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星々の世界に生まれて~銀河英雄伝説異伝~

作者:椎根津彦
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激闘編
  第九十一話 憂い

帝国暦486年11月1日14:35
ヴァルハラ星系、オーディン、銀河帝国、銀河帝国軍、ミュッケンベルガー元帥府、
ラインハルト・フォン・ミューゼル

 「副司令長官職…でございますか?」
「不服か?」
「滅相もございません、小官ごとき若輩者には過分な地位でございます。ですが、小官は大将であります、小官などより経験豊富で上級大将でもあるクライスト閣下や同階級ではメルカッツ閣下の方が適任ではないかと…」
今回の出兵の結果、艦隊司令官の中では、俺とメルカッツが大将に昇進、クライストが上級大将に昇進した。また、俺の艦隊に所属する分艦隊司令達も功績の顕著だった者は皆昇進した…叛乱軍一個艦隊を殲滅、もう一個艦隊を潰走に追い込み、更にもう一個艦隊を半壊させた…うまく後背を取る事に成功したからだが、自分でもああ上手く行くとは思わなかった。
「メルカッツか…確かに奴も用兵巧者ではある。だが、奴には過日の卿の様な事は出来んだろう。それに、メルカッツはどちらかというと守勢に強い男だし、クライストは命令があってこそ働ける男だ。両名とも臨機応変の才は卿に及ばぬであろう。副司令長官ともなれば、自らの裁量で軍を動かさねばならぬ時もある。兵達は勝てる指揮官を好む。それが卿を選んだ理由だ」
メルカッツは守勢に強い…そうかもしれない。でなければ先日の戦いの様に、俺をボーデンに向かわせたりはしないだろう。
「そこまで評価して頂けるとは…ありがとうございます」
「正式の任命は今少し先になるが、その心づもりで居てくれ。卿の率いる艦隊司令官達だが…卿の子飼いから選ぶといいだろう。昇進した者達が幾人か居る筈だ。知らぬ訳ではあるまい?」
「はっ」
俺の艦隊でもミッターマイヤー、ロイエンタールが中将に昇進している。他にもケスラー、メックリンガーも同様だった。他の推挙した者も昇進している…副司令長官、望むところだが、何故だ?今までミュッケンベルガーは副司令官を置かなかった。それがここに来て…何か理由があるのか?

 元帥府を離れ、俺はキルヒアイスと共にヒルデスハイム伯のところに向かう事にした。伯爵はクラーゼン元帥府にて幕僚副総監として軍務に就いているが、今日は休暇という事で在宅中、との事だった。
「伯に会うのも久しぶりですね、ラインハルト様」
「ああ、お元気であられるといいが」
「ミュッケンベルガー閣下とのお話、いいお話だった様ですね」
「何故そう思う?」
「噂になっています。元帥はラインハルト様を自らの後継者にするおつもりではないか…と」
「事実なら嬉しいが、事実でなければ好ましくない噂だな」
以前の様に、露骨に俺を悪し様に罵る輩も少なくなった。姉上がブラウンシュヴァイク公の庇護下にある事もあり、俺も公の与党と見られているからだ。それと、ヒルデスハイム伯の幕僚として勤務した事が大きかった。大貴族の役立たず艦隊を正規艦隊と遜色ないレベルまで引き上げ、前線を担う事の出来る艦隊を作り上げた有為の人材…そう評価されているからだった。貴族艦隊で功績を上げれば上の覚えがめでたい…今ではそう考えて配属先に貴族の艦隊を選ぶ中級指揮官が増えているという…。

 「事実でなければ、俺を陥れたい連中には願ってもない内容だ」
「そうですね。注意が必要です」
…有為の人材、そうでなければヒルデスハイム伯が自分の艦隊を引き継がせはしない、軍上層部はそう判断したのだ。ウィンチェスターに喫した手痛い敗戦はあったものの、艦隊を引き継ぎ、先日のボーデンでの戦いでそれを覆した。噂が示している通り、ミュッケンベルガーの後釜に近い位置にあるのも確かだろう。だからこそ自重しなくてはならない。ミュッケンベルガーが副司令長官職を置く理由、またはそれに近い物が分からなければ安心する事は出来ない。

 「…変わられましたね、ラインハルト様は」
そう言ってキルヒアイスは微笑した。
「そうか?」
「以前の様にあからさまに覇気を表に現す事がなくなりました」
「…ふん、そうかもしれないな。今思うと恐ろしい事だ。自分以外…お前を除いてだぞ、キルヒアイス…自分以外が馬鹿に見えていたのだからな…覇気などではない、稚気だな」
だが、そうではなかった。確かに幼年学校の貴族の姉弟どもは馬鹿ばかりだ。だがそれをとりまく者達…特に大貴族を支える人間達や軍上層部はそうではない。自分の居る世界が狭すぎて、それが見えていなかったのだ。反骨心がそれを更に助長した…そう思わねばやってはいられない、そういう気分もあったのだろう。

 「そうではなかった、と?」
「ああ。考えても見ろ、十歳の子供がこの世の全てを理解出来ると思うか?」
「幼年学校に入る前の話ですね、それは」
「そうだ。あの頃は見える世界が単純だった。奪われた姉上を取り戻す為の力が欲しい、皇帝を凌ぐ力が欲しい…単純にそう考えて軍人になった。だがそれも皇帝に仕えざるを得なかった姉上のお陰だ」
「はい」
「姉上を取り戻し帝国の頂点に立つ、その思いは今も変わらない。だがそれは二人の力だけでは駄目だ、ただ単純に武勲をあげるだけでは駄目なのだ。俺はこの帝国を、自分の立つ世界をもっと知らなければならない」
「…それがヒルデスハイム伯に会う理由ですか」
「それだけではないがな。伯爵には世話になったし、お礼も言わねばならん」
「ご令嬢にも会えますしね」
「…ご令嬢?何の事だ」
「本当に興味のない事は何も知らないんですね、ラインハルト様は……」


16:30
オーディン、ヒルデスハイム伯爵邸、
エーバーハルト・フォン・ヒルデスハイム

 「突然の訪問、まことに申し訳ございません。お邪魔ではなかったでしょうか」
「卿等ならむしろ大歓迎だ。さあ、座るといい」
ここに来たのはおそらく副司令長官職の件だろう、だがわざわざ訪ねてくれるのは嬉しいものだ、さぞ娘も喜ぶだろう。
「ボーデンでの活躍は聞いているぞ、叛乱軍の三個艦隊を手玉に取ったというではないか。卿に艦隊を任せた甲斐があったというものだ」
「ありがとうございます。ですが、たまたま上手くいったに過ぎません。フォルゲンではまたしてもウィンチェスターにしてやられました。メルカッツ提督にも迷惑をかけてしまいました」
「戦闘の推移は私も見せてもらった。ウィンチェスター、ヤン・ウェンリーが相手と聞いて固くなったのであろう?」
「はい、恥ずかしながら」
「ヤン・ウェンリーという男はウィンチェスターの艦隊の後継者だったな。イゼルローン要塞にも居たな、確か」
「はい。ウィンチェスターの参謀長を務めていた男です」
「となれば一筋縄ではいかんだろう」
「はい。その背後に増援としてウィンチェスター艦隊…正直、何をしでかすか分からぬ怖さを感じておりました」
「ふむ…好敵手というのは居るものだな。私も卿をけしかけてしまったからな」
「力及ばず申し訳なく思っております」
「はは…これから幾らでも相まみえる機会はあろう。敗けたとしても最後に立って居れば卿の勝ちだ」
「肝に命じます」
「ここに来たのはこんな追従を聞く為ではあるまい?だがその前に夕食としようか。実はな、卿等が来たと聞いてハイデマリーが居ても立ってもおれん様でな」

 …ハイデマリーがハット達の手伝いをするとはな。お嬢様、よいのです、いいえ、手伝わせて…もう充分に年頃だな…。
「急な事で有り合わせで済まんが、食べてくれ」
「いえ、これで有り合わせ等と言われては、普段我々が食べているものは何なのか…と頭を抱えたくなります、なあキルヒアイス…では、頂きます」
話したくて堪らなかったのだろう、ハイデマリーがはしゃいでいる。
「ミューゼル様、ボーデンでの戦では大活躍だったのですって?父から聞きました」
「ここに居るキルヒアイス少将や皆の助けがあったからです。小官一人の力ではありませんよ、フロイライン」
「でも、ミューゼル様の事をお好きでなければ、皆も助けてくれないのではなくて?」
「小官の事を好きでなければ…ですか?」
「はい!キルヒアイス少将もミューゼル様の事が大好きだから、ミューゼル様をお助けするのでしょ?」
「はは…はい、その通りです、ハイデマリー様」
「ほら、やっぱり!私もお供してみたいなあ。いいでしょお父様」


18:10
ジークフリード・キルヒアイス

 「ハイデマリー、ミューゼル大将は遊びで前線に行っているのではないのだぞ。良い訳がないだろう」
「ええ…残念だなあ」
父娘の会話に反応に困るラインハルト様を見ているのも面白いが、屈託のないハイデマリー嬢を見ているのも面白い…ラインハルト様はハイデマリー嬢の気持ちに気付いては…いないか。
「ハイデマリー様はミューゼル大将をお助けしたいのですか?」
「はい!」
「お側に着いて行かなくとも、無事を祈って頂けるだけで充分に助けになりますよ。そうですよね、ラインハルト様」
「あ、ああ…その通りですフロイライン。無事を祈ってくれる方が居る、そう思うだけで力強く感じるものです」
やれやれ…ラインハルト様のオウム返しにヒルデスハイム伯も苦笑している。ハイデマリー嬢はともかく、伯爵はどうお考えなのだろう。自分の娘が、地位は得ているとはいえ帝国騎士に過ぎない家柄の者に好意を抱く…諦めさせるのだろうか、それとも……。


19:30
ラインハルト・フォン・ミューゼル
 
 「良い夕食でした、馳走まことに感謝いたして居ります」
「そうかしこまらんでいい…ところで此処に来たのは例の件の事であろう?」
執事のハット夫妻が酒を運んで来た。夫妻が退出すると、伯爵自らそう切り出した。
「お見通しでしたか…今日、ミュッケンベルガー閣下から、小官の宇宙艦隊副司令長官職への就任の内示がありました。既にご存知でございましたか」
「うむ。クラーゼン閣下から聞いた」
「有難いお話なのですが…」
「何故、副司令長官を置くのか、という事だな」
「はい。今までミュッケンベルガー司令長官は副司令官を置かれませんでした。何故今になってその職が必要なのか、理解出来ない部分がありまして…閣下なら何かご存知ではないかと」
伯はグラスに…俺達の分もだ…ブランデーを注ぐと、香りを楽しんでからグラスを口元に運んだ。
「卿等が出征する前の事だ。陛下がお倒れあそばされた。無論、箝口令が敷かれた。三日程で意識は戻り事なきを得た…心配要らん、陛下が倒れられたのは卿の姉君の所ではない」
皇帝はバラ園で倒れていたという。暗殺や弑逆の類いではなく、バラの世話中に誤って転び、頭部を強打したせいらしかった。
「陛下は以前から体調に不安を抱えておられる。これまでも何度か臥せっておられるが、今まではただの体調不良や深酒の類いが主であった」
深酒の類い…それは体調不良とは言わぬのではないか、そう思ったが、それを言っては伯も気を悪くするだろう…。
「では、昏睡状態になったのは今回が初だと」
「そうなのだ。まあ、此度は陛下ご自身がお転びあそばされたからなのだが、危機的状況になったのは間違いない。それで今更ながらに事の重大さに気がついたのだ」
「事の重大さ…後継者ですか」
「そうだ。陛下は未だ後継者を定められてはおらん。後継ぎはブラウンシュヴァイク家かリッテンハイム家のどちらかから…公然とそう思われているから、誰も気にしなかったのだ」
フリードリヒⅣ世は自分の娘をそれぞれブラウンシュヴァイク公、リッテンハイム侯に降嫁させている。そしてそれぞれの家に一人ずつ孫娘が生まれていた。エリザベートとザビーヌだ。
「まことに畏れ多い事ながら、陛下は何故お世継をお決めなさらぬのでしょう?閣下はどう思われますか」

 伯爵のグラスにキルヒアイスが三杯目を注ぐ。意外なのはハイデマリー嬢も我々の話を聞いている事だ。伯爵なりの教育法なのかもしれない。態度から察するに口出しは禁じられている様だった。彼女はとんでもない量の生クリームの乗ったマキアートを飲んでいる…食べていると言った方がいいかもしれない。
「ふむ…ご自分が即位された折の事を、念頭に置いて居られるのかも知れぬな。元々陛下は後継者とは見なされておられなんだ…」
そう、若い頃の皇帝は放蕩者と見なされ、後継者としては見られていなかった。長兄リヒャルト、三男クレメンツが相次いで死に、奴に順番が回って来たに過ぎない。後継者など決めずとも、誰かがなるべくしてなる、そう考えているのかも知れない。
「決めたら決めたで宮中が緊張するのは間違いないがな、それに後継候補は両家の孫娘だけではない。もうお一人候補がいらっしゃるのだ」
「それはどなたですか?」
「亡くなられた皇太子ルードヴィヒ殿下のご子息だ。エルウィン・ヨーゼフと申されるお方で、今はまだ五歳ではなかったかな」
五歳…幼児がこの帝国を統べる事になるかも知れんとは…滑稽だな…だが血筋からすればその幼児が一番跡取りに近い筈だ。しかしそうは見なされていない、何故だ?
「ではそのお方がお血筋として後継者に一番相応しいのではないのですか」
「そうなのだがな。後ろ楯が居ない」
「なるほど、それで後継者と見なされて居らぬ、という事ですか」
滑稽どころか悲惨な話だ。自ら皇位を望まぬ限り、誰からも期待されていない人生を送る事になる。何の為に生まれ、何の為に生きるのか…。
「世知辛い話ではあるがな」
ハイデマリー嬢にきつく睨まれながら、伯は五杯目を注ぎ出した。伯はどう考えているのだろう…。

 「…閣下はご世嗣ぎについてどのようなお考えですか?」
「…ブラウンシュヴァイク一門としてはエリザベート様を押すが…貴族の一人としてはエルウィン・ヨーゼフ殿下だな」
そう答えた伯爵の表情は苦しそうだった。訊いてはいけない質問だったのかも知れない。
「…話を戻そうか。おそらくミュッケンベルガー元帥は帝国の混乱、特に帝都の混乱を防ぐ為には自分がオーディンに残るしかない、と考えたのだろうな。陛下の健康状態が不安な今、おいそれと外征になど出られない…と」
ミュッケンベルガーが前線に出ないとなれば代わりに宇宙艦隊を指揮する者が必要になる。それで副司令長官、という訳か。
「卿の副司令長官職への就任は反対する者が多かった。普段人事に口出しする事のないクラーゼン元帥ですら反対だったからな。確かに功績はあげた、だがそれは一個艦隊の指揮官としての物に過ぎぬ、複数の艦隊を率いて戦う事が出来るのか、と。それに…」
「小官の出自、でしょうか」
「それもある。だが一番の理由は卿がブラウンシュヴァイク一門の子飼いと見られている事だ」
そうだ。姉上がブラウンシュヴァイク公の庇護を受けている以上、俺も公の子飼いという事になる。地位を得る為には仕方ないと伯爵の参謀になった時からそれは覚悟していたが…。
「変事が起きた時、卿がブラウンシュヴァイク公に与すると思われているのだ。もしそうなったらミュッケンベルガー元帥がオーディンに留まる意味がない。宇宙艦隊は二つに割れる事になる」
変事…皇帝の死、だろう。このまま皇帝が後継者を決めぬまま死ねば、ブラウンシュヴァイク一門とリッテンハイム一門とで後継者争いが起こるのは間違いない。それを防ぐ為にミュッケンベルガーは帝都に残る…確かに俺がブラウンシュヴァイク公に付いたら、ミュッケンベルガーの行為は無意味になる。叛乱軍に知れたら混乱に乗じて攻め込んで来るだろう…。

 空になったグラスを見つめていると、ハイデマリー嬢が新たにブランデーを注ぎ出した。
「小官や姉上が伯爵並びにブラウンシュヴァイク公から並々ならぬご厚情を頂いているのは事実です。ですがそれは私事に過ぎません。小官個人の問題以前に、小官には帝国の安寧を護る大事な任務があります」
「…そう割り切る事が出来るのか?姉君はどうなる?陛下が崩御なされたら、またぞろベーネミュンデ侯爵夫人辺りが騒ぎ出すであろう。リッテンハイム侯も侯爵夫人を利用するかもしれん。卿は軍務だ、姉君を守る事が出来るのか?その事をブラウンシュヴァイク公に指摘された時、卿は私事は私事、軍務は軍務と割り切れるのか?」
「それは…」
充分に考えられる話だった。最悪の場合、ブラウンシュヴァイク公は姉上の命を奪うと強迫してくるかも知れない。
「…心しておく事だ。畏れながら、陛下とて不老不死ではいられない、死というものはいつ訪れるか分からんからな。副司令長官ともなればもはや簡単に首をすげ替えられる存在ではない。軍務次官、統帥本部次長、幕僚総監と並ぶ軍の要職だ。新任の大将ながらその職に就く…生半可な覚悟では務まらんぞ」
「はい。覚悟しております」
伯はそう言うと、分かった分かったとハイデマリー嬢に投げやりに答えてグラスを一気に飲み干した。

 ハイデマリー嬢が頃合いとみたのかハット夫妻を呼んだ。有無を言わさず酒を片付けてしまうつもりなのだろう。
「閣下のお話を聞けて、心から良かったと安堵しております。本当に来て良うございました」
「これからは副司令長官と呼ばねばならんな」
「それはちょっと…」
「はは…今日は泊まっていくがいい、既にハット達にはそう伝えてある」
「では…有難くお言葉に甘えさせていただきます」

 風呂を終えて用意された寝室に戻ると、キルヒアイスが神妙な顔をして窓の外を眺めていた。
「何か、あったのか?」
「いえ…伯は、ヒルデスハイム伯爵はどの様になさるおつもりなのかと思いまして」
「どの様に…それは皇帝が死んだら、という事か?」
「はい。伯は藩屏としての義務を果たす為貴族艦隊を訓練する、と仰って幕僚副総監の職に就かれました」
「そうだったな」
「幕僚副総監は言わば閑職ですからそれは可能ですが、伯はブラウンシュヴァイク一門、リッテンハイム一門両方の大貴族の艦隊の訓練を統括しておられます」
「派閥に関係なく訓練を行っているという事だな」
「はい、そして正規艦隊の一員としてノルトハイム兄弟を宇宙艦隊に送り込んでいます」
「送り込んでいる、というのは語弊があるのではないか?」
「いえ、途中から当時のヒルデスハイム艦隊に加わったラインハルト様や私と違って、ノルトハイム兄弟は伯の一門です。軍が要請したからといって簡単に伯が手放すとも思えません、自家の艦隊の指揮官なのですから」
「そうだな、ノルトハイム兄弟まで軍に取られては艦隊の指揮に支障をきたす事は間違いない」
「はい。そして伯のお考えではミュッケンベルガー元帥は万が一の為に帝都に残るという事ですが、その際ノルトハイム二個艦隊はどうなるのでしょう。普通に考えれば、ノルトハイム二個艦隊はブラウンシュヴァイク公につくでしょうが…」
「そう考えるのが普通だな」
「はい…あと伯爵は、一門としてはエリザベート様を推すが、藩屏としてはエルウィン・ヨーゼフ殿下を推すと仰られました。この意味は…」
「…藩屏としての義務を果たすおつもりかも知れんな」
「はい、ブラウンシュヴァイク一門としてではなく帝室の藩屏としての義務を果たす…その為にノルトハイム兄弟を軍に送り込んだ…」
キルヒアイスの想像通りだとすれば…もしそうなったらブラウンシュヴァイク公は激怒するのではないか。一門の重鎮たるヒルデスハイム伯爵がブラウンシュヴァイク公と決別する…。
「お前の想像通りだとすれば、俺はブラウンシュヴァイク陣営に取り込まれる可能性が高くなるな…」
これが権力中枢に立つという事か。巻き込まれた、では済まない、俺は自ら進んでその渦中に入る事を覚悟していたのではなかったか…。
「伯の言う通り、今後は相当な覚悟が必要だな」
「はい」


22:00
ハイデマリー・フォン・ヒルデスハイム

 お父様ったら、飲み過ぎよ!…ラインハルト様やキルヒアイス少将が来られて余程嬉しかったのかしら。でも、三人のお話は結構怖い内容だった…あら、お父様、今度は本を読み始めたわ…。
「お父様、何のご本を読んでいらっしゃるの?」
「ん、ああ、これは『銀河帝国建国史』という本だよ。ルドルフ大帝が銀河帝国を建国した頃の事が書いてある」
「へぇ…銀河帝国は昔から銀河帝国ではなかったの?」
「そうだね。銀河帝国が成立する前は、銀河連邦という国があったんだ。ルドルフ大帝はその銀河連邦の軍人だったんだ」
ルドルフ大帝がもの凄く偉いお方というのは知っていたけど、銀河連邦という国の事は家庭教師も教えてくれなかった。初耳だわ…。
「何故、ルドルフ大帝は銀河帝国をお造りになったの?」
「…当時の銀河連邦は腐敗が進んでいた。国の体制も、社会も。ルドルフ大帝はそれを変えたかったんだよ。社会に秩序と活力を、強力な指導者を…大帝は軍を辞めて、政治家になった。銀河連邦を変える為にね」
「そうなのですね…じゃあ、帝国が出来る前は、賄賂とかそういう物が日常茶飯事だったって事?」
「…そうだね」
「じゃあ、今の帝国を見たら、ルドルフ大帝はお嘆きになられるのじゃなくて?」
「おいおい…どうしてそう思うんだい?」
「園遊会ではそんな話ばかりだもの。お父様だって知っているでしょう?」
私がそう言うと、お父様は黙ってしまった。やだ、言ってはいけない事だったのかしら……。
「お父様、ごめんなさい」
「いや、お前の言う通りだよハイデマリー…でも、その事を外で言ってはいけないよ」
「はい」
「もっと聞かせてやりたいが、終わる頃には朝になっているだろう。興味があるのならまた今度聞かせてあげよう、今日はもう遅い、そろそろ寝所に入りなさい」
「はい、お父様」
無言になった時のお父様の顔は少し怖かった。あんな本を読んで、お父様は何を考えていらっしゃるのだろう。ラインハルト様、キルヒアイス少将、お父様といつまでも仲良くしてさしあげて下さい…。


11月15日09:40
オーディン、ミュッケンベルガー元帥府、ミューゼル艦隊司令部事務室、
オスカー・フォン・ロイエンタール

 「俺達もとうとう艦隊司令官という所まで来たか。数年前は想像もしていなかったな」
「これまでも平民や下級貴族出身の艦隊司令官が全く居なかった訳ではないさ。人事局が珍しくまともな仕事をしただけだ」
今事務室には新しく艦隊司令官職を拝命した者達が揃っている。俺、そして僚友たるミッターマイヤー。ケスラー、そしてメックリンガー。
「だが、ミューゼル閣下が宇宙艦隊副司令長官になられるというのは、我々以上に名人事だな。そうは思わないか、ロイエンタール」
「そうだな…いずれそういう役職に就かれるとは思っていたが、意外に早かったな」
ボーデンでの戦…あれは心地よいものだった。流れる様な戦闘、時期を逃さぬ指示。ミューゼル閣下は俺達二人を、そう、手足の様に使い、叛乱軍を切り裂いた。あの戦いこそまさしく俺の求めていたものだ。人の指示で動くというものがあんなにも心地よいものだとは思わなかった。名演奏家によって奏でられるコンツェルト…ふん、これはメックリンガーの領分か。だがそう思わずにはいられない時間だった…。おそらくミッターマイヤーもそう感じているだろう。やっと我々を使いこなせる人物に出会ったと。

 「大将での副司令長官への抜擢、確かに近年希に見る名人事かも知れんな」
そう言ってミッターマイヤーは深く頷いた。
「しかし抜擢された分、ミューゼル閣下の一挙手一投足に注目が集まる。配下にある我々とて同様だ。気を付けて欲しいものだな、ロイエンタール提督」
「それはどういう意味かな、メックリンガー提督」
「はて、意味が解らぬロイエンタール提督とも思えぬが」
ふん、言ってくれるではないか…だがメックリンガーの言う通りだ、しばらく女は自重するか…。
「止めた方がいいぞメックリンガー提督、モテない男のひがみに聞こえるぞ」
「…そう言う卿はどうなのだ、ケスラー提督」
「だから俺は何も言わんのさ」
ケスラーはそう言って笑った。ミッターマイヤーはいいとして、こいつ等は夜を共にする女の一人も居ないのか…?
「…何か言いたそうな顔だな、ロイエンタール提督」
「いや、何でもない…ところでケスラー提督、ミューゼル閣下はまだかな」
「先程決済の必要な書類をご覧になられていたから、まもなくだろう」

 ケスラーが言い終わらぬ内にミューゼル閣下がキルヒアイスを伴って入室した。わざわざ麾下の艦隊司令官たる我々を集めるという事は、新たな軍事行動でも始まるのだろうか。

ミューゼル艦隊:一万五千隻
艦隊司令官:ラインハルト・フォン・ミューゼル大将
参謀長:ジークフリード・キルヒアイス少将
同参謀:トゥルナイゼン大佐
同参謀:フェルデベルト中佐
副官:フェルナー少佐
分艦隊司令:シューマッハ少将(三千隻)
同司令:ワーレン少将(三千隻)
同司令:ルッツ少将(三千隻)
本隊所属分艦隊司令:ミュラー准将(五百隻)
同司令:ビッテンフェルト准将(五百隻)
同司令:シュタインメッツ准将(五百隻)


ミッターマイヤー艦隊:一万二千隻(編成中)
艦隊司令官:ウォルフガング・ミッターマイヤー中将
参謀長:ディッケル准将
同参謀:ドロイゼン大佐
副官:アムスドルフ大尉
分艦隊司令:ケンプ少将(三千隻)
同司令:バイエルライン准将(一千隻)
同司令:ジンツァー准将(一千隻)
同司令:レマー准将(一千隻)

ロイエンタール艦隊:一万二千隻(編成中)
艦隊司令官:オスカー・フォン・ロイエンタール中将
参謀長:ヴィンクラー准将
同参謀:ハーネル大佐
副官:レッケンドルフ大尉
分艦隊司令:ゾンネンフェルス少将(三千隻)
同司令:シュラー准将(一千隻)
同司令:ディッターズドルフ准将(一千隻)
同司令:バルトハウザー准将(一千隻)
同司令:ハーネル准将(一千隻)

メックリンガー艦隊:一万二千隻
艦隊司令官:エルネスト・メックリンガー中将
参謀長:リッチェンス准将
同参謀:シュトラウス大佐
副官:ザイフェルト大尉
分艦隊司令:レンネンカンプ少将(三千隻)
同司令ビュンシェ准将(一千隻)
同司令:レフォルト准将(一千隻)
同司令:グローテヴォール准将(一千隻)

ケスラー艦隊:一万二千隻(編成中)
艦隊司令官:ウルリッヒ・ケスラー中将
参謀長:ブレンターノ准将
同参謀:ヴィッツレーベン中佐
同参謀:フェルデベルト中佐
副官:ヴェルナー大尉
分艦隊司令:アイゼナッハ少将(三千隻)
同司令:イエーナー准将(一千隻)
同司令:ニードリヒ准将(一千隻)
同司令:ゾンダーク准将(一千隻)

 「卿等に集まって貰ったのは今後の方針を理解してもらう為だ。キルヒアイス、始めてくれ」
ミューゼル閣下に促されてキルヒアイスが説明を始めた…皆キルヒアイスの説明を聞いているのだが、俺も含めミッターマイヤー達の視線は一人の少佐に注がれていた。
「方針については以上です。質問のある方はおりませんか?」
ミッターマイヤーが手を挙げた。
「ミュッケンベルガー司令長官は皇帝陛下に何事か起こる、とお考えなのですか?」
「はい。畏れ多い事ながら、陛下の体調を心配なさっておいでです。もし陛下がお倒れになられる、またはお隠れになられた場合、国内で変事が起きてもおかしくはない、または起きる、とお考えの様です。この事が叛乱軍に知れた場合、彼等が何を企むか…」
「成程、もし何事か起こればミュッケンベルガー司令長官は混乱を防ぐ為に帝都を離れる事が出来なくなる、叛乱軍への対処が我々に課せられた使命という訳か」
「はい。仰る通りです」
「了解した。ところでミューゼル閣下、そこに居りますのは閣下の新しい副官でございますか」
皆の視線に気づいていたのだろう、ミューゼル閣下が笑い出した。
「ああ、紹介を忘れていた、アントン・フェルナー少佐だ。キルヒアイスが参謀長職が多忙そうなのでな、新しく副官を付ける事にしたのだ。フェルナー少佐、自己紹介を」

 「はっ…アントン・フェルナーであります。この度ミューゼル副司令長官の副官に任じられました。帝国軍の精鋭たる皆様と共にミューゼル閣下に仕える事が出来ますのは、まことに光栄であります。至らぬ身ではありますがご指導の程宜しくお願いします」
自己紹介の内容とは正反対の面構えで敬礼し、元の位置に戻って行く…一癖も二癖もありそうな男だ。
「フェルナーはブラウンシュヴァイク公の家臣でもある。艦隊勤務は始めてだ。気づいたところが有ったら卿等も遠慮なく教えてやってくれ」
ブラウンシュヴァイク公と聞いて、皆の顔が複雑な彩りを帯びる……これからは叛乱軍だけを相手にしていればいい、という訳ではなさそうだな。何やら面白くなりそうだ
 
 
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