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冥王来訪

作者:雄渾
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第三部 1979年
迷走する西ドイツ
  脱出行 その3

 
前書き
 ネット環境が整う前のヨーロッパやアングロサクソン系国家の日本に対する認識は、こんなものでした。
というか、今も自分で調べない人はおんなじかな…… 

 
 マサキはゼオライマーを使い、ベンドルフ郊外に転移した。
キルケの女友達であるドリス嬢の屋敷に立ち寄るためである。
 キルケが来訪のベルを鳴らした後、古びた洋館から一人のうら若い乙女が出てきた。
淡いエメラルド色のノースリーブのワンピースに、奇麗に後ろに撫でつけられた白銀に近い金髪。
初陽に浮かび上がる奇麗なあごの線に、微笑が浮かび上がる。
 ノースリーブから出ているドリスの腕を見た時、マサキはある種の感動を覚えた。
彼女の皮膚そのものが、今までに出会ってきた女とは違う事に気が付いた。
――本当の貴族のお姫様とは、こういう物なのか――
 馥郁(ふくいく)とした匂いが、マサキの鼻孔に流れ込んだ。
マサキの様な影の世界に生きてきたものにとって、それはまさしく高貴な香りだった。
 
 ドリスは貴族令嬢というのに、本当に飾り気のない人物だった。
ざっくばらんとした口調で、キルケに話しかけてきた。
「ひさしぶりだな、元気にしていたか」
「もちろん!そっちはどう?
たしか、第44戦術機甲大隊に赴任したって聞いたけど……」
「半年前に除隊した」
 マサキは、その言葉を脇で聞いた瞬間、何とも言えない感情に襲われた。
同じような境遇のアイリスディーナやベアトリクスは、簡単に除隊させてもらっていないのだ。
 人不足の東独で、尚且つ技術者の少ない東側という事もあろう。
西ドイツ軍は、本心では女性兵士などお荷物と思っているのではないか。 
 あるいは、ドリスという人物が結婚でもして、それを機に除隊させられたのか。
この時代のフランス軍などではそうだから、恐らくそういう内規があるのであろう。
「そう。私は前と同じよ」
 キルケとドリスは、お互いに相好を崩した。
まるで、女学生の頃に戻った様子である。
 マサキは、タバコに火をつけながら、その様子を漫然と眺めていた。
キルケとドリスが何事もなかったのかのように平然としている姿に感心した。
女とは、かくも図々しいという結論に達した。

 
 間もなくドリスは、キルケとの再会もほどほどに、邸宅の大広間に案内してくれた。
そこには、杖を突いた六十がらみの男が立っていた。 
 老ザイン候は、坐骨神経痛という病身であったにもかかわらず、威厳と落ち着きがあった。
マサキよりも背が高く、豊かな灰色の髪に、引き締まった体つきであった。
「木原博士、まずこれをご覧いただけますか」
 マサキの頼みに応じて、老ザインは、机の引き出しから一つの書状を取り出した。
「30年以上前の名簿と写真だが……」
 それは、突撃隊の隊員名簿と集合写真であった。
エルンスト・レームとともに写る50名以上の青年隊員。
1930年代初頭に撮影された、突撃隊幹部の写真であった。

 マサキは、自分の推論が正しかったことに安堵した。
 貴族であるドリスの祖父が、西ドイツ政界の闇を知っているのではないか。
その推測からの行動であり、まったく当てのない行動でもあった。
 結果から言えば、マサキの読みは正しかった。
ザイン=ヴィトゲンシュタイン=ザイン候は、彼自身もヒトラーユーゲントに参加した経歴の持ち主だった。
若い頃親衛隊に所属して、空軍パイロットになり、戦死した兄がおり、これもパイロットを祖父にもつキルケにとっても幸いであった。
「こいつは預からせてもらうぜ。
美久、例の物を出せ」
 そして、後ろに立つ美久に、持って来た鞄を机の上に置くように指示した。
ジュラルミン製のアタッシェケースで、1億マルクが入っている。
(1979年当時のレートは、1西ドイツマルク=138円)

「これは一体なんですか……」
 マサキは、手の切れそうな紙幣の一束(ひとたば)をアタッシェケースから取った。
すべて、当時の西ドイツ最高額面の1000マルク紙幣で、なおかつ新札であった。
「金の件だが……全部1000マルク紙幣で、一束10万マルクほどある」
 さらに、鞄から新しい紙幣の束を出して、目の前に山と積む。
額面としては、およそ5000万マルクほどであった。
「欲しければ、倍も3倍もやろう」
「金は要りません」
「エッ!」
「私が引き受けたのは、シュタインホフ将軍が兄の戦友だからです。
そして、この国をめちゃくちゃにした共産主義者を憎んでいるからです」
「義侠心というやつか」
「左様、木原博士。
貴方は、非常に優秀で、なおかつ志操堅固な科学者でいらっしゃる。
私の方が、貴方を買いたいくらいですよ」
 マサキは、警戒心もわすれた。
正直、百倍の力を得たよろこびだった。
「フハハハハ、よかろう」
「私は、いつか、あの変節漢に一杯食わせてやろうかと思っていたのです。
ありがとうございます。博士。
まあ、食事ぐらいしか、もてなせませんが……」

 ドリスに案内されて、キルケとマサキは、屋敷の別棟にある食堂を兼ねた炊事場に来た。
ドリスの家族で、料理好きの物が立てたという。
見た感じ新築で、炊事場は、ほとんど使った様子はなかった。
 一般的なドイツ人は、火を使う食事より軽食が好きだからである。
キルケやドリスも、その例から漏れなかった。
 ドアを開けると、テーブルの上には、すでに豪華な食事が用意してあった。
酒の方も、モーゼルワインの他に、シーバス・リーガルなどのウイスキーが用意してあった。
「お嬢さん、初めまして。
私は第44戦術機甲大隊で、中隊長を務めておるもので、ドリスの夫です」
 マサキ達より先に部屋にいた男は黒髪の白人で、ドイツ軍人だった。
見あげるばかりの、実に立派な偉丈夫であった。
 黒く短いダブルブレストの上着に、黒のズボンに黒革の長靴。
意匠こそ戦時中のドイツ戦車兵制服に似ていた。
 だが、色合いと言い、徽章や勲章の配置と言い、武装親衛隊の黒い制服を思い起こさせるものであった。
ソ連の政府機関紙「イズベスチヤ」紙上において、「武装親衛隊の再来」と評されるほど。
 ソ連のプロパガンダ宣伝のも、仕方のない事であろう。
西ドイツ軍では珍しく、これ見よがしに短剣やサーベルを帯びていることが許された部隊であった。
 戦後の西ドイツ軍では、ナチス時代の反省として、銃剣、サーベルなどの刀剣類はすべて廃止となった。
精々許されるのは、バターを切るための十徳ナイフぐらいで、格闘用の短剣さえ忌避された。
 その為、プロイセン王国の騎兵を手本とした第44戦術機甲大隊の刀剣類を尊重する文化は、極めて異質だった。
現代の日本人として、ナチス時代にさほど忌避感のないマサキでさえ、黒の制服には驚くほどであった。


「まず……お掛け下さい」
 ドリスの夫を名乗る男は、胸の前で、サラリとパイプを出して、火をつけた。
ラムリキュールと柑橘の香を放つ紫煙をくゆらしながら、徐々と語りだした話はこうである。
 男の話では、彼は代々地方貴族の出で、爵位は男爵。
半年前に、第44戦術機甲大隊に配属になったドリスと知り合い、結婚したのだという。
 1972年以前は、オランダのライデン大学で日本研究をしてたと言う人物だった。
BETA戦争が起きてから、新設されたドイツ連邦軍大学に入り、正規の将校教育を受けたという。
 自己紹介を終えた後、自然と話は、日本に関することに向かった。
BETA戦争での日本の事やら、富士山や松島と言った景勝地に関するなどである。
 その内、黙っていたドリスが、マサキの気になるようなことを言った。
日本の帝室に関してのことである。
「前の戦争で負けた後、皇帝はどちらにいられますか。
退位されて、どこか外国にお逃げ遊ばされたという話を、寡聞にして知りませんので……」
 欧州では、いや世界では敗戦国の君主の扱いは、惨めだった。
ドイツのカイザーは、ともかく。
オーストリーハンガリー帝国、イタリアやルーマニアの王室もみな、追放の憂き目にあった。
 敗戦こそしなかったオランダ、デンマーク、スエーデンの王室は、占領に際して海外に避難した。
だから、米国に7年の間占領されている日本の皇室は、滅びたものばかりと思って、ドリスは尋ねたのだ。
「宸儀は、今も昔も、御座所の九重(ここのえ)の奥にあって、日本全土を()ろし()されている」
 ドリスは一瞬、驚きの表情を浮かべ、口を開ける。
欧州の歴史では、世界の常識では考えられない。
 キルケは何気なく帝室の歴史について聞いた。
それは全く歴史を知らない子供の質問だったが、マサキを興奮させるには十分だった。
「今は、何個目の王朝なの?」
「日本は、開闢以来、一つの朝廷さ。
俺たち、日本人は、ずっと帝室と共に生きてきた」
 そして、マサキは、滔々と日本の歴史を語って聞かせた。
いきなり近代の話をするのでは理解しづらいと思い、古代から江戸時代までの大まかな事を教えたのだ。
 ドリスが出した赤ワインも、マサキを饒舌にするのに手を貸したようだった。
キルケも、ドリスに勧められて、ワインを飲んだ。
マサキの話が終わるころには、目が回るぐらいに酔っていた。

 それまで黙っていたドリスの夫である男爵は、何と思ったか。
われから先にマサキの杯に酒を注いで、愛想よくこう話しかけた。
「今までのご説明は、よくわかりました。
ただ一つ、疑問が残るのです。
貴方は何者で……狙いは何だと」
 男爵が手酌をしたのを見ては、マサキも杯を受けないわけにゆかなかった。
またその愛想笑いにたいして、にべもない宿意を以てむくうほど小心にして正直な彼でもなかった。
「俺は日本人の科学者さ……
全てが嫌になって、ゼオライマーを作ったといえば信用してもらえるかな」
 

「日本は、万世一系の皇帝を頂く王制の国だ。
戦争で勝てぬと見ると講和を結んだのは、この国体を守るためだ。
完全な武装放棄とともに、国体を守ることを米国から許された」
  はじめのほどは、ドリスもキルケも余りいい顔はしていなかった。
しかし、マサキが、まったく、他意はない様子で、ひたすら今夕の事情を()いた。
 やがて、ドリスの夫である男爵は、ぷッつり言った。
まるで、話に飽きてきたように。
「過去の事を聞いても、始まらん。
貴方の考えは、どうなのだ」
 これが何より、男の言いたかったことかも知れない。
マサキは、キルケの横顔へ、チラと訊ねてからまたドリスの面をじっと見入っている。
「フハハハハ」
 マサキは、他人事みたいに笑った。
言葉を切ると、タバコに火をつける。
「この木原マサキという男が、何を考えて、何をしようとしているのか。
(はら)ん中みせてやる」
 マサキは、こういって、二、三服(さんぷく)の煙草をくゆらしてから、ゆったりと語り出した。
自分のゼオライマー建造の動機やら、昔の思い出を、むしろ愉しげにである。
「日本という極東にちっぽけな国が経済という力で膨れ上がった。
いつの日か、必ず、日本は世界中の標的にされる。
平和ボケをした今の日本には、その抵抗力はない」
マサキはまた、こうもいう。
「この世界とて同じこと……
今の日本なら一気に攻め込める」
 彼の眼には、やがて、マサキの(おもて)に、ゆるい微笑が彫られてくるのを見た。 
「俺は起こるべき事態に備えて、いくつかの布石を打つことにした。
秘密裏に核戦力を保持することと、核に比類する兵器の開発だ。
原子核破壊砲と、次元連結システムの開発だ」
 ドリスは、その仰々しい武器の名前からして、何かふッと、胸が騒いだ。
「原子核破壊砲……?」
「原子核破壊砲は、文字通り、相手の原子核を根底から破壊する兵器だ。
原子を構成する中性子と陽子のバランスを崩し、放射性崩壊を引き起こさせる兵器だ」
「私には難しい科学の事はさっぱりだ。
もっと簡単に説明してくれ」
 ドリスは、重ねて原子核破壊砲の説明を求めた。
マサキは、ひるみなく答えた。
「よかろう。
この光線を浴びたものは、その場で目に見えない原子単位で分解してしまう。
その気になれば、敵対する国の人間だけを消して、相手の国土を無償で手に入れられる兵器だ」
「そんな恐ろしい兵器を何処で使おうというのだね」
 そうした危惧を、心理を、マサキも、充分知って知りぬいていたろう。
すると、笑って言った。
「使うのではない。
持っていることこそが、それだけで力になる」
 マサキの態度は、一歩も譲っているのではなかった。
男爵は、黙るほかなく、しばし首をたれてしまった。
 悪の天才科学者の、(ろう)する奇言(きげん)
ドリスには、そう聞えた。
「中ソがなぜ国民生活を犠牲にして、核保有を急いだのか。
英仏が、強大な軍事力と引き換えに、核配備を進めたのか。
それは、核という武器があってこそ、初めて独立国として振舞えるからだ」
 マサキは、胸の奥底にはある(うず)()のような熱情の端を、このとき語気にちらと、掻き立ててみせた。
「敗戦の恥辱にまみえた日本が何故、その国体を維持できたか。
米国が君主制に憧憬を抱き、わずかばかりの仏心をみせたからではない。
日本という、不沈空母を欲したからだ。
世界の中における、極東最大の自由国家という場所に、軍事拠点を置きたかったからだ」
 聞きてのキルケには、まんざら、そうばかりとも思えない。
日米間のあつれきも、相当ひどいものと聞いている。
たぶんにそれらの感情もあるだろう。
「日本が真に自立するためには、相手に左右されない戦力を持つ必要がある。
そこで、俺は天のゼオライマーを建造し、来るべき時に備えることとしたのだ!
現在(いま)は違うが、俺なりの日本への愛国心で行ったことなのだ」
こう、結んでマサキは、持っていた煙草に火をつけた。
「そのかぎりでは、俺が、危険な科学者と呼ばれても致し方あるまい」
 マサキの言も、初めは、ちょっと奇矯(ききょう)に聞えた。
だが、キルケは、彼の無造作な言葉の端々(はしばし)には、真実がこぼれ出すのを知って驚いた。
――それとまた、自分の中に久しくいじけたままで眠っていた本来の自分が、マサキの声に、呼び醒まされていたことにも気がついた。 
 

 
後書き
 実時間2年半かけて、作中時間が2年半しか進んでないって、どういう事よ……
初期の構想より展開が遅いことに、悩んでおります。
他所様の所だと10年かけて、作中時間が1年半の所もありますからね……
 まあ、週間連載だったせいもあるんでしょうね……
気を取り直して、話を進めることにします。

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