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イベリス

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第百十五話 知りたいことその十

「ちゃんと完成させないとお客さんに出せないさ」
「そうですね、確かに」
「そういうものだからな」
 それでというのだ。
「小説も漫画もな」
「完成させてこそですね」
「いいんだよ、何でもな」
「そのこと肝に銘じておきます」
「人生だってな、最後までだしな」
「死ぬまでですね」
「ああ、死ぬまでどうあるかで」
 マスターは考える顔で話した。
「死んだ時が完成だよ」
「人生は」
「死んだ時によかったって思えたらいいだろうな」
「完成ですか」
「いや、人生の形はそれぞれでな」
 それでというのだ。
「死ぬまでが作るものでもいいか悪いかは」
「それぞれですか」
「ああ、ただ自殺はな」
「しないことですね」
「自殺で終わったら完成でもな」
 それぞれの人生のというのだ、マスターは咲にどうにもという感じの顔になってそのうえで言うのだった。
「自殺なんておおむね無念だって思いながらするものだろ」
「絶望して」
「そんなものだからな」
 だからだというのだ。
「出来るだけな」
「しないことですね」
「その時絶望しているなら逃げた方がましだよ」
「その場から」
「生きていたら何とかなるもんだ」 
 咲に深く考える顔で話した。
「だからな」
「それで、ですね」
「逃げてもいいんだよ」
「絶望したら」
「その場所からな、そしてな」
 そのうえでというのだ。
「またやりなおしてもいいんだよ」
「そうですか」
「このこと他にも言う人いたかい?」
「はい」
 咲は記憶を辿ってすぐに答えた。
「結構」
「それはいいことだ、いい人達に出会ってるじゃないか」
「自殺するよりはっていう人は」
「自殺するより天寿全うした方がいいさ」
「やっぱりそうですね」
「何があってもな」
 その時どれだけ絶望してもというのだ。
「まずはな」
「生きることですか」
「それが大事だよ、ベートーベンだって生きたからな」 
 耳がおかしくなり自殺を考えた時があったのだ、そして遂には完全に聞こえなくなってしまったのだ。
「色々な曲を作れたんだ」
「あの人もですね」
「ワーグナーだって色々あってな」
 ベートーベンに匹敵するドイツを代表するこの作曲家もというのだ。
「壮絶な人生だったけれどな」
「あの人自殺する人じゃなかったですね」
「全然な」
 借金を踏み倒し革命騒ぎの中心人物となってお尋ね者となり恩人や弟子の妻と関係を持ったりしている、そうした意味で壮絶な人生であった。
「そうじゃなかったよ」
「むしろ何があっても平然としてましたね」
「弟子の奥さん奪い取ったからな」
 関係を持ったうえでのことだ。 
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