ようこそボンゴレⅩ世。実力至上主義の教室へ
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
9名の救出劇①
9名の救出劇①
—— 病院 ——
先生方が学校に戻った後、入れ替わるように数名の男子が病室に入ってきた。
「鈴音!」
「軽井沢さん、佐藤さん、王さん!」
「桔梗ちゃん!」
「一之瀬!」
「波瑠加!」
「愛里!」
入ってきたのは、須藤・平田・池・神崎・啓誠・明人の5人だ。
5人はそれぞれ、名前を読んだ人物の元へ駆け寄る。
「どうしたの?」
「どうしたのって! 検査結果はどうだったんだよ!」
須藤が心配そうな顔で堀北にそう言った。
「ああ……。怪我も病気もしていなかったわ」
「ほっ……そっか……」
無事で安心したのか、須藤はホッと胸を撫で下ろした。
そして、それは他の4人も同様である。
「き、桔梗ちゃん! 怪我とか本当にない!?」
「うん! 全然平気だよっ♪」
「そっか、本当に良かった!」
「うふふ♪ (どさくさ紛れにボディタッチしようとすんな! まだツナ君に抱っこしてもらった感触が残ってるんだよ!)」
「良かった。軽井沢さんも無事に助かったんだね」
「うん。ツっ君が助けてくれたよ」
「本当に良かったよ。王さんと佐藤さんもなんともなかったかい?」
「うん! 問題なしだったよ」
「私達もすぐに助けてもらえたから……」
「一之瀬、元気そうだな」
「うんっ! 私はピンピンしてるよ〜。今から今日の予定だった審議にだって挑めるよっ!」
「それはよかったな。だが、審議は沢田が1人で無実を勝ち取ってくれたらしいぞ」
「え、そうだったの!? あちゃ〜。今日は綱吉君に2回も助けてもらっちゃったわけか〜」
「そうだな。また今度恩返しをすればいいさ」
「にゃはは、そうだねっ」
「波瑠加も愛里も大丈夫そうだな」
「ああ。本当に良かった」
「うん、私はCクラスの奴らに何かされる前に助けてもらったから」
「私も。怪我とかもしてないよ」
それぞれが無事を喜んでいる中、池がこんな事を言い始めた。
「あ、それにしてもよ。皆はどうやって助かったんだ? 俺達は沢田が助けた後に病院まで付き添っただけだからさ、そのへん分かんないだけど」
「だなぁ。ツナが無双したってこと位は想像つくけどよ」
「……うん。確かにそれは気になるね」
池の言葉を肯定した須藤と平田。
すると平田は、皆に説明を要望し始めた。
「ねぇ、皆はどうやって沢田君に自分の居場所を知らせたんだい?」
「……緊急連絡よ」
「緊急連絡?」
平田の質問には堀北が答えた。
堀北は自分の学生証端末を取り出して、詳しい説明に入る。
「学生証端末には緊急時に位置情報を送信する機能があるでしょう?」
「ああ、あれだよね。電源ボタンを10秒長押しするだけっていう」
平田が記憶を掘りこしながらそう言うと、堀北はコクリと頷いた。
「そう。でも誰も使うことはなかったはずね。操作が簡単すぎて、間違いで緊急連絡を送ってしまうこともあり得るもの」
「確かに。自分で連絡先を登録しないといけないのもあって、誰も使ってないだろうね」
「ええ。でも、今回は緊急連絡のおかげで綱吉君に位置情報を知らせる事ができたわ」
「! そうか。昨日の夜に沢田君がクラスメイト全員に自分の連絡先を登録するように言ってたよね。もしかして、こうなる事を危惧していたのかな」
「そうだと思うわ。おそらく今日何かしらCクラスに動きがあると読んで、何があっても対応できるようにしときたかったのでしょうね」
「さすがは沢田君だ」
感心するように何度も頷く平田。
「……そもそも波瑠加と愛里、お前達はどこでCクラスに誘拐されたんだ?」
平田に続き、啓誠が質問を投げかける。
啓誠のその質問には波瑠加が答えた。
「あはは〜。実はね? 今日の午後はツナぴょんが一之瀬さんの審議に参加する予定があったでしょ?」
「ああ、それは聞いている」
「でね? Dクラス内に、その審議を6名まで傍聴人として参加できるって話が流れてたの」
「は? 傍聴?」
啓誠が聞き返すと、波瑠加は照れたように笑う。
「あはは、そうそう。でね? 私が聞いた時点ではあと2人空きがあるって話だったから、愛里を誘って行く事にしたの」
「……なるほど、それで今日は2人とも昼飯を食べるのが早かったわけだ」
「そうか。予定ってのはその傍聴の事だったんだな?」
「あはは……面目ないです」
啓誠に加えて明人が話に加わってきた。2人の呆れたような視線に、波瑠加は気まずそうに笑うしか出来ないようだ。
「……も、元々その傍聴できるって情報が罠だったのかも」
「え?」
小さい声で美雨がそう呟いた。
すごく申し訳なさそうにしている美雨に、平田は優しく話を促していく。
「王さん、どう言う意味だい?」
「あ、あの。Dクラス内にその傍聴の話を持ち込んだのは私なんだ。私が軽井沢さん達に話をして、それを長谷部さんにも回したの。長谷部さんと佐倉さんもツナ君と仲良いから来たいかなって思ったから」
「そっか。……なら、王さんは誰にその話を聞いたんだい?」
「し、Cクラスの山下沙希さんだよ」
『!』
Cクラスの生徒から聞いたという事実に、全員がなんとなく今回の事件を理解をしたようだ。
「……はぁ。彼女でしたか」
元Cクラスのひよりは小さくため息を吐いた。
美雨がした話を含めて、堀北が情報を整理して一つの答えを出す。
「つまり、その傍聴自体が今季の事件を起こすための罠だった。……いえ、もしかしたらその前から……」
「……うん。私もそうだと思う」
「! 一之瀬さん」
堀北の話に、一之瀬が同調する形で入ってきた。
「審議の傍聴の前。つまり私の事を告発する段階から龍園君の罠だったんだよ」
「一之瀬さん……」
「おかしいと思ったんだよね。わざわざマンションのポストに投函してまで大事にしてたからさ。でもきっと、マンションでやるべき理由があったんだね」
「……それは、綱吉君の目に入るように?」
堀北が自分の考えを述べると、一之瀬が無言で頷いた。
「だろうね。綱吉君なら人前で私の事を糾弾すれば黙ってないと思ったんだと思う。きっと私を助けるために審議に参加しようとしてくる。そう考えてのパフォーマンスだったんだ」
「……なるほどね。それでまんまと私達は嵌ってしまったと」
「だねぇ。でもどうしようもないよ。問題にされてしまった以上、審議もせずに突っぱねる事は出来ないだろうし」
「……ツナ君は気づいていたのかなぁ?」
桔梗が小首をかしげながら呟いた。
「気付いてたんじゃないかな。審議の日程が終業式後になった事を含めて、その日に龍園君が何か仕掛けてくると薄々感づいてた。でも私の事も放っておけないから、最低限の防衛策として皆に自分の電話番号を緊急連絡先に登録させたんだよ」
『……』
一之瀬の考えを聞いて、全員がツナの事を信じていて良かったと感じていた。そして、これからもツナに付いて行こうと各々で決心しているだろう。
そして、話題は別の事に移り変わる。
「ねぇ、皆は傍聴に行って捕まった後はどうだったの? Cクラスの奴らに監禁された?」
話題を皆に振ったのは軽井沢だ。
他の人質達がどんな事をされていたのかが気になるのだろう。
軽井沢の質問に最初に答えたのは……美雨だった。
「私は学校の屋上に監禁されたよ? で、CクラスじゃなくてAクラスの男子に見張られてた」
「! Aクラスの男子? Cクラスじゃなくて?」
「う、うん」
Aクラスの男子という言葉に驚いた軽井沢が聞き返すと、美雨はいい辛そうに話を続ける。
「Aクラスの王小狼に捕まってたんです」
「王小狼……王?」
偶然にも犯人と被害者の苗字が同じ。いや、これは偶然なのか? そう思った人物が多いだろうが、美雨が言いにくそうにしているので深くは突っ込まないようだ。
「……それで、何かされた?」
「う、ううん。私は特には……」
そして、美雨は自分が捕まった後の事を話し始める。
(……あの炎については話さないほうがいいよね?)
—— 約1時間前、美雨side ——
「……」
「くくく……」
ツナ君の審議を傍聴する為に向かった先で、私達はCクラスの生徒達に捕まった。叫べないように口を塞がれ、両手足をロープで縛られて。
全員バラバラにどこかに連れて行かれたんだけど……私が連れて行かれたのは生徒棟の屋上だった。
そして、私を屋上まで運んだ人達は屋上に着くなりいなくなった。
でも……そのかわりに屋上には小狼が待っていたんだ。
「ククク。……よう、奴隷」
「し、小狼」
「あ? 小狼? 小狼様だろう?」
小狼は私が呼び捨てしたことに腹を立てたのだろう。私の髪の毛を掴んで引っ張り上げできた。
「っ! い、痛い……」
「痛いダァ? このくらいは我慢しろよ奴隷」
「うぐぅ……わ、私はもう……ど、奴隷じゃない!」
「……ああ?」
勇気を出して小狼の奴隷という発言を否定するが、小狼はそれが気に食わないのだろう。額に青筋を浮かべている。
「……人質がいなくなったからといって、お前が俺の奴隷であることは変わらないんだぞ?」
「……ち、違う! 私はもう奴隷じゃない!」
「……はぁ。これを見てもまだ反抗的な態度が取れるか?」
小狼は呆れたように深いため息を吐くと、制服のブレザーを脱ぎ捨ててシャツの右腕側の袖をまくって見せる。
シャツの内側から現れたのは……歪な形の小さな機械だった。
「……あ」
私にはその機械に身に覚えがあった。
小学生の頃、親族を虐殺した実の両親と小狼が私の家に訪ねてきた時だ。
その時に両親達の後ろに控えていた人達も同じような機械を付けていたはずだ。
「……そ、それってジョーコの戦闘員用の装備の」
「お前も知っていたか。そう、ナイトのみがつける事を許可されている装備、バイオエネルギー燈炎とうえん機だ」
——バイオエネルギー燈炎機。
装着者の生体エネルギーを自動で吸収し、それを死ぬ気の炎に変換して放出することができるという機械だ。
天才科学者ケーニッヒが完成させた対ボンゴレ用兵器。何やら特殊な素材を使っているそうだが、それはケーニッヒしか知らないらしい。
「な、なんでそんなもの! 危険なんだよ? 命を削られるんだよ?」
一応双子の兄という情が残っているので、小狼の為に警告した。
バイオエネルギー燈炎機は吸収される生体エネルギーを自力制御できないから、使えば使うほど生体エネルギーが奪われていく危険な兵器だったはず。
ジョーコでもナイトクラスじゃないと扱いきれないということでないと以下は使用禁止だったはずなのに。
「へっ、これはケーニッヒさんの最新型だ。これまでより操作性が優れているから俺でも安全に扱えるらしいぜ。だから俺にもって秘密ルートで送ってくれたんだ」
「で、でも……」
やっぱり私の説得など、小狼には届かないらしい。
「おい奴隷。俺の心配より自分の心配をしろよ。お前はこれから2択を迫られるんだからよ」
「に、2択?」
「そうだ」
そう言うと、小狼は片手の指を一本だけ立てた。
「1つ。俺に土下座で詫び、俺の奴隷としてボンゴレⅩ世を消す」
「……」
「2つ。俺に逆らって、炎で消し炭になる」
……選択肢になってない。私は奴隷になるか死ぬしかないらしい。
「……さぁ、どうする?」
……奴隷になんてなりたくない。でも、私では死ぬ気の炎に対抗する術はない。
……このまま断れば私は殺される。でも、また小狼の奴隷に戻るのも嫌だ。
私と両親を解放してくれたツナ君の為にも……1つ目なんて選べない。
でも……死にたくもないから2つ目も選べない。
……どうしよう。選べるわけないよ。
「……時間切れだ、奴隷」
「!」
私がなかなか答えないので頭に来たのか、小狼はいきなり時間切れを宣言してきた。
「じ、時間切れって?」
「奴隷はYESしか答えたらダメだろう? なのに何をいっぱしに考え込んでいるんだよ」
「そんなのって!」
「黙れ、この奴隷が」
——カチャ。
小狼は私に向けて装置をつけている右腕を構えた。
——キュイイーン。
バイオエネルギー燈炎機に小狼の生体エネルギーが吸い込まれていく音がする。
小狼は今まで殺しなんてしなかったはずなのに、ついに自分の手を汚すことに躊躇わなくなったのかな。
(……ああ、これで私は死ぬのか)
「……じゃあな、美雨」
……久しぶりに私を名前で呼んだ気がする。
最後まで奴隷で通せばいいのに……。
「……」
「……」
……私は目を閉じた。
せめて。せめて死ぬ前に楽しかった思い出を思い出しながら死にたくて。
走馬灯っていうのかな。色んな思い出が脳裏を過ぎっていく。
その中で、干支試験後にアルロちゃんのおかげで両親と話をできた時の事を思いだした。
(お父さん……お母さん)
高校卒業したら会える予定だったのになぁ。
ごめんね、お父さん、お母さん。
私、この高校を卒業できないし、ここで終わりみたい。
——ポロ……ポロ。
「……うぅ」
気がついたら私の目からは涙が流れてきていた。
そして、目を閉じたまま本音がポロリと零れる。
「……ぐすっ。し、死ぬ前に、お父さんとお母さんに……会いたかったなぁ」
そして……そろそろ小狼が炎を放とうという時。私のすぐ近くから声が聞こえてきた。
「……死なせない」
「……え?」
聞こえてきた声には聞き覚えがある。どこか優しげで、どこか力強くて。
心の奥底に染み込んでくるような、そんな声。
(この声は……)
——パチ……
その声の主に思い当たり、ゆっくりと目を開いていく。
すると、そこにはやはり予想通りの背中があった。
「……あ」
干支試験の時、小狼に襲われそうになっていた私を守ってくれた……あの背中だ。
「……つ、ツナ君」
そう。ツナ君だ。
ツナ君は少しだけこっちに顔を向けると、一言だけ呟いた。
「……君の事は、俺が命をかけて守るから」
「……うん」
まだ助かったわけじゃないのに、ツナ君のその言葉はすんなりと私の中に入り込んできた。
ツナ君は再び小狼に目を向ける。
小狼はバイオエネルギー燈炎機から溢れ出る炎でツナ君の事に気がついていないようだ。
「……死ぬ気の零地点突破、改」
ツナ君は右手の平と左手の甲を小狼に向けるように組み合わせた。
そして、ついに小狼の右腕から炎が放たれる。
——ボオオオっ!
私の前に立つツナ君に向かって炎が迫ってくる。
それでもツナ君は避けようともせず両手を構えたままだ。
「ツナ君! 避けて!」
「! 何だと!」
私が大声でツナ君に避けるように言ったものだから、小狼もツナ君の事に気がついたようだ。
「……心配ない」
「で、でも」
——バーン!
結局、小狼の放った死ぬ気の炎はツナ君へと直撃する。
「つ、ツナ君っ!」
炎が直撃したことで、辺りは土煙が舞っている。
そのせいでツナ君が見えないが、小狼は勝ったとでも言いたげに笑った。
「ハハハ! こいつはラッキーだ! 沢田を消す事に成功したんだ!」
「……ツナ君」
しばらく小狼の笑い声が響き渡る。
本当にツナ君がやられてしまったのかと私が固まっていると、土煙の中から声が聞こえてきた。
「……これ、本当に死ぬ気の炎か?」
「!」
ツナ君の声だ!
「ハハハハっ! ……は?」
聞こえるはずのない声が聞こえた事で、笑い続けていた小狼も正気に戻る。
だんだんと土煙が晴れていき、私の目の前も視界が開けていく。
そして完全に視界が晴れると、目の前には無傷のツナ君が立っていたんだ!
「なっ!? 直撃したはずだ! なんで無傷なんだよ!」
「残念だな。俺に炎での直接攻撃は通じないぞ」
「はぁ!?」
ツナ君が無傷である事に動揺したのか、小狼は目を見開いて驚愕している。
——ざっ。
そんな小狼を煽るように、ツナ君は一歩前に出る。
「っ!」
——ざざっ。
それに呼応するように、小狼は二歩後ずさった。
明らかに弱気になっている小狼に、ツナ君は質問を投げかける。
「小狼。お前の右腕についているその機械、バカンス中に襲撃してきたジョーコのナイトも腕に付けていたぞ。……それはなんだ?」
「……へ、へへっ! 教えるわけないだろ?」
自分の攻撃が全く通じていなかったのに、小狼は今だにツナ君に対して強がっている。
……その度胸は大した物なのかもしれない。
「つ、ツナ君。あれはバイオエネルギー燈炎機といって、人間の生体エネルギーを自動で吸収して死ぬ気の炎に変換する機械だよ」
「! ばっ! 何喋ってんだよ奴隷!」
「……なるほど。そういうことか」
小狼は私が話してしまった事で慌てるが、ツナ君は今聞いた事だけで何かを納得したように頷いた。
「どうりで死ぬ気の炎にしては違和感があるわけだ。機械が自動で生体エネルギーを炎に変えるなら、そう感じても当然だな」
「は、はぁ!? 何がおかしいってんだよ!」
何かを理解した様子のツナ君に、小狼はなおも突っかかる。
「お前達、ジョーコファミリーの灯す炎には「覚悟」がないんだ。だから〝不純物〟が混じっている」
「ふ、不純物?」
「そうだ。死ぬ気の炎とは本来覚悟によって生体エネルギーを炎に変えた物だ。だが、お前達の機械では装着者の意思とは無関係に炎に変換される。だから本当の死ぬ気の炎とは全く違う。言ってしまえば紛い物だな」
「なっ! 紛い物だとぉ!?」
紛い物と言われた事でまた憤慨する小狼。
そんな小狼を諭すようにツナ君は話を続ける。
「見せてやる、いいか? 本当の死ぬ気の炎とはこういうものだ」
ツナ君が右手拳を胸元に持っていく。
そして……
——キュゥゥゥン……ボウっ!
『!』
ツナ君の右手に、煌々と輝くオレンジ色の炎が灯った。
その炎は透き通るように綺麗で、澄んだ色をしている。
先程の小狼の炎もオレンジ色ではあったが、こんなに澄んだ色ではなく、どことなく濁っているように見えていた。
「……綺麗」
ツナ君の炎を見ていたら、今の状況も忘れたかのように綺麗という言葉が出てきた。
(優しく見えるけど、奥底では相当の強さを秘めているような。……ツナ君みたいな炎って感じだ)
その炎を見ていたら、先程まで感じていた不安や恐怖など何処かに消えてしまったようだ。
「小狼。お前にも言いたいことがあるが、生憎今は時間がない。しばらく寝ててもらおう……いや、その前にその機械を壊さないとな。校内にそんなものを持ち込まれていたら周囲に危険が及ぶ」
「なっ! ふざけんな! これは……」
小狼が反論をするよりも早く、ツナ君が炎の灯った右手を小狼に向けた。
「……Xカノン」
ツナ君の右手から球状の炎が放たれる。
その炎はすごい速さで小狼に迫り、右腕に付いているバイオエネルギー燈炎機を破壊した。
——ボオオン!
「ああっ! 俺の燈炎機が!」
粉々に砕け散った機械を見て、小狼が唸る。
「くそっ! ふざけ……っ!?」
文句を言おうと視線をツナ君に向けるが、その時にはすでにツナ君が眼前まで迫ってきていた。
「うおっ! いつの……」
「……フン」
——ボコっ!
「……ま、に……」
——バタン。
ツナ君は小狼の前に行くと、鳩尾に強烈なパンチを繰り出した。
その衝撃で小狼はすぐに意識を失って倒れた。
「……ツナ君」
「待たせたな美雨。今起こす」
ツナ君は私の前で屈み、手足を縛っていたロープを解いてくれた。
そして、そのロープで気絶している小狼の手足を縛った。
「これでよし。……美雨、歩けるか?」
「あ、……ごめん、ダメみたい」
腰が抜けてしまったのか、私の体は起き上がろうとしても動かなかった。
「そうか。じゃあ俺が抱えていく」
「えっ? わっ!」
いきなりツナ君に抱き抱えられた。
いわゆるお姫様抱っこと言う奴だ。
(か、顔が近い///)
なるべくツナ君の顔を見ないようにしながら、私は抱えられて外へと出た。
—— 学校の外 ——
「沢田君!」
「! 平田。丁度よかった」
学校の外に出ると、平田君が駆け寄ってきた。
ツナ君が呼んでいたのかな。
平田君に気がついたツナ君は私を段差になっているところに下ろして座らせた。
「平田、美雨を病院に連れて行ってやってくれ」
「うん、分かったよ。沢田君は?」
「俺はまだ助けないといけない子達が9人いるからな」
「そっか。気をつけてね」
「ああ。じゃあ美雨の事は頼んだぞ」
そう言うと、ツナ君はどこかにすごいスピードで走って行ってしまった。
私はツナ君の背中が見えなくなるまで見送って、平田君と一緒に病院に向かった。
平田君には抱えてもらわずに自分で歩いた。さすがに肩は貸してもらったけど、ツナ君に抱っこしてもらった感覚を消したくなかったから。
〜現在〜
「って感じ」
「あ〜、やっぱり皆そんな感じかぁ」
美雨は死ぬ気の炎や小狼との関係性などは隠しながら話をした為、他の皆には普通にツナに助けてもらったと思われているだろう。
そして、美雨の次はひよりへと話し手が移る。
「ひよりちゃんはどうだったの? Cクラスの人達に誘拐されたの?」
「いえ。私の場合は……」
—— 体育倉庫、ひよりside ——
「……ん……! ここは?」
目が覚めると、私は倉庫らしき場所にいた。
「……! 手と足が……」
起き上がろうとしても起きれず、自分の体をよく見てみると両手足が縛られていました。
何が起きたのかを理解しようと、極めて冷静に辺りを見回すとここが体育倉庫だと言うことが分かりました。
そして、こうなる直前の出来事も思い出します。
「椎名、ちょっと話がある」
「はい? なんでしょう」
「悪いね。まぁこのコーヒーでも飲んでよ」
そうでした。放課後に伊吹さんに話があると呼び出されて、そこで出されたコーヒーを飲んだら意識が遠のいたのです。
「眠らされて……ここへ? 一体どうし……」
「お! 眼が覚めたようだな、椎名」
「! え〜っと、小宮君に近藤君……でしたか?」
元々人の名前を覚えるのが苦手で、尚且つほとんど話したこともないならクラスメイトでも覚えきれてません。
小宮君と近藤君は石崎君の配下……くらいの認識しかありませんでした。
「おいおい、まだ俺達の名前を覚えてくれてないのか?」
「もう2学期も終わるぜw」
「すみません。それよりも、どうして私は縛られているんです?」
『……』
私の質問に小宮君達は気まずそうに苦笑いを浮かべました。
「その……お前は沢田と仲がいいから、沢田を潰す為の餌に選ばれたらしい」
「餌?」
「そう……その、他にも何名か餌がいるんだけどよ。その中の一人ってわけさ」
気まずそうにしているが、私を庇う気なんてサラサラないのでしょう。眼が覚めたのに解放する気すらなさそうです。
「……それで? 私はこれからどうなるのです?」
「……俺達にボコられる……的な?」
「! ……餌をボコボコにすると?」
「仕方ねぇだろ? 人質は全員、沢田が一人を助け出そうとした段階で潰せって龍園さんの命令なんだよ……」
なるほど、人質はツナ君にとって仲間や友達。
それらを潰す事によって、ツナ君の周りからの信頼とツナ君自身の心を潰そうって魂胆ですか。
なかなか恐ろしい事を考えますね。
「……ボコボコにされるのは怖いですね」
「悪いな、俺達もしたくないんだけどよ。恨むなら沢田を恨んでくれ」
「……」
私が無言になると、近藤君が焦ったように話しかけてきます。
「ま、まぁ安心しろよ。沢田が誰かのところに行くまでは攻撃しねぇし、もしも沢田が1番最初にここに来たらお前はボコボコにされねぇぜ?」
「お、おい! そうなると俺達が沢田にやられた事になって、龍園さんに制裁されんぞ!」
「あ! そ、そうか。……わ、悪い椎名。お前を助けるのは無理だ」
「……」
罪悪感じゃなく下心で助けたいと言われても嬉しくはないものです。
(……!)
その時。私はある気配を感じました。これは……そう。死ぬ気の炎の気配です。
これは……ツナ君がすぐ近くに来てますね。死ぬ気の臨界点突破状態でも、内に秘めた死ぬ気の炎は気配を持っているものなんですね。
「……助けが来たようです」
『は?』
いきなり何を言っているんだと言いたげに呆れ顔になる2人。
「おいおい、恐怖でおかしくなったのか?」
「落ち着けよ、まだ暴行してないんだからよ」
「……おかしくなってません。本当に助けが来たんです」
「そんなわけねぇ……」
——ドオオン!
『!?』
その時、体育倉庫の硬い鉄の扉が音を立てて倒れました。
硬い鉄の扉をあっさりと倒すなんて、おそらく彼にしか出来ないでしょうね。
「な、なんだ!?」
「鉄の扉が倒れた!?」
「……ツナ君、ありがとうございます」
「!? ツナ君ダァ?」
「ま、まさか!?」
2人は慌てて私の前に立ち、扉を倒した人物に警戒を強めました。
そして、扉の向こうからは優しい声が聞こえてきます。
「ひより、お礼はいらないさ。君は俺の仲間だからな」
「ふふっ、はいっ」
『さ、沢田ぁ!』
扉を抜けてツナ君が中に入ってきました。
2人も臨戦態勢に入っています。
——しかし、勝負は一瞬で着きました。
「お前を潰させてもらうぜ!」
「ここに来たのは不運だったな! お前は以前に俺達に……」
「口を閉じろ。お前達に付き合っている時間はないんでな」
「なっ! ふざけ!……」
——ボコっ!
小宮君と近藤君が何かを言い切る前に、ツナ君の拳が2人の鳩尾にクリーンヒット。
2人は即刻気絶してしまいました。
「……よし。ひより、今助ける」
「はい、お願いします」
ツナ君は私の手足を縛っているロープを解くと、そのロープで小宮君と近藤君の両腕を適当な場所に縛り付けた。
「これでよし。ひより、動けそうか?」
「はい。全然平気です」
「そうか、さすがだな。じゃあ一つ頼んでもいいか?」
「頼み? もちろんです」
「ありがとう。この後、木下を助けに行く。俺が助けた後、木下を病院に連れて行ってやってほしいんだ」
「分かりました」
「じゃあ早速行こう」
「あ、でも私走るの遅いので付いて行けないかも」
「心配ない。俺が抱えていく」
「え? って、わぁ!」
いきなりツナ君にお姫様抱っこされてしまいました。
そして、ツナ君は私を抱えたまま木下さんを助ける為に走り出しました。
〜現在〜
「……と、いうわけです」
「信じられない! クラスメイトにも暴行しようとするなんて!」
桔梗がプンプンとひよりに対する龍園の行動に怒りを露わにした。
「木下さんも怖かったんじゃない? 何かされなかった?」
「あ、うん。私は……」
次の話し手は木下のようだ。
—— 講堂、木下side ——
放課後に堀北さんとランチをした帰り、私達はいきなり男子2人に襲われて両手足を縛られた。
確か、襲ってきたのは石崎君とアルベルト君だったと思う。
私は石崎君に堀北さんとは違う方向に連れて行かれ、やがて講堂の用具倉庫へとたどり着いた。
そこには金田君と時任君がいて、私を2人に引き渡すと石崎君はどこかに行ってしまった。
「どうも、木下さん」
「……よぉ」
「か、金田君に時任君。どうして私はここに連れてこられたの?」
私の質問に、時任君は忌々しそうに舌打ちをした。
「……ちっ! 龍園の指示だよ」
「え? り、龍園君の?」
「そうです。喜ぶといい。あなたは沢田綱吉を潰すための餌に選ばれたのだからね」
金田君が手を叩きながらにやりと笑う。
「え、餌って。どう言う意味?」
「そのままです。あなたは沢田を潰すための餌。つまり……生贄ってところですね」
「!? い、生贄!?」
生贄という言葉に私は心底恐怖を感じた。
体育祭で龍園君に足を怪我させられた時の事が嫌でも脳裏に浮かんでくる。
「なんで……なんで生贄なんて」
私の絞り出すような声に、金田君は嬉しそうに答える。
「ふふふ、ペーパーシャッフルでDクラスに協力したからじゃないですか?」
「! ど、どうして」
「どうして? 龍園さんがそれくらい見抜けないと思います? 今回の事はその事に対する制裁でしょうね」
「そんな……」
ペーパーシャッフルで櫛田さん達に協力していた事がバレていたなんて。
バレていた事に驚いている私に、時任君が冷たく吐き捨てる。
「はっ。お前だってあいつの怖さは知ってるだろうに。……裏切るとか馬鹿な真似をしたもんだ」
「わ、私は裏切ったわけじゃ……」
「Cクラスの問題文をリークしたんだろう? 裏切り以外の何でもないだろ。というか、俺はお前のせいでこんな下らない事に巻き込まれてんだぞ。その鬱憤はお前で晴らさせてもらうわ」
「そ、そんな」
時任君は拳の骨をポキポキと鳴らしながら私に迫ってくる。
「時任君。餌に暴行するのは、龍園君から連絡が来た後ですよ」
「うるせぇ、どうせ後からボコすんだろ? だったら今やっても同じだろうが」
「全く……仕方ないですねぇ」
言っても聞かないと思ったのか、金田君はやれやれと首を振りながら引き下がってしまった。
時任君は龍園君に否定的な男子だ。でも実力で勝てないと分かっているから渋々従っているのだろう。
「……こ、来ないで」
「逃げ場なんてないぞ。諦めろ」
「……い、いや。……た、助けて」
「いくら呼んでも助けはこない」
「……」
「ぶほっ!」
「弱いくせに強い奴に逆らった罰だ。素直に受け取れ」
そして時任君の拳が私の顔に向かってきた、その瞬間。
「……違うな。木下は優しくて強い女の子だ」
「!」
「なっ!?」
後ろの方から声が聞こえてきた。私と殴るのを辞めた時任君も後ろの方に振り返った。
そこには、いつの間にか倉庫内に現れた沢田君と、足元にはいつの間にか気絶させられていた金田君が転がっていた。
「沢田! いつの間に!」
「お前が木下に詰め寄っている時だ」
「どうやって入った!」
「鍵閉めてなかっただろ?」
「はっ……くそ、金田の馬鹿野郎!」
気絶している金田君に暴言を吐く時任君。
「話を聞いていたが、お前に木下を見下す権利はないな」
「! ふざけた事言ってんじゃねぇぞ」
「お前も龍園の事をよく思ってないんだろ? なのに勝てないからと抵抗をしない。龍園の怖さを知りつつも、鈴音や俺への罪滅ぼしをしようとしてくれた木下の方がお前よりもずっと強いな」
「っ! てめぇ……」
苛立ったのか、時任君は沢田君に殴りかかる。
「……」
「ぐあっ!」
沢田君はあっさりと時任君の拳を受け止めて、蹴りのカウンターを喰らわせた。
強烈な蹴りを喰らった時任君は倒れて動かなくなる。
……どうやら気絶したらしい。
「……木下、待たせたな」
「う、ううん」
沢田君は私の両手足を縛っていたロープを外してくれた。
そしてそのロープで金田君と時任君の腕を手近な場所に縛り付ける。
「これでよし。……木下、動けるか?」
「……ううん、無理みたい、です」
龍園君に怪我をさせられた時の恐怖がフラッシュバックしたからか、私の腰はすっかりと抜けてしまっていた。
「そうか。なら少しの間我慢してくれ」
「え? ……わぁっ!」
何をするのかと思ったら、沢田君は私を優しく抱き上げた。
「さ、沢田君……」
「すまない。少しの間我慢してくれ」
「う、うん」
そして、私は沢田君に抱き抱えられたまま講堂の外へと出た。
「あ、ツナ君。木下さんも」
「! 椎名さん」
講堂の外では、椎名さんが待ってくれていた。
「ひより、木下はまだ動けないらしいから、少し休んでから病院に向かってくれ」
「はい。わかりました」
講堂の入り口付近にはベンチが設置されていて、沢田君は私をそこに座らせた。
そして、私に目線を合わせるように屈みこむ。
「木下。怖い思いをさせてすまない」
「う、ううん。大丈夫だよ」
「そうか……木下は強いし優しいな」
「ううん、そんな事ないよ」
沢田君は私を見て微笑んでくれた。
「じゃあひより、頼んだぞ」
「はい、分かりました」
そう言って走り出そうとする沢田君……だがなぜか、顔だけを動かして再び私に視線を向けてきた。
「木下。これからもいつでも助けを求めてくれ」
「え?」
「君もすでに俺の仲間だ。だから、君の事も必ず守る。俺の全てを賭けてな」
「! う、うん。ありがとう///」
沢田君は私に微笑むと、今度こそ走り去って行ったのだった。
ページ上へ戻る