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星々の世界に生まれて~銀河英雄伝説異伝~

作者:椎根津彦
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激闘編
  第九十話 新人事

宇宙暦795年10月9日11:45
アムリッツァ宙域、アムリッツァ星系カイタル、自由惑星同盟、自由惑星同盟軍、アムリッツァ方面軍地上司令部、第九艦隊司令部事務室、
ヤマト・ウィンチェスター

 激戦だった。何とか帝国軍は撃退したものの、被害は甚大だった。追撃なんてしなければ…ラインハルトの戦術能力が低いって言ったのは訂正だ。何度概略図を見直してもとんでもない鮮やかさだ。というよりはやっぱり同盟軍の艦隊司令官達の能力が低いのか?今回の戦いの損害を合計すると第二艦隊は壊滅状態でパエッタは重症、第三艦隊は六割の損害、第四艦隊は九割の損害、第十艦隊も四割の損害、イゼルローン駐留艦隊もほぼ壊滅、ウランフ提督は戦死…比較的損害軽微の第十三艦隊ですら四割近い損害、俺の艦隊も三割程の損害をが出た。まあ、俺の艦隊はマイクをヤンさんの援護に回したから、そこが響いているな…あわせて六百万人近い戦死者だ…元の世界なら横浜と名古屋を合わせたくらいの人間が死んだ事になる…とんでもない数字だよ全く。

 “ご苦労だったな”
画面にはシトレ親父とルーカス親父、コーネフ親父が映っている。統合作戦本部長と宇宙艦隊司令長官が揃ってる絵面なんて中々見れるもんじゃない。それだけハイネセンでも深刻に捉えられているという事だろう。
「それほどでもありません。自分の指揮で死んでいった者には申し訳ありませんが、よく切り抜けられたと思っています」


”しかし、よくやってくれた。貴官が第十三艦隊をボーデンに送らなかったら、あのままアムリッツァまで押し込まれていただろう“

「…ありがとうございます、まあ、その後全て台無しになってしまいましたが」

“言いにくい事をはっきりと言うな、君は”
ルーカス親父は苦笑している。

「本当の事です。あたら死ななくてもいい者達が一部指揮官の欲の為に死んでいったのです。猛省すべきでしょう」

“分かっているよ。今貴官が指摘した事も原因の一つではあるが…問題は何だと思うかね”

「強い指揮官が居ません」

“強い指揮官?戦闘に強い指揮官という事かね?”

「それもそうですが、指揮官をまとめる事の出来る指揮官が居ません、下の者の暴走を止める事の出来る上級指揮官が」
返事が無い。思う事を話せ、という事か?

「距離の問題もあり、実際に現地を統括したのはグリーンヒル大将です。大将はアムリッツァ方面軍総司令官ですからそれは分かります。しかし全般指揮において少し消極的だったのではないかと感じています…いえ、消極的だったと思います」

“続けたまえ”
シトレ親父は口を出さない。話しているのはルーカス親父だけだった。職制上、シトレ親父やコーネフ親父は宇宙艦隊に作戦面の口出しは出来ない。報告を受けたルーカス親父が、それをシトレ親父報告する。二人が一緒にいるのは報告の手間を省く為だろう。それだけ体制の再構築が急務という事だ…。

「ボーデンでの話ですが、戦術単位として味方は艦隊が一個少ない、それは仕方ありませんが、であれば尚の事攻勢に出るべきでした。確かにミュッケンベルガー艦隊は予備の位置にありましたが、常識的に考えて最上位の指揮官が後方に居るのは当たり前の話です。現にミュッケンベルガー艦隊が前に出たのは戦闘開始後二日以上経ってからです。早期に右翼なり左翼なりを三個艦隊で全力で攻撃していれば状況はもっと楽になったと思います」

“貴官ならそうしたかね?”

「ええ、攻勢に出たと思います。変わってフォルゲンの話ですが、小官はフォルゲンへの増援という命令を受けました。分かりきった事でしたので敢えて訪ねませんでしたが、任務はフォルゲンの警戒監視なのか、それとも出現するであろう帝国軍の撃破なのか。その点が不明瞭でした。更に言わせて頂ければ、ボーデンに出現した敵はは五個艦隊。帝国政府の公式発表では六個艦隊による出兵でしたから、少なくともフォルゲンに一個艦隊が出現するという事は事前に予想出来た筈です。ですが、フォルゲンに派遣されたのはヤン提督の第十三艦隊です。半個艦隊で一個艦隊に対処する…危険である事は素人にも想像がつく事です。どういう意図でそういう兵力配置を行ったのか…疑問を感じざるを得ません。増援を以て敵に対処する…それは分かりますが、前線が呼べる増援はイゼルローン要塞へ派遣される二個艦隊…今回は小官とチュン提督でしたが、二個艦隊しかいないのです。増援を前線の補強と考えるより遊撃部隊として活用する…それくらいの腹案は欲しいものです」
…喉が乾いた。察したのだろう、ミリアムちゃんが飲み物を取りに部屋を出て行った。

“ふむ。どうすればいいと思うかね?”

「上級指揮官の交替を望みます。正直申し上げてグリーンヒル大将は弱い指揮官です。誹謗や能力がない、と申し上げているのではありません、為人の問題です。グリーンヒル閣下は良識家で穏健、誠実な方です、我を通す事に躊躇いを持たれている様に思います。それ故に下からの突き上げに弱い。そこを艦隊司令官達に突かれたのです。まあ、任務より個人的な武勲を追求した艦隊司令官達も問題ですが。出来れば彼等も替えて欲しいですね」

“適材適所ではなかった、という訳だな”

「はい。難しい問題ですが」

“ありがとう。参考になったよ。ところで、貴官の元の任務はイゼルローン要塞への派遣だったが、現状ではアムリッツァに留まって貰うしかない。厳しいとは思うがよろしく頼む”

「了解致しました」

あまり言葉を飾らず言いたい事を言ったつもりだけど、ちゃんと伝わったかな…。
「結構厳しい事を仰られていましたが…大丈夫なのですか?」
よく見つけてきたもんだ…というかちゃんと存在するんだな、焼酎。水割りね、濃いめでお願い。
「ありがとう…平気だよあれくらいは。多分…グリーンヒル閣下の事にしろ艦隊司令官達の事にしろ、本部長も司令長官も分かっている事だ」
「では…それ以外の生の声が聞きたいと?」
「そうだろうね。ウチの艦隊はボーデンには居なかった。だから上としても聞きやすい」


12:00
ミリアム・ローザス

 焼酎…芋で造ったお酒らしい。それにしても真っ昼間からお酒なんて飲んでていいのかしら…。
「ヤン提督はどう思ってらっしゃるのでしょう。追撃が行われた時にはヤン提督はアムリッツァでした」
「ヤンさんにも色々聞いているんじゃないかな。聞けばヤンさんのところには追撃の話は来なかったみたいだし」
初耳だわ…帝国艦隊が撤退したのはヤン提督の第十三艦隊と第十艦隊とでミュッケンベルガー艦隊を挟み撃ちにしようとしたから…って事は知ってるけど…。体よく追い払われた、って事かしら。
「ヤン提督にこれ以上功績を立てさせたくなかった…って事でしょうか?」
提督はキャビネットからもう一つグラスを取り出した。飲めって事なのかしら……く、くさい!これが焼酎…。我慢、我慢…。
「艦隊司令官達はそう思っていたかもしれないね。グリーンヒル閣下は違ったかもしれない。ヤンさんから聞いたんだが、追撃の決定を知らされた通信で、グリーンヒル閣下やパン屋…じゃなかった、チェン参謀長は苦虫を噛み潰したような表情だったらしいよ。追撃なんていう愚行に付き合わせたくなかったんじゃないかな。まあ我々への増援という事もあっただろうけど」
そう言うと提督は大きいため息をついた。グリーンヒル閣下は艦隊司令官達を抑え切れなかった責任を感じていた、って事かしら。そうよね、追撃なんてしなければあんなに戦死者が出る事は無かった…。帝国軍が撤退したからいいものの、味方の三個艦隊を打ち破った時点で引き返してもおかしくは無かった。三個艦隊を引っかき回したのはミューゼル艦隊と帝国軍主力の一部だけで、全体を見れば帝国軍にはまだ余力があったのよね…。

 「ミュッケンベルガーは自ら囮になったのかもなあ」
いつの間にか焼酎のボトルは半分以上が空になっていた。
「まさかな…ミュッケンベルガーの性格を考えるとなあ…自分を囮にして麾下の艦隊がどう動くか見る…特に自分の周りではなく他の星系の………」
「……閣下?」
寝てる…。そりゃ寝ちゃうわよね、戦闘始まってからほとんど寝てなかったし。カイタルに着いてからも何かしらと忙しかったし。タオルケットか何か持ってきてあげよう…おやすみなさい…。



10月9日12:30
バーラト星系、ハイネセン、ハイネセンポリス郊外、統合作戦本部ビル、統合作戦本部長公室、
シドニー・シトレ

 アムリッツァは守られた。だが犠牲はあまりも大きい。戦力の建て直しは急務だ、アムリッツァの残存兵力は規模にして三個艦隊程の兵力しかない。そして攻め寄せた帝国軍の損害は軽微…最悪の場合、半年程で帝国軍は再度侵攻してくるだろう。当面はハイネセンにいる六個艦隊をアムリッツァに持って行くしか手はない…。
「第三、第四、第十艦隊の残存艦兵力は、第一、第九、第十三艦隊の再編成に充てよう。どうだろうコーネフ次長」
「異存はありませんが、第三、第四、第十の各艦隊は一から艦隊再編という事になりますな……処分の代わり、という訳ですかな」
「グリーンヒルの性分では追撃しようなどとは思わないだろう。追撃自体は悪くない、ただ…追撃の意見具申を行った艦隊司令官達には、負けた時の事も考えて欲しかったな。司令長官はどう考えるかな」
「私も異存はありません。どのみち損害の大きい艦隊はハイネセンに戻さねばなりませんし…アムリッツァに残る艦隊の再編成も同時に行えるのですから、願ったり叶ったりです。あと私は退役します」
「辞めるというのかね」
「誰かが責任を取らねばなりません。アムリッツァの失陥は避けられたとはいえ、約六百万の犠牲はあまりにも大きい」
ルーカスが辞めるとなると私も辞めねばならんな…出来れば勝利の後に辞任したかったが、頃合いかもしれんな。
「では私も辞任しよう。コーネフ次長はどうするね?」
「お二人が辞任するのに私だけ残る訳にはいきません。まあ私はもうすぐ定年でしたから、それが少し早まっただけです」
「済まないな、次長。では後任人事だが…私の後任はグリーンヒルにしよう」
「…宜しいのですか?」
「奴なら何故自分がこの地位に推された意味を理解するだろう。次長はクブルスリーとする。どうかな、次長」
「宜しいと思います」
「うむ。ではルーカス長官、君の後任だが、誰が適当と考えるかね?」
「ビュコック大将を押します」
「ビュコック大将か…彼は兵達の信望は厚いが、強い指揮官と言えるか?士官学校を出ていないし艦隊司令官達が従うかな」
「補佐する者を付ければよいでしょう。副司令官を置けばいいと思います。ウィンチェスターを昇進させ、副司令長官にすればいい。副司令官職が新設される…この意味を分からない高級指揮官は必要ないかと。それに、反発する者には我々と共に辞めて貰うか、一線から引いて貰う。本部長以下三人が辞めるのです、説得もしやすい」
「私と同じ事を考えていたとはね」
「兵達からの信望の厚いビュコック大将と同盟市民からの人気のあるウィンチェスター…ヤン少将も昇進させましょう。ウィンチェスターとヤンの働きがなければ、戦いの結果は違っていた筈です」
「そうだな…責任を取り上層部は辞任、後任人事は真に戦える体制作りの為に…と理解して貰えるだろう。これでよければトリューニヒト氏に報告するが、いいかな?」
「はい」
「宜しくお願いします」
「あとは艦隊司令官達だな」
体制が代われば辞める者もいるだろう。後釜を決めておかねばならん。あの男に決めさせよう…。



帝国暦486年10月10日11:00
フェザーン星系、フェザーン、フェザーン自治領主府
アドリアン・ルビンスキー

 「ボルテック補佐官、今回の帝国と同盟の戦いだが、どうなったかな」
そんな驚いた顔をしなくてもいいだろう。確かに結果は知っているが、それを俺から言ってしまったらお前の仕事が無くなってしまうだろう?
「既にご存知とばかり思っていましたので、報告を失念しておりました。申し訳ございません」
戦略的には同盟の勝利、戦術的には帝国の勝利…ボルテックの報告は予想通りの物だった。ここからが本番だ、補佐官としてそこから何を読み取ったか、何を発見したか。そして何を俺に進言するか…。
「帝国の高等弁務官府、レムシャイド伯からですが、此度の協力、まことに感謝する…とのお言葉をいただきました」
「ほう、何か協力したのかな?」
「出兵に関する情報について欺瞞工作を少し。私の一存で行いました。事後報告となった事をお詫びします」
詫びるにしては誇らしげだな……マスコミから帝国の出兵規模についてのニュースが流れた。出兵規模は…証券取引、株の値動きについて。同盟がこの情報を元に作戦行動を策定する事を期待しての工作だ。株価や証券取引の動きは隠せないから、マスコミを使い嘘の出兵規模の情報を流すと共に値動きを煽る…この動きの裏にボルテックが存在しているのは別の線から報告が上がっていた。まあこれくらいやってくれなければ補佐官とは言えん。

「よくやってくれた、補佐官」
「ありがとうございます。カストロプの件、ハーン航路の軍事利用の件、欺瞞情報…これで帝国の我がフェザーンへの心証はかなり改善されたと思われます」
「そうだな、お陰で帝国内で多少事を起こしてもフェザーンが疑われる事はない」
「はい。ですが、本当に同盟については考慮しなくても宜しいのですか」
「補佐官、帝国と同盟…裏から操るにはどちらが容易いと思うかね」
「そう仰るからには閣下は帝国の方が容易いと…」
「そうだ。同盟の為政者達は常に同盟市民という有権者の目を気にしなければならん。同盟に対し本格的な工作を行うとなると、同盟市民の世論というものまで気にしなくてはならん。不確定要素が大きいし、第一、面倒だ」
確かに政府閣僚を利権で縛る事は可能だ。現に最高評議会議長ロイヤル・サンフォードや幾人かの閣僚、評議会議員は我々の手中にある。…彼等にフェザーンに有利になる様な政策を実行させる様に迫る事も可能だろう。だが同盟の有権者達…同盟市民は反帝国感情も強いが、潜在的な反フェザーン感情も持っているのだ。フェザーンの拝金主義者共…という言葉にそれが集約されている。そして彼等は選挙という合法化された革命権を保持している。そして同盟の為政者達は彼等を無視する事は出来ない。次代を担うであろう政治家を…例えばトリューニヒトの様な現在の同盟の政治の中心にいる様な人間を取り込むのが一番だが、今はそれは不可能だ。おそらく奴はリベートの類いは決して拒まないだろう。だが今の奴にはそれは必要がない。そういう働きかけを行っただけでも、奴はそれを人気取りの為に使う筈だ。政敵の追い落としにさえ利用できる。同盟の各種産業の指導者も同様だ。今同盟は建国当時に近い国内開発の熱気に沸いている。フェザーンの力が無くとも国内の内需だけで経済が回り始めている。そういう時には近付かないのが賢明なのだ。

「一方、帝国だが、此方は権力構造が固定化されている。地方貴族の反乱は起きてもそれは支配階級のアクシデントに過ぎず、革命的な行動ではない。そしてその貴族達は皇帝、帝国政府によって自らの権力を保証されている。その上一部の大貴族、政府閣僚以外は帝国の統治に関与する事がない。大部分の貴族達は自ら蚊帳の外に居る事を選択している様なものだ。そして彼等のほとんどはフェザーンと繋がっている。帝国政府もそれを知っているが、帝国の法を犯している訳ではないから咎める事もなくまた咎められるものでもない。此処に我々の勢力を浸透させればいずれは帝国を乗っ取る事が出来る」

 ボルテックは深々と頭を下げた。感服でもしたのだろうか、それとも長広舌だとでも思って打ち切らせたかったのか…。
「閣下のご見識には感服致しました。ですが、若しですが、帝国政府が貴族に対して我々との関係を切れ、または薄めよ…などと言い出したらどうなりましょう」
「貴族どもがたちゆかなくなる。自らの首を絞める政府の言う事など聞かぬだろう、暴発するだろうな。帝国貴族がどれほど存在すると思っている?ざっと四千家だ。大半が暴発するだろう」
「それを支援すると…?」
「してもしなくてもいいのだ。奴等を見限り帝国政府を支援するという手もある。そうすれば帝国政府そのものを乗っ取る事も可能となるだろう」

 ボルテックは再び頭を下げた。賛意なのか、場の空気を読む仕草なのか…まあ今はどちらでもいい。
「その場合、放置していた、あ、いや仮定の話ですが…放置していた同盟への対処は」
「そうだな、ここまで来れば同盟への工作も簡単になる。弱者として助けを乞うてもいいしオブザーバーとして帝国侵攻に参加してもいい。宇宙の統一に力を貸すとささやけばいいのだ。政治的には同盟の為政者が、経済面では我等が宇宙を統一する。単一の政治体制になれば裏面から操る事など容易い事だ。古代のローマ帝国をキリスト教が乗っ取った様にな。以前にも言ったが、当初計画通りの帝国、同盟の共倒れなどに固執する必要はない」
「では…同盟に潜伏させている工作員は撤収させますか?」
「いや、現時点で新たな工作を行う必要はないが、以前から実施している件については継続する。それに監視と情報収集は必要だ。そちらの方に注力させてくれたまえ」
「かしこまりました」



10月13日09:00
アムリッツァ星系、カイタル、アムリッツァ方面軍地上司令部、方面軍司令官公室
ヤマト・ウィンチェスター

 「あれ。ヤン提督だけですか」
「どうやらその様ですね、ウィンチェスター提督」
「その呼び方は今は止めて下さいよ、私とヤン提督しかいないんですから」
「今は勤務中だし、此処は司令部だ。私だって公私の別くらいつけるさ」
「未だに慣れませんよ、ヤンさんにそう言われるのは」
「お互いに、だね。私は二十八、君は二十五…この年で少将、中将だ。世の中おかしいんじゃないかと思うよ」
「そうですね…将官って、もっとふんぞり返っていても良いんでしょうけど、頭の中が追い付きません。本来ならお互いにまだ大尉か中尉でしょうから」
艦隊司令官集合、という事だったけど、呼ばれたのはどうやら俺とヤンさんだけらしい。二人だけとなると大体の想像はつくけど…。

 「待たせてしまったな。いや、そのままかけたままでいいよ」
グリーンヒル司令官が入って来た。起立して敬礼しようとする我々を止めながら、自分もソファに座った…何だか一回り小さくなった様な気がする。
「君達は昇進する事になった。理由は…」
「負けたからでしょう?」
上官の言葉を遮るなんて有ってはならない事だけど、言ってやりたい気持ちの方が強かった。ヤンさんも横で苦笑しているし、同じ気持ちなんだろう。
「…そうだな。当事者としてはそうはっきり言われると返す言葉もないな」
おいおい、そんなに暗くならないでくれよ、ちょっと皮肉を言いたかっただけなんだから…。
「君達の昇進だけではない。今後、軍の人事が刷新される。まず、統合作戦本部長、同次長、宇宙艦隊司令長官が辞任、勇退される事になった」
……は?どういう事だ?確かにヴィーレンシュタインでの損害は大きかった、その責任を取るっていうのか?だがアムリッツァは守られたんだ、辞める必要はないだろう?
「何故、辞任されるのですか?確かに被害は大きかったですが、アムリッツァは守られています。辞める必要はないと思うのですが」
「試合には勝った、だが勝負には負けた…大抵の場合、人は勝負に勝った方を褒め称えるものだ。アムリッツァ防衛には確かに成功した。だが合計六百万人近い犠牲者が出た、その事が同盟市民に与えたインパクトは大きいと上層部は考えた様だ」
「お言葉ですが閣下、それでは試合に勝った者は誰が褒め称えてくれるのですか?試合に負けたら全てを失うかもしれないのですよ」
「…そうだな、だが感情と理性は相反するものだ、同盟市民は戦場で負けた事に納得がいかないだろう…」
グリーンヒル司令官の暗い顔の原因はこれだったか。俺やヤンさんの昇進はともかく、シトレ親父達の辞任の原因は自分にある…と思っているんだろう…ヤンさんが俺をつついている、選手交代という事かな?

 「上層部の辞任の意向は理解しました、後任はどなたになるのです?」
「統合作戦本部長は私に決まったらしい。次長には昇進後クブルスリー提督が就く」
「それは…おめでとうございます。それで、宇宙艦隊司令長官にはどなたが」
「私に関しては目出度いかどうかは微妙だがね。身が引き締まる思いだよ…新しい司令長官はビュコック提督だ。提督は兵からの信望が厚い。適任だろう」
「それはそうですが、ビュコック閣下は士官学校を出ておられません。高級指揮官達が納得するかどうか」
「確かにそうだ。そこでビュコック提督を支える為に新しい司令官職が新設される事になった。宇宙艦隊副司令長官職だ」
「副司令長官…どなたがその職に就くのです?」
「君の隣に座っているウィンチェスター提督だ」

 は?副司令長官?俺がビュコック提督を支えるの?ヤンさんもびっくりしたのだろう、俺を見ながらポカンと口を開けている。原作の同盟末期を知る者としては胸熱なポジションではあるけど…。
「ウィンチェスター提督は大将昇進後、宇宙艦隊副司令長官に任命される。第九艦隊司令官兼任だ。ヤン提督は中将昇進後、第一艦隊司令官に転任する。新人事のうち、決定している事は以上だ」
以上…って、まだあるのか?

「閣下」
「何かな、ヤン提督」
「閣下は決定した人事は以上だ、と仰いました。続きが有るのですね?」
「うむ。シトレ本部長はショック療法をお考えの様だ。その治療法を実行するにはいい機会だと」
「ショック療法…ですか」
「そうだ。戦争が始まって百五十年、一進一退と言えば聞こえはいいが、同盟は常に帝国に押され気味だった。専制主義、帝国打倒を唱えながら、内実は同盟領内での防衛戦争だ。しかし状況は変化した。一つの宙域だけとはいえ、我々は帝国領内に足を踏み入れた。この状況を固定化させてはならない。新しい状況には新しい指揮官達が必要だろう」
「新しい状況には新しい指揮官…本部長のお考えは理解出来ますが、こうも一斉に上層部に動きがあると軍は一時的に機能不全に陥るのではないですか」
「貴官のいう事はもっともだ。だからこそ貴官達の人事以外はまだ未定なのだよ。現在ハイネセンから貴官等と交替してアムリッツァの防衛任務に就く艦隊が此方に向かっている。新人事は彼等がカイタルに到着後に施行される予定だ」

 グリーンヒル大将の話が終わり、公室を出るとヤンさんが食堂に行こうと言い出した。
「朝食がまだでね。君は?」
「付き合いますよ」
食堂は二十四時間営業だ。基本的には食事の時間は決まっているものの、何時でも食事を取れる様になっている。大抵の者達は七時台に朝食を済ませるから、今の時間は空いている筈だった。
「昇進は分からないでもないが、副司令長官とはね。おめでとう、ウィンチェスター」
「何だか否応なしに表舞台に立たされる様で嫌になりますよ。本部長達が辞任するとなると仕方ないかなとは思いますが」
二十五で大将…おまけに宇宙艦隊副司令長官、アッシュビーを抜いたな。それはともかく、敗戦を粉塗する為の昇進…いや、敗けた訳じゃないのか、でも敗けたという印象は拭えない…。同盟市民に与える影響が、とか言っていたけど、実際に同盟市民はどう思っているんだろう?……ああ、遺族に対する配慮だな、本部長達だけじゃない、トリューニヒトも大変だろうな…そっか、本部長達が辞めてもらった方がトリューニヒト的には都合がいいのか…ん?待てよ、市民から見たらどう見えるだろう。

 「同盟市民はどう見るだろうね」
ヤンさんも似たような事を考えたのかもしれない、俺の疑問と同じ事を口にした。俺がヤンさんに聞こうと思ったのに…。
「本部長達の辞任は…前線の艦隊司令官の暴走のせいで詰腹を切らされたと思うんじゃないでしょうか。図式的には全くその通りですから」
「やっぱりそう見えるかな」
「それを意図しているのかもしれません。しかも後任はグリーンヒル大将です、自分の指揮した戦いのせいで上司のクビが飛んだ、しかも自分はその上司の席に座る…確かにグリーンヒル大将の立場では全く目出度くない人事ですよ」
「そうだね…確かにショック療法かもしれないな。そして宇宙艦隊のトップにはビュコック大将…同盟軍の宿将がトップに立つ、そしてそれを支えるのはアッシュビーの再来とうたわれる同盟軍の若き英雄か」
「支えるのはエル・ファシルの英雄でもいいと思うんですけどね」
「勘弁してくれ、私みたいな青二才には無理だよ。それにだ、そんな地位に就いたら…」
「…就いたら?」
「昼寝をする暇も無くなってしまう」
「私だって青二才なんですよ?昼寝をする暇も欲しいです」
「冗談だよ、でもね、私より君の方がふさわしいと思う。君には現実が見えているからね。君の言う事は荒唐無稽に見えて地に足が着いているんだよ」
「そうですかね…結構行き当たりばったりなんですけどね」
「でも、君はその時々の状況にきちんと対応してここまで来た。そして、現在の状況を作り出したのも君だ。新しい状況には新しい指揮官…トップではない、でもトップに近い位置から全体を見渡せる…君の考えを実行するチャンスだ、今まで以上にね」
「ヤンさんらしくないですね…そんなにけしかけていいんですか?この先どうなるか分かりませんよ?」
「無定見に物事が進むより余程ましさ。それに、私も君の考える未来を見てみたいからね」



 
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