ロミトラ対象、降谷さんの協力者になる。
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5.降谷さんの動揺。
----------------------------------- case : Morofushi
階段から落ちてしまってそれから腕が痛いと言ってる、という理由を作って彼女を整骨院で診てもらった。
彼女は相変わらず茫然自失状態だったんだけど、それは階段から落ちた恐怖が抜けないせいだろうと先生が勝手に納得し、ものすごく心配してくれていた。良い人だな。
肩だけでなく肘にも少し炎症があるみたいだった。随分か弱い。そんな子があんなのを構えていたなんて、オレの見間違えだったんじゃないかって考えたくなるんだけど、彼女のこの右腕の負傷原因を思えばその思考こそ現実逃避なんだと思う。
湿布や痛み止めなどを処方してもらい、ゼロのRX-7FDで運ばれる。
しかし、FDか。思わず笑みが浮かぶ。
やっぱり鬼塚教官のを見て気に入ったのか、それで無茶をやったのがよほど楽しかったのか。
まだ遠くない過去を思ってオレは目を細めた。
そのうちにとあるマンションの一室に案内される。
「へえ、こんなお洒落なトコに住んでたのか」
警察学校は全寮制だ。そこを出た後全ての連絡を絶っていた者同士、お互いの現在を何も知らない。
「違う」
「……あぁ」
はたからみれば情報の足りない会話。
けど配属先におおよその見当がついている今なら何となく察することができる。
ここはゼロのセーフハウスの一つにすぎないんだろう。
まだ卒業して一月も経っていないのにそんなものを持っているのは、既に何らかの任務に就いているためなんだろうか。
例えば、今は青い顔をして周りが何も見えていない様子の彼女に関わる何かとか。
ゼロはその彼女を気づかわし気に眺めながらその手を引いてソファに座らせた。そしてその隣に座る。寄り添うのはきっと彼女が心配なんだろう。微笑ましく思っていると、ゼロがオレに目配せをした。お前も隣に座れってことらしい。
もともと大勢招く設定のない部屋なんだろうな、ソファはこの一個しかない。
大人しくゼロを挟んで彼女の反対側に座る。なんだかそわそわした。大人三人並んでも幅には余裕があるんだけど、何でオレちょっと落ち着かないんだろ。
ゼロはそれから少しだけ考え込む様子を見せて、やがて何事か決心した様子で一人小さく頷き、彼女に話しかけた。
「お前自身が何なのか分かっていないうちは明かさないでくれとは言われたが、恐らく僕一人の手に負える事態じゃない」
言ってゼロはくいっとオレを親指で指してみせた。
「こいつは僕の最も信頼する男の一人だ。今からこいつも巻き込む」
勝手に決められたらしい。けどゼロの信頼は素直に嬉しいし、今まで散々メチャクチャやって来たんだから今度もメチャクチャやるだけだろう、って諦める。
ただ彼女はまだぼんやりしているのか、反応がない。
「……汀」
彼女は汀さんというのか。けれどゼロが名を呼んでも反応がない。
「汀」
やっぱり、反応がない。
ゼロは小さく嘆息した。
そして。
……あの。あのさ。
こっちからじゃ見えないんだけど、その姿勢はやっぱり、その……。
そわそわしたのはそういう雰囲気をオレが無意識に察知してたからなんだろうか。
少しして、ぴくりと彼女の身体が強張った。
「……お前は、人間だ」
彼女が息を詰まらせたのが分かった。
「これからどうするかを話す。だから、聞け」
少しだけ間が空いて。
「……は、い」
彼女の小さな返答が聞こえた。
ゼロが彼女としっかり目線を合わせる。
「ああいうことができるのをお前自身が知ったのは今日が初めてなんだろう?」
「……はい。だけど……こういうことができるの自体知らなかったのは、『できるようになった原因』があるとしたら、忘れてるわけで……本当に初めてなのか、自分では分からないです……」
あんなに呆然としてたのに、色々考えてたんだな。
「……もしかして、誘拐とか痴漢とかされそうになった時、相手を殺してたり、するのかな」
震える声でそう言って、彼女は自分を抱きしめるようにして縮こまっていた。
結構綺麗な子だから、そういう被害に遭いかけたのは事実なんだろう。……それらを『だから』とかで繋ぎたくないけどな。
しかしそうか、ここまで怖がっているのは……そういう可能性を考えてしまったせいなのか。
「そんなことしてたら事件になってる。お前のあれはそう静かなものじゃなかったしな」
お前のあれ。ゼロは彼女が実際に発砲した所を見たことがあるんだろう。
「誘拐や拉致等が成立してしまっても、お前はすぐに助けられた記録しかない。その能力の原因にあたりそうなものを覚えていないってことは、知らないうちに身体を弄られたとかじゃなくて、生まれ持った『ギフト』だろう。今まで銃なんて出てこなかったのは、相手が何らの犯人であろうと、誰かを本当の意味で傷つけようなんて思わなかったからだろう……お前のことだから」
本当の意味……? ゼロは彼女のことをよく知ってるんだろうか。
しかし彼女やっぱ誘拐とかの被害に結構遭ってるんだな……不憫だ……。
「……そんな、都合のいいことを、言ってもらえるような、存在じゃ」
「お前は、人間だ」
「……っ」
「そしてその力が他人を傷つけることを怖がっている。それだけで充分だろう」
いい加減聞き分けろ、面倒くさい、話を先に進めるぞ、とゼロは言うが、その優しさはオレにも、そしてきっと彼女にも分かっている。
「その力が怖いのは、他人を殺傷できるモノだってだけじゃなく、勝手に使ってしまうことを恐れるからだろう? だからこいつを巻き込む」
またゼロは僕を親指で指してきた。
「オレはいったい何をすればいい?」
苦笑しながら聞くと、ゼロはにやっと笑いながら振り返った。
「ヒロ、彼女の師匠になれ」
「……は?」
え、それはさすがに予想してなかった。
「僕はミドルレンジには自信があるがスナイパーにはそこまで明るくない。彼女に心理的な部分を教えてあげてほしい。無意識にとか勝手にとかで使ったりしない自信がつくまでは」
「結構な重責だな……けど、心理的な部分なら別にゼロだって」
「念には念を、だ」
「そ、そうか……」
押し切られてる気はするけど、巻き込まれる覚悟はしたし、今更だろう。
「……秋本さん」
しかしそこで、彼女がオレの知らない名前を呼んだ。
ゼロの偽名か? やっぱり彼女はゼロが何らかの潜入で関わることになった人間なんだろうか。
「こんな異様な力……私の監視って、もう一生解くわけにいかない、ですよね……? だから、そんなことをこのかたに頼もうとしてる。……そして」
彼女がひとつ小さく息を吸い込んだ。これから何か言うことのために、なんだろう。
「危ないことに、できるだけ関わらないように済まそうとしておられる」
「当たり前だろう、お前は、ただの一般人だ」
「いいえ。私は凶器です」
「……」
即座にそう言い切った彼女のそれは、卑下なのか、それとも。
「私は、自分が、怖い、です……だけど、こんな怖い自分が普通の生活に紛れることが、もっと怖い」
「……汀?」
「私に、この異常な力を、役立てられる場所を、くれませんか。多分、あるんでしょう?」
オレもゼロも息を飲む。
青ざめて震えていた彼女はすごくか弱そうに見えたのに、つっかえながらもそう言葉を紡いだ声には、どこか意志の強さを感じた。
「汀……!」
「間違った使い方をしてしまうことに怯え続けるのは、怖いです、そんなの、耐えられない。だから……正しい使い方を、私に下さい」
「……」
オレもゼロも、やっぱり絶句する。
彼女は居住まいを正す感じで座り直して、オレたち二人の方を向いた。
「私は悪いことをしました。それを探るために、秋元さんは私にロミトラ仕掛けなきゃいけなかったんでしょう? そんなことをしたからにはきっと、正しいことをする人なんだと、信じています」
すごく重要なことを言ってるんだと思うけど、ええと、今彼女は何を言った?
……いや、予想はしていたんだ。
していたけど、彼女自身がそう言い切ったことに驚きを隠せない。
ゼロも固まってるよ?
彼女は何でもないことを言ったつもりなのか不思議そうに首を傾げた。
やがてゼロがこほんと咳払いをした。それでオレも呆然から復活する。
「……君は罠だったと思ってるのか」
ゼロの眉間に皺が寄ってる。当たり前だろうなあ……。
彼女は眉尻を下げて苦笑した。
「昨日までの秋本さんと今日のあなたは、雰囲気が違いすぎます。さすがに夢なんか見てられません」
絶句するしかない。
オレはこの凍り付いた空気に耐えられなかった。
「昨日までの『秋本さん』ってどんなだったんだ?」
少し苦笑しながら言うと、ゼロにギッと睨まれた。怖いよ。
彼女は少しだけ考え込んでた。
「……もっと軽そうでした」
オレは思わず噴き出した。
「……ヒロ」
ゼロの視線が怖すぎる。
「いや、軽いゼロとか想像できなくてさ。真逆だろ」
ゼロも眉間のシワが深くなった。フォローにはなれなかったらしい。
「……ゼロ?」
言って彼女が首を傾げている。よし、ゼロが怖いから話題を逸らそう。
「うん。……ええと、その話をするには……」
偽名で呼ばれてるってことは本名は名乗ってないな。だからオレはちらりとゼロを見る。
はぁーとゼロは大きなため息をつき、目のあたりを手のひらで覆って天を仰いだ。
ゼロはソファに背を預けてぐったり、オレはクスりと笑い、そして彼女はオレとゼロとでちらちらと視線を往復させる。その状態が数秒続いた。
やがてゼロが復活して姿勢を戻した。眉間に皺を寄せて、一瞬目を伏せる。
「汀。……その道に進んだら、もう、戻れないんだぞ」
「そういうもの、なんでしょう?」
ふわっと笑って言った彼女は先程まで青ざめてたなんて思えなかった。
「……まったく……分かってるんだかいないんだか……!」
また、ゼロが大きなため息をついた。
けれど彼はすぐに切り替えたらしい。
「お前がぼーっとしてたから話が途中で止まってたんだ。お前自らが不穏分子にならないことを進んで望むなら、そして望む先を僕の紹介できるものに求めるなら──僕の正体を明かす」
彼女は一瞬目を見張り、そしてすぐに真剣な顔をして、小さく頷いた。きっと切り出した時にもう、決心はついてたんだろう。
そんな彼女に目線を合わせたゼロは、こちらからは見えないが、きっと同じく真剣な顔をしていることだろう。
「僕は──警察庁警備局警備企画課所属、降谷零。公安の警察官だ」
彼女は一瞬驚いたように小さく口を開けた。
そしてふっと笑う。
「……警察の、かただったんですね。『れい』の字は雨冠のこれですか、それでゼロ……」
彼女は零の字を指で宙に書きながら呟くように言った。
「うん、正解。けどゼロ、それオレの前で言ってよかったのか?」
「巻き込むことは決めたからな」
ゼロはそう言って不敵に笑った。
「なるほどな。じゃあ、オレも巻き込まれるからには明かしておこう。諸伏景光。所属は警視庁公安部。同じく警察官だ」
ゼロが苦笑する。
「……そっちだったか」
「ああ。いつかゼロに使われることになるかもしれないな」
「その時はこき使ってやるよ」
オレは肩をすくめて苦笑する。
彼女はまた少しぽかんとしていた。
「……お二人とも、警察官……えと……本当は明かしちゃいけない、んですか?」
彼女はきょとんと首を傾げている。
刑事ドラマとかスパイ映画とかそういう作品に興味が無かったりすると、警察に潜入捜査官とか居るなんて分からないのかもしれないね。特にゼロが言った部署に公安が関わってるのは、名前を聞いただけじゃ分からなそうだ。
「そうだ。下手したら命がかかわる。時に自分だけじゃない、大勢のだ」
彼女は目を見張った。
そして眉根を寄せて俯く。
「……そんなたいへんなことを話させて、ごめんなさい」
「こんなことで俯いてる場合じゃないぞ。お前はそれに加担する道を選んだんだからな」
彼女ははっと顔をあげた。
「さて、これからどうするかだが……何も身体を鍛えていないからな……来年警察学校に行くか? お前なら今からでも試験は通るだろう」
「やっぱり頭いいんだ」
「やっぱり……? まあ、彼女は一応海外留学して、おまけに飛び級で卒業しているらしいけど」
「一応って」
「い、一応……」
ゼロの言い様に彼女が可哀想になる。彼女自身も凹んだ様子を見せていた。
「いや、しかしだ……卒業したとして、お前のその力を知る僕たちのところに配属されるとは限らない。別部署になると面倒なことになる」
「確かに。身体鍛えるのが目的なら、それこそオレもゼロも一緒に見たらいいんじゃないか? わざわざ学校に行かなくてもさ」
来年度の入学までは半年近くあるからなあ。その前に二人で鍛えてあげたほうが話が早い気がする。そもそも、師匠になれって言ったのはゼロだろう? そしてオレだけでやる気はないからな?
「……えっと、できればご指導ください。他のかたに頼るのは、不安です」
「それはそうだよなあ」
さっきもそう言ってたしね。
ゼロがふっと小さく息をついた。そして、ニヤリと笑う。
「僕は、厳しいからな」
彼女は怯えるんじゃないかと思ったけど。
「はい……!」
ものすごく真剣な顔で即答した。意外だった。すっかりか弱いお嬢さんだと思ってたけど、失礼だったのかもしれない。
「体力も筋力もない。何もかもなってない。だから、最初はつらくなるだろう」
「私が悪い凶器にならないためなら、なんだってします」
切実な理由があるにしても、真剣に前に進もうとするその強い意志は好ましく思えた。
「だから、よろしくお願いします」
そう言って彼女が深々と頭を下げたから、オレも、ゼロも。
「「任せろ」」
しっかりと頷いた。
----------------------------------- case : Reincarnator
「それから」
降谷さんは眉間に皺を作りながら目を伏せる。
「捜査に関する情報は安易に無関係の人間の前で口にしちゃいけない」
「今回のロミトラのことですか?」
降谷さんがますます苦虫を噛み潰したような顔になってしまった。
「……ほんと……自分がそれに掛けられたかもしれないっていうのに、随分けろっと口に出すよな……」
「悪いのは私ですから」
何も知らないままの私だったらショックを受けていたのかもしれないけど、今の私はそうじゃない。
前世の記憶ってほんとチートだね。
「けど、ゼロさんは捜査のために秘密裏に動いていたんですよね。それを考えれば軽率でした。ごめんなさい」
「……分かれば、いい」
ふいっと降谷さんが視線を逸らす。
「あ……思わず言っちゃいましたけど、ゼロさんって呼んでしまっていいのでしょうか……?」
秋本さんのほうがよかった気がする。
けれど、諸伏さんが思わずといった様子でくすっと笑ってた。
「オレがそう呼んでたからつられたんだよね。ゼロ、どう呼ばれたい?」
「ゼロで構わない」
「ありがとうございます」
ありがとう? と降谷さんが首を傾げた。
「親しいかたの呼び方かなって……」
「ああ……気にしなくていい」
「オレもヒロでいいよ。むしろもしかしたら本名でガッツリ呼ばれるよりいいのかもしれないし」
「確かにな」
「わかりました。ありがとうございます」
まだまだ、お聞きしたいことがたくさん、です。
「それと……私の銃は所持を証明できないっぽいですが、一応銃を所持しても良い免許を取得したいと思うんです」
「なるほどな。悪くない」
降谷さんは頷いたのだけれど、
「やっぱりあれ……消えちゃうのか。見間違いじゃなかったんだな……?」
諸伏さんは戸惑っていた。無理もないですよね……。
「はい。……ヒロさんがご覧になったのは、スナイパーライフルっぽいのだけですか?」
あとからいらっしゃったみたいなので、と付け加える。
「他にもあるのか?」
「普通に出てきそうなのはマスケット銃みたいな物です。スナイパーの方はなんだかこう……充電が必要そうな感じと言いますか……すみません、自分でもあんまり分かっていません」
本当はアレの正体は分かっているのだけど、この世界にあのオンラインゲームは存在しなさそうだったし(そもそもスク◯ニがない)、そうでなくても説明のしかたが分からない。
私が何故アレを使えるのか分からないのも本当ではある。出典がゲームだから、私はゲームのキャラクターで、現実の人間ではないのじゃないかもしれない。その恐怖は、まだ消えてない。
加えてゲームでは抜刀納刀はあったものの常に装備されているものだったから、都合よく現れたり消えたりするのにも困惑してる。
ああいや、でも……抜刀しなければ表示されない設定はできたなあ……ってことは普段見えなくても持ってるってこと……? ほんと怖すぎるんだけど……!?
「マスケット銃……結構古風なやつだ。少なくともオレは扱ったことがない」
「多分、なので、違うかもしれません、けど……」
ゲームの設定ではそうだった気がする。
「あれって自由に出し入れできるのか?」
「どうなんでしょう。最初に出てきた時は必死で……訓練場は、的を撃たなきゃって意識があって……」
本当にトリガーは分からない。
「ふむ……目的があれば出すことができるのかな。例えば、オレたちに見せたい、とか」
「なるほどです」
見せなきゃ、と思った。すると、何故か使えるような、妙な感覚。今まで出てきたときと同じもの。
すると消えた時と逆で、光が集まっていったかと思うと、手の中にあの銃が現れた。
姿はガレアン・アンティークリボルバー。私がデザインを気に入って、ずっと投影していた物。
本当の中身はなんだったか覚えていない。けれど、使えたスキルがPvPのものだったから、あの仕様通り何を装備していようと性能は同じなのかもしれない。
「ほんとに出てきた……」
二人とも息を飲んでおられる。
「あのスナイパーライフルは?」
諸伏さんに聞かれて、アレが出てこないかと感覚を探る。
しかし。
「だめです。やっぱり充電みたいなことが必要なのかも」
あの技は、戦闘開始から90秒経たないと撃つことができない仕様だった。リミットブレイクという必殺技で、一発撃つと次までにまた90秒必要になります。
射撃場では教えてもらいながら拳銃を構えてた間に、確実に90秒以上は過ぎてたから出せたんだと思う。
「……ほかにも、使えるものがあったりする?」
「ええと……」
ほかに、使えるもの。
諸伏さんに聞かれて、また感覚を探してみる。
そうだ、あのゲームには様々なコンテンツがある。使えるのがこれだけとは限らない。
銃が現れた反対の左手に、丸いものが現れた。
これって……。
「ば、爆弾……?」
降谷さんも諸伏さんも警戒してか立ち上がって構えてしまった。多分沁みついた動作なんだろうな。
「……違う、みたいです」
私も立ち上がり、それを床にたたきつけた。
「ま、待て!」
降谷さんが慌てた声をあげる。家主さんだし絶対びびるよね、当然だ。いや爆弾かと思ったならびびるどころじゃないだろうけど。
しかし爆発なんてしないのはもちろん、床には傷一つできなかった。
「え、なんだこれ……!?」
諸伏さんが驚愕の声を上げた。
この階の間取りが丸々分かる感覚がする。
人が生活しているだろうにそういうのは視えず、間取り以外は何も分からなかったけれど。
これは、《 サイトロ 》だ。
今は同じ階の間取りが分かるだけで罠は見えないけど、設置されていたらきっと見えるんだろうな。
そして、騒ぎになっている様子がないことを考えると、パーティメンバー……恐らく私が『仲間』あるいは『味方』と認識している降谷さんと諸伏さんにしか見えていない。
「あとは……」
また左手の中に丸いものが現れた。
驚くどころか怖いかもしるないから、まずパーティを解散して、同じように床にたたきつける。
「……は? 汀?! どこだ!?」
降谷さんが慌てた声で私を呼んだ。
こっちは、《 バニッシュ 》。60秒間──あれ、20分になってる(ゲームの中ではそれくらいなのかな)、姿が見えなくなるため敵に感知されなくなり、罠も踏まなくなる。だけど《 スプリント 》という移動速度をあげるスキル以外を使用すると解除されてしまう。
そういえばPvPの《 スプリント 》って別のスキル使うまで永続だったよね。つよ……。
ええと、何かスキルを使わないとすぐには戻らないから……。
HPを回復できるPvPスキルの《 快気 》を使おうと考える。本当に使えて、そして姿が見えるようになった。
というかおかげで腕の痛みが完全に消えてしまった。ひええ……せっかく手当てしてもらったのに……。
二人が驚愕で固まっている。
これらは魔土器、魔科学器といって、ディープダンジョンで使うことができるアイテムだった。
こんなものまで使えるなんて。というか他にあった魔土器・魔科学器もほぼ全部使える感覚があって、ゲームでは3スタックしかせず使えば消耗する物だったのに、一個しかない感覚があるとはいえ使っても消えてなくならない。
めちゃくちゃチートだ……そしてファンタジーだ……。
在庫切れしないなら、多分さっきの《 サイトロ 》を使ってもDDみたいに宝箱が存在することはないのでしょう。そこから得られるのがこの魔土器等ですからね。
「なんだか……他にもものすごく色々使えそうです。なんなんでしょう……私本当に人間じゃなさそうです……」
電子データがSFちっくに実態化してるとか??
……泣きたい。
降谷さんが目元に片手を当てて天を仰いでいる。
諸伏さんは頭を抱えるようにしてうずくまってしまった。
「……これ、とんでもない味方ができたんじゃないか?」
少しして、諸伏さんが言った。
そういうふうにプラスに考えてくれたことが嬉しくて、私は息を飲む。また泣きそう。
「そんなふうに思ってくれて……ありがとうございます……やっぱり私、自分が怖いです。こんなの、間違った使い方したくない。本当に……私を、ただしく使っ……導いて、くれませんか」
使う、なんて言い方をしたらお二人を困らせそうな気がした。
降谷さんが、私に少し近づいて、そして、頭にぽすんと手のひらを置いて、ゆっくりと撫で始めた。
「そうか。怖い……よな。お前自身が一番怖いだろう……ビビってすまない。その責任、引き受けよう」
「……ッ」
本当に。このかたは人タラシだ。
抑えきれなくなった涙がぼろぼろに溢れてきてしまう。
更に、横からぽんと肩を叩いてくれる手がある。
「オレは巻き込まれたからな。その力に君が潰れてしまわないよう、心身を鍛えるのに、喜んで協力するよ」
この人たちは……人を泣かせるんだから。
「……私のこんなわけのわからないのを知ったのが、お二人で、よかったです……」
心からそう思う。
しかしその時だった。
「──────────────────!!」
あたまが、痛い。
私は座り込んだ。
「汀?!」
「汀さん!?」
二人が慌てて支えようとしてくれているのが分かったけれど。
まさか──!
これは、《 超える力 》、だ──!!
こういうふうに、それを頼ろうなんて思いもよらない時にしばしば勝手に発動して、その時々の状況にピッタリ嵌まるビジョンを見せてくれる異能。あのゲームではそれで情報を補完され助けられたことが数多い。物語の中でも重要視されている『特別』とされた力。
今は──降谷さんと、諸伏さんと、萩原さんと、松田さんと、伊達さんの姿が見えた。
他愛ない日常……とても眩い友情の日々。
「……っ」
クラクラする。
「汀!」
「だいじょうぶ、です……まだ、あったみたい」
この力のことも、きちんと伝えなくちゃ。
「え?」
「お二人には、仲のいいご友人が、他に三人いらっしゃいますか?」
二人は絶句していた。
「そして、この前の九月に、警察学校を卒業なさったところ、ですね?」
やはり二人は言葉もない様子だ。
そして、そういう時期なら。
これは超える力によるものじゃないけれど。
「──ご友人に、危ないことが起きるかもしれません」
「な……」
「何だって?!」
助けられるなら、助けたいよ。
私はコナンという作品自体箱押しだけれど、中でも警察学校組の大ファンなのだから。
「どういうことだ……!」
私はまだくらくらするのを抑えながら、お伝えする情報を選ぶ。
どうしても嘘も混ぜないと私てきにはいけないから、こういう時はやっぱり少し心が痛む。
「あなたがた五人の卒業式の様子が頭に映って……とっても楽しそうなのに、見ている私はわけもなくなんだか、不安で」
多分この程度しか伝えるべきじゃない、と思う。
今はまだ不確定なはずの未来が、口にしてしまったら確定してしまうような気がして。
前世だと思う世界の中では物語だったから起こることは覆らないけれど、ここは現実だと信じているから。
だから、萩原さんと限定するのも日付を伝えるのも避ける。
近日中にその現場に遭遇するのは松田さんも一緒ではあるのだし、心配なのは変わらない。
「じゃあ、誰が危ないかもしれないのかは、分からないのか?」
「はい……」
嘘を重ねる罪悪感。
けれど助けたいと思ったからには、これくらい耐えるんだ。
「ふむぅ……これまで散々色々見たけど、君が言ったことは全部現実に起きた。だからどれだけ不思議なことだろうといったん信じたいと思う」
「ヒロさん……」
ああ、本当にいい人だなあ……!
私は切なくなった。
「ありがとうございます……!」
他方、降谷さんはじっと俯いて何事か考えているようだった。
そしてやがて、ぽつりと呟いた。
「しかし、僕たちは表立って動くことはできない。アイツらに連絡することもできない。加えて……連絡できたとしても、アイツらは実際に目にしていないから、何をバカなことを言ってるんだと一蹴される可能性は低くないと思う」
「確かになあ……」
うーん、と二人とも考え込んでしまった。
「あの、こっそりその三人のかたの行動をしばらく窺うことってできませんか?」
「ふむ……」
本当に二人にそうしてほしいわけじゃない。降谷さんがさっき言った通りのことと、彼らはきっと、とても忙しいはずだ。
二人にこのことを明かしたのは、私が動きやすくしてもらえたりしないかなという打算からです。
加えて勝手に動いたとなるとより一層怒られると思うから、一枚噛んでもらって、ある程度状況を知っていてもらいたいのです。
そう。私は、怒られることをしようと思ってる。
萩原さんのためというだけでなく、自分のために。
「なあゼロ」
「……なんだ?」
「汀さんを、お前の『協力者』にしないか?」
「……む」
降谷さんの眉間に皺が寄った。
「多分、そうしたほうが守れることがあると思う。彼女の力は稀有だが……だからといって絶対安全というわけじゃない。今はまだ身体鍛えてないのもあるし」
「……一理、あるが……」
「……『エス』って、なんですか?」
公安について自体知らないと装った(決して二人の正体を察していなかったアピールのための補強だ)のもあるけど、協力者についてあまりよく分からないのは本当だ。まあ、本当に、作中に出て来るとはいえ表に出てこないことが多いっぽい公安自体、私は良く知らないのだけど。
『協力者』については映画で重要な要素として扱われていたこともあったけれど、どうしたらなれるのか、すぐになれるものなのか、なるにはどういう条件があるのか、具体的にどんな存在としてあればいいのか、などの詳細については、映画を見ただけでは私には分からなかった。
……自分の察しの悪さは自覚してるけど。
「一例としては、表立って動けない潜入捜査官のサポートをしてくれる人たちだよ」
諸伏さんがそう教えてくれる。
「そうなんですね」
映画でもあの人のために『協力者』の人が裏で懸命に動いていましたね。
「……しかし……それは……」
迷う様子を見せる降谷さんに、思い切って声をかけた。
「……危ないことから遠ざけようとして下さるお気持ちは、暖かくて、ありがたいです。だけど……私の覚悟を、軽いものにしないでください」
「……!」
降谷さんが目を丸くした。
「……生意気言って、ごめんなさい。今すぐなれるかは分からないけど、そのためのご指導、よろしくお願いいたします」
私はそう言ってお辞儀した。
降谷さんがたじろいでいるような気がした。
対して諸伏さんは穏やかな声で説明を続けてくれた。
「多分、『協力者』になるなら、情報を集めてそれを取得することが、無理筋じゃなくなると思うんだ。今回は多分、警視庁内でオレが彼らの出勤状況や、今何を担当しているのかを調べて、それを共有することになると思う。一般人への情報漏洩なら許されるべきことじゃないが……『協力者』なら、公安が守ってやれる」
「なるほど、それでなんですね……じゃあ、是非よろしくお願いします……!」
またペコリとお辞儀をする。
情報収集は難しいって言われると思ってたのに承諾されてしまいました……本当に頭が上がらない。
「けど、今日はもう遅くなってきたから、ひとまず明日だな。……ゼロ、汀さんを守るためでもあるんだからな?」
降谷さんはまだ、眉間に皺を寄せて目を伏せて、考え込んでいた。
「……明日は今回の件の報告もあるし、汀も公安に連れて行こうと思う。で……『協力者』の件を持ち出して取り調べをすっ飛ばす」
数秒の沈黙の果て、そんなことを言った降谷さんに私と諸伏さんは目を見張り、そしてどちらからともなく噴き出してしまった。
「今回は手土産もあるし、そっちに手がかかってうやむやになるかもしれないしな。……さらっと目を通した限り、結構な贈り物だ」
私が段ボールに詰め込んでたあれのことかなあ。いつの間に目を通したんだろう……。
「なんだか面白いことになってそうだな」
「面白くもなんともない。お前もこいつが無茶ばかりしてるのは想像がつくだろう」
「……あー……」
「……ふ、二人して何ですか」
思わず膨れてしまう。
「……あ、でもこれは、私的な調査になるんですよね、お仕事の邪魔にはなりませんか? 私透明になれるから、こっそり見に行けそうじゃないですか」
ゲームでは60秒間だったのが20分間になってたとはいえ、更新を忘れたら終わりだとは思うけれど。
本当に、お仕事の邪魔はしたくなかったのになあ……。
「合間にちょいちょいっとできることだから気にしないで。君がそれをやるリスクは大きすぎる」
「……リスク……そうですよね」
眉根を寄せてハの字にしてしまう。
萩原さんを助けたいのには私のエゴが大きく混じっているのに、諸伏さんの手を煩わせてそれを待っているだけなんて。
「……何事もなければいいなあと思います。私の気のせいだったらいいなあ……皆さんの記憶は、とても、眩しかったんです。無関係な私でも、いつまでも皆でいてほしいと、思いました」
思わずふふっと笑う。
「けど、私の気のせいだったりしたら、ヒロさんには無駄足を踏ませてしまうことになります。……それでも、いいんでしょうか……」
へへっと、諸伏さんは笑った。
「なんだかこそばゆいけど、そういう奴らのことだからこそ、オレは何でもやるよ」
「……やっぱりあなたがたは、眩しいですね」
そこに降谷さんが不安そうな声を上げた。
「そういえばそれ……どこまで視えたんだ?」
「あー……ご友人のお一人がヒロさんの写真にヒゲをかいてて、皆でわいわいなさってました。ただ……あんなに楽しそうだったのに、視て以来『何か不安』な感覚が続いていて……」
不安はこの時期ならと感じているだけだから、こう説明するのは嘘が混じっているのだけれど。何かが起こるかもしれないという印象は、持っていてもらいたいから。
「そうか、そんなに大量には分からなかったんだな」
「大量に分かっちゃったらプライバシーの侵害どころじゃないから、あんまり使いたくない力です……自分でどうにかできるのか分からないですが……あれは使わなきゃとか思ったんじゃなくて、勝手に起こったので」
「そうだったのか」
あの力は意図してぽんぽん使えるものではなく、それでも要所要所で主人公を助けてくれる。
「しっかし……髭かあ……」
諸伏さんが片手で顔を覆って、天を仰ぎ、くっくっくっと笑った。
「本当にきちんと『視えてる』のが充分わかったよ」
「というかお前、本当に生やそうとしてるよな、松田が描いた通りの不精髭」
「ふふっ、こうなったら制服なんて着ないしさ。なかなか男前だろう? これからもうちょっと整えていく予定だ」
制服警官は髭を生やしてはいけない、って決まりがあるんだっけ。それを私が知ったのはまさにコナンだった。警察官に化けて想い人を守ろうとしたアニメ回だったと思う。
多分その制服警官は~という関係で卒業式では突っ込まれてたんじゃなかったっけ。でも諸伏さんが『こうなったら』と仰ったように、今この時期お二人が既に公安に所属なさってるってことは、彼らに交番研修はなかったってことで……爆処にスカウトされた萩原さんと松田さんみたいに、この世界では公安からもスカウトされることがあるのかもしれないですね。
降谷さんは髭をアピールする諸伏さんに、にっと笑ってみせただけだったけれど、多分照れくさいか、言わなくてもわかるだろ的な何かで言葉にしないだけなのでしょう。
「おっし、明日からの行動がざっくり決まったところで……いい時間だし夕飯どうする?」
諸伏さんが言うと。
「作る。食べていくか?」
降谷さんが即答した。
「ああ! そういえばお前の腕が上がったかどうかが見たい!」
「ふふっ、君に色々と教えてもらったからな……あと多分、汀もなかなかできるはずだ。材料も色々と持ち込んでくれているし」
「へええ……楽しみ!」
というわけで皆で色々作りました。やっぱり降谷さんが作るのって和食が多いんだなあと思いました。諸伏さんが降谷さんに料理を教えるって言ってたのは警察学校編だったけれど、卒業して間もないみたいなのにもう板についているように見える。さすが何でもできちゃう系超人……。
そしてこれまでの経緯でこのお部屋にはお酒がいっぱいあるのです。
諸伏さんが酔い潰れてしまいました。
降谷さんはその姿を微笑ましそうに見ていた。
「掛け布団くらい持ってきてやるか」
今はもう十月末ですもの。お布団がないと寒いだろうな。
そして一枚掛布団を持ってきた降谷さんは、諸伏さんを軽々と抱え上げてソファに寝かせていた。
さ、さすがのゴリラさんですね……!
後書き
書いてる人は食に関する拘りがたいへん乏しいため料理に関する描写も乏しいです。物足りない。
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