我が剣は愛する者の為に
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すれ違う兄妹
旅がかなり大人数になった。
それもほとんどが腕の立つ武人だ。
一刀と二人で旅をしていた時は、基本的に俺が夜の見張りをしていたのだが、今は見張りを任せられる人物が多くなったので、俺も安心して寝る事ができる。
まぁ、最低限の警戒はしているが。
今日の夜は一刀と豪鬼が夜の見張りになっている。
豪鬼の話は非常にためになるので、一刀の良い経験になればいいと思う。
そう願いながら毛布に包まって寝た。
そうここまでは良かった。
眼の隙間から日の光が差し込む。
充分に睡眠をとったのだが、それでももう少し寝たいと思うのは不思議ではないはずだ。
前の世界でも目覚まし時計をどれほど恨みながら、朝を起きたか数知れない。
起きないと遅刻するから、仕事をしている目覚まし時計は間違っていないのだが。
しかし、今はそう泣き言を言ってられない。
この旅の先頭に立つ者、ここは寝ている組より早く起きて、威厳を少しでも見せる必要がある。
そう思いつつ、何気なく寝返りを打つ。
するとどうだろうか。
手にはものすごい柔らかい感触を感じた。
眼を閉じているので、この感触の正体が分からない。
何度か手を動かして形などを把握していく。
眼を開ければ済むのだが、何となく意地になって触覚だけで当ててやろうと思った。
その意地になったのが間違いだった。
「あぁん。」
とても卑猥な声が聞こえた。
そう俺の耳元のすぐ傍から。
非常に嫌な予感と汗が背筋に流れる。
眼を開けると、何故か俺の毛布の中に胡蝶が入っていた。
それも下着姿。
さらに俺の右手は胡蝶の胸をがっちり掴んでいた。
もちろん、わざとではない。
「なっ、ばっああぁ!?」
あまりの突発的な展開に頭がついて行かない。
昨日の夜、確かに俺は一人だった。
「うふふ。
朝から盛んね。
皆の前でやるのもいいわね。
とてつもなく刺激的よ。」
「待て待て待て!!
何でお前がいる!?
てか、見張りをしていた二人は!?」
豪鬼と一刀に視線を向けると、彼らは朝食の準備をしていた。
「おいいいいぃぃぃぃぃぃ!!!!!!
何お前らはいつも通りに飯の準備しているんだよ!!」
「何でって、ねぇ?」
「別に敵に襲われた訳でもないからな。
見張りである儂らが朝食の準備をするのは決まりであろう。」
「それは正しい。
でも俺が言いたいのは、どうして胡蝶が俺の毛布に入るのを止めなかったんだよ!!」
「それは・・・・」
二人とも俺から視線を逸らす。
こいつら、胡蝶に交渉されたな。
「何を貰った?」
「わ、儂は少し美味そうな酒を。」
「お、俺は暇な時に勉強に付き合ってくれるって。」
正直に話してくれてるのは嬉しい。
とりあえず、胡蝶から離れようと思った時だった。
後ろからゴソゴソ、と音が聞こえた。
振り返ると、美奈を除く全員が起きていてこちらを見ていた。
主に俺に対して、殺意の籠った視線でだ。
黎に関しては、眼を大きく見開いており、すぐさま自分の服を脱ごうとする。
「変に対抗意識持たなくてもいいから!!」
寸での所で俺は黎が服を脱ぐのを止める。
「それで縁殿。
貴方は今何をしようとしていたのですか?」
今までにない鋭い眼つきをしながら、星は問いかける。
「何をって。
俺はただ毛布に潜入してきた、胡蝶から離れようと。」
「その状況からして襲っているように見えないんだけど。」
月火言われて、今の光景を客観的に見る。
うん、俺が馬乗りになっている状態なので、どこからどう見ても俺が悪く見える。
あれ?これって逃げ道なくねぇ?
「やっぱり黎を胡蝶のように襲うつもりだったのね。
ここで殺しておくべきだわ。」
双戟を構えて優華は言う。
それに続いて星と月火も得物を構える。
これってデジャブ?
どうやら俺はここまでの様だ。
さらば、愛紗。
兄ちゃんは先に逝っているぞ。
「うふふ。」
衣服を着ながら、縁がボコボコにされているを見ながら胡蝶は笑う。
「縁って、色々と不遇だよな。」
隣で朝食の準備をしている豪鬼に話しかける。
「まぁ、胡蝶が加わっていい玩具にされているのは間違いないな。
上手いように、他の奴も巻き込まれている。」
「狙ってやっているから、巻き込まれてくれないと困るわ。」
「ほんと、胡蝶を怒らしたら駄目だな。」
「一刀殿に深く同意する。」
三人が気が済むまで縁はボコボコにされたのは言うまでもない。
「そろそろ腰を落ち着かせたいと思っているんだ。」
荒野を歩きながら、俺はこれからの事を話す。
俺だけは歩いていないのだが。
朝での騒動だけでは気が済まなかった三人、特に優華はいつ買っておいたのか、鞄から縄を取り出して俺を縛り付けた。
その縄を馬に縛り付けて、俺は地面に引きずられながら話している。
「それってどこかに仕官するってこと?」
少し俺に気にかけながら、一刀は話す。
助けたいと思っているのだが、助ければ俺のように被害を受けるのは確定的に明らか。
「客将として仕えて、実績を積んで、独立を考えている。
天の御使いとしての知名度は充分にあるからな。」
非常に真面な事を言っているのに、引きずられながら言うと威厳というものが全くない。
「宛てはあるのですか?」
「陳留で刺氏をしている曹操。
彼女なら俺達を雇ってくれるはずだ。」
「曹操、確かに彼女なら私達を有効に使うだろうな。」
「胡蝶は知っているのか?」
優華の質問に胡蝶は珍しく真面に答える。
こいつが普通に喋っている時点で俺は少し感動している。
「何度か噂は聞いた事がある。
最近、名実共に伸びてきている刺氏の一人だ。
私の勘だが、彼女はこの乱世を治める事ができる王の一人だろうな。」
「胡蝶にそこまで言わせるとは、中々の人物なのだろう。」
「会った事ないけどね。」
星と胡蝶が曹操について話をしている。
しかし、さすが司馬懿といったところだろう。
噂と勘だけで曹操の王としての資質を見抜いている。
俺と一刀は三国志の知識があるから、ある程度は頭で分かっている。
「さらに勢力を伸ばしたいと思っている曹操なら、私達が一時的とはいえ加入する事を望むはずだ。
まぁこれほどの布陣が揃っていれば、どこでも仕官できるけどね。」
胡蝶の言葉に素直に同意する。
俺と一刀は置いておいて、司馬懿に趙雲に太史慈に龐徳に丁奉に馬良。
これほどのメンバーが揃っているのだから、文字通り喉から手が出るほど欲しいと思う筈だ。
三国志のゲームならもう侵略しかしないレベルだよな。
「てなわけで、陳留に向かう。
ここから距離は離れているけど、ゆっくり行くか。」
「縁だけ早く行ってもいいけどね。」
優華の毒舌に俺は血の気が一気に引くのを感じる。
この状況で馬に思いっきり引っ張られたら、背中などが大変な事になる。
「え、遠慮しておきます。」
『そうだよ。
縁様と離れ離れになるのは嫌だ。』
「ちっ、黎に救われたわね。
その命、次に絶対に奪ってやるわ。」
黎、今ならガチで結婚してもいい。
そう思わざるほど俺は安心している。
胡蝶が仲間に入ったのはいい事だ。
面倒事は主に俺だけにしか降りかかっていないので、不満の声は聞こえない。
俺の不満は爆発しそうなくらい、溜まっているけど。
「縁さん、大丈夫ですか?」
「美奈、君だけが俺の心のオアシスだよ。」
「おあしす?」
「つまり、君は俺の癒しって意味だ。」
「えへへへ、縁さんの役に立てて良かった。」
やべぇ、ロリコンに目覚めそうなくらい美奈が可愛い。
大人になったらさぞ美人に。
その時、ブォン!!と俺の頬の数センチ隣に斧が降ってきた。
「ッッッ!?!?!?」
「おっと、手が滑ってしまったようです。」
わ、わざとだ。
今のは絶対にわざとに違いない!
豪鬼は笑みを浮かべていたが、眼が笑っていなかった。
陳留に着く前に、俺は死ぬかもしれない。
「はぁ・・・・」
とある街で一人の女性がため息を吐いていた。
彼女の名前は関羽、真名は愛紗。
関忠こと縁の義理の妹である。
幼い頃に自身を鍛えるために村を出て行った兄に追いつく為に、母親の元で修行。
母を超える強さを手に入れて、自信の兄を探す旅に出た。
その旅の途中で、主である劉備こと桃香。
義姉妹の契りを交わした張飛こと鈴々。
彼女達と一緒に旅をしている。
彼女達もこの負の連鎖に包まれた世の中を変えていきたい、という志の元に旅をしている。
賊に困っている村があれば、その賊を討伐したりなど出来る限りの事をしてきた。
愛紗自身、桃香の理想について行くつもりなのだが、彼女には兄を捜すと言う目標もある。
各地を転々としながら、兄に関する噂や情報などを聞き込みしているのだが、全く成果がない。
だから、彼女は何度目になるか分からないため息を吐いているのだ。
「こうしてため息を吐いた所で、兄様が見つかる訳がない。
根気よく探すとするか。」
実は有力な情報は掴んでいた。
最近、噂になっている天の御使い。
その従者の特徴が兄の姿にそっくりだと言う。
成長した兄を見た事はないが、他にそれらしい噂も聞かないので、一番の有力な情報だと考えている。
「しかし、天の御使い殿の集団も旅をしている。
天の巡り会わせに期待するしかないな。」
自分達も旅をする身。
これは天に任せるしかない。
気を取り直して、買い出しを続ける。
この街に寄ったのは食料などの補充のために寄った。
こういったのは鈴々や桃香に任せると、持っているお金が底に尽きるまで使うので、愛紗が担当している。
「あっ、愛紗ちゃ~~ん!」
と、聞き覚えのある声が聞こえた。
振り返ると桃香と鈴々がこちらに向かって走っていた。
「どうかされたのですか?」
「暇だったから街を歩いていたら、愛紗が居たから声をかけたのだ。」
「まだ買い物は終わらないの?」
「ええ、あと少しという所です。」
「だったら付き合うのだ!」
「それは構わないが、おねだりしても買わないからな。」
「わ、分かっているのだ。」
おそらく、愛紗が釘を刺さなければ、おねだりして食べ物を中心に買わされていただろう。
主に桃香に。
桃香は鈴々に少し、というかかなり甘い。
それが桃香の良さでもあるのだが、それを全開にして金が無くなってしまったら元も子もない。
自分がしっかりと手綱を握らないと、と再確認する。
三人でお店を回りつつ、必要な物を買っていく。
すると、大通りで人だかりができていた。
「何かあるのかな?」
「行ってみるのだ。」
愛紗が何かを言う前に、鈴々は人だかりに向かって走って行く。
「ああもう。
鈴々め、もう少し落ち着きをだな。」
「まぁまぁ、愛紗ちゃん。
私も気になるし、見に行こうよ。」
「分かりました。
どの道、鈴々を一人にさせる訳にはいきませんしね。」
仕方がないと言った感じで、愛紗と桃香は鈴々の後を追う。
街に着くと縄から解放してもらった縁。
この街では旅に必要な物を補充するために寄った。
出来る限り早く陳留に着きたいと思っている縁は、ここである程度補給していきたいと思っている。
「各自、太陽が傾いた辺りにこの街を出発するからな。
俺が必要な物を補充するから、皆は街を回って貰って構わない。
出来る限り、物は買わないように。」
そう指示して、一旦解散する。
必要な物を頭に入れて、街の散策する。
途中、鍛冶屋などに寄って、自分の刀を複製できる職人が居るか聞いたりもする。
これは一刀にそろそろ刀を渡そうかと考えているからだ。
木刀に慣れて、本物の刀を扱うのに時間がかかるかもしれない。
実力も上がってきているので、そろそろかなと思っている。
残念ながら、この街にはそれができる職人が居ないとの事。
他の街で探すか、と諦め買い物を再開させる。
必要な物を買い終わり、これからどうするかと考えている時だった。
大通りに人だかりができているのを確認したのは。
興味が湧き、人だかりに近づく。
そこには豪鬼と美奈もいた。
「よう、何かあったのか?」
「縁殿、実は旅芸人がいるのですよ。」
「へぇ~、このご時世珍しいな。」
旅芸人とは名の通り、旅をしながら街で自分の芸を見て貰い、お金を貰う事である。
お金を貰うのは強制ではなく、あくまで見ている人が払うか払わないか決める。
聞いた限りだと、コンビニで漫画を立ち読みするように思えるが、真に面白い芸なら人は思わず金を払ってしまう。
それほどの価値があると思わさればいい。
今の時代、賊などが多く蔓延る世界。
行商人以外で旅をする人はあまりいない。
「それで何をしているんだ。」
「何でも歌を歌っているようです。」
「うん、すっごく綺麗な声だよ。」
子供の意見は裏表がないので、美奈が言うのだから本当に良い歌声なのだろう。
「皆、ありがとう。」
真ん中に立っているピンクの色の髪をしたロングヘアで巨乳の女性が言う。
彼女が前に立つだけで視線が集まる。
主に男性の。
「ちー達の次の歌も聞いてちょうだい。」
続いて、右の一歩下がった位置にいる空色のポニーテイルの少女が可愛げに言う。
「それでは聞いてください。」
その女の子の対極の位置に紫色の髪をしたショートカットの眼鏡っ子が曲名と共に歌い始める。
歌を聞きながら、縁は思わず声が漏れた。
「これは・・・・」
「ええ、中々でしょう。」
豪鬼の言葉に素直に頷く。
彼女達の歌は聞いていると元気になる。
そんな歌だった。
「お父さん、顔が良く見えないよ。」
子供である美奈では、大人達の壁はあまりにも高すぎる。
「どれ、父さんが肩車してやろう。」
「わーい♪」
肩車されて、喜びながら歌っている彼女達に視線を送る。
「愛紗、歌は聞こえても顔が見えないのだ。」
鈴々は三人の中でも一番身長が低い。
何とかしてジャンプして、チラホラ見えるのだがはっきり見えない。
ふと、視線を横に向けると、大男に子供が肩車しているのが見えた。
「鈴々もあれをして欲しいのだ!」
二人は鈴々の指差した方向を見る。
顔は似てないがおそらく親子であろう。
父親が娘を肩車して、旅芸人の姿を見せている。
あれほどの身長なら、肩車されたらよく見える。
何せ、他の大人達より頭が一つ飛び出ているのだから。
「駄目だ。
私は買った物を持っているから、肩車ができる訳がないだろう。」
「じゃあ、お姉ちゃん!」
「わ、私は鈴々ちゃんを肩車できる力が無いよ。」
「むうう!
鈴々もあのおじさんに頼んでくるのだ。」
「それは駄目だ。
家族の仲を引き裂いてどうする。」
そう言われると鈴々は渋々と諦める。
「聞いていると良い歌声ですね。」
「うん、何か元気が出るよね。」
「顔は見れないけど、歌は凄く良いのだ。」
話をしながら聞いていると、歌が終わり拍手が起こる。
愛紗も荷物で手を塞がれていなかったら、周りと同じく拍手をしていただろう。
現に桃香と鈴々は拍手している。
「これで『数え役萬☆姉妹』の芸は終了です。
ご清聴ありがとうございました。」
眼鏡をかけた少女が一礼すると、それに続いて二人も頭を下げる。
聞いていた人は大なり小なり、お金を払っている。
「愛紗。」
鈴々が何を言いたいのか分かったのか、器用に財布を取り出し、少ないがお金を渡す。
「ほら、行って来い。」
それを受け取ると太陽のような笑顔を浮かべて、人混みの中を掻き分けていく。
「いいの?」
「あの歌声は素晴らしいものを感じましたから。
あれほどの額なら問題ありませんよ。」
「これで『数え役萬☆姉妹』の芸は終了です。
ご清聴ありがとうございました。」
眼鏡をかけた少女が一礼すると、それに続いて二人も頭を下げる。
聞いていた人は大なり小なり、お金を払っている。
「素晴らしいな。
あんな歌声をこの時代で聞けるなんてな。」
「縁殿、何か言いましたか?」
「いや、それより荷物を持ってくれないか?
彼女達に少しでもお金を渡したいと思う。」
「お安いご用です。」
「私も行きたい!」
「よし、一緒に行こう。」
美奈の手を取って、人混みをかき分けて進む。
数え役萬☆姉妹はお金を貰いながら、一人一人にお礼を言っていた。
縁と美奈もお金を持って、彼女達に渡す。
「君たちの歌声、とてもよかった。
ぜひ、これからも頑張ってほしい。」
「お姉ちゃん達、とっても綺麗だったよ。」
「ありがとう。
またどこかで会ったら聞いて行ってね。」
ピンクの色の髪をしたロングヘアの女性が縁と美奈の手を握って、笑顔でお礼を言う。
「鈴々もお姉ちゃん達の歌声は凄かったのだ。」
その隣で一人の少女が手に持っているお金を同じ女性に渡そうとしている。
「ありがとう。
こんなに貰って本当に嬉しい。」
その少女はよほど感動したのか、思い思いの感想を口にする。
縁は少女を少しだけ観察した。
赤い髪にショートヘアーに髪には虎の髪飾りがついている。
一目見ただけで、かなりの使い手である事が分かった。
言いたい事を言い終えた少女は再び人の中に消えて行った。
(もしかしたらどこかの戦場で出会うかもな。)
そう考えながら、美奈の手を掴んで豪鬼の元に戻る。
「ただいまなのだ。」
「お帰りなさい。
鈴々ちゃんも戻ったし、宿に戻ろうか。」
「そうですね。
必要な物は買い揃えましたし。」
数え役萬☆姉妹の芸が終わり、解散していく人だかり。
その合間に愛紗は見えた。
背中まで伸びた黒い髪に、見覚えのある横顔。
一瞬だがあの顔はずっと探していた兄の顔にそっくりだった。
その男はさっきの大男と一緒に歩いているようだ。
愛紗は追い駆けようとしたが、人の波がそれを阻む。
何とか掻き分けるが、既に二人の姿はどこにもなかった。
掻き分けるのに必死だったので、大男を眼で追うのを忘れていた。
冷静な愛紗だが、兄に会えるという事に目に奪われ冷静さを失っていた。
一応、辺りを捜したが全く見当たらない。
「あ、愛紗ちゃん、どうしたの?」
突然の愛紗の行動に驚きながら、桃香は尋ねる。
「さっき人混みの間に、兄様の姿によく似た人物を見かけました。」
「愛紗のお兄ちゃんって、耳にタコができるくらいに話していたお兄ちゃん?」
「そ、そうだ。
でも、耳にタコができるくらい話したか?」
「話していたのだ。」
「それはもう嬉しそうにね。」
二人してからかうように言われ、愛紗は顔を赤くする。
「でも、お兄さんに似た人なら捜さないと。」
「一応、この近辺をくまなく探してみます。」
「手伝うのだ。」
三人は一通り街を見て回ったが、それらしい人影は見当たらなかった。
「これは完全に見失ったね。」
「愛紗、元気を出すのだ。」
意気消沈している愛紗を鈴々と桃香が慰める。
ずっと捜していた兄だけに、すぐそこまで居たかもしれないチャンスを逃してしまったのだ。
かなり落ち込んでいたが、すぐに気を取り直す。
「あれが兄様なら、元気そうだったのでひとまず安心です。
またどこかで会える筈です。」
それは桃香達に言っているのではなく、自分に言い聞かせているようだった。
桃香達もそこには触れずに、宿に戻るのだった。
街を出発した縁達は、豪鬼と美奈の口から街にいた旅芸人について話していた。
「へぇ~、そんな旅芸人がいたのか。
俺も聞きたかったな。」
一刀は残念そうに呟く。
そんな中、縁だけ何やら考え事をしていた。
(あの人混みの中から、一瞬だけ愛紗に似た女性を見かけた気がするんだが。)
成長した義妹の姿は見た事がない。
何より、本当に一瞬だったので見間違えだと思い、気には留めなかった。
よくよく思い出すと愛紗だったかもしれない、と考えを改めていた。
既に街は出たので後戻りはできない。
「縁、何か考え事?」
月火が会話に参加しない縁に声をかける。
「いや、何でも」
「黎の下着姿でも考えいたんじゃないのか。
朝での一件、黎が脱ごうとしたら一番がっついていたのは縁だし。」
その瞬間、優華の双戟が縁を襲う。
本気で殺しにかかってくる一撃を紙一重でかわす。
「やっぱり本気で殺す!!」
「おまっ!
それはマジで殺しに来てるだろ!!」
『縁様が望むのなら服の一枚や二枚。』
「火に油を注ぐな!!」
「こ・ろ・す!!」
その後、優華が気が納まるまで追い掛け回されるのだった。
そんな中、やっぱり声だけでもかけておけばよかったと、縁は少しだけ後悔していた。
後書き
誤字脱字、意見や感想などを募集しています。
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