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星々の世界に生まれて~銀河英雄伝説異伝~

作者:椎根津彦
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激闘編
  第八十九話 ヴィーレンシュタイン追撃戦

宇宙暦795年10月3日02:00
フォルゲン宙域、フォルゲン星系、自由惑星同盟軍、第九艦隊旗艦グラディウス、
ヤマト・ウィンチェスター

 「副司令とバルクマン准将に連絡、一時後退して陣形を再編せよ。参謀長、本隊は前進、近接戦闘用意、空戦隊を出せ」
「了解しました!」
メルカッツ艦隊はやはりしぶとい。大体、ラインハルトとメルカッツの組み合わせなんてとんでもない!ヤンさんとビュコック爺さんがタッグを組んだのと変わらん!…ラインハルトはまだヤンさんを探しているかな、奴が戻って来るまでに何とかしないと…ヤンさんがもうこの星系に居ないって知ったら…金髪さん、怒るだろうな…。
「ボーデンより入電です、帝国軍の主力は撤退を開始したそうです。此方の主力も態勢が整い次第追撃を開始するとの事です。第十三艦隊、間に合った様ですね」
「はあ、よかったよかった…って、帝国軍を追撃するのか、ボーデンの連中は」
「は、はあ、詳細は解りかねますがその様です」
追撃だって?…艦隊司令官達の中からそういう声が出たんだろう。戦闘が中途半端だったか、グリーンヒルのとっつぁんが指揮官達を抑えきれなかったか…あるいはその両方か…。追撃などしても無駄だろう。追撃を行うという事は戦果不充分だったって事だ。という事は帝国軍は余力を持って撤退を開始した事になる、当然追撃への備えはあるだろう…というか、まだ此処では戦っているんだぞ!

 「敵も空戦隊を出撃させた模様!…小型艦艇と思われる目標、多数が突撃してきます、単座戦闘艇(ワルキューレ)ではありません!」
恐怖からか、オペレータの声が裏返っている…小型艦艇?そうだ、メルカッツにはこの戦法があった!
「本隊全艦に通達、敵は宙雷艇による近接攻撃を仕掛けてくる、本隊所属の駆逐艦に自由戦闘を許可する」
宙雷艇…駆逐艦と単座戦闘艇の中間くらいの大きさで、機動性に優れていて主に実体弾による近接攻撃を得意とする帝国軍独自の特殊艦艇だ。防御力は無いに等しいけど、近接攻撃の威力は単座戦闘艇とは比べ物にならない。
「参謀長、空戦隊への命令変更、艦隊の防空に専念させるんだ」
一本取られたな……。



帝国暦486年10月3日02:30
フォルゲン宙域、フォルゲン星系、銀河帝国、銀河帝国軍、メルカッツ艦隊旗艦ネルトリンゲン、
アーダルベルト・フォン・ファーレンハイト

 「閣下、敵本隊の前進が止まりました。我が方に向かっていた敵空戦隊も引き返しつつあります」
「よし。参謀長、此方も一旦両翼を下げて再編成を行わせよう。本隊はこのまま戦闘続行だ」
「はっ!…両翼は随時後退して再編成、空戦隊は引き続き艦隊防空に専念せよ。本隊所属の各分艦隊は交互に斉射を行え。敵に息つく暇を与えるな!」
深く頷くメルカッツ提督の姿が視界の隅に入る。俺の指示は及第点という事だな。
「敵の前進は止まった…しばらく状況は変化しないだろう。参謀長、機を見て宙雷艦を下げてくれ。三十分程指揮を頼む」
提督はそう言うと艦橋を後にした。艦橋に残っているのは俺とシュナイダー少佐の二人だけだ。
「いつ見ても閣下の宙雷艇の運用は見事だな、シュナイダー。そうは思わないか」
「はい。小官は他の提督の方々にお仕えした事はありませんが、艦隊運用において、小型艦艇による近接戦闘法の実施についてはメルカッツ閣下が帝国軍随一ではないか…と思っています」
提督を支えて来た自負もあるのだろう、少佐は我が事の様に破顔した。
「そうだな…閣下の様に宙雷艇を多数運用するお方は珍しい。母艦も改装しなくてはならんし、空戦隊の編制も変えねばならんからな」
「母艦を改装…ですか?」
単座戦闘艇(ワルキューレ)の母艦があるだろう?宙雷艇を多数運用するには母艦を改装して、宙雷艇の専用母艦にせねばならない。となると母艦には単座戦闘艇を搭載出来なくなるから、替わりに戦闘艇を搭載するのは戦艦や巡航艦という事になる。そうすると空戦隊は分散配置が前提になって彼等の運用効率が下がる。それに、単座戦闘艇は空間戦闘から大気圏内戦闘まで万能にこなすが、宙雷艇は空間戦闘しか行えない。単一任務しかこなせない宙雷艇の為に専用母艦を揃えるくらいなら、汎用性のある単座戦闘艇を多数揃えた方が効率的だ、という事になるのさ。母艦を改装しても、搭載出来る宙雷艇は単座戦闘艇を搭載した場合の半分以下だからな」
「そうなのですか…気付きませんでした」
「閣下もその事はご存知だろう。だが閣下はこれまで辺境警備の任務が多かった。辺境警備では武装商船や海賊を相手にする事が多いし、惑星降下などの大気圏内戦闘は稀だから、単座戦闘艇より確実に相手を沈める事の出来る宙雷艇の方を好まれたのだろう」
「成程…」
「単座戦闘艇を艦隊防空に専念させるという事でいいのなら、戦艦や巡航艦への搭載で充分だからな。それに…」
「それに?」
「戦闘艇乗りの連中は、対艦戦闘より戦闘艇同士の空戦の方がお好みだろうしな」
「それは…言えてますね」
「それはそうとしてだ、ミューゼル提督が間に合えばよいのだが。条件さえ揃えば理想的な挟撃になる筈だ」
「敵が…ウィンチェスターが此方の意図に気付いていなければよいのですが」
「…そうだな、無事辿り着いてくれる事を祈るよ」



10月3日02:00
ボーデン宙域、ボーデン星系外縁部(アムリッツァ方向)、自由惑星同盟軍、第十三艦隊旗艦ヒューベリオン、
ヤン・ウェンリー

 ”貴官の言う事は尤もだ。だがわざわざミュッケンベルガーが出馬しているのだ。彼を倒すか降伏に追い込めば、帝国軍どころか帝国そのものにヒビを入れる事が出来る。これはチャンスなのだ“
そう言うグリーンヒル大将の顔は、話す内容とは正反対の表情だった。横に立つチェン参謀長も苦虫を噛み潰したような顔をしている…おそらく私以外の艦隊司令官達に押し切られたのだろう、司令官達は今グリーンヒル大将が口にした内容そのままを上申したに違いない。確かにミュッケンベルガーを倒す事が出来れば、その功績は比類無い物になる…。
「…分かりました。確かにその通りです」

“うむ。申し訳ないが貴官は急ぎフォルゲンに戻り、第九艦隊の援護に当たってくれ。第九艦隊はメルカッツ艦隊と交戦中だ”

「了解しました。直ちに第九艦隊の援護に向かいます」

“ヤン提督、済まないな”

「いえ…」

 通信が終わった途端、ラップがベレー帽を床に叩きつけた。
「何を考えているんだ方面軍司令部は!帝国軍は余力がある内に撤退したって分からないのか!」
「落ち着け、ラップ。分かっているさ司令部は」
「だったら何故だ。方面軍の任務はアムリッツァの防衛だろう、帝国軍の追撃などどうでもいい筈だ」
激昂が止まらないラップに、コホンと咳をしてムライ中佐が話し始めた…おそらく艦隊司令官達に押し切られたのでしょう、ミュッケンベルガー元帥という獲物は余りにも大きい物です……。
「そんな事は分かっているさ!俺が文句を言いたいのはそこじゃない、司令部が艦隊司令官に押し切られた、って事にだ!」
全くその通りだよラップ…意見具申と言えば聞こえはいいが、他の艦隊司令官達は連名でグリーンヒル大将の命令に異を唱えたに違いない、グリーンヒル大将やチェン参謀長の顔を見れば一目瞭然だ…。
「ヤン、お前もだ、何が分かりました、だ!大体だな、追撃戦をやるなんてウチの艦隊は聞いていない、誰かそんな通信を受けたのか?受けちゃいないだろ!」
ラップは普段は物静かだが本質は熱い男だ。上官に対しても物怖じせずに物を言う。
「それにだな、ウチの艦隊が間に合ったからこそミュッケンベルガーは撤退を決めたんだ、それはヤンだけじゃない、皆分かっている筈だ!」

 そうだ。第九艦隊と合流後、ウィンチェスターから依頼された。自分が前に出るから密かに後退してボーデンに向かって欲しい、と。ミューゼル艦隊は負けたままでは終わらないだろうが自分が何とかする、増援が第十艦隊だけでは味方が手詰まりになる恐れがある、ボーデンの味方を救って欲しい、と……ミューゼル艦隊の動きが饒回運動ではないかと推測したウィンチェスターは、我々の撤退を隠す為ににメルカッツ艦隊へ向けて前進した。そしてその動きは成功した。撤退後、アムリッツァ宙域を掠めるようにボーデン宙域に急行、ボーデンの戦場に到着した。我々はミュッケンベルガー艦隊を側面から攻撃する為に第十艦隊を迂回する態勢に入ったが、此方の意図に気づいたのだろう、挟撃体制を構築する前にミュッケンベルガー元帥は撤退を決めた…。
「それにだ、第九艦隊はまだ戦ってるんだぞ!単独でだ!」
「分かった。私も悪かった、だから落ち着いてくれ、ラップ…参謀長」
私が敢えて参謀長の部分に力を込めて呼び掛けた事に気づいたのだろう、彼は深呼吸すると背筋を伸ばし直立不動の姿勢をとって、私に敬礼した。
「…失礼しました司令官、少々頭に血がのぼってしまった様です。熱を覚まして来ます」


02:20
ジャン・ロベール・ラップ

 分かっちゃいるんだよ俺だって…でもな、目の前のニンジン欲しさにヒョイヒョイ着いて行くんじゃ、命令系統も任務もあったもんじゃないだろ…。
「参謀長」
「…グリーンヒル中尉か、どうしたんだ?」
「閣下がこれを参謀長に持って行ってくれと…自室にいらっしゃらなかったので、多分ここ(食堂)だと思いました」
コニャックか…ヤンの奴、いいもの持ってるな…。中尉は氷とグラスを貰って来ます、と言って、厨房の奥に駆けて行く…ヤンには勿体ないくらいのお嬢さんだな、中尉の気持ちに奴が全く気付いていないのがまたもどかしいというか、腹立たしいというか……。
「おや、付き合ってくれるのかい?」
「少しだけですが」
中尉はグラスを二つ用意していた…トング、マドラー、アイスペールがあるのは分かるが、なんでアイスボールの用意まであるんだ?どうなってるんだ、この艦は…。乾杯して一口飲むと中尉が頭を下げた。
「すみません参謀長、父のせいで」
「…お父上が悪いんじゃないさ、武勲に目の眩んだ艦隊司令官達が悪いのさ。それに、中尉が謝る事でもない。ヤンだって分かっているよ」
「はい…」
自分の父親が、自分の好きな男を否定する…いや、否定した訳じゃないが、好きな男からの進言を拒否した現場を見ていたんだ、そりゃ切ないだろう…いや、待てよ、グリーンヒル大将は、中尉のヤンに対する気持ちを知っているんだろうか?通信中、大将からも中尉の事は見えていた筈だ、気持ちを知っててあの内容だと、父娘同士気まずかっただろうなあ…。
「中尉、ちょっとデリカシーに欠けるかも知れないんだが」
「はい?」
「中尉はヤンのどこがいいんだ?」
…酒を吹き出してむせるなんて、まるで漫画だな、分かりやす過ぎる…。
「閣下はその、エル・ファシルで助けて下さった命の恩人ですし、人格も素晴らしいですし、ウィンチェスター閣下もヤン提督は素晴らしい用兵家だ、って絶賛していらっしゃいますし、軍人として敬愛、いや尊敬…尊敬しているだけですが……どこがいいんだ、なんてそんな…」
むせたコニャックの飛び散ったテーブルを拭きながら、新しく二杯目を作ろうとして…溢してしまった中尉は、真っ赤になって俯いてしまった…。
「…閣下には、言わないでくださいますか」
「当然さ。人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて何とやら…だからね」
「あ、ありがとうございます」
ふう…何だか、怒っていたのが馬鹿らしくなってきたな。何時になるかは分からんが…幸せにしてやるんだぞ、ヤン…。
「中尉のお陰で気晴らしが出来た。もう一杯飲んだら艦橋に戻ろうか」


10月4日04:30
ボーデン宙域外縁(ヴィーレンシュタイン方向)、銀河帝国軍、ミューゼル艦隊旗艦ブリュンヒルト、
ジークフリード・キルヒアイス

 ボーデンでの戦闘経過の概略図が、会議室中央のプロジェクターに映し出されている。九月二十八日に戦闘開始、その後三十日は味方、叛乱軍共に四個艦隊同士が戦闘を続行。互角の膠着状態に終始する。十月一日未明、ミュッケンベルガー司令長官の直衛艦隊が戦線参加、中央に布陣。その後再編成。十月二日朝、中央三個艦隊が前進。同正午、ミュッケンベルガー司令長官直衛艦隊による中央突破が開始される。同午後、ギースラー、シュムーデ艦隊、叛乱軍両翼へ攻撃開始。同夜半、直衛艦隊による中央突破策が成功するも孤立状態に陥り、叛乱軍一次増援の第十艦隊と交戦。同艦隊と叛乱軍第二次増援として出現した第十三艦隊による挟撃態勢を構築され、司令長官は撤退を決意…。

 「第十三艦隊。ふ…はっはっは…」
概略図に叛乱軍の第十三艦隊が投影されると、ラインハルト様は頭を抱えて笑い出した…。
「ヤン・ウェンリーめ、我々との戦闘の後ボーデンに向かったのか、道理で見つからない訳だ。私はとんだ道化ではないか」
「ラインハルト様、叛乱軍は我々の動きを饒回運動だと看破したのだと思います。その隙にヤン・ウェンリーは撤退ボーデンに向かった…我々とヤン艦隊が交戦し、痛み分けに終わったのは九月三十日未明ですから、急行すれば十月二日にはボーデンに到着可能でしょう…ですが常識的に考えて同数の艦隊が対峙している状況で、兵力を撤退させるなど考えられません。おそらくウィンチェスターの策謀でしょう」
「…そうだな。普通なら味方が劣勢になるのが分かっていて自分だけ余所に向かおうなどとは思うまい。しかし、またしてもウィンチェスターか」
ラインハルト様はきつく拳を握りしめていた…おそらくウィンチェスターはヤン・ウェンリーの動きを隠すために自らメルカッツ艦隊に向かったのだろう。その状況ならヤン艦隊がメルカッツ艦隊の後ろを取る為に移動中と此方に思わせる事が出来る。現にあの時ラインハルト様はそう考えた。ヤン艦隊の後背に回ろうと饒回運動を開始した矢先だったのだから…。
「しかし、次は立場が逆です。我々が叛乱軍の追撃部隊に逆撃を加えるのですから」
そう、次は立場が逆転する。ボーデンの主力の撤退の報を受けたメルカッツ提督は、我々に主力艦隊の援護に向かえ、と言ってくれたのだ。

“ウィンチェスター艦隊は私が足止めをする。卿はヴィーレンシュタインに向かうのだ。饒回運動の結果、卿の艦隊はすぐにこの宙域を脱する事が出来る。僥倖だな”

「ですが、閣下の艦隊単独では…ヤン艦隊の居場所もまだ不明です」

“なあに…所在不明の敵など居ないのと同じだ。警戒さえ怠らなければ如何様にも出来る…主力が撤退となれば、我々もそのうち撤退となるだろう。卿が先にこの星系を出るだけの事だ。分が悪ければ、我々も後退しすぐに後を追う。さあ、行くのだ”

 …あと二時間もすればヴィーレンシュタイン宙域に入る。距離、時間的に、我々の艦隊はおそらく叛乱軍艦隊の後方に出る筈だ。そのまま叛乱軍を急襲し、主力の後退を容易ならしめる。
「叛乱軍め、よもや真後ろから頭を叩かれるとは思うまい。フォルゲンの失態はヴィーレンシュタインで取り返す…そうだ、ハーンのクライスト閣下に超光速通信(FTL)を」

”どうしたのだ、ミューゼル中将“

「はい。閣下もボーデンの主力が撤退しつつある事はご存知かと思いますが」

“うむ。残念な事だ。ハーンに着いたばかりでこんな事になるとはな”

「小官も同じ思いです。ですが、メルカッツ提督と相談の上、多少の悪あがきをする事にしました」

“ほう。何を企んでいるのだ?”

「はい。小官の艦隊はまもなくヴィーレンシュタイン宙域に入ります。叛乱軍の追撃部隊に一泡吹かせようとしているところでして」

“そうか。ミュッケンベルガー閣下はご存知なのか”

“いえ。メルカッツ提督と小官の独断です。その方が奇襲効果は大きいと思われますので”

“確かにそうだ…だが中将、ただそれだけを伝えるためにわざわざ通信を行った訳ではあるまい?”

「はい。閣下の艦隊でアムリッツァ宙域に侵入して頂きたいのです。おそらくアムリッツァに残る敵は少数でしょう。獲物としては小さいかも知れませんが、叛乱軍に与える衝撃は小さくない筈です」

“なるほどな。という事は早い方が良さそうだ。直ちに行動を開始する。アムリッツァを占拠するのか?”

「いえ、そこまでは難しいと思います。一個艦隊では占拠は出来ても維持出来ません。叛乱軍の軍事施設の破壊、に留めた方が宜しいかと」

“一戦して敵の心胆寒からしめる、という訳だな、了解した”

「宜しくお願いします」





10月4日09:15
ヴィーレンシュタイン宙域、ヴィーレンシュタイン星系外縁、自由惑星同盟軍、第四艦隊旗艦レオニダス、
パストーレ

 ようやく追い付いた、あと三十分もすれば長距離ビームの射程距離内に捉える事が出来る。私、パエッタ、そしてルフェーブル…ミュッケンベルガーを倒し、同盟軍の三英傑として名を馳せるのだ……チュンもいたな。まあ奴はウランフの子飼いだが、席を分けてやる事にするか。クブルスリーは来なかった。グリーンヒルと共にフォルゲン宙域にて待機するという…何が良識派だ、良い子ぶっているだけの意気地無しではないか!

“何があるかは分からない、それにフォルゲンではウィンチェスター提督がまだ戦闘中だ。アムリッツァから離れ過ぎるのは得策ではないと思うが”

そうやって耳障りのいい事ばかり言っているから敵に付け入る隙を与えるのだ。
「閣下!」
「どうした、タナンチャイ参謀長」
「後方の第二艦隊が襲われています!」
「何だと?何かの間違いではないのか」
「間違いではありません!救援要請の矢の様な催促です!」
「…第三艦隊に通信をとれ!」

“丁度よかった、パストーレ提督。後方の第二艦隊から救援要請が来ている”

「此方もだ。どうする?」

“救援に向かわねばなるまい、残念だが”

「…大魚を逃すのは惜しいが、仕方なかろう。だがこのまま無秩序に反転しては追撃中の帝国軍から逆撃を被る恐れがある。貴官が先に向かってくれ。私が殿を務めよう」

“了解した”

全く、パエッタの奴…手間を掛けさせおって、カイタルに戻ったら二杯、いや三杯は奢って貰わねばな…。
「後方、五時方向、高熱源発生!攻撃来ます!」
何だと!?バカな、早すぎる!


10月4日10:30
アムリッツァ宙域、アムリッツァ星系外縁部(ボーデン方向)、銀河帝国軍、クライスト艦隊旗艦スノトラ、
クライスト

 「十二時方向の叛乱軍艦隊、規模一万、距離十光秒」
ミューゼルの依頼のというのは癪だが、主力の撤退援護の為だ、やってやるさ…敵は居ない?いるじゃないか。ハーンに向かえと言われて正直腐っていたが、残り物には福があるというのは本当だったな!
「全艦、砲撃戦用意!」



10月4日12:00
アムリッツァ宙域、アムリッツァ星系外縁部(ボーデン方向)、自由惑星同盟軍、イゼルローン要塞駐留艦隊旗艦バン・グー(盤古)、
ウランフ

 「閣下、帝国艦隊、三時方向!規模一万五千隻、至近です!」
「まさかハーンからとはな…全艦、右九十度回頭、砲撃戦用意」
帝国軍主力の撤退の為にハーンまで出張ったというのか…?
いや、此方の隙をみてアムリッツァに侵入する手筈だったという事か……。
「帝国艦隊、旗艦照合…戦艦ノストラ、クライスト艦隊です!」
「クライスト…イゼルローンの借りを返しに来たという事か……撃て!」



10月4日12:50
ボーデン宙域、自由惑星同盟軍、アムリッツァ方面軍総旗艦ペルクーナス、
ドワイド・D・グリーンヒル

 「ヴィーレンシュタインの状況ですが、第二艦隊壊滅、第四艦隊が残存艦艇の内、八割の損害を出して撤退しつつあります。殿として第三と第十艦隊が現在交戦中です」
「全てミューゼル艦隊の仕業だというのか、参謀長。ミューゼル艦隊はフォルゲンにいる筈だが…」
「隙をみてヤン提督がフォルゲンから此方へ転進しているのです。此方がそれが出来るのなら、帝国軍も同様でしょう」
「確かにそうだな…しかもハーンからも敵が来るとは…」
「第一艦隊はどうなさいますか?」
「クブルスリー提督には急ぎアムリッツァに戻って貰おう。今頃はヤン提督もアムリッツァだ、失陥だけは避けられるだろう。基地のキャゼルヌと話したい。超光速通信(FTL)を」

「了解致しました」

“大変な状況になってしまいましたな”

「うむ。キャゼルヌ少将、アムリッツァの状況だが…」

“ウランフ閣下からも連絡を頂きました。現在、民間人の山間部への疎開準備を進めています”

「了解した。済まないな。現在クブルスリー提督の第一艦隊をそちらに向かわせるところだ。それに、第九艦隊の支援に第十三艦隊がアムリッツァ経由でフォルゲンに向かっている。今頃はアムリッツァに居る筈だ。うまく行けばヤン提督が駐留艦隊を援けてくれるだろう。間に合うといいのだが」

“閣下はどうなさるのです?”

「此処で追撃部隊の帰還を待つ。彼等を抑えられなかったのは私の責任だからな」

「…了解しました。此方も最善を尽くします」


10月4日19:00
アムリッツァ宙域、アムリッツァ星系、自由惑星同盟軍、第十三艦隊旗艦ヒューベリオン、
ヤン・ウェンリー

 「イゼルローン駐留艦隊旗艦、バン・グーの反応が無い、とオペレータが言っています……残存艦艇の収容を行いますか」
報告するグリーンヒル中尉は青ざめている……。
「…了解した。参謀長、第一艦隊が到着するまで此処に留まる。フォルゲンも心配だが、我々が去った後あの艦隊が引き返して来ないとも限らない」
「はっ」
我々の艦隊を確認し、後背を突かれると思ったのだろう、帝国艦隊はハーン方向に後退していった。それはそうと、追撃部隊はひどい目に遇ったらしい。第二艦隊は壊滅状態、第四艦隊も損害が残存艦艇の八割に達し、第三艦隊はミューゼル艦隊と反転したギースラー艦隊との挟撃に遇ったものの第十艦隊が割って入り、命からがら撤退したという…。

 「やれやれ…我々が撤退してボーデンに向かった様に、ミューゼル艦隊も撤退してヴィーレンシュタインに向かったのか…しかし、とんでもないな、ミューゼル艦隊は。ウィンチェスター提督が高く評価するのも頷けるよ」
「ですが、フォルゲンではそうではありませんでしたが」
「状況が違うよ参謀長。フォルゲンでは我々に地の利があった。それにミューゼル中将にとっては自分が敗れた艦隊との再戦だ、慎重になりすぎたのだと思う。今思えば、彼等が機雷原を全て爆破してもおかしくはなかった。そうなれば敗れていたのは我々だっただろう。ボーデンでは味方が齟齬を犯した。ミュッケンベルガーに気を取られ過ぎて後方の警戒を怠った。これではどうしようもない」
「ですが、その状況ならミューゼル中将ではなくとも、どんな艦隊司令官でも勝利は確実なのではないですか?」
「ミューゼル艦隊は会敵後一時間もかからずに第二艦隊を壊滅状態に追い込んでいる。そしてそのまま第四艦隊へと矛先を向けた。第四艦隊に組織的な抵抗をする力がないと見るや、第三艦隊を反転したギースラー艦隊と挟撃して半壊に追い込んでいる。第十艦隊は無事だったが、それでも少なくない被害を出している…ここまで三時間ちょっとだ、誰でも出来る事じゃない」

 ラップが目配せすると、パトリチェフ少佐が慌てて概略図を表示した。今私が話した内容が映し出される。概略図で改めて見ると、流れる様にミューゼル艦隊が動いて行く…際立った手際の良さだ。追撃の各艦隊の距離がそれほど離れていなかったせいもあるだろうが、見事だ……見事と言ってはいけないか…。
「閣下、第九艦隊から超光速通信(FTL)です」
グリーンヒル中尉がそう言いながら通信オペレータに合図すると、通信が司令部艦橋に回された。スクリーンにの中のウィンチェスターは力なく笑っている…大変だったのだろう…。
「そちらに急行していたのですが、ウランフ提督から救援要請を受け現在アムリッツァ星系にて待機しています。第一艦隊も此方に向かっていますので、引継ぎ次第そちらに向かうのですが…旗艦バン・グーの撃沈を確認。ウランフ提督はおそらく戦死なさったものかと…残念です」

“此方にもヴィーレンシュタインやアムリッツァの状況は伝わってきました。どうやら各星系の帝国艦隊にも撤退命令が出た様です、メルカッツ艦隊は後退しました…ウランフ提督が…そうですか”

「帝国軍はハーン宙域にも艦隊を配置していた様です。ウランフ提督はその艦隊の襲撃を受けたと思われます」

“ハーンですか。通常の場合、帝国軍はハーン宙域を軍事行動には使用しないのです。フェザーンに近いですから”

「ええ、過去の戦いからもそれは明らかです。フェザーンの経済活動に支障が出る、それが理由ですね」

“はい。ですが、帝国軍は今回ハーン宙域を通過した…フェザーンが帝国よりに動いた、という事ですね。あ、アムリッツァ、カイタルは無事ですか?”

「ええ、すんでのところで無事の様です。敵艦隊は我々の姿をみて後退しましたから」

“よかった…ヤン提督、此方への移動は不要です。そのままアムリッツァにて待機して下さい。此方もメルカッツ艦隊は後退しました。撤退を見極めるまでは我々はフォルゲンから離れられませんが、もう増援は必要ないと思います”

「了解しました」

“お互いに無事で良かったですね、では”

通信は切れた。
「聞いての通りだ。このままアムリッツァで待機する。戦闘配置はまだ解く事は出来ないが、休憩してくれ、六時間だ。みんな、とりあえずはお疲れ様」
皆が背伸びしたり欠伸をしたり、思い思いにしゃべりながら艦橋から離れて行く。残ったのは私、グリーンヒル中尉の二人だけだ。
「中尉、貴官も休んだ方がいい。疲れただろう?」
「いえ…閣下こそお疲れなのではありませんか。フォルゲンでの交戦開始から、ずっと艦橋で指揮をお執りになっておられました」
「私は足を投げ出して座っていただけだ。疲れてはいないよ。それより、紅茶を頼めるかな。ブランデーを…」
「ブランデーをたっぷりですね、閣下」
「そうそう。それが終わったら休みなさい。命令だ」
「…はい。了解致しました」
中尉が艦橋を出て行く。ラップの言う通りだ、追撃などしなければこんな事にはならなかっただろう。ウランフ提督が戦死、第二艦隊壊滅、第三、第四艦隊も被害甚大…。ハイネセンに還れるのは当分先になりそうだな。ユリアンは元気でやっているだろうか…。


 
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