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冥王来訪

作者:雄渾
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第三部 1979年
迷走する西ドイツ
  忌まわしき老チェーカー その3

 
前書き
 申し訳ありません。
本日は公開が遅れました。 

 
「では、木原博士……」
ゲーレンは、初めて自己の秘懐(ひかい)を解くかの如く、膝をすすめて、言い出した。
「ズバリ、ビルダーバーグ会議じゃよ。
まあ、外交問題評議会(CFR)が米国の見えざる政府ならば、ビルダーバーグは、米欧の陰の政府といえるじゃろう」
 ゲーレンは、重たい口振りでいった。
その瞬間、はっと、鎧衣の眼が、真剣になって振りかえった。


 ビルダーバーグ会議とは、欧州における政財界のトップによる秘密会議の事である。
一説によれば、蘭王室の王配殿下の提案によって始まったと流布されている。
表向きは対ソの資本主義国連合を作るという名目で始まったと関係者の証言にある。
 オランダのオーステルベークにあるビルダーバーグ・ホテルで結成され、第一回会合が開かれた。
そのことから、ビルダーバーグ会議と称されるようになった。
 参加者はおよそ100名前後。
その大部分が、24名のヨーロッパのメンバーと15名のアメリカのメンバーから成る運営委員会によって招待され、招待者のリストは毎年変わる。
 参加国のすべて北米と西ヨーロッパからで、毎年、カナダ、西ドイツ、イギリス、フランス、オーストリアなどで開催されてきた。
 会議は原則非公開で、交通費と宿泊費は参加者が負担する。
配偶者や秘所を同行させることは認められておらず、単身で参加し、専属の護衛が付いた。
三日間の会議期間中は、会場内に缶詰めになり、会場外の警備は開催国の軍の特殊部隊が行った。

「いま、世界に冠たるこのドイツを悩ませ、開闢(かいびゃく)以来の大問題となっているのは、東西冷戦と国家の分断じゃ」

「このドイツ再統一の問題を解決するためには、どうしても欧州各国間の協力が不可欠じゃ。
そこで、われわれは各国間の利害を調整して、自分たちの賛同者を増やす必要がある」

「ちょうどスターリンが死んだ頃じゃった。
ポーランド人の社会主義者、ジョセフ・レティンガーという人物が国際会議を計画した。
蘭王室に国婿(こくせい)として入ったリッペ=ビーステルフェルト公に対して、欧米の有力者を集めて、諸問題について定期的に討議する提案をした」
 マサキは、ゲーレンの話にやや意外な顔した。
だがそれにも、否と(おもて)を横に振って、
「蘭王室と西ドイツに、何の関係がある?」
ゲーレンは、怪訝(けげん)な顔をするマサキの問いに答えて、
「リッペ=ビーステルフェルト公はな、われわれの古い協力者の一人じゃ。
彼は、若いころ突撃隊にいて、その後NSDAPの正式党員になり、経歴を洗う為に民間に下った。
IG・ファルベンインドゥストリーに入った後、蘭王室に婿として入った。
戦争中もカナダに疎開せずにロンドンにいて、その情報をベルリンにもたらしてくれていた」
「!」
 連合国側も馬鹿ではなかった。
リッペ=ビーステルフェルトの弱みは、NSDAPの正式党員という事であった。
その秘密を世間に明らかにすると脅しをかけて、その秘密会合の団体を作らせた面がある。
 彼を利用したのは、そればかりではない。
欧州の王室や産業界の重鎮と幅広い深交があり、 おあつらえ向きの仲介者だったからだ。
無論、リッペ=ビーステルフェルト公自身も、ビルダーバーグ会議を利用した面がある。
国際組織を隠れ蓑にして、第三帝国の再建をもくろんでいた節もあった。

「ビルダーバーグ会議は、第三帝国の世界征服思想の隠れた継承者って訳か……」
「そうみてもらっても構わん」
鎧衣は、初耳なので、驚きの目をみはった。
「しかし、蘭王室の最高権力者が、なぜ……」
「人間だれしも、手に入れた権力を使ってみたいという、潜在的な欲望があるからじゃよ」
そういった後、ゲーレン翁は、笑いだして、
「フォフォフォ……。
これがただの新興成金とか、マフィアの首領だったら、やりたい放題し放題。
だがよ……
蘭王室の王配殿下じゃ、何もできない」
 マサキは、何も言えなかった。
裏事情を聞いて何になるのだろう、という気持ちだったからだ。
「朝遅くに宮殿から執務室に行って、報告を2つから3つ聞いて、あとは何もすることがない。
国王じゃなくて、ただの女王の配偶者だからな……」
 饒舌に話すゲーレンを見ながら、マサキは新しいタバコに火をつけた。
如何に権力者や支配者となっても、何も出来ないことがあるかと、関心を新たにした。
「精々、どこかの役所の長を叱るぐらいが、関の山……
宮殿に帰ったら、善き夫、善き父を演じねばなるまい。
やはりなんにも出来んで、羽目を外すことが出来んだろう。
酒にしたたかに酔う事すらできずに、まずい飯を食って、品行方正に過ごす」
 一瞬、テーブルに座っているココットの方に目をやる。
さしもの彼女も、ゲーレン翁の話は初耳だったようで、黙って聞いている様子であった。
「権力がなければそれでもいい、金がなければそれでもいいかもしれない。
だが、金持ちからも有り余るほど持っていると来てる……」
鎧衣は、苦笑をゆがめて、
「しかも、今の地位に上り詰めるまで、かなりの荒事をやって来たとなると……
今の何も出来ないことには、我慢の限界が出てくるわけですな」
「そういう事だ」
 室内は、煙の濃度が異常に高くなっていた。
この場に同席している全員が、何かしらの方法で紫煙を燻らせていた為である。
「なぜ欧州各国の軍隊がF-4ファントムを止めて、F‐5フリーダムファイターを選んだか。
わかるかね」
「値段が安いからだろう」
「それは表向きの理由じゃ。
設備投資や整備の面を考えれば、ファントムの方が格安で、既存の技術で生産しやすい……」
「どういうことだ?」
「リッペ=ビーステルフェルト公にはな、弱みがあって、色々と金がかかる面がある。
公開されている王室予算を使うわけにはいかんし、または税金でということも出来ん。
そこでじゃ、ノースロックとロックウィードがそれに目を付けてな。
彼に、(まいない)を送ることにしたのじゃよ」
「まさか、それが戦術機開発にも……」
「そうじゃ。
1956年の事じゃったかの、ドイツ国防軍へのロックウィード製の戦闘機の売りこみを進めた。
当時の国防相フランツ・シュトラウスも同席のもとで、F-104スターファイターを選定したのじゃ」
 F-104スターファイターとは、ロッキード社が開発した超音速ジェット戦闘機である。
軽量で、機動性と高速性を極限にまで高めた機体で、米軍初のマッハ2級の超音速戦闘機でもあった。
 西ドイツにおいては、916機のF-104が運用された。
だが事故率は非常に高く、およそ292機が失われ、未亡人製造機(ウイドゥメーカー)と称される機体でもあった。
 日本でも配備され、栄光という愛称を持ち、三菱重工業がライセンス生産を担当した。
1986年(昭和61年)、米国からの援助相当分の36機が米軍に返還という形をとって、間接的に台湾に供与された。


「早く結論を言え、俺は忙しいんだ。
スパイのリストを出すか、出さないか……」
 この時点でマサキは、質問者という意識を捨てて、対等になった。
彼は、ゲーレンの話が、ひと段落するタイミングを計っていたのだ。
「わしらに死ねというのと同じじゃ」
マサキは、その言葉がにわかに本当とは信じられなかった。
「じゃあ、勝手にすればいい」
 マサキは、悠々と許可の言葉を告げる自分に自信が湧いた。
だが、本当の勝負はこれからだと気を引き締めていた。 
「ではこうしよう。闇の組織を教えよう。
だが、わしらドイツ民族も、救ってくれ」
「いいだろう」


 場面は変わって、西ドイツのケルン。
ここにある連邦憲法擁護庁の本部には、夜半というのに電話が鳴り響いていた。
「何、サラリーマンを名乗る怪しい外人がBND本部に乗り込んだだと!
乗り込んできたやつらは……」
(けえ)りやした」
(けえ)すな、この大馬鹿野郎!
手がかりが無くなっちまうじゃねえか」
 彼等の後ろで、ワルサー社の自動拳銃P1を組んでいた別な男が、(さえぎ)るように言った。
連邦国境警備隊(今日のドイツ連邦警察)からの出向者だった。 
「ただのサラリーマンじゃねえな。こいつは面白くなってきたぜ」
男は、しり眼に振向いて、
「電算室に繋いでくれ」
「え」
「憲法擁護庁本部には、電算室があるだろう。
そこにはホストコンピューターがあって、ドイツに入国した外人の全データーがあるはずだ」
「はいッ」 
 それとは別に、同じケルンには、連邦政府所管の外人中央記録保管所という施設があった。
ここではドイツに入国した全外人のデータが保管され、逐一記録されていた。
 後の1991年に露見することになるが、保管所の管理者はシュタージの工作員であった。
西ドイツに入国する人間の情報は全て、その日のうちに東ドイツに漏れていた。

 さて。
 地下一階の電算室では、謎の東洋人に関しての情報分析が行われていた。
操作卓を叩く音が部屋中に響き渡る。
「解析結果は出たか」
「へえ……」
電算室の事務官は、男にプリントアウトしたパンチカードを渡す。
「木原マサキ……。
日本帝国斯衛(このえ)軍第19警備小隊所属。
ほう……天のゼオライマーのパイロットか……」
男は資料をめくりながら、もう一人のサラリーマンに関して問いただした。
「この鎧衣左近とかいうサラリーマン風の男が臭い。調べてくれ」
「はい」
 ブラインドタッチで操作卓を打つと、ブラウン管に画像が映し出された。
そこには鎧衣の顔写真と生年月日が表示された。
NAME:SAKON YOROI
NATIONALITY:JAPAN
DATE OF BIRTH:16TH FEBRUARY 1945
 
「データはこれだけか」
「はい」
「臭いな。よし長官に相談だ」

 連邦憲法擁護庁は1950年にドイツ国内に作られた諜報機関である。
共産主義者による西ドイツ国内の反憲法的活動の監視を主目的に設立された。
 だが初代長官のオットー・ヨーンを始めとし、その多くがKGBやシュタージのスパイの浸透工作を受けていた。
故に、捜査情報が長官室に上がった時点で、KGB支部に通達されるという馬鹿げた事態に陥っていたのだ。
 1968年の学生運動「5月革命」以降、世論に迎合し、旧ドイツ軍関係者やナチス関係者を追放した。
新聞社向けのパンフレットなどを発行し、積極的な情報公開を行い、世人への透明性を高めた。
 また1972年以降は外国人過激派、極左過激派対策も任務に加わり、その存在意義ををアピールした。 
 

 
後書き
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