リュカ伝の外伝
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魔道車の中は密会に最適
(グランバニア王都)
周囲が冬の黄昏に包まれる頃、グランバニア王都内を軽快に走る1台の魔道車の中で、若い男が二人……柔和な表情で語り合っている。
「……で、如何だった、ピパン君の印象は?」
「……坊っちゃんの仰る通り、概ね好印象ではありますね」
「だ~か~らぁ~……『坊っちゃん』は止めてよぅ! 一応僕は君等の上司になる……って言うか、既に上司なんだから!」
「ふふふっ……失礼致しました。だけどルディー君の役職名が定まって無いから……何と呼べば良いのやら?」
「今みたいに名前で呼べば問題ないでしょぉ」
「畏まりましたルディー様」
「今度は“様”付けかぁ」
「上司と部下ですからね。昔の様にフランクな態度はお互いに控えた方が宜しいかと……」
「まぁいいや。兎も角もさ……彼なら、デボラ伯母さんも安心出来るでしょう! それを伝えておいてよ」
「勿論伝えますよ、それが今回の仕事ですから……ですがあの方が私の話だけで納得するとは思えませんが?」
「そう言われても僕にだって如何する事も出来ないなぁ……後は伯母さんと最も付き合いの長い我らの上司に頼ろうよ。そもそもこんな私的な案件に、君等を使用するお祖父様の責任だと思う。リュカ様に言われるワケだよ……『孫に甘い』って(笑)」
「そのグランバニア王ですが……」
「何!? もしかして接触はしてないよね! あの人には直ぐにバレるよ! 誰か一人でも存在がバレたら、あの人の事だから全員を見つけ出しちゃうよ! そ、そうなったら……折角長い時間かけて構築した情報網も無駄に……いや、グランバニアに利用されちゃう!」
「だ、大丈夫です! 徹底的にリュカ王には近付かない様に意識してきましたから!」
「な、なら……大丈夫だと思うけど……正直言うと、ピパン君とかとも一緒に居る時には君等とは一切接触したく無かったんだから! 今頃はピパン君が家で、君の事をリュカ様に伝えているハズだからね」
「で、ですけど……彼が知ってるのは“カボチ村の田舎者で、何浪かしてから高等学校へギリギリ入学出来た世間知らずなカーブスン”って男の事でしょ? 私が女である事すら気付いて無い様子でしたから、あの少年は……大丈夫だと思いますよ」
そう言い切ると助手席の男(?)は自分の首筋に手を当て爪を立てて皮膚を剥がそうと……
「ちょ! ちょっと、ちょっと、ちょっと!! 駄目! ダメ、だめ、駄目!!」
それを見たルディーは慌ててハンドルを切り、広めの道から裏路地へと入って行く。
「ど、如何したんですか……危ないですよ!? そ、操縦が荒いですって!」
「如何したもこうしたもないよ! まだ変装は取らないでよ! もしも誰かに見られても、変装のままなら『ピパン君が言ってた人物』で押し通せるけど、全然知らない女と一緒だと言い訳も出来ないじゃん! ここはグランバニア……リュカ様のお膝元だよ!? 何処から情報が入ってくるのか解らないんだから」
「し、失礼しました! た、確かにその通りですね。この魔道車って……外から中を見ようと思えば簡単に見れますもんね」
ルディーに言われ、少しだが剥がしてしまった首筋の偽物の皮膚を、手で押し付ける様に元へと戻す。
「あの人は、砂漠で見つけた一粒の砂金からだって、大規模な金鉱脈へと辿り着いてしまう事が出来る人物なんだ……どんなに注意しても注意のしすぎって事にはならないよ」
「い、言いたい事は解りますし、先程は私の不徳ではありましたが……いくら何でもルディー様はあの男を過大評価しすぎですよ」
男(?)は手元から手鏡を取り出して、少し剥がしてしまった首筋を確認しながら、上司の慎重さに呆れ肩を竦める。
「そう言うけどね……何処の世界に、殆ど名前も知られてなかった国を、これほどの大国に出来る男が居るんだい? しかも10年ちょっとでだ……いや、実質10年もかかって無い!」
「私達が物心ついた頃にはこの国は大国として知れ渡っておりました……」
男(?)は現在の状況を再確認させられ、顔を顰めながら上司へ顔を向けた。
「でしょ! あの人は少しでも過小に見るのは危険なんだ」
まるで自身を言い聞かせるかの様にルディーがリュカの存在を呟き、魔道車を再度幅広な道へと移動する。
「因みに……その姿の彼って……?」
「勿論カボチ村に存在しますよ。まだ本人も気付いてませんが、補欠合格での手続きをしてませんので、今回も入学出来ません」
「あぁ……勿体ない。折角補欠とは言え合格出来たのに……受験するんだって費用はかかるだろうに」
「彼には申し訳ないですけど、このまま数年は不合格……または手続きの失敗等でグランバニアには来れないでいてほしいですね」
「そうだね……今回彼の姿を勝手に使っちゃったからね。普通に出会っちゃって今日の事で馴れ馴れしく話しかけちゃうと、本物のカーブスンが驚いちゃうだろう……驚くだけで何も起きなきゃ良いけど、そんなワケにもいかないだろう。リュカ様の耳に情報が入ってしまえば、我が国の諜報網は再構築を余儀なくさせる……だから本当は使いたくは無かったのに!」
祖父の過剰な反応に憤りを感じつつ、その諜報員と分かれる準備に魔道車を走らせている。
「……ルディー様」
「うん」
偽のカーブスンが名を呼ぶ……
それに呼応する様にルディーは魔道車を駐める。
場所は港地区の外れ……格安の宿屋が乱立する通り。
場所が場所なだけに、この魔道車は目立ちすぎている。
だが表面上は慌てる事無く、偽のカーブスンは自分の荷物だけを持って、何事も無かった様に立ち去った。
そんな彼(彼女?)を目で追う事も無く、ルディーも慌てず魔道車を走らせ去って行く。
(グランバニア城内:ピピン邸)
「遅いですね……ルディーさん」
ここピピン大臣のリビングルームには家主であるピピンを筆頭に、妻のドリス・息子のピパン・その彼女のデイジーが集まっており、ピパンの彼女として一家に紹介されていた。
だがそれも終わり、遠く離れたサラボナへデイジーを送り返さねばならず、魔法を使って連れてきたリュカが、責任を持って送り返す為に用は無いにも関わらず何故だかここに付いて来たビアンカと不思議そうに待っていた。
そんな気を遣う状況でのピパンの台詞……
「そのカボチの男……そんなにも金蔓に見えたのか?」
「わ、解りません……俺には只の“田舎者”に見えてしまって……」
「他人を見た目で判断するのは危険だよ。とは言え……」
「カ、カーブスンさんがルディーさんに物件の事で食い下がってるのかも! 春から入学なのに、住む場所も見つかってませんからね。何とか安くしてもらえる様にって……」
(コンコンッ!)
そんなタイミングだった。
ピピン邸の玄関を遠慮がちにノックし訪問してくる者が。
「あ、ルディーさんが来たのかも!」
両親による初彼女への接し方に居心地が悪いのでは無いかと心配してしまい、彼女と離れるのが寂しいものの彼女の為にも早々に送り返したいと思っているピパンが、複雑な感情そのままで玄関先へと迎えに出た。
「やぁ、遅くなってごめんね」
「いいえ……俺は問題ないですけど、デイジーさんとリュカ様に……」
リビングに通されたルディー……何時もと変わりなく柔和な表情でドリスに挨拶。
「ドリスさんこんばんは。このような時間まで申し訳ございません」
「大丈夫よぉ! こんなに可愛い義娘と一緒に居られる時間が増える分には(笑)」
豪快に笑うドリスにつられる様に笑うルディー。
「お前的に、その田舎者は金蔓になりそうか?」
「それは何とも……」
遅く現れた理由を責められる事も無く、興味があるのか無いのかが解らないリュカが近付き問うてくる。
下手な事も言えない手前、お茶を濁す様な応えで苦笑いになる。
「きょ、今日の所はまだ契約段階どころか、程良い物件すらも明示出来ませんでしたけど、あの客は僕のお客さんですからね! 最終的にはサラボナ関連の不動産屋で契約するんです! 横取りは無しですよ!」
「解ったよぅ……」
別にリュカもカボチの田舎者に興味が無いので、拗ねた様に口先を尖らせ、この話題を終わらせた。
そして皆の視線がデイジーに集まる。
それに気付いた当人も名残惜しそうに立ち上がりルディーの下へと……
「またいらしてね。ってか、毎日来ても良いわよ……と言うより、毎日来て!」
「そんなワケいかないだろ」
美少女過ぎる息子の彼女に興奮が抑えきれず無茶を言い続けるドリス。
それを恥ずかしがりながら宥めるピパンと言う構図。
まぁ息子の初彼女なワケだし誰もが微笑ましく見守っている……のが普通なのだが、時折リュカの視線が鋭くルディーを見ている事に気が付いてしまったビアンカ。
その後もピピン家内はワイワイと盛り上がり続けたが、リュカとルディーによってデイジーが送り返され、その日は終了を迎えた。
当初こそデイジーの人見知りで会話は少なかったが、先んじて直接会い続けてたピピンと、元来より優しく物怖じせず接してくれるドリスのお陰で、それ程時間も掛からずに通常会話が出来る仲にまで発展した夫婦……
ビアンカは行く必要が無いからデイジー等を見送ってピピン邸で寛いでいるが、自分がここに来る必要が無かったのに来てしまってる事に少し後悔している。
ただ若い新生カップルを愛でていたかっただけなのだが……
暫くしてリュカとルディーが帰ってくる。
何時も通り二人とも柔和で優しげな表情をし談笑しながらの帰り……
ピパンも含た各人に終わった旨を報告し、各々が帰路へとつく。
(グランバニア城内:王家プライベートエリア)
「ねぇリュカ。何か気になる事でもあるの?」
それぞれと分かれ、それぞれとの会話圏外に来た所で、ビアンカが気になった事を質問した。
「何だい藪から棒に?」
「さっき……ルディー君を見るリュカの視線が、何かを得ようとしてる時の目に似てたから……」
流石は夫婦なだけあってリュカの事をよく見ている。
「別に……何らかの確証がある訳でもないし、不都合が生じてたり、生じさせようとしてるワケじゃ無いんだけども……」
「何か歯切れが悪いわね」
「う~ん……アイツ、僕に何か隠してると思えてね」
「ルディー君が?」
「うん。ピパンの事も騙してるっぽいし」
「騙す!? 何で?」
「解んない……でも気になるよね!」
「気には……なるけど……何で解るの?」
「ピパンは“カボチの男性”って言ってたけど、女性の匂いがしてたんだよね。後から帰ってきたルディーにも同じ人物の匂いがしてた。何でそんな嘘吐くのかなぁ?」
「……リュ、リュカは何でだと思ってるの?」
「ピパンは巻き込まれてるだけだと思うけど、ルディーは違うなぁ……何だろう?」
中々答えに辿り着かない様子の夫に少しだけ安堵する。
自分の夫も、何でも解ってしまうワケでは無い事に。
「ウルフ君に相談するのかしら?」
「ウルフにぃ……? いやぁ……別に……う~ん……」
自ら言ってはみたが結局あの男を頼る様な状況に少し苛立ちを感じた。
だが……
「そうか……ウルフかぁ!」
自室に戻るや否や、何かを思い付くリュカ。
「ウ、ウルフ君が……どうかしたの?」
「えっ、ウルフ? いやいや。全然今回の件にはアイツは関係ないよ! ただ少しだけ解ってきたんだ。アイツはウルフなんだって!」
「どゆこと?」
「うん。つまりね……アイツは祖父さんの指示で、スパイを持ってるんだよ!」
ますますワケが解らなくなるのはビアンカ。
リュカは一人で納得してスッキリ落ち着く。
更なる説明を求めたが……
「あんまり深入りするのは良くないですぜ奥さん(ニヤリ)」
と、はぐらかされて説明をしてもらえなかった。
「ふふふっ……こんなつまらん事で馬脚を現すとは……可哀想に(笑)」
しかし当のリュカは満足そうに呟いている。
ますます妻のモヤモヤが溜まって行く。
後書き
2024年6月23日投稿
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