただの蝙蝠。
普通の蝙蝠と違って巨大な、それこそ、人間ひとり抱えて飛べるほどの大きな蝙蝠だが、既に蜘蛛の巣に捉えられている主を鎖から解き放つほどの力を持ち合わせているはずない。

逆に蝙蝠自身が鎖の蜘蛛の巣に捕まる可能性のほうが高いだろう。
ただの巨大な蝙蝠なのだから。

だが蝙蝠の生態を即座に把握したシカマルが注意を促すより早く。


蝙蝠は鎖にも蜘蛛の巣にも一切触れることもなく。
ナルトだけを上手く鎖の巣から解き放った。





「な、に……」


蝙蝠は獲物の位置を超音波で正確に捉えることができる。

鉤爪に獲物を引っ掛けることで巣である鎖に触れることもなく、自身を救出した蝙蝠の上へ軽やかに飛び乗ったナルトは、愕然とする木ノ葉の忍び達を一望した。

親指から流した血を使い、【口寄せの術】で呼んだ巨大な蝙蝠。
闇夜を思わせる蝙蝠の頭上で、ナルトは「楽しかったよ」と息ひとつ乱さず、微笑む。

反して肩で息をするほど疲労している木ノ葉の忍び達の顔触れを見渡したナルトの瞳が、未だに立ち尽くしたまま動かない波風ナルを捉えた。



「…英雄を気取っていただけか?」

寸前までの穏やかな声音とは打って変わって、押し殺したような低い叱咤が彼女を呼び覚ます。
のろのろ、と顔をあげたナルの瞳の青を見つめ返して、ナルトは更なる追撃を静かに投げた。

「随分と、腑抜けた英雄もいるものだな」



わざとらしい煽り文句。
けれどその一言が、沈んだナルの心に火を灯した。



キッ、と激しく睨んできた彼女の瞳の青が、徐々に明るさを取り戻してゆくのを見て取って、ナルトはふ、と唇に弧を描く。










「次は、期待しているよ」

木ノ葉の英雄の活躍を。














刹那、ナルトの真下で羽ばたく蝙蝠が闇を散らす。
否、巨大だった蝙蝠が小さな蝙蝠へと分裂したのだ。

普通の大きさの蝙蝠の集合体。巨大な蝙蝠に見せかけられていたそれらが、一気に蜘蛛の子を散らすように空を埋め尽くす。


一瞬で夜になったかと思わせるほどの闇が一斉に、木ノ葉の忍びの視界を埋めたかと思うと、次の瞬間には、その場にはもはや蝙蝠一匹残ってやしなかった。



















夜が、晴れる。

現実へと引き戻されたかのような青空の下、蜘蛛の巣の如く張り巡らされた鎖だけが鈍い光を放っている。


その鎖の中心。
獲物がいたであろう蜘蛛の巣は空白で、鎖が銀色に鈍い光を放つのみ。
まるで白昼夢を見ていたかのような錯覚に襲われる。



しかしながら獲物がいた証が其処には確かにあった。









鎖をつたう、赤。
確かに獲物がいたであろう証拠は、銀色の中で一際、異彩を放っている。





青空の下、沈黙が満ちるその場で。
鈍く光る銀に映える血が一筋。
















音もなく、滴下した。
 
 

 
後書き
もっと上手く書きたかったんですが…しくしく…
とりあえずここでやっと、【黒白翩翩・耀従之術】で花弁を操っていた伏線を回収しました。
この話の為に、あえて、でした。

あと、油女一族が虫全般支配下に置けるっていうのは勝手な考えなので、そこはご容赦くださいませ。
シカマルの影の使い方なども捏造多数です、すみません。



今年も大変お世話になりました。今年最後の話はナルト無双でした。
来年もどうぞ「渦巻く滄海 紅き空」をよろしくお願いいたします! 
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