魔法絶唱シンフォギア・ウィザード ~歌と魔法が起こす奇跡~
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XV編
第221話:導きの笛吹き
街でアルカノイズが暴れ出し、奏達と別れた翼が未来とエルフナインをベルゼバブから守る為の戦いに臨もうとしていた頃、颯人は1人本部の中で何者かに操られたミラアルクとの戦闘を行っていた。
「んのやろっ!」
ただでさえ狭い艦内の通路で、ウィザードに変身した颯人はウィザーソードガンをソードモードにしてミラアルクの攻撃を迎え撃っていた。ミラアルクは背中の翼を両腕に纏わせ、怪物としか形容できない両腕を使って攻撃してくる。艦内への被害もそっちのけで巨腕による剛力を振るう彼女の攻撃を、颯人は蹴りや剣を使って巧みに防いだり受け流していた。
「くっ! そぉっ!」
しかし戦況は正直に言ってあまり芳しいとは言い難かった。理由は主に二つ。まず一つは前述したようにここが艦内だと言う事。ここで下手に派手な魔法を使ったりすれば、艦内設備への被害は免れない。故に颯人は必要以上の魔法を控え、極力通常攻撃でのみ対応する事を余儀なくされていた。
もう一つの理由は相手がミラアルクだと言うことそのものだ。母であるアリスの話を信じるのであれば、ミラアルクもまた1人の被害者であり可能であれば助けたい。奏最優先の颯人ではあったが、それ以外の人間を安易に見捨てられるほど非情な性格ではない為ミラアルクを助けると言う目的を持つアリスの事を考えると必要以上に彼女を傷付けるような攻撃は出来ず、結果として攻め手に欠いてしまい苦戦を余儀なくされてしまっていたのだ。
ついでにもう一つ挙げられるとすれば、今彼が変身しているのが通常のフレイムスタイルだと言う事だろうか。これがフレイムドラゴンやそれこそインフィニティースタイルであれば苦も無くミラアルクを制圧する事も出来たかもしれない。だがそれらの指輪は全て、査察官を黙らせる為の担保として手放してしまっていた。強化形態になる事も出来ず、通常形態で相手をするには、ミラアルクと言う相手は少々手強い相手であったのだ。
「ぐぅっ!?」
ミラアルクの巨腕が颯人に振るわれる。狭い通路でそれを完全に回避しきることは難しく、やむなく颯人はそれを正面から受け止め殴り飛ばされ背後の壁に叩き付けられてしまった。咄嗟に後ろに飛ぶ事で威力を下げる事には成功したが、それでも無視する事は出来ない程度のダメージに彼の口から思わず呻き声が上がった。
「ぐ、くそ……何でぇ、姑息な手を使うばっかかと思ってたが、何だかんだでやるじゃねえか」
颯人は素直にミラアルクの能力を称賛した。これが操られて彼女本来の意識を塗りつぶした状態での戦いだと言う事は分かっている。だがそれはつまり、彼女の心情を抜きにした肉体的なポテンシャルは通常状態のウィザードを凌ぐほどのものであると言う事を意味していた。恐らく彼女だけでなく、他の2人もその気になれば強化していない状態のギアの装者達ともいい勝負をしてくれるだろう。
そんな彼女達が、卑怯卑劣な手段に走り裏でコソコソしながら動き回る事を颯人は純粋に勿体ないと思ってしまった。
「コイツは、意地でもこいつら全員母さんの前に並べてやらないといけねえな。その為には……」
颯人は戦いの最中、チラリと周囲に目をやり監視カメラなどの位置をチェックした。被害は出来るだけ抑えようと努力しているが、これだけの騒ぎを起こせばいい加減輝彦も気付いてくれている筈。予定通りに動いてくれているならば――――――
「ッ!」
「と、ヤベ……!?」
一瞬意識を逸らした瞬間を狙われたのだろうか。ミラアルクが両腕を強化するのに使っていた翼を背中に戻したかと思うと、その翼を硬質化させブーメランの様に変化させるとそれを手に持ち斬りかかってきた。颯人はそれを素早く剣で受け止めるが、ミラアルクはその際に突撃の勢いを利用して体を捻ると颯人が攻撃を受け止めた部分を支点に蹴りを放った。攻撃を受け止める為に踏ん張っていた颯人はこの流れるような動きに反応が遅れ、やむなく体勢を崩して腕を使ってミラアルクの蹴りを受け止めた。
「くぅっ!?」
細身の少女にしか見えない見た目でとんでもなく重い蹴りを放つミラアルク。何とか踏ん張れた颯人だがこれで完全に動きを止められてしまい、その隙を見逃さなかったミラアルクは続いて空いてる方の手の爪を伸ばしてそれで颯人の鎧を引っ掻いた。ただの引っ掻きと侮るなかれ、自らを怪物と称する彼女の引っ掻きは、並の人間であれば容易く引き裂けるほどの膂力を持っていたのだ。その一撃が颯人の鎧に襲い掛かり、引っ掻かれた部分は4本並んだ傷をつけられ衝撃は鎧の下にまで及んだ。
「がはっ!?」
今の引っ掻きで踏ん張りも緩んだ。冷徹な戦闘マシーンと化したミラアルクは体勢が崩れた颯人をゴミを払う様に裏拳で殴り、殴り飛ばされた彼は通路の先の壁にめり込む勢いで叩きつけられてしまった。
「うぐぁっ!? ぐ、く……」
引っ掛かれ、殴られ、叩き付けられる。度重なるダメージに、颯人は変身こそ解けはしなかったがその場で膝をつき蹲ってしまった。
ミラアルクはそんな彼にゆっくり近付き、蹲って動かない彼の前に立つとブーメランに変化させた翼でトドメを指そうとする。振り上げたブーメランに照明が反射し妖しい光を放つ。
颯人が自身にトドメを指そうとしてくるミラアルクの事を睨み付ける中、彼女がブーメランを振り下ろした。如何に変身しているとは言え、これをまともに喰らえばただでは済まないだろう。
だが幸運の女神は彼を見捨ててはいなかった。或いは幸運ではなく必然だろうか。
振り下ろされたミラアルクのブーメラン。それを出し抜けに横合いから飛び出してきた輝彦が、変身もせずに生身で肘鉄をお見舞いし妨害した。
「ヌンッ!」
「ぐっ!?」
完全に颯人にばかり意識を向けていたミラアルクは、輝彦からの奇襲に対応できず脇腹に肘鉄を喰らい体をくの字に曲げて大きく吹き飛ぶ。受け身も取れず床に激突し咳き込むミラアルクを見ながら、輝彦はコートの襟元を正して軽く身だしなみを整えながら蹲る颯人に手を貸した。
「存外苦戦したようだな?」
「しゃーねーだろ、アイツ思ってた以上に強いんだよ。本気出せばあれくらいできるってのに、勿体ねえ。それより、父さんがここにいるって事は?」
「あぁ、向こうはそろそろ大人しくなってる頃だろ」
発令所では今頃、激臭のあまり査察官達が泡を吹いて気絶しているに違いない。毒ガスの類ではない為命に別状はないだろうが、あちらの状況を想像して颯人も思わず胸の中で十字を切った。勿論、胸の内とは言え形だけだ。胸の内で十字を切りながら、その顔は彼らに対してざまあみろと言う感情を隠しもしていなかった。
そんな事を考えている颯人に、輝彦は愛用の帽子を外すと中身を見せる様に彼の前に差し出した。
「あぁそれと、これもな」
そう言って差し出してきた輝彦の防止の中には、先程颯人が担保として査察官に渡したはずの5つの指輪が入っていた。何故輝彦がこれを持っているのかと言えば答えは単純で、先程颯人が査察官に変装して騒ぎを起こした際輝彦の誘導で査察官は受け取った指輪を一度取り出すとそれを乱暴に上着のポケットの中へと突っ込んでいた。それで輝彦は指輪のある場所を把握し、頃合いを見て騒ぎを起こしてどさくさに紛れて指輪を回収。ついでに査察官達が余計な真似をしない様にと閉じ込めて無力化したと言う訳である。
言ってしまえばこの程度の事でしかないが、この2人の恐ろしい所はこれを事前の打ち合わせも無く簡単なアイコンタクトだけで成し遂げてしまう事であった。颯人は自分の意図が輝彦に伝わっていた事を理解し、仮面の下で嬉しそうに破顔しながら指輪を受け取った。
「サンキュー! いやぁ、流石父さん。俺の考えをよくご存じで」
「何を言っている。お前の考えなんぞお見通しに決まってるだろうが」
颯人に指輪を渡しながら、自身も変身する為に左手の中指に指輪を嵌めハンドオーサーを反転させた。
「変身……!」
〈チェンジ、ナーウ〉
白い魔法使いとしての姿に変身した輝彦。そして颯人もダメージから回復し、呼吸を整えながら立ち上がった。これで状況は2対1。2人の魔法使いを前に、ミラアルクは唯一障害の無い後方へと後退りしながら身構えている。
颯人と輝彦もそれに合わせてゆっくりと迫りながら、どうやってミラアルクを拘束しようかと頭を働かせた。
「それにしても、面倒な事になったな」
「同感。コイツどうやって大人しくさせればいい?」
「まずは、あの首元の奴を何とかするべきだろう」
そう言って輝彦がハーメルケインの切っ先で指した先には、ミラアルクの首筋に張り付いている虫の様な何かの姿があった。ここに連れてきた時には気付かなかったので、本人も知らない内に何処かに隠れていたのだろう。それが本部と言うあちらからすれば敵陣のど真ん中に潜り込んだ時点で動き出した。なかなかに厭らしい手口だ。
「そう言う事なら……父さん、一瞬で良いからアイツの注意引き付けられる?」
颯人がウィザーソードガンをガンモードに変形させながら訊ねる。それに対して輝彦はハーメルケインの腹で左手を軽く叩きながら答えた。
「誰に物を言っている」
「仰る通りで。じゃ、頼んだ」
颯人の言葉を合図に、輝彦が一気にミラアルクに肉薄した。素早い動きで接近した輝彦に、ミラアルクもブーメランで対抗しようとするが次の瞬間彼女の視界から輝彦の姿が掻き消えた。
「ッ!?」
魔法も使わずにミラアルクの視界から姿を消したトリックは実に単純で、彼は僅かな体捌きでミラアルクの視線を誘導し彼女が次に彼が動くだろう先を予見して視線を動かした瞬間にそれと逆方向に動いて消えたように見せかけただけであった。言葉にすれば単純だが侮るなかれ、手品師として鍛えられた彼の体捌きに掛かれば突然視界から消えた様に見せかける事等朝飯前なのだ。
輝彦の姿を見失い動きを止めたミラアルク。その隙に彼は彼女の背後に回り、片腕を捻り上げることで彼女の動きを抑制した。
「颯人ッ!」
今が好機と輝彦が合図を送れば、その瞬間を待っていた颯人がウィザーソードガンの引き金を引く。放たれた銀の銃弾は輝彦は勿論、ミラアルクの体も傷付けないギリギリのところを通って彼女の首筋に張り付いた虫だけを撃ち抜いて見せた。首筋に張り付いていた虫が砕け散った瞬間、ミラアルクは体をビクンと震わせ糸が切れた人形の様に崩れ落ちる。
「う、ぁ……」
「おっと……」
力無く倒れそうになるミラアルクを輝彦が咄嗟に支える。見ればミラアルクは完全に意識を失っているらしく、目を瞑り静かに寝息を立てていた。その暢気な寝顔に、颯人は思わずその無防備な頬を摘まんで軽く引っ張ってしまった。
「ったく、人の気も知らずお寝んねかい?」
「操られて強制的に戦わされていたようだからな。普段はやらないような戦いに、体力を消耗したんだろう」
「えげつない事をしやがるぜ」
颯人は撃ち抜かれて砕けた虫の残骸を踏みつけ、小さく溜め息を吐く。そこで彼は、先に逃がしたアリスとキャロルの事を思い出し周囲を軽く見渡した。
「あ、そう言えば母さん達今どこだ? 確かハンスの奴が居なくなったって話だけど……」
「ん? どう言う事だ颯人?」
どうやら輝彦は発令所でのごたごたの方が忙しくて、アリス達が今どうしているかを知らないらしい。或いはアリスの方も、輝彦に事情を知らせる間もない程の状況に陥っている可能性もある。
情報共有の意味も込めて颯人が輝彦に詳しい状況を説明しようとしたその時、輝彦の持つスマホが着信音を鳴らした。どうやらアリスからの連絡が来たらしい。
「む、噂をすればだな」
「父さんもスマホ使うんだな」
「何を当たり前の事を言っている。別に魔法ばかりを使う訳ではない。もしもし、どうした?」
輝彦が通話に出ると、スマホの向こうからアリスの焦ったような声が聞こえてきた。
『輝彦さんですか! 緊急事態です!』
「何事だ? ハンスが消えたらしいと言うのは今颯人から聞いたばかりだが?」
努めて落ち着いて輝彦が応答すると、そこまで聞いているのであれば話は早いとばかりにアリスが捲し立てた。
『敵の狙いはキャロルさんかエルフナインさん、そして恐らく未来さんです! 風鳴司令によると、現在街で未来さんとエルフナインさんが翼さんに守られて危機的状況にあると……あっ!? キャロルさん、待って!?』
「アリス、どうした? 何があった?」
何やらひどく焦った様子のアリス。向こうもただ事ではない様子に、颯人は聞き耳を立てながら次の戦いの準備をしていた。
『すみません、一瞬目を離した隙にキャロルさんが外へ! 恐らく、ハンスさんを探す為かと!』
「えぇい、次から次へと。兎に角アリス、お前は風鳴 翼の元へ向かえ。場所は風鳴 弦十郎から凡そは聞いているだろ」
『分かりました! キャロルさんの方は?』
「それはこちらで何とかしておく」
そうして手短に次の行動を確認し合うと、輝彦は通話を切りスマホを懐に仕舞った。そして颯人の方を見れば、彼の方は何時でも準備できていると頷きテレポート・ウィザードリングを嵌めた右手を掲げた。
「準備できてるぜ。取り合えず奏の所に行けばいいか?」
「そうだな、そちらは任せる。あっちにも魔法使いが出張っているだろう。精々派手に相手してやれ」
「了解っと!」
〈テレポート、プリーズ〉
颯人が一足先に魔法で街へと向かう。それを見送って、輝彦はキャロルを探す為使い魔を召喚しそれを飛ばした後自分も本部の外へと向かった。
〈プラモンスター、ナーウ〉
「キャロルを探し出せ。見つけたら教えろ」
召喚したホワイトガルーダが一声鳴いて本部の外へと飛んでいく。輝彦はそれを見送ると、一度ミラアルクを医務室へと連れていきベッドに寝かせてから自身も本部の外へと向かっていくのだった。
***
本部潜水艦内での騒動が一段落した頃、街では翼とベルゼバブが激しい戦いを繰り広げていた。
「ハァッ!」
「フンッ!」
背後に居る未来とエルフナインを守るべく、勇ましく戦い剣を振るう翼。対してベルゼバブは、そんな彼女の奮闘を嘲笑う様に得意の簡易版コネクトとも言うべき時空を繋げる魔法で彼女の攻撃を空振りさせつつ、自分の攻撃は視覚から放つと言う戦法で彼女を追い詰めていた。
「脇ががら空きだ!」
「ぐぅっ!?」
「翼さんッ!?」
変幻自在、何処から来るか分からない攻撃を前に、翼は苦戦を強いられていた。これが普通に技巧による変幻自在な攻撃であればまだ対処のしようもあるが、ベルゼバブのそれは技巧云々の話ではなく魔法を用いたインチキな戦いであった。魔法で空間を繋げて翼の攻撃を明後日の方向へ逃すのは勿論、時には翼自身の攻撃で翼を攻撃する事もある。そしてもちろん、自分の攻撃を翼の死角へ移動させて完全に不意を衝く攻撃で追い詰める。
今までに戦った事のないタイプの攻撃をしてくるベルゼバブに、翼は体のあちこちを傷だらけにしつつもまだ膝をつく事無く立ち塞がっていた。
「はぁ……はぁ……」
「フフッ、そろそろ限界か? 邪魔をしなければ見逃してやるぞ?」
余裕を感じさせるベルゼバブの言葉に、翼は思わず歯噛みした。確かに、今の彼女ではこの魔法使いを相手に勝つ事は難しいかもしれない。だがしかし、だからと言って諦めると言う道理は彼女に存在しなかった。
「甘く見てくれるな、魔法使い! 例えこの身砕けようと、友の為、仲間の為に諦めるなどと言う選択が出来ようか!」
つまりは諦めるなどしないと言う事。いっそ愚かとも言える選択をする翼に、ベルゼバブは嘲笑を隠しもしない。
「フン、そうか。ならば勝手にしろ。お前の死をオードブルに、ウィザードやキャスター達を絶望と言うフルコースに叩き込んでやる!」
言うが早いかベルゼバブは剣を構えて刺突を放つ。もう今の翼にそれを防いだり躱すだけの力は無く、ただ迫る凶刃を睨み付けるしか出来ない。それでも彼女は僅かな可能性に賭ける様に、己の全身全霊を持ってその一撃に自身の刃を合わせて攻撃を逸らす事を狙い剣を振るった。
だがそれは明らかな誘い。本命はそうして剣を振るった事で出来た隙をつく事であった。それに気付いたエルフナインが制止の声を上げるが時既に遅しだった。
「翼さん、駄目ですッ!? 今は……!」
エルフナインの叫びも空しく、翼の振るった刃がベルゼバブの剣に触れそうになる。その瞬間、ベルゼバブは再び空間を繋げて翼の剣を空振りさせようと目論み…………
直前で周囲に笛の音が響き渡ったかと思うと、何事も起きる事無くベルゼバブの剣は翼の剣により弾かれ腕ごと頭上へと跳ね上げられてしまった。
「何ッ!?」
「そこだッ!」
予想外の事態にベルゼバブが唖然となっている隙に、翼は返す刃で剣を振るい腕を振り上げて無防備を晒す相手の胴を切り裂いた。思わぬ反撃にベルゼバブは回避も防御も出来ず、胴体を切り裂かれた痛みに悲鳴を上げた。
「ぐあぁぁぁぁぁぁっ!? な、何故だッ!? 何故、私の魔法が発動しないッ!?」
訳が分からないと声を荒げるベルゼバブ。その様子を見ていた未来とエルフナインは、直前に確かに響いていた笛の音に周囲を見渡した。
「ねぇ、エルフナインちゃん……今、確かに……」
「はい、僕にも聞こえました。今の笛の音は……」
2人が周囲を見渡していると、ベルゼバブに一撃お見舞いした事でやっと一矢報いたとその場に膝をつく翼の前にアリスが姿を現した。アリスは翼達を守る様にベルゼバブの前に立ち塞がり、その手には銀色に輝くハーメルケイン・レプリカが握られている。
ベルゼバブの前に立ち塞がったアリスは、ハーメルケイン・レプリカの切っ先をベルゼバブに向けつつ肩越しに背後を振り返り翼達を安心させようと笑みを浮かべた。
「すみません、救援に来るのが遅れました。もう大丈夫です」
「明星女史……ありがとうございます。ですが、あなたは颯人さん達のサポーター。あまり無理はせず、小日向達の避難を……」
傷付いた体で尚もベルゼバブの相手をしようと立ち上がる翼だったが、アリスはそんな彼女を優しく後ろに下がらせた。傍から見ただけで分かる、もう翼は限界が近い。そんな体で、これ以上幹部の相手をするのは不可能だ。
「それはこちらのセリフです。翼さんこそ、これ以上の無理は禁物です。あなたにもしもの事があれば、奏さん達が悲しみます」
「しかし、あなたは戦闘要員ではない筈ですッ! それなのに、敵の相手を任せるなど……」
「御心配には及びません」
自信を感じさせるアリスの言葉。何を根拠にそんな事を言えるのかと翼達が見ている前で、アリスはベルゼバブと相対しながらハーメルケイン・レプリカのリッププレート部分に唇を添えた。
「お忘れですか? 皆さんと会う前、私は輝彦さんと共に彼らと戦ってきたのですよ」
そう言うと、アリスはハーメルケイン・レプリカを剣としてではなく笛として使い、一音節吹き鳴らした。
その瞬間、ハーメルケイン・レプリカが光を放ったかと思うとアリスの体がその光に包まれ、その装いが大きく変わった。それまでは白衣と錬金術師のローブ姿を組み合わせたような恰好だったのが一変し、まるで修道服を思わせる様な所々に鎧を持つ姿となる。
それは正しく、錬金術師が纏う戦いの為の鎧……ファウストローブ。戦いの為の装いに着替えたアリスは、背後の翼達を守る様に片手を上げ形状を変化させたハーメルケイン・レプリカを軽く振るった。
「これが、ハーメルンの笛のファウストローブ。ジェネシス幹部ベルゼバブ、もう今までのようにはいきませんよ」
後書き
と言う訳で第221話でした。
やっとアリスのファウストローブが出せました。今までは生身で錬金術とハーメルケインの模造品で戦ってきたアリスですが、ここに来て遂にファウストローブ解禁です。使用する聖遺物は本作オリジナルの聖遺物ハーメルンの笛。輝彦が使うハーメルケインはこの聖遺物を使って作ったもので、アリスが使うのはその際に出た端材を用いた模造品でした。が、このままではいけないと言う事でアリスは結社時代に得た知識を動員してレプリカでしかなかったそれをファウストローブにまで昇華させた感じです。飽く迄も使用しているのは聖遺物の欠片でしかないので、ローブとしての性能はダウルダブラは勿論サンジェルマン達が使っていた物には遠く及びませんが、アリスのファウストローブはその性能不足を補って余りある特性があります。それについてはまた後程と言う事で。
執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!
次回の更新もお楽しみに!それでは。
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