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星々の世界に生まれて~銀河英雄伝説異伝~

作者:椎根津彦
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激闘編
  第八十八話 国境会戦(後)

宇宙暦795年9月30日22:00
フォルゲン宙域、フォルゲン星系第八軌道近傍、自由惑星同盟、自由惑星同盟軍、第九艦隊旗艦グラディウス、
ヤマト・ウィンチェスター

 「第十三艦隊、我々の後方に遷位しました」
ワイドボーンがホッとした表情で状況を報告した。第十三艦隊は小惑星帯を出て後退、我々と合流した。ラインハルトは…追ってはこなかった。奴等だって再編成するのは今しかない。
「閣下、第十三艦隊のヤン提督より通信です」
「了解、スクリーンに出してくれ」

“増援ありがとうございました、ウィンチェスター提督”

「いえいえ、マイクの分艦隊だけで申し訳ないです」

“助かりましたよ。あれが無ければ敵の両翼を押し返す事は出来ませんでした”

「艦隊の状況は如何です?」

”ダグラス分艦隊はお返しするとして…ようやく四千隻、といったところでしょう“

「いえ、そのままそちらの増援としてこき使って貰って結構ですよ。再編成が終わりましたら、また連絡下さい」

“了解しました”

通信は切れた。このまましばらくは睨み合いという訳か…しかし、気になる事がある。ラインハルトの戦術能力がそれほど高くない気がする。今、ラインハルトは何歳だっけ…十九だっけか?十九で艦隊司令官…でも原作だと十八歳で分艦隊クラスの艦隊率いてるんだよな…。第六次イゼルローン要塞攻略戦でも、攻め寄せた同盟軍に対して色んな戦術を試した…って描かれていた。自らの戦術能力に磨きをかけていったって事だ。でもこの世界のラインハルトは、参謀として軍歴を重ねている。しかも大貴族、ヒルデスハイムのおっさんの参謀としてだ…まさか原作と違って司令官としての経験が足りないからなのか?充分に考えられる事だ…。

 参謀と指揮官は違う、あくまでも参謀はスタッフに過ぎない。決断するのは指揮官だ。参謀が代理指揮を執る場合もあるが、よほどの事がない限り戦闘状態の指揮を任される事はない。あえて悪い言い方をすれば、自分の発言に責任がないから、参謀は色んな進言が出来ると言っていい。しかし指揮官は違う。全ての責任を負っているのだ。自分自身も含めて決断ひとつで人が死ぬ、一人や二人じゃない、何万人もの人々がだ。その責任の重さが決断を狂わせる事だってあるのだ。改めて考えると指揮官ってヤバいな…艦隊司令官やっている俺も、ヤバい奴なのかもな…。

 「どうかなさいましたか?何やらお考えの様でしたが」
ミリアムちゃんが心配そうな顔をしている。そんなに深刻そうな顔に見えたんだろうか…。
「いやね、少しこの後の事を考えていたんだ」
ラインハルトの事はとりあえず置いとこう。この後睨み合いが続くとしてだ…ただ睨み合ってていいもんだろうか。主戦場のボーデンが心配だ。兵力的には第十艦隊が加わってやっと互角だからな…うーん……。
「ローザス大尉、もう一度話したい、ヤン提督に通信を頼むよ」
 

帝国暦486年10月1日00:40
フォルゲン宙域、フォルゲン星系第四軌道近傍、銀河帝国、銀河帝国軍、
ミューゼル艦隊旗艦ブリュンヒルト、
ラインハルト・フォン・ミューゼル

 “機雷原を全て爆破…とんでもない目に遭ったな”

「はい。よもやあの様な手で我々を混乱させるとは…沈んだ艦が無いのが幸いでした」

“奇策というのはペテンの様なものだ。二度目は無い、そう気落ちする事もあるまい。戦闘経過の概略を見せて貰ったが、指向性ゼッフル粒子を使用しての機雷原突破、本隊を陽動に使った両翼の攻撃…見事だ”

「ありがとうございます。ですが、勝手に戦端を開いた上に敵を逃したのでは意味がありません、申し訳ございません」

“卿や卿の参謀達とは事前の打ち合わせをしていないのだ、我等にも責任はある。逡巡して手をこまねいているよりは余程いいと思う”

「…お心遣い、痛み入ります」

“うむ…ところで、この後の事だが、この星系の警戒と監視に専念したいと考えているのだが…卿はどうかな。無論、敵が攻めて来るのであれば戦うが”

「はい、それで宜しいかと思います。ですが、私が言うのも心苦しいのですが、あまりにも此方が大人しくしていると叛乱軍に行動の自由を与えてしまいます。何らかの策を講じるべきだと考えますが」

“何らかの策か…思うところがあれば言って欲しい”

「饒回運動です」

”……後背を突く、と言うのか?“

「その動きを見せれば、敵も落ち着いてはいられません。我が艦隊が行います。メルカッツ提督は敵を引き付ける役目をお願い致します」

”成程な。叛乱軍に倣う、という事だな“

「はい」

”了解した。準備出来次第、連絡する“



10月1日01:00
ボーデン宙域、ボーデン星系、自由惑星同盟軍、アムリッツァ方面軍総旗艦ペルクーナス、
ドワイド・D・グリーンヒル

 「閣下、敵が動き出しました、敵の左右両翼が動きます。ミュッケンベルガー艦隊が出て来る様です」
二日の間動きの無かったミュッケンベルガー艦隊が動き出した。敵両翼がそれぞれ左右にスライドし、中央にミュッケンベルガー艦隊が位置する様だ。
「参謀長、どう思う?ミュッケンベルガーが出てきたという事は、敵は中央突破をするつもりかな」
「はい…これで敵は中央に三個艦隊が位置することになりました、中央に無傷のミュッケンベルガー、右にゼークト、左にシュトックハウゼン…合計で四万隻を越えます。対する我々は中央に第一と第二艦隊、現在では合計しても二万六千程…ミュッケンベルガー艦隊が中央突破を企図するには充分な戦力差です」
「そうだな…第一、第二艦隊に連絡、敵は中央突破を図るものと思われる、注意せよ」
「はっ」
ミュッケンベルガーが中央突破を図るとすれば、此方は第一、第二艦隊でその意図を挫くしかない…だがそれを阻む為にゼークト、シュトックハウゼン艦隊もミュッケンベルガーの援護として第一、第二艦隊への攻勢を強化する筈だ。下手をすると此方の両翼まで敵の中央部の攻勢に引きずられてしまう、いや、そうなるだろう…。
「右翼第三艦隊、左翼第四艦隊に連絡、敵の攻勢に注意、中央部の援護に留意せよ」
「はっ」
チェン参謀長は命令を復唱した後、小脇に抱えていた紙袋からおもむろにクロワッサンを取り出し、食べ始めた。
「…これは失礼しました、閣下も如何ですか?」
私の視線に気付いたのだろう、済まなそうにクロワッサンを勧めて来た。いや、食べたいんじゃないんだが…その紙袋、一昨日から持っていなかったか?
「いや、私は遠慮しておこう」
「そうですか。多少時間の経ったパンでも、湯気を当てれば結構美味しく食べられるものですよ」
何時湯気を当てたのだろう。多少時間が、とは言うが、パンにとって二日間というのは多少の時間ではないだろうに…。
「ふ、ははは、やはり貰おうか」
「さあ、どうぞ。コーヒーも用意させましょう」
何だか余計な力が抜けた気がする。参謀長のおかげ、いやクロワッサンのおかげかコーヒーのおかげ…いや全部だな。


10月1日02:00
ボーデン星系、銀河帝国軍、帝国軍総旗艦ヴィルヘルミナ、
エルネスト・メックリンガー

 叛乱軍の中央、第一、第二艦隊が方形陣に陣形を変えつつある。此方の中央突破に備えての事だろう。
「見破られているな」
「ああ。だが、この程度も看破出来ないのでは興醒めというものではないか?ケスラー少将」
「確かにな…敢えて分かりやすくしているのだからな。ところでメックリンガー少将、フォルゲンからの報告は見たか」
フォルゲン星系から、戦闘の中間報告が届いていた。叛乱軍十三艦隊は小惑星帯に布陣、機雷を敷設していた様だ。ミューゼル提督が攻撃を開始、指向性ゼッフル粒子でまず両翼が啓開路を開き前進して突破を図った。これに対し叛乱軍十三艦隊も両翼を前進させ啓開路を塞ぎにかかる…この状況に叛乱軍が慣れたところでミューゼル艦隊の本隊が啓開路を作り本隊が前進突破を図った…兵力の劣る叛乱軍十三艦隊は先に展開した両翼を呼び戻し、ミューゼル艦隊の本隊に対処、この隙にミューゼル艦隊両翼が前進突破…。

 「見事だな」
「うむ、見事だ。艦隊司令官として初陣とは思えぬ。だが…」
「叛乱軍が巧妙だな」
「ああ」
叛乱軍に増援の第九艦隊が出現、この艦隊から分派された約二千五百隻が叛乱軍十三艦隊の右翼に合流、十三艦隊は元からいた右翼の分艦隊を一旦後方に提げ、そのままスライドさせて左翼の厚みを増した…兵力を分派した叛乱軍九艦隊は小惑星帯に入らずに小惑星帯に沿って移動……これを饒回運動と見たミューゼル提督は後退を開始……。
「機雷を全て爆破するとはな」
「戦闘中だ、回収は出来ない、それならいっそ、という事だろうな。ミューゼル艦隊は混乱しただろう」
「そうだろうな…概略図を見ると本隊の後方の艦艇はまだ啓開路の途上に位置している。両翼も全てが突破出来た訳ではない。戦闘を行っていたのは艦隊の本隊前衛と両翼の八割程だろう。後退するとなると、再び啓開路を使わねばならない。そこで機雷を爆破…盛大な花火だな」
沈んだ艦艇は存在しなかったが、爆破のあまりの熱量の為にセンサーに異常をきたした艦が続出、後退を継続したものの行動は停滞した…。
「この隙に叛乱軍十三艦隊は後退して小惑星帯を離脱、小惑星帯の外側を進んでいた叛乱軍九艦隊は急速反転、移動していた元の針路を急速移動、両艦隊は合流…鮮やかだな」
「敵ながら…洗練された戦術は芸術足りうる、そうは思わないか?」
「貴官らしい見方だなメックリンガー。饒回運動自体がミューゼル艦隊を後退させる為の物だったのだろうが、これ程鮮やかな連携を取るとは叛乱軍にも出来る奴等が居るな。またウィンチェスターか?」
「うむ。叛乱軍十三艦隊の司令官はヤン・ウェンリーという男だ。ウィンチェスターは九艦隊の司令官という事だ」
「エル・ファシルの英雄とアッシュビーの再来の組み合わせか」

 ケスラーは肩をすくめて嘆息した。
「難敵だな。地の利があるとはいえ叛乱軍十三艦隊は混乱する事もなくミューゼル艦隊の攻勢を防いでいる。まあ時間さえかければ殲滅は可能だろうが、第九艦隊の饒回運動とも取れる行動を見て余裕が無くなったのかもしれない。兵力を分派したとはいえ、第九艦隊は一万二千隻程は保持しているのだからな」
ミューゼル提督は、叛乱軍の饒回運動を見てメルカッツ提督に警告を発している。この時点では叛乱軍九艦隊が自分達の後方に回ろうとしているのか、メルカッツ艦隊の後方に回ろうとしているのか判断は出来なかったのだろう。
「これは心理戦だな」
「心理戦?」
「ああ。ミューゼル提督は…当時のヒルデスハイム艦隊でだが、ウィンチェスターに破れている」
「俺達も所属していたのだから当事者ではないか。それがどうかしたのか」
「ケスラー、卿はあの時何処に居た?私はベルタ提督の司令部に所属していた。卿は確か…ナッサウ分艦隊の司令部に居たのではないか?」
「そうだが…そうか、俺も卿も直接ウィンチェスターとは戦っていない。俺達はハーンに向かっていたのだからな。だが本隊の指揮は…指揮権を預けられたミューゼル閣下が執っていた…」
自分の指揮した初めての戦いで自らは負傷、当時の上司ヒルデスハイム伯爵も重傷を負った。ヒルデスハイム艦隊の本隊も壊滅寸前となったが殿軍となったマッケンゼン艦隊の犠牲により辛うじて撤退に成功…自分の指揮した戦いで一個艦隊の犠牲が出たのだ。トラウマとまではいかないだろうが、自分を追い込んだ相手に対しては穏やかな気持ちでは居られないだろう。

「ヤン・ウェンリーはともかく、ウィンチェスターに対しては含むところがあるだろうからな。そこを突かれたという訳か」
「うむ。叛乱軍第九艦隊の指揮官が他の者だったら、ミューゼル提督も気負うこと無く指揮出来たかもしれない。現に増援が出現するまでは整然と戦っているのだからな」
後退を決意したのもそれがあったからだろう。増援がウィンチェスター率いる第九艦隊と判明した。そしてその艦隊は目的の不明瞭な行動を取り出した。眼前の敵は頑強に抵抗している。その指揮官は『エル・ファシルの英雄』たるヤン・ウェンリー…。判断を阻害する不安定要素ばかりだ。自分がしてやられた様にメルカッツ艦隊もまた翻弄されるかもしれない。ミュッケンベルガー司令長官も明確に仰った訳ではないが、フォルゲンに派遣された艦隊の任務は警戒監視が主だ。極論すれば敵が居ても戦わなくていいのだ。おそらくメルカッツ提督はそのつもりでいただろう、だがミューゼル提督は攻撃を開始してしまった…。
「若さ故の過ち、かな」
「おいおい、随分と抽象的で感傷的な結論だな」
「そうだろう、閣下はまだ十九歳だ。経験が足りなかったのさ。閣下の経歴は参謀任務が主だ。指揮官や司令職は経験が無い。それに相手はウィンチェスターにヤン・ウェンリーだ、固くもなるだろうよ。ケスラー、十九歳の時…卿は何していた?」
「新米少尉だったよ」
「そうだろう?それを考えると十九歳で中将、そして艦隊司令官…考えただけで胃が痛くなる」
私の目となって欲しい、か…確かに私は、いや私だけではない、少なからずの者達がミューゼル閣下の推薦を受けて軍の表舞台に立つ事が出来た。彼には恩義がある、だがそれは彼に盲目的に従うという事ではない。ミューゼル閣下がこれから先下の者達の信頼を勝ち得る為には目に見える絶対的な功績が必要だ。例えば、次の宇宙艦隊司令長官は彼で間違いない、と思わせる様な……。
「どうした、突然黙り込んで」
「いや、何でもない」
ヤマト・ウィンチェスターとヤン・ウェンリーか…今のミューゼル閣下には高すぎる壁かもしれない…。


10月1日02:05
銀河帝国軍、帝国軍総旗艦ヴィルヘルミナ、
グレゴール・フォン・ミュッケンベルガー

 メックリンガーとケスラーが何やら話し込んでいる。フォルゲンからの中間報告でも目にしたのだろう、ミューゼルが心配という訳か。ミューゼルは手許に置いた方がよかったかも知れんな、例え能力があろうともそれだけでは対処出来ない事が多すぎる。今しばらくは艦隊司令官として経験を積まねばならんだろう…。
「閣下、敵中央の二個艦隊が方形陣に変化しました。どうやら此方の中央突破に備える模様ですな」
「うむ。その様だな。だが二個艦隊では抑えきれぬだろう。総参謀長、各艦隊に一旦後退を命じよ。我が艦隊は最後に後退だ」
「はっ!…全艦斉射三連!このまま攻撃を続行、各艦隊の後退を援護せよ!」
「これで叛乱軍も距離を取るだろう、各艦隊には再編成を命じよ」
「了解致しました」
おそらくこれで勝てるだろう。再編成終了後、我が艦隊とゼークト、シュトックハウゼンの艦隊は叛乱軍中央の二個艦隊に対して攻勢に出る。叛乱軍が此方の前進を止めるには中央の二個艦隊では足りぬ。彼奴等の両翼も前進阻止に加わるだろう。そこで機を見て再編成を終えた此方の両翼…シュムーデ、ギースラーが前進して叛乱軍の両翼の側面から攻撃を加える。後は敵兵力を削り取っていけばよい…。
「総参謀長、後退したらしばらく状況が変わる事はないだろう、司令部の要員に交替で休息を取らせよ」



10月1日02:45
自由惑星同盟軍、アムリッツァ方面軍総旗艦ペルクーナス、
ドワイド・D・グリーンヒル

 「帝国艦隊、後退しました。各艦隊、再編成に入ります」
「了解した。再編成終了後、各艦隊は状況を報告せよ。参謀長、第一、第二艦隊へ直衛艦隊の戦艦、巡航艦、あと空母もだ、全てまわせ」
「了解しました」
これで我々の周りには駆逐艦が二百隻程しか存在しなくなる。増援に出す艦艇もあわせて三千隻程…無いよりマシ程度だが仕方ない…。
「この後を考えると胃が痛くなるな」
「軍医に言って、胃薬を届けさせましょうか?」
「胃薬で治るならとっくに届けさせているよ…そうだ、フォルゲンの状況はどうだ?」
「中間報告が届いています。帝国軍が攻勢に出ましたが、現在は互いに対峙中の様です」
…ほう。流石はヤン・ウェンリーと言うべきか。これは…なるほど、ウィンチェスターの力が大、といったところだろうな。
「敵のミューゼル艦隊は新規編成の艦隊だったな?」
「はい。何でも皇帝の寵姫の弟だとか。年も若く、年齢は十九歳とあります」
「…そんなに人材難なのか、帝国軍は」
「それは無いでしょう。情報部はノーマークの様でしたが、ウィンチェスター提督は彼を高く評価しているとか」
「確か、イゼルローン要塞での停戦会見で実際にミューゼルという人物を見ているのだったな、彼は」
「はい」
「しかし、ヤン少将、ウィンチェスター中将は彼の攻勢を防いでいる。杞憂ではないのか」
「伸び代があるのでしょう。帝国軍も馬鹿ではありません、寵姫の弟だからといって正規艦隊を任せる筈はありません。しかもメルカッツ艦隊と共にフォルゲンを任されています。余程信頼されていなければ、主戦場ではないとはいえミュッケンベルガーもそんな配置にはしないでしょう」
「それもそうだな。伸び代か…新しい世代の指揮官という訳か」
「はい。ウィンチェスター提督はこう仰っていたそうです。『ミューゼルという人物だけではなく、彼の周囲にも注目した方がいい』と」
「詳しいな。誰から聞いたのかね」
「キャゼルヌです」
「なるほど…では確かな話だろうな」


 
10月2日08:00
銀河帝国軍、帝国軍総旗艦ヴィルヘルミナ、
ウルリッヒ・ケスラー

 我々は再編成と休養にほぼ一日半を費やした。戦いは既に五日目になる。叛乱軍の艦隊戦力を殲滅し後日のアムリッツァ、イゼルローン要塞の奪回に備える…今出兵の目的はそれだが、内実は新編なった艦隊戦力の実力の把握にある。実力の把握といっても実際に叛乱軍と戦うのだし、後日に備えなくてはならない。勝利を確実な物とする為には性急な戦闘は避けねばならないし、再編成と休養に一日半を費やしたのもその為だ。司令長官は慎重だった。各艦隊の現状を細部まで把握し、充分に英気を養った。宇宙艦隊司令部に入るまでは、単純な力攻めに頼るのみの印象が強かったが、この戦いに参加してその印象は大きく変わった。外から見る者には慎重が鈍重に見えるのだろう。力攻めに見えるのもそのせいだ。だが、大軍には奇策は要らない。ただ前進し、攻めるのみだ。
「前進せよ」
司令長官が短く、間違えようのない命令を下す。まずはこの直衛艦隊と共にゼークト、シュトックハウゼン両提督の艦隊が前進する。
「叛乱軍との距離、十光秒、まもなく全火器の射程圏内に入ります…前方に熱源多数発生、叛乱軍、長距離砲による攻撃を開始しました!」
此方はまだ発砲していない。司令長官は長距離砲による攻撃は効果が薄いと考えておられるのだろう。長距離ビームを防ぐ偏向磁場が、時折明るく光るのが見える…当然ながら着弾し爆散する艦や行動停止、機能停止する艦も続出する訳だが、それでもまだ司令長官は発砲命令を出さない。砲撃を物ともせず距離を詰める帝国艦隊…司令長官は叛乱軍に大軍の圧力をかけようとしている…
「これは…中々肝が冷えるな」
「ああ、敵も味方もな。メックリンガー、卿が叛乱軍の指揮官ならどうだ」
「無言で近付く帝国艦隊…重厚で不気味さすら感じるだろう。我々の決意の強要…気の小さい中級指揮官なら後退するかも知れんな。そういう者達を叱咤するのに必死になっているかもしれん…こういう圧のかけ方もあるのだな、いや、勉強になる。犠牲は必要最低限という訳ではないから、中々真似出来るものではないがな」
勉強になる、だが真似は出来ない、か…まさしくその通りだ。攻撃をせずに敵に近付くというのは凄まじく度胸の要る行為だ。度胸だけではない、恐怖心を抑える自制心、胆力も求められる…現に背中は冷や汗でびっしょりだ、司令長官は各級指揮官だけではなく一兵卒に至るまでそれを求めているのだ、ミュッケンベルガー司令長官だからこそ、皆この命令に従うのかもしれない…。
「敵の攻撃に対して、此方も反撃する。その反撃しているという事実に安堵するものなのだ、普通はな。しかしこれは…」
「ああ。その通りだ。司令長官は味方に対して問うておられるのだろう。帝国軍人の矜持を」
私とメックリンガーは思わずミュッケンベルガー司令長官を見ていた。長官の表情は、行動開始前となんら変わる事がない。宇宙艦隊司令長官を務めるというのはこういう事なのか……。
「全艦、砲撃戦用意」
再び間違えようのない予令が発せられた。司令長官の右手が上がる。
撃て(ファイエル)


10月2日15:50
自由惑星同盟軍、アムリッツァ方面軍総旗艦ペルクーナス、
ドワイド・D・グリーンヒル

 再開された戦闘は苛烈だった。帝国軍は発砲する事なく距離を詰めて来た。長距離砲で攻撃を開始したが、ミュッケンベルガーの直衛艦隊、その両脇を固めるゼークト、シュトックハウゼンの両艦隊が此方の攻撃に屈する事なく此方に向かって来た。当然それなりの損害を帝国艦隊には与えているのだが、彼等は臆する事が無かった。攻撃を仕掛けて来る事もなくただ前進するのみの帝国艦隊に戸惑った…いや、恐怖したのだろう、まず第二艦隊の前衛がじりじりと後退を始めてしまったのだ。帝国艦隊が我々への攻撃を開始したのは一光秒以下の極至近距離になってからだった。帝国艦隊は斉射しながら更に前進、空戦隊を投入してきた。戦闘開始後の二日間が嘘の様な総力戦だった。此方の中央部も空戦隊を出して対処しているのだが、初動で帝国艦隊の無言の圧力に呑まれた影響は大きかった。第一艦隊は踏みとどまったものの第二艦隊が下がれば当然第一艦隊も下がらざるを得ず、戦線は徐々に後退していった。戦闘再開して一時間後には第二艦隊の前衛は既に崩壊寸前になっており、第二艦隊の援護に回る第一艦隊を援護する為に第三艦隊が、第二艦隊を外側から援護する為に左翼の第四艦隊が戦線参加せざるを得ない状況になっていた。

 「こういう状況になる事は想定はしていましたが…入り方が悪かった。あんな攻め手は想像出来ません」
「流石は帝国軍の宇宙艦隊司令長官、というべきだろうな。我が軍ではあんな攻め方は出来んだろう。だが、この戦いを生き残った帝国軍の将兵は正に精鋭といった存在になるだろうな」
「はい、残念な事ですが…。チュン提督の第十艦隊ですが、如何なさいますか。現在の状況から察するに帝国艦隊の両翼…シュムーデ、ギースラーが戦線参加する事は間違いありません、我々の両翼側面から攻撃し、我々を半包囲体勢に置こうとするでしょう」
前衛四個艦隊のすぐ後方には、増援として到着したチュン中将の第十艦隊が予備として待機している。彼等が到着したのは昨日の昼頃だった。もう一日到着が早ければ、此方から攻勢に出る事も可能だったのだが…。
「今動かしては敵の両翼に対処する時間を与えてしまう、もう少し様子を見る」
参謀長も同じ意見なのだろう。今第十艦隊を動かしても右翼か左翼に移動させるしかない。どちらに動かしても敵の中央三個艦隊に対しては有利に戦えるが、待機している敵の両翼が更に外側から攻撃参加するだけだろう。結局状況は変わらない…。
「閣下、敢えてミュッケンベルガー艦隊に突破させてはどうでしょう」
「わざとかね?」
「はい。そうすれば後方の第十艦隊がミュッケンベルガー艦隊と対峙できます。無論、ゼークト、シュトックハウゼンの両艦隊を止める事が前提ですが」
「成程な。そうなればミュッケンベルガー艦隊は孤立するな」
「はい。ただ、第一、第二艦隊は目の前の敵で手一杯でしょうから包囲攻撃は難しいでしょう。ですがミュッケンベルガー艦隊が孤立すると相手に思わせる事は出来ます。そうすれば他の敵艦隊もどうにかしてミュッケンベルガー艦隊を救おうとする筈ですから、何らかの打開策は見い出せると思います。撃破に拘らず、撤退に追い込むと考えれば…」
そうか、そうだな。撃破に拘るべきではなかった、追い返せればよいのだ。
「敵の両翼、動き出しました!それぞれ此方の両翼に向かっています!」
オペレータが今にも泣きそうな声をあげている…しっかりしろ、まだ負けてはいないのだぞ。
「参謀長、各艦隊にシャトルを出してくれ。単座戦闘艇(スパルタニアン)もだ」



10月2日19:40
銀河帝国軍、帝国軍総旗艦ヴィルヘルミナ、
エルネスト・メックリンガー

 「突破!完全に突破しました!」
オペレータが歓喜の声をあげている。よく役割を理解しているオペレータだ、こういう時はいつも以上に声を張り上げなければならない。概略図に映る敵の第一、第二艦隊の方陣形は無惨な姿を晒している。此方の両翼…シュムーデ、ギースラー艦隊も叛乱軍の両翼に襲いかかっている。後はこの艦隊がどちらかに変針し敵の両翼のどちらかを包囲すれば……どうした?
「前方に新たな敵集団、叛乱軍第十艦隊です!」
オペレータが新たな報告をあげた。後方に位置していた艦隊か……そうか、そういう事か。
「ケスラー、どうやら叛乱軍はこの艦隊を敢えて突破させた様だ」
ケスラーは一瞬顔色を変えたが、元の冷静な表情に戻ると概略図を見つめている。
「成程、無傷の第十艦隊にこの艦隊の対処をしようという訳か。同時に我々は孤立する事になる…」
崩れた筈の叛乱軍第一、第二艦隊は横隊陣に陣形を変化させようとしていた。
「我々を抑えきれないと見えたのは擬態だったのだ、叛乱軍も中々やる」
叛乱軍第一、第二艦隊はゼークト、シュトックハウゼン艦隊と対峙しているので後背から攻撃を受ける事はないが、我々が敵中に孤立してしまった事は間違いない。
「ここからは我慢比べだな」
「ああ。眼前の戦闘を諦めて援護に来てくれる艦隊を待つか、此方が変針して後退するか」
再び戦闘は膠着状態に陥った。何れの艦隊も戦闘を放置して我々の援護に来る事は難しいだろう。この艦隊を除けば、敵味方で四個艦隊同士が戦っているからだ。おそらく味方は四個艦隊合わせても残存兵力は三万隻に満たない筈だ。対する叛乱軍は未だ四万隻以上は存在する筈だった。どの味方艦隊が我々の救援に来ても、戦闘を継続する味方三個艦隊は著しく不利となる。

「撤退を進言しようと思う」
「俺達は新参だ。進言など受け入れられないに決まっている。煙たがられるのがオチだ」
「新参者だからこそ司令部内での余計なしがらみも少ない。それにこれ以上の戦闘は無意味だ。兵達を無駄死にさせるだけだぞ…司令長官も艦隊司令官達の実力は把握した筈だ。このまま戦い続ければ各艦隊の中核を残す事すら難しいぞ」
「…了解した。行くか」
ミュッケンベルガー司令長官はどうお考えなのだろう。麾下の艦隊の実力を図るのが目的とはいえ、一定の戦果は欲しい筈だ。
「…何やらオペレータ達が騒がしいぞ、見てくる」
そう言ってオペレータの元に向かったケスラー少将が急ぎ足で戻って来た。
「第十艦隊の後方から近付く所属不明の艦隊が存在する様だ。敵味方の判別が付かないので報告を躊躇っていたらしい。規模は七千隻程の様だ」
ケスラー少将は沈痛な面持ちだ。この状況で所属不明といえば叛乱軍としか考えられないではないか!
「進言は後だ、グライフス総参謀長に報告しよう」
私達の報告を聞いたグライフス総参謀長は一瞬だけ顔色を変え、そのまま司令長官の側に行き、耳打ちし始めた。
「おそらくは…」
「ああ、進言は必要なくなったな」
撤退の進言を考える事と、それについて納得する事とはまた別の話だ。残念だ。本当に残念だ…ミュッケンベルガー司令長官は固く拳を握りしめ、大きく深呼吸すると、よく通る声で命令を発した。
「撤退する」


 
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