我が剣は愛する者の為に
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愛に飢えた少女
馬岱に案内されて、城の中に戻る。
ちなみに移動時間の間も黎は俺の腕に抱き着いている。
「あ~、黎。」
『どうしましたか?』
可愛く小首を傾げる姿を見て、このままでもいいかなと思ってしまう。
これ、狙ってやっていたら悪魔だぞ。
流される訳にもいかないので、しっかりと言葉にして言う。
「引っ付かれると歩きにくいし、周りの眼がな。」
主に龐徳にだけど。
今も殺気とか憎悪などの負の感情が籠った視線が、俺に向けられている。
龐徳の視線に気がついていないのか。
『周りの眼なんて気にしてなくていいのです。
優華に勝ったのですから、もう私達の恋路に阻む物は何もありません。
何なら、今すぐに愛の口づけを。』
眼を閉じて唇を近づけてくる。
馬岱は黎の行動を見て、どうなるかを想像しているのかニヤニヤ、と笑みを浮かべていた。
龐徳に関しては言うまでもなく、双戟を手に取って構えている。
って、構えている!?
「おわぁ!!」
黎を抱きかかえながら、後ろに下がる。
俺の首を狙った一撃は空を切った。
あ、危なすぎるだろ。
あと少し反応が遅れていたら、首から血の噴水をお披露目する事になっていた。
咄嗟とはいえ、黎をお姫様抱っこしている訳だが。
何を勘違いしたのか俺の首に腕を回してくる。
『これこそ愛の口づけをするうえで、絶好の機会。』
「いやいや、この状況でまだそんな事を言えるのかよ!?
ねぇ、見えなかったの?
君のお姉さん、武器振り回して俺の首を狙ってきたんだよ。」
しかし、黎は俺の言葉を無視してキスに没頭する。
「話を聞け!!
お願いだから、聞いてください!」
『口づけを交わして、結婚してくれるのなら聞いてあげる。』
「えっ、黎ってこんなキャラなの?」
『きゃら?』
思わず素で思った事を答えてしまった。
その時、前方から鋭い殺気を感じ、前を見る。
双戟を構え、般若を連想させる顔つきの龐徳がそこに君臨している。
嫌な汗が俺の背筋を伝う。
おそらく、龐徳から見れば、イチャイチャラブラブしているように見えたのだろう。
さっきの勝負とは比較にならない速度で俺に接近してきた。
「ちょ!?」
首を狙った攻撃を後ろに下がって紙一重でかわす。
双戟の片方は柱に触れるが、豆腐のように綺麗に切断した。
俺の顔は今青ざめている、確実にだ。
何せ、自分の頬が引きつっているのが分かる。
「こ・ろ・す。」
「やってられるかぁぁぁ!!!」
脱皮の如く逃げる。
振り返らなくても分かる。
後ろから強烈な殺気が迫っている事を。
『これが愛の逃避行。』
腕の中に収まっている少女は、そんな呑気な事を竹簡に書いていた。
「これはこれで面白いけど、叔母さまの所に案内できないんだけど。」
この後、俺は一時間くらいリアル鬼ごっこをして、最終的に黎に説得してもらった。
「ここが、叔母さまの自室だよ。
でも、叔母さまは体調が悪いからさっきみたいに騒がないでね。」
「俺じゃなくて、二人に言ってくれると非常に助かる。」
黎の説得で龐徳は何とか剣を収めてくれたけど、それでも棘のような視線は依然と続いている。
部屋に入ると、一人の女性が寝台に上半身を起き上がらせて、窓の外の景色を見ていた。
一目見た瞬間、何て儚げな女性なのだろうと思った。
触れれば壊れてしまいそうな、そんな印象を受けた。
俺達が入ってくるを見ると、笑みを浮かべて出迎えてくれた。
「いらっしゃい、蒲公英。」
「叔母さま、身体は大丈夫?」
「ええ、今日は調子いいみたいよ。
優華も黎も元気そうね。」
『私は元気。』
「私も黎と同じです。」
「そして。」
馬騰の視線が俺に向けられる。
「初めまして、私は馬騰と言います。
寝台の上からで申し訳ないわね。」
「気にしないでください、体調が優れないのでしょう。
私は関忠、どうぞお見知りおきを。」
「ふふふ、そんなにかしこまらなくてもいいわよ。
ここに尋ねた理由は何かしら?」
馬騰がそう聞くと、黎が一歩前に出て竹簡に文字を書いて行く。
『この人と結婚する許可を欲しい。』
「あらあら。
ついに婿を見つけたのね、おめでたいわ。」
この言葉を聞いた限り、馬騰は結婚にあまり否定的ではないようだ。
このまま話を進められたら本気で結婚させられるな。
「でも、龐徳は納得しているの?」
視線を黎から龐徳に移す。
不満バリバリの表情をしている龐徳だが。
「私の試験には全部合格しました。
納得していませんが、納得しました。」
矛盾した発言だが、龐徳も結婚には反対ではないらしい。
まずい。
これは非常にまずい。
俺がここに居る時点で、結婚には同意しているように捉えられてもおかしくはない。
本当は別に目的があるのだが、何としてもこの話を止めないといけない。
口を開こうとした時。
「でも、関忠さんは納得してないみたいよ。」
俺の思っている事を見透かされたような発言を、馬騰の口から聞こえた。
黎と龐徳と馬岱は驚いた顔をしながら、こちらを見てきた。
『縁様、納得してないの?』
「まさか、私の黎と結婚できない訳?」
さっきと言っている事と行動が全く逆なのだが。
それをツッコむと話を進まないので、無視して自分の意見を言う。
「確かに初対面に等しい俺に、これだけ好意を向けられるのは嬉しい。
でも、失礼ですが俺は結婚なんてしている余裕がありません。」
「どうして余裕がないのかしら?」
「俺は王になるからです。
この国を自分の国にする為に。」
馬騰を除いて、その場にいた全員がさっきより驚いた表情を浮かべる。
しかし、馬騰だけはさっきと変わらない優しい表情をしていた。
「最初に会った時に眼を見た時に、何か感じたけど、王になりたいのね。」
そう言うと少しだけ目を瞑った。
次に目を開けた時には、芯の通った眼をしていた。
さっきまでの儚い雰囲気がどこかへ消える。
「なら、一つだけ質問していいかしら?」
「どうぞ。」
「貴方はこの土地が欲しくて、攻めてきた州牧だと仮定しましょう。
戦力差はほぼ同じ。
さぁ、貴方はどうする?」
「まずは話し合いですね。
戦力が同等だと、こちらの被害も大きい可能性が出ますからね。」
「もし、話し合いに応じなかったら?」
「攻めます。」
即答だった。
「俺が先陣に立ち、出来るだけ自軍の被害を少なくするように努力します。
大将の首、つまり貴方の首を取り、速やかに戦を終わらせます。」
その言葉を言った瞬間、後ろから殺気が襲い掛かる。
殺気の本人は確認するまでも龐徳だろう。
自分の主人を殺すと目の前で言われたのだから、殺気を出しても不思議ではない。
でも、馬騰はその殺気に気がついたのか。
「優華、殺気を抑えなさい。
彼はまだ話を終えていないわよ、そうでしょう?」
馬騰の言葉に同意するように頷く。
「ですが、それは貴方の事を知らないという条件付きです。
今では深い仲ではないですが、知り合いという事になります。
何とか説得しますよ。」
「それに応じなかったら。」
「説得に応じるように状況を作ります。
どんな手を使っても。」
「なるほどね。」
俺の言葉を聞いて、対象は殺気が納まった。
馬騰は俺の言葉に満足しているのか、笑みを浮かべて言う。
「黎、諦めなさい。
彼は本気よ、結婚も納得いかないと思うわ。」
馬騰は俺の覚悟を聞いて納得してくれたようだ。
『それは話を聞いて分かった。
だから、別の方法を考えた。」
黎も納得してくれたみたいで良かった。
後は孫堅の書いて貰った手紙を見せて。
『だから、縁様について行く。
縁様が王になった時に改めて結婚を申し込む。』
「えっ?」
「「えええええええええええ!!!!」」
俺と龐徳の声が重なる。
この話はもう終わったと思ったんだけど、黎はまだ諦める気は全くない。
これには馬騰も予想していなかったのか、少しだけ驚いている。
「それでいいの?」
馬騰の問いかけに、黎はしっかりと頷く。
黎は頷いた後、部屋を出て行った。
旅の準備をしに行ったのだろう。
「ちょ、ちょっと待ってよ、黎!」
本当に俺について来るのだと知った龐徳は、黎の後を追い駆ける。
「ごめんなさいね。
多分、黎は貴方が断っても無理やりついて来るわよ。」
「えっと、何で俺なんですかね?」
「愛に理由はないわよ。」
そう言って言葉を区切る。
「あの子の身体には私の夫の血が流れているの。
母親は違うけどね。」
「それって。」
「娘の馬超とは腹違いの姉妹。
黎の母親は生んで、少ししてから病気にかかって死んだわ。
残った黎を夫が連れて来たの。
少し複雑だったけど、家族として向かい入れたわ。
でも、どう接すればいいのか分からなくてね。
あの子自身も自分が娘でない事を知っていたらしくて、私達とは積極的に係わろうとしなかった。
そんな黎に話しかけたのが優華よ。
優華の優しさに触れて、よく懐いてたわね。
それがきっかけで、黎と距離が縮まって今は普通に話し合う仲までになったわ。」
「だから、龐徳はあれほどまでに黎を。」
「ちょっと過保護すぎるけどね。」
馬岱の言葉に少しだけ同意する。
でも、それだけ大切なんだろうと実感する。
「だからこそ、人一倍に愛に飢えているのだと思うわ。
そして、自分の全てを捧げる事のできる人に出会った。
関忠さん、娘をどうかお願いします。」
話を聞いていたら断れない状況まで追い込まれていた。
馬騰は始めから、ここまで話を持っていかせるために話をしたのだろう。
「策士ですね。」
「伊達に年の功をつんではいないわ。」
このやり取りだけで、馬騰は俺が何を言っているのか分かったのだろう。
俺自身、あそこまで言われたら引き受けない訳にはいかない。
何より、黎こと馬良は軍師有名な将だ。
こちらにはメリットは充分にある。
「馬騰さんに渡したい物があります。」
そう言って、孫堅直筆の手紙を渡す。
手紙を受け取り、書かれている事を読む。
「孫堅は相変わらず元気そうね。
よろしくしてやってくれと書いてあるのだけど。」
「実は一つだけ聞きたい事があって。
五胡について話を伺いたいのです。」
今まで優しい顔をしていた馬騰の顔が引き締る。
いずれ、この国を俺の物にした時、五胡と戦う可能性がある。
それを想定しておくためにも、五胡の情報は欲しかった。
この時代を考えるとさほど活発な活動をしてないと思うが、念のために聞きたかった。
「五胡とは何回か交流はあるわ。
でも、基本的にはこちらを好意に思っていない。
話を聞いてくれる人もいるけど、話を聞かずに襲ってくる輩の方が多いわ。
今は部族間で抗争があって、目立った動きはないって話だけど。」
「そうですか。
ありがとうございます。」
馬騰でこれくらいしか分からないのなら、これ以上の情報は捜しても見つからないだろう。
つまり、抗争が終わるまではちょっかいはかけてこないという事だ。
ここから先は自分で調べないとだな。
「黎達が準備を終える頃には日も落ちていると思うわ。
出発は明日?」
「ええ、他にも旅をしている仲間もいるので。」
「そうなの。
では、こちらの方から黎に言っておくから、貴方は旅の仲間に事情を説明していきなさい。」
「分かりました。
それでは失礼します。」
一礼して、俺は部屋を出る。
さて、宿に戻って一刀達に事情を説明しないとな。
「そう言えば、お姉さまは?」
「翠なら用事で隣町に行って貰っているわ。
帰ってくるのは、明日になると思うわよ。」
次の日。
あの日、宿に戻った俺はその日の夜に皆の前で黎の事を説明した。
皆は黎が仲間になる事は歓迎で、美奈に関しては仲間が増えると喜んでいた。
城の門に向かうと、荷物を抱えて黎と龐徳が立っていた。
その横には杖を支えに立っている馬騰と馬岱もいる。
ふと、なぜ龐徳が荷物を持っているのか疑問に思った。
黎は俺を見るとすぐ腕に抱き着いてくる。
「ほほう。
縁殿は大層好かれているようですな。」
からかうように星は言う。
その言葉を無視して、さっきから気になっている事を口にする。
「龐徳はどうして荷物を持っているんだ?」
「どうしてって、私もついて行くに決まっているでしょう。
理由に関してはたった一つ。
危険な旅に黎一人で行かせる訳にはいかないからよ。
異論は認めないから。」
どうやら、完全について来る予定だな。
断るつもりもないので、了承する。
皆も同意しているみたいだし。
断ったら、双戟で脅されそうだからというのもあるが。
「黎、優華。
元気でね。」
「またどこかで会ったら、一緒に遊ぼうね!」
二人に挨拶して、出発する。
依然と黎は俺の腕に掴んだままだ。
「一緒に旅をするのだ、儂達も自己紹介した方が良いな。
儂は丁奉、真名は豪鬼。」
「美奈は美奈!」
「趙子龍、真名は星。」
「太史慈よ。
真名は月火。」
「北郷一刀だ。
天の御使いという肩書きを言わせてもらっている。
一刀って呼んでくれ。」
それぞれ自己紹介をしていく。
特に一刀の自己紹介の時は二人は興味深そうな顔をしていた。
『私は馬良。
真名は黎。
これからよろしく。』
「竹簡に文字を書いて、会話する人は初めてだわ。」
月火や他の皆は驚いているみたいだが、誰だって驚くと思う。
「私は龐徳、真名は優華よ。」
「一応、確認するんだが俺も真名で呼んで良いのか?」
「黎の婚約者だから、本当は呼ばれたくないけど、旅をしたりするのだからしょうがないから呼ばせてあげる。」
不満タラタラみたいだが、真名を許してくれた辺り、少しは認めてくれているようだ。
そんな中、黎は月火と星と優華の顔と身体を自分の身体と見比べて。
「負けない。」
「うん?
何か言ったか?」
今さっき黎が何か喋ったように聞えたので、聞いてみた。
俺の質問に黎は首を横に振って否定する。
こうして、新たな仲間を加わり旅を再開した。
縁達が街を離れて数刻が経った後。
「あの二人、出て行ったのかよ!」
「お姉さまが用事で出向いている間にね。」
馬騰に用事を頼まれていた馬超は、話を聞いて挨拶できなかったことを悔やんでいた。
小さい頃から一緒に居たので、色々と思う所があったのだ。
「んで、その二人がついて行った奴ってどんなの?」
二人の性格はよく知っている馬超は、知っているからこそついて行った男の事が気になった。
その質問に馬騰が答える。
「凄く真っ直ぐな眼をした子だわ。
あれはきっと凄い人になるわね。」
「母様がそこまで言うくらいの男なのか。
一目でも会ってみたかったな。」
「いずれ出会うわよ、きっと。」
そう呟きながら、湯飲みに入ったお茶を飲む馬騰だった。
後書き
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