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冥王来訪

作者:雄渾
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第三部 1979年
迷走する西ドイツ
  卑劣なテロ作戦 その3

 
前書き
 次の話は決まってるのに、長丁場になりました。
ということで、8月中に終わらせるべく、予定を変更して、今週も投稿することにしました。 

 
 今回のドイツ赤軍の襲撃事件はタイミングがあまりにもよすぎる。
政府関係者が背後にいるのは間違いない……
 どう考えてもそのような結論に行きついたマサキは、殺したばかりのドゥチュケの手荷物を漁った。
麻布で出来た薄汚れた背嚢から出てきた、黒革の手帳を何気なしに手に取る。
  鍵付きの手帳という事は、恐らく機密文書であるのは間違いない。
鎧衣に鍵を開けさせると、そこにはドゥチュケが生前に親交のあった人物の名前が書き記されていた。
 日記帳に顔を近づけて、書きなぐった名前を見る。
 ゲルト・バスチアンと読めた。
ドイツ連邦陸軍の少将で、平和のための将軍団の主催者だった。
 ソ連崩壊後に露見した文書によれば、KGBが青写真を描いて、シュタージが資金援助し、マックス・ヴォルフが設立を準備した団体だった。
 平和のための将軍団の代表取締役は、ゲルハルト・カーデという経済学者だった。
彼はシュタージの中央偵察局の非公然工作員(IM)であり、またKGBの協力者(アゲント)だった。
1974 年 12 月 7 日に設立された「平和・軍縮・協力のための委員会(KOFAZ)」の主要メンバーである。
 同団体はケルンの出版社パール・ルーゲンシュタインの住所に本部を置いていた。
東ドイツから資金援助を受けて、反戦平和運動の人脈網を構築していた。
シュタージ、KGBは同団体を通じ、自分たちの宣伝煽動のために、影響力のある人物(エージェントオブインフルエンス)を調略していた。

 マサキは、怒りで体が熱くなった。
ここの人物の名前が雑然と書いてあっても、ある程度の意味は理解できた。
 日記帳に書かれているのは、ほぼ全員がKGBの代理人であり、シュタージの手によって踊らされた馬鹿者たちである。
ゲルト・バスチアンという男の顔が見たくなった。
顔を見たらただでは済まないのは思ったが、手帳を鎧衣に渡すと、ゼオライマーに飛び乗った。
 キルケにもらったドイツ連邦軍の将校名簿から勤務地を探して、ファイツヘーヒハイムの第12装甲師団に電話した。
 日曜日という事で、バスチアンは来ていなかった。
それは、あらかじめ予想していたことだった。
 電話は、英語訛りの強いマサキだとバレる可能性があるので、美久が行った。
美久は、第4装甲擲弾兵旅団時代の部下の妻という立場を演じた。
「第4装甲擲弾兵旅団時代の部下の妻ですが、近いうちに戦友会をやるんでバスチアン閣下に連絡をしたいのです。
恐れ入りますが、ご住所と電話番号を教えてほしいのですが……」
 そういうと交換手は、バスチアンの自宅と電話番号を教えてくれた。
この時代は、現代と違って電話の加入者が少なく、電話を持っているのが名士に限られたからである。
推論型AIの合成音声で電話を掛けた美久を、ドイツ婦人と勘違いした為であった。
 バスチアンの家は、ボン郊外の静かな住宅街にあった。
都合がいいことに、公園があったのでゼオライマーを着陸させ、愛人宅の様子を見ることにした。
 しばらくすると白のオペル・カデットが家の前にとまり、30代と思われる女性が下りた。
人妻風の女は周囲をきょろきょろ見た後、玄関ドアに消えた。
 マサキには閃くものがあった。
あれはおそらくバスチアンと同棲している緑の党関係者だ。
マサキがドイツ赤軍とドゥチュケを殺したことを知って、慌ててきたとなればつじつまが合う。
 足は自然とバスチアンの家に向かった。
念のため裏口に回ると、どういう訳か、外に設置してある焼却炉が燃えていた。
 という事は、燃えているのは秘密文書で、裏口は空いているはずと思った。
ドアノブに手をかけると、裏口は空いており、簡単に中に入れた。 
 美久に秘密文書の確保を指示した後、屋敷に忍び込んだ。
家に入って間もなく、奥の部屋から男女のこもった会話が聞こえてきた。
「閣下ったら、いやねえ」
女の媚びた声がドアの隙間から漏れる。
「お前を見た瞬間、ほれ、この通りさ!」
「恐ろしいわ……」
 マサキは思い切って、隙間から覗いた。
薄着の男女が顔を寄せ合い、キスをしていた。


 頃合いを見て、マサキは物陰から姿を現した。
その際、わざと足音を立てて接近する。
バスチアン達は、同時に振り向いて、ギョッとなった。
「なんだ、お前は……」
 持って来たポラロイドカメラのフラッシュをわざとらしく焚く。
バスチアンは醜い表情をすると、愛人の背後に隠れて、マサキを睨んだ。
「乱暴するつもりはない。
ただ、ドイツ国防軍将軍のアンタに話があってきた」
言葉を切ると、タバコに火をつける。
「それにしても、思わぬものを見て驚いているのはこっちだよ。
それからバスチアン将軍に、奥さん。
さっきみたいに、堂々とすればいいんだ」
「警察をよぶぞ!」
バスチアンの顔色は真っ赤だ。
「その前にアーペル国防相か。あるいは軍事情報局かな。
いやいや、ボンにいる大統領でもいいし、その政権与党であるSPDでもいいか……
どっちにする?」
するとバスチアンは女と顔を見合わせて、今にも泣きだしそうになった。
「あんたは一体誰なんだ!」
 バスチアンは恐る恐る切り出した。
「俺は木原マサキ。天のゼオライマーのパイロットさ。
条件次第によっては、アンタらをKGBから守ってやってもいい」
「本当か」
 死んだ魚のように濁っていたバスチアンの目にかすかに光が宿った。
狡猾さを感じさせるような、悪魔的な輝きだった。
マサキの方は、もっと邪悪な考えだった。
「簡単さ。
緑の党と平和団体にいるKGBスパイとシュタージの数を、全て告白すればいい」
「なんでだ!断る」
 そこでマサキは、愛用のホープを取り出し、タバコに火をつける。
煙草を五、六服吸ったかと思うと、すこし微笑しながら声をかけてきた。
「じゃあ、断ればいい。
その代わり、緑の党のマドンナと、ドイツ陸軍の将軍の乱痴気騒ぎ。
赤裸々で刺激的な総天然色(フルカラー)写真と共に、楽しい記事が、明日のビルトの一面を飾るだけさ」 
 ビルトとは1952年創刊のドイツ最大のタブロイド紙である。
政治的には中道右派で、スポーツ新聞ながら西ドイツ政界に大きな影響を与えていた。
創刊当時から東ドイツの事を、共和国(DDR)ではなく、ソ連占領地域(ゾーン)と呼称していた。
一面に水着姿の婦人や裸婦写真を載せ、婦人解放運動や極左団体から目の敵にされていた。
 
 女は真っ赤になりながら、呟く。
マサキは、吸いつけたタバコを口にくわえたまま、ニヤニヤ笑って眺めていた。
「ひどい……」
「ひどいのはあんたたちだ。
国や軍、西ドイツ市民を裏切って、赤共の手先になっているのだからな。
余計な事を言うんじゃない。
俺を怒らせれば、全てを公表して、世間を歩けないようにしてやる」
 マサキの意外な声に、バスチアンはたじろいだ。
女は、バスチアンの顔を見る。
バスチアンは、小さくうなづいて、こう切り出す。
「や、約束は守ってくれるね……」
「くどいのは嫌いなんだよ」
 マサキはわざと苛立った声を出すと、バスチアンはもう一度女を見て、うなづいた。
「さあ、全部白状するんだ」
 
 バスチアンの口から出た人物は、ドイツ連邦議会の議員の他に、反戦団体の幹部だった。
長年、反戦運動を行ってきたマルチン・メラーニー師やヨーゼフ・ヴェーバなどである。
 ヴェーバは、ドイツ共産党(DKP)系の団体、ドイツ平和同盟幹部(DFU)のメンバー、ヨーゼフ・ヴェーバー。
 特に力を入れた西ドイツの反核運動は、東ドイツで高く評価された。
これを受けて、東ドイツから1973年に平和友好メダルを授与された人物である。
前の世界の記憶が確かなら、モスクワからも、1985年に国際レーニン平和賞を贈与されたはず。
 米誌、リーダーズダイジェストに「モスクワの代理人」と書かれ、憲法擁護庁などは「ソ連の第五列」と評した人物だった。
 マサキは、バスチアンと女を手錠で縛った後、ドイツ大統領府の元に急いだ。
この際、西ドイツの反戦平和団体を一網打尽に壊滅させることにしたのだ。
 アイリスディーナのためのドイツ統一という名目に、共産主義の復讐という自分の欲望が加わった。
この異常な状態が、マサキを次第に興奮させていった。 
 

 
後書き
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