我が剣は愛する者の為に
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刺激を求める
「俺達に賞金首の一人を討伐して欲しい、ですか。」
涼州を出て、旅を続ける俺達。
昼食と旅に必要な物を補充する為に、立ち寄った街で食事をしていると老人に話しかけられた。
その老人はこの街の代表らしい。
既に天の御使いの噂が全国に広がっており、こうして声をかけられたのだろう。
従者として腕が良い事も、知られているようでこのように賊を倒してくれなど、依頼される事も多い。
今回もそのうちの一つだ。
「この近辺に出没する女でして、非常に困っているのです。」
「具体的にはどんな被害を?」
豪鬼がそう尋ねると、老人は豪鬼の顔を見て少し脅えながらも答える。
「は、はい。
行商人の荷物を狙われたり、腕の立つ者達に喧嘩をふっかけたりと、言い出せばキリがありません。」
「行商人の荷物を狙われるのは確かに迷惑ですね。」
月火の言うとおりだ。
この街の近辺にそんな迷惑な輩が出てくると噂になれば、他の行商人はやって来ず、物の取り引きや流通が上手く回らなくなってくる。
そうなると困るのは商人であり、それを買う筈の街の住民。
これもまた一つの負の連鎖に繋がるだろう。
「御使い様達がここに訪れたのも、何かの縁。
どうかお願いいたします。」
「分かりました。
引き受けます。」
老人の言葉に一刀は快く引き受ける。
情報によると、この近くの森にその女が一番出没するという。
何人もの腕の立つ者が、賞金欲しさに討伐に向かったが、ボロボロになって帰ってきたという。
目撃証言だと、髪は黒で服装は蝶を連想させる黒の服装らしい。
話を聞き終えて、戦いの前にご飯を食べながら話し合う事にした。
「相手は中々の使い手と思う。」
俺の発言に全員が頷く。
唯一、美奈だけは首を傾げていたが。
「とりあえず、黎と美奈はここで待機だ。」
『どうして?』
「美奈はまだ子供、お前は武はそれほどだろう。
相手の実力が分からない以上、ここで待機だ。」
「そうよ、黎。
貴方に怪我でもしたら、私は縁を殺さないといけなくなるから。」
「どうして俺が殺されないといけないのか、非常に気になるが、優華の言うとおり。
怪我でもされたら大変だからな。」
俺と優華の言葉を聞いて、頬を膨らませて納得していないみたいだ。
でも、足手まといである事は理解しているらしく渋々と了承した。
そんな訳でご飯を食べ終え、美奈と黎を置いて近くの森に向かう。
森は生い茂っていて、太陽の光が遮断されているのか少しだけ薄暗い。
「かなり広そうね。」
月火が森を見て、素直な感想を述べる。
この中から一人を探すのは苦労しそうだ。
「手分けして探そう。
各々の対処は任せる。
太陽が真上に登ったら、ここに再集合だ。
一刀だけ、俺と一緒に行くぞ。」
この中では一番弱いので、俺と一緒に行動する。
それぞれが武器を持ち、森の中を手分けして賞金首の女を捜す。
俺が先頭に立って、茂みなど歩くのに邪魔になりそうな草などをどかしながら進む。
しかし、この広さだ。
中々見つかる訳がない。
「でも、何が目的なんだろうな。」
一刀が疑問に思うのも無理はない。
行商人を襲っても荷物を奪う訳でもなく、ただ襲っているだけだ。
物品目当てで襲っている訳ではない事は確か。
腕自慢の旅人を襲うのも、襲うだけでそれだけだ。
相手をボコボコにして、命までは奪っていない。
「俺にもさっぱりだ。
こればっかりは、捕まえて話を聞くしかないだろ。」
その時だった。
何かがこちらに向かってくる気配を感じたのは。
「一刀、構えろ。」
刀を抜刀して、構えのない構えをとりつつ警告する。
俺の言葉を聞いて一刀も木刀を構える。
ついに来たか、と身構えた時だった。
ヒュン、と音が聞こえたと、同時に首に何かが引っ掛かった感触を感じたのは。
手で確認しようとした時、それは俺の首を締め上げ、前に引っ張られる。
近くの木まで引っ張られ、上に持ち上げられる。
「ぐっ!・・・・あぁ!!」
右手で俺の首を絞めている何かを必死に外そうとするが、かなり締め付けているので指が引っ掛からない。
「うふふふ。」
妖艶な声が俺の後ろから聞こえた。
首を必死に後ろに回すと、木の影から一人の女が現れる。
「一匹釣れたわね。
逝きそうになったら、降ろしてあげるから安心しなさい。」
女はそう言って、一刀に近づいて行く。
「縁を降ろせ!
じゃないと。」
「降ろさないと力ずくでするの?
いいわ、最高に良い。
力づくって私は大好きよ。」
両手に持っている扇子を広げ、一刀に接近する。
横一閃に扇子を振るい、それを木刀で受け止める。
続けて扇子の連撃が繰り出され、急所に当たる攻撃を防いでいくが、全部は防げない。
確実に傷を負っていく。
今の一刀ではあの女には勝てない。
「がああああああああああ!!!!」
刀を両手で握り、身体のバネだけで一回転する。
両手を強化して後ろの木を切断する。
木は斜めに切断され、地面に倒れる。
木に引っ掛けて俺の首を絞めていたので、その何かはたわむ。
手に取って見るとそれは糸だった。
俺は接近して刀を振るう。
しかし、女は後ろに下がってその一撃を避ける。
目的は一刀から距離を開けさせることなので、避けられる速度で振るった。
ようやく、女の姿をはっきりと確認できた。
黒くて尻辺りまで伸びてた黒い髪。
つむじの辺りで一度髪を縛って、さらに先端部分の髪の所にも蝶型の髪留めで留めている。
服装もアゲハチョウを連想させるような黒の服だ。
胸元も肌蹴ており、全体的に布地が少ない。
「もう脱出するなんて、鼠が釣れたと思ったら虎だったわね。」
「一刀、大丈夫か?」
「まぁ何とか。」
怪我はしているようだが、致命傷はないようだ。
さっき見た感じだとあの女は遊んでいたようだな。
殺そうと思えばすぐに殺せた筈だ。
「天の御使いだからもう少し強いと思ってたんだけどね。」
しかも、一刀が天の御使いである事を知っている。
知っていたからこそ、あそこまで遊んだのだろう。
「だったら次は俺が遊んでやるよ。」
地面を蹴って、接近する。
刀を振るうがそれを扇子で受け止める。
「鉄扇か。」
「じゃないと受けきれないからね。」
女は依然と余裕と妖艶の混ざった笑みを浮かべる。
二つの鉄扇と刀がぶつかり合い、火花が散る。
俺には余裕があるが、女の方は徐々にさばきれなくなる。
堪らず後ろに下がるが、それを許す訳もなく俺も合わせて前に出る。
すると、俺の行動を見てニヤリ、と笑みを浮かべた。
女は右手を引くと、俺の右足が意思とは勝手にさらに前に動いた。
何かに引っ張られるようなそんな感触がした。
前に進もうとしていたので、バランスが崩れ、前のめりに倒れる。
途中で体勢を立て直そうとするが、それを女が許す訳がなかった。
体勢が崩れた際にできた隙をついて、顎に蹴りを入れる。
「があっ!?」
後ろに倒れそうになるが、踏ん張って堪える。
今度は女が左手を引くと、それに応じて左足が前に出てしまう。
倒れそうになっていたのを足で踏ん張っていたのに、突然前に出たので後ろに倒れてしまう。
その隙に俺に接近して、鉄扇をこめかみに向けて振るう。
意識がぶれるが、歯を食いしばって堪える。
地面に倒れるが、すぐさま立ち上がる。
「へぇ、あれを喰らって意識があるんだ。」
少し驚いているようだが、余裕の態度は崩れない。
俺の意思とは関係なしで足が勝手に動いた。
それも何かに引っ張られるように。
これは最初に首を絞められていたのと同じだとすれば。
「手に隠した糸を俺の足に引っ掛けているんだな。
だから、腕を引いた時に俺の足も勝手に前に動いた。
引っ掛けたのはさっき打ち合っている時かな。」
「ご名答。
中々頭が良いのね。」
「最初に首を絞めていたのは糸によるものだったからな。
大体は予想できる。」
「仕掛けが分かった以上、もう使えないわね。
ならば、正攻法でいかせてもらうわ。」
両手に氣が集まっているのを感じた。
距離は三メートルくらい離れているのに、女は無造作に腕を振った。
その瞬間、右肩に強烈な痛みを感じた。
「なっ!?」
驚いて見て見ると、服は裂かれ痕ができていた。
まるで鞭にでも叩かれたような、例えるならそんな痛みだ。
両手を指揮者のように振るうと、俺の身体が強烈な痛み次々と襲い掛かる。
鞭なようなもので叩かれている内に、ネタが見えてきた。
女が振るう腕に合わせて俺は空を掴む。
そこに確かな手応えがあった。
「束ねた糸を氣で強化して、鞭のように使っているんだな。
少ない糸でここまで強化できるとはな。」
「うふふふ、もうばれちゃうの?
こんなのは初めてよ。」
両手には氣で束ねた糸が握られていた。
ネタを分かってしまえばどうという事はない。
俺は刀を握り締め、決着をつける。
女は手に持っている鉄扇をこちらに投げてきた。
回転しながら迫ってくる鉄扇を俺は紙一重で避ける。
刀を防ぐ武器が無くなった。
しかし、女は追い詰められたというのに笑みを崩さなかった。
突如両手が前に動かせなくなった。
後ろを見ると、俺の両手首には人が引っ掛けており、それは後ろに飛んで木に引っ掛かっている鉄扇に繋がっていた。
さっきの鞭の攻撃の際に引っ掛けていたのだ。
「高密度の氣を流し込めば、手元を離れても一定時間は強化されたままになる。
これで両手は封じられた!」
勝利を確信して、氣で強化した拳で俺に殴りにかかる。
「その攻撃は既に読んでいるんだよ。」
最大まで強化した両手で一気に前に引っ張る。
張り切った糸はちぎれ、俺の両手は自由になる。
「な、にッ!?」
最後の最後で余裕の笑みが崩れた。
そのまま刀で女を斬りつけた。
脇腹に完璧な胴が入り、そのまま女は気絶して倒れた。
無論、刃ではなく峰だ。
「縁、大丈夫か?」
「何とかな。
それより、こいつをロープか何かで縛るぞ。」
ちょうどいいのが見つからなかったので、さっき俺を両手を縛っていた糸を使った。
気絶しているので俺が抱き抱えて、森を出る。
太陽が真上に登った辺りで、全員戻ってきた。
皆、俺が怪我しているのを見て驚いていた。
「縁殿にここまで傷を負わせるとは。」
「いや、こいつの武力はそこまで高くはない。
でも頭が良い、それもかなりだ。
ここまでやられたのも、こいつの策があってこそだ。」
星にも言ったが、こいつは武だけを見るなら星には及ばない。
だが、糸と氣を上手く使った戦法は初見だとかなり効果がある。
「この女はどうするの?
街にでも突き出す?」
本来ならそれが良いんだが、優華の問いかけに俺は首を横に振った。
「とりあえず、目が覚めるまで待とう。」
少ししてから女は目が覚めた。
自分が縛られているにもかかわず、笑みを浮かべる。
「そうか、私は負けたのか。
中々刺激のある戦いだったよ。」
「名前は何だ?」
「司馬懿よ。
私も貴方の名前を知りたいわ。」
「関忠だ。」
司馬懿と言えば、三国志で魏の曹操に仕えていた将の名前だ。
諸葛孔明に及ぶとも言われる知能の持ち主と言われていたはず。
彼女が司馬懿なのなら、あれほどトリッキーな戦法をしてきた事に納得ができた。
一刀の彼女の名前を聞いて驚きを隠せないようだ。
「それで私は街にでも突き出されるのかしら?」
「その前に一つ聞きたい。
どうして行商人や旅人を狙ったんだ?」
森の中で一刀と話していた事が気になったので聞いてみる。
「何だそんな事。
私はただ刺激が欲しかった。」
「刺激だと?」
「そうよ。
名家の生まれの私は毎日が退屈で仕方がなかった。
そんな私が一番刺激的に感じたのは、戦いだったのよ。
自分の策を考え、それを戦法にして戦い敵を追い詰める。
最高に刺激的で面白いわ。
行商人を襲ったのも、雇っている護衛を相手にしたかっただけ。
旅人も腕が良さそうな奴にしか手を出していない。」
嘘を言っているように見えなかった。
司馬懿はただ退屈していたんだ。
名家の生まれで決まったレールの上で生きていく事が。
だから、戦いに身を置いたのだろう。
戦いは不平等だ。
たった一つの誤算で命を失う事もある。
そこに快感を覚えたのだろう。
「司馬懿、一つ提案がある。」
だからこそ、俺は思った事を口にした。
「俺達と一緒に来ないか?」
その言葉に誰もが驚いたと思う。
もちろん司馬懿もだ。
「正気ですか、縁殿!?」
「星の言うとおりよ!
あんたは馬鹿か!」
「流石に私も同意できないわね。
理由をはっきりしてもらわないと。」
星や優華や月火は猛反対している。
確かに傍にいるだけで厄介事を起こしそうな奴と一緒に居たくはない。
ましてや刺激が欲しいからと言って、取り返しのつかない事をするかもしれない。
「一つは彼女の知力の高さだ。
司馬懿が居れば色々と役に立つ。
もう一つ、これが一番大きい理由だが。」
言葉を区切って俺は言う。
「彼女は戦いの中でしか刺激を、要は生きている実感をえれないと言った。
それって悲しくないか?
俺は悲しいと思う。
生きれば戦いなんかよりもっと良いことがあると思うから。
だから、俺は彼女を手元に置いてそれを教えてあげたいと思った。」
司馬懿の話を聞いて率直に思った事を述べた。
彼女は人生に退屈を覚えたから、戦いに身を置いた。
なら、戦い以外にももっと楽しい事を知ってほしいと思った。
それを聞いた三人は呆れた顔をして、豪鬼と一刀は少しだけ笑っていた。
「縁殿は相変わらずですな。
ですが、そこが私が忠誠を誓う所です。」
「それでこそ縁だよな。」
豪鬼と一刀は司馬懿を連れて行くことに賛成してくれたようだ。
「はぁ~、まぁそこが縁殿の良い所ですからね。」
「えっ、星は納得しちゃうの!?」
「優華も諦めなさい。
縁がああ言った以上、誰の言う事も聞かないわよ。
旅をしてそれだけは分かったわ。」
「月火まで!?
もしあの女が黎に、ひいては皆に迷惑をかけないって保証がないでしょう!」
「そうだけど、縁はきっとそうならないようにするよ。」
一刀の自信たっぷりの発言を聞いたが、まだ納得していない。
しかし、自分以外は皆納得しているようなので、一人だけ抗議しても仕方がないと思ったのだろう。
俺に人差し指を突き立てて言う。
「もし黎に迷惑をかけたら、その女は私が殺すからね。」
「そうならないようにするのが俺の役目だ。」
「ぷっ!
あはははははははは!!!!」
突然司馬懿が大声で笑い始めた。
「面白いッ!
貴方は最高に面白いわ!
ここまで笑わせたのは貴方が初めてよ!」
落ち着くまで笑った後、司馬懿は何事もなく立ち上がった。
両手を縛っていた筈なのに、その糸は切れていた。
手には小さな小刀があった。
「仕込みくらい持っていて当然。
街に突き出すって言うのなら、そのまま逃げるつもりだったけど。」
司馬懿は俺に顔を近づけて言う。
「貴方について行くのはとても刺激的で面白そうだわ。
だから、貴方の旅に同行させてもらうわね。」
「俺もそのつもりだから、むしろ歓迎するよ。
俺は縁。」
「私は胡蝶。
よろしくね、ご主人様。」
うん?何でご主人様?
「だって、私に色んな刺激を教えてくれるんでしょう?
あんなことやこんなことを夜の閨で身体に教えてくれるのよね?
それとも今から野外でもするつもり?」
「ばッッッ!!!
馬鹿野郎!!!
俺はそんなつもりで言った訳じゃ」
後ろから今までにない殺意を感じた。
ゆっくりと振り返ると、星と月火と優華が鬼の形相で武器を構えていた。
「ま、待て!!
これは罠だ、俺は嵌められたんだ!!」
「少しでも信頼した私が馬鹿だったわ。」
「黎にこんな奴と結婚なんてさせない。
今ここで殺す。」
「縁殿、覚悟はよろしいですか?」
あっ、俺死んだかも。
「言い過ぎではないのか?」
縁が三人にリンチされているのを面白そうに見ている胡蝶に豪鬼は言う。
「あら、こうしたら面白くなると思ったから言ったまでよ。」
「ひでぇ。」
俺は胡蝶を敵に回したら駄目だな、と率直で思った。
司馬懿は街の人に上手く事情を説明して、何とか不問にしてもらった。
これは天の御使いとして知名度が上がったから、許されたのかもしれない。
胡蝶の事を街で待っていた美奈と黎に説明する。
美奈は仲間が増える事に関して喜んでいたが、黎は複雑な表情を浮かべながらぶつぶつ呟いていた。
主に、胡蝶と自分の身体を見比べて。
三人にボコボコにされた縁は、胡蝶から借りた糸でぐるぐる巻きにされ、街まで引きずられると言う散々な結果で終わった。
後書き
司馬懿に関してはかなりオリジナル要素が入っています。
史実とは違う所があるかもしれません。
誤字脱字、意見や感想などを募集しています。
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