仮面ライダーAP
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黎明編 仮面ライダースパルタンズ 第5話
――遡ること数ヶ月前。スパルタン計画の本格始動に伴い、その装着者に相応しい「新隊員」を求めるようになったマルコシアン隊は、某国各地の郷土防衛隊基地から有望な軍人を募り始めていた。
そんな中。とある若手の軍人達から「打診」を断られたジークフリートは、戦術教官のアビスや副官のヴィルヘルムを引き連れ、その者達が居る辺境の陸軍基地へと足を運んでいた。
雄大な自然が広がるギルエード山地。その山奥の遥か先――国境線付近に位置する、郷土防衛隊第4基地。そこは防衛隊の中でも特に気性の荒い古強者達が集まる、「叩き上げ」の巣窟であった。
どこを向いても屈強で強面な古参兵達ばかりであり、ナイフのように鋭いその双眸が、積み重ねて来た「年季」の濃厚さを物語っている。しかしそんな彼らも「視察」に訪れたジークフリート達に対しては畏敬の眼差しを注ぎ、背筋を正して敬礼していた。
「ここが荒くれ者が集うと言われている、郷土防衛隊の第4基地ですか……。なるほど、確かに威勢の良い連中ばかりのようですね」
筋骨逞しい古強者達を一瞥しながら、基地内を闊歩するヴィルヘルムは鋭く目を細めている。敬愛するジークフリートからの「打診」を断ったという不届者がよほど気に食わないのか、すでにご機嫌斜めのようだ。
そんな副官の横顔を見遣るジークフリートは、悠々と歩みつつ葉巻を燻らせていた。やがて彼は、静かに口を開く。
「ヴィルヘルム。この基地に旧くから根付いている『慣習』を知っているか」
「慣習……でありますか?」
「『星の数より勝ちの数』。階級が上というだけで『実力』が伴っていない上官など、この基地においては人権すら無い畜生も同然……ということだ」
「アビス大佐……それはつまり、『階級』が正しく機能していない……ということでは?」
「その通り。だからここでは、古参の叩き上げ連中ばかりが幅を利かせている。『星』の数が多いだけのキャリア組……特に士官学校を出て日が浅い新任士官共は、真っ先に『洗礼』を受けるのがお決まりなんだそうだ」
第2次世界大戦の頃から、この基地に深く浸透している「慣習」。その存在を知らないヴィルヘルムの疑問に答えたのは、彼の隣を歩くアビスだった。
先の大戦における激戦区の一つだったこの基地は、かつて無能な上官の指揮により壊滅しかけたことがあったのだという。それ以来この地には、先鋭化された実力主義が根深く染み付いているのだ。実際に相手を制した「勝ち」の数は、上辺だけの「星」の数よりも遥かに大きな「価値」があるのだと。
「……それが、『地獄の第4基地』と噂されている理由でありますか。実に愚かな考えですな。指揮官と兵士とでは、求められる能力の『種』が異なるのは当然。仮にも我が軍のエリートである郷土防衛隊の軍人が、そのようなことでは……」
「お前の言うことは正しい。だが正しいだけでは、命を預ける理由としては足りんということだ。……そこのお前、例の連中をここに呼び出せ」
「ハッ!」
アビスの口から語られた「慣習」に苦言を呈するヴィルヘルム。そんな彼を嗜めながら、ジークフリートは1人の兵士に声を掛けていた。自分の「打診」を断った軍人達を呼び出せ、という命令を受けた巨漢の壮年兵士は背筋を正して敬礼し、弾かれたように走り出す。
その兵士が基地内の隊舎に駆け込んだ時――薄暗い居室の奥では、複数の若い男女の士官達が悠々と寛いでいた。陸軍最強と名高い英雄が「視察」に来ているというのに、彼らは意にも介さず各々の時間を過ごしている。
居室内に設けたハンモックに寝そべっている者も居れば、窓辺やソファに腰掛け、読書を嗜んでいる者も居る。中には、気怠げに煙草や葉巻を燻らせている者まで居た。「名ばかりの英雄」など知ったことではない、と言わんばかりの傲慢不遜な佇まいだ。
「お、お休みのところ失礼します! 例の……ジークフリート・マルコシアン大佐がお見えになられましたッ! 全員、直ちに出頭せよとの命令でありますッ!」
ジークフリートの全身から迸っていた、荘厳な覇気。今目の前に居る、若い士官達から放たれている強烈な重圧。その両方に押し潰されそうになりながらも、巨漢の壮年兵士は背筋を正して声を張り上げている。
「……命令、ね。そう、伝達ご苦労様」
鋭い眼光で壮年兵士を射抜く、若い士官達。その中の1人である、長身の美女がそう呟くと同時に、全員が素早く立ち上がり――「5階」の窓から躊躇なく隊舎の外へと飛び出して行く。
「トォオッ!」
漆黒のライダースジャケットを翻し、迷いなく高所から飛び降りた士官達。彼らは壁を蹴って宙を舞い、空中で華麗に一回転していた。そのまま地を転がって受け身を取った彼らは、勢いを殺すことなくジークフリート達の前へと素早く駆け付ける。
尋常ならざる身体能力を、これでもかと見せ付けるかのように。彼らは動き出してから10秒足らずで、「上官」の前に馳せ参じていた。
「ジュリウス・カドラリス大尉以下6名、出頭致しました」
ジークフリート達の前に瞬時に現れた、ジュリウス・カドラリス大尉をはじめとする数名の士官。彼らは僅かな乱れもなく一列に並び、背筋を正して敬礼している。
「……っ!」
5階から飛び降りてもかすり傷一つ無く、華麗に受け身を取れるほどの身体能力。それほど激しく動いても、汗一つかかず息も切らしていない基礎体力。その尋常ならざるフィジカルには、「打診」を断ったというジュリウス達に対して否定的だったヴィルヘルムでさえ、思わず息を呑んでしまう。
一方。ジュリウス達の整然とした姿に敬礼を返しながら、ジークフリートとアビスは厳かに口を開いていた。
「ご苦労。……俺は『マルコシアン隊』の隊長、ジークフリート・マルコシアン大佐だ。非番のところ、急に呼び出して悪かった。今日は折り入って、お前達に聞きたいことがあってな」
「マルコシアン隊への配属。その『打診』を断った理由を改めて聞かせて貰いたい」
そんな2人からの問い掛けに、ジュリウスは背筋を正したまま神妙な面持ちで声を上げる。
「その理由なら、すでに先日お伝えしております。若輩の身である我々では、栄えあるマルコシアン隊の隊員としてはあまりに力不足。ジークフリート大佐の名誉を汚さぬためにも、辞退が最善と判断致しました」
「……士官学校を上位の成績で卒業していたお前達が力不足? それではウチの部隊には若い連中が1人も入れないな。年寄りばかりが集まった『精鋭部隊』など、笑い話にもならんぞ」
「そういう無駄かつ不利益な『忖度』が、俺達は1番嫌いでな。立場が邪魔だというのなら、こちらから命じてやる。腹を割って話せ」
「……」
ジュリウスの口から告げられた、尤もらしい表面上の「理由」。その内容に眉を顰めたジークフリートとアビスは、真意を聞き出そうと「覇気」を露わにする。そんな彼らの眼光と真っ向から向き合うジュリウス達は互いに一瞥し合い――やがて、飄々とした佇まいを見せ始めた。
「……では、命令通り遠慮なく。『実力』が不確かな上官の元では働けない、ということであります」
「き、貴様らァッ……! ジークフリート隊長やアビス大佐に対して、なんたる無礼なッ!」
「あぁ失礼致しました中佐、そういうご命令でしたので」
「ぬぁあにをぉおぉおぅッ!?」
本性を露わにしたジュリウス達の態度に、ヴィルヘルムは般若の形相で殴り掛かろうとする。そんな彼を片手で制しながら、ジークフリートはジュリウス達を神妙な眼で見渡していた。
「自分で言うのもなんだが、俺達は陸軍の中でもそこそこ名が通っている方でな。それでは『実力』の証明にはならない、ということか?」
「……大佐の方がよほどご存じでしょう。この国の軍部はとにかく、そういう『ハッタリ』が大好きなのですよ」
「広報映えしそうな見掛け倒しの木偶の坊に、でっち上げの『伝説』を貼り付けただけ。そんな張子の虎を俺達は何人も見て来たし、そいつらも今や名実共に俺達の部下だ」
「こんな辺境の基地にノコノコ出向いて来たってことは……あんたは違う、ってことを証明してくれるんだろう? 期待しても良いんだろうな?」
「こ、こんの不敬極まりない無礼者共がぁあッ……! ジークフリート隊長ッ! アビス大佐ッ! やはりこんな奴らをマルコシアン隊に入れるなど、私は断固反対ですッ! 部隊全体の士気に関わりますッ!」
屈強な叩き上げの兵士達を従えている、若手の士官達。彼らの慇懃無礼な態度に、ヴィルヘルムは怒髪天を衝く勢いで怒り狂っていた。しかし、当のジークフリートやアビスは涼しい顔で顔を見合わせている。彼らは怒るどころか、ジュリウス達の「活きの良さ」に喜んですらいた。
「……期待して良いか、だと? もちろんだとも。お前達が望む方法で『実力』を証明してやる。何が得意だ? 言ってみろ」
「私は剣術です」
「俺は格闘術だ。ここの連中は全員それで黙らせた」
「小銃の分解結合、そして射撃だな」
「よし、片っ端から全部やるぞ。すぐに準備しろ、俺達も着替えて来る」
「了解!」
ジークフリートとアビスからの提案に、ジュリウス達は嬉々として応じていた。彼らは2人に敬礼した後、踵を返して素早く「腕試し」の準備に取り掛かって行く。そんな若者達の背中を、ヴィルヘルムは忌々しげに睨み付けていた。
「全く、あの無礼者共が……! 今度という今度ばかりは、お2人の考えには賛同しかねますぞ! あんな礼儀知らずな連中を我が隊にスカウトしようなどと……!」
「ヴィルヘルム、さっき言った『慣習』のことを覚えているか?」
「『星の数より勝ちの数』、でしょう? それが何だと仰るのですか!」
「この基地に居る連中は全員、その『慣習』の通り徹底的な実力主義だ。そういう連中を、あいつらはすでに『ここのやり方』で黙らせている。士官学校を出て5年も経ってないような、ケツの青い若造共が……だ」
「……っ」
「実力主義の叩き上げ連中が、士官学校を出たばかりのお坊っちゃん共に心から服従している。それはつまり……地獄とまで言われた第4基地の荒くれ者達が、『洗礼』どころか『返り討ち』にされたということだ」
「無論、本来ならあり得ないことだろう。だが奴らは、その不可能を可能にしたんだ。国の威信を賭けたスパルタンシリーズを任せるからには、それくらいは軽くこなせる奴らじゃないとな?」
苛立ちを露わにしているヴィルヘルムに対し、ジークフリートとアビスは不敵な笑みすら浮かべている。男達の鋭い双眸は、才気に溢れた若獅子達への「期待」に輝いているようだった。
――そして、その後。全ての得意分野でジークフリートとアビスに完敗し、高慢な鼻っ柱を叩き折られたジュリウス達は、マルコシアン隊への「配属」が確定してしまうのであった。
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