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ロミトラ対象、降谷さんの協力者になる。

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6.降谷さんの激昂──phase:K.H.

----------------------------------- case : Furuya

 翌日、汀を伴って登庁すると、先輩は目を丸くしたあと吹き出した。
 そのまま、話をするのによく貸し切っていた小さな会議室に引っ張られる。

「何だ? 現行犯逮捕でもしてきたのか?」
「彼女は保護対象です。逮捕なんかしません」

 先輩はまだくすくすと笑っている。汀がおろおろしているじゃないですか。

「……先輩、これを見てください」

 僕は抱えていたダンボール箱を先輩の前に置いた。
 おう、と先輩は蓋を開けて中身を検め始める。

 笑いを引きずっていた先輩の顔が、途端に強張った。

「……これは」
「彼女は取り引き相手とのやり取りの中で気になったことをメモしていたんだそうです。そして、処分するようにと言われた資料を処分せず保存していた」
「ホォー……」

 先輩は顎のあたりに緩く握ったこぶしを当てて、考え込んだ。

「確保したあの男は口を割りそうですか?」
「今のところ有益な情報は何も。いかにも悪い奴っぽく悪態をついているばかりだ」

 はは、と、自分の口から呆れたような小さな笑いが漏れた。

「じゃあ、これらはとても重要な手掛かりになりますね」
「ハハ。とんでもなく忙しくなるな」

 先輩は肩をすくめた。
 そして。

「んで、こんなところに連れてきたからには……彼女にはバレたのか」
「違います。降谷さんは最後まで『秋本さん』でした。私にはとても分かりませんでした」

 汀が即答した。なんだか昨日から、彼女はすごく強い目をするようになった気がする。
 ……一日で色々ありすぎたな。

「ずいぶんなお墨付きだが……バレバレじゃないか……」

 先輩が呆れたような溜め息をついた。でも少しげんなりしていそうではあれど、笑っている。

「私のせいです。私がおかしなことをしたんです」
「おかしなこと?」

 僕が詳細は言うなと言った通りに、彼女はそれだけしか言わなかった。
 先輩が眉をひそめている。笑みは完全に引っ込んでいた。

「先輩、僕は彼女を僕の『協力者』にしたいんです。そして彼女になにができるのかは……どんな仲間であろうと明かせません。彼女の身に危険が及ぶ」
「……ホォー」

 先輩は真剣な顔で目を細め、思案する素振りを見せた。

「昨日、僕の他にも彼女を救出しに向かった『仲間』がいたでしょう? あの人に詳細は語るなと言った上で聞いてみてください。彼は彼女に助けられている」

 先輩の目が光った気がした。

「少し席を外す」

 その後少しして戻ってきた先輩は、やはり楽しそうに笑っていた。

「……なんだか楽しいことが起きてるみたいだな。まあ、聞かないでおいてやるよ」

 僕は苦笑だけして返した。『仲間』の彼は一体どんな様子だったのだろう。

「それで……彼女に何ができるのかを明かさないまま、『協力者』にすることはできますか?」

 先輩は、にやりと笑った。

「それこそ……自分の『協力者』は何としても守るのがお前の仕事だよ」

----------------------------------- case : Reincarnator

「皆が皆、素行には何も問題は見られない……まあ松田が尖ってるのは殴り合いしてたお前ならよく分かると思うけど……その実、職務に関して大真面目なのが周りにも伝わるのは、時間の問題だろう」

 諸伏さんはさっそく情報を持って帰ってきてくれた。
 優秀過ぎませんか?

 昨日と同じく、降谷さんのお家にて、三人で夜ご飯を作って食べています。
 三人でキッチンに立つのはちょっと狭いけど楽しいですね。

 ここに集まっているのは、あまり周りに知られていいことではないんだろうな。
 だからか諸伏さんは今日はキャスケットと伊達眼鏡をかけて現れた。
 素顔でうろついてる私も、きっと降谷さんも見習った方が良いのでは……?
 見習って今度色々買いに行こうと思います。

「……変なことまで言わなくていい」

 降谷さんがむすっとする。しかしすぐに彼はどこか宙を眺めながらふわっと笑った。
 きっと、彼らの話をすることが楽しいんだろうなあ。学校でのことを思い出したりしてるんだろうなあ。

 そんな様子を見て、私までなんだか心が暖かくなった。

「恨みをかってたり逆恨みされたりっていうのは、きっとない。だから可能性としては事件か事故だと思う」
「担当するものか、巻き込まれるものか……」

 降谷さんの眉間に皺が寄る。

「皆それぞれの担当については今のところこんな感じ。しかし……巻き込まれだとしたら事件だろうと事故だろうと把握が難しいから頭が痛いな」
「……初日からこんなにキッチリありがとうございます。お手数をおかけしています」
「何を言うんだ。汀さんはオレたちの友人を心配してくれてるんだ。こっちこそありがとう」

 何と答えたらいいのか分からないから、私はただただ眉尻を下げて小さく苦笑した。
 必要だと思っているとはいえ、全ては語らず隠しているのは、やっぱり心苦しい。

「私の気のせいかもしれないのに」
「備えあれば憂いなし、って言うだろう」

 そう言って笑いかけてくれる諸伏さんに、私は力なく笑った。

 そうやって嫌な顔一つ見せず、疑いの言葉をかけることもなく、11月7日まで一週間近くも付き合ってくれた降谷さんと諸伏さんは、いったいどんな聖人なんでしょうね。

『……マンションに爆弾が仕掛けられてて、松田と萩原が解体に向かってるそうだ』

 インカムから聞こえる諸伏さんの声に、降谷さんは息を詰まらせた。

『……これ、か……! まったく、犯人は朝から元気なことだ……』

 やっぱり、爆弾事件、起きちゃったんだね。
 未然に防ぐ力はなくて、ごめんなさい。

-----------------------------------

 諸伏さんが第一現場と第二現場の位置を伝えてくれた。
 ああ、私、第二現場に近いな。なんだか少し笑ってしまった。導きでもあるのかなって。歴史を変えてもいいんだよって後押しなのかもしれないなんて。……我ながら不謹慎だ。

「私は第二現場に近い所にいます。ゼロさんは第一現場に向かっていただけたら助かります」
『分かった』

 諸伏さんは状況を調べて伝達してもらう係だ。

 気を引き締めて、頑張ります。

 萩原さんと松田さんをはじめ様々な人々が直面する一連の爆弾事件は、とんでもない数の人々を人質に取るとても卑劣なものだ。だから萩原さんたちのことがなくても、とめられるものならとめたいのが本音。
 犯人をきちんと追えれば、捕まえられれば、すべてが収まるはずの事件。

 だけど私には犯人を特定することができない。
 容姿もあんまり覚えていない。警察学校組の大ファンとしては何度も見たものだけど、それは前世だからなあ……。
 覚えてないものは覚えてないんだから、今できることをしなくっちゃ。

 犯人に関して私が何かできるとしたら、爆弾犯が二人組であることを早めにタレこむことくらいなのかな。どう説明したらいいのか分からないから、《 超える力 》が発動したっぽくしてお二人に丸投げしようと思ってる。警察が複数犯なのを把握できていれば、何かが変わるかもしれない。

 そのうえで。
 もしタイマーが動き出したとしたら……私は爆弾を無効化することはしない。
 それは犯人の一人が亡くなり残る犯人の憎悪が爆発したという証です。
 そこから簡単に無効化してしまうと、残る犯人がどんな暴走を起こすか分からないと思ってる。

 爆弾の無効化自体はやろうと思えば私にはできるんだと思う。

 たとえば《 敵石化 》の魔土器で爆弾を固めてしまえたとしたら、つつくだけで砂のように崩れるはずだ。
 あるいは、爆弾は罠にあたるだろうから、《 呪印解除 》の魔土器でそもそも消え去るかもしれない。
 はたまた、萩原さんのほうの爆弾が仕掛けられるのは高層マンションの二十階だから、《 スキャッターガン 》で窓の外10メートルに吹き飛ばしてしまえれば、周りに被害を出すことなく空中で爆発してくれるかもしれない。

 だけど、やらない。

 マンションの皆さんのおうちを切り捨てるのは申し訳ないけど、爆発自体は防がない。
 これは単なる私のエゴだ。萩原さんの命を優先します。天秤には私情しかない。

 爆発自体は防がないでおけば、犯人の激情を少しだけ抑えられるんじゃないかと思うのです。
 あの犯人のことだから、頭に血が昇ったら、物語上存在しない爆弾事件を次々に起こされるかもしれない。それで多くの犠牲が出るかもしれない。

 だから、爆発させた上で萩原さんを助ける。

 けど多分こんなの、降谷さんにも諸伏さんにも怒られると思う。
 先に謝っておきます、ごめんなさい。

 文字を打つことが松田さんみたいに速くない私は、先に文章を作っておいた。
 一気に長文を送れば最初から決めてただろうときっと怒られる。こういうのを送ると決めるだけだけれど、それでも全然違うはず。

-『嫌な予感がします。
 お手数をおかけしますが、もし私が救出とかされたら、
 一般人が巻き込まれた感じの不自然ではない情報を作ってください。
 全部終わったら、萩原さんが防護服を着てなかったのを反省させてあげましょう。』

 萩原さんが防護服を着ていなかった理由は、私はよく知らない。
 側でたたまれてたよね(私はそれを覚えてるくらいアニメ見まくったんでしょうね)。
 どうしてだったんだろう。
 松田さんが激怒してたからそれは良くないことなんだとは思うけど、警察学校編を顧みるに萩原さんもあんまり軽率なことはしそうにないかただと思うんです。

 ……いや、今はそのへんあれこれ想像したって仕方がありません。

 私は厳重な警戒態勢が敷かれる中、《 バニッシュ 》を使って第二現場の二十階へと足を進める。
 エレベーターを使うわけにはいかない。こんな時に誰も居ないのが二十階で停まるとか怖いもの。
 ああ、モヤシなのが憎い。本当に、本気で、身体を鍛えたい。今はまだ柔軟体操でヘトヘトです。悲しい。

 ……これくらいのタイミングかな。

「……ゼロさん、ヒロさん……爆弾犯は、おじさん二人組です。伝えたほうがいいかたに、どうにか伝えてください」
『……分かった!』

 諸伏さんの声がした。
 降谷さんは無言だったけど、もしかしたらもう第一現場に着いていらっしゃるのかもしれませんね。

 ああ、避難を呼びかける声が聞こえてくる。
 爆弾のタイマーがとまったということだ。

 やっと、二十階についた。
 息が上がっているのを抑えながら中へ進み、私は様子をうかがった。

 機動隊の人たちが見えた。

《 バニッシュ 》を使いなおし、少しだけ距離を詰め、柱の裏に身を潜める。壁に埋まってるけど出っ張ってはいる系のよくある柱だ。

「……危な……かった……!」

 私なんかよりよほど呼吸が乱れている人の声がした。
 何があったんだろう。
 聞き耳を立てる。

「萩原……!」
「ひとまず休め! ソレ着てもう合計二十分以上だぞ、見上げた奴だよ、お前……!」

 ……に。
 二十分以上!?
 確か防護服って、五分も着てられないって。
 ま、まあ……萩原さんも人間やめてるゴリラのお一人だもんね……。

「いや、ごめんなさい、先輩。……俺は結局解体できなかった」
「謝るな! 幸い、こうして犯人はタイマーを止めてくれた。今のうちに……いや、お前はまず休め。今の状態じゃエースのお前だろうとまともな作業ができるはずはない」
「……っへへ。まだエースって呼んでくれるんだ。こんな体たらくなのに」
「ばかやろう。……配属されたばかりの新人のお前に任せるしかない状況にしてるのは、俺らなんだからよ……」

 ……あぁ。
 なんてことだ。
 そういうことだったのか。
 そうやって萩原さんは、尋常じゃなく頑張り続けた結果、防護服もヘルメットも脱いで休憩していたところだったんだ。

 煙草なんて吸ってたのも。
 そのあと住民の避難完了を聞いてから「ゆるゆると」解体作業を再開したのも。
 休憩、してたからなんだ。

 作業再開時に防護服を着なおさなかったのはだめだったのかもしれないけれど。
 きっと疲れ切ってただろうから、とても責める気にはなれません……。

「今、住民を避難させてる。せめてそれが完了するまでは休め」
「りょーかいです♪」

 私は準備していた文の最後を書き換える。

-『萩原さんに、防護服を脱ぎっぱなしにしたことを反省させてあげましょう。』

 萩原さんを責める気なんてないのに、今は余裕がないからこれくらいしか浮かばない。

 全然うっかりとかじゃなかったんだ。萩原さんの軽いノリに偏見を持ってしまっていた。
 こんな文でごめんなさい、萩原さん……。

 そしてメモを上書き保存した後、私は諸伏さんと降谷さんのグループにメッセージを打ち込み始める。

-『機動隊の人たちが見えました』
-『声を出すわけにはいかないので、これ以降のご連絡はLINEで失礼します』

 諸伏さんのお返事はインカムからの『了解』という音声だった。
 降谷さんの声は返ってこないけどすぐに既読2がついた。きっと私なんかよりずっと早く現地に着いていたんだろうな。
 そう思っていると。

『……こちら第一現場。機動隊は完全に撤収して行った。松田は解体完了したらしい』

 降谷さんの声がした。

『よしっ、さすが松田』
『第二現場はどうだ』

 私はメッセージを作成する。

-『どうやらとても手こずっておられたようです』
-『トラップが多いと聞こえました』
-『タイマーが止まってることはお聞きになりましたか?』

 トラップについては前世で知った情報ですけどね。我ながらしれっとしてるなあ……。

『ああ、らしいな。素直に要求を聞いてくれる犯人でよかったよ』

 ……そうした結果、良心に付け込んで仲間を殺されたと思って、ずっと恨まれるんだけどね……。

-『萩原さんは長時間防護服を着て作業をしていたみたいで、今は休憩中です』
-『住民の避難が完了次第、解体作業を再開する予定のようです』

 一人の避難も許さないという要求だったのを、十億円を受け取ったからとはいえ変えてくれた犯人。
 そして、タイマーがとまっていないというラグな放送を聞いてとめる方法を伝えなければと走った犯人。
 その人を失ったことで長年復讐鬼と化すほどに、大切な仲間だとは思っていたらしき、犯人。

 人の心は、少しはあったはずなのに。

 それを変えてしまったのは警察だと言われてしまえば完全な否定はできないけれど、それでも何千万人も巻き込む爆弾を何年にもわたっていくつも仕掛け続けるなんてことの免罪符になんて、とてもならない。

 ぐるぐると考えながら、私は機動隊のひとたちの様子をうかがった。

「……先輩ちょっとここに詰めてる人員減らしてくれません?」
「うん?」
「いざってとき逃げようとして、階段でドミノ倒しになるのはごめんでしょ?」
「ふむ」
「もうあとはじっくり解体するだけだからさ、いいでしょ?」

 タイマーとまってるからね、と、萩原さんが言っている。
 ……優しい人だ。そして、周りを見て、色んなことを考えている。

 絶対、死なせるもんか……!

「……お前の言う通りだな。わかった」

 ふふっと萩原さんが笑っている。
 配属されたばかりなのに信頼されているんだね、本当に、すごい人だ。

 けれど、しみじみ感動している場合じゃないんだ。
 機動隊の皆さんがいる位置は……そうか、階段には近いんだ。
 防火扉はあれで……。

 6秒あれば、機動隊の人なら五十メートル近くは走れることでしょう。
 私はモヤシだけど、《 スプリント 》がある。

 ウネちゃんのデミクローンを召喚しておく。
 彼女は《 ストンスキン 》というバリアを張ってくれるし、回復魔法である《 ケアルラ 》を使ってくれる。
 ウネちゃんはゲームの仕様的に、私がこの階から去る時に消えてしまうだろうけれど。

 そして《 防御強化 》の魔土器を割る。使用者の被ダメージを8分間40%減少させる効果がある。これはゲームと違って私が他人に投げつけるとその人にも付与できるみたいだった。チートです。おまけにご都合主義です。もちろん実験台は諸伏さんと降谷さんです。これから萩原さんに投げる気満々です。

 このへんの事態から、魔土器と魔科学器に関しては多分、複数か単数か、自分のみにしかかからないか、味方全体にかかるか、そういうのはゲームの情報はあてにならないんだと思う。試せる時に色々ためしたいものですね。

「住民の避難、完了しました!」
「りょーかい! んじゃまぁ、ゆるゆるといきますか」
「もうちょっと休んで防爆スーツ着たほうが良くないか?」
「タイマー止まってるんだから大丈夫ですって。……こっちが要求飲んだから、再起動はないでしょう」
「にしてもなあ……」
「ていうかもう今日は着てられないです。あんな暑いの。それでもやらないわけにいかないからさ」
「……交代してやれなくてすまん」
「人手不足は先輩のせいじゃないでしょ」
「……構造、教えてくれないか」
「え?」
「少しでも手伝えるようになりたい」
「あは、了解です」

 斯くして防爆スーツもヘルメットも付け直さない萩原さんでした。でも私は責めきれないよ……。
 そしてひとつひとつ説明しながら解体を進める萩原さんの声に、ピリリリという着信音が重なる。
 ああ、松田さんが、この第二現場についたのか。

 そしたら、そろそろだね。

 姿を消す《 バニッシュ 》を更新しつつ、私は萩原さんに近づいた。

 あらかじめ考えておいた文章を、降谷さんと諸伏さんのグループに打ち込んでいく。
 嘘がいっぱいだからやっぱり少し気が滅入るけれど、世間に隠されたら、意味がないから。
 犯人に、被害は少なくないと思わせないと、この一件で、ほんの少しでも満足させないと。萩原さんの殉職に匹敵するような情報にはなれないけれど、それでも、少しだけでも。

 萩原さんを無傷で助けようとしてなくてごめんなさい。
 自分も怪我する前提で、ごめんなさい。

『……おい、汀』

 インカムから降谷さんの怖い声が聞こえた。
 ごめんなさい。
 あとでたくさん怒られるから。

 そして。

『馬鹿野郎!!! 死にてえのか!!!!』

 結構近くにいるとはいえ、電話の向こうの松田さんの怒りの声が私にまで聞こえる。
 そりゃ怒るよね、ともだちだもの。
 けれどこれが聞こえたってことは。
 私は萩原さんに投げつけるための《 防御強化 》の魔土器を握り締めた。
 走り出すために少し重心を下げる。《 スプリント 》使用。
 タイミングよくウネちゃん(周りには見えないみたい)が《 ストンスキン 》をかけ直していたけど、そんなに長居するつもりはないんだ。

「……なにっ」

 今だ。

「皆、逃げろ!!!」

 多分、一人爆弾と向き合って座ってたのと、これを伝えてから逃げたから、萩原さんは他の人より遅くなってしまったのでしょう。
 私は萩原さんに追いすがって彼の背に魔土器を叩きつける。こんなもの投げつけられたことには気付いてないみたいだけど、効果があるのは降谷さんと諸伏さんで実証済みだ。
 しかし機動隊のエースにモヤシが追走するなんて《 スプリント 》やばいですね。

「……受け身を!」

 私は聞き逃されないように声を張った。同時に、できるだけ爆弾から距離を取れるよう突き飛ばす。
 萩原さんは反射的に従ってて、防火扉まで転がったけど頭をぶつけたりはしなかった。
 突き飛ばしたのはモヤシだけど、萩原さん自身のダッシュの勢いも乗ってたみたいだ。

 私は萩原さんに体当たりするようにしてとまると、彼と爆弾との間に立って、《 防御 》スキルを発動した。こんなに素早く動いたのは生身では初めてだ(ゲームでは主人公のスペックがそもそもすごいものね)。やればできるものですね。

 この《 防御 》は最大5秒間、自分の被ダメージを90%軽減させるPvPスキルです。ノックバックも無効化されるから、私と、私の影にはいる萩原さんが爆風で壁に叩きつけられるのは防げると思う。

《 防御強化 》と合わせたらダメージカット130%だけど、つまり現状どういうことなのか私には分からない。爆弾の威力が私には分からないのです。
《 ストンスキン 》の軽減率に関しては覚えてないや。多分10%くらいだと思うけど。
 きっと、全部合わせたら結構な壁になれるはず。

 甘かったら、ごめんなさい。



 眩しい。
 そう思ったことだけ、覚えてる。

-----------------------------------

 色んな電子音が聞こえていた気がした。
 誰かが、名前を呼んでいる?

 ……暖かい。

 眠い。

 電子音。

 ……。

 暖かい。

 暗い。

 眠い。

 ……あかる、い?

「……汀!」

 降谷さん、そんなに眉間に皺寄せたら、癖になっちゃいますよ。
 えへへ、あのゲームにもそんなキャラがいたな。私、あのゲームも箱推しなんです。

「……お前っ……またそんな……なんで笑ってるんだ……こっちの気も知らないで……!」

 ああ、そうか、謝らなきゃいけない。
 でも、眠い。
 もう一回寝てもいいかな、起きたら、ちゃんと、謝るから。
 眠い、んです。

-----------------------------------

 私の意識がきちんと戻った時には一週間が経っていた。そ、そんなに。
 途中途中ふっと起きたことがあったみたいなんだけどすぐに眠ってしまって、周りは気が気じゃなかったらしい。

「……お前、どこまで『視えて』いたんだ」
「……なんのことですか? 萩原さんは、大丈夫ですか?」
「自分の心配をしろ」

 しゃりしゃりとリンゴの皮をむきながら、はぁぁぁ、と降谷さんがものすごく大きなため息をついた。
 私はふっと苦笑する。

「……甘く見ていたのは事実です。もし爆発したとして、もっと安全に防げると思っていました」
「……爆発する想定はあったのか」
「可能性は色々考えておくものでしょう?」

 降谷さんは溜め息をつく。

「というかあのですね、私に『視える』のは過去だけです。未来のことは、分かりません。分かっても今回みたいななんとなく不安、という程度です」

 降谷さんの眉間の皺が深まる。
 まあそのなんとなく不安っていうのも前世(以下略)で、能力で視ているわけではないのですけれど。

「……今度こんな危ない目に遭ったら、協力者を解任するからな」
「……っえ、ということは今、ゼロさんの『協力者』として認めてもらえてるんですか?」
「お前案外ポジティブだな」

 また降谷さんがため息をついた。ふふっと笑ってしまう。
 ああ、生きて帰れてよかった。
 ため息をつかれて安心してるなんて言ったらきっと怒られるけど、でも、帰って来たんだって、思えるのです。

 と、噛みしめていると。

 病室のドアがそろりそろりとあいた。
 何だろう、なんでそんなにゆっくりなのかな。

 首をかしげていると、ドアの隙間からおずおずと人の顔が見えた。

 ああ、萩原さんだ。
 生きてる。
 生きてる。
 ガーゼとか、絆創膏とか、その他もろもろくっついておられるけど……。
 ……生きてる……!!!

 萩原さんは私と目が合うと、何とも言えない顔をして──くしゃりと顔を崩して泣き始めてしまった。

「……萩原。そんなところで突っ立ってないで入れ」
「……うん……っ」

 私は意外な思いで降谷さんを見上げる。

「話しちゃったんですか?」
「……お前が送って来たんだろう、反省させてあげましょう、って」

 私は思わず咽た。

「でも改めて考えたら、あれから更に防護服を着ていたら、萩原さんは倒れちゃったんじゃないでしょうか」
「汀ちゃん……! いい子……!」

 わあ、私までちゃんづけで呼んでくださるなんて……こそばゆいです。
 けどいい子じゃないよ、悪い子だったおかげで降谷さんに出会ったんだから。

「私がLINEであんなの送ったせいで、ゼロさんに怒られてたらすみません」
「あはは……実は……殴られ、た」
「えっ……ご、ごめんなさい」

 あ、あわわ。

「萩原さんはなにも悪くないです。色々重なっちゃっただけで……」
「分かっては、いるつもりだ。しかし……こいつが誰も彼もに心配をかけたのは事実。そしてそれはお前もだ、汀」
「ウッ……!」

 私も、殴られるのかな……!?
 思わず身を縮める。

 しかし頭に乗せられた手はこれまでみたいにただ髪を撫でてくれるだけで。
 けれど。

「……お前無茶するのはどうせやめないんだろう。覚悟しておけよ。しっかり無茶できるくらい身体鍛えてやるからな」

 手は優しいのに言ってることが怖いです。
 でも、それは、挑戦したいことなんです。

「よろしくお願いします」

 萩原さんも降谷さんも目を丸くしていた。
 そしてふっと笑う。
 視線がこそばゆい。

 降谷さんがむき終わったリンゴを二つのせた小皿を、オーバーテーブルに置いている。
 うさぎさんである。かわいいことしてくださいますね。

 萩原さんに手渡したほうはうさぎになってなかった。なんてことでしょう。

「しかし……犯人のひとりは未だ逃亡中らしい。悔しい限りだ」
「もうひとりは捕まったんですか?」

 やっぱり原作通りの事故死なのかな。

「確保を焦ったせいで死なせたそうだ」
「……」

 私は眉根を寄せて俯いた。
 そっかあ……だめだったかあ……。まあタイマー動き出した時点でそうかもって思いはしたけれど……。
 一週間以上経って音沙汰がないってことは、暴走してるわけじゃないって思ってもいいのかな?

 と、しょんぼりしたり不安に思ったりしていると、今度はすぱーんと病室の扉が開いた。

「こら松田……! 病院だぞ」
「……うるせえ」

 ああ。
 松田さんをたしなめているのは伊達さんで。
 てことはつまり不機嫌そうに見える天パのかたが松田さんで。
 その後ろで諸伏さんが苦笑いしている。

 五人、そろっている。
「お前が櫛森。ハギが世話になった。……本当、死にたがりなんて助けやがって」
「し、死にたがり」

 たじたじとなってしまう。
 防爆スーツもヘルメットも、大事ではあるんだろうけど、でも……。

 萩原さんもしゅーんとしてしまっている。

 けれど松田さんはそれから少し近寄ってきて、ベッドの私に視線を合わせて背中を丸めてくれて、それで。

「……ありがとうな」

 少し眉の下がった不敵な笑顔でそう言ってくれた。
 私はぽかんとしてから、苦笑いする。
 私そんなふうに言ってもらっちゃだめなんだよ。本当はもっと安全な手段があったんだ。
 かわりに犯人が暴走するかもしれなかったとはいえ、それはあくまでももしかしたらなんだから……。

 変な顔をしているだろう私に松田さんは苦笑して、普通の姿勢に戻った。

 にしても。
 ああ本当、本当、皆ここに、いる。

 まぶしいなあ。
 でも。

「あの、ゼロさん、ヒロさん……こんなに皆さん集まっちゃって大丈夫なんですか? 明かしちゃいけない、って……」
「非常事態だからな。多くの命がかかわった。そして汀が無茶しないためには、今後継続的にこいつらの協力が必要だと考えた」
「……っえぇぇ……!?」

 わ、私、どういう扱いなんですか?

「……自分の『協力者』は何としても守るのが、僕の仕事だからな」

 誰が誰の協力者かとかも普通明かされないんじゃなかったでしたっけ?
 それを破らなきゃいけないくらい私が無茶したってこと??
 うう、すみません、ごめんなさい。 
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