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9名の救出劇③


9名の救出劇③

 

「は、波瑠加ちゃんも。大変だったんだね」

「ん? あはは、まぁそうでもないよ。すぐにツナぴょんが助けに来てくれたし」

 

 波瑠加の話を聞いた愛里は心配そうに波瑠加の顔を覗き込む。

 そんな愛里に心配をかけまいと、波瑠加は笑って心配ないと誤魔化した。

 

 ツナに言われた君が大丈夫なら皆も大丈夫という言葉を信じているのだろう。

 

 実際強がる波瑠加を見て愛里は安心した様に一息ついている。

 

「そっか……波瑠加ちゃんは強いんだね」

「ん……そ、そんな事ないって!」

 

 波瑠加も決して怖い思いをしなかったわけではない。ただ強がっているだけだ。

 そしてその強がりはツナが与えた安心感があるからできることではあるが。

 

 愛里と波瑠加の会話が終わると、次の人の話へと移る。

 

 もちろん話を進行するのは桔梗だ。

 

「長谷部さんの次は誰の所に行ったのかな? あとは〜、堀北さんと佐藤さん。そして一之瀬さんだけだよね」

「そうね。でも私は最後だと思うわ。綱吉君が軽井沢さんを助けにいくと言っていたから」

 

 桔梗の質問に堀北が答える。そして、それに続く様に他の2名も続いた。

 

「私は堀北さんの前だと思う。次は鈴音を助けるって言ってたから」

「あ、私は次に一之瀬さんのとこに行くって聞いたよ」

 

 3名の言葉によって、3名の話す順番が決まったようだ。

 

「じゃあ次は佐藤さんだね。お願いっ!」

「うん。分かったよ」

 

 残る3人のうち、最初の語り手は佐藤のようだ。

 

 

 

 —— 佐藤side ——

 

 

 ツナ君の参加する審議を傍聴に行く為に、私はランチの後に軽井沢さんとみーちゃんと共に会議室へと向かっていた。

 

 しかし、その途中でCクラスの男子達に拉致されてしまう。一緒だった軽井沢さんとみーちゃんとは完全に分断されて、私は1人どこかに連れて行かれた。

 

 ……そして私が連れて行かれた場所は、ケヤキモール内にある家電量販店の裏手にある貸し倉庫の一つだった。

 

「……ほいっと!」

「痛っ!」

 

 倉庫内に入るや否や、私は手足を縛られた状態で床に放り投げられた。

 

 下が木の板だったのはまだ救いだったよね。

 

 ——ガラララ……ガチャン。

 

 私を誘拐したのは2名の男子。確かCクラスの奴らだ。

 

 私を担いでいなかった方の男子が、倉庫のシャッターを閉めてしまったようだ。

 

「へへへ。大人しくしてろよ? お前は人質なんだ」

「余りに暴れる様なら力尽くで黙らせるからな」

「……」

 

 どうやら私は人質にされたらしい。ということは、軽井沢さんとみーちゃんも私と同じ様な目に合っていてもおかしくない。

 

 ……3人も人質を取って何がしたいの?

 

「な、なんで私を人質にするの?」

 

 怖かったけど、思い切って聞いてみた。元々強気な所がこんな所で役に立つとは思わなかったね。

 

「龍園さんが沢田を潰したいんだとよ。お前達はその為の人質さ」

「! ツナ君を狙っているのね」

 

(……ツナ君なら龍園君に負けないかな。正直ツナ君の喧嘩の腕前とか分からないからなんとも言えないよ……)

 

 体育祭の活躍から見ても、運動神経はいいはずだから弱いって事はないよね。

 

 それに、わざわざ複数の人質を用意するんだから龍園君も警戒してはいるんだ。だからきっと、ツナ君を恐れる気持ちもある。

 

 それなら……ツナ君は負けないよね?

 

 明確な確信なんてないのに、そう思えてしまう。

 

 これは私がツナ君に恋しているから……なのかな?

 

 私は昔からミーハーな方で、皆に好かれている人気者に恋をする事が多かった。

 

 高校に入ってからもそれは同じで、同じクラスの平田君。Bクラスの柴田君みたいな各クラスの人気者を恋愛対象としていた。

 

 ……だから、体育祭で活躍したツナ君を好きになったのは当然なのかもしれない。

 

 あの時のツナ君はとてもカッコ良く見えて、クラス中……いや、学年中の注目を集めていたことは間違いない。

 

 そんな彼に一目惚れしてしまった私は、思い切ってツナ君を呼び出して、連絡先交換と名前呼びの提案をした。

 

 ツナ君はそれをすんなり受け入れてくれて、私は拍子抜けしてしまったのをよく覚えている。

 

 だってさ。結構好きの感情を匂わせるような言葉を選んでたのに、ツナ君は全く気づいていない感じだったんだもん。

 

 ああ。この人は超鈍感なんだろうなぁ。

 

 そう思った私はグイグイ行ってみることにした。だけど、それで気づいたんだ。

 

 すでに何人もライバルがいることを……。

 

 多分、少なくとも軽井沢さん以外のここにいる子達はツナ君に好意を持っているはず。

 

 軽井沢さんは……うん、どうなんだろうなぁ……。よく分からないや。

 

 とにかくライバルが多いことは間違い無いんだ。

 

「……調子狂うよなぁ」

 

 ……あれ、私が無言で睨み付けていたからか、Cクラスの男子達が私の事を見ながら困った顔をしている。

 

「こいつ全然怖がらねぇな」

「だなぁ、つまんねぇよ」

「……」

 

 別に怖がっていないわけじゃない。ただ負けたく無いから睨んでいるだけだ。

 

 私はなぜ負けたく無いのか。それはツナ君の恋人になるなら、心が強い女じゃないといけないと思うからだ。

 

 これからもツナ君はAクラスに上がれる様に奮闘するだろう。その背中についていく為にも心が強い方がいいはずだ。

 

 実際今回の事件もツナ君を潰す為の他クラスの策略だ。今回の様な事が二度と無いとは言い切れないはずだし、そうなった時にツナ君に心配をかけない人でありたい。

 

 そんな決意を胸に、恐怖心を必死で打ち消してCクラスの男子達を睨みつけているんだ。

 

(怖いけど、ツナ君の彼女になるなら、これくらい耐えられないと話にならない!)

 

「……」

「おい、いつまで睨みつけてんだよ」

「あ〜、ムカつくなぁ……」

 

 私の態度が気に入らないのだろう。Cクラスの男子達は確実にイライラしている。

 

「……おい」

「ああ……ふんっ!」

「きゃっ!」

 

 イライラがピークに達したのか、いきなり男子の1人が床に転がる私の顔すれすれを足で踏み抜いた!

 

 思わず小さい悲鳴が漏れ、その声を聞いた男子達は嬉しそうに笑った。

 

「なんだよ、やっぱり怖いんじゃねぇかよ」

「単なる強がりかぁ。それならもっと怖がらせてやればいいな」

「……」

「……おい、もうやっちまおうぜ」

「え?」

 

 私は小さい悲鳴を上げてもなお、Cクラスの男子達をキッと睨み続けていた。

 それが癪に障ったのか、さっき顔の近くを踏み抜いた男子にもう1人が何かを命令する。

 

「だけど、潰すのは龍園さんから連絡が来てからだろ?」

「どうせ潰すんだ、いつ潰したって同じだよ。それにこいつのこの態度が気にいらねぇんだ」

「……ん〜、まぁいいか」

 

 この誘拐がどんな作戦で行われているのかは分からない。だけど、この2人は元々の作戦を無視するようだ。

 

 私に対して怒りが溜まっていたのだろう。

 

 指の骨を鳴らしながら、男子達はゆっくりと私に近づいてくる。

 

 ——怖いよ。

 

 ……でも、睨むのを止めてはいけない。

 止めてしまえば、押さえていた恐怖心が溢れ出してもう止められない。

 

 そうなると、助けに来てくれるツナ君に心配をかけてしまう。それだけは避けなきゃ。

 

 誘拐される直前に、学生証端末でツナ君に緊急連絡を送った。だからツナ君が助けてにきてくれるのは間違いない。

 

 その事が、その事実が、私に勇気をくれる気がする。

 

 私は怖がってなんかない。むしろこの事件を利用して一歩前に進んでやるんだ!

 

 これは佐藤麻耶という1人の女の、ツナ君の彼女争いへの参戦表明だ!

 

 私は……ツナ君が助けに来てくれるまで、Cクラスの男子達を睨むのは止めない! 

 私は……こんな奴らに負けたりしない!

 

 ツナ君に、私は心の強い女の子なんだよってことを知ってもらうんだ!

 

「くくく……おい佐藤。もしも今謝って命乞いをするのなら、許してやれるかもしれないぞ?」

「そうだな。おい、謝っとけよ。睨んですいませんでしたって。じゃないと痛い目にあうぜ?」

「……嫌よ」

「あ? 嫌っつったのか?」

「そ、そうだけど? それが何よ!」

「お前、この状況で助かるとか思ってる?」

「無理だぜ。男2人に女1人に勝てるわけがねぇ」

 

 ……勝てるわけがない?

 

 あ〜、この2人は何にも分かってないわね。

 

「……か、勝てるわよ?」

「は? 何言ってんのw」

「勝てるわけねぇじゃんw」

 

 私の言葉を嘲笑う男子達。でも私はさらに言葉を続ける。

 

「……お、女の子はね。本当は強いんだから。と、とってもとっても強いんだから!」

「クククw へぇ〜w」

「おい、こいつオモシレーなぁw」

 

 笑いたいなら笑えばいい。この言葉は私の覚悟の表れだから。

 

「お、女の子は強いんだから。……そ、それに、その中でも私は特に強いんだから!」

「うんうん、そうかそうかw」

「強がりがもうよしな? そろそろ潰したいんだよねw」

 

`嘲笑いを続ける男子達に、私は精一杯の大声で宣言をする。

 

「こ、恋する乙女は強いんだから!」

「ぶっw あははははっw」

「こ、恋する乙女ってw こいつ何言ってんのw」

 

  ——ガシャ……。

 

 堪えきれなかったのだろう、ついに大声で笑う男子達。

 

 私がそんな彼らのことを見ていると、閉められたシャッターが微かに揺れる音がした。

 

 男子達は自分の笑い声で気づいていないようだが、その音はだんだんと大きくなっていく。

 

 ——ガシャ。

 

 ——ガシャガシャ。

 

 ——ガシャガシャガシャ!

 

 ——ギ、ギィィ……。

 

 最初は揺れるだけだったシャッターが、だんだんと上に上がっていく。

 

 少しずつだけど、確実に上へと上がっていく。

 

「あははははっw ……は?」

「なんで光が差し込んできてんの?」

 

 シャッターが上がったことで陽の光が入ってくる。その光を見たことでようやく2人も気づいたみたい。

 

 ——ガシャガシャ! ギィギィ……バァン!

 

 そして……ついにシャッターが完全に開いた!

 

「なっ!?」

「鍵かけてたんだぞ!?」

 

 陽の光に舞い上がっているホコリが照らされている。そして、その先には1人の男子の姿が見えた。

 

「……ツナ君」

「……」

 

 そう、そこにいるのはツナ君だ。

 

 ——カツ、カツ。

 

 倉庫の中に入ってきたツナ君は、男子達の事を一瞥すると私の方に視線を向けた。

 

「……すまない。待たせたな麻耶」

「! う、ううん。大丈夫だよ?」

 

(え? 麻耶? 私の事呼び捨てにした?)

 

 私が思わず顔を赤くしている事など気にも止めず、ツナ君は男子達を睨みつける。

 

「さ、沢田が来やがったぞ」

「おい、龍園さんに連絡を……」

「……遅い」

『え?』

 

 ——ボコン!

 

『グワっ!』

 

 男子達が学生証端末を取り出すよりも早く、ツナ君は男子達の懐に入り込み、鳩尾に拳を一発打ち込んだ。

 

 その一発で男子達は気絶してしまったようだ。

 

「今解くからな」

「う、うん。ありがとう///」

 

 男子達を気絶させた綱吉君は、私の手足を縛っているロープを解いてそのまま男子達を手近な場所に縛り付けた。

 

 縛り付け終わると、ツナ君はもう一度私の所に来た。そして上半身だけを起こした私と視線を合わせる様に屈み込む。

 

 私の顔を覗き込むツナ君は、どこか心配そうに見えた。

 

(……やばい。ツナ君に心配かけちゃってる?)

 

 そう思った私は慌てて平気なように取り繕うことにした。

 

「ツ、ツナ君。私は全然平気だよ?」

「……」

 

 しばらく無言で私の顔を見続けるツナ君。そして、やっと納得したのか小さく頷いて見せた。

 

「……そうか」

「う、うん」

「……」

「……?」

 

 頷いてから数秒間顔を上げようとしないツナ君。

 

 どうしたのかと思っていると、ツナ君はもう一度小さく頷くと私の目をしっかりと見つめ返してきた。

 

「麻耶」

「う、うん?」

「今から君を病院に連れていく。だけど俺は他にも人質にされてる子達を助けに行かないといけないんだ」

「うん……」

「だから君を病院まで連れていく時間がない。その為に平田にここに向かうように言ってあるんだが、平田は今別の人質にされた子を病院に連れて行っているからいつここに来るか分からない」

「そ、そっか」

 

 平田君を呼んであるのか、本当はツナ君に付き添って欲しいけどわがままは言えないよね。

 

 とりあえずツナ君に私の心の強さは見せられたからそれで良しとしよう。

 

 ……ツナ君はさらに言葉を続ける。

 

「だがここで待っているのは時間が勿体ない。だから病院に向かって君を抱えて進むぞ。途中で平田と合流できるだろうから、そしたら君の事は平田に任せる」

「……うん。わかった」

 

 もう少しツナ君といれるという喜びと、このままツナ君といると安心して抑えていた恐怖が溢れ出してしまうんじゃないかという不安に駆られる私。

 

 ——ポンっ。

「!」

 

 そんな感情に揺れる私の肩に、ツナ君は優しく手を置いた。そして少し悲しそうに小さく呟いた。

 

「……平田に合流するまで、俺は君の顔は見ないから」

「……え?」

 

 ツナ君の言った言葉の意味を考えていると、ツナ君はいきなり立ち上がり、その勢いのまま私を抱え上げた。

 

「よっと」

「え!? わあぁぁ////」

 

(こ、これはお姫様抱っこ!?)

 

 ちょっ!? これは恥ずかしすぎる! 嬉しいけど!

 

「っ〜//////」

「……」

「///……?」

 

 顔を赤くしながらツナ君の顔を見上げるも、ツナ君は私の顔を見ようともしない。そして、そのまま倉庫の外へと歩き出した。

 

「……」

「……」

 

 歩きながらも、ツナ君は私の顔を見ようとはしない。

 

(……なんでこっちを見ないの? ……あ)

 

 その時、私はお姫様抱っこされる前にツナ君に言われた言葉を思い出した。

 

 そういえば、平田君と合流するまで私の顔は見ないって……。

 

 でもどうしてそんな事をするんだろう。聞いたら教えてくれるかな。

 

 気になってしまった私は、思い切って理由を聞いてみることにした。

 

「……ツ、ツナ君?」

「……なんだ?」

(よかった。話はしてくれるようだ)

 

 会話したくないわけではないと安心した私は質問をぶつける。

 

「ど、どうして私の顔を見ないようにするの?」

「……だろうから」

「え?」

 

 ちょっとよく聞き取れなくてもう一度言うように促すと、今度はゆっくりと言ってくれた。

 

「……君は、見られたくないんだろうから」

「? な、何を?」

「……感情が溢れ出している所をさ」

「……え?」

「……麻耶。どうしてかは分からないが、君が無理をして強がっているのは分かるぞ」

「!」

 

 思ってもみなかった言葉を言われた私は思わず固まってしまう。そして、ツナ君は変わらずこちらを見る事なく話続ける。

 

「……それはきっと、俺に見られたくない表情があるってことだろう。だから無理してるんだろ?」

「……」

「無理はしなくていいよ。見られたくないなら俺は見ない。……だけど、無理して感情を押し殺すことはないぞ」

「……」

「平田と合流するまで、俺は視線を前から動かさないから。だから安心してくれていい。君が見られたくない表情を見られる事もないし、もう怖い思いもすることもない」

「……ぐすっ」

 

 ツナ君の言葉を聞いていたら、押さえ込んでいた恐怖がじわじわと溢れ出してくる。そして、ついにその恐怖は涙となって私から放出されていく。

 

「……」

「ぐすっ……ひっぐ……」

「……(ギュっ)」

「……(グッ)」

「! ……ぐすっ」

 

 私がツナ君の胸元のシャツを掴むと、それに呼応する様にツナ君は私を抱えている腕に力を込める。さらに強く私を抱きしめるように。

 

「……怖い思いをさせてすまない。麻耶はよく頑張ったよ」

「ぐすっ、う、うん……うぅぅ」

 

 それから私は、平田君と合流するまでツナ君の胸の中で泣き続けた。

 

 結局、私は強い女にはなれなかったようだ。ツナ君に心配をかけ、無理をしなくていいとまで言わせてしまった。

 

(……ああ、こんなんじゃツナ君に相応しい女にはなれないなぁ……)

 

 

「……平田、二度もすまないが麻耶を病院に頼む」

「いいんだよ。佐藤さんは僕に任せてくれ」

「ああ、任せた」

 

 平田君と合流した後、ツナ君はすぐに別の子を助けに向かう……かと思ったら、なぜか私に近寄って来るとまた私の肩に手を置いた。

 

「……麻耶」

「え?」

「……」

「!」

 

 そして、優しい微笑みを浮かべながら短い言葉を私に告げると走り去って行ってしまった。

 

「……」

 

 走り去って行くツナ君の背中をボーッと見つめる私に、平田君が声をかけてきた。

 

「佐藤さん?」

「……ん? 何?」

「最後、沢田君になんて言われたんだい?」

「……えへへ、君はとっても心の強い人だよ。だって!」

 

 

 〜現在〜

 

 

「……と、こんな感じです。えへへ」

「そっか〜。私の所にくる前はそんな感じだったんだね〜」

 

 佐藤の話を聞いて、一之瀬がうんうんと頷く。

 

 これで、まだ話をしていないのは一之瀬と堀北のみとなった。

 

「じゃあ次は私が話す番だねぇ〜。私の場合は〜」

 

 佐藤の話が終わってからほとんど間を置かずに一之瀬は自分の話をし始めた。

 

 

 

 —— 一之瀬side ——

 

 

「あ、そろそろ時間だね。会議室に行かないと!」

 

 午後になり、私に関する審議に向かうべく会議室へと歩き出した。

 

 ……その途中だったんだ。私がCクラスの男子達に誘拐されたのは。

 

「きゃっ!?」

「おっと、大人しくしてろよ?」

 

 口元を押さえられ、手足を縛られた私は1人の男子に担がれてどこかに連れて行かれた。

 

(っ! 綱吉君!)

「おいおい、暴れんな。大人しくしてろって言ったろ?」

 

 暴れている様に見せながら、どうにか私は綱吉君に緊急連絡を送ることに成功した。今朝に緊急連絡先に登録するように綱吉君が言っていたのはこう言う事態を危惧していたんだろう。

 

 そして私は、そのまま誘拐されてしまったんだ。

 

 

 

 〜 ケヤキモール 〜

 

 

 私が連れて行かれたのはケヤキモールにある温泉施設、その中のボイラー室だった。

 

「よっと!」

「わっ!?」

 

 ボイラー室に入ると、私は担がれていた男子に乱暴に床に投げ飛ばされた。

 

「痛った〜い……。ちょっと乱暴にしすぎじゃないかな?」

「うるせぇよ。人質は黙ってろ」

 

 人質……か。

 

 なるほど。私は誰かに対する人質要因でここに連れてこられたんだね。

 

 だとすると……私を誘拐した2人がCクラスの男子であることや、私がこれから龍園君に起こされた審議に向かう所だったことも踏まえると、私は綱吉君に対する人質にされたってことか。

 

 よく考えれば、こんな審議しようとしたのも不自然だったよね。しかも衆人監視の中で私を糾弾して、それを聞き付けて綱吉君が話に加わってきた時に龍園君は笑っていたもん。

 

 にゃるほどにゃるほど。つまりは全て綱吉君を潰す為の布石だったと。本当は審議の結果なんてどうでもよかったんだね?

 

 それでまんまと私は嵌まってしまったと。

 

 ……これは綱吉君に申し訳ないなぁ。

 

(……もう14時を過ぎたよね)

 

 ボイラー室には時計がないから正確な時間は分からないけど、おそらくすでに審議は始まっているだろう。

 

 当事者のいない審議はどうなるんだろうか。龍園君の言い分が一方的に受け入れられて、私は処分を下されてしまうのだろうか。

 

 ……綱吉君がどうにかしてくれてるかな。

 

 綱吉君が今どんな状態かは分からないけど、もしも彼1人でも審議に参加できているのだったら彼が私の容疑を晴らしてくれているかもしれない。

 

 私がそんな事を考えていると、それを察したのか男子の1人が私に話しかけてきた。

 

「もしかして審議の事心配してんのか? 安心しろよ、沢田がお前の代わりに審議に参加してっからよ」

「! ……どうして分かるの?」

「俺達の担任が沢田1人でも審議を始めるように働きかけることになってるからだよ」

 

 Cクラスの担任……坂上先生か。

 

 まさか教師が完全に犯罪な行為に手を貸すとは思わなかった。

 

「沢田には人質達を集めてる間に動かれちゃ困るからな。足止めだよ」

「! 人質達? もしかして、私だけじゃないの?」

「ああ。お前を入れて10人だな」

「なっ!? 10人!?」

 

 まさか10人も人質を取るとは思わなかった。そんなに人質を取ればそれだけリスクも高まるのに、それでも10人集めるという事はそれだけの警戒をしているということなんだろう。

 

「まぁお前が無実になるかは沢田次第だがなw 運が良ければお前も潰せて、一石三鳥の作戦ってわけだw」

 

 ……だとすれば、綱吉君が審議についてはどうにかしてくれるだろう。

 

 今朝に審議に関する資料のコピーは渡してある。あれがあれば無実の証明は簡単だろうから。

 

(……ふぅ。よかった……!)

 

 審議の事は心配ないと分かった途端、思わず気を抜いてしまいそうになった。

 

 ——グッ。

 

 私は顔を伏せて唇を噛んだ。

 

(……何安心してるんだろう。今私は誘拐されていて、綱吉君を潰す為の龍園君の策略にまんまと嵌まっているというのに)

 

 自分の呑気さに少し嫌気が差してしまった。

 

綱吉君はもしかしたら私への告発は罠だと分かっていたかもしれない。それでも私の事を放っておけないからわざと乗ってくれた可能性は高いだろう。

 

 その時、1人の男子が笑いながらもう1人の男子の肩を叩いた。

 

「お前忘れたの? どっちにしろ人質は全員潰すことになってんだろw」

「あれ? あ、そうか。沢田が誰かを助けようとした時点で全員を潰すんだったなw」

 

 ! ……そっか。ただの人質じゃないんだね。確実に綱吉君を潰す為の道具ってわけだ。

 

 綱吉君なら、仲間を1人でも潰されたらその責任を感じて自らも潰れるだろうと。

 

(……綱吉君に迷惑かけちゃったなぁ。もしも私が生徒会に誘っていなかったらこんなことにはならなかったのかなぁ)

 

 元々は堀北元生徒会長が誘っていたから、私が誘わなくても綱吉君が生徒会入りしていた可能性は高いけど……。

 

 それでも責任を感じずにはいられなかった。

 

「おい、こいつ急に元気なくなったぜ?」

 

 黙り込んでいる私を見て男子の1人がそう言った。

 

 誘拐されて元気でいろっていう方が無理なんじゃないかな? 

 普段はよく喋る方だから、黙り込むのが珍しいのは分かるけど。

 

「まだ連絡はこねぇなぁ」

「そんなすぐには見つけらんねぇだろ?」

「そだな。監禁場所は教えねぇみたいだし」

 

 ……緊急連絡を送っているから、私が監禁されている場所は綱吉君には伝わっているだろう。

 

 だからいずれ助けには来てくれる。

 

「一之瀬も不運だよなぁ〜。Dクラスじゃねぇのに、沢田と生徒会で仲良いからって理由で人質に選ばれてさ」

「……不運じゃないよ」

「あ?」

「……私は不運じゃないよ。むしろ……幸運なんじゃないかな」

「は? こんな目にあってんのに?」

「恐怖でおかしくなったんかw」

 

 おかしくなってもいないよ。これは、私の本心だ。

 

 綱吉君に出会えた事は私にとって幸運でしかないから。

 

 

 

 ……私が綱吉君の事が気になり出したのは、1学期に白波さんに告白された時だった。

 

 女の子からの告白という事で、どう応対すればいいのか分からなくて困っていた私を綱吉君が助けてくれたんだ。

 

 あの時の会話は今も鮮明に覚えているよ。

 

『一之瀬さん、告白するのってすごく勇気がいるんだよ。毎日悶々として、好きな気持ちが溢れて止まらなくなって、告白してみようと決心しても、どうしても最後まで勇気が出ない人だっているんだ。それこそ、死ぬ気にならないと告白なんて出来ない臆病者だっているんだよ。だからさ、一之瀬さんもあの子の精一杯の勇気を出した行動に向き合ってくれないかな?』

『あの子の勇気に……向き合う?』

『うん。あの子の事を傷つけたくないのなら、ごまかさずに真正面から受け止めてあげて? それが最大限の優しさだと思うから』

 

 綱吉君の言葉のおかげで、今も私は白波さんとは仲の良い友人で居続けられている。

 

 それからは普通に友人として接するようになった。無人島試験からはBとDで同盟を組んだりしてね。

 

 ……最初は自分と同じタイプの人なんだろうなぁって親近感で仲良くしたかったんだと思う。

 

 綱吉君も自分のクラスを大事にしているけど、なるべく他クラスとの争いは避けたそうだったし。

 

 だからお互いに分かり合えてすごく仲良くなれそうだなぁと思ったんだ。

 

 実際どんどん仲良くなって行ったしね。

 

 ……その友情みたいな感覚が変わってきたのは、船上試験が終わったくらいかな。

 

 無人島試験ではDクラスを一位にしていたし、干支試験でも自分のグループを結果4に導いてた。

 

 その功績は勿論だけど、1番気になったのはクラスメイト達との関係性だった。

 

 1学期の頃のDクラスは、まとまりのないごった返しなクラスという印象だった。

 

 明確なリーダーの存在するAクラスやCクラスとは全く違う異質なクラス。……いや、もはや同じ舞台に立てていないくらいだったかもしれない。

 

 でも、夏休みのバカンスが終わる頃から変わり始めたんだ。

 綱吉君がDクラスのリーダーだという意識が他の3クラスに生まれたから——。

 

 2学期に入ってからの体育祭。その練習風景を観察していて私は思った。

 

 綱吉君は私の目指しているリーダー像そのものなんじゃないかと。

 

 そしてその考えは体育祭のDクラスの様子を見て確信に変わった。

 

 その瞬間、私が綱吉君に抱く感情は友情から尊敬へと変化したんだ。

 

 ……私が綱吉君を尊敬するようになったその理由。それはクラスメイトとの関係性や、彼のリーダーシップの取り方が私の理想そのものだからだ。

 

 私と綱吉君の考え方。それはそこまで違わないと思う。自分よりも仲間優先で、仲間を絶対に守りたいという意思がある。

 

 しかし、リーダーとしてのクラスの動かし方は全然似ていないんだ。それはAクラスとCクラスも同じだ。

 

 つまり4クラスのリーダーシップは全く違っている。

 

 Aクラスは坂柳さんという絶対的カリスマを崇拝した者達で構成されたクラス。

 

 言うなれば坂柳さんという女王と、それを崇拝する家臣により運営される王国だろう。配下達により担ぎ上げられた玉座から他クラスを見下ろしている坂柳さんの姿が頭に浮かんでくる。

 

 Cクラスは龍園君という暴君により作られた軍隊のクラス。

 

 恐怖心によりクラスメイトを従えているが、彼本来のカリスマ性もあって軍隊のようにクラスメイト達を思うがままに操っている。龍園君の後ろに綺麗に隊列を組んだクラスメイト達の姿が頭に浮かんでくるね。

 

 ……そして私のBクラス。一人一人に能力もあるし、強い信頼関係で結ばれていて結束力ならどこのクラスにも負けないと思う。……私を中心に行列で並んだクラスメイト達の姿が浮かんでくるよ。

 

(……でも、それで本当にいいのかと考えてしまうことがある。それはDクラスの変わり様を見ているからだろうか)

 

 最後に綱吉君のDクラス。Dクラスは決して他の3クラスほどの統率が取れているとはいえないクラスだ。だけど、いざとなるとクラス一丸となって立ち向かっていくんだ。

 

 そしてDクラスのクラス性はAクラスの王国やBクラスの軍隊、そしてBクラスの行列のどれにもあてはまらない。

 

 悪く言ってしまえば……ほとんどバラバラ。

 

 綱吉君を中心として円形に広がるように散らばっていて、各々が好き勝手にしている。そんな感じ。

 

 だからパッと見はまとまりのないクラスに見えてしまうんだろう。

 

 ……だけど、一度綱吉君が動き出すと全員が同じ方向に向き直る。そして綱吉君はその時に応じて必要な人に助けを求め、求められた人は綱吉君の為に力を振るう。もちろん自分が動かないといけない場面は自分で動くけど。

 

 そうして、目の前の試練をクラス全体でクリアして行くんだ。

 

 これは綱吉君とクラスメイトの信頼関係あってこそだろう。

 

 BクラスもDクラスも深い信頼関係で成り立っているクラスだけど、BクラスとDクラスの信頼関係は種類が異なるものなんだと思う。

 

 Bクラスがクラスメイト達からの絶大な信頼に対し私が答えようとするのに対し、Dクラスは綱吉君からの絶大な信頼にクラスメイト達が答えているんだと思う。

 

 クラスメイトからの信頼にリーダーが答えるBクラスと、リーダーからの信頼にクラスメイトが答えるDクラス。つまり、信頼の方向性が違うんだ。

 

 ……そう気づいた時。私が目指したいリーダー像というのは綱吉君のような姿なんだと気づいた。

 

(でも、人間性は似ているのにどうして違いが出るんだろう)

 

 その答えを見つける為に……私は綱吉君を生徒会に誘った。

 

 一緒に生徒会活動をすれば、彼が仲間達とどのように信頼関係を結んできたのかを知れると思ったから。

 

 一緒に生徒会活動をするようになって1ヶ月ほど。まだその答えを知ることは出来ていないけど、2人で過ごす時間はとても充実感がある。人間として成長できる気がするし、何よりもそばにいるだけで安心する。きっとこの感覚はDクラスの子達も味わっているんだろうね。

 

 ……だけど、その安心感からツナ君にあんな話をしてしまうとは思わなかったなぁ。

 


 
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