| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

魔法戦史リリカルなのはSAGA(サーガ)

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

【プロローグ】新暦65年から94年までの出来事。
 【第8章】なのはとフェイト、復職後の一連の流れ。
   【第3節】意外な取り合わせの合同訓練。(前編)

 
前書き
 明けましておめでとうございます。
 今年もよろしくお願いします。                (2024/01/01)


 

 


明けて、新暦87年。(地球では、令和5年・西暦2023年)
 ナカジマ家では3月24日にメグミ(17歳)の高等科の卒業式があるので、「三尉への昇進」が内定したスバル(27歳)は『できれば自分もその式典に出席したい』と考え、2月のうちから早々と「3月24日前後に一週間(六日間)の休暇」を申請していました。
 必ずしも申請したとおりの日程で認可されるとは限らないので、スバルは前後に幅を持たせておいたのですが、やがて3月に入ると、ほぼ申請どおりに「23日から28日までの休暇」が認められます。

 そして、3月16日の晩には、スバルはゲンヤから『できれば家族全員で少し話がしたいのだが、明日の夕食をこちらで取ることはできるか』と訊かれたので、『明日の仕事は定時に終わるので、18時までには行きます』と答えておきました。おそらく、話の内容はメグミの「卒業とそれ以降のこと」についてでしょう。
 翌17日(五曜日)、スバルは仕事が終わると、久しぶりにナカジマ家を訪れました。

 家族はすでに全員が揃っていました。(とし)の順に、ゲンヤ、ギンガ、チンク、ディエチ、スバル、ノーヴェ、ウェンディ、トーマ、メグミ、の9人です。
 食事に先立って、まずはゲンヤ(58歳)が家長として話を切り出しました。
スバルも、しばらく前から『メグミは卒業後にトーマと結婚する予定だ』という話は聞いていましたが、今回は、ようやくその具体的な日程が決まったのです。
「式場の都合もあって、挙式は4か月後の、7月17日の五曜日ということになった。みんな、可能な限り、その日は予定を()けておいてほしい」
 戦闘機人の六姉妹はみな、ゲンヤの言葉にうなずき、トーマとメグミに改めて祝福の言葉を贈りました。

 しかしながら、続けてひとつ「残念なお知らせ」がありました。
 メグミの学校の卒業式それ自体は例年どおり「24日の六曜日」に(もよお)されるのですが、今年は学校の「中央講堂」が改修中で、代わりの施設では収容可能人数がだいぶ少なめになっているため、学校側からは事前に『ご家族の列席は、卒業生一人あたり2名まででお願いします』と言われてしまったのだそうです。
 普通のサラリーマン家庭ならば、当然に卒業生の両親が行くところなのでしょうが、ナカジマ家の場合は、やはり、ゲンヤとトーマが行くべきでしょう。

 ノーヴェ「なんだよ。せっかく全員で押しかけてやろうと思って待ち構えてたのに。(笑)」
 メグミ「さすがに、それは恥ずかしいので、勘弁してやってください。(苦笑)」
 スバル「え~。私もできれば行きたいと思って、休暇まで取ったのにな~」
 メグミ「すみません、スバル姉さん。余分なお手間を取らせてしまいましたが、お気持ちだけはありがたく受け取っておきます」
 ゲンヤ「まあ、確かに、全員で出られないのは残念だが、その代わりに、公式動画のライブ配信もあるという話だからな。お前たちはここで見ていてやってくれ」
 ディエチ「当日に都合がつかない人がいても大丈夫なように、動画は私が録画編集しておくよ」

 メグミは続けて、『卒業祝いの(たぐい)は、特に()りません。どうせ、就職をする訳でも無く、またすぐに結婚祝いをいただくことになってしまうのですから』と遠慮がちに主張しました。
 そこで、六人の姉たちは、7月にはその二つの祝いをまとめて、トーマとメグミにそれぞれ何かしら贈り物をすることにします。

 続けて、ゲンヤたちはサプライズで、スバルの三尉昇進を祝いました。
 スバル自身は『家族には、正式に辞令を受け取ってから言えば良いだろう』と悠長に構えていたので、これには本当に吃驚(びっくり)です。


 また、食後には、ギンガとチンクが転居の予定について語りました。
 少し気の早い話ですが、将来的にトーマとメグミの間に子供ができることを考えると、この官舎ではいささか手狭(てぜま)になります。そして、官舎である以上は、当然ながら、勝手に「増築」をする訳にもいきません。
 そういう訳で、ギンガとチンクは以前から『二人が結婚したら、自分たちもスバルのように、この家を出て職場の近くに部屋を借りることにする』と明言していました。
 そこで、今回はちょうど良い物件が見つかったので、少し予定を繰り上げ、この月末には二人でそちらへ転居することにしたのです。ただし、不動産管理会社からは『今はまだリフォームをしているところなので、実際の入居は26日以降にしてほしい』と言われていました。
 一方、ディエチとノーヴェは、引き続きこの家に(とど)まり、メグミの花嫁修業や、将来的には育児なども手伝うつもりのようです。


 しかし、スバルは『せっかく取れた休暇をただ遊んで過ごす』というのも、何やらもったいないような気がしました。
 聞けば、ギンガとチンクも、年度末休暇の日程はスバルと全く同じ「23日から28日までの六日間」なのだそうです。
 そこで、スバルはふと「いいこと」を思いつきました。

 スバル「ところで、ウェンディが今ここにいるってことは、ティアの仕事ももう終わったんだよね?」
 ウェンディ「事件はもうとっくに終わってるんスけど、ティアナは今も〈本局〉で報告書を書いてるっス。アタシはパパりんから呼ばれたんで、ティアナからも『もう帰って良いよ』と言われて帰って来たっスよ」
 ノーヴェ「いきなり戦力外通告かよ。(呆れ顔)」
 ウェンディ「アタシは、あの種の作業にはゼンゼン向いてないっスよ。メルっちがいた頃には、ティアナも多少は(らく)ができてたんスけどねえ」
 ギンガ(メルっちって……。いや、誰のことなのかは解るけど……。)

 スバル「それじゃあ、私たち、どうせメグミの卒業式には出られないんだし……いっそのこと、この休暇を利用して、また久しぶりにカルナージで自主トレとかして来ない? 私も昇進に際してちょっと鍛え直したいし、今からなら、まだ予約も取れると思うんだ。日程は……前後に一日ずつ余裕を取って『24日からの3泊4日』ぐらいでどうかな?」
 ギンガ「それだったら、私たちも、24日の朝に晴れ()姿のメグミを学校へ送り出してから出かければ良いって訳ね」
 チンク「私たちの引っ越しは、28日でも構わないし……いいんじゃないか?」
 ウェンディ「アタシも行くっス。多分だけど、ティアナも大丈夫っスよ。ディエチとノーヴェはどうっスか?」
 ノーヴェ「私は早めに栄養士や保育士の資格も取っておきたいし……悪いけど、正直なところ、今はちょっと体を動かすような気分じゃないんだよなあ」
 ディエチ「私まで家を()けたら、一体誰が動画を編集するのさ。(笑)いいから、四人で行っておいでよ」
 チンク「お前には、いつも裏方仕事ばかり引き受けさせて、済まんな」
 ディエチ「いいよ。ウェンディの言うとおり、人にはそれぞれ、向き不向きがあるからね」
 スバル「じゃあ、私はティアやなのはさんたちにも呼び掛けてみるよ」

 スバルはそう言って、食堂から席を外しました。

 そして、まずはティアナ(28歳)にその話をすると、彼女は「渡りに(ふね)」とばかりに飛びついて来ました。
 聞けば、つい先程、アインハルト(20歳)の方から『明日には研修も終わって年度末の調整休暇に入るので、来月から執務官としての仕事を始める前に、もう少し自主的に訓練を積んでおきたいと思ったのですが、フェイトさんからは「今やっている仕事が来月下旬まで、下手をすれば再来月まで続く」と言われてしまいまして……』と(たよ)りにされてしまい、ティアナも『それなら、自分も今やってる書類仕事が、明後日(あさって)には多分……きっと片付くはずだから、その(あと)、また何人かで集まって訓練をしましょう』と答えておいたのだそうです。
「だから、その日程なら、私とアインハルトは確実に参加するわ。あの子には私の方から伝えておくけど……私はあと二日ほどこちらの作業から手が離せないから、参加者の募集とかホテルの予約とかは、そちらで全部やっておいてくれない?」
 期日の迫った書類仕事に追われて、心理的にはあまり余裕が無い状況なのでしょう。ティアナはそう言って、スバルにいろいろと「丸投げ」しました。

 そこで、スバルは次に、なのは(31歳)に連絡してみたのですが、残念ながら、今回はなのはの予定はもう埋まってしまっていました。
『先月のうちに連絡をもらえていたら、まだ何とか日程を調整することもできていたのかも知れないけど……この月末には、教導隊の方で「上級者用の戦技講習会」の予定が入っちゃってて、私は教える側だから「私用で欠席」という訳にはいかないのよ。
 うん。そうなの。フェイトちゃんも先月から、仕事で辺境の世界へ行っててね。早くても来月の後半にならないと、ミッドに戻って来ること自体ができないと思う。
 ああ。それから、エリオとキャロも、何だか「随分とお世話になった人たち」が新年度から何人も異動になるらしくて、この月末は「送別会」続きで身動きが取れない、みたいなことを言ってたよ』
 その直後に、一応は確認の連絡を入れてみましたが、エリオとキャロ(22歳)の方は、やはり、なのはが言ったとおりの状況でした。
(管理局員もやはり公務員の一種なので、どうしても、この種の「義理」を欠かす訳にはいかないのです。)

 また、じきにヴィヴィオ(18歳)の方からもこんな連絡がありました。
『今し(がた)、アインハルトさんの方から話を聞きました。24日なら大学ももう春休みですから、また気分転換がてら、付いて行っても良いですか? 右膝のせいで、相変わらず訓練への参加はできないんですけど』
 もちろん、スバルはこれを快く承諾します。


 さらに、スバルはその晩のうちに「ダメ(もと)で」八神家の方にも連絡を入れてみたのですが、こちらは何やら「取り込み中」といった感じでした。
 はやての背後では、リインとシャマルとザフィーラが、いささか慌ただしそうに動き回っています。
「お? なんや。スバルから連絡とは、珍しいなあ」
「何だか、お忙しいところにお邪魔してしまったみたいで申し訳ありません。……ところで、何かあったんですか?」
「それが……実は、ミウラが単身寮でちょぉ『やらかして』もうてなあ。急な話やけど、20日までには寮から出て行かなアカンことになってしもうたんよ」
「ええ……。あの子、一体何をやらかしたんですか?」
「まあ、平たく言うと、ちょっとした暴力事件や。男子寮の方からエロ目的で女子寮に忍び込んで来た男子を、ミウラが『自分の力で殴ったらケガをさせるから』と、とっさの判断で投げ飛ばしたんやけどな。その相手が、実戦経験とかカケラも無い子だったらしく、受け身のひとつも取れずに脳天から(ゆか)に落ちて、いきなり頭蓋骨が割れてもうたんよ」
「あちゃ~」

「それで、その子は即座に救急車で病院に運ばれて……幸い、後遺症とかは何も残らんかったんやけど、その子がたまたま『お偉いさん』の息子でなあ。その親御(おやご)さんがギャンギャン騒ぐもんやから、結局は『喧嘩(けんか)両成敗』みたいな結末になってもうたんや」
「でも、その子って、未遂とは言え、性犯罪者の一種ですよね? それで、ミウラの方まで『すぐに寮から出て行け』というのは、かなりヒドい話なんじゃありませんか?」
「まったくや。私の故郷の歴史にもよぉある話やけど、ケンカという用語の正確な定義もせずに、そういうフワッとした抽象的な原則をそのまんま具体的な事件に当てはめるというのは、ホンマ、馬鹿のすることやで」
「それじゃあ、ミウラは20日から一体どこに住むんですか?」
「それで、今、頭を痛めとるトコロなんよ。ミウラは実家とももう絶縁しとるし……。まったく、こんなことになると解っとったら、あの洋館もセカンドハウスとしてキープしとくんやったわ。
 もちろん、この家に住まわせても、私らはゼンゼン(かま)へんのやけど、ミウラは4月からも職場は首都警邏隊のままやと言うし。ここからクラナガンまで毎日、車で1時間以上かけて通勤するというのも……まあ、できんことは無いんやろうけど……正直、時間の無駄やろうからなあ」

 はやては続けてこう語りました。
「実のところ、ミウラの将来とかも考えて、私はしばらく前から、ミウラには首都の郊外にひとつ一戸(いっこ)建ての家を用意してやろうと考えとったんよ。ただ、それは『今年の末』ぐらいでも充分に間に合うだろうと思うとったんや。単身寮には普通、丸二年ぐらいは()(すわ)れるものやからなあ。……こうも予定が早まってしまうとは、さすがに想定外やったわ」
「でも、この時期にいきなり新居を探すのって……実は、割と難しいですよね?」
「そうなんよ。年度末はみんな『お引っ越しの季節』やからなあ。実際、お手頃な物件はもうあらかた押さえられとるんや。今、シャマルにも調べてもらっとるんやけど……『月末までに』ならばまだしも、『20日までに見つける』というのは、さすがにちょぉ無理っぽい感じでなあ……。
 まあ、ミウラ自身も今月一杯は停職処分やし、やっぱ、一旦はあの寮からこちらの家に引っ越しさせるしか無いんかなあ? それで、月末にまた首都郊外の新居へ引っ越しというのは、もう完全に二度手間(にどでま)なんやけど」

 はやては、いかにも「トホホ」といった表情です。
 そこで、スバルはとっさにこう(こた)えました。
「そういうことなら、ミウラはしばらくの間、私の部屋で預かりましょうか? その単身寮って、確か、私のところからもそんなに遠くはなかったですよね?」
「えっ? いや……。それは、確かにそのとおりやし、こちらとしては願っても無い話やけど……スバルは、ホンマにそれでええんか?」
「はい。私は元々、友人が泊まりに来ても大丈夫なように、少し広めの部屋を借りていますから、明日から二週間ほど預かるだけなら、何も問題はありませんよ。……あ。ただ、私は途中で四日ほど留守にしますけど」
 スバルはそう言って、カルナージ行きの予定についても語りました。
「そんな訳で、実を言うと、今回は八神家の皆さんをカルナージにお誘いするための連絡だったんですよ」
「なんや、そういうことやったんか」

 しかし、残念ながら、はやてたちの予定ももうおおよそ埋まっていました。
 聞けば、シグナムとアギト、ヴィータとミカゲは、例によって、それぞれに小部隊を率いて今も他の世界で仕事の真っ最中なのだそうです。
「実は、私も『お友だち』が二人、この家へ『内緒の話』をしに来る予定が入っとるんよ。具体的な日付(ひづけ)は、あちらの仕事の都合もあるから、まだハッキリせんのやけど、多分、25日か26日になるやろ」
 他でもない「次元航行部隊の提督」が、わざわざ『べらぼうにセキュリティの高い自宅で同僚と内緒の話をする』と言っているのですから、スバルの立場では、もうこれ以上、具体的な内容など()く訳にもいきません。

 それで、スバルが反応に困っていると、はやては少し考えてから、不意に話題を変えました。
「ところで、スバル。明日は六曜日やけど、時間は()いとるか?」
「ええっと、午前中にちょっと職場の方へ顔を出さなきゃいけない用件があるんですけど、午後は丸々空いてますよ」
「ほな、早速やけどな。明日の午後に、ミウラの引っ越しを済ませてもうてもええか? それと、ミウラはいきなり明日の晩から、そちらに泊まれるか?」
「ええ。両方とも、大丈夫です」
「あと、24日には、ミウラもカルナージへ連れて行ったってくれるか?」
「はい。そうしてくれれば、アインハルトやヴィヴィオも喜ぶと思います」

「スバルにそう言ってもらえると、ホンマ、助かるわ。ミウラは、三尉への昇進それ自体には何の横槍も入らんかったから……。ああっ! バタバタしとるうちに、すっかり忘れとったけど、そう言えば、スバルも確か、来月から三尉に昇進するんやったな!」
「あ、御存知でしたか。(照れ笑い)……いや。私も、他人(ひと)に言うのは実際に辞令を受け取ってからでも良いだろうと思っていただけで、別に内緒にしていた訳でも何でもないんですが」
「まあ、そうやろうな。(笑)しかし、そういうことなら、二人の昇進祝いや! 今回は、チャーター便の費用からホテル・アルピーノでの滞在費用まで、全額、私の方で負担させてもらうわ」
「それは、ありがとうございます。ゴチになります」

 そこで、はやてがチラリと背後に視線を送ると……おそらく、念話で何かを伝えたのでしょう。ザフィーラが画面の脇に入って来て、スバルに言いました。
「では、明日の午後……多分、4時前後に、俺がミウラを連れてそちらへ行く。ミウラの私物など大した量ではないから、搬入作業それ自体は1時間もかからんだろう」
 どうやら、業者には頼まず、自力で引っ越しをするつもりのようです。ザフィーラは大型免許も持っているので、荷物が少ないのであれば、確かにそれも可能でしょう。
 ザフィーラは一瞬、はやての方に視線を送ってから、また言葉を続けました。
「それと、カルナージでの訓練には、俺も参加して構わないか?」
「もちろんです。御指導のほど、よろしくお願いします」
「うむ。では、集合の場所と時間が決まったら、また連絡してくれ」
 こうして、今回の「合同訓練の参加者」は合計で9名になりました。
(ナカジマ家のスバルとギンガとチンクとウェンディの他は、ティアナとアインハルトとヴィヴィオとミウラとザフィーラです。)


 現地との時差を考えると、ホテルの予約も今夜のうちに済ませてしまった方が良いでしょう。
 しかし、スバルが「ホテル・アルピーノ」に連絡を入れると、画面には知らない男性が出て来ました。
「はい。こちらは、カルナージのホテル・アルピーノです。わたくし、担当のバムスタールが御用件をお(うかが)いします」
(あ。そう言えば、父さんが『昔、母さんの部下だった人がようやく目を覚まして、今はメガーヌさんの許で働いてる』みたいなこと、言ってたっけ。……その人かな?)
 スバルはそんなことを考えながらも、まずは事務的な口調でこう述べました。
「宿泊の予約をお願いします。9人で、24日から3泊4日の予定です」
「かしこまりました。お名前をお(うかが)いできますか?」
「はい。こちらは、スバル・ナカジマと言います」
「ああ! クイント准尉のお嬢さんですね! どうも、御挨拶が遅くなりました。わたくし、生前の准尉には大変にお世話になりました、バムスタール・ノグリザと申します。
 一昨年の暮れに一度、ゲンヤさんのお宅にお邪魔したことがあったのですが、その時にはお会いできず、いささか残念に思っておりました」
 バムスタールは「早口で」そうまくし立てました。

「ああ。やっぱり、そうだったんですね。私も、父から話だけは聞いていました」
「私も、お噂はかねがね。……と言うか、確か、『養女』だったと自分はお聞きしていたのですが……意外なほど、顔立ちがクイント准尉に似ていらっしゃいますね」
「ええっと、それは、まあ。その、何と言うか……」
 クローンであること自体も一応は「特秘事項」なので、スバルは思わず言葉を(にご)してしまったのですが、バムスタールはとっさに『これは多分、何か言いづらい事情があるのだろう』と察してくれたようです。
「いやいや! 仕事中に、こんな世間話などしていてはいけませんね」
 バムスタールはそう言い直して、もう随分と慣れた手つきでディスプレイを操作し、予約の作業を手早く済ませました。
「はい。御予約、確かに(うけたまわ)りました。……ただ、この日程ですと、別の四人組のお客様と滞在時期が重なりますので、あらかじめ御了承ください」
 要するに、『今回は「貸し切り」ではない』ということです。
「解りました。訓練場の方さえ確保できれば、こちらは大丈夫です」
「それでは……世間話は、またこちらにいらしてから、ということで。(笑)」
「そうですね。こちらではもう()()けて来ましたから……。また時間があったら、昔の母さんの話とかも聞かせてやってください」

 こうして、スバルは17日のうちに一連の準備を終えた後、翌18日の昼には改めて全員の予定を調整してから、「24日の朝10時に首都中央次元港を()つチャーター便」を予約しました。
 そして、その日の夕方にミウラの引っ越し作業を済ませると、ザフィーラが『ミウラの二週間分の家賃には足りないだろうが、メシぐらいは(おご)ろう。何でもいいぞ』と言ってくれたので、スバルとミウラは、ここぞとばかりに「ものすごい量の」デリバリーを注文し、その日の夕食は何やらホームパーティのような、人数が七~八人でも不思議ではないほどの量となりました。(笑)


 なお、スバルは22日までは普通に仕事があるので、ミウラは19日からの四日間、ナカジマジムに顔を出したり、アインハルトと会ったりして、かなりのんびりとした時間を過ごしました。
 それでも、(ひと)りになると、どうしても考えずにはいられません。
 女子寮での一件も、ミウラにとっては『友人の悲鳴を聞きつけて、とっさに侵入者を撃退した』というだけの事柄(こと)です。「100%の善意」でした行為(こと)なのに、こんな仕打ちを受ける結果になろうとは……少なくともミウラ自身にとっては、これは相当に理不尽な状況でした。
 この一件の後、ミウラの心の奥では、いわゆる『お偉いさん』たちに対する不満と反感が、深く静かに(くすぶ)り続けてゆくことになります。

 また、22日の晩には、ホテル・アルピーノの方からスバルに業務連絡がありました。
 用件は、『滞在時期の重なるお客様の人数が、四名から七名に変更となりましたので、悪しからず御了承ください』という話と、『また送迎用のマイクロバスを出しますので、こちらの次元港への到着時刻が決まりましたら、お知らせください』という話です。
 そこで、スバルはバムスタールに、到着はいつものように「現地時間の朝7時」であることを伝えました。


 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧