渦巻く滄海 紅き空 【下】
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九十 めぐりあい
「我々火の国としては、木ノ葉の里の復興を全力で支援する」
急を要する会議。
木ノ葉隠れの里が壊滅した件で即刻開かれた会議は、火の国の大名はもちろん、木ノ葉隠れの相談役に加え、ダンゾウ・自来也・奈良シカクといった錚々たる面子が揃っている。
表向き木ノ葉隠れを案じて討論するその裏側では、陰謀が渦巻いているのを大名達は誰一人推し量ることができないまま、会議は進行していた。
「まずは予算を組んで…」「他国との緊張を…」と今後の方針を取り決めるざわめきを押し退けるように、ダンゾウがぴしゃりと言い放つ。
「それより先にやることがあるであろう」
静かな声量だが、あれだけ騒がしかった会議に、静寂と緊張が一気に奔った。
「新たな火影を誰にするか、だ」
(―――きた)
志村ダンゾウの言葉に周囲の者達が皆、心の中で固唾を飲む。
そんな張り詰める緊張を物ともせず、否、空気を読まずに、火の国の大名は呑気に扇子で仰ぎながら口を開いた。
「綱手が復帰するのを待てばよいではないかえ?」
「大名さま…綱手は現在行方不明です。襲撃の際に瓦礫に埋もれたか…生死は定かではありませぬ。行方が分からぬのでは里の方針もうまく決めかねますのでな…」
状況を把握できていない呑気な大名に、木ノ葉の里の相談役が丁寧に説明を返す。
だがその説明には、五代目火影でありながら木ノ葉の壊滅を防げなかった綱手への毒が暗に含まれていた。
「なれば今度こそ、自来也!おぬしに決まりじゃ」
ぱんっ、と膝を打った大名の視線が意気揚々と自来也に向けられる。
大名の期待に満ちた眼差しとダンゾウの苛立ちが募る視線を一身に受け、自来也は引き攣った笑みを浮かべた。
「何度も言っておるが、わしは火影のガラじゃ…」
「第一、奴には大蛇丸を引き入れた疑いがある」
毎回の断り文句を口にする自来也の返答に割って入ったダンゾウが、すかさず問題点を掲げる。
木ノ葉隠れを襲撃したペイン六道。応戦した波風ナルがペインと共に里から離れてから暫くして、戦場跡に現れたのは死んだはずの自来也と里のお尋ね者である大蛇丸。
自来也の生還に喜んだのも束の間、まさかの仇敵の登場に木ノ葉の忍び達は動揺が隠せなかった。
自来也の弁護があっても未だ猶、大蛇丸には疑惑の目が向けられている。
「だから何度も説明しておるだろう!大蛇丸はわしの窮地を救ってくれた!アイツがいなければ今頃わしは雨隠れの里の海の藻屑になっておる」
「だとしても奴が“木ノ葉崩し”の首謀者であることに変わりはない」
ダンゾウの正論に、自来也は一瞬、言葉に詰まる。
そこを、忍びの闇と称される男が見逃すはずがなかった。
一気に畳み掛ける。
「里に仇なす抜け忍を易々と連れ帰る男など言語道断。お尋ね者を連れ帰ってきたその責任を取らずして何が火影か。火影になる以前に、こやつには大蛇丸を監視する義務がある」
うぐぐ、と苦虫を噛み潰すような表情で自来也はダンゾウを睨む。
意趣返しとばかりにわざと余裕ぶった笑みを浮かべ、自来也は「よく言うのう」と口角を吊り上げた。
「大蛇丸を自分の部下として散々扱き使ったくせに、散々な物言いだの」
「はて?聞き捨てならぬな。そういうおまえは、里を潰した『暁』のリーダーの師匠だったようだな」
ペイン六道の本体である長門が自来也の弟子だったと調べ上げている【根】の創始者は、自来也の反論を一笑に付した。
「他国に同情し、戦力を与えた結果がこれだ!三代目の弟子である貴様の弟子が里の壊滅を許したのだ。三代目の甘い教えが里を潰したも同然」
「…ッ、三代目は関係なかろう!」
三代目火影の猿飛ヒルゼンに矛先を向けられ、たまらず立ち上がった自来也がテーブルを強かに打つ。
三忍の威圧に他の面々は一様に身体を強張らせたが、当の本人は鼻を鳴らしただけだった。
「――それならば、はたけカカシを推薦する!」
ダンゾウに一手を取られる前に、今まで機を窺っていた奈良シカクが声高らかに発言する。
よくやった、と満足げに目配せする自来也に反して、ダンゾウはギロリ、とシカクを睨んだ。
「ほほう。あの“白い牙”の息子かえ」
はたけカカシの父も有名な忍び故に、乗り気になった大名が他の面々の意見を聞く。
「名声も力も徳もある」「しかしまだ若すぎるのでは」「四代目火影のほうが若かった」と他の大名の面々が口々に頷き、ダンゾウの威圧で張り詰めていた空気が若干緩んだ。
「四代目は自来也の弟子で、自来也は三代目の弟子であったの。問題ないではないかえ」
身を乗り出してカカシを火影に任命しようとする大名に、ダンゾウは鋭く待ったをかける。
それは一般人に向けていいはずもない威圧感で、忍びの厳しさを知らない世界でぬくぬく生きてきた大名には耐えがたいものだった。
ビクリ、と身体を強張らせた大名に対し、ダンゾウはあえて至極丁寧に言葉を紡ぐ。
「今しがた述べたはずですが…?自来也の弟子が里を壊滅させたのだと…!」
感情を押し殺した声の響きには自分以外は認めないという頑なな意志が窺える。
言葉を噤んだ大名の顔触れを見渡しながら、ダンゾウは冷徹な視線を自来也にだけ注いだ。
「どちらにせよ綱手には里を壊滅させた責任・自来也には抜け忍を監視する義務・大蛇丸に至っては論外だ」
立ち上がる。杖をついているわりに、しっかりと背筋を伸ばした男はとても老齢とは思えない。
「三忍の時代は終わった。今こそ必要な火影とは…」
カツン、と床を強かに叩いた音が厳かに会議室に響く。
火影の椅子に幾度となく手を伸ばし、そのたびに横から掻っ攫われた忍びの闇はようやく日の光を浴びられる未来を夢見て、眼光鋭く言い切ってみせた。
「この最悪の事態の後始末をし、忍びの世界に変革を成す者…このワシこそ希代の火影!」
ダンゾウの威圧感に圧倒され、一瞬言葉を失った面々がハッと正気を取り戻した頃には、全てが終わってしまっていた。
ある意味、脅迫ともとれるやり方に異議を唱える間もなく、大名に火影に任命されたダンゾウは、唇の端を歓喜に歪める。
念願の火影の椅子。
その座をようやっと手に入れた忍びの闇はこの時初めて心の底から歓喜に震えた。
「おおっ、こりゃ木ノ葉もあっという間に復活できるな!」
ペイン襲撃ですっかり更地と化した木ノ葉の里。
其処では、現在、里人が力を合わせて里復興に奮闘していた。
というよりも、木遁を使える分、ヤマトの負担が半端なかった。
最初は見る影もなかった荒地が、ヤマトの木遁でみるみるうちに大木が生えてくる。
歓喜する人々とは裏腹に、木遁の使い過ぎでゼエハアと息を荒くしながら、「簡単に言ってくれますね…」とヤマトがぼやく。
ヤマトの木遁のおかげで木材が手に入り、盛り上がる里人達に反して、里の英雄は随分と沈んだ表情で顔を伏せていた。
「綱手のバァちゃんに話したいこといっぱいあったんだってばよ…」
行方不明となった五代目火影。
ペイン六道の本体である長門と対話し、見事解決して英雄となった彼女はしかしながら、綱手の姿が見えないことに心を痛めていた。
長門の【外道・輪廻天生の術】のおかげで死者は生き返っているだろうだから、綱手も生きているはず。
けれどその行方がわからないのであれば対処しようがない。
本当は元々誰一人死者がいなかった事実を知らないナルの落ち込んだ様子を見兼ねて、ヒナタがそっと精一杯励ました。
「だ、大丈夫だよ…っ、ナルちゃん…!綱手様は強いお人だから…!絶対すぐ帰ってくるよ…!」
ヒナタの励ましに少し心が軽くなったナルが顔をあげようとすると、聞き覚えのある声が自分の名を呼んだ。
癖のある挨拶に、勢いよく顔をあげたナルは、懐かしい顔触れに眼を瞬かせる。
「超久しぶりじゃのう!」
「波の国の英雄にまた会えて嬉しいよ、ナルの姉ちゃん!」
かつて波の国で出会った大工であるタズナと、同じく大工になったイナリ。
タズナとイナリを始めとした波の国の大工達は木ノ葉復興の為、そして昔の恩を返す為、急ぎ里に駆け付けてくれたのだ。
忍びの隠れ里を持たぬ、小さな島国である波の国。
かつては海運会社のガトーに乗っ取られ、大名ですら金を持っていないほど貧しかった小国である。
悪徳組織の長でもあったガトーに海運を独占されていた波の国民達は、遮断されている物流を活発化させる為、橋の建設を試みた。
波風ナルの活躍によって、ガトーから自らの国を取り戻した島民は、今現在島と大陸を結ぶ橋を無事開通させ、今では活気づいている豊富な水と緑に恵まれた国だ。
故にナルを始めとした木ノ葉の忍びには大いに恩義がある波の国の大工達は木ノ葉の危機を知って急いで駆け付けてくれたのだ。
見違えるほど大きくなったイナリに喜び、タズナとの再会に笑顔を取り戻したナルを見て、ヒナタは内心、ほっと胸を撫で下ろす。
いつも元気で明るいナルに憧れを抱いていた彼女は、大好きなナルが少しでも笑顔になってくれることがなにより嬉しかった。
「あれ?もうお着きになったんですか?」
波の国からのありがたい助っ人が到着したことに気づいたカカシがタズナに近づく。
前以て波の国から援助に来てくださると連絡は受けていたが、こうも早く木ノ葉の一大事に来てくれるとは。
「おお、カカシ!」と以前世話になったカカシの姿を認めて笑顔を浮かべたタズナだが、直後怪訝な顔で周囲を見渡した。
「サスケとサクラはどうした?あいつらとも挨拶したいんじゃがの」
タズナの質問に、気まずい顔でカカシはちらり、とナルに視線をやる。
途端に顔を伏せたナルに、おろおろするヒナタを視界の端で捉えて、カカシはなんとか誤魔化そうと視線を泳がせた。
「じ、実はその…サスケとサクラは…」
「ふたりならっ!」
だがカカシの言葉を遮ってナルがわざと明るい声をあげながら顔を上げる。
無理に笑顔を模って明るく振舞っているナルを、気遣わしげにヒナタは窺っていた。
「サスケとサクラちゃんなら、今ちょうど里外へ任務に出かけちゃっててさ…!また帰ってきたら挨拶してやってほしいってばよっ」
「そうかい。残念じゃのう」
ナルの話を聞いて頷いたタズナがイナリと顔を見合わせる。
なんとなく触れてはいけない雰囲気を感じ取って、彼らはそれ以上、踏み込んではこなかった。
「それより本当におっきくなったな、イナリ!」
ナルに頭を撫でられ、若干頬を染めながら「ね、姉ちゃんはその…お、女っぽくなったな…」とぼそぼそとしたイナリの呟きを、どこからともなく拾った木ノ葉丸が「あ――――っ!!」と大声をあげながら指をさす。
ナルに頭を撫でられている場面を目撃して、なんとなく面白くない木ノ葉丸はズンズン、とイナリに近づくと、ふんっと鼻を鳴らした。
いきなり睨みつけられ、ムッとしたイナリが「…なんだよ」と眉を顰めると、木ノ葉丸は「おまえこそなんだよっ」と鼻息荒く指差した。
「ナルねーちゃんと馴れ馴れしくしやがって!よそ者のくせに生意気だ、コレ!」
「はああああ!?ナルの姉ちゃんは恩人なんだから当たり前だろっ!おまえこそ何様のつもりだ!?」
額と額を小突き合わせて、ギリギリと歯噛みする。
ナルの弟ポジションという似たような立ち位置である両者は自分の居場所が取られると思って、お互いをライバルと認識した。
一方で木ノ葉丸とイナリに争われている当の本人は「二人とも急に仲良くなってすごいってば…!」と眼を丸くして拍手している。
完全に蚊帳の外になっていたカカシ・ヒナタ・タズナはナルのとんちんかんな発言に、脱力するのだった。
「アマル…!」
仮の火影室として臨時的に設置されたテント。
其処へ自来也と大蛇丸に連れられて木ノ葉の里へやってきた見覚えのある顔に、綱手の側近であるシズネは驚愕のあまり、一瞬、言葉を忘れた。
五代目火影である綱手が行方不明になり途方に暮れていた頃の来訪者が、まさか自分の妹弟子だなんて夢にも思っていなかったのである。
アマルは、綱手が五代目火影に就任する以前に旅を共にしていた子どもだ。
医療技術に長けている為、綱手が弟子にした彼女は、シズネにとっては妹弟子にあたる。
だから大蛇丸の甘言に惑わされ告別した時の哀しみは計り知れなかった。
妹弟子を可愛がっていたシズネも、綱手と共に、敵になってしまったアマルを日々案じていた。
故に、死んだとばかり思っていた自来也が生還し、更に仇敵であるはずの大蛇丸が何故か帰還してきただけでも理解が追い付かないのに、アマルの登場でシズネの思考回路は一瞬停止してしまう。
それでもハッと我に返った彼女は、不安げに立ち竦むアマルへずんずんと近づくと、いきなりその頬をピシャリ、と叩いた。
突然のシズネの突拍子もない行動に、ビクリ、と肩を跳ねあげる自来也の傍ら、なんとなく察した大蛇丸が「今はそっとしときましょう」と自来也を促して、その場から離れる。
テントから出て行った意外と空気の読める大蛇丸に軽く会釈をしたシズネは、急に頬を叩かれて呆然としているアマルを今度は力の限り、抱き締めた。
「あ、あの…」
「…綱手様はこんなものじゃ済まないからね」
言いよどみ、視線を彷徨わせるアマルを抱き締めながら、シズネはくぐもった声で脅し文句を口にする。
勝手に大蛇丸のもとへ行き、勝手に敵対し、勝手に木ノ葉にやってきた自分勝手な妹分を、シズネはビンタ一発で許したが、綱手は拳骨十発くらいは覚悟しておいたほうがいいだろう。
骨折しても文句を言うな、と暗に告げられたアマルは抱きしめられながら、しゃっくりを上げ始めた。
それはつまり、許すということ。
あれだけ勝手な振る舞いをして、あれだけ酷い裏切り行為をした自分を。
木ノ葉に受け入れると。
そう言っているも同然のシズネに、アマルの顔が次第に歪む。
大蛇丸のもとにいても『暁』にいても抑え込んでいた感情が、今、涙となって溢れ出す。
叩かれて赤くなったアマルの頬につたってゆく涙を見て、シズネもまた、再会の喜びに涙をぽろりと流した。
「…ナルちゃんには?会ったの?」
「…………」
ようやっと落ち着きを取り戻したシズネはアマルに訊ねる。
アマルとナルは、綱手を五代目火影になるよう自来也が説得している間、仲良くなった友達だ。
けれどシズネの質問に、力なくアマルは首を振る。無言の返答を受けて、普段は優しくておとなしいシズネにしては珍しく、アマルを厳しく叱りつけた。
「ナルちゃんはずっと貴女のことを案じていたし、今もずっと心配している。会って、ちゃんと話さないと」
シズネの厳しくも正しい叱責を受け、暫し無言で顔を伏せていたアマルは随分間を置いてから、ようやく小声の本音を絞り出した。
「………合わせる顔がない」
そうだ。合わせる顔がない。
あれだけ敵になると明言しておいて。あんなに傷つけておいて。あれだけ明確に敵対しておいて。
今更。
唇を噛み締めて項垂れるアマルにシズネが話しかけようとしたその時、「失礼」と見知らぬ誰かが声をかけてきた。
仮の火影室である臨時のテント内へ足を踏み入れてきた女性は、木ノ葉では見慣れない顔。
怪訝な顔をしつつも寸前までアマルとの再会に涙していた顔を引き締めて、火影の側近としてシズネは対応に応じた。
「お取り込み中、失礼する。火影様に面通しをお願いしたい」
雲隠れからの使者。
彼女は雷影からの手紙を預かってきたと訪問理由を告げるや否や、肝心の火影がいないことに顔を顰める。
一方、突然の訪問に同じく怪訝な顔をしつつも、シズネは火影の側近としてその手紙を預かると申し出た。
後方で双方のやり取りを窺っていたアマルは、五代目火影たる綱手が行方不明だと雲隠れの使者に説明するシズネの話を聞いて、飼い主同様久々に再会したシズネの飼い豚であるトントンを抱っこする力が強くなる。
トントンがもがき苦しんでいるにも気付かず、彼女はシズネと雲隠れの使者とのやりとりに耳を傾けていた。
「ならば火影の代理の方でもいい。手紙をすぐにでも見て返事をいただきたい。雷影は急いでいます」
「しかし…」
「その手紙はワシが拝見いたそう」
催促する雲隠れの使者との会話に、困り果てていたシズネは急に割り込んできた男の姿を見て、眼を見張る。
無遠慮にテントへ入ってきた男は忍びの闇と称され、五代目火影ともよく衝突していた危険人物。
綱手がいない今、会いたくない相手の登場に青褪めていたシズネは更なる発言に益々血の気が引いた。
「…サスケか…やはりこうなったか」
うちはサスケが大蛇丸のもとへ送りこまれた木ノ葉のスパイだという真実を知る者は少ない。
五代目火影たる綱手とシカマル、そして風影の我愛羅。
小数しか知り得ない事実はたとえ裏の人間であるダンゾウも気づけない秘密裏な情報だった。
それが今回は裏目にでた。
サスケを始末する許可を下したダンゾウの発言を耳にして、部外者のふりを装っていたアマルはビクリ、とトントンを抱き締める力を更に強くする。
もがき苦しんでアマルの腕からたまらず飛び出したトントンを追い駆けるふりをして、アマルはテントから出て行った。
配下である【根】の忍びがアマルを追おうとするのを、ダンゾウが「捨て置け」と止める。
「どうせすぐに広まる話だ。今までの火影のやり方が手緩かった報いを受けねばならぬ」
普通、抜け忍は抹殺するのがセオリー。
穏便にはからっていた綱手の甘い考えを根本的に叩き折らねばならん、とダンゾウは眼光鋭く、木ノ葉の未来を案じる。
「新たな火影として、うちはサスケを抹殺対象とする」
やり方はどうであれ木ノ葉の里を大切に守ってきた忍びの闇にとって、抜け忍であるサスケは里の害でしかなかった。
「そっか。ヒナタがお世話してくれてたのか。ありがとだってばよっ」
「う、ううん…私こそ勝手にお世話しちゃってごめんね」
大工の仕事があるから、とタズナとイナリとは別れ、木ノ葉丸も仲間であるウドンやモエギに引き摺られて行ったので、今や、この場にはカカシとナルとヒナタだけである。
ナルとヒナタを微笑ましげに、しかし若干、女の子ばかりなので居心地悪そうに後方から眺めるカカシをよそに、彼女達は楽しげにお花談義に花を咲かせていた。
以前、中忍本試験に挑む前に【口寄せの術】を修得しようとしてチャクラ切れで入院した際に、ナルの病室にはいつの間にか色取り取りの花々が花瓶いっぱいに飾られていた。
その花を種類ごとに鉢植えに移し替えて丁寧に育てていたのだが、急な任務や長期で里を離れる際に、ナルは毎回、いのにお花のお世話を頼んでいたのである。
いのはお花屋さんのエキスパートだ。安心して任せられる。
ちょうど自来也と綱手を捜す旅に出かける際も、いのにお花を預けておいたのだが、なんせ数が数だ。
ヒナタからの申し出もあって、半分ほどの鉢植えを彼女にお願いしたといのから聞いて、ナルはいずれお礼を言わねば、と思っていたのだが、任務続きやら色々大変な時期が重なり、なかなか謝礼を述べられなかったのである。
ヒナタもヒナタでお世話しつつも、そのお花をナルになかなか返せず仕舞いだったので、ようやくナルに預かっているお花達のことを話せてほっと安堵していた。
「また近いうちに取りに伺うってばよ」
「う、ううん…悪いよ。私が持っていくよ…」
「お世話してもらっておいてそこまでは頼めないってばよ」
お互いに優しさの押し付け合いをしているナルとヒナタの良い子っぷりに癒されていたカカシだが、直後、突如知らされた報告に顔を引き締めた。
「いた、いた!おいっ!ナル!」
赤丸に乗って急いで駆けてきたキバが、ナル・ヒナタ・カカシを呼び止める。
何事か、と振り返ったナルに向かって、焦った表情でキバは叫んだ。
「いいか…落ち着いて聞けよ!綱手様が火影を解任された」
「え…っ!?」
「俺も詳しくは知らねぇが、赤髪の見慣れない奴が教えてくれたんだ。嘘をついている匂いはしねぇし、臨時の火影室であるテントから出てきたから、たぶん間違いない」
赤髪の見慣れない奴というキバの言い分にどこか引っかかるものを覚えて、ナルは眉を顰める。
「六代目はダンゾウって奴らしく、その六代目は抜け忍として――」
けれど矢継ぎ早にもたらされる衝撃の事実に、ナルが口を挟む暇はなかった。
何故なら酷く焦った顔でキバが更なる衝撃的な事実を告げたので、それどころじゃなかったからだ。
「──サスケを始末する許可を出しやがった」
「……ッ!?」
あまりにも衝撃すぎて、言葉を失ったナルはしばし立ち尽くした。
ややあって、正気を取り戻し、「な、なんでだってばよ!?」と詰問するが、キバとてそれ以上の情報は得ていない。
呆然とした後、怒りのままにダンゾウへ直談判しようとするナルを「落ち着け」とカカシはすぐさま引き留めた。
「いきなり怒鳴り込んでも何の解決にもならないよ。冷静になれ」
「冷静になんてなれっかよ!サスケに手は出させねぇっ!会って話をつけてくるってばよ」
どう見ても冷静じゃないナルの変わり様は、先ほどまでヒナタとお花談義をしていたとはとても思えない。
確かに抜け忍は抹殺するのが定石。
サスケと共に里を抜けたサクラは、途中で連れ戻されたが今は木ノ葉の里の何処にいるのかカカシでさえ見当がつかない。
綱手だから穏便に図らってくれただけで、ダンゾウの言い分は忍びとしては正しい。
だが、かつて五代目火影の椅子を狙ったダンゾウから身を粉にして火影の座を守ったサスケの頑張りを、カカシは見過ごすことができなかった。
以前も綱手が火影に就任するまでの間を狙って五代目火影の座に就こうとしたダンゾウの思惑を、奮闘したサスケのおかげで阻止することができたのだ。
その頑張りを無駄にするわけにはいかない。
「俺が行くよ。おまえはあまりはしゃぐな」
怒りを抑え切れない様子のナルを押しとどめたカカシは、キバを促してダンゾウの居場所へ向かおうとする。一緒に行こうとするナルの腕を、ヒナタが必死にすがりついた。
危ない真似をしないでほしいというヒナタの視線を受け、渋々引き下がったナルの頭を軽く撫でて、カカシはキバと共に、地面を蹴る。
急ぎ立ち去ったカカシとキバを見送っていたナルが「くそ…サスケの奴…」と悪態をついていたその瞬間、ずっと様子を窺っていた忍び達がようやく動いた。
「――そのサスケってのについて色々教えてもらおうか」
「どうやらお友達らしいな、おまえ」
いきなり刀を突き付けられ、すぐさま飛び退いたナルは、ヒナタに迫りくる刀の切っ先を【影分身】で白羽取りした。
ほう、と二人組の片割れが感心するのも束の間、即座に柔拳の構えをとったヒナタへ、もうひとりの片割れが飛び蹴りをくらわす。
咄嗟に反応できなかったヒナタを庇って代わりに蹴りをくらった【影分身】のナルが消えてゆく。
白煙と化した自分の分身を前に、ナルはキッと激しく、突然襲いかかってきた二人組を睨みつけた。
「なんだってばよ、いきなり!?」
地面に激突しそうになったところをナルに助けられたヒナタが、【白眼】を発動させながら、目敏く相手の額当てを見て、狼狽した。
「雲隠れの忍び…?ど、どうしてこんなとこに…?」
雲隠れの忍びのマークが施された額当てを身につけている色黒の男女の二人組。
褐色肌の彼らは、木ノ葉の里では全く見覚えのない顔だ。
「お前達、さっきサスケの話をしてただろ!そいつの話を聞かせろ」
雲隠れの里からの使者。
雷影の使者として木ノ葉の里を訪問したサムイと共に、里を訪れたオモイとカルイ。
彼らからもたらされたサスケの話を聞いて、ナルの顔がみるみるうちに沈んでゆく。
サスケが連れ去った師匠のビーが生死不明だ、と語る二人組は居ても経ってもいられず、少しでも情報を得ようとしている矢先に、サスケの話をするナル達を見つけ、秘かに機会を窺っていたのだ。
流石にカカシがいる手前、強引に事を運ぶことが叶わなかったが、ナルとヒナタしかいない今が好機と思い、襲いかかったらしい。
「サスケについて知っていることを全て話してもらう」
忍術・能力・行動履歴など全ての情報を教えろと意気込むカルイとオモイを前に、ナルは暫し、思い詰めたように顔を伏せる。
やがて「…わかった。協力するってばよ」と承諾したナルに、ヒナタがおろおろと「な、ナルちゃん…」と戸惑い気味に引き留めた。
「大丈夫」
ヒナタを安心させるようにナルは笑顔を向ける。
けれどその笑みが無理に偽ったものだとヒナタにはすぐにわかった。
ナルはナルで、七班であるサスケとサクラが里抜けしたのは少なからず自分にも責任があると思いこんでいる為、何の関係もないヒナタを巻き込むわけにはいかないと決意していた。
「オレに任せてくれってばよ」
そう言い残し、オモイとカルイに人気のない場所へ連れて行かれるナルの後ろ姿を、ヒナタは心配そうに見つめた。
一緒に行きたかったが、ナルの有無を言わさぬ偽りの笑顔と覚悟に気圧されてしまい、一瞬、地面に足が縫い付けられてしまったかのように立ち竦んでしまう。
けれどすぐさま「み、皆に知らせないと…っ」とヒナタは地を蹴った。
大丈夫、となにもかも自分ひとりで背負おうとするナルを放っておくわけにはいかない。
カカシ、或いは賢いシカマルならどうにかしてくれる、と期待を抱いて、ナルが連れていかれた場所を【白眼】で把握すると、ヒナタは急ぎその場から離れる。
一方、人気のない場所へ連行されたナルは折しも、かつて初めて【多重影分身】の術を習得した小屋に連れて来られていた。
地面に何故か火事の痕が残る其処で、カルイはナルを小屋の壁際へ強引に押さえつける。
「さて…では早速、サスケについて詳しく話してもらおうか」
しかしながら、顔を伏せて思い悩んでいたナルはやがて、強い決意を秘めた眼でカルイを見返す。
空のように吸い込まれそうな青い双眸に、一瞬、気圧されたカルイは直後、ナルからの否定の言葉に青筋を立てた。
「…ごめん…やっぱりサスケを売ることはできないってばよ…」
「…っ、てめえ、今更…ッ」
額に青筋を立てたカルイが益々、ナルを小屋の壁に乱暴に押さえつける。
喉元を腕で押さえつけられ苦しげに喘ぐも、それでも無抵抗のままナルは唇を噛み締めた。
本当はナルの今の力ならば、こんな腕など振り払える。
仙人モードになればあっという間に蹴散らせる。
けれど彼女は何の抵抗もないまま、されるがままに、あえてカルイの暴行を受けていた。
「憎しみに任せてサスケに復讐しちまったら、今度は木ノ葉が雲隠れに復讐しちまうかもしれねぇ…やったらやり返す。その繰り返しが始まり、戦争になっちまうかもしれねえ…!」
今ならわかる。ペイン六道の本体であった長門の言葉が。
憎しみの連鎖。
その連鎖を断ち切るためにも、ナルはこの場で身体を張って、オモイとカルイの憎しみを自ら受け止めようとする。憎しみの連鎖を断ち切ろうとする。
けれど、頭に血が上ったカルイは、そんなこと知ったことではない。
「ふざけんな…ッ、都合のいいことばっかり抜かしてんじゃねぇ…!!」
サスケへの怒りと憎しみ、憎悪と恨み。全てを目の前のナルにぶつける。
思いっきり拳を振りかぶり、カルイは無抵抗のナルへ殴りかかる。
───その時 一条の金の矢が奔った。
「無抵抗の相手に…感心しないな」
何が起きたのかわからなかった。
気づいた時には、喧騒たるその場が静寂に包まれていた―ある青年の介入によって。
眩い金髪と、水晶のように透き通った碧の瞳。
両頬に髭のような三本の痣があるが、それすら愛嬌に見えるほどの端整な顔立ち。
絹のような白い肌に、漆黒の裏地とは真逆の純白の羽織をはためかせている。
男にしては華奢な造りであるため女でも違和感が無い。
青年を纏う異様な雰囲気。
一言であらわすなら【無】だ。
まるでその場に存在していないのかと見間違いそうになる。
しかし同時に青年は儚い美しさを印象づけた。そしてそれ以上に彼が静かに発する研ぎ澄まされた気配が、幻想的な青年の存在を確かに物語っていた。
それは一番最初の邂逅を彷彿させる再会。
初めて出会った場面を思い起こさせる出逢いだった。
「やめてくれないか」
時を忘れたその場は、青年の言葉で動き始める。
カルイの拳を受け止めた彼は、己の背後で呆然と立ち竦むナルを肩越しに振り返った。
突如介入した青年の容姿に見惚れているカルイには見向きもせず、優しげに微笑む。
「この子は俺の大事な――――」
似たようで違う。同じようで似ていない。
瓜二つのようで真逆の道を行く両者。
同じ日に生まれ、同じ時に産まれ、同じ世界に誕生したのに。
ボタンをひとつ掛け違えただけで、別々の世界を生きる、似て非なるもの同士。
お互いが鏡合わせのようで、遠く離れていた双方はこの時。
本当の邂逅を初めて果たした。
「大切な―――妹なんだ」
後書き
長かった…ほんっとうにここまで長かった…
【上】三話の邂逅場面とほぼ同じ文章をあえて使いました。
今回だけ特別更新でしたが、次回からまた月末更新に戻ると思いますので、ご容赦くださいませ。
今後もよろしくお願いいたします。
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