| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

ようこそボンゴレⅩ世。実力至上主義の教室へ

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

9名の救出劇④



9名の救出劇④

 

(……熱いなぁ)

 

 空中と床の熱気が体にまとわりつく。

 

 じんわりと汗をかき始めているのか、制服が肌に張りつきそうだ。逆に口の中は乾き気味。連れてこられてからまだ数分だけど、結構水分を失っているみたいだ。

 

 若干ぼーっとしている頭の中には、今回の事件に巻き込んでしまった皆の事が浮かんでいる。

 

(……わ、私のせい、だよね。みんな、綱吉君。ごめんね?)

 

 熱さと不安により、後ろ向きで暗い過去の自分が顔を出し始めているようだ。

 

 そんな状況の中、私は彼とのある会話を思い出していた。

 

 

 ——あれは龍園君に仕組まれた審議の準備中のことだった。

 

 

 そう、綱吉君に私の秘密を少しだけ打ち明けた時の話。

 

「ねぇ、綱吉君は後悔し続けてることってある?」

「え?」

 

 確か私のそんな一言から始まったと思う。 

 

 どうしてこんなことを聞いたのかは自分でも分からないけど、溜め込んできた私の後悔を抑えられなくなったのかな。

 

 急にそんな事を聞かれて綱吉君は少し困った様な顔をしていた。

 

 でも私の顔を数秒見つめると考えが変わったのか、ゆっくりと答えてくれたんだ。

 

「……そうだね。後悔していることはないかな。後悔しない選択をしてきたつもりだし」

「……そっか」

 

 綱吉君なら自分と同じ様な経験をしているんじゃないか。そんな淡い期待を抱いていたけど、それは脆くも崩れ去ってしまった。

 

(自分と考え方が似てるからって、同じ様に後悔をしているわけもないか)

 

 短絡的な自分の考えを振り払い、作業に集中しようとした。

 

 

 ——その時だった。

 

 

「……だけど、その為に一生消えない荷物を背負うことにはなったかな」

「え? 荷物?」

 

 綱吉君が話を続け始めたのだ。ここで話を終わらせるつもりだった私は少し驚いてしまった。

 

「そう。後悔しない為の選択によって、荷物を背負うことになったんだ」

「……後悔しない為の選択」

 

 綱吉君の言葉を頭の中で反芻する。

 

 ——あの時の私の選択は、後悔しない為の選択なんだろうか。

 

 ——だとすれば、心の中の消えないこの気持ちは……後悔ではなく綱吉君のいう様な一生消えない荷物なんだろうか。

 

 そして、そんな私に綱吉君は優しげな微笑みを受かべながら衝撃的な言葉を口にする。

 

「うん。きっと帆波ちゃんと一緒だね」

「……え?」

 

 どうして私が同じだと思ったんだろう。あの事件のことは南雲先輩にしか話していないんだけどな……。

 

「あ、あはは。一緒って何が?」

「帆波ちゃんには何か抱えているモノがあるんでしょう? だから俺に後悔し続けている事がないか聞いてきたんだろうし」

 

 完全に図星だった。思わず目を泳がせていると、綱吉君は視線を先ほどまで作業していた資料に戻した。そして視線はそのままで話を続ける。

 

「安心して。別に聞き出そうとか思わないよ」

「そっ、そっか」

「うん。だけどさ、後悔してるってことは反省してるってことだよね」

「……うん。反省してる」

「それならいいじゃない。反省して生きているなら、それでいいんだよ」

 

 本当に反省している。今でもあの時にしてしまった事が私の心に残っているくらいに。

 

 ……ああ、きっとこれも一生消えない荷物なのかもね。

 

 だから私も一緒、という綱吉君の発言は正しいのかも。

 

 ……でも。そうなると綱吉君も私と同じ様な経験をしていることになる。

 

 ……綱吉君も何か『罪』を犯したということ?気になってしまった私は、思わず綱吉君に聞いてしまったんだ。

 

「あの、綱吉君も何か抱えてるんだよね?」

「……まあね。一生抱えて行くんだと思うよ」

「……辛くない?」

 

 私が綱吉君に自分の抱えたものの理解を求めた様に、綱吉君も誰かに理解されたいんじゃないだろうか。そう思った私は彼が話しやすい様に優しい声色でそう言った。

 

 ——でも、綱吉君はすでに私よりも先を歩いていたんだ。

 

「辛い……かな。でも最初よりはだいぶマシになったよ」

「……どうしてそう言えるの?」

「さっきも言ったけどさ。俺が抱えているモノは後悔しない為の選択で生まれたんだ」

「うん」

「だからその行動自体には一切後悔はないんだよ。ベストな判断だったと今でも信じてる」

「でも、その行動のせいで一生消えないかもしれないモノを抱える事になったんでしょ?」

「うん。それだけは絶対にしないと思っていた事をしてしまったからね。だけどそれは仕方ないんだ。それが俺の受けるべき『罰』だから」

「……罰?」

 

 綱吉君は自分が抱えているモノは、自分への罰だと考えているようだ。

 

 正直私は消えない後悔が自分への罰だと考えたことはなかったな。

 

「うん。俺の選択に対する罰」

「……後悔してないから、罰も甘んじて受け入れるってこと?」

「そうだね、そういうことかな」

「……綱吉君は強いね」

 

 私は抱えているモノをすぐにでも無くしたいとしか考えてこなかったよ。

 少し落ち込んでしまうが、それを察したのか綱吉君は私を励ましてくれた。

 

「帆波ちゃんだって強いさ」

「え? 私は強くないよ」

「強いって。何かを抱えて苦しんでいるのに仲間とか友達の為に必死になれるんだから。自分よりも他人を優先できるってのは、心が強くないと出来ないよ?」

 

 嬉しい言葉だけど、罪滅ぼし的な気持ちも少しあるからちょっと気まずい。

 

(まぁ、どれだけ頑張ったところでやってしまった事は消えないんだけどさ)

 

 ——その時、綱吉君は私の心を読んでいるんじゃないかってくらいピンポイントな話をし始めた。

 

「帆波ちゃん。『やってしまった事は変わらない』とか、『未来は変えられるけど、過去は変えられない』とか世間では言われてるでしょ?」

「う、うん」

「だけどね。俺は半分正解で半分間違っていると思うんだ」

「え? 半分間違ってる?」

「そう。確かに過去や未来を実際に変えることなんて〝奇跡〟でも起きないとできないけどさ、未来が変われば変わる過去だってあると思うよ」

「……それって、どう言うこと?」

「自分だよ」

「え?」

「自分の考え方だよ。未来を変える為には実際に未来にタイムスリップするか、今を変えないといけないでしょ?」

「うん……」

 

 タイムスリップって、いきなり冗談を言うなんてどうしたのだろうか。……まるで本気でタイムスリップしたことあるみたいな印象を受けるよ。

 

「未来を変える為には自分の行動を変えないといけない。そして、行動の変化で未来が変わった時には必然的に自分は変わっているはずだ」

「そうだね」

「でしょ? そして自分が変わっていれば、考え方だって変えられるはずだ。『あぁ、あの時の選択は必要だったんだなぁ』ってさ」

「!」

「……まぁ都合いいかもしれないけどね。自分の選択に後悔しない為には、この先もずっとその選択は正しかったって思える自分でいないといけないんだ」

 

 ……都合がいい。確かにそう思ってしまう。あの時の私の行動は、確かに他人に迷惑をかけていたから。それを必要なことだったと思ってもいいのだろうか。

 

「……いいのかな」

「?」

「そう都合よく考えても、いいのかな」

「いいと思うよ」

 

 綱吉君は私の葛藤を簡単に肯定して見せた。

 

「すごい簡単にいいって言うんだね」

「う〜ん。まぁそう思わないとやってられないって所があるからね。まぁでもさ、帆波ちゃんは反省してるんだしそう思ってもバチは当たらないと思うよ」

「……そうなのかなぁ」

「そうだよ。俺はバチ当たりかもしれないけどね」

 

 ちらっと横目で見ると、綱吉君は少し苦しそうな顔になっている。

 

「考え方なんて人それぞれだよ。この考えを間違っていると思う人だっていると思う。それでも、この考え方で前に進める人だっているんだ。俺みたいにね」

「前に進める、かぁ」

「うん。それに俺と違って帆波ちゃんはちゃんと反省してるんだからさ、そう思っても何も問題ないと思うよ」

「……うん」

「もしもそう考えるのが難しいなら俺に話してよ。抱えているモノを少しは軽くしてあげられるかもしれないし」

 

 綱吉君は私の顔を見てにこりと笑った。

 

 やっぱり綱吉君は優しい。詳しい内容を聞き出さずに少しでも私の悩みを解決しようとしてくれる。

 

 ——でもなぜだろう。そんな綱吉君の中に私では想像もできない暗い何かがある気がするのは。

 

「何年後になるか分からないけどさ。いつかきっと帆波ちゃんが抱えているモノを、必要な事だったんだって思える日が来るはずだよ。その為に今を生きていければね」

「今を……」

「うん。過去の自分と向き合って、自分が正しいと思う道を進めばいいんだよ。そうすればきっと過去の自分の事を認めてあげられるようになる。そしてそれが自分なりの償い方になるんじゃないかな」

「……ありがとう」

 

 すぐには考え方を変えられはしないだろうけど、この学校に入学を決めたと言う自分の選択は間違っていなかったと思う。Bクラスの皆や綱吉君にも出会えたわけだし。

 

 もしかしたら、あの事件は私にとって必要なことだったのかもしれない。これからの私の行動次第ではそう思えるようになれるんだよね。

 

 そしてその為に自分の信じる道を進んでいくのが、私なりの罪の償い方になる。

 

 ——そう考えて、いいんだよね?

 

 

 〜現在〜

 

 

 綱吉君と話をして以降、少しだけ抱えているモノが軽くなった気がする。

 

 それだけでも、私が綱吉君と出会えた事は幸運だと思わせてくれる。

 

 その事を思い出した事で、少しだけ心が前向きになったように感じれた。

 

「……うん。やっぱり私、幸運だよ」

「はははw 本当に恐怖でおかしくなってやがる」

「おい、一之瀬ってこんなに脆いやつだったか?」

 

 脆いやつ、か。確かに私は脆いのかもしれない。表面上は明るく振る舞っていても、心の中では自分の罪に苛まれているから。

 

 ……でも、でもね? そんな私だけど、これからは変わっていけるんじゃないかなって思ってるんだよ?

 

 綱吉君も言ってたけど、過去の罪を自分にとって必要なものだったんだと思えるような人間になりたい。

 

 やはりとても都合の良い考え方だ。……だけど、そう考えてもいいと思えるのは綱吉君のおかげなんだろうね。

 

 ——バサッ。

 

 その時、Cクラスの男子達が羽織っている制服のブレザーを脱ぎ捨てた。

 

「っつかーよお。この部屋暑すぎねぇ?」

「仕方ねぇだろ? ボイラー室なんだからよ」

 

 シャツに首元をパタパタとして少しでも涼しくしようとするが、周囲の空気自体が熱いので意味はなさそうだ。

 

 暑いのは当然、だってここはボイラー室だからね。

 

 ボイラーの排熱がこもってしまうから、冬でもちょっとしたサウナ状態になっているんだもん。

 

 正直、私も制服の中は汗だくだ。

 

「まぁもうそろそろ龍園さんから連絡が来るだろ。そしたらさっさと一之瀬を潰して出ようぜ」

「そうだな。お前は今日で終わりだ」

 

(潰す、か。そうだったね。元々この状況は綱吉君と10人の人質を潰す為の作戦だったんだ)

 

 ……その時だった。軽快な振動音が聞こえてきた。

 

  ——タッ、タッ、タッ。

「!」

 

 私が床に倒れているせいか、床の振動がよく伝わってくる。

 

 ボイラーの駆動による軽い振動。Cクラスの男子達が歩く事で生まれる振動。

 

 こんな感じで複数ある振動の中、一つだけ少し遠い場所から伝わる音があった。

 

 ——タッ、タッ、タッ。

 

(……これは、走ってる音?)

 

 その音はどんどんと近づいてくる。

 

 かなりのハイペースで走っているのか、そのスピードは早い。もう数秒もすればボイラー室前に着くだろう。

 

(……もう来てくれたんだね。緊急連絡を送ってから多分10分も経ってないよ?)

 

 近づいてくる音の正体に気がついた私は、無意識に口角を吊り上げている。

 

 まだ顔を見てもいないのに、彼が出す音だけで安心感が生まれるのが彼の凄い所だな。

 

 そして安心が生まれた事で、頭の中がすっきりしてきた。

 

 おかげでいつも通りの前向きな思考ができるようになったらしい。

 

(いろんな事があるけれど、私がこの学校に来たのは正しい選択だった。それは間違いない)

 

 でも綱吉君はどうなんだろう。後悔しないようにしてるって言ってたし、間違った選択だとは思ってないんだろう。

 

 ……それなら。私と出会った事はどう思ってるのかな? 

 

 自分にとって必要な出会いだったと思ってる? 

 それとも将来的にそう思えれば良い感じ?

 

 ううん。それじゃ嫌だよ。私が綱吉君と出会えた事を幸運だと思っているように、綱吉君にも私と出会えてよかったと思って欲しい。必要だからとかじゃなく、純粋に幸せな出会いだって。

 

 正直、今の私は大して綱吉君の力になれていないだろう。

 BクラスとDクラスの協力関係も、お互いに相手を標的にしないという事だけだしね。

 

 でも他クラスの私が綱吉君の力になれるとすれば、生徒会か特別試験での協力関係のみ。

 

 私はこれからの生徒会や特別試験で綱吉君の力になるってあの時に決めたんだ。

 

 ……だから、私はここで潰されるわけにはいかない!

 

 熱さで乾いているのと、さっき喋った事でさらに水分を失っている口をなんとか動かして、私は声を出した。

 

「……わ、私って。助けてもらってばかりだよね」

「は?」

「急に何?」

 

 何を言ってるんだと言いたげな男子達は無視して続ける。私が話しかけているのは、今ボイラー室の扉前に着いた人だから。

 

「……本当にごめんね。でもお願い。また助けてもらってもいいかな?」

「……当たり前だろ?」

『!?』

 

 扉の向こうから声が聞こえてきて、Cクラスの男子達は驚いている。視線を扉に向けて誰がきたんだと2人で話し合っている。……その瞬間。

 

 

 ——バコーン!

 

『!』

 

 ボイラー室の扉が、勢いよく内側に倒れてきた。きっと外側から蹴り倒したのだろう。

 

 そして、外から綱吉君が中に入ってきた。

 

「! さ、沢田!? ドアを壊しやがった!?」

「お、落ち着けよ! とりあえず龍園さんに連絡を……」

「ふんっ!」

『ごぼっ!?』

 

 目の前に現れた綱吉君の事を報告しようと男子の1人が学生証端末を取り出そうとするが、それよりも早く綱吉君は2人の懐に移動し、鳩尾に拳をたたき込んだ。

 

 その一発で2人は気絶し、床に倒れ込んだ。

 

「……ここにいたら危ないな」

 

 そう言うと、綱吉君は2人を同時に担ぎ上げて部屋の外へと連れ出した。

 

 数秒もするとボイラー室に戻ってきて、今度は私の事を担ぎ上げる。でも乱暴な担ぎ上げ方ではなく、お姫様だっこというやつだ。

 

「わっ!」

「すまない。少し我慢してくれ」

「う、うん」

 

 綱吉君は私をお姫様抱っこしたまま部屋の外に出た。そして、温泉施設の休憩所まで連れて行ってくれた。

 

 休憩所にはベンチが置いてあって、綱吉君は私の事をベンチに座らせてくれた。

 

 そして手足を縛っているロープもほどいてくれた。

 

 温泉の休憩所なので冬でも空調が効いていて、体に冷たく気持ちい風が当たってくる。

 

(ほっ……涼しい〜)

 

 ベンチに座ったまま、私は綱吉君にお礼を言う事にした。

 

「ありがとう。綱吉君」

「いいんだ。それより体調は大丈夫か?」

「あ、うん。熱中症にはなってなさそうだよ」

 

 意識もあるし、頭が痛くもない。大量の汗をかいたけど、ギリギリセーフだったんだと思う。

 

「そうか。……少し待っててくれ」

「え? うん」

 

 綱吉君は休憩所にある自販機へと向かった。学生証端末を翳し、3本の飲み物を購入しているみたいだ。

 

 そして、綱吉君はその内の一本を私に手渡してくれた。

 

「はい。とりあえず水分補給はしないとな」

「ありがとう〜。喉からからだったんだぁ」

 

 ありがたくペットボトルを受け取ると、それは水のペットボトルだった。

 

 受け取ってすぐに蓋を開き、中身を喉に流し込む。

 

 冷たい水分が喉を通る事で、全身が冷えて行くのがわかった。これで脱水症状にもならないだろう。

 

「んく……んく。ぷはぁ〜」

 

 中身の半分を一気飲みし、やっとひと心地つけた。

 

(あれ? 綱吉君……あ)

 

 いつのまにか目の前から綱吉君がいなくなっていた。

 

 辺りを見回してみると、彼は少し離れた所にあるベンチにCクラスの男子達を寝かせていた。

 

 その上で両足をさっきまで私を縛っていたロープで縛っている。手は縛らないのかと思っていたら、男子達の横にペットボトルの水が置かれているのが見えた。目覚めた時にすぐに水分補給できるように手は縛っていないんだろうか。

 

(さすがは綱吉君。敵にも優しいんだなぁ)

 

 そんな優しい彼の行動を見ていると、ふと一つの疑問が浮かんできた。

 

 こんなに優しい綱吉君が、私のように何か罪を犯したとは考えにくいけど……。

 あるとしたら、今回みたいに友達を助ける為に敵をボコボコにしちゃったとかだろうか。

 

 気にはなるけど、それを聞く事はできない。綱吉君も私の罪を聞かずにいてくれたんだから。

 

 うん。綱吉君が私が過去に何かをした事を知っていながら、深く突っ込むこともなく今までと変わらず接してくれているように、私も今までと変わらずに接しよう。

 

 過去に何があれ、どんな秘密があれ、そこには悪意はなく綱吉君らしい理由があったんだろうから。

 

 私が信じているのは、今の綱吉君なんだもんね。きっと綱吉君も同じように思ってくれているはずだ。

 

(……ふふっ)

 

 私は今の自分の考え方が可笑しくて思わず笑ってしまった。

 

(……ふふっ。綱吉君のおかげで、私も少しは過去を肯定できるようになってきたのかな)

 

 

 微かな自分の成長を感じていると、温泉施設の玄関ドアが開いて誰かが中に入ってきた。

 

(誰だろう。今日はこの施設は休館でスタッフもいないし、お客さんもこないはずなのに)

 

 そう思って玄関ドアの方を見ていると、近づいてくる人が誰だかわかった。

 

 ——神崎君だ。

 

「一之瀬! 沢田!」

 

 神崎君は息を切らせていて、どうやらここまで走ってきたようだ。

 

「神崎、来てくれてありがとう」

「沢田。いや、こちらこそ一之瀬の事を助けてくれてありがとう」

 

 神崎君が呼吸を整えている間に綱吉君もこっちに来ていたみたい。神崎君の肩に綱吉君は手を乗せていた。

 

「神崎、俺はこの後鈴音を助けに行く。お前は帆波を病院に連れて行ってくれ。今のとこ大丈夫そうだが、もしかしたら熱中症か脱水症状になってる可能性もあるからな」

「! わかった。すぐに連れて行こう」

「頼んだぞ」

(あれ? 私の事帆波って言った?)

 

 神崎君と会話を終えると、綱吉君は私の方に視線を移した。

 

「帆波、後で病院に行くから。医者の診断を受けるまでなるべく安静にしておくんだぞ」

「う、うん。分かってるよ。本当に助けてくれてありがとうね」

「気にしないでくれ。今回は俺のせいで巻き込んでしまったんだからな。後できちんとお詫びはする」

「え? い、いや別にお詫びとかはいいよ!」

「いや。お詫びしないと俺の気が済まないんだ」

「……そ、そっか」

 

 綱吉君が引きそうもないので、私は引き下がる事にした。でも本当にお詫びしてもらう必要はないんだけどな。

 

「じゃあ俺は行くから。神崎、頼むな」

「ああ。沢田も気をつけろよ。相手は龍園だからな」

「ありがとう。気を付けるよ」

 

 そして、綱吉君は温泉施設から出て行った。

 

 綱吉君が見えなくなると、神崎君は私の前に背中を向けて屈み込んだ。

 

「よし。一之瀬、背中に乗ってくれ」

「あ、私歩けるよ?」

「沢田にお前のことを頼まれたからな。無理はさせられん」

「……そっか。じゃあお願いします」

 

 言われた通りに私は神崎君の背中におぶさった。

 

「よっと、じゃあ病院に行くぞ」

「うん。……あ、Cクラスの男子達はどうするの?」

 

 外に出ようとする神崎君を引き止めてベンチで気絶している2人を指差した。さすがにこのまま放置してもいいものかと思っていたのだ。

 

「心配ない。誰か教員が今回の加害者を回収して回ってるらしいからな」

「回収?」

「ああ。沢田が気絶させた奴らを学校に連れて行ってくれてるんだよ」

「え? じゃあもう学校側でも問題になってるの?」

「いや。沢田が頼んだらしい。だから学校で問題になっているわけじゃないはずだ」

「そっか」

(10人も人質がいるから、時間がなくて後処理を先生に頼んだのかな)

 

 気絶している男子達を見ながら考え込んでいると、神崎君に意識を引き戻された。

 

「ほら、病院に行くぞ」

「! あ、うん。お願いします」

 

 そして、私は神崎君におぶってもらい病院に向かった。

 

 

 

 病院への道中に神崎君がこんなことを言ってきた。

 

「……全く。今回のはないよな」

「え?」

「Cクラスだよ。完全に誘拐事件だろう。明らかな犯罪だぞ」

「うん。そうだね。ここまでするとは思ってなかったよ」

「ああ。……全く、犯罪に手を染めるなど持っての他だ。信じられないぜ」

(!)

「犯罪を犯す奴の心理ってどうなっているんだろうな。まぁ分かりたくもないんだが」

(……分かりたくもない、か)

 

 神崎君の悪気のない言葉に、私は押し黙ってしまった。

 そんな私に神崎君は声をかけてくる。

 

「? 一之瀬?」

「……あ、ごめん! 少しぼーっとしてたみたい」

「大丈夫か? 具合悪くなってきたのか?」

「ううん! 大丈夫! 安心して気が抜けただけだと思う」

「そうか? ……ならいいが」

 

 それからは私の体調を気遣ってくれたのか。神崎君は無言で歩き続けた。

 

 そんな中私は……こんなことを考えていた。

 

 

 もしも。もしも私の過去を神崎君やBクラスの皆に知られてしまったら、皆はどう思うのだろう。

 

 綱吉君みたいに、気にしないで今まで通りに接してくれるだろうか。

 

 ……それとも、はっきりと拒絶されてしまうのだろうか。

 

 

 

 

 〜現在、病院〜

 

「……と、こんな感じかなっ!」

「わぁ〜。一之瀬さん大変だったねぇ。すごい熱かったんじゃない?」

「うん、いっぱい汗かいちゃったよ」

 

 一之瀬が話を終えると、全員が心配そうに彼女を見つめた。全員を代表して櫛田が一之瀬の事を労っている。

 

「……さぁ! あとは堀北さんの話だけだね?」

「そうね」

 

 一之瀬は最後の話し手である堀北に話しかけた。

 

「じゃあ、話すわね?」

「うん、お願い!」

 

 そして、9人目の人質だった堀北の話が始まる。

 

 

 —— 堀北side ——

 

「ごちそうさまでした」

「ごちそうさま」

「美味しかったね。堀北さん」

「そうね。このお店の料理は色々食べてきたけどどれも美味しいわね」

 

 私は今日、木下さんとランチに行く約束をしていた。

 

 ペーパーシャッフルの時にお互いにきちんと話をした事で、彼女との距離が縮まったらしい。

 

 今回は初めての交流という事でランチをすることになったのだけど、悪くない空気だったような気がする。

 

 もしかしたら一之瀬さん以外で初めて友人と呼べる人ができたのかもしれない。

 

 そう思うと、自分が変わったんだなと自覚する事ができた。

 

 以前ならクラスメイトとすら関わろうとは思わなかったんだから大きな進歩だと思う。

 

「じゃあ帰ろうか」

「そうね……あ、そうだ木下さん」

「ん? 何?」

「綱吉君から言われた事があるのよ」

「沢田君から?」

 

 私は綱吉君の電話番号を木下さんに教え、その番号を緊急連絡先に登録してもらった。

 

「よし、これでOK」

「ええ。じゃあ帰りましょう」

「うん。あ、そうだ。冬休みなんだけどさ……きゃっ!?」

「なっ!?」

 

 ケヤキモールを歩いていると、いきなり建物と建物の間に引き摺り込まれてしまった。

 

「おっと、大人しくしろよ?」

「don't move」

 

 そこにはCクラスの石崎君とアルベルト君が隠れていて、私達の事を拘束してきたのだ。

 

「このっ……!」

「bad girl」

「止めとけ堀北。アルベルトには勝てねぇよ」

「……くっ!」

 

 なんとか抵抗を試みようとしたが、さすがにアルベルト君の巨体には太刀打ちできなかった。

 

「さぁ、お前はこっちだ木下」

「っ、堀北さん!」

「木下さん!」

 

 必死の抵抗も虚しく、私達は別々の場所へと連れて行かれてしまった。

 

 

 

 —— ケヤキモール、デパート屋上 ——

 

 

 

 私が連れて行かれたのは、ケヤキモールにあるデパートの屋上だった。

 

 そこにはCクラスの男子が2人待機していて、アルベルト君に私を床に押さえつけさせると私の手足をロープで縛ってきた。

 

「よ〜し。これでもう抵抗できねぇだろ」

「ああ。アルベルト、もういいぜ」

「OK」

 

 私の身動きを封じると、アルベルト君はデパートの屋上から出て行ってしまった。

 

 そしてCクラスの男子2名と私だけが屋上に取り残された。

 

「……こんなことして何が目的? 同じクラスの木下さんまで誘拐して何がしたいの?」

 

 私は近くにいる男子達にそう問いかけた。

 

 こんなのれっきとした犯罪行為をして一体に何になると言うのか。

 

「お前達は沢田を潰すための餌だよ」

「餌?」

「そうだ。これは龍園さんによる沢田を潰すための作戦だからな」

 

 なるほど。ここ最近Cクラスの動きが活発だったのはこの作戦の為か。まさかそのために自分のクラスメイトまでも犠牲にするとは思わなかった。

 

 それにしても、私は特にCクラスからの接触はなかったはずなのだけど……まぁそれもCクラスの作戦なのだろう。私はまんまとその作戦にハマってしまったというわけだ。

 

「その……餌は私と木下さんということかしら?」

「いや、お前達だけじゃない。他にも8人いる」

「は?」

 

 ……という事は、10人も人質を取ったという事?

 

「……どうしてそんなに大人数を」

「沢田を確実に潰すためだろ? あいつの仲間を潰せば、あいつも潰れるって寸法らしいぜ」

「仲間を……潰す?」

「そうだ。最悪の場合沢田を潰せなくとも、沢田が人質の誰か1人を助けようとした時点で他の9人を潰す。そうすれば1人は助かっても9人は助からない。沢田はクラスからの信頼も失い勝手に潰れる。そして沢田が潰れればDクラスも潰れるってわけだな」

「……」

 

 なるほど。綱吉君なら仲間を潰されたりしたら正気ではいられないかもしれない。それを逆手にとった作戦なのね。そしてその作戦は見事に成功してしまったのだろう。

 

(くっ、Cクラスの動きには気づいていたはずなのに……)

 

 この状況を防げなかった自分に怒りがこみ上げる。

 

 せっかく櫛田さんとの争いに一区切りついて、これからDクラスはもっと強くなっていく時だったのに。兄さんにも少しだけど認めてもらえたのに。

 

『それならいい。お前を立ち上がらせた沢田の力になってやれ』

 

 兄さんからもそう言われて、もっと頑張ろうと思っていたはずなのに、これでは逆に足を引っ張ってしまっているだけだ。

 

「……くっ」

 

 怒りの後は、情けなさがこみ上げてきた。

 

 綱吉君とAクラスを目指す為に力を尽くす。それが私のやるべき事のはずなのに、また私は綱吉君に迷惑をかけてしまうのかと。

 

 ……誘拐される時、なんとか緊急連絡を送る事はできた。だから綱吉君が助けに来てくれるはずだが、私を助けに来たら他の9人が酷い目にあってしまう。

 

「……どうすれば」

 

 一体どうすればこのCクラスの作戦を止める事ができるのだろうか。手足を縛られているのでろくに身動きも取れないから寝返りを打って向きを変えるくらいしかできないが、なんとか体を動かして頭を働かせようとする。

 

 ——カラン。

「!」

 

 その時、ブレザーのポケットの中から何かが床に落ちた。

 

(あ……母さんからもらった髪飾り)

 

 兄さんに少しだけ認めてもらえたあの時。母さんからの贈り物だと兄さんから受け取った宝石箱。

 この髪飾りはそこに入っていたものだ。

 

 錆びているので身に付ける事は出来ないが、宝石箱には言い伝えがあって『2つのうち完全な形を自らに』という言葉がその一説にある。

 

 なのでお守り代わりに髪飾りを持ち歩くようにしていたのだ。

 

(……ねぇ、私はどうすればいいと思う?)

 

 床に転がる髪飾りを見て、私は思わずそう問いかけてしまった。この髪飾りは先祖から受け継いでる家宝らしいから、先祖に助けを求めようとでも思ったのかもしれない。

 

(……ふふ。答えるわけ、ないわよね)

 

 だが、もちろん物なので意思を持たないから返事などない。

 

 ——そう自分の行動に呆れた時だった。

 

 ——ボウっ。

(……?)

 

 髪飾りが薄らと赤い光を放ったように見えた気がした。

 

(……気のせい?)

 

 さすがに髪飾りが光るなんてあり得ない。きっと自分の勘違いだと思った。

 

 こんな状況だし、精神が乱れているんだろう。……そう思ったのに。

 

 ——ボウっ

(! やっぱり気のせいじゃない?)

 

 やはり髪飾りは光ってるように見えた。

 他の人にも見えているのかとチラッと男子達に視線を移す。

 

「お前10万も何に使う?」

「そりゃあ欲しいもん買うだろ」

 

 何か別の話をしているようでこちらを見ている様子はない。

 

 なのでもう一度視線を髪飾りに移すと……。

 

 ——ボウっ……ボウっ。

(! 明滅してる!?)

 

 なんと今度は赤い光が明滅し始めていた。

 

  ——ボウっ……ボウっ。

 

 ……一体この現象は何なのだろうか。私の幻覚なのだろうか。

 

 そう考えながらしばらく髪飾りを見つめていると、頭の中に声が響いてきた。

 

(……様)

(……え?)

 

 おそらく女性のものであろう声が、頭の中に直接響いてくるのだ。

 

 髪飾りは尚も明滅を続けている。

 

(……様。……です)

(……)

(……様。わた……です)

(……)

(……やす様。わたし……です)

 

 その声は何度も同じ事を言っているようで、回数を重ねるごとにどんどん鮮明に聞こえるようになっていく。

 

(……家康様。わたしは……です)

(……家康様?)

 

 家康様と聞こえたが、そんな名前の知り合いはいないし、この現代にそんな名前の人がいる可能性は低いだろう。

 

(……家康様。私は……美鈴みすずは、ここです)

(! ……美鈴?)

 

 私の名前に似た名前が聞こえたその時だった。

 

「GAOOOO!」

 

(え!?)

『!?』

 

 ——猛獣の鳴き声のような声が聞こえてきたのだ。

 

 そして、それと同時に髪飾りは赤い光を放さなくなっていた……。

 

 



。 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧