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魔法絶唱シンフォギア・ウィザード ~歌と魔法が起こす奇跡~

作者:黒井福
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XV編
  第226話:もう一つの銀腕

 甲板上の敵を輝彦に任せ、艦内での戦闘に加わった颯人。
 彼が艦内に足を踏み入れるとそこかしこから戦闘が行われている音が聞こえてきて、最初彼は何処から手を付けるべきかで迷った。

「くそ、連中好き勝手しやがる。どうする? どこから……」

 ジェネシスの魔法使い達の目的は分かっている。攫い損ねたキャロルを改めて連れ去りに来たのだ。となると、考えられる場所は1つ、アリスがキャロルを守っている医務室だろう。他の場所に出たメイジは全て囮であり、本命は医務室に向かっている筈。
 現在進行形であちこちで戦闘が行われていると言う事は、本部に残っている装者達は漏れなくあちこちで足止めを喰らっていると言う事になる。だがそれは言葉を言い換えれば、各所で抵抗を続け敵の戦力を分散させてくれていると言う事でもあった。

 そうとなればやる事は1つだ。アリスの元へと向かい、キャロルをここから連れ出して何処かに隠す。それだけで連中は目標を失い、ここからも撤退せざるを得ない。これまでに大分戦力を削られた連中は、無用な消耗を避けたい筈だ。

 颯人は一路医務室のある方へと向かっていく。その道中、艦内で破壊活動を行おうとしているメイジを見つけてはその都度倒し、襲われている職員が居れば彼らを助けた。急ぐ必要のある状況ではあるが、だからと言って襲われている味方を見捨てられるほど彼は非情ではない。

 食堂の前を通りかかった時、彼は食堂の一画に数人の職員がメイジ達に追い詰められているのを見て一も二も無く飛び込み、背後からメイジに攻撃を仕掛けた。

「何してんだお前らッ!」
「「ッ!?」」

 突然の背後からの奇襲。敵の動揺を見逃さなかった颯人は、動きの鈍い方を素早くウィザーソードガンで切り裂き蹴り飛ばして壁に叩き付ける事で無力化した。仲間がやられた事でやっと反撃体勢に入るもう1人のメイジだったが、その時には既に颯人はウィザーソードガンをガンモードにしており脇の下から銃口を向け背後のメイジに向けて発砲していた。ノールックで放たれた銀の銃弾は、それに気付き銃弾をスクラッチネイルで叩き落そうとしたメイジの爪の間をすり抜けて直撃。体勢が崩れた所で振り返った颯人の蹴りを受けて、カウンターにぶつかりひっくり返る様に厨房の中へと消えていった。

 一先ず襲われていた職員を救出した颯人は、近くで伸びているメイジにシールの魔法を使い魔力を封印した上で改めて助けた職員たちの事を見た。すると彼は、ここに居るべき人物が一人足りない事に気付く。

「ふぅ……ん? あれ? セレナは?」

 見当たらないのはセレナだった。普段はガルドと共に厨房に居る筈の彼女は、待機中もガルドが居ない時は基本的に食堂周りに控えている。彼女に用事がある時は食堂に行けば会えると言うくらいには、彼女の活動範囲は決して広くはなかった。
 その彼女の姿が見当たらない事に颯人が首を傾げていると、ガルド達と共に厨房で鍋を振るうコックの1人が口を開いた。

「セ、セレナさんだったら、ついさっき何処かに行っちゃいました」
「何処かって、この状況でかっ!?」
「は、はい。何か、急いでた様子でしたけど」

 思わず颯人は仮面の上から後頭部を掻いた。この状況で面倒を起こしてほしくなかったのだ。戦う力を持たないセレナが、こんな状況で艦内をうろつけば危険な事くらい本人が一番分かっている筈である。
 そう、分かっている筈なのだ。にも拘らず彼女は何処かへ姿を消した。その事に颯人は違和感を感じていた。

――セレナはマリアに似て懸命だ。考え無しに動くタイプじゃない。何か考えがあっての事か?――

 束の間悩む颯人だったが、厨房の中で物音が聞こえた瞬間思考を中断。素早く銃口を厨房に向け引き金を引くと、それと同時に立ち上がった先程のメイジの片割れが再び銃弾を喰らってもんどりうって倒れた。

「がっ!?」
「……今ここで考えても仕方ねえか。取り合えず、アンタらは奥に引っ込んで入り口をしっかり閉めておけ。今はどこもかしこもこんな騒ぎだからな。間違ってもあちこちで歩くなよ?」

 言われなくたってこんな状況で艦内をほっつき歩いたりはしたくないだろう。颯人の言葉に職員達は頷くと、食堂の奥の扉へと入り中から鍵を掛けた。颯人はそれを見届けると、厨房の中で伸びているメイジの魔力も封印してから改めて医務室へと向けて駆けていく。

 再び内部に入り込んだメイジを倒しながら艦内を進んでいると、途中で発令所の前で複数のメイジを相手に果敢に戦っている翼の姿を見つけた。

「ハァァァッ!」

 通常の刀形態のアームドギアを振るい、迫るメイジを相手取る翼。その顔には若干の焦りと疲れが伺えた。本部潜水艦は潜水艦としては広々としているレイアウトではあるが、それでもやはり武器を振り回して戦うにはあまり適しているとは言い難い。特に翼の場合は、刀剣と言う武器を扱う割には意外と攻撃範囲の広い技も多く、アームドギアを大剣に変形させて戦う事も出来るがそれも今は封じられているとあって戦いに著しく制限を設けられている状態であった。

 とは言え、彼女は昨日今日戦い始めたばかりの素人ではない。これまでに様々な戦いを経験し、その中で大小様々な刀剣を扱ってきた。当然その中には刀以下の長さの小太刀なんかも含まれる。翼は狭い艦内でそれを駆使して、時に影縫いを使って敵の動きを止めるなどの搦め手を交えながら着実に襲い来るメイジを1人ずつ倒していった。
 だがやはり大技の一つも使って敵を一掃できないのは厳しいのか、表情にはあまり余裕があるとは言い難かった。

「はぁ、はぁ、はぁ……くッ!」

 流れる汗を拭う事もせず油断なく周囲のメイジを見渡す。その時、額から流れてきた汗が一滴、彼女の目尻から滑り込む様に目の中に入った。目に汗が入ってきた事で、翼の体は反射的に片方の目を瞑ってしまう。
 メイジ達はその瞬間を待っていた。持久戦に持ち込んで彼女が隙を僅かにでも晒した瞬間、四方から一斉に彼女に向け襲い掛かる。

「あっ!?」

 目の中に汗が入ってきた事に一瞬意識を持っていかれてしまった翼は反応が遅れた。しまったと思った時には視界を埋め尽くすかと思う程にメイジ達が迫ってきており、迎え撃つのも間に合わない状況であった。

「くっ!?」

 思わず両手を上げ防御の構えを取る翼だったが、予想に反してメイジの攻撃は彼女に届く事はなかった。

〈バインド、プリーズ〉
「……え?」

 メイジ達が翼に襲い掛かる直前、彼女の危機に颯人は魔法の鎖を用いて翼とメイジの間を隔てた。鎖はメイジが触れると意志を持っている様に巻き付き拘束していく。そして動けなくなったメイジに、颯人は容赦なくシューティングストライクを叩き込んでいった。

〈キャモナ! シューティング、シェイクハンズ! フレイム! シューティングストライク! ヒーヒーヒー! ヒーヒーヒー!〉

 拘束されているメイジもそうでないメイジも、次々と炎の銃弾を受けて倒れていく。その光景を呆然と眺めていた翼に、ウィザーソードガンを油断なく構えた颯人がやって来た。

「翼ちゃん、大丈夫か!」
「あ、颯人さん!」
「悪い、甲板の方にもたくさん来ててよ。こっち来るのが遅れちまった」
「いえ、寧ろ感謝したいくらいです。先程は危ない所でした」

 翼から逆に感謝され、颯人は一つ頷く事で答えると現在の状況を端的に訊ねた。

「それで、中は今どうなってる? 俺は取り合えず途中食堂の方とかを何とかしてきたけど」
「あまりいいとは言えません。月読と暁、立花がそれぞれ各所に散らばって敵を迎え撃ってくれている所ですが、まだ戦闘が続いてるとなると……」

 敵の襲撃はまだ終わる気配を見せない。それはつまり、まだ連中は目的を達成できては居ないと言う事。それが分かっただけでも十分だと、颯人は当初の目的である医務室を目指した。

「分かった。連中の目的はキャロルだろう。俺はこのままそっちに行くから、翼ちゃんはここを任せるぞ」
「はい!」

 ここは取り合えず翼が居れば何とかなる。発令所の中には弦十郎も居るだろうから、最悪彼が出張ればなんとかなる。幹部はともかく、名無しのメイジ程度であれば彼なら片手でも十分に倒せるだろう。

 発令所を翼に任せて再び医務室に向かっていると、今度は研究区画へと入った。ここは了子やアリスがエルフナインらと共にシンフォギアや聖遺物に関する研究や調査、開発を行う区画であり、職員の人数自体は少ないがある意味でS.O.N.G.の中枢とも言える場所である。
 そこでは壁際に追い詰められた了子とエルフナインの2人を、調と切歌の2人が守っている最中であった。

「なんと、イガリマァァァッ!」
「えぇぇい!」

 切歌は以前トーマスホイットマーでの戦いで見せた、短く二分割にしたアームドギアを使い二刀流の要領で迫るメイジを相手取り、調は刃の突いたヨーヨーを使って決して広くない空間での戦いを繰り広げていた。過去の戦いの経験を活かして、同じシチュエーションでの戦いに見事に対応している。彼女達は普段自分達の事をあまり高く評価していないようだが、あの様子を見る限りそれは完全に杞憂な様に颯人には思えた。

――ま、若い内は悩むのが仕事ってね――

 2人が抱える不安や迷いは思春期特有のものだろうと颯人は結論付け、歳の割に爺臭い事を考えつつ彼女達の援護の為素早く近付くと背後からメイジ達を切り裂き隙を作った。

「オラッ!」
「「「「ッ!?」」」」

 突然の背後からの攻撃に面食らうメイジ達。一方切歌達は颯人の姿が見えていたので、こうなる事を予想して既に次の行動に移れるよう構えていた。

「隙ありデス!」
「ハァッ!」

 メイジが颯人に気を取られた瞬間、それを待っていた切歌と調が鎌と丸鋸を飛ばして残りのメイジを一気に蹴散らした。見える範囲の敵が動かなくなった事で、2人に守られていた了子とエルフナインも安堵の溜め息を吐く。

「ふぅ……一先ずこの場は凌いだと見て良いのかしら?」
「いえ、まだ戦闘自体は続いてるみたいです」

 耳を澄ませば、まだどこかで戦っている音が聞こえてくる。颯人がここに来るまでの間であと見かけていないのは響だけなので、考えられるのはそこだろう。とは言え、これからジェネシスが更に増援を寄こしてこないとも限らない。
 戦力と守る対手が分散してしまうのはあまりいい状況ではない。颯人は切歌と調に、了子達を発令所まで連れていくことを提案した。あそこであれば翼も居るし、ある意味でリーサルウェポンと言える弦十郎も居る。ここで引き籠るのに比べたら百倍どころか千倍、万倍は安全だ。

「2人共、了子さん達を発令所まで連れて行ってくれ。道中の敵は俺が粗方片づけてあるからそんなに苦労することなく辿り着ける筈だ」
「はい」
「了解デース!」
「あぁそれと、食堂に取り残されてる人達も居るから出来るならそっちも回収しといてくれ。隠れて閉じこもる様には言ってあるから今のところ襲われる心配はないだろうけど、念の為な」

 しっかり食堂に残してきた職員達の事も2人に託し、颯人は医務室に向かおうとした。だがその前に一度だけ、姿を消したセレナを見なかったか訊ねた。

「あ、そうそう。セレナが見当たらなくなったんだけど皆は何か知らないか?」
「セレナがッ!?」
「い、いえ……私達は、見てないです」

 セレナの行方が分からないと聞いて焦る切歌と調。だが了子は彼女の行方に心当たりがあるらしい。あまり慌てた様子もなく、彼女はセレナの凡その現在の居場所を口にした。

「多分だけど、アルドの居る所じゃないかしら?」
「母さんの所? 何で?」

 正直、颯人にはアリスとセレナの接点が今一良く分からなかった。フロンティア事変の時は呪いに侵され、その治療を受けてはいたようだがそれも今となっては過去の話。昔の絶唱の後遺症などを除けば普通に生活できる彼女が、今更アリスと接触する意味が理解できない。

 …………否、ちょっと待て。何故了子がそれを知っている? アリスと了子がセレナの事に詳しいと言う状況に、颯人は何か引っかかりを覚え彼女の事を凝視した。だが肝心の了子は、颯人からの視線を何処吹く風と受け流して明後日の方を見ている。明らかに何かを隠した様子に、颯人は何となくだが察した。

「……よく母さんが首縦に振ったな?」
「彼女の熱意に負けたんでしょ?」
「さいで……後でガルドとマリアにはちゃんと説明しておけよ?」

 颯人はそれだけを告げると、今度こそ医務室の方へと向けて駆けて行った。離れていく彼の後ろ姿に、今し方の会話の意味が分からない切歌と調の2人が首を傾げて了子の事を見た。

「あの、今のって……?」
「どういう意味デス?」

 2人の少女からの問い掛けに、しかし了子は小さく肩を竦ませるだけで答えるのだった。




***




 了子達の元を去り、段々と医務室がある区画へと近付いていく。戦闘の音は段々と大きくなり、時折聞き慣れた雄叫びのような声までが聞こえてくるようになった。

『おぉぉぉぉぉっ!』

 やはりと言うか、この声は響だ。これまで彼女の姿を見かけなかったが、その理由は彼女が医務室のキャロルを守る為に奮闘してくれているからに他ならなかった。確信を抱きながら颯人が医務室に向かう最後の曲がり角を曲がった瞬間、響に殴り飛ばされたメイジが彼の視界を埋めた。

「どわっと!?」

 咄嗟に角の裏に引っ込むと、コンマ数秒の差で彼が顔を出していたところをメイジが飛んでいく。その光景に彼は危ない危ないと冷や汗を流しつつ、改めて角を曲がり医務室へと向かっていった。
 医務室の前は決して広い空間ではないが、そこには甲板で見た時以来の人数の多さを誇るメイジが響と医務室に続く扉を取り囲んでいた。かなり纏まった人数に取り囲まれている響だったが、彼女は油断も隙もなく周囲を警戒し、メイジ達もなかなか攻めるタイミングを見極められずにいるようだ。

 これは響の戦闘スタイルが徒手格闘である事も関係しているだろう。こういうあまり広くない空間では、結局無手による格闘術が最も効果的となる。周囲の壁や天井も、上手く使えば足場として利用でき武器を持って動きを制限された相手からすれば脅威となるからだ。実際響の周囲に倒れているメイジはどれも手にライドスクレイパーを持っており、武器持ちが最優先で倒されている事が分かる。

 だが1人でこの人数を長時間足止めするのは響としても酷だったのか、彼女の顔にも疲労の色が見える。このままでは次第に押し切られてしまうと、颯人はガンモードのウィザーソードガンを乱射しながら響の隣に立ちメイジ達と対峙した。

「待たせた、響ちゃん! 大丈夫か?」
「颯人さん! はい、大丈夫です! キャロルちゃんには指一本触れさせていません!」

 颯人が心配したのはキャロルの事ではなく響の事なのだが、まぁそれは今はどうだっていい。ともかくまだキャロルが無事である事は分かった。

 2人が背中合わせになる様に医務室の扉の前でメイジ達と対峙すると、彼らの中に焦りが生まれたように見えた。響1人が相手でも抜ける事が出来ていないのに、この上颯人まで加わっては彼らにとって絶望的な状況と言えた。

 しかし彼らには撤退は許されていない。と言うより、そもそも撤退と言う発想にすら至らないだろう。ジェネシスの魔法使いはそう言う連中の集まりだ。そうある様にされている。

 ジリジリと包囲の輪を狭めようとしてくるメイジ達に、颯人も何時でも迎え撃てるようにと身構えつつどのタイミングでキャロルをこの場から連れ出すかを考えた。そこで彼は、本来ここで響と共にキャロルを守っている筈のアリスの姿がない事に気付いた。

「あれ? そう言えば、母さんは?」
「さぁ? 途中まで一緒だったんですけど、何かを見つけて何処かに行っちゃって……」

 響の話では最初ここはアリスと2人で守っていたらしいのだが、途中でアリスがこの場を響に任せて戦線離脱。それがつい先程の話であり、今彼女がどうしているのかは分からないとの事。

 アリスの不可解な行動に響が首を傾げていると、不意にメイジ達が包囲の輪を開いた。何事かと颯人達がそちらを見ると、そこにはもうメイジとしての姿を捨て去りファントムとしての姿を晒したベルゼバブと変身しているグレムリンの姿があった。案の定幹部はここに差し向けられたかと颯人が喉の奥から呻き声を上げると、グレムリンの口から楽し気な笑い声が聞こえてきた。

「やぁ、来ちゃった! 久し振りだね、明星 颯人!」
「こちとらもう二度とお前のツラは拝みたくなかったよ、クソ」

 顔を合わすなり早々に悪態をつく颯人だったが、グレムリンは全く気にした素振りを見せない。彼はそのままベルゼバブと共に悠然と医務室に近付き、迫る2人に颯人達が身構える。グレムリンは警戒心どころか敵意を向けてくる颯人達に対し、まるで人を食ったような笑みを浮かべながら近付きキャロルを引き渡すよう迫った。

「僕らがここに来た理由、もう分ってるよね? その向こうに居るキャロルちゃん、頂戴♪」

 まるでキャロルを物の様に言うグレムリンの言葉に、響が堪らず拒絶の言葉を口にした。

「ダメですっ! キャロルちゃんは渡せません!」
「ふ~ん、そっか~……それじゃあ、こっちに居るあの寝たきりのハンスって奴がどうなってもいいのかな~?」
「うっ!?」

 やはりと言うか、グレムリンは連れ去ったハンスを人質にキャロルの身柄を迫った。こうなると響には何も言えなくなる。彼女はキャロルを差し出す気はさらさらないが、かと言ってハンスを犠牲にするつもりも皆無なのだ。例え強欲と言われようとも、彼女はキャロルもハンスもどちらも助けたい。そんな彼女にどちらかを選べなどと言う話は酷であった。

 どちらかを選べないと言うのは颯人も同様であった。彼もキャロルを守りつつ、ハンスも、奏と未来もどうにか助け出せないかと頭を働かせる。しかしこの状況は正直かなり苦しい。グレムリンは口八丁でどうにかなる相手出ない事は肌感覚で分かる。そんな相手との交渉は難しいものがあった。

――クソ……どうする? どうやってコイツ等を切り抜ける?――

 今ここでキャロルを無理矢理連れ出そうとすれば、グレムリンとベルゼバブはその瞬間響きに襲い掛かる。最悪の場合そのまま連れ去られて新たな人質にされてしまう可能性も考えると、颯人としても迂闊な行動は出来なかった。

「さぁどうするの? 早く決めないと、ハンスって奴を見せしめにする事も出来ちゃうけど?」

 答えに窮する颯人を嘲笑うかのようにグレムリンが急かしてくる。すると最悪な事に、今の発言を扉越しに聞いていたのかキャロルが医務室から飛び出してきた。

「か、返してッ! ハンスを、ハンスを返してッ!!」
「キャロルちゃんッ!?」
「あぁ、くそっ!?」

 そのままグレムリンに掴み掛ろうとするキャロルを、颯人と響が咄嗟に掴んで引き留める。だがグレムリン達からすればキャロルの姿さえ見えればそれで充分であった。

 医務室からキャロルが飛び出した瞬間、グレムリンは隣に立つベルゼバブに視線を向け顎をしゃくる。それを合図に、ベルゼバブは空間を繋げてキャロルを自分達の方に引き寄せようとした。颯人がそれに気付き、ウィザーソードガンを向けて妨害しようとするもそれはグレムリンが投げた剣により防がれてしまう。

「させるか!」
「それ!」
「ぐっ!?」

 グレムリンが投げた剣は颯人を弾き、拘束が弱まった事でキャロルが一歩前に出てしまう。ベルゼバブがそんなキャロルの手を取り自分の方へと引き寄せようとした、次の瞬間…………

「Seilien coffin airget-lamh tron」

 周囲に響く歌声。聞き覚えのある声で、しかしあり得ない筈の歌が聞こえてきた事に颯人のみならず響までもが歌が聞こえてきた方に視線を向けてしまった。

「え?」
「今のは?」

 2人が歌が聞こえてきた方を見ると、そちらから2本のエネルギーで刃を形作ったビームダガーと呼ぶべきものが飛んできた。それは真っ直ぐグレムリンとベルゼバブに直撃し、意表を突かれた攻撃にどちらもキャロルを確保しようとする動きを止めてビームダガーが飛んできた方を凝視した。

「何ッ!?」
「誰だッ!?」

 グレムリンもこの展開は予想していなかったのか、珍しく驚きの声を上げる。

 誰もが驚く中、颯人達が視線を向けた先には2人の女性の姿があった。1人は颯人の母親でもあるアリス。彼女は既にファウストローブを纏っており、スペルキャスターであるハーメルケインを何時でも吹ける様に構えていた。

 問題なのはその隣。マリアとよく似たシンフォギアを身に纏ったその女性は、決意を宿した目でグレムリン達を睨み付けている。

 その女性の姿に、グレムリンが絞り出すような声で彼女の名を口にした。

「お前は……セレナ・カデンツァヴナ・イヴ……!」

 アリスの隣に立っているのは、マリアの妹でありガルドの恋人でもあるセレナ。その体には白銀に輝くシンフォギアを纏っており、マリアのそれに劣らぬ輝きを放っていた。 
 

 
後書き
と言う訳で第226話でした。

今回はある意味で王道と言うかありがちな感じですが、セレナのアガートラーム復活です。復活とは言いますが、実のところ完全な元通りではなく後遺症を抱えている彼女の為負担を極力抑えられるようファウストローブの技術も用いられたシンフォギアとファウストローブのハイブリッドな代物となっています。ここら辺の詳しい事はまた次回と言う事で。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。 
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