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冥王来訪

作者:雄渾
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第三部 1979年
戦争の陰翳
  苦境 その1

 
前書き
 今日はベルリンの壁崩壊から35年だそうです。
時間が経つのが早いですね……
 

 
 場面は変わって、日本帝国の首都、京都。
再び視点は、マサキ達の所に戻る。
 マサキは、ミラから米国の現大統領に関して、詳しく話を伺っていた。
今回のサミットで、米国大統領の協力を得るためである。
 マサキは、この異界では日本以外の殆どの政治家がそのままだったので、てっきり大統領は史実通りと思っていた。
 だが、英国王が、史実通りの女王ではなく、老境を迎えた男の国王であったように……
王冠を賭けた恋――年上の米人・シンプソン夫人との色恋沙汰――で退位したはずのエドワード8世が、長らく王位にあったのだ。
 だから、史実通りの第38代大統領ではなく、見たことも聞いたこともない男であることには、正直驚きは隠せなかった。
 ハリー・オラックリンが、どういう人物かは、新聞雑誌ですでに下調べはしてある。
だが人情として、米人のミラの口から、その人となりを、聞いてみたくなったのだ。

「戦争中に海軍にいたのは判った。
だが、それがなんで日本に不利なんだ?
あのケネディも、ニクソンも、フォードも海軍将校だが……
建前として、個人的な憎しみと国家的な利益ぐらいは分けていたぞ」
 マサキはあきれて答えた。 
自分が知る米人というのは、もう少し分別が付く人種だと思っていたが……
「オラックリンは、海軍のアベンジャー雷撃機乗りなの。
1944年のマリアナ沖で対空砲で撃墜されて、フカのいる海を16時間泳いでいたところを潜水艦に救助された。
九死に一生を得る経験の持ち主なのよ」
 ミラは含みのある笑いを浮かべて、マサキの方を向く。
いろいろ言うが、彼女の本心は、この東洋人が何を知りたかったのか、考えていたのだ。
「不幸な偶然の積み重ねだな……、むしろ生きて帰ってきただけラッキーか」
 まだ納得しきれていないマサキは、眉をひそめて尋ねた。
「どっちにしても面倒くさいことに巻き込まれるのか」

 マサキは米軍の月面攻略が始まる前に、先んじて火星のハイヴを破壊することにした。
だが彼の動向は、政府内に潜入したGRUやKGBのスパイによって漏洩し続けているのは確かだった。
 そこで、ある一計を思いつく。
既に篁とミラが完成させていった月のローズセラヴィをグレートゼオライマーの代わりに火星に派遣するという案である。
 だが、パイロットがいない。
生体認証で動く八卦衆のクローン人間もいないし、マサキ自身もソ連を欺く為に国内に居なくてはいけない。
代理のパイロットに篁や巖谷を乗せるほど、彼らを信頼したわけでもない。
 ではどうするのか。
ローズセラヴィーのパイロットだった葎をそっくりそのままコピーすればいい。
そういう事で、マサキは大急ぎで、予備パイロットを作ることにしたのだ。

 アンドロイドをくみ上げながら、マサキはこれまでの日ソ関係を振り返ってきていた。
ソ連は、ロシアという国は交渉を通じて、幾度となく日本をだましぬいてきた。
 それは幕末、明治、戦前ばかりではない。
戦後の国際社会復帰以降も、ソ連は様々な手を用いて、日本を騙し抜き、欺いてきたではないか。
 この異世界にはソ連の対日参戦がなく、北方領土問題は存在しない。
だが、より元の世界より悪質で凶暴な人間だ。
何も、してこないはずがない。
 思えば、戦後の領土返還交渉はボタンの掛け違えから始まった。
鳩山一郎ら日本代表団がソ連に入った時、ハンガリーで大規模な蜂起があった。
 当時のフルシチョフはデタントを進めるために、どうしても日本との国交回復が重要だった。
またソ連大使館がないために、スパイ活動が不十分だったのもKGBやGRUにとって不満だったらしい。

 あの時、日本側はソ連にいた抑留者の返還のために焦ってしまったが……
もし、目先の問題を脇に置いて、代表団一行が帰国していたらどうだったのだろうか。
 フルシチョフは空港まで駆け寄って、日本代表団を引き留めていただろう。
北方領土も、のど元にあるハンガリーとは違い、辺鄙な田舎で、維持にも金がかかる場所である。
恐らく諦めて、帰したであろう。
 そのことは19世紀に英国の進出を恐れて、アラスカをはした金で米国に売却した故事を思い起こせば、在りうる。
ロシアは相手国を混乱させるために、自国の領土を切り売りすることがあるのだ。 
 赤色革命真っ只中の1920年代初頭、シベリア出兵をしていた連合国を引き裂くためにカムチャッカの売却交渉を始めったではないか。
結局物別れに終わったが、この作戦のために日米は不信感をいだくようになり、シベリア出兵自体が空中分解したではないか。

 一旦、手の動きを止めて、机の上にあるホープの箱からタバコを取り出す。
紫煙を燻らせながら、もう一度考えを整理する。
 あの諦めの悪いロシア人の事だ。
恐らく、東ドイツと東欧諸国の間にくさびを打ち込むことを忘れまい。
西ドイツと東ドイツの合邦の阻害になるようなことを打ち出してこよう。
 例えば、ソ連の占領下でドイツ領だったカリーニングラードをポーランドに渡す。
その代わりに、ポーランドがダンツィヒを東ドイツに割譲するという案である。
 ソ連にとっては一石二鳥の名案だ。
維持費のかかるカリーニングラードを高値で売却することが出来、ドイツ・ポーランド間に長い憎しみの目を撒く事ともなる。
 ポーランドは、この案を受ければ、長年の悲願だった東プロイツェンを取り戻す。
だが一方、ダンツィヒを再びドイツに割譲することになる。
 東ドイツにしても、ドイツ民族の宿願であるダンツィヒ問題を解決する。
その代わりに、父祖の地である東プロイセンを諦めざるを得ない。
 
 大所高所の視点に立てば、カリーニングラードのポーランド割譲は受け入れるべきである。
元の世界であったように、いずれEUの権益がバルト海を覆うようになったとき、カリーニングラードの問題は欧州統合の足かせになる。
バルチック艦隊の拠点は、NATOの脅威となる。
 数百年にわたり、血みどろの戦争を続けてきたドイツ・ポーランド国民にとって、カリーニングラードの問題は簡単ではないかもしれない。
だが、現代の蒙古の版図を受け継ぐ赤色帝国、ソ連の脅威を前にして、その様な小異は捨て去るべきではないか。
 思えばEUもNATOも反ソ、反露の理念があってこそ、成り立つ同盟。
今、極東が平穏無事なのは、中共も反ソで日米と妥協しているからではないか。
 米国が、中共の東トルキスタンとチベット併合を黙認したのは、ソ連の脅威を減らす節があったのではないか。
 無論、1950年代の国務省内部には多数の容共人士がいた影響もある。
あの悪名高い容共の支那学者、オーウェン・ラティモアなどは、アルジャー・ヒスと違い、刑務所にすらいかず、米国政府の職を退いた後、英米の大学教授の職を渡り歩き、悠々自適の生活を送ったではないか。
あのラティモアのせいで、日本は先の日支事変で苦しめられた事か。

 ラティモアも、ヒスも元をたどれば、太平洋問題調査会という伏魔殿の出身。
あの伏魔殿を支援したのは、米国有数の石油企業……
 1944年以前の歴史が同じ世界ならば……
いや、ミュンヘンオリンピックが開催された1972年まで同じか……
 どちらでもよいが、いずれは米国の裏にいる真の敵と戦わざるをえまい。
第一次、第二次大戦を引き起こし、戦後の冷戦構造を作り上げた闇の紳士たち。
 前世で冥王計画などという自分のクローン人間同士を戦わせるという人形遊びに逃げた自分を叱りたいものだ。
今生(こんじょう)によみがえったからには、やはり世界征服こそ実現せねばなるまい。
 一旦マサキは、深い沈潜の底から意識を呼び戻す。
そして、己の心を静めるかのように、紫煙を燻らすのであった。


 夕刻、マサキは総理夫妻主催晩餐会が開かれている赤坂の迎賓館に来ていた。
この場所は紀州藩の赤坂屋敷があったを政府が接収し、洋風の建造物を建てたものである。
 1867年以降の歴史が全く違うとはいえ、同様の建物が赤坂に立っているという事実に何かしらの因縁を感じた。
空想作品でいうところの、因果律や歴史の修正などが起きているのではないか。
 だとすれば、後に起きるバブル崩壊や1997年のアジア通貨危機も避けられないのだろうか……
金モールのついた礼装をまとい、華やかな雰囲気の中にいるのにもかかわらず、マサキの気分は暗かった。
 所詮、どうあがいても、今の俺のしていることは蟷螂之斧。
准尉官という、一下級将校に出来ることは、限られてくる。
 懇意にしている榊などに金を出して、派閥などの政策グループを立ち上げるにしても時間がかかる。
かといって、この国を暴力でのっとったところで正当性には欠けるだろう。
 やはり、鉄鋼龍を作った時と同じ時間をかけるしかないのか・・・・・・
マサキは、失意のどん底のように落とされたかの如く、鬱々としていた。
 
 マサキの想いをよそに、晩餐会は華やかに進んだ。
通例ならば、豪勢なフランス料理と共にワインが供されるのだが、和食に日本酒だった。
 外交の場で供される料理は、それそのものが極めて政治的である。
相手国が自国をどう評価しているかの目安になり、メニューにメッセージや皮肉が込められることもある。
その事から、しばしば饗宴外交とも称され、政治的駆け引きに利用されることすら、ままあった。
 首脳たちは不慣れな箸を使いながら、風変わりなディナーに舌鼓を打った。
宴もたけなわの頃、イタリア首相から昨今の欧州経済に関する話題が上がった。
特に問題視をされたのは、西ドイツの急速なインフレーションだった。
 表面上、西ドイツは、世界第3位の国内総生産(GNP)を誇っている。
だが、BETA戦争の影響で、ソ連からの地下資源の供給が低下し、燃料費の高騰に苦しんでいる。
(1993年以降、GNPに代わり、海外からの純利益を取得した物を付け加えたGDPが経済指標として用いられている。
この作品は1970年代から1980年初頭をを話題にしているので、GNPという言葉を使う事とする)
 電気代などは1973年に比して、6倍から10倍に上がった。
冬場に限っても、一月(ひとつき)1000マルクほどまで高騰を続けている。
(1980年の西ドイツマルク=日本円 1西ドイツマルク=295円)
 これまでは夏だったのでガス需要が抑制されていたため、危機的な状況には陥ってはいない。
しかし、割高であっても背に腹は変えられず、エネルギー確保を優先した。
そのため、物価高が西ドイツ国内に広がったのだ。
 ソ連の石油を格安で手に入れて経済発展をしてきたのは、東独ばかりではなく、西独も同じである。
格安の資源を買い、それを使って、第三国に自動車を輸出し、利益を得る。
この様な経済発展のモデルは早々に破綻する、という見解であった。
 その他にも問題視されたのは、東欧諸国の動向である。
ソ連との対立による危機や経済制裁解除後の貿易再開による消費活動の活発化も、西ドイツの負担になった。
 主力の自動車産業も燃料費の高騰から、生産量の縮小を視野に入れた政府からの要求が出たばかり。
燃料費の高騰は、物価高にも派生し、住民は非常な生活苦に陥っているという。
 
 西ドイツの急速なGNPの拡大は、物価高に起因するものだったのか。
どうやら東西問わず、BETA戦争後の欧州の経済状態は深刻なようだ。
 議長の傍に近侍していたアイリスディーナは、事の重大さを改めて知った。
自分の祖国である東ドイツが生き残るには、日本や米国に頼らざるを得ない。
この様な現実に直面して、内心の驚きを隠せなかった。
 彼女は、今までサミットの場に随行員として参加することに不満を覚えていた。
なぜ各国の内政報告という無意味な議論をする場に、制服(ウニフォルム)を着た人間を引っ張り出すのか。
 自分たちに命令を出す指導者たちの知性に、疑問をいだかざるを得ない。 
兄がこの場に居たら、そう言っただろう…… 
 女の身空でもそう思うのだから、空軍大尉という一廉の職責にある兄は大変だろう。
自分は最悪結婚して軍から離れればいいが、妻と乳飲み子を抱えた兄はそうはいくまい……
 軍隊という中にいたから、こういう現実の世界が見えなかったのを恥ずかしく思った。
木原さんは、きっと自分以上に厳しい立場に置かれてるんだろうな……
 そう思って、会場内に目をやると端の方に座っているマサキのことが目に止まった。
何やら、数人の人物が彼の周りに来て話し合いをしている様子だった。
 声を掛けに行こうと思えば行けないこともないが、彼に迷惑をかけるだけだろう。
あくまで自分との関係は、秘密の関係なのだ。
 いくら政府や首脳が日独関係の融和や親善を叫んでも、世間はそうは見てくれない。
事情を知らない人間からすれば、邪な意図をもって近づいたように見えるはずだ。
 木原マサキという人間は、世間の評判とは別に優しい男なのに……
みんなは、彼の事を誤解しているのではないか。
 何時も不敵の笑みを浮かべる鉄面皮の悪漢で、何か陰謀を企んでいるのだと。
けっして、そんな事ばかりを思っている人ではないのに……
 心からそう思った。
しかしどうすれば、他人が本当のマサキの事を理解してくれるのだろうか。
 目の前に紗がかかった様な感覚に、頭が霞んでいく。
驚きと興奮が混ざったような、不思議な感覚だった。
 吐息が荒くなり、胸がどきどきしてくる。
そんな気持ちが落ち着くのを、アイリスディーナは、じっと待つことにした。

 同じように議長に近侍していたシュトラハヴィッツ中将は、経済問題に退屈を感じていた。
煙草盆から両切りのピースを取ると、火をつける。
 紫煙を燻らせた彼は、目だけを動かし、アイリスディーナの方を向く。
ユルゲンの若い妹は、やや俯き、頬を赤く染めている。 
 その変化に気が付いたシュトラハヴィッツは、ある一計を思い浮かべる。
この際、淡い気持ちを抱く相手に引き合わせてやるのもいいだろう。 
 そう考えると行動は早かった。
室内礼装(ゲゼルシャフト)の胸ポケットから、メモとペンを取り出すと何やら書いた。
 立ち上がって、議長の脇から走り書きを見せる。
議長は、後ろを振り向かずに右手を振った。
このハンドサインは、自由にしてよいという許可だ。
 
 マサキの席にいたのは、彩峰の他に、2名の高級将校だった。
東京からほど近い場所にある土浦海軍航空隊と、朝霞にある陸軍基地の司令。
それぞれ中将で、海軍予科練航空隊長と陸軍予科士官学校長だった。
 彩峰はおろか、さしもの美久も緊張しているようだった。
 思わず、マサキはため息をついた。
己の作った推論型AIの学習機能の素晴らしさに、感嘆のため息をついたのである。
 愚にも付かぬことを考えていても、仕方があるまい。
煙草盆にある白いフィルター付きタバコを取る。
 これは来賓用に用意された恩賜のタバコである。
純国産のタバコ葉で、何時も吸っているホープと違い風味も何もない素朴な味付けの紙巻タバコだった。
しかも湿度管理が甘くて、大抵の場合乾燥しきっており、非常に辛くきつい煙草だった。 
 煙草に火を付けようとした瞬間、向こうから灰色の制服に濃紺のズボンを着た一群が来るのを認めた。
それは彼にとって見慣れた両前合わせの東独軍の室内礼装(ゲゼルシャフト)だった。  
 

 
後書き
 私事で申し訳ないのですが、来週16日は連載を休載させていただきます。
どうしても外せない用事があり、満足する内容を執筆する時間が取れないので、やむなく休みを取ることにしました。

 さて、今回の話は、柴犬世界が本来の世界線から外れたらどうなるかという話です。
一応設定資料見るとベトナム戦争はやっていますから、1973年の冷戦のつづきをする形になるのではという想定で進めてます。
 ご要望やご意見等お待ちしております。
返信は遅れるかもしれませんが、全て目を通してはいます。

追記:

 以前、視点のぶれが大きいと指摘を受けたので、それ以後は、なるべく各人の視点が分かるようにはしています。
ただマブラヴ自身は群像劇なので、多数の視点がないと話が進みません。
 某二次創作のように一人称単数視点だと、周囲の状況や相手の感情が見えずに、主人公が振り回されているようになります。
そうすると話は進みませんし、読者も置いてきぼりになると考え、今のスタイルに落ち着きました。 
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